第53話 ~これが私の錬金術~
ラムル砂漠に点在する遺跡の数々。かつてこの砂漠の北部に栄えた王朝の数々の跡地とも呼ばれ、あるいは歴史の偉人が砂漠に知識をうずめていったとも言われる遺跡の数々。それぞれの遺跡がいったいどのような意味と歴史を持つのかは誰にも知り得ないことだが、それらは仮に明かせれば、考古学者や魔導士にとって、この上なく価値のある情報である。
商人ジーナに導かれるまま砂漠を進み、クロムとユースが辿り着いたのは、アモス遺跡と呼ばれる有名な場所だ。かつてアモスの都と呼ばれたというその地は、砂漠の民同士の紛争によって滅んだと言われ、今となっては石造りの建物の数々が、長年の乾燥風に晒されて朽ち果てた様を並べている。その中心にある、王宮を思わせるような巨大な建造物も、かつての隆盛が過ぎ去ったことを寂しく物語るかのように、石造りの壁でさえ、砂を固めたかのような脆さを感じさせる朽ち果てぶりである。
砂漠に点在する遺跡の数々は、冒険者にとっては一獲千金の夢が眠る地だ。
遺跡から古代遺産を発見すると、発見者として法の整った国家に報告することが出来る。なぜなら、発掘した物資はその時点では真の価値を確定させることが難しく、妥当な金額で取引きすることが非常に難しいからだ。価値があるように見えるガラクタを高く売りさばかれることは買い手にとっても悔しいことだし、想像を超える価値を持つ出土品を高く売りつけたところで、よくよく究明してみればもっと価値のあるものでした、となれば、売り手の方も寂しいものである。そうした摩擦を避けるため、遺跡などから古代の産物を発見すると、それの所有者であると国家に申請することで、"権利者"としての名を構えることが出来るようになっている。
一度"発見者"、すなわち"最初の所有者"としてその名を登録しておけば、後にその出土品の価値が良き方向に見直された際、それに見合ったさらなる実入りを再び要求できるのだ。品の価値の鑑定は、専らダニームの学者が集まるアカデミーや、エレム王国や帝国ルオスの学者達の手によって行われるため、結果に対しての信頼度はお墨付き。悪意ある鑑定があっても、国家の法廷が見逃さないからだ。
遺跡などから古代の遺産を発見するということは、それだけ保護された権利を構えて金稼ぎが出来るということである。冒険者達、ないし遺跡荒らしに対してやや優遇された決まり事ではあるが、それぐらいしないと、誰もわざわざ遺跡潜りして発掘作業なんてしてくれないというものである。遺跡に潜ってトレジャーハントすることは、多くの場合が命懸けなのだから。
「センチペタが随分多い場所だな。恐れることは無いが、油断は禁物だぞ」
「……わかってます」
「万一ケガしたら私に言ってね。解毒に効きそうな薬はある程度持ち込んでるから」
人が住まわなくなった遺跡には、魔物だって棲みついている。この遺跡に辿り着くまでの砂漠の道中だって、砂陰に潜んだ魔物が散見したものだ。尻尾の針に神経毒を持つ、大型のサソリのような姿をした魔物アラクランや、地中から突然顔を出し、人の頭ぐらい呑み込めそうな大口を開いて襲いかかって来る大芋虫のような魔物、クロウラーなどが有名なものである。遺跡の中に立ち入れば、毒を持つ大ムカデの姿をした魔物センチペタ、掌に収まらない大きさの大蜘蛛の魔物タランテラなどが所々に巣食っており、耐性のない人々にとっては、いるだけでおぞましい空間となっている。
魔物の風貌の好き好みはさておいても、遺跡の探検はともかく危険が伴うものである。所によっては古代の人間が遺跡に罠を仕掛けている場合もあり、下手を打てば命も落とし得るのが遺跡という場所。先述のような、遺跡から発掘できたものに対する価値を高く見定められるような取り決めがしっかり作られていないと、誰が命の危険を冒してまで金になるかわからない宝物を求め、遺跡になんか潜ってくれるのだという話である。過去に生きた者達の遺産に巡り会いたい学者達も、冒険者のモチベーションを上げるためのこの法規は、支持している。
そしてこの遺跡に目をつけたジーナの狙いもまた、そういうことだ。とうにこの遺跡に眠る遺産の数々は発掘されたとされ、すっかり人が立ち寄ることもなくなったこの遺跡にわざわざ足を運ぶジーナは、この遺跡にまだ金のなる木が眠っていることを、今はもう確信している。そうでなければ、わざわざ騎士二人を連れて、こんな場所まで足を運ばない。
