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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第4章  広き世界との協奏曲~コンチェルト~
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第58話  ~シリカすっきり~




 エレム王国において、王都に次いで第二の規模を誇るトネムの都には、素人筆者の書いた小説や絵本を募る、ちょっと変わった出版団体がある。学者や偉人、物書きを本職とするような人物が書いて出版され、やがて世に知られるようになる書物とは一線を画し、名も知られぬ一般庶民がその想像力をはたらかせて描いたものを、本にして出版してくれる、庶民間の娯楽の場を設けてくれる団体だ。


 広く世に名も知られぬ一般庶民の中にも、想いの他創造力や筆力に秀でた人物は埋もれているものである。数年前、町大工の男性が暇に明かして書いた冒険小説が身内に受け、それを件の出版団体に持ち込んでみて発行までいってみたところ、これがまた飛ぶように売れたという話。そこまでの鬼才はなかなか現れるものではないが、ただ書物を読む側で、書物作りになんか携わる気もなかった人物が、いざ作り手に回った瞬間に意外な才覚を発揮するのは、存外珍しいことではない。


 そんないわば、素人小説を取り扱ってくれる場所に、アルミナも先々月半ばぐらいに、自分の妄想を書きなぐった小説を投稿してみたのである。内容的にもそこそこ出来のいいものだった上、出版にかかる費用の一部は筆者が負担するという条件も、貯えのあるアルミナにはクリアできてしまった。それなりに値は張ったし、出版物がよく売れたとしても出版費用負担ぶんと差し引いて、アルミナに金銭的な実入りはそんなにないのだが、自分の書いたものが他者に読んでもらえる期待を思えば、アルミナにとっては趣味にそこそこのお金をかけた程度の認識だ。何も痛くない。


 そうして集められた素人創作物は、月に一度、月末の安息日に、当の出版団体主催の即売会で売り出されるのだが、何の因果かアルミナの書いた恋愛小説は、そこそこ当たってしまった。それは勿論、広く世に渡るほどではなかったが、素人小説を安く買って暇を潰す楽しみを知る愛好家の間のみに限っては、それなりに話題に上る程度に売れたのだ。当の出版団体に寄せられる、自作の小説に対する感想を読むのが、ここ最近のアルミナにとっては密かな楽しみとなっていた。


 それで済めばよかったのだが、女付き合いの広いマグニスにそれが察知されてしまったのが運のつきだった。マグニスはナンパの末に知り合った女性から、そこの友好関係まで視野を広げて、女性との付き合いを余すことなく広げている。やがて、素人恋愛小説を愛読する趣味を持つ、アルミナと同い年ぐらいの少女に出会う形になったのだ。


 読書になんか関心のなかったマグニスだが、女の子と話をするためなら、勧められた小説ぐらいは目を通し、話を合わせるぐらいの努力はするのだ。訓練サボってあり余らせた時間の使い方が、あまりに己の欲望を叶えるために忠実なものだが、結果としてアルミナが書いた小説にマグニスが巡り合ってしまうことになった。


 あとはもう、察しである。内容やらシチュエーションを鑑みて、マグニスにとってはとてつもなく面白い内容であったため、その後クロムに渡されてからシリカの目に触れ、現在に至るというわけだ。











「うーん、この……うーん……」


 アルミナが手がけたという小説を流し読みながら、なんとも言い難い表情を浮かべるユース。友人の思わぬ顔を垣間見てしまったことへの驚きもあるが、それ以上にこの内容がいちいち気になって仕方ない。


「何と言うか、アルミナが普段、周りをどう見てるのかが自然と表れてる気がするな」


「っすよねぇ。誰がどのキャラのモデルになってるか一目瞭然だし、こりゃ面白いわ」


 ユースの後ろから、彼の開いた冊子を覗きこむようにして、クロムとマグニスがひっひっと笑う。悪い顔である。


 アルミナ筆の恋愛小説、ガンマをモデルにしたと思われるガルマという少年戦士は、戦場でも常に最前線を駆け、敵を一網打尽にする一番槍として描かれている。チータをモデルにしたと思われるティータスという魔法使いの少年も、前衛から中衛、後衛までこなし、広く活躍する役回りだ。先程ちらりとアルミナの書いた小説を読んだ当の二人は、自分をモデルにしたと思われるキャラクター達の活躍ぶりに、なんだか満更でもない顔を浮かべていた。


