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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第1章  若き勇者の序奏~イントロダクション~
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第6話  ~コブレ廃坑① 異変の影~



 ともかく不機嫌なのはアルミナだった。ユースもある程度は頭も冷えたものの、今回の処遇にはいまひとつ納得がいってない。任務なのだから仕方ないだろうとシリカが戒めるから従ってはいるものの、二人とも憮然顔だ。






 昨日の出来事だ。勇騎士ベルセリウスから話を聞いたシリカは、その足で騎士館の、ナトーム聖騎士が暮らすという部屋に向かった。ユースも、旧友と顔を合わせるための時間が惜しかったものの、それ以上にこちらが気になったので進んでついて来た。


「既に連絡が届いているのなら話は早い。コブレ廃坑の奥地から、凶悪な魔物が出没する事例が勃発している。貴様ら第14小隊には、その調査に当たってもらいたい」


「かしこまりました」


 迎え入れたシリカに対し、聖騎士ナトームは指先で眼鏡をくいっと上げて指令を下す。参謀職に就くナトームは鎧を身につけておらず、どちらかといえば貴族が身に着けるであろうような、襟の整った服装と濃紅のタイを身につけており、今は一線を退いている騎士の姿としてはある意味落ち着いたものだ。胸につけた聖騎士の階級章も、服装に相まって法廷関係の職に就くものが身に着けるバッジによく似た輝かしさを放っている。


 聖騎士とは、法騎士のひとつ上にあたる階級だ。階級のみで言ってもナトームがシリカの上司にあたるわけだが、加えてナトームは騎士館から発せられる任務の決定権の一部を与えられている。彼は一部の小隊や中隊、時には大隊に対しての任務決定権を握っており、その中にはシリカが隊長を務める第14小隊も含まれているのだ。


 拒否権が全く無いわけではないのだが、上官が預けてきた任務を拒絶することは原則として許されるものではない。シリカとしてはこの任務は受けねばならないし、うだうだ言わずに引き受ける姿勢は、目下のものとして理想的な態度だ。


「貴様らは小隊ながら、シリカ法騎士率いる優秀な兵達の揃った部隊だ。良い報告と結果を期待しているから、応えて欲しいものだ」


 単純な好意とは盲信出来ぬような陰のある笑顔を、ナトームが見せつけてくるのはいつものこと。元より目つきの悪い目をさらに細くする姿を見てもシリカは冷徹な表情をしていたが、ユースは目の前の男の憎らしさから、努めて無表情の仮面を装うことに神経を要した。






「あの人、絶対シリカさんを目の敵にしてるよね。何の恨みがあるのか知らないけどさ」


 エレム王国から、件のコブレ廃坑へと向かう道中、アルミナはずっと尖った言葉を並べてナトーム法騎士を批難していた。アルミナは傭兵なので、親しくもない騎士の悪口を言ったところで、厳密には"上司への陰口"にはならない。同じことを少騎士のユースがすれば、もちろん問題だが。


 だからユースは、そんなアルミナにそうだねとは言わない。ただ、アルミナの言葉に呼応するように、同じく不機嫌な目を返してアルミナの言うことを暗に肯定していた。


「前にラハブ火山の任務を預かったこともあったけど、あれもあの人からの指令でしょ? あの時はほんと大変だったわよね」


 これに同意するだけなら悪口にはならない。ユースはしみじみと頷いた。


「あれはお前達にもいい経験になっただろう。犠牲者が出たわけでもないし、それを理由に任務を下さった方を批難するのは筋違いじゃないか」


「シリカさんがそう言うなら、そういうことでもいいですけど。あんな危険な地に私達小隊7人だけで向かえだなんて、私には死ねって言ってるようにしか聞こえませんよ。普通、大隊か、せめて中隊規模の人員は割いてくれるはずでしょ?」


