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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第4章  広き世界との協奏曲~コンチェルト~
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第62話  ~凪の賢者と大魔導士~



 ルーネは、自分から口を開くことをしようとしなかった。対面する大魔導士、アルケミスの目的は、とある魔法科学の真髄をルーネから聞き出すことであり、ルーネはそれをしたくない。だから、何も話しかけられなければ、無言を貫くことを徹底する心積もりだった。


「"渦巻く血潮"は、人類に大いなる力をもたらす技術。それは事実ですね?」


「……はい。事実です」


 アルケミスに語りかけられれば、答えぬわけにはいかない。いくら何も話したくないと言っても、相手の語りかける言葉に無視を返していいのは世間話までだ。魔法都市と魔導帝国の要人同士が対面するこの会談の場で、黙秘を貫くにはそれだけの意味がないと、単なる無礼である。


「今もなお、魔王マーディスの遺産達は魔物達を率い、数多くの人間の命を奪っている」


「ええ、存じております」


「魔王マーディスの遺産、ならびに悪意を以って人類に仇為す魔物達の殲滅は、人類すべてにおいて統合されている意思。あなた自身も、それはお望みのことであるはずですね?」


「はい」


「魔王マーディスを討伐して、頭を失ったはずの魔物達の組織を根絶する。それが10年以上に渡って為されていない理由を、あなたは何故だと考えておられる?」


 ゆっくりと、じっくりと、ルーネの口から自らの望む言葉を聞けるよう、話の論点を整理して詰めるアルケミス。ルーネがここで嘘を口にしないことを確信しているため、彼女の思想をよく知る大魔導士は、真実とルーネの口を武器に、理論を構築する。


 ルーネは少し間をおいたが、率直な言葉を選んで返答する。その中でも、最善の言葉を選んでだ。


「魔物達の強さは、力を合わせた人類に近く迫るものであるからです」


「見解の相違がありますね。私は、人類が魔物よりも弱いからだと思っている」


 人間と、魔物達。どちらが"強い"存在かを語るかなど、子供同士の拙い口喧嘩で済ませて語らせばいいような問題。しかしこの場において、両者が自らを優位に話を進めるには、この主張は双方にとって、極めて重要なファクターになり得るものだ。


「人間は、魔物よりも強い存在ではない。身体能力、魔力、どれをとっても、魔物達の方が上。あなたはそれに、異論を唱えますか?」


「肯定できません。人間が魔物達よりも弱いというのが真理ならば、なぜ魔王マーディスは人間達の手によって討伐されたのでしょうか」


 ルーネは、人類が魔物に劣るという事実を認めない。それをわざわざ否定したがるアルケミスには間違いなく、自らの論を肯定させ、そんな自分が為そうとすることを、ルーネの口から理論的に肯定させる目的がある。


「人類が魔物達に勝る力を手にしているならば、なぜ魔王マーディスという敵地最強の駒を落としてなお、そこから幾数年、マーディスの遺産を粛清できずにいると思われますか?」


「魔王マーディスの遺産とて、知恵を持つ存在。過去に学び、人類を見直し、その力を高めたのだと思えば、何の矛盾もありません」


「つまり、魔王マーディスが討伐された事実は、現在において人類が魔物達に勝る根拠とするには不適切であると思われますが、どうでしょう」


 アルケミスの主張は間違っていない。"10年前"、魔王マーディスを人類が討伐した事実は、当時のパワーバランスを語る根拠にはなるが、元帥を失ったはずのマーディスの遺産達を、未だに討伐できていない"現在"においては、人類が魔物達に勝る力を持つという主張の軸にはならない。


「……強い力を持つはずの魔王マーディスの遺産に、未だ人類が滅ぼされぬのは、人間が魔物達よりも充分に強い力を持っているから。そう考えることは、貴方には出来ませんか?」


「妥協してそう考えても構いませんね。ただ、人類が10年の間に踏んできた進歩に反して、現状が前進を見せないこの状況。魔物達も力を増していると考えることは、貴女には出来ませんか?」