「このルーキって女の子の設定が面白いよな。これ、キャルがモデルだろ?」


「けっこう村でモテる、みたいな描写されてるけど、あながち間違ってないよね」


「わ、私……?」


 クロムとガンマが口を揃えて、遠目で場を見守っているキャルに視線を送る。当のキャルはガンマの言葉におどおどしているが、実際キャルは小さな体で可愛らしい顔つき、それでいて戦場に立てば、頼もしい眼差しでやるべき仕事をきっちりやる姿から、騎士団の若い面々や騎士団とともに動くことも多い傭兵達の間では評判なのだ。


「いやでも、キャルって多分ホントにモテるよ。この間俺が第26中隊に移った時にも、向こうで年の近い奴らに、キャルのこと紹介してくれよって何回か言われたし」


「騎士団と共に働いた傭兵連中と酒を飲むこともあるんだが、そこでもキャルは評判いいな。数年後には絶対美人になってるだろ、って言ってる奴がかなり多い」


 ユースが、クロムが、今まで声を大にしては言ってこなかった事実を初公開する。戸惑うキャルは顔を真っ赤にして伏せてしまったものの、流石はキャルの親友として彼女をよく見ているアルミナというべきか、ユースとクロムから今のような実例を聞いていなくても、キャルが騎士団に関わる男性陣に好評であることを見抜いていたように思える。だからこそ小説内における、キャルをモデルとしたルーキというキャラは、そういう扱いなのだろう。


「一番気になるのは、アルミナの自分自身をモデルにしたキャラの扱いだが」


「出番少ないっすねえ、このルミナスってキャラ。アルミナって結構、我の強い部分はあるんだけど、引く所は引く性分がほんのり表れてるというか」


 自分自身をモデルにしているであろうキャラを、自作の小説内では縦横無尽に活躍させていたりしたら、それはそれで可愛いものだ。案外そういうことに走らない辺り、描きたい主題に対して焦点を合わせてお話を作っている、アルミナの姿勢が見て取れて、これはこれで面白い。


 そう、アルミナがこの小説で描きたい人物というのは、女戦士キリカを中心にした恋愛物語なのだ。アルミナが自身をモデルにしたキャラクター、ルミナスの口数が多くなる場面といえば、未だに彼氏の一人も作らずに独り身を貫いている女戦士キリカに、彼氏作らないんですかだのどうだの話を振って、女剣士シリカが目を泳がせて話を逸らそうとする場面ぐらいのものだ。しかもこの場面、小説を読むユース達からしても、なかなか描写が濃くて妙にリアリティがある。実際にあったことをそのまんま文章に起こしているような気がするし、だとすれば当然なのかもしれないけれど。


「まあ全体的な、女剣士キリカの人物像をまとめると」


「部下に対してすごく厳しいけど、ホントはみんなのことをよく考えていて、敢えて厳しく振る舞っているんですよ、って感じですな。筆者アルミナさんが描きたそうなことを読み取ると」


 マグニスがちらっと、いや、露骨にシリカに目線を送っている。夕暮れ時にアルミナに対して憤慨していた時よりは流石に落ち着いたようだが、シリカは未だに憮然顔。だから何なんだよ、とばかりにマグニスを半目で睨み返している。


「うちの隊長、そんな高尚なもんでもない気がするけどねぇ。これは流石に美化しすぎだよねぇ」


「うるさいっ」


 先月あれだけ部下との接し方について悩んでいたことを、遠回しに思い返させるようなマグニスの振りに、シリカはやめろと簡潔な釘を刺す。まあ、そんな悩みを抱えていたことを、ユースの前で明け透けに公表するような言い方をしないだけ、マグニスもある程度の配慮はしているのだが。


「その女剣士シリカ――じゃなくって、キリカが叱る相手も、概ねルミナスとステイトに偏ってるのがまた注目すべき点だわな。アルミナ視点では、さぞかしこうなんだろうな、と」


