第59話 ~魔法学基礎~
「命の三大要素、『肉体』と『精神』、それを繋ぐ『霊魂』。その霊魂にはたらきかけて精神力を具現化したのが『魔力』、魔力を元素と絡めて発現させたものが『魔法』。これが、魔法の定義として、今最も有力なものとされているんだが――」
今は真昼のおやつ時。エレム王都の公園にて、真っ黒なマントと黒を基調とした衣服と靴の少年が、乳白色の象牙の杖を持っている姿は、魔導士を散見することが少ないエレム王都では目立つものだ。その少年が"魔法の定義"を復唱している相手は、自らと同じぐらいの年頃の少年騎士。
「ユースは、力の無き人たちを、魔物や敵意ある人間から守れる騎士様を目指したいって言ってたな。それが最近、お前が使おうとした魔法を使うにあたって、良い意味ではたらいていると思う」
ラハブ火山でヘルハウンドの放つ火球を、魔力を纏わせた盾ではじき返したユース。あるいはプラタ鉱山で、大巨人ゴグマゴグの放つ砲撃に、魔力を纏わせた盾でなんとか抗ったユース。教え手のチータは、二度目撃したユースの魔法を思い返し、その裏を語る。
「正直ユースも、ゴグマゴグの砲弾を、完全に弾き返せるとは思ってなかっただろ?」
「うん、まあ……思い返せば無茶したもんだと思う」
「魔法の扱いに不慣れなはずのユースが、ゴグマゴグの強力な砲撃を一瞬でも食い止められたのは、はっきり言って出来過ぎなぐらいだ。でも、事実としてそれは半ば成功している。それは、ユースがアルミナを守るために使った魔法の源、魔力が、ユースの精神によるものだからだ」
気まずそうなユースに、至極真剣な顔で話を続けるチータ。あの時の無謀なユースの一件を、済んだ今となっては笑い話にするのも悪くないのだが、例の一件から垣間見えた事実の大きさは、そんな話で流してしまうわけにはいかない。少なくともチータはそう思っている。
「魔力とは、精神を具現化したもの。誰かを守りたい、というユースの精神の声を魔力に変え、後ろの誰かを守るために発動させた魔法は、精神の在り様と発動する魔法の相性がいいはずだ。だから、元来の期待以上のはたらきをする魔法を、不慣れなユースが実現できたんだと思う」
結論から言えばあの魔法は、今のお前の在り方生き方にすごく相性がいいんだ、とチータはその後に続ける。お勉強熱心な表情でそれに聞き入るユースだったが、自分が使いたいと思った魔法が、自分に向いたものであるという言葉には、内心少し嬉しくも感じていた。
「それじゃあ、俺はこの魔法をもっと極めていける可能性はあるってこと?」
「そうだな。あの日もっと修練が追い付いていれば、ゴグマゴグの砲撃だって完全にはじき返せたと思うし、あの日の時点であれだったなら、伸び代はまだまだ期待できるはずだ」
修練すれば、ともなればユースとしても意気込めるところだ。頑張れば頑張るだけ結果がついてくる可能性があると、魔法を本職で扱う少年に太鼓判を貰えたのだから、なおも前向きになれる。
「ただ、今のままじゃひとつ足りないものもある」
「え?」
「魔法の詠唱。ユースはあの魔法に、名前はつけてないのか?」
詠唱とは、魔法の発動にあたって魔法使いが口にする、魔法の名前やその前口上だ。それは本来、必須なものではないと言われているが、魔導士の間では重要なものである。
「僕は魔法を使う際、必ず魔法の名前を言っているだろう。まあ、魔法の名前を詠唱しなくたって、魔法そのものは使えるんだけどさ」
そう言ってチータは、指を立ててその指先に、火を灯す。明らかに魔法を発動させた所作だったが、チータは詠唱を挟まなかった。魔法の発動と詠唱に、必ずしも因果関係はないということだ。
「それでも、僕達魔法使いの多くは、魔法を発動させる際に魔法の名を唱えるだろ。それにはちゃんと理由があるんだよ」
「まあ、確かに……魔法を口にすると、相手に魔法の発動を一瞬早く悟られるし、何のメリットもないことなら、やってないはずだもんな」