 ルーネは先刻、魔物達は人間を見直してその力を高めたと主張している。この問いに首を振ることは出来ない。


「出来ます。しかし……」


「どちらにせよ同じことです。魔物達の力は未だ絶大であり、私はそれを根絶するために、人類の持つ力にさらなる発展を求めたい」


 ルーネの言葉を悪あがきだと言わんばかりに、アルケミスは切って捨てる。いよいよアルケミスが、自らの望みを口にする手前にきたものだと、ルーネは僅かに目を細めて身構える。


「人類にさらなる力をもたらす技術、"渦巻く血潮"。あなたがそれを私に紐解き語ることを拒むのであれば、納得のいく回答を頂きたいと思っています」


 アルケミスが執拗に、人類が魔物よりも劣るという論を推してきたのは、これが理由だ。人類の力を高めるはずの技術の知るルーネが、根拠もなくそれを語らぬというのであれば、人類よりも力を持つ魔物達に人々が瀕する危機の中、ルーネがそれを手をこまねいて見過ごすということになる。


 ここまで論を固めて、初めてルーネから、"渦巻く血潮"たる技術を語りたくない理由を聞くことが出来るというものだ。着実に、しかし流麗に望むがままに理論を操るアルケミスの掌の上にいることに、ルーネは心中で歯噛みしながらも、反撃の言葉を紡ぎだす。


「あなたもご存じだと思います。"渦巻く血潮"とは、魔物の血を人間の肉体に流し、人を超えた力を人類にもたらすための技術です」


「ええ、存じております」


 かつてルーネもその技術の一端を担っていた、呪われた魔導技術。その本質を端的に表現する今の言葉を聞けば、誰もが戦慄を覚えるような技術である。


「力を得るため、魔物の血を自らの肉体に流した人間は、著しくその肉体を変異させます。かつて、皇国ラエルカンでその技術が施行された時、数多くの、人ならぬ人が生み出されました」


「ええ。私も皇国ラエルカンが在りしかつて、当の国で様々な人間を見ましたよ。果たしてそれを、人間と形容してよいのかは、今でもわかりませんがね」


 アルケミスも、その物覚えのいい頭で鮮明に思い返せることだ。片腕だけが、巨人オーガの腕のように肥大して大きくなり、ひび割れた腕を引きずる人間。強大な魔力を全身から漂わせる反面、口からはみ出したガーゴイルの牙によく似たそれが首元まで伸びていた人間。超人的な脚力を以ってケンタウルスの如く速く走れる一方で、顎の形が馬のように変形し、人間の言葉もろくに話すことが出来なくなっていた人間。顔の半分が溶けたように(ただ)れ、強力な火炎魔法を操れる反面、その爛れた顔が常に発する高熱に、ずっと呻き声をあげていた人間。すべて、人間だった存在なのだ。


「渦巻く血潮によって人生を塗り替えられた者の人生は、二度と元の暮らしには戻れません。私はいかに力が必要な時代が訪れたとしても、あの技術は活かされるべきではないと考えています」


 強い眼差しを以ってはっきりと言い返すルーネは、断じて望まれたものを語るつもりはないと言い切る賢者そのものだ。しかし、そんな返答は始めから予想していたアルケミスは、それを覆すべく次なる論を紡ぎだす。


「あなたの言うとおり、渦巻く血潮は一人の人間の人生を大きく変えるものだ」


 その次に冷徹な目でアルケミスが口走る言葉は、ルーネには信じがたいものだった。


「それは一概に、悪しきことと言えるものでしょうか?」


 ルーネは強い嫌悪感を心中に抱きながら、それを表に出さぬことに全力を費やす。まさか、あの呪われた技術によって変わり果てた人間達の姿を目にした者の口から、そんな冷たい言葉を聞くことになるとは、予想もしていなかったからだ。


「……語らずして、お察し頂ける話なのではないでしょうか」


「私にはわからない。想うところがあるのでしたら、お聞かせ頂きたい」


 本当にわからない、という顔を見せるアルケミスの表情は、理論武装のために作られた顔なのか、それとも心底の想いが顔に出ているのか。前者だと思いたいルーネの胸中は、人として極めて自然なものだ。


「……渦巻く血潮は、未完成の技術です。被験者の命など、まず保証されません」


「それを変えていくために、知識を共有して技術を高めるのではないのですか? 現代において有力とされる技術の数々も、そうした研磨を経て今がある」


 魔法学とて原初の頃には、魔法の暴発、悪意による使用など、数々の犠牲者を生んできた歴史が確かにあるのだ。どんな技術とて、最初の危険性を乗り越えてこそ発展していくという考え方は、是非はともかく一つの見方として存在する。そうして練成された"魔法学"が現在の人類を支えている今、その見解を完全に否定することは難しいことだ。


「被験者の方々の、変わり果てた姿を見たのでしょう。そうした方々の余生を思えば、憚られるのは当然です」


「彼らは自ら志願して、そうなったのではないのですか?