「キャルなんて、本気で死ぬ一歩手前だったもんなぁ……岩陰に潜んでいたヘルハウンドに、シリカさんやクロムさんが気付いてくれてなかったら、って思うとゾッとするよ」


 キャル、クロムというのは第14小隊のここにはいないメンバーで、今は別任務で、とある地方の村に赴いている。彼らが帰ってくるのはもう少し先の話だ。


 当時のことを思い出してアルミナがいっそう不機嫌なオーラを燃やす。同時に溜息をついているユースは、彼女と同じ記憶に辿り着いてげんなりしている。


「ぶっちゃけあの人、シリカさんに無茶な任務ばかり押し付けて、失敗させてシリカさんの立場を無くそうと企んでるようにしか見えないんだよね。砂漠調査の時もそうだし……」


「いい加減にしろ、アルミナ。傭兵である立場のお前が、任務を下さっている方に邪推のみでそんな失敬な口を利くのは、天につばを吐くようなものだ」


 傭兵であるアルミナは、任務がなければ給金は出ない。月給がちゃんと出る騎士とは違う。極端な話、仕事が貰えなければ月に一銭も稼げないことにもなり得るのだ。


 だからシリカの言うことはもっともだし、そう言われてしまってはアルミナも黙るしかない。だけど件の人物に対する印象を揺るがすものではないし、あくまでこれ以上何も言わないだけで、アルミナの心の奥には不満の数々が欝積した。


 不完全燃焼のアルミナの気持ちがよくわかるユースは、横目でアルミナを見る。


「まあ帰ったら話ぐらいは聞くよ。俺も言いたいこといっぱいあるし」


「嬉しいわ、そう言ってくれると」


 年若い二人が隊長を挟んで意気投合した所で、シリカの掌がユースの頭をぺしんと叩く。騎士として滅多な事は言うものではない。そうした含みが、すべてそこに込められていた。











 エレム王都から河を下り、河を挟んだトネムの都の、北トネムではなく南トネムから馬を使ってさらに南下すると、小国エクネイスの王都がある。エレム王国よりも小さな国で、エクネイス王都をトネムの都と比べても若干見劣りする、忌憚なく言えば田舎の国である。


 そのエクネイス王都のさらに南にある、コズニック山脈。そこは数多くの鉱脈に溢れ、エクネイス国の管轄のもと様々な金属が採取される。エクネイス国においては、鉱夫という職業の求人が打ち切られたことが、今のところ歴史上で一度も無い。農村において作物を育てるのが欠かせぬ仕事であるように、エクネイス国にとって鉱山の恵みは、国を支える一本の柱と言えよう。


 シリカ達の今回の働き場は、コズニック山脈の浅い場所にあるコブレ廃坑だ。ここは鉱山の中でも非常に足を運びやすく、古くから多くの鉱夫が訪れ、鉱物を採取し、エクネイス国に対して多くの恵みをもたらしていた場所だった。


 ただ、長い年月の中で、コブレ鉱山から資源の取れる比率が徐々に減って来る。鉱物は当然無限ではないし、やがて"採り尽くす"時が訪れるのは必然だ。有力な資材源として名高かったコブレ鉱山だったが、今は鉱山としては機能せず、廃坑と名を変えているのが現在だ。


 しかし、長らくエクネイス国の支えとして活きていたコブレ鉱山は、人の手によって非常に安定した開拓が既に施された後だった。そこでエクネイス国の政治家達は、その広い廃坑を一つの施設として扱い続けることを選び、コズニック山脈に訪れた鉱夫達がひと息つくための休息所として、ひとつの村のようなものとして有らせた。


 鉱山だった頃よりも徹底した、入念な工事によって、コブレ廃坑は余程のことがない限りは、土砂崩れや落盤を恐れなくてもいい山中の楽園と銘打たれている。もちろん、山の魔物がどう暴れるかもわからないし、大自然の気まぐれが何を起こすかもわからないので、絶対に大丈夫だとも言いきれない。だから廃坑内に住まう人は非常に限られているし、そこで商売を営む商人達も、殆どはエクネイス国などにちゃんと住まいを構えて、朝が来るたびここに出勤する形の者が多い。


 もっとも、この廃坑の安全性への信頼性に賭け、敢えてここで固定商業を営む者もいる。それを無謀と取るか勇断と取るかは、人次第だろう。実際ここに拠点を構える商人は、この地を訪れる者の数が確約されてる以上顧客にまず困らないし、固定客を多く捕まえられる頻度も高くなるため、命を張った結果としてかなり安定した収穫を得ているケースが多い。