例えば火球を放つ際、火球魔法と口にすれば、相手に一手早く火球を放つことを悟られてしまい、その僅かな間で対策を張られる可能性がある。戦闘時というのは、一瞬の読みが勝負の行方を左右することもあり、その露呈は大きい。それなのにわざわざ魔法の名を唱える魔法使い達は、詠唱によって得られるメリットを重視しているということだ。
「簡単に言えば、心持ちの問題なんだ。今からその魔法を使う、っていう精神状態に自分を持っていくことで、発動する魔法の源とする魔力――つまりは精神を具現化したものだな。それを魔法と上手く絡ませられるようにするんだ」
未熟な頃の魔法使いは、詠唱するかどうかで魔法を発動できるかどうかさえ変わってくるという。"火球魔法"の一言を唱えるだけでも、これからその魔法を使うぞ、という精神状態に持っていくことが出来るのが大きく、そうして魔法を唱えれば、未熟な頃でも上手く魔法を発動させられることが多かった、とチータはその後に付け加える。
「今の僕は、簡単な魔法なら発動させるにあたって詠唱は必要ない。まあ、習慣が染みついていて、それが今でも詠唱する癖に繋がっている部分はあるけど。ただ、落雷魔法陣のように不慣れな魔法だと、詠唱を挟まないと厳しいかな」
大巨人ゴグマゴグに向けてチータがぶっ放した、数々の稲妻の柱を撃ち放つ魔法。あれはチータにとっても編み出してから日が浅く、今でも詠唱を挟まないと、魔法を上手く発動させた上でそれを自在に操れる魔力を、抽出できる自信がないそうだ。
「そういえばチータ、落雷魔法陣の魔法を使う少し前、なんかぼそぼそと魔法の名前以外にも詠唱してたな。あれもそういうこと?」
「それも詠唱だな。あれは落雷魔法陣を使う時、自分の精神状態をその魔法を使うためのものに持っていくため、自分で作った文言だ」
"ひしめく闇を貫く幾閃の矢、我が魂を飛び立ち空を貫け"。落雷魔法陣を唱える前にそれを唱えることで、精神状態を落雷魔法陣を発動させる魔力を生じさせやすいものに持っていく。あの言葉も、ちゃんとそうした理由があって口にされているのだ。
「魔法の発動にあたって詠唱が必ずしも必要なものではない、っていうのは事実だよ。だけど、不慣れなうちは魔法の名を詠唱することでメンタルコントロールを促し、魔法の発動においての支えを作るのが基本だとされている。僕も昔は、そうやって魔法の扱いに慣れていった」
となるとユースも、敵の攻撃をしのぐための盾を生じさせる魔法を使うにあたって、魔法の名を唱えることをチータは推奨していると見える。ただ、それにはひとつ問題があって。
「ユースは、もしかして自分の魔法に名前をつけてないのか?」
「あー、うん。あんまり考えたことなかったから」
「そうか……それじゃあ次に戦場に立つまでには、何か考えておいた方がいいよ」
文才のあるアルミナあたりに考えて貰ってもいいんじゃないか? とチータがいたずらめいた口調で提案するが、ユースは首を振った。なんとなく、アルミナは変な名前をつけてきそうな気がする。表面上はお転婆でも、恋愛小説を描く桃色頭の彼女、大事な魔法の名付け親になって貰われては、どんな文字列を投げつけられるかわからない。
概ねその反応も予想していたチータがくっくっと笑う。だが、その次にユースの口から提案された言葉は、チータには全く予想外のものだった。
「どうせなら、チータにつけて貰いたいけどな。魔法を使うことを本職とする人にさ」
驚いたようにユースを見返すチータの表情は、ユースも今までに見なかった彼の顔。変なこと言ったかな? と頭の上に疑問符を浮かべるユースだが、チータからすればまさにそれだ。
「お前にとって、大切な魔法だぞ? 自分で考えるものじゃないのか、そういうのって」
「俺、そういうの得意じゃないんだよ。なんかこう、イメージ沸かなくてさ」
「……だからって、僕なのか?」
「魔法使いを本職にしてる人なら、いい名前をつけてくれそうな気がするんだ」
自分の魔法に名をつける魔法使いは、意外とよく考えているものだ。発音しやすいようにしたり、いざと言う時頭に浮かびやすい言葉を選んだり、詠唱が短く済むように短い文字列にしたり。魔法の効果と意味合い、他の魔法との差別化をはかるため、そうした要素のみで魔法の名を決めることは案外難しかったりするのだが、それらを総合して良き名を作るのもまた、魔法使いのお仕事だ。