「ステイトって俺のことですよね……うーん、この……うーん……」


 ユースこと、ユーステット=クロニクスは、小説内の自分をモデルにしているであろうキャラの扱いに、正直すごく微妙な気分になっていた。あんまり活躍する場面もなく、ルミナスことアルミナの分身さんと一緒に叱られる場面がちょこちょこ見られる程度。要するにアルミナから見た自分の認識はこういう奴なのかと。別にあながち間違ってもいないから、文句は言わないけど。


「もーちょいシリカもさ、アルミナに対して優しくしてやればどうよ。アルミナは好意的にお前を捉えてくれてるみたいだが、こうして見るとやっぱ、叱られてばっかっていう印象をあいつ自身も感じてる裏返しにも見えるしさ」


「いや、まあ、それは反省するが……」


 夕暮れ前はついかっとなってアルミナに迫ってしまい、恐れをなしたアルミナが走って逃げるという事態が起こっている。二十歳前の、いい年した少女が、である。それだけ怖い上官をやってるんだな、というのは、少々冷静になった今の頭で考えればわかるし、少し気にもしている。


 とはいえ、それとこれとは別の問題もあって。


「これは私、怒ってもいいんじゃないか普通に」


「あー、うん。それはまあ」


 苦笑を漏らすマグニスに、異論は許さないという目で訴えるシリカ。自分をモデルにした女主人公が恋に落ちるという話を晒されている上に、そのチョロさたるや何なのこいつ感。この苦しみと恥辱はモデルにされたシリカ以外、誰も口出しできない部分である。


「後半がまたコレ、面白えよなぁ。キスシーン後の女戦士シリカ――じゃなくってキリカ、随分乙女になっちまってやんの」


「おいやめろ。それ以上やめろ」


「可愛らしく描写されてんじゃないっすか。目が合った瞬間に顔を真っ赤にして逸らしたり……」


「うるさいっ!!」


 ユースの手元から小説を預かったクロムとマグニスが、シリカが耐えきれなくて読み進められなかった、小説の後半をかいつまんでレビューする。名前を一度言い間違えているのも、どうせわざとだ。シリカにしてみれば、なんという生き恥生き地獄。


 またふつふつと機嫌悪げな表情に戻っていくシリカを見て、そろそろ悪ノリはやめてくれないかなぁと、ユースは心底思っている。なんかもう、失笑のひとつでも漏らしたい気分なのだが、ちょっとでも笑ったら、何がおかしいんだとシリカに当たられる予感しかしない。顔を作るのも疲れるのだ。


「……アルミナを探しに行くとしようか。ちょっとぐらい文句を言わせろ」


 席を立つシリカ。怒りの眼差しは宿したままだが、頭は冷えているのか溜め息混じりである。


「あんまきつく接してやっちゃ可哀想だぜ。あいつからしたら、内緒にしてた趣味を思わぬ形で暴露された形なんだからさ」


 暴露したのはお前だろ、と小隊の全員が心の中で突っ込んだものだが、誰もわざわざ口にして突っ込むことはしない。明らかな突っ込み待ちに、うまうまと突っ込んだら負けである。


「正直、心配だしな。放っておくわけにもいかないだろう」


「まあそれには同意。そろそろ探しに行かなきゃいけないってのは俺も思う」


 幼い子供なら、もう寝静まるような時間帯だ。二十歳手前の少女が、一人で夜の街を歩いているのが現状の今、さすがに心配になってきているというのが、小隊ほぼ全員の総意でもあった。


「アルミナのことだから、孤児院にでも行ってるんじゃないか?」


「いや、あいつこういう私事で、昔お世話になった孤児院の人達の手を煩わせるようなことはしたがらないと思う」


「……うん。アルミナは絶対そう」


「王都の中でも比較的治安の良くない場所へは行かないだけの用心深さ、あいつは持ってると思うし、おおごとにはならないとは思うけどねぇ。ただ、万一を考えりゃそろそろ動くべきかね」


