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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第4章  広き世界との協奏曲~コンチェルト~
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第64話  ~フィート教会① 白昼の突入劇~



 港町ラルセローミ。エレム王都のすぐ近くにあるエルピア海を越え、海路を経れば船一本で向かえるその港町は、古くからエレム王国と繋がりの強い街だ。魔法都市ダニームから随分西に離れた位置にありつつも、海運に長けたその街はダニームとも深い繋がりを持ち、やや寒い北国に近いラルセローミ本来が持つ文化に、エレムやダニームの文化も取り入れた、柔軟かつ大きな港町である。


 かつてシリカ達がコブレ廃坑調査任務で、ワータイガーやサイクロプスに三人だけで立ち向かったあの頃、クロム率いる第14小隊の四人がこの街に赴いている。輸送護衛任務の一端を担うことをきっかけに、二週間ほどその街に滞在した四人だったが、帰ってきた後にはシリカ達に、ラルセローミでの良き思い出の数々を語ってくれたものだ。その語り様からも、ラルセローミに訪れたことのないユースやアルミナにも、その街がいかに良き地であるかは感じ取れたものだった。


 出来ることなら任務以外で訪れたかったと、ユースもアルミナも思っていた、見知らなかった街。エレム王国騎士団から、この街にあるフィート教会突入の任務を預かった第14小隊の中にあり、いま目の前にある大教会を見据える二人は、心から複雑な心境だった。






「準備運動もなしってのは体を痛めそうでイヤだねぇ」


「そう言うな。ともかく目立つなよ」


 教会近くの野外喫茶店で、空を仰いでお茶を飲みながらクロムがつぶやき、シリカがそれに応じる。第14小隊の他のメンバーも近くの席に座って、つかず離れず状況を見守っている。


 フィート教会の周囲は、通行人に混じって私服のままの魔導士や傭兵が潜んでいる。教会内に、騎士団の要人たる人物が足を踏み入れ、事実を明かした後、場合によっては即時突入するためだ。ただ、段階を踏む必要があるため、今は教会の中の人間に悟られぬよう、フィート教会に突入予定の人間は息をひそめている。


 シリカもクロムも、第14小隊に属する誰も、今は武器を持っていない。事態が動けば、すぐにでも手が届く場所に、愛用の武器は隠されてある。段取りは完璧に近い。あとは機が動くのを待つのみだ。


 やがて真昼時のラルセローミの中心を、人混みに紛れて歩く二人の人物が現れる。それを視野に入れた瞬間、習慣から席を立って挨拶したくなる心地に襲われるシリカだが、ここは動いてはいけない場面だ。


「まったく、おぬしと並んで歩くっちゅーのは退屈でしゃあないわ」


「仕事だ。非番の時になど、貴様と歩く機会を設けたくもない」


 仲の悪そうな会話を重ねながら歩く、聖騎士ナトームと聖騎士クロード。貴族服に近い厳格な装いを身に纏う吊りあがった目の成人男性と、子供のような風体に鉄鎧を身に着けた、騎士ごっこをする少年が並んで歩いているような光景は、まるで親子のようだ。その両者が、開かれたままのフィート教会の扉をくぐっていき、それを遠目で見届けたシリカは深呼吸をひとつ挟む。


「いよいよだな。動くとなれば、速やかに頼むぞ」


「あいよ」


 シリカの小声が直接耳に届くかどうかわからないような位置取りで、状況を見守っていた第14小隊の仲間達。その声が聞こえなくとも、誰もがもう、始動の時に向けて席を立つ準備は整えていたものだ。今にも駆け出しそうなほど気の急いたガンマを、落ち着け落ち着けとなだめるユースだけが、雑念を背負わされていた。