「――お、いらっしゃい。これは珍しいお客様だ」


「お久しぶりですね、ウォード氏。如何ですか?」


「ぼちぼち以上、大繁盛未満ってとこですかね。満足のいく商売率でさぁ」


 景気を尋ねたシリカに、この廃坑で店を構えている商人、ウォードが晴れた笑顔で欠けた歯を見せる。30手前の、髭をしっかり剃った顎と、きちんとした身なりと服装、何より向かい合う人間を朗らかな心地にさせるその表情は、既に完成された立派な商人の姿そのものであり、その若さを鑑みれば、ゆくゆくは大商人になっていくだろうという未来図もちらつく。


「シリカさん、お知り合いですか?」


「魔王マーディスの残党魔物の討伐任務で、ここに来ることは多かったからな。そう言えばお前達は、この方にお会いするのは初めてかな?」


 横からアルミナが言葉を挟んだのをきっかけに、シリカが彼らが初対面同士であることを思い出す。第14小隊古株の、とある他のメンバーとは何度もここに来ているのだが、よくよく思い返してみればユースとアルミナを連れてきたことはないからだ。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんや。わっし、このコブレ廃坑で食料品の販売を主に営ませて頂いている、ウォード=エナゲーカと申します」


「ユーステット=クロニクスです。こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


「はじめまして。アルミナ=マイスダートです」


 非常に柔らかい空気を纏った好青年との挨拶は、非常に肩の力を抜いた形で行える。アルミナは勿論そうだし、形式的な挨拶を見せたユースも、内心では非常に気が楽だった。


「――ボアの缶詰の中サイズを3つほど頂けるかな。あとはお任せで何かひとつ」


「はいよ、お任せ!」


 注文を承ったウォードは、自身の背後に建てられた、商品を保管しておく倉庫に駆け入る。そして颯爽と手際よくボアの缶詰――猪の姿をした魔物の肉を煮込み、缶詰にしたもの――を3つ棚から取り出して、シリカに渡した。旅人の携帯食というだけあり結構な大きさで、太ももの太さぐらいの直径と、中指の先から手首までの距離ぐらいの高さを持っている。この中にみっちり煮込んだ肉が詰まっているのだから、中々のものだ。そしてこれでも中サイズ。


 それを渡すとウォードは倉庫の中に戻り、野菜庫の中から瑞々しい野菜を取り出す。その近くにあったかまどに火をつけ、油をひいた平鍋をその上に設置、そこに細切れにした牛肉をばらつかせて炒めあげる。油が飛び散りじゅわあっという小気味良い音が、倉庫の外のユースやアルミナの耳にも届き、開いた倉庫の扉の隙間から香ばしい香りが漂ってくる。


 そこにウォードが千切った野菜を放り入れて炒めれば、それで間もなく完成だ。油を吸って色が変わりへなへなになった野菜の隙間から、焦げ目のついた牛肉がちらちらと見えた頃、最後に香辛料で味付けして出来上がり。ウォードはてきぱきと、トレイの上に乗せた3枚の皿にそれらを盛って、フォークを添えた上で倉庫から上機嫌な顔で出てきた。


 とても美味しそう! と言えるような出来上がりではなかった。まさしく独り暮らしの男が有り合わせで作ったような簡素な料理で、これをわざわざ食べるために金を持って食べに来る人物がいるかと言えば、それはまず無いだろう。使った野菜と肉と香辛料の代価を頂く程度の金しか受け取らない形で、今ある食材で適当に料理を作りますよというサービスを、ウォードが個人的に営んでいるだけだ。


 ウォードの倉庫の前から少し離れた場所に腰をかけ、3人はウォードに振る舞って貰った野菜炒めを口にする。倉庫の前はいわばウォードにとっては店の軒先のようなものだし、流石にそこに陣取ることは出来ないためだ。地べたにあぐらをかいて食事を取ることは一般にははしたない行為だが、それは遠征で野宿もザラの騎士や傭兵とはやや無縁の話。