「先週ぐらいだったかな。暇潰しに買った、二束三文のアモス遺跡の見取り図を眺めてたのがきっかけだったのよ。建築美の見識を広めることになれば、程度に思ってたんだけど、閃いてね」
時々現れる魔物達を主にユースが追い払いつつ、この遺跡に目につけた経緯をジーナが場つなぎに語りながら、遺跡を歩いていく三人。魔物達も侵入者に巣を荒らされることが気に入らないのか、積極的に襲いかかってくる一方、剣を振るって力を示してやれば、恐れをなして逃げていく。魔王やその配下が率いるような魔物達は、人間を屠ることそのものを目的としているため、相手が自分より強いかどうかなんてさほど気にも留めないのだが、自然界に生きる魔物の多くは、自分よりも強い存在と敵対すれば、命の危険を顧みて逃げ出すのが普通である。そしてそれだけの力を魔物の勘に示唆して見せられるほどには、ユースも力をつけてきているということだ。
「今じゃもう、多くの人が見限ってしまったこの遺跡。だけど自分の勘を信じて先月、ここを探索してみたら、あったのよ。きっと、誰も足を踏み入れたことのないであろう空間がね」
所々の遺跡の壁を触りながら、ある場所ではブロックの一角を押して、隠しスイッチと思しき壁の仕掛けを作動させるジーナ。またある場所では、無作為に置かれたような小さな像をわずかに動かしたりもする。その行動の意味も、やがてわかるはずだとジーナはあらかじめ言っている。
「……ジーナさん、一人でここまで来たんですか?」
「まあね。魔物から隠れて逃げて、ひぃこら言いながらの旅だったけど」
舌をぺろっと出してあっけらかんと言い放つジーナの姿を見て、ユースは忌憚なく言えば正気かと言わんばかりの表情だ。彼女が戦う力に秀でているならともかく、そうでもないのに魔物ひしめくこんな場所に、あるかどうかもわからない宝物を探しに来たというのだから、言葉が見つからない。
「確信は無かったけど、予感があったら動かずにはいられないんだよねぇ。命あっての物種だってのはわかってるし、堅実さに欠けた行動なのもわかっちゃいるんだけど」
軽い声でそう言いながら前を歩く彼女からは、反省の色らしきものが見えない。思わずユースも、僭越を承知の上で、怖くはないんですかと尋ねてしまう。
振り返ったジーナの表情がまた明るい笑顔で、その口から紡がれる言葉には嘘がない。
「今日まで怖くなかった日なんて無かったわ。明日の命を保証されない行商人の一人旅なんて、不安を抱えず旅してる奴こそ、世間舐めてるか精神のどっかイカれてるかとしか思えないわよ」
「まして女の一人旅なんて、危険が山積みだぜ。お前は下劣な想像はしたくないだろうが、単身歩く女を放っておくような無法者や野盗なんて、そうそういるもんじゃねえからよ」
仮にかつてのタイリップ山地のような、野盗の数多く潜む地を、ジーナのような若い女が一人で歩いていたら、取り囲まれた末にどうなるかぐらい、推察が立つというものだ。身を守るために傭兵を雇って護衛を願うという手段もあるが、出会った傭兵が信用に足る男であるかどうかも、命運の分かれ道となってしまう。
「そんな危険を犯してまで、世界を歩き続けるのはどうしてなんですか……?」
「どんな生き方を選んでも、永遠の安定や安全を保証された道なんて無いわよ。世界はそこまで人間だけに優しくは出来てないんだからさ。だったら、夢に向かって歩く人生の方が楽しいじゃない」
ある部屋に辿り着いたジーナが、床を持ち上げる。遺跡の仕掛けを数々起動させた末に、アモス遺跡の隠し部屋への入口の鍵を開いたジーナが、最後の扉を開けるのだ。
「叶えたい何かがある時、人がそれに向かって歩くことに理由なんていらないと思うわ。あなただって命の危険を恐れず、騎士として生きる道を選んだのでしょう?」
ともすれば死と隣り合わせの人生を歩んできた行商人ジーナが辿り着いたこの場所は、遠き夢に向かっての足掛かりとなるかもしれぬ、希望の種が眠る一室。開いた扉の先に続く階段を降りる彼女の背中を見たユースは、年を近しくして世界を強く生きる商人の、強き魂に触れた気がしたものだった。