 二人の聖騎士が足を踏み入れた教会内は、外観に見合って大きなものだった。魔道帝国ルオスを聖地とする大きな教団、"緑の教団"の西方支部にあたるこの教会が擁する大聖堂は、古くから貴族の結婚式を多くの人間が祝うことにも使われ、巨大なキャパシティに見合って天井も高い。赤い絨毯が敷かれることの多い教会大聖堂であるが、大森林アルボルを信仰する教団のお膝元たるこの大聖堂は、赤い絨毯の代わりに黄緑色の絨毯が敷かれているのが特徴だ。


「これはこれは、聖騎士ナトーム様に聖騎士クロード様。安息日もまだ先だというのに、わざわざこの地に訪れて下さったのですか?」


 聖騎士の二人は扉から真っ直ぐに、大聖堂の中心路を走る黄緑の絨毯を歩いていく。やがてその大聖堂の果て、教壇を前に立つ一人の人物が、少し高い位置から両者に声をかける。白い神官服の中心を、青ではなく萌黄色のラインであつらえた、緑の教団に属する者の象徴たる衣服と神官帽を身に着けたその人物は若い顔つきで、シリカと同じ年頃の男性と見える。貫録あるナトームと比べれば若造に見え、幼げなクロードと比べれば年の離れた兄に見える風格だ。


「あー、ええぞええぞ。余計な挨拶は無用じゃ」


 丁寧な目の前の人物の語り口に反し、乱暴に言葉を返すクロード。いくら日頃の口ぶりがどうでも聖騎士たるクロード、こうした場にかしこまって訪れる際には、しっかり言葉を選ぶだけの品格は当然持ち合わせている。そんな彼がこうした態度を見せたことに、教会の司祭たるその人物は柔和な表情の一方で、その眉を潜めずにはいられない。


 そんな彼の疑念を一撃で吹き飛ばす一言が、クロードの隣に立つナトームから放たれる。


「緑の教団ラルセローミ支部、司祭ライフェン=マイン=サルファード。貴様らがピルツの村に、アルボルの火に酷似した生物災害を放った事実はもう突き止めてある。ご同行願おうか」


 司祭ライフェンと名を呼ばれたその男は、ただ目を丸くする。言っている意味がわからない、と演技した者の顔としては、百点満点と言っていいだろう。


「…………? 聖騎士ナトーム様、意味がよく……」


 とぼけたような表情を浮かべたまま、ライフェンは首をかしげる。しかし、この場にわざわざエレム王国騎士団の聖騎士たる人物二人が不意に現れた事実には、間違いなくライフェンにも意図がわかっている。ナトームには、確たる証拠があってここまで来ていることも。


 間違いなくしらを切れる場面ではないとわかりつつ、ライフェンがそうした態度をとった理由は何か。彼の背後上空に4つの空気の渦が巻き、空間を歪めさせる光景は、ライフェンの態度ばかりに注視していれば見逃しかねないものだった。


 そんな小賢しい策にも気付いているクロードは、舌打ちひとつしてライフェンを睨みつける。自らに目を引かせ、目の前の聖騎士を奇襲することを狙っていたライフェンは、ふとした瞬間その目をかっと見開く。


四陣風激(テトラストーム)!!」


 先程までの間の抜けた表情を、一瞬で鬼気迫るものへと変えて叫ぶライフェン。それに伴い上空4つの渦が、ナトーム達に向けて竜巻のように渦巻く風の砲撃を放つ。ほぼ同時に腰元に隠していた火薬玉を握ったクロードが、先ほど自分達が歩いてきた道に沿うように後方に投げつけ、クロードの手を離れた火薬玉は教会の扉と敷居を越えて飛んでいく。


封魔大障壁(マジックウォール)


 小声で呟くナトームの前に、光輝く透明な壁が発生し、ライフェンの放った風の砲撃を防いだ。魔法を扱うことを本職とする魔導士が放つ攻撃を、いとも簡単に防いでみせるナトームの魔力の強さは、騎士団内においても極めて有名なものだ。