 それを第三者が哀れみ、否定することは、彼らの覚悟に対する冒涜とも取れますね」


 後半はともかく、前半は否定のしようがない事実だ。過去の皇国ラエルカンで、そうした技術で数多くの、人ならぬ形の人が生み出された時、その技術の施行を非人道的だと主張した者が山ほどいたのだから。それによって皇国ラエルカンが批難の目に晒されつつ、最後の一線を超えずに各国からその技術の施行を見過ごされていたのは、渦巻く血潮によってその姿を変貌させられた元人間達が、自らの意志でそうなったという事実があったとされたからだ。


 それが嘘だったと主張することは、ルーネには出来ない。仮に当時のラエルカンが、被験者の被験者自身の意志によって姿を変えたという嘘を作ってまで、あの呪われた技術を施行していたということになってしまえば、亡国ラエルカンは永遠に、人の道を踏み外して腐り果てた国家だったと、歴史書に記されていくことだろう。


 人類の希望を掴むため、渦巻く血潮によって力を得ようとした学者達、被験者達、国家の決意を、ルーネはすぐそばで見てきたのだ。たとえその手段が血塗られた技術であったとしても、魔物達を退け、人々の住まう世に安寧を届けようとした彼らの遺志を、この場において自らの我を通すためだけに踏みにじるようなことを言うのは、ルーネには絶対に出来ないことだった。


「……人として生まれた生を捨て、失う方々を、案じることが、あなたは冒涜だと言うのですか?」


 それでも、後半の言葉は聞き捨てならなかった。たとえ冒涜だと言われようが、人のカタチを捨て、代わり果てた人間達の未来を憂いる自らの心が、間違っているとはルーネには思えなかったからだ。


「何故です? 人の姿でなくなったとしても、ラエルカンの方々は被験者の方々を、決して迫害するようなことはしなかった。姿を変えても、人は人のまま生きていける証明は、あの日既に果たされていたと私は考えている」


 そう、アルケミスの言う言葉もまた真実。すっかり人間の姿でなくなった人物は、旅人から見れば異形の存在ではあったが、ラエルカンの人々の間では英雄のように扱われていた。人としての姿を捨ててまで、人々の未来を勝ち取るために魔物と戦う覚悟を決めた者を、過去のラエルカンの人々は見放しはしなかったのだ。


 普通の人間が、半ば魔物に近い風貌の人間と談笑する光景は、異国の者から見れば異様なものであったかもしれないが、エレムにも、ダニームにも、ルオスにも、彼らの事情を知った上では、いかに人ならぬ姿であれど、彼ら被験者に一定の敬意を払う者も少なくなかった。特に、一度でも戦場に立つ苦しみと重みを知った者なら、尚更のことだ。


「姿が変われど、人は人。決して綺麗事ではなく、過去が立証したことでしょう」


「過去と同じことが繰り返される保証は、決してありません」


「成功した歴史を否定し、個人の想いを優先し、技術を秘匿すると?」


 それは本来、過去に学ぶべき学者の姿とはやや離れる姿である。だが、無言でうなずくルーネの姿は、例え何と言われようが自分はそうした人間だと、断固として良い貫く姿勢を見せたもの。


 ここにきてアルケミスは今日初めて、相手が侮れぬ人物だと再認識した目を宿す。学者としてのルーネは、平常時の感覚的な語り口に反し、理論と緻密な計算に基づいた結論を導き出してきた人物だ。それは何度も学会などで、彼女の姿を見てきた人間には広く認知されていることであり、アルケミスもそういう認識があるから、ここでは理論を重視してルーネを詰めてきた。なのに目の前の賢者は、積んだ理論に反してでも己をはっきりと表わす姿勢をしっかり貫いている。