「それじゃ二人とも、よく聞いて。今から一蓮托生の、商談だからね」
アレナの集落地、昨晩泊まった宿にてひと休みする体を装い、誰も立ち寄らぬ個室で密談だ。この話を誰かに聞かれてしまっては、利益を横取りされてしまう可能性もあるのだから。
アモスの遺跡の奥深く、隠された空間にあったのは一つの書庫だった。それも、現在の各国の一般文化では見られないような古い文字で書きつづられた、古代のアモスの都の書物が数多く眠る書庫。そしてそこに並べられた書物は、見るからにまだ誰も手をつけていないことを物語るかのように砂埃にまみれており、未開の地であったと推察するには充分な状況だった。
その地から3,4冊の書物を適当に選出し、発見者としての証拠とするために持ち帰ったジーナ。そして後は、遺跡の仕掛けを入念に元通りにして再び隠匿したあの場所に、他の誰かが勘付く前に、あの書庫に眠る歴史的司書の数々を、どのように金に変えるかの方針を定めねばならない。
「最も簡単なのは、今すぐにでもエレムかルオスあたりに赴いて、アモス遺跡で初めてあの書庫に辿り着いた"発見者"であることを、申請して登録することだな」
「そうね。そうして書庫に眠る書物の数々の所有者となり、それらを売る権利を得るのが、一番手っ取り早く儲かる手段と言えるでしょう」
おそらくはじめ、それを諸国の学者達に売りつけても、さほど金にはならない。書物の価値が真にわかってくるのは、それを開いてその内容を解析してからである。その内容が価値あるものであるかを見定めてから、もっと払うべきものを払う価値があるか、学者達が査定してから決めるのだ。価値があるかどうかはじめわからぬ物を、いきなり高額での引き取るのでは、学者の財布が痛すぎる。
もっとも、価値があるとなれば学者達もそれを隠蔽することは出来ない。歴史的遺産として遺跡から発掘された資料の存在は、必ず各国にその存在が知れ渡る。それらの価値を周囲の国家全体が把握するというのに、価値あるものを、価値がないからお金の追徴は認めません、なんて子供みたいな嘘で隠せるわけがないのだ。商人達が横の繋がりを用いて情報や経済、市場を把握し構成するのと同じく、学者達も上手く横の繋がりを利用して話をまとめているものだ。万が一、学者達が悪意を固めて査定をごまかしたとしても、国家や商団が不審を見つけてくれるよう、人間社会は上手く出来ている。
「ふーむ、ああいう歴史的司書の価値を、最も重んじて金を払ってくれそうなのはダニームの学者たちだがな。特に言うなら、アカデミーの連中だが」
「うん、ダニームのアカデミーの探究心や、情報公開に対する公明正大さは最も信頼できるしね」
そこまで言って、ジーナはひとつ咳払いを挟む。砂漠の乾いた空気は、慣れていても時々喉がくすぐったくなるため、声や語りのリズムが乱れるのを嫌う商人は、砂漠に来るとよく咳払いをする。
「ただ、私にはダニームのアカデミーと繋がれるパイプがない。私は旧ラエルカン地方やルオス、この砂漠を中心に商売を営んできたからね。いきなりダニームのアカデミーに歴史的産物を売り込むには、人脈が不足しているのが現状よ」
「商団を頼ることは出来ないんですか?」
ジーナは商談に属する身だ。世界を股にかける商いのラインを持つ商団を頼れば、ダニームのアカデミーとの商売線も繋げられるのでは、というところまでは、ユースにも想像がつく。
「商団の人脈を利用することになれば、利益が多ければ多いほど分け前を与えるべき相手が増えるから、皮算用でも高い利益を見込める時にはあまり頼りたくない場所なのよ」
儲け話には蟻が寄ってくるものである。商団にこんな発見を馬鹿正直に報告すれば、たちまち商団に属する者達多くにこの話は知れ渡る。そうなれば、金の匂いを嗅ぎつけた商人の数々が、あらゆる形でジーナに恩を売ろうとしてくるだろう。そうなれば、分け前を配るだけで自分の取り分が削られていってしまう。
「アテはあるのか?」
「ええ。砂漠で宝石商を営む商人様の中に、有力な方がいてね。その人はダニームとの取引きのみならず、アカデミーともほぼ直接的な商談を交わせられるほどのやり手なの」