ユースはそういう話を聞いたことがある。だから、チータに任せたいと言っている。
一方で、チータも悩むところである。魔法の名付け親になるということは、その魔法を扱う術者の未来さえも左右し得る問題なのだ。その役目をまだまだ修行中の自分が担うことになるなんて思ってもいなかったことだし、今までに見知った魔法使いの中にも、そういうのが上手そうな人物は何人もいる。
「……ダニームに行って、ルーネ様に相談してみてもいいと思うけどな」
そうした言葉を使って他人に丸投げしたくなるほどには、その責任は重く感じるのだ。チータの表情がそれを物語っていることはユースにも薄々感じ取れて、無茶を振ったのかな、という想いも沸きそうになる。
ただ、今の反応を見てユースは逆に意を固めるのだ。
「それだけ真剣に考えてくれるんなら、それこそチータに名を付けて欲しいよ。俺はここ数日で、チータにこの魔法の扱い方を教えて貰って、上達した実感もあったしさ」
プラタ鉱山で初めて扱った、敵の魔力をはじき返す盾を生じさせるあの魔法。第26中隊に短期異動した際、法騎士カリウスに教わったことで、随分魔力の扱いには慣れたものだが、第26中隊から帰って来てしばらくチータに手ほどきを受け、あの時よりもさらに、例の魔法を扱いやすくなった実感は、ユースにも確かにあったのだ。
第26中隊から帰ってきて間もなくして、ユースはチータにしばらく魔法の使い方を教えて欲しいと提案した。それ以来の一ヶ月弱、魔導士を本職とするチータの教えは、ユースの魔法の発動をかつてよりスムーズに促す形にしてくれたのだ。ほんの少し前、盾に魔力を纏わせて敵の魔法に抗う魔法に慣れてきたと思えた頃、チータに雷撃錐の魔法を自らに撃って貰うことに挑戦したこともある。ユース自身にとっても怪我を覚悟したチャレンジだったが、チータの放った、手加減したとはいえ3筋の稲妻をその盾で以って受け止め、自らを無傷に済ませられた時には、言いようもない達成感を覚えたものだ。
第26中隊から帰って来てからの日々、ユースに懇切丁寧に魔法の使い方を教えてくれたのはチータであり、本家魔導士の得意な魔法を下準備ありとはいえ、抗いはじき返せる境地までユースが到れたのは、間違いなくチータなのだ。同い年であっても、ユースはチータのことを師のようにさえ思っていたし、だからこそ自分の魔法の名を彼に委ねたい想いも沸いたのだろう。
「ルーネ様が魔法使いの中でも有名で、いい魔法の名をつけてくれそうな人だっていうのはわかるよ。でも、そうした人に任せるべきだ、っていう提案をしてくれるチータだって、俺の魔法に名前をつけることの大事さを、ちゃんと考えてくれてるってことだと俺は思うんだ」
こいつは天然で言ってるのか、それとも人が良過ぎるのか。確かに言っていることは間違ってはいないし的を射ているけど、自分に対してそんな風に見てくれるとは、流石にチータも予想していなかった。そもそも初めて出会った頃には真っ向から主張が対立したものだし、この小隊内において犬猿の仲になり得るような奴だとずっと警戒していたぐらいなのに。
チータは黙って目線を落とした。しかし、そのまましばらくの間をおいた後、ふと顔を上げて口にする。
「……英雄の双腕」
「え?」
小さくつぶやいたその言葉にユースが問い直し、チータは次の言葉を放つ声を少し大きくする。
「その手で万物を守れる盾を作れるようになるなら、それはまさしく英雄の所業だ。悪を挫き、弱きを守る、そうした騎士様をお前が目指すなら、これをおいて他に相応しい言葉は無いと僕は思う」
黙ってその言葉を聞き受けたものの、ユースはほんのちょっと、たじろいだような素振りを見せた。大方、自分の使う魔法にはいささか大仰すぎるとでも感じているのだろう。少なくともチータから見てユースは、そういう未来の自分を想像するタイプの人間ではなかったから。
「な、なんか凄い名前貰っちゃったな……でもまあ、受け取っておくよ……」