 ガンマが、ユースが、キャルが、マグニスが、アルミナの動向について推察する。王都は広いし、少し話した程度でアルミナの足取りが掴めるかどうかはわからないが、多少は絞りを利かせたい。


「なあ、マグニス。ちょっと提案があるんだが」


「うん? なんでしょ、旦那」


 クロムがマグニスの肩を叩き、一つの提案を持ちかける。彼なりにアルミナの動向を予想し、それが正しいかどうかを確かめるための一手だ。それを聞いたマグニスは、あるかもしれませんね、と一言返し、居間を離れて家の裏口へと歩いていくのだった。






 マグニスが帰ってきたのは、5分足らず後の話である。


「旦那、ビンゴっす。アルミナ、家の前でうろうろしてますわ」


「的中かよ。そういう可能性もあるかな、程度の予想だったんだが」


 家の裏口から出て、屋根に登り、こっそりと高所からアルミナを探しに行ったマグニスがアルミナを見つけるのに、時間はまったくかからなかった。帰りたいけど怖くて帰れないアルミナが、家の前でしょんぼりしたままうろついていただけだったから。


「向こうはお前に気付いてたか?」


「あの様子じゃ屋根の上まで絶対に視野広がってませんね。バレてないと思いますよ」


「そうか。まあいい傾向だ」


 アルミナを探しに行きたいのは全員思っていることだが、家からシリカが出てきたら、自分を憎くて追いかけてこられたのかと思ったアルミナが、また逃亡に走るかもしれない。とりあえずクロムは、自分の予想が当たっていた場合、向こうにこちらの動きを見せないようにした方がいいと読んだ。


「シリカは待機で頼むわ。今のあいつがシリカ見たら、即逃げ出すと思う」


 マグニスの主張には、ユースあたりも深く深く同意していた。シリカはため息ひとつついて、じゃあお前達に任せるよ、と言葉を返すのみ。


 となれば、誰がアルミナを迎えに行くべきか。アルミナも、一人でシリカの前に顔を出すのは怖いだろうし、誰かが迎えに行ってあげて、付き添ってここまで連れ帰るのがよさそうだ。そうなると、アルミナと一番仲のよいキャル辺りが行くのが一番だと、マグニスが提案する。


「……私だったら、上手くいきそうなの?」


「ユースとかガンマとかだと、シリカに差し向けられた刺客に見えかねないからな、アルミナ視点」


 アルミナを捕まえて来い、とシリカが命令して差し向けるような人物に、キャルは最も該当しない。だからキャルの姿を見て、アルミナが警戒するということは無い、という読みである。


「……わかった。頑張ってみる」


 ふんすと意気込んで、玄関に向かっていくキャル。そんなに気張らなくても、と誰もが思ったが、キャルとしてはこの場の空気に似つかわず、真剣な表情であった。本当にきっかけからすれば、客観的に見ても下らない騒動の顛末だというのに、そんな時でも真剣に問題に取り組むキャルの姿勢は、ある意味いつもどおりの彼女そのものだった。











 結局キャルの協力の甲斐もあり、この後ようやくアルミナは居間に帰ってきた。とりあえず座りなさい、とシリカが冷静に言いつけるものの、自分よりも背の低いキャルの後ろに縮こまって隠れようとするアルミナの姿が、話をなかなか進ませてくれない。業を煮やしたシリカがアルミナに歩み寄ろうとすると、髪の先までびくりと跳ねさせてアルミナが回れ右をしてまた逃げだそうとする。


 キャルがアルミナの手を握って引き止め、シリカの手がアルミナの肩を掴んだその瞬間、蒼白に染まるアルミナの顔。それをすぐそばで見ていたユースには、この時のアルミナの顔を当分忘れられそうにないだろう。


 次の瞬間、意を決したかのように踵を返し、シリカに抱きつくアルミナの行動が予想外だったが、ある意味では納得のいく行動でもあった。距離を極端に縮めれば、振りかぶった拳や足の鉄槌からは少なくとも逃れられるからだ。