宝石には、親和性を持つものが多い。魔法都市ダニームにとって、砂漠の宝石商というものは、魔導士達にとって実にありがたい宝をもたらす方々と言っても過言ではない。
ここからが本題だ。唇を舌で濡らし、ジーナの目が商売の本核を語るための色に染まる。
「私はその商人様に、あの遺産の発見者となる立場を分譲する。歴史的遺産の発見者が得ることの出来る権利を、その方と共有するのよ」
「なるほど。そうしてその宝石商に恩を売り、あわよくばダニームのアカデミーに関わる足掛かりも確保しようってわけか」
うん、とうなずくジーナの瞳から漂う真剣さが、昨日今日に彼女と出会ったばかりのユースにもはっきり伝わる。遺跡から見付けた金のなる木を、夢への足掛かりへと変える策を説く商人の眼差したるや、命を懸けて戦場に立つ騎士とよく似て、強い決意を宿している。
「当の宝石商様は、アモス遺跡に眠る歴史的書物の数々を、権利者の一人としてダニームに売り払う。後にその書物が想像以上の価値を持つ可能性を視野に入れれば、夢枕も高くなるでしょう」
「しかも、元手はタダみたいなもんだからな。降って沸いた夢のある儲け話だ」
商業論において、仕入れ値のいらない売り物ほど魅力的なものはない。その宝石商にこの話を持ちかければ、向こうにとっては遺跡の危険に触れることもなく利益を得られるという、まさに丸儲けの話だ。場合によっては発掘物の価値が想定以上であり、大金がその宝石商に転がり込むのであれば、ジーナは途方もなく大きな恩をその宝石商に売ることが出来るかもしれない。それに、権利を分譲するということは、その書物の売買によって得られる利益のいくらかそのものまで、ジーナに流れてくる仕組みも確保できるというわけだ。
宝石商にとっては足一つ伸ばすだけでゼロから金を得る好機であり、ジーナにとっても、魔法都市ダニームとの商業ラインを持つ商人様と、個人的な付き合いを作るチャンスである。そんなあまりにも大きな利益を、この二人だけで独占できるのだから、商団に話を持っていくよりも、遙かに実入りが大きいのは明白だ。
「まあ、あとはその宝石商とやらがどこまで信用できるかだが」
「信用できる人だとは思ってるわ。ただ、絶対とは言いきれないわよね」
商人には疑うことも必要だ。たとえばの話だが、ジーナから話を聞いたその宝石商が、情報だけジーナから受け取って、極論あとはジーナを闇に葬って、利益だけを独り占めする、など、そういう可能性だってあるのだから。
「だからあなた達には、証人になっておいて欲しいのよ。私が発見者であるということのね。私もあまり考えたくないことだけど、万一の場合はよろしくってこと」
ジーナが宝石商にアモス遺跡の一件を報告すれば、やがてその宝石商は権利を主張するだろう。だが、もしもその宝石商の主張が"発見者は私一人です"という報告を為した場合、証拠や証人がいなければ、そしてその時ジーナがこの世にいなければ、誰もそれを疑うことが出来ない。
王国の騎士という肩書きを持つ二人が、そうした事態に至った場合に矛盾を唱えられる証人であるなら、宝石商は好き勝手なことが出来ない。特にクロムはジーナと個人的な繋がりがある上に、さらに言えばジーナが所属する大商団にも顔が利く。おかしな事態に話が転べば、身内を嵌められた商団が、徹底的に事実を究明しにかかるだろう。宝石商個人の悪知恵なんかで、誤魔化しきれる相手ではない。
「ま、その宝石商の旦那さんに魔が差したとしても、お前がそういう保険をかけることぐらいは予測してるだろうから、変な考えを起こすわけはないだろうがね」
「商人同士なら確信して言えることよね」
懸念はない。間違いが起こらないよう、幾重にも合理的、法的に問題のないよう商談を作る。二十代半ばの若さにして、たった一人でここまでの青写真を完成させたジーナの姿は、ユースにとって、自分よりも少し年上なだけの人とは思えぬほど、大人びて見えるものだ。
黙ってその場に居合わせるだけのユースが、心底目の前の商人の周到さに嘆息を漏らした瞬間、ジーナがにかっとユースの方を向く。
「これが私なりの錬金術よ。自分にとっては何の価値もないはずの物を、こうして私、あるいは私を取り巻く人への利益に変えることが、この世界に生きる商人たる私の使命だと思ってるわ」