ほらやっぱり。ある意味では本当にわかりやすい奴だ。
「お前が僕に名前をつけて欲しいって言ったんだろ」
「ま、まあ……ありがとう、チータ……」
ずいっと迫るチータはもう、気負いする心地ではなかった。短い時間ながら、せっかくもっともな名前を考えてやったんだから、ここまできたら押し付けてやりたい。本人は名前負けしそうだという顔をしているが、そんな顔を見てるとからかってやりたい意地悪心も沸いてくる。
「――まあ、今日はこんなところでいいか。夕食の買い出しもあることだし」
「そうだな。あんまり油売ってると、買い時を逃しそうだしな」
夕食時前の市場は混雑するのが目に見えている。買い物は早めに済ませておかないと良くないのだ。チータもユースも、今日は明確な前進があったことだし、ここらが引き上げ時だと同時に察した。詠唱を加えたさらなる修練は、また後日でいいだろう。
「でもチータ、詠唱ってやっぱり、常に欠かさないようにすべきなのかな」
「なんとなく言いたいことはわかるよ。喋ってる暇なんてない局面は多いもんな」
市場を歩きながら、二人の少年が言葉を交わす。荷物持ちが癖に沁みついているのか、買った夕飯の食材を殆どユースが持っているが、特に顔色一つ変える様子もない。よく食べる8人ぶんの食材を一手に握るのはなかなかの重さのはずだが、それを平然と為す辺り、今日まで相当鍛え込まれている立場というのが察せられて哀しいものである。
「シリカ隊長も勇断の太刀って魔法を使うけど、いちいち戦場でそれを詠唱することは少ないと思う。きっと詠唱なんかしなくても、その魔法を使う際には精神状態を最もそれに相応しい状態に持っていけるよう、修練済みなんだろうな」
「実際法騎士タムサート様も、足場になる矢を次々放っていたけど、詠唱なんかしてなかったな。そこまでいって初めて"習得した"と言える、ってことなのかな」
「武術に絡める魔法については、そう形容していいんじゃないかな。その境地に至るまでには、しばらく詠唱を挟むことで、メンタルコントロールの仕方を身に覚えさせるのが近道だと思う」
放った矢を蹴って空中での動きが出来るよう、他者を助ける法騎士タムサートの魔法"先人天駆"も、ユースはすぐ近くで見る機会があった。プラタ鉱山での任務はともかく、思い返せば思い返すほど、ユースにとっても参考になる出来事が多かったものだ。
「ユースもその魔法を極めれば、出来ることは増えると思う。例えばオーガの棍棒攻撃なんか、本来その盾で受け止めようとしても、腕ごとへし折られるだけだろ?」
「まあ、そうだろうなぁ。だから大柄な魔物と戦うのって、今でも凄く緊張感あるんだよ」
「盾に纏わせた魔力で、盾を貫きその身を抉る力を緩和し、圧倒的な力の一撃を食い止める魔法だって存在するんだよ。オーガのような、岩石を砕き得るような怪力でさえもな」
ユースは立ち止まりそうなほど、今の響きに胸が高鳴った。そんなことが出来るようになれるなら、今のユースにとっては夢のような話にさえ思えたからだ。
「魔法っていうのは、精神に強く願った事象を実現させるものだ。なぜなら、その精神を魔力に変えて発現するのが魔法なんだから。極論、人の心で願うあらゆる事象は、すべて魔法で解決できるという結論を導き出す魔法学者も多い」
数学によってこの世のあらゆる事象を数式に表わせるように、とチータはその後に付け加えるが、その例えはユースにはちょっと伝わりにくかったか。というより、今の言葉の続きが聞いてみたくてはやる気持ちがやや目に宿っていて、そこはあんまり聞いてくれていなかったかもしれない。
「その推論がどこまで事実に近いかはわからないけど、今までユースが思っていたように、魔力を纏わせた盾で敵の魔力をはじき返す、だけがその魔法の底ではないと僕は思っている。あとはユースが、その魔法をどこまで広げていけるかどうかってところだろうな」
「……俺より力も強くて、速くて、大きな敵と戦う時、この盾を使えるかもしれないってこと?」
「まあわかりやすく言えば、ヒルギガースの攻撃を盾ではじきながらその剣で戦う、みたいな戦い方も視野には入れれるってことだ。まあ、流石にそれは高すぎる境地の話だけど」