「なにコレ、美味しい! エレムではあまり食べた事のない味付けだけど……」


「塩と胡麻油を多用したこの味付けは、エクネイス特有のものだな。ここに来るたび、こうしてご馳走になっているんだよ」


 目を丸くして目の前の料理に感激するアルミナと、満足気味に料理を口に運ぶシリカ。


「ご馳走だなんて大層な言葉が似合うようなもんじゃありませんや。3日ぐらい連続で食べればすぐに飽きる程度の味でしてさ」


「いや、でもこれ本当おいしいですよ」


 お褒めを頂いたウォードは謙遜を挟んだが、ユースが素直な感想を述べて賛辞を形にする。努めて冷静な仕草を振る舞うユースではあったが、欲を言えば、この美味しさをもっと上手く表現できる言葉を見つけられず、少し歯がゆくもあった。それぐらいには、ウォードの料理が"おいしい"の一言で片付けることが、物足りなく感じたのだ。


「エクネイスに"シオマネキ"っていう料理店があるんですが、そこのおっちゃんが作ってくれる野菜炒めがこれまた美味いんですよ。わっしが作ったものは正味それを見よう見真似で作ったもんでして、本職のおっちゃんの作ったものはこんなもんじゃありませんぜ」


 帰りにエクネイスを通ることがあれば、一度行ってみて欲しいとウォードは付け加える。それを聞いたアルミナがちらっとシリカの方に目をやると、少しの間シリカは上を仰いで、


「まあ、考えておこう。帰りはそんなに急ぐ旅にはならないだろうしな」


 やった、とばかりに、アルミナの表情が露骨に機嫌よくなった。ユースも正直興味はあったし、シリカの言葉に帰り道が楽しみにはなったが、たかだか帰りに美味しいものが食べられるってだけでご機嫌な顔をするのもなんだか子供っぽい気がして、あまり表情は変えないようにした。一応騎士の身分なので、自尊心抜きにしても、思いつく限りは格好つけておきたいのだ。


「ユースはあまり、乗り気ではなかったか?」


 そんな様子を見て、シリカがさくっと切り込んでくる。表情はポーカーフェイス。


「……シリカさん、わかってて聞いてるでしょ」


「変にお高く振る舞うことはないさ。楽しみなら、楽しみだと言っていいんだぞ」


 お見通し、というわけだ。柔和に笑うシリカと、くすくすと堪えた笑いを洩らすアルミナの目線に晒されて、ユースは食べることに集中して二人から視線を逃がした。






「ところでシリカ様、今日は如何様で? まさか休暇でこんな場所に遊びに来たということはないでしょう」


「ええ、今日は調査任務を預かっていまして。魔物がよく出没するそうですね」


 過度な緊張感を醸し出すことはしなかったが、シリカは口調は柔らかいままに、気持ちを少しだけ騎士のそれに切り替える。ウォードもそうなることはわかっていたので、シリカの気遣いに合わせて、ほどほどの緊張感の空気を保つ。


「話が早いので助かりますが、最近ちょっと妙なんですよ。地図が一致しないんです」


「それは一体?」


 コブレ廃坑はかつて繁栄した鉱山だった。地図は完璧に作られている。人の手で掘って作った山の中の坑道を描き留められるのは当然である一方、落盤などで道が塞がったりすれば、既存の地図と坑道が一致しなくなったりすることもある、のだが。


 ウォードはこの廃坑の地図を取り出して、ある一角を指差す。今いる現在地よりやや坑道の奥に進み、人の気配もあまりしないことが予想される場所だ。


「3日前だったかな。エレム王国のまた別の騎士様が調査して下さった時のことなんですが、この辺に大きな横穴があったんですよ。エクネイスと連絡を取ったところ、こんな所に坑道を作った過去はない、という結論も頂いてます」


 岩壁に穴を掘ったり、道を作ったりすることは、人間からすれば技術と根気が要ることだ。多量の道具と人材を用いて、日数をかけてじっくりやるべきものなのに、ある日いきなりそんな場所に横穴が出来ているというのは確かに妙なことだ。人の手でやっていることならまず間違いなく、鉱山を管理する権利を持つ者にその情報の一つは届くはず。