「性格の悪さも手伝って、敵方の邪魔をするには長けた能力じゃのう……!」


「私はそれで、多くの人々を守ってきた自負を持っている」


 鋭い笑みと、鼻で笑う仕草を見せつけ合うクロードとナトーム。性格も性分も全く似通わない二人だが、聖騎士の名を馳せた両者が互いを認め合っていることなど、語るべくもない事実だ。


「怪我をしとうないものは今すぐ逃げい!! 今よりここは、戦場となる!!」


 クロードが大聖堂内に残る一般人の数々に向けた声を放つ頃、踵を返して駆けていたライフェンは、既に二人の聖騎士の前から姿を消していた。











 何気なく、フィート教会の前に止められていた一台の馬車。それは日頃からこの街を商売の場として活躍する、アユイ商団のラルセローミ支部の所有物。その馬車に、聖騎士クロードが教会内から流星のように投げつけた火薬玉が直撃し、爆音に驚いた馬車の馬がいななきを上げる。


「突入するぞ!!」


 聖騎士クロードが教会内から、突入開始を指示するために投げつけた火薬玉。その爆音と同時にすぐさま席を立つ第14小隊と、周囲で民間人に紛れていたルオスの帝国兵達が動き出す。彼ら彼女らの動きはばらばらで、各々が向かうべきと定められた馬車の前、店先に向かって一斉に駆けていく。


 フィート協会周囲にある、馬車の数々、商店。それらは殆どが、前日夜からエレム王国騎士団と魔道帝国ルオスが今回の作戦を決行する前に、話をつけた相手の数々だ。突入軍の息がかかった協力者達は、依頼されたとおりに、預けられた武具の数々を差し出してくる。一般人を装うため、丸腰でフィート教会の周囲に潜んでいた騎士達、ルオスの帝国兵達が、あっという間に武器を握って臨戦態勢となる。


 鎧のように身に着けるのに時間がかかるものはあらかじめ着込んでいたが、それも第14小隊ではシリカとユース、ガンマの二人だけ、ルオスの精鋭にもごく一部。鎧を身につけた傭兵が町を歩く姿など、行商人がよく歩く真昼時の町中、その護衛役としてありふれているものだ。数が限られていれば、その程度目立つようなものではない。


 クロードの放つ火薬玉の受け役となった馬車も、当然突入軍の息がかかったものだ。この街の商売に手広く携わるアユイ商団の協力を経て、フィート教会は内部の人間に悟られぬまま、既に包囲されていた。


「んがー!! これ重てえ!! 頑張るけどさあ!!」


 教会前の馬車に積まれた、クロードの武器である鉄球棒と自分愛用の大斧の両方を回収し、それらを抱えて走るガンマの姿がこの場で誰よりも目立っていた。こんな力技を担えるのもガンマだけだということでその大役を預かったものだが、それにしたって相変わらず目を見張る怪力だ。


 同じ馬車から愛用の騎士剣を御者から受け取り、シリカが一番槍で教会内に乗り込んでいく。それに続きユースが、クロムが、チータが、教会内に乗り込んでいった。


 その後方で、教会の外を固める役目を担うアルミナとキャル、マグニス。これも必要な役回りだ。その三者の目に、あまりに重い得物を預けられたガンマが、遅れて教会に乗り込んでいく姿が印象的に映った。











「聖騎士ナトーム様! 聖騎士クロード様! お疲れ様です!」


「律儀な奴だな。見上げた姿勢ではあるが」


 大聖堂に駆け入り、先ほど見た時には交わせなかったご挨拶を発するシリカに、ナトームは皮肉的に笑って返す。今はそんな態度も気にせず、任務に集中するシリカの表情に、日頃シリカに対して厳しく接するナトームも不機嫌な顔を見せない。


「わしの武器は?」


「すぐに来ると……」


 振り返ったシリカの目に、そう遠くない場所まで迫ったガンマの姿が映る。自分の体にも負けない大きさの大斧を片手に握り、クロードの扱う鉄球棒をもう片手に持って走って来る少年の馬力には、言いかけた言葉をシリカが失うには充分だった。