 自分の胸元に顔をうずめ、ごめんなさいごめんなさいとか細い声で連呼し、がたがたと震えるアルミナを見ていると、シリカとしてもどうしたものだか言葉を失ってしまう。というか、ここまで怯えられてはさすがにショックなのだが。最近シリカに対し、部下に対してあまりきつく接するなよと提言していたマグニスでさえ、流石にそりゃビビり過ぎだろと渇いた笑いを浮かべるほどだ。


 わかった、わかったから、と、逆に観念したような声でシリカが語りかけ、胸元にあるアルミナの頭をぐいっと押し返す。自分の顔のすぐ真下にあるアルミナの、怯えきった涙目とぎゅっとつぐんだ口、震える唇を見てしまっては、流石にこれ以上きついことを言う気分にはなれなかった。魔物を目の前にしても怯まず戦える勇気を持つはずの少女が、ここまでの顔で自分を怖がっているという事実には、思えば思うほどへこむというものである。


 あのな、と枕詞をひとつ挟んで、そのままの姿勢でアルミナにこんこんと話を始めるシリカ。とりあえず小説の話はさておき、こんな時間まであんな形で出歩いて心配をかけさせてくれたことに苦言を呈す形に始まり、こつこつとアルミナの後頭部を拳でつつく。うつむくアルミナだが、どうでもいいからとりあえず離れてくれないものかと、シリカも参っていた。


 ごめんなさい……と鼻をすすってアルミナが離れ、とりあえずそこに座ろうな、とシリカが促すと、ようやくアルミナも席につく。いつもの自分の席とは違い、アルミナの隣に腰掛け、やっと今回の一件についてアルミナに苦言を呈することが出来る形になった。随分遠回りを強いられたものだ。


「これは私がモデルなんだな? この、女戦士キリカという登場人物だが……」


「……はい」


「なんで私をモデルにしてこの内容なんだよ……それだけ聞かせてくれ……」


 内容を思い返して、シリカの目が別の意味で暗くなる。アルミナを責める意味とはまた違い、単純に小説の内容に精神を傷つけられた顔だ。


 シリカさん、綺麗なのに恋人の一人も作らずに戦ってばかり、素敵な男性に巡り会うことさえ出来ればきっと変わるんじゃないと思って――そんなこと考えてたらお話がどんどん出来上がって、せっかくだから妄想詰め込んで、ひとつの小説にしてみて――でもいざ書き終えてみたら、案外こんなシリカさんもありなんじゃないかなぁと思えてきて――


 なんて正直に話したらしばき倒されそうなので、アルミナは目を逸らして冷や汗をだらだらと垂らしている。何とか言え、とシリカがアルミナを揺すっても、遠い目をして口を閉ざすアルミナの態度に、見守っていたクロムもマグニスも、苦笑を浮かべながらシリカをなだめていた。ああこれは口にしちゃいけない心中なんだな、と、見ているだけでわかってしまう。


「まあとりあえずアルミナの反省点は、作者を特定されちまうようなシチュエーションでお話を書いちまったことだな。バレなきゃ密かな楽しみとして、何事もなく続けられただろうに」


「そういう問題なんですか?」


「バレなきゃ問題なかったんだしな。人の道を踏み外すことをしたでもあるまいし」


 マグニスの言葉にユースも思わず突っ込んでしまったが、あながち間違ってもいない気はした。シリカにさえバレなければ、特に問題は起こらなかったんだから。


「ということは、持ってきたマグニスさんが良くなかったって結論でもいいんでしょうか」


「おいこらチータ、そりゃあんまりだろ。こんな面白いもん見つけちまって、身内に黙っておくなんて出来ると思うか?」


 ああ無理ですね、と即答するチータを見たシリカも、こいつもあれと同じ穴の狢かと頭を抱える。マグニスのように底意地が悪く、隙を見せづらい奴が二人もいるかと思ったら、いよいよこの第14小隊も、なかなかに気の抜けない空間になってしまう。なんで隊長の自分がそんな心配をしなければいけないのやら。


「んでもこの内容を鑑みるに、案外シリカの目に届いて欲しかった部分はあるんじゃねえの? 女騎士キリカが演じるこういう姿を、シリカに期待する想いがあったりしてさ」


「ち、違う違う違う!! さすがにそこまでは……」


 アルミナが首をぶんぶん振って、クロムの分析を否定する。だけどその視界にちらっとシリカの顔が入った瞬間、思うことがあったらいっそ言え、と諦め半分なシリカの表情を見て、アルミナも、ちょっとは本音を吐く気になってしまう。