 考え得るのは、その横穴はこちら側からではなく、向こう側から作られたという方が濃厚だ。何者か――それが人であるかも正直確信は出来ないことだが、何者かが岩壁を掘って、ウォードが言う横穴を出口とする穴を作ったという可能性が強く見える。


「一説にはやっぱり、その穴は魔物が掘り進めてきて出来た穴で、その穴の向こう側から魔物が沸いて出てきてると言われてます。実際にそこから魔物が出てきたのを誰かが見たわけじゃないので、何とも言えない部分ではありますけどね」


「前に調査した人達は、その穴の奥までは調査してないんですか?」


 思わずそう言ってしまったのはアルミナだ。前に出過ぎて、こら、とシリカに肘で突かれて口をつむぐ。


「調査に来てからけっこう日が経ってからの発見でしたからねぇ。騎士様は任務でどこかに滞在するにも期間が決まってるようですし、致し方なかったように見えましたよ」


 騎士団に属する騎士たちは、ある程度はエレム王都かその近くに滞在しておかなければならない。多様な任務で国外に出張することは珍しいことではないが、もとは国を守ることが一番の目的なのだから、仮に祖国に魔物が攻めてきた時に兵力が足りません、では、こんな間抜けな話はあるまい。出張任務の際は、帰還する日程はきっちり決まっており、それに何らかの事情で遅れる場合には、ちゃんとした理由が必要だ。


 今回のシリカに与えられた調査期間は3日間。今日が1日目なので、3日後にはエレム王都に帰還して朝を迎えなくてはいけないことになっている。


 ここまでの話で、今回の任務でシリカ達に求められていることが自ずと見えてくる。先駆けて坑道を調査していた先発隊が残していった情報も頼りに、コブレ廃坑に魔物が出没するようになった原因を明らかにすることが、今回の第14小隊に求められた仕事だ。となると、なかったはずの横穴の存在は、調べず避けて通れる異変ではない。


 今日の方針は間違いなく、その横穴の奥に何があるのかを調べることに始まりそうだ。それはユースにもアルミナにもわかったし、ウォードも薄々そういうことだと勘付いている。しかしそうなると、ウォードの方にも懸念が沸いてくる。


「……それにしても、3人だけですか? 他にお連れ様が見えないようですが」


「いつもなら私達の小隊は7人での行動なのですが、生憎4人は別任務で忙しくて」


 ウォードの目が曇る。それはそうだ。


 たった3人で、その先に何があるのかわからないような廃坑の奥、言うなればほとんど洞窟のような場所を調査するというのか? 戦の心得など知らないウォードにしてみても、もっと人手があっていいだろうと思うのは、考えすぎなのだろうか。


「……まあ、法騎士シリカ様がいるなら大丈夫だとは思いますが。そう考えれば、少数精鋭の出撃もありなのかもしれませんね」


 疑問を逆説的に、騎士団の意向を想像して補う形で、ウォードは納得した素振りを見せた。騎士団にも何か考えはあるのだろう、と言いつつも、その言葉の裏では、お得意様のシリカが今回やや不可解な任務を押し付けられている気配を、いち商人までもが感じ取っている。


「私とて、引き際は心得ているつもりです。有事の際には、適切な処置を取るつもりですよ」


「……くれぐれも、お気を付けて」


 法騎士様への強い信頼あれど、何が起こっているのかわからないという不透明さの不安はそれに勝る。商人であるウォードが、口の端を引き締めてシリカに一言残した。






 シリカがウォードから得た情報は有力なものであった。話を伺うのだから、せめて何か買おうということで、先程は本来買わなくていいものを買いもしたのだが、支払った代価が情報料だと仮定しても、充分お釣りがくるだけの情報だったように思う。


 そんなことよりも、今の話を聞く中で明らかになったことがもう一つある。ユースやアルミナにとっては、こちらの方が衝撃的だった。


「シリカさん、新しく出来たっていう横穴の話、聞いてました?」


「……聞かされてはいなかったな」


 アルミナの問いに対するシリカの答えを聞いたユースが、思わず足元の小石を蹴る。騎士団の調査でわかっていたはずの、今回の廃坑における最もわかりやすい異変である、突如生じたという道なきはずの道。なぜそれが、どんな魔物と遭遇する危機に瀕するかわからない任務に、たった3人で向かわされたシリカに伝えられていないというのか。