「ぶっはー! 重い! 第14小隊傭兵ガンマ、遅くなりましたー!!」


 クロードに鉄球棒を渡し、ぜーぜーと息をあげるガンマを見て、クロードは笑いをこらえられない。いかに緊迫すべき状況でも、頼もしい部下を見れば笑いが込み上げるのは彼の悪い癖だ。


「ご苦労。よう頑張った」


「重かったですよー! いつもこんな武器振り回してるですか!?」


 うむ、と自慢げに答えるクロードの尻を、ナトームがその足の裏で蹴る。なんじゃ! と怒鳴って振り返るクロードに、ナトームは、遊んでないで早く行けと、苛立った表情で言う。


「ぬしに言われんでもそのつもりじゃ! 行くぞ、皆の衆!!」


 教会の奥に駆けだすクロードと、それを追う第14小隊のメンバー達。重い武器を握る姿にはあまりに不釣り合いに速い足を持つ彼に、ユース達は引き離されそうなのを必死で拒んで追っていく。


 ただ、ナトームはクロードの後を追わない。駆けながらユースは、少し前を走るシリカに疑問の声を放つ。


「聖騎士ナトーム様は……」


「あの方は今は戦えぬ身だ。それより目の前のことに集中しろ!」


 シリカの怒声に前から背中を押され、ユースはその足を駆けさせることに意識を集中した。










 司祭ライフェンが、教会内に警鐘でも鳴らしたのか、教会の関係者の多くが速やかに、教会裏口から逃げるように飛び出してくる。その姿を見ただけでも、自分達が悪行を重ねていたことを自白するような姿だと、関係者にはわかるものだ。


「悪いが、一人たりとも逃がすなって言われてるんでね」


 マグニスの投げたナイフが、教会関係者の一人の足を貫き、その者はつんのめって転倒する。地面に倒れたその人物が顔を上げた瞬間、頬をかすめるように計算された銃弾の一撃が地面に突き刺さる。


「逃げ道なしだと思ってよね。もうこの教会の周りは、包囲してるんだから」


 孤児院の子供達には決して見せないような、鋭い眼差しで目の前の大人達を見据えるアルミナ。相手が何者であろうと、目的のためなら怯まない心根の強さを、これ以上なく明確に宿した目だ。


「く……風刃魔法(ウインドカッター)!」


封魔障壁(マジックシールド)!」


 教会関係者の一人が、アルミナに向かって風の刃を放つ魔法を唱える。横に跳ねてそれを回避しようと力を入れかけたアルミナが、それをせずに済んだのは、アルミナの背後に立つルオスの魔導士が、風の刃をはじき返す魔力の障壁を作り、彼女を守ってくれたからだ。


 それとほぼ同時、その教会関係者の視界の外から、2,3発の矢が飛んでくる。いずれも教会関係者の手足を貫き、致命傷ではないにせよ一瞬で戦闘不能の肉体に変えてしまう。悲鳴をあげてのたうち回るその人物の姿が、彼の周囲の教会関係者の心を追い詰める。


 二本目の矢を構えたキャルが、鋭い眼差しで教会関係者を見据えている。矢先を向けられた教会の関係者達は、身をすくめるような想いで後ずさる。親友を魔法で狙撃されかけた少女の目は、静かかつ深い怒りに満ちており、大の大人でさえもその小さな体を前にしているのに怯むほどだ。


「抵抗するなら容赦なくいくぜ? 少なくとも傭兵連中は、誇り高き騎士様や帝国兵様なんかと違って、お行儀良くはねえからよ」


 たじろぐばかりな悪人どもの心の隙を突き、矢や弾丸よりも鋭く突き刺さる言葉を放つマグニス。傭兵達の最前列で、赤毛の若者が年に似合わず濃厚な殺気を放った姿は、日陰で悪事をはたらいていたばかりの小悪党達を、ぞっとさせるには充分なものだった。