例え話でも、目指す先にそんな境地があるのなら胸が高鳴るものだ。自分は今より、もっと強くなることが出来る、そう思えた時の喜びは、きっと何歳になっても変わらぬもののはず。
「ただ、どんなに慣れても魔力を消費するのは確かだし、習得できてもあまり頼ってばかりじゃいられないってのも現実かな。魔力の浪費は霊魂に負担をかけた結果、肉体にどんな影響を及ぼすかは経験あるそうだしさ」
「あれは相当きつかったなぁ……戦場であんなふうになったら、命取りだろうな」
法騎士カリウスに魔力の扱い方を手ほどきして貰った際、張り切りすぎてぶっ倒れた記憶が脳裏に蘇る。痛みと苦しみを伴い立つこともできなかったあの苦しみは、今でも忘れ得ない経験だ。
「それを実現できるようになったとしても、いざという時に詠唱なしでそういう盾を生じさせる手腕と、魔力の消費に耐え得る精神と肉体が必要になる。高すぎる境地ってのはそういう意味だ」
巨人を相手に剣と盾で立ち向かう、騎士道物語の勇者様のような立ち回りなんて夢みたいな話だ。魔法が希望を叶える有力な手段であるとは言っても、容易く叶えられないから夢だと形容できるとも言える。
「結局、頑張るしかないってことだよな?」
「まあ結論としては。問題の論点をシンプルに纏めるのはいいことだよ」
話が一区切りついた所でチータは、ユースが持つ荷物のうちいくらかを持つよと、杖を持たぬ方の片手を差し出した。さすがに一家全員分の食材をずっしり抱えたユースに、自分だけが手ぶらなのもどうかと感じたのだろう。ユースも快くありがとうと言って、食材の一部を詰めた袋をチータに預ける。
「まあ、その盾に愛着があるのはわかるし、盾を活かした戦い方がしたいのはわかるけどな」
それを聞いてまた一瞬、歩く足を止めかけたユース。チータも冗談半分で言ったものだったが、あながち的を射てなくもなかったかな、と些細な反応からチータも考えてしまう。
「まあ……そういう部分はあるかもしれないな」
またこの、煮えきらない反応。もう少し詰めて聞いてやってもいいかもとはチータは感じたが、アルミナよろしく人のそういう事情に切り込むのはあまり好きでもなかったため、チータはこの事にはあまり触れないことにした。ユースも自分の過去を詮索せずにおいてくれた過去があったのだし。
世間話をしながら帰路につく二人。目の前の相手と話ながらでも思索を巡らせることが得意なチータは、ユースという人物を見ていてつくづく思うものだ。未熟で、至らない部分も沢山あって、そんな自分を変えたくて毎日を歩いているんだろうなと。今こうして自分と話をする中でも、少なからずこちらに話を合わせてくれている節だってあるのだ。距離を自覚していたのは向こうもそうだろうし、いつまでもそうじゃいけないと感じているのだろうか、とはやはり思う。
チータにとっては、ユースとの関係が厚いものでも冷めたものでも、どうだっていいのに、だ。些細なことでも前進を求め、無駄になるかもしれない努力も厭わないユースの姿は、チータにとって肯定してやりたくもある一方、それですべてがどうにもならないことだってあると、自らの経験則から教え説きたい部分もある。つくづく、甘くて未熟な所が目立つ奴だと、同い年であるにも関わらずチータは感じずにはいられなかった。
そんな奴に、英雄の双腕を意味する魔法の名を与えた自分のことも、よくわからなくなる。英雄なんて大層なものに、ユースがなっていく未来なんか、チータの目には見えやしないのに。自分もちょっと、夢見がちなこいつに感化されてしまったかな、と、チータは不思議な心地だった。
「――チータ?」
「いや、聞いてるよ。それで?」
世間話を繋ぎつつ、ほんの少し意識をユースから逸らしたことを反省しながら歩くチータ。そんな自分を勘ぐることもなく話を続けるユースを見て、こいつは心理戦に長けた奴じゃないんだな、とチータははっきり結論付けた。
価値観も性格も真逆だというのに、不思議と不愉快な想いはさせてくれない奴だ、とも。
 