人間社会は、多くの人々によって成り立っている。作物を作る農家の人々が、遠く離れた地に住まう貴族の胃袋をやがて満たすように、見えない繋がりの数々が、近くも遠くも人間社会を形成する。その社会を回す最たる存在が商人であり、そうした繋がりのつがいとしての立ち位置を形成した商人こそ、独り立ちして人間社会に生きる商人であると胸を張れるのだ。
「んで、ジーナ。俺達への分け前は?」
私を取り巻く人への利益、という言葉を受けて、クロムがいたずらに問う。ジーナも機嫌よく、愛想以上の笑顔を返してくる。
「儲かったらね。その時はおこぼれも配りに行くから、期待して待ってなさい」
「信頼していいのかねぇ? 暮らしの安定しない行商人様は、財布の紐が固いからな」
「余裕が出来れば、買い叩きにだって応じる体力が出来るのよ?」
店構えの商人様にだって負けないんだから、と舌を出して笑うジーナを見て、かっかっとクロムは笑う。この場においてはほとんど口を利く機会もなく、ただ話を聞くばかりであったユースも、二人が意気揚々と語らう姿を、そばにいて眺めるだけで心地よい、そんな安らいだ心地だった。
思えば訓練や任務ばかりで、遠出しても騎士としての立ち位置を意識することばかり。こうして先輩と一緒に遠くの地まで足を運び、肩の力を抜いた旅行気分に浸れたのも久しぶりな気がする。騎士として生きる道を歩むことをやめるつもりは絶対ないけれど、たまにはこうして立場を忘れて心と体を休める機会があってもいいものだと、ユースは当たり前のことを今さら再認識していた。
「たまにはいいだろ? こういうのも」
そんなことを考えていた矢先、クロムがぼそりとユースにつぶやいて見せる。どこまでいってもこの人の読心術にはかなわないもんだと、ユースは苦く笑う他なかった。
「今頃楽しんでんすかね、ユースも」
「まあ、上手くやってくれてるはずだよ。クロムのことだからな」
同じ頃の昼下がり、自宅のそばの訓練場で独り、剣を振るって汗を流した後のシリカに、マグニスが語りかけていた。年明けのバケーションシーズンにまで何やってんだか、と半ば呆れた表情のマグニスだったけれど、そんな目線はわかっていたってシリカも気にしない。そういう見方をされるのは、もう慣れきっている。
「一日経ったら随分プラス思考になりましたねぇ。昨日は不満顔だったくせにさ」
「別にそんなことはないだろ。たまにはユースにだって、休日ぐらいはだな……」
「さぞかし年始もユースのこと、みっちりしごいてやりたかったんでしょうねぇ、自分の手で。あぁ嫌だ嫌だ、独占欲の強い隊長様は」
うぐ、と言葉に詰まるシリカの図星を見て、マグニスがししっと笑う。
「年明け前に俺らに説教されて、ちっとは束縛を控えるようになりましたかね?」
「う、うるさい!! 独占欲だとか束縛だとか、人聞きの悪い言い方をするな!!」
「自覚ないんじゃ、また前と同じこと繰り返すんじゃないですかねぇ?」
ことごとく率直な言葉でシリカの反論を叩き潰すマグニス。先月の短期異動期間を経て、彼女が隊長としての在り方に色々悩んでいることは知っているため、そこが今のマグニスの攻め所だ。
「別にユースに限った話じゃなく、可愛い部下の未来を案じてやるのはわかるよ。でもま、たまには自分の方から手を放して、あいつらの好きなようにさせてやるのも良いんじゃねえかな、って、俺は常々思ってるんだわ」
マグニスの真っ直ぐな言葉を胸で受け止め、押し黙るシリカ。わかっている部分もあるし、わかったつもりでわかっていなかったら怖い部分だってある。だから最近、よく悩む。ユースやアルミナ、ガンマやキャル、チータとどう接することが、彼らを良い道に導くことに繋がっていくのかを。
今すぐに答えなど出せぬ課題に、はぁと息をつくシリカ。なかなか自分の望むことを、シリカが体現してくれないことに、マグニスもやれやれと肩をすくめるが、悩んでくれるだけでも以前よりは、随分とましになったものだと、内心ではそこそこ満足していた。
人は変われるし、変われれば新しい幸せを見つけることだって出来る。自らの半生からそれを知るマグニスは、変わることを視野に入れたシリカの姿を見られるようになっただけでも、先月の一件は意味のあったものだとしみじみ思うのだった。