 教会関係者の前に無数に集まる、武装した傭兵とルオス帝国兵の面々。賑やかなはずの日中の町中に静寂が広がる中、先ほど撃ち抜かれた人物のうめき声のみが響き、両手を上げて投降する教会関係者達が、次々と縄目の恥に晒されていく形となった。











「ナトームの調べが事実なら……!」


 教会内、ある一室に足を踏み入れたクロードは、その部屋に入るや否や、部屋の隅に建てられた彫像をその鉄球棒で叩き壊した。緑の教団が崇める、大森林アルボルの精霊様を形取った女神像を粉々に粉砕するクロードの姿は、まさしくバチ当たりとしか言いようのない姿だ。


 それにとどまらず、女神像で遮られて手の届かない場所にあった壁をも、その鉄球棒で叩き壊すクロード。いったい何をしているのか想像もつかないユースだったが、その壁が崩れた瞬間、その意味する所がわかった。


「ライフェンのクソガキは恐らくこの奥じゃ!! わしに続け!!」


 壁の奥にあったのは隠し階段。あっさりと粉砕された女神像の欠片は随分軽そうに飛んだもので、ライフェンは見た目だけ重そうなあの女神像を軽々と動かし、隠し階段への扉であるその壁を開き、この先に続く地下通路を経て逃げ出そうとしたのだろう。それがクロードの読みだ。


「……黒幕はこの奥に?」


「教会内に潜んでおるなら、帝国兵の方々がガサ入れして見つけてくれるじゃろ。わしらが詰めるべきは、奴らの最たる逃走経路であるこの道じゃ!」


 チータの問いに淀みなく答え、階段を降りていくクロード。闘志満々の少年の風貌の背に、歴戦の闘士たる覇気を背負う聖騎士を追い、第14小隊がその後ろに続いた。






 遙か遙か昔、この港町ラルセローミとて、街を守る仕組みが確立していなかった頃には、街に魔物が攻め込んできた時への対策を強いられていた時期がある。今は教会として扱われるこのフィート教会も、改築を経て今の形になっているが、大昔には村の役所として建てられた場所であり、最悪の事態が起こった際には街に住まう者の逃走経路として、こうした地下通路への道があったのだ。歴史の長い都や町には、必ずこうした地下通路を擁する大きな建物が存在する。ダニームのアカデミーや、エレム王都一の大商店にも、そうした歴史の名残が残されてある。


 ラルセローミの役所は、今はかつてよりもっと立派な建物になって居を移したが、代わりにこの建物を改築して出来たフィート教会には、そうした抜け道が残っている。この教会内で悪事を企む人間どもには、絶好の逃走経路として利用されるだろう。もっとも、この地下通路の出口の場所も、ラルセローミの役人達からの情報のリークにより既に明らかになっており、その出口を兵で固め、この地下道を追うクロード達が後ろから追う、いわば挟み撃ちの形で逃亡者を追い詰める段取りだ。


 土埃が積もりながらも整えられた地下道は、かつて街の人々の最後の逃亡ルートとして作られた目的に沿って、数多くの人々が一斉に駆けても道が詰まらぬよう、幅広い道を設けている。魔物からの襲撃に備えた防衛手段を持つラルセローミの町となった今、長年放置されていたはずのこの地下道が、こうも駆けやすいよう手入れが届いている様は、間違いなくここ最近でも一度人の手が触れられている表れだ。教会内の人間達が、この抜け道をいつでも使えるように配慮していたと見える事実は、その後ろめたさを悟るには充分と言えるだろう。


「……つくづく、ふざけとるな。人間とは、ここまで腐れるものか」


 クロードが足を止め、憎々しげにそう呟いたのは、地下道の様相から教会の人間達の悪意の一端を感じ取ったせいではない。広い地下道の先から、人を乗せて歩けそうなほどの巨大な体を持つ、大蜘蛛のような魔物がこちらに迫ってきたからだ。