 口喧嘩に勝ちたいだけで、理論を破綻されても無茶な理屈を繰り返すような、中途半端に頭のいい輩なら、アルケミスにとってはいくらでも掌の上で転がせる。即座に言うことを聞かせられなくても、長い目で見れば立場を危ぶませ、時間をかけて攻め落とすことが出来るのだ。今のルーネのように、論理を理解した上で、たとえその論と自分の行動が矛盾していようが、明確な芯を揺るがさぬ者こそ、説き伏せることが難しい。


「しかし、成功した例はあるでしょう。かつてラエルカンにて渦巻く血潮の恩恵を受け、亡国から生き延びた末に、エレム王国騎士団で今なお生きる彼が、その生き証人だ」


「聖騎士クロード様は、唯一の最良例です。あれほど人の形をとどめたまま、渦巻く血潮の恩恵を得た方は、他に例を見ませんでした」


 少年のような体躯で、自分の体重よりも重そうな鉄球棒を振り回し、亡国ラエルカンの生存者にして今なお魔王マーディスの遺産達に立ち向かう人物。呪われた技術によって力を得ながらも、その姿を人のまま在り今を生きる彼を思い返すルーネが、遠い目で"失敗例"の数々も思い浮かべる。


「そうした成功例を作りだしていくことも、課題の一つであるはずです。知識を共有し、過去のような事例を生まずして、その技術を完成させていくことを私は目的としている。貴女には、それを聞いてなお、この想いが理解して頂けませんか?」


 綺麗事を抜かすアルケミスの顔に、おぞましいものを見る目を返したくてルーネは仕方無かった。あれだけ変わり果てた人間の姿を目の当たりにしながら、あれを一概に悪しきことではないだろうと言ってのける人間が、気高い志で呪われた技術に手を伸ばしているようになど、見えるはずがない。


 席を立ち、この会談を蹴るのは簡単なことだ。それをしてもいいだけの見解の相違は、ここまででも充分に散見した。それでもルーネがこの場を去らないのは、今のアルケミスの言動の数々に対し、少なからず見過ごせない想いを感じているからだ。


「……愛する夫が自らの意志で血塗られた技術へと足を踏み入れ、人の形を捨ててしまう。そうして残された者の気持ちを、あなたは想像できますか?」


 毅然として言葉を放ちながらも、その瞳を揺らめかせるルーネ。決して感情論に訴えかけようとしたわけではないことを、その強い眼差しから感じ取ったアルケミスも、この言葉に対しては沈黙以外の返答を返すことが出来ない。


「私はかつて、人類の未来を守るために人としての姿を捨てた方々を、尊敬するとともに身勝手だと考えていました。それだけ高い志を持って戦う道を選べる方々を、私達のような力のない者達が敬わずにはいられないのは明らかなのに、そんな私達の敬愛する方々は、人として生きる道を捨てることを私達が憂いる目は顧みてもくれない。あの頃の日々は、魔物達を撃退した事実がラエルカンを歓声に満たすたび、言いようのない寂しさが目の前にありました」


 人として生まれた者達が、変わり果てた姿で苦しみながら、平和への一歩を勝ち取ったかつての光景を思い返し、ルーネは過去の哀しみを胸に宿す。戦争とは勝利してこそ初めて主張が出来るもの、今の自分が過去を語れるのは彼らの活躍あって今を生きられる自分があってこそ、そんなことは初めからわかっている。ともすれば綺麗事でしかない主張と言われようが、ルーネは自らの想いに嘘をつくことが出来ない。


「目に見えて力をつけた裏、ラエルカンの心はばらばらでした。たとえそれが甘い考えであったとしても、大切な人達が目に見えて多くのものを失った事実と引き換えに得た勝利には、きっと誰もが疑問を感じずにはいられなかったのでしょう。はじめは渦巻く血潮によって力を得ようとする人が多かったラエルカンでも、次第に被験者に名乗り出る者は少なくなっていったことは、それを裏付ける史実であったと私は思います」