 横穴が発見されたのは3日前だという。シリカが任務を受けたのは昨日のことだ。普通、前任の廃坑調査隊が騎士団に報告書を届けて、その内容などに目を通されてから、後任にふさわしい人材を選ぶものだ。当然その際に、得られた情報の共有は済まされるはずで、そうされるべきである。それを抜きにして仕事の引き継ぎなどあり得ない。前任の調査隊か、あるいはシリカに仕事を任せた聖騎士ナトームか、どこかが絶対におかしいのだ。


「シリカさん、一度上の人に相談とか出来ないんですか? いくらなんでも、ナトームって人のシリカさんに対する接し方、おかしいですよ」


 アルミナ目線からすれば、この状況は変えたいところだった。決してシリカが不当な扱いを受け、しわよせが自分に寄ってくるからという動機ではない。傭兵であるアルミナは、シリカがいかなる行動を取ったところで、同行を拒む権利は一応あるのだから。勿論シリカの方からすれば、アルミナを解雇する権限だって一応あるので、傭兵という立場はそこそこ自由なのだ。


「上官の命令だ。ただそれだけのことだろう」


 騎士団に属する身のシリカは、アルミナの申し立てをばっさりと切り捨てた。彼女の中ではこれ以外の結論に辿り着く道筋などなかったし、結論だけを簡潔に述べた形だ。


 ユースもアルミナも釈然としない顔をしていたが、シリカはそれに目もくれず、これからのことを見据えるのみ。


「それよりお前達、準備は万端なんだろうな。これから、下手をすれば命を失い得る任務に就くのはお前達も同じなんだぞ」


「勿論です」


「当たり前です」


 ユースは愛用の騎士剣と小盾を見直しながら、銃剣を握って歩くアルミナは常に行く先の遠くを注意深く観察しながら、両者シリカの問いに即答した。


 シリカと同じく、足取りの軽い装備を重視したユースとアルミナは、戦場に立つ時、防具らしき防具に身を包んだとは言えない風貌だ。ユースはまあ、小手と金属性のブーツ、腰を守る草摺を装着しているが、身軽さを重視するが故に鎧を身につけていない。肌に吸いつく肩を露出したシャツを纏うだけの上半身は、肩から肘までを含みまるで無防備で、左手に装備した小盾をいかに上手く扱うかがユースにとっての唯一の守りに近い。


 アルミナに到っては、身重になる要素である防具など一切身につけておらず、銃の先に着けた銃剣で敵の攻撃をいなす以外、防衛手段を持っていないほどだ。肌を晒すことを拒むための毛皮のマントをはずせば、肩から胸元、腰回りと太ももだけを衣服に包んだだけのその姿は、どこに打ち込んでも少女の柔らかい体躯を著しく傷つけるだろう。それ以外に身につけているものと言えば靴と、腰元に巻きつけた、充填用の銃弾が多数詰められたベルトぐらいのものだ。


 ユースもアルミナも、奇襲を受ければ致命傷に繋がることを、本人達が誰よりも意識するような身なり。必然、戦場における二人の緊張感と集中力は、鎧を身に着けた戦士とは比較にならないほど張り詰められる。二人を率いるシリカにとっては、その姿勢は正しいとうなずけるものだ。


「頼もしい限りだ。だが、決して油断はするなよ」


 頼もしい。シリカから聞くその単語が、毎度毎度うすっぺらく聞こえるのは決して気のせいじゃない。二人の実力を遙かに超えた法騎士シリカにとって、二人の力添えなど大したプラスにならないことぐらい、ユースとアルミナ自身が誰よりもわかっている。それ程までには力の差のある、頼もしい隊長であることは知っているのだ。


 軽い笑顔で向けられた"頼もしい"の一言。やがてそれが部下を発奮させるお世辞でなく、事実として二人の耳に届くのはいつだろう。だけど、そうなっていかなくてはいけないのだ。


 日の光が届かない、涼しく湿った鉱山内。じめじめした風が吹くこの坑道の空気とは裏腹に、少年少女の心は張り切る想いで燃え上がっていた。

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