「ビッグスパイダー……魔物と手を結んでいるという話は、やはり……」


「あれほど魔物達に同胞を殺された過去を持ち、なぜそのような愚行に走れるのじゃ……!」


 顔を上げ、クロードに向けて口から糸を吐き出そうとするビッグスパイダー。しかし矢のように素早く駆けたクロードの鉄球棒は、ビッグスパイダーが行動に移るよりも早く、八つの目を抱えるその顔を容赦なく突き潰した。道幅も天井の高さも大きく間取られたこの地下道は、もはや人工の洞窟とも言っていい空間で、長い鉄球棒を振り回すにも不自由しない余裕がある。


 痙攣するビッグスパイダーを、怒りの収まらないクロードが、鉄球棒で横に殴り飛ばして道を開ける。壁に叩きつけられたビッグスパイダーの死骸の無残さは気の毒なほどでさえあったが、クロードはそれに興味も示さぬ素振りで地下道を駆けていく。第14小隊も、先手必勝一撃必殺を容易く実現する、頼もしい聖騎士を追うように続く形だ。


 そして、これだけの広さを持つこの空間ゆえに、敵が徒党を組んで襲いかかって来る状況が容易く生じる。クロード達の正面から向かってくる、二又別れの三角帽子に縞模様の服装を身に纏う、その身を空中に浮かばせた存在達は、プラタ鉱山で目にした黒騎士が率いていた魔物の一角。


雷撃球体(スパークボール)


封魔障壁(マジックシールド)!」


 魔物の軍勢の中で魔導士としての役割を果たすジェスター3匹が、最前列を走るクロードに向けて一斉に雷撃球体を放ってくる。彼の後ろを追うチータが、作りだした空間の亀裂で以って雷撃球体の数々を呑み込むと、クロードはその亀裂の横をすり抜けてジェスター達に迫り寄る。それに少し遅れる形でシリカが、ガンマが、ユースが後を追う。


 一匹のジェスターの頭蓋骨を、クロードの鉄球棒が粉砕する。もう一匹のジェスターの首を、接近したシリカの剣が一瞬で刎ね飛ばす。ユースの振るった剣を回避しようとするもう一匹のジェスターだったが、その剣はジェスターの肩口を深々と切り裂き、よろめいた次の瞬間には、ガンマの大斧がジェスターの肉体を頭から股下まで真っ二つに切り裂いた。


 その直後、雷撃球体を呑み込んだチータの亀裂が爆散して、火花を散らせる。とうに亀裂を追い抜いて前方に立っていたチータやクロムに火傷を負わせることもなく、騎士団後方で勝利の花火を散らすかのように、ジェスター達の魔力が空気中に消えていく。


 その後も地下道を駆けるシリカ達の前に、次々と魔物達が立ちはだかる。逃亡するフィート教会の支配者を追うクロード達は、それらの足止めを拒絶するべく、即座にそれらを片付けて突き進む。鍛えられた騎士団の足腰で以って全力で駆けるなら、魔物達の間をかいくぐって逃れようとするライフェンに追いつくことも不可能ではない。迅速な追跡が求められる局面だ。


 クロードは、シリカは、クロムは確信していた。自分達が追う、フィート教会の悪行を仕切っていた黒幕たる人物、司祭ライフェンは必ずこの先にいる。魔物達と手を結び、その駒を布陣したこの逃走経路は、自らを追う刺客を退けることと葬ることを、同時に為せる切り札そのもの。何としても逃亡を果たしたい黒幕が選ぶ道は、絶対にこの道以外に考えられない。


 同じくそれを確信する、魔導士の少年。自らと同じ姓を持つ悪人を追う少年の眼差しは、今は前の道を開くべく、雑念を捨てた冷徹な色を宿していた。

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