 戦力補強のために、おぞましい技術に手を出したラエルカンは、今でも一部の知識人には狂気の国家だったと言われ続けている。ルーネは昔から、それを聞くたび我慢ならぬほどの嘆きを感じていた。ラエルカンの政治家が、軍部が、学者達が、被験者が、それを見守る人々が、どれだけ毎日頭を悩ませていたのか、見てもいない人間が歴史の結末だけを見て批評する口は、耳で見るだけで全身の毛がちりつく想いだったのだ。血塗られた技術を施行することで得られる勝利と、それによって失われたものの大きさを天秤にかける苦悩を、ラエルカンの人々は誰よりもそばで、"現実"として向き合ってきた。ルーネも、そんな一人だったのだ。


 だからこそ今、そんな歴史を、記録としてではなく記憶として見届けてきた自分が、渦巻く血潮は人の歴史に残されるものではないと結論付けられるのだ。アルケミスほど聡明な人間ならば、そこまで考え至っていて当然のはずなのに、それでもなおそれを聞き出そうとする姿には、ルーネも思いの丈をぶつけられずにはいられない。


「だから、ラエルカンは滅びたのです。力を求め、人の心を見失いかけたあの日、魔王マーディスの襲撃を受けた皇国に、抗うだけの力はありませんでした。――あなたが仰ったとおり、人間は魔物よりも弱い存在です。だから、力を合わせるのです。自らの在り方、戦い方に疑問を抱いた人間達、国家は、大切なものを取り返すよりも早く、滅亡への道を歩んでいきました」


 もう、25年も前の話だ。それでも克明に思い出せるラエルカン最後の日から学んだ真実に対し、ルーネは一切譲らない。愛する祖国、尊敬する人々、親しかった友人、大好きだった夫。それらを一度に失ったあの日が教えてくれた事実を胸に生きなければ、ラエルカンの心は永遠に歴史から失われてしまう。


 心を通わせ、迷わぬ意志を集わせ、力を合わせて強大な存在に立ち向かうこと。それが人類の最大の武器であり、弱きはずの人間の力を何倍にしてくれるものだと、ルーネは誰よりもはっきりと確信している。彼女と同じ国に生まれ育った聖騎士クロードも、信念の根底にある想いはそれと全く違わぬものである。


「渦巻く血潮は、表面的な力と引き換えに、人が本来持つ強さを失わせ、破滅への道へ導くものであると、ラエルカンの歴史がはっきりと証明しています。私はこの技術を、二度とこの世に復刻させるつもりはありません」


 有無を言わせぬという眼差しと共に断言するルーネの姿は、執拗に彼女を攻め落とそうとしていたアルケミスに、一切の反論を許さなかった。黙ってルーネの話を聞いていたアルケミスだったが、彼女の言葉を最後に長い沈黙を挟みつつ、ようやくその口を開く。


「……どうやら何が起こっても、主張を変えられることはないようですね」


「はい。絶対に、この気持ちが変わることはありません」


 今の最愛の親友エルアーティにすら語らなかった、"渦巻く血潮"の全容。生存するラエルカンの人間の中で恐らくただ一人、その技術の真髄を知る彼女が、その意志を確固たるものにしている以上、かつての技術が現代に蘇ることはないだろう。アルケミスも、そう結論付けざるを得なかった。


「わかりました。金輪際、あなたにそれを求めることはしないと、ここに誓いましょう」


 その言葉が聞きたかった。絶対に自分が口を割らぬということを示すことが出来れば、諦めるだけの引き際を持つのがアルケミスという人物だ。半ばそう思われている、では不充分なのだ。渦巻く血潮に関して語るつもりはないと、何か月も会談を断ってきたのに、諦めずに接点を設けようとしてきたアルケミスには、こうして面と向かって自らの意志を伝えるしか、話を終わらせる手段が無い。


 大魔導士アルケミスは、望まぬ人間に理論を固め、首を縦に振らせる話術を本来持つ人物だ。それに決着をつけるために足を赴けたルーネの覚悟は、この日実を結んだと言えるだろう。


「ご足労、心より感謝致します。長らくお時間を取らせてきたことを、深くお詫びしましょう」


「いいえ、わかって頂けたのであれば、私にとっても無駄な時間ではありませんでした。この度は、お招き頂けたことを深く感謝致します」


 暗い一室で頭を下げ合う二人。やがて歴史に名を残すであろうと現在から既に言われている、大魔導士と賢者の会談が、数多くの人が見知ることも出来ぬ空間で、静かに幕を下ろすのだった。

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