「……シリカさんも恋とかすれば、絶対今よりずっときれいになると思ったんだもん。このお話は、そういうところから考えたんだから、この内容でなきゃダメだったっていうか……」


 よくわからないけど、そういうことらしい。そういうものだと思うしかないのだろう。


「まあ、せっかくシリカの目に触れたんだから、これを機にシリカが変わればいいよなぁ。いいよなぁ」


「べ、別に私はそんな……シリカさんにバレたら、ヤバいとは思ってたし……」


「だったらなんでこんなバレバレのペンネームにしちまったんだよ……」


 筆者ナルミ=アストマイダー、もといアルミナ=マイスダートに、ユースの鋭い突っ込みが入る。らしいペンネームが上手く思いつかなくて、とか色々言い訳してくるアルミナだが、どれもこれもあまり真剣に聞かなくていいような内容だったように思えた。キャルにすら。


「ああ、うん、アルミナ。ひとつだけわかったことがある」


 え、とアルミナがシリカの方を向き直った瞬間、そこにあった顔。シリカはとっても、にこにこしていた。これは噴火寸前の休火山を彷彿とさせる表情だ。


「バレたらヤバいと自分でもわかっていることを、私に秘密でやっていたのは間違いないんだな」


 シリカの両手が、アルミナの両肩を掴んで立ち上がらせる。あ、終わった、と硬直するアルミナの表情は、拳を振り下ろすのもためらわれるような、先程までの涙目だった表情とは違い、今なら容赦なく鉄槌を下してやれる心持ちになれる顔色だ。


「ちょっと今日は一緒にお風呂に入ろうか。女同士で、じっくり話し合おうじゃないか」


 ただでさえ、色々文句を言ってやりたい相手なのだ。それがこんな間の抜けた表情で固まってると、そろそろ本気で詰めてやろうかという気分になる。元々怒っているのだから。


 アルミナの手を握り、浴室に向かって彼女をずるずると引きずっていくシリカ。言葉を失い、うろたえて足掻くアルミナだが、どんな苦しい戦いでも握った騎士剣を手放さぬように鍛えられた法騎士シリカの握力は、アルミナには絶対に振りほどけない。浴室への敷居をまたぐ寸前、懇願するような表情でキャルに助けを求める目を送るアルミナだったが、キャルも寂しい笑顔を返すことしか出来なかったものである。さすがにもう、守ってあげられないよと。






「嫌な事件でしたね、旦那」


「平和で何よりだ」


 酒を酌み交わして煙草を吸いながら笑う二人の姿は、悪い大人の典型的な見本である。それにしてもあんな本どこで見つけたんですか、と両者に興味深げに尋ねだすチータも、そっち側の人間と見える。


「なぁ、ユース。腫れ薬どこだっけ?」


 ガンマはガンマでズレたことを言っているし。まあ、確かにこの後、それが必要な局面が訪れそうな気はするけれど。


「……はい、ユース」


「ありがと……」


 こんな時でも周囲を、自分を気遣ってお茶を入れてくれるキャルだけが、この小隊の良心だと、ユースはつくづく痛感する。午前中しか訓練をしていない一日だったはずなのに、なんだかいつも以上に疲れる一日で、キャルの入れてくれたお茶を口にした途端、年寄りみたいな溜め息がユースの口から溢れた。






 ぷんすか怒った一方、すこしすっきりした顔のシリカと、半べそをかいたアルミナが浴室から出てきたのは、それからしばらく後の話である。素っ裸にひん剥かれた挙句、お尻を何度も叩かれたアルミナは、すんすん泣きながら自室に帰っていく。ガンマが用意していた腫れ薬を持ってついていくキャルが、この後アルミナのお尻にそれを塗ってあげるのだろう。


 19年と数ヵ月生きてきて、ここまでしょうもない騒動に巻き込まれたのは、ユースにとっても間違いなく初めてのことだった。

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