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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第4章  広き世界との協奏曲~コンチェルト~
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第51話  ~エレム王都の年末祭~



 北方の帝国ルオスでは雪も降る冬空が続く中、やがて年も明け、世界歴にも1の数字が加算される。


 年の変わり目に接する晦日と元旦の二日間には、世界各国で土地柄に合った催し事が行われる。魔導帝国ルオスでは、魔導士達の日頃の成果による豪快かつ美しい花火が打ち上げられて年を越し、魔法都市ダニームも同じく、魔法使い達や学者達の嗜好心と研究成果から、あらゆる属性の魔法が街を彩る光に満たす。その美しさたるや、今年も例年どおり、右に出る町はない彩色だと広く言い伝えられることだろう。


 エレム王都もその例には漏れない。日頃民衆と触れ合う機会の少ない騎士達も街に降りてきて、街中の酒場を解放しての、二日限り王都上げての大宴会を行うのだ。勇騎士様や聖騎士様と握手が出来る、騎士団を敬愛する民衆にとってはたまらなく嬉しいイベントであり、日頃は酒場で呑み暮らす荒くれ男達も、名高い騎士様と酒の呑み比べをする楽しみが生まれてくる。王国を守る上層騎士様との呑み比べに勝ったとなれば、日頃守られる立場の民衆も、その夜は革命成功のような大騒ぎになる。負けてられるかと意気込む騎士達にとっても、己の威信を賭けた楽しみな戦いだ。


 ラヴォアス上騎士やクロード聖騎士のような酒豪率いる中隊が、王都一番の大酒場に乗り込んだ時の盛り上がりは、店の天井が吹っ飛ぶかと思われるようなものだった。過去の経験から、庶民からも大酒呑みであると二人が認識されているからだ。待ち構える大勢の挑戦者達は、日頃鍛えた肝臓を掲げて、騎士様相手にかかって来いと無礼講に呼びかける。百年早いわと言い返す騎士達の親分が部下をも焚きつけて、酒場に決戦の空気がすぐに満ち溢れる。


 酒宴が始まれば、おかわりの連呼で酒場の従業員もてんやわんやである。ノリと勢いで笑いながら酒を催促する戦人達に背中を叩かれ、どう足掻いても間に合わない酒の供給に追いつくべく、苦笑しながら酒場を駆ける従業員達には、年間最大の腕の見せ所だ。この日のために入荷した、常軌を逸した大量の酒も、年末年始の2日だけでほぼすっからかんになるんだから、これを儲け時と捉えずして一人前の商人ではいられない。談笑と死闘の混在するカオス満点の酒場は、エレム王国の年越しを彩る最大のイベントだ。


 騎士団入りしたはずのクロムが、なぜか庶民の陣営についてラヴォアス上騎士との一騎打ちに臨んだり、ともかく無法地帯もいいところ。マグニスもクロムとはまた違う酒場で、庶民の陣営に回って騎士達と対決し、数人の騎士を酔い潰れさせていた。今年からはガンマもその宴会に参加し、酒の強さをマグニスに褒められる結果となっている。


 酒場を主戦場としない騎士団員達も、それぞれの居場所へと自由に足を運ぶ。孤児院出身のアルミナは例年のようにそちらに向かったし、キャルもそれについていった。暇を縫って作っていた手作りのデコレーションで、古い孤児院の建物を子供達と一緒に明るい色に染め上げたり、その晩は二人が振る舞うご馳走を子供達と楽しんだり。二人にとっても、孤児院の子供達や大人達にとっても、この上なく楽しい年末年始になることだろう。


 法騎士ダイアンの推奨で、その魔力を用いた花火を打ち上げて欲しいと言われたチータも、快くそれを引き受けている。器用に魔力を扱うチータは、前日の昼に数回練習して魔法花火をある程度完成させ、年を越す瞬間の大花火に貢献してみせた。城の砲台から打ち上げられる花火の間を縫い、小隊で運命を共にするアルミナの第二の故郷とも言える孤児院の天井から、天高く特上の花火を打ち上げてみせたチータの心遣いには、アルミナもキャルも大喜びだっただろう。






 年間最大のお祭り騒ぎだが、王都の平和を守る体制は万全だ。年末晦日に街を巡る騎士達は総数の約半分で、もう約半分は王都の警備と防衛に全力を尽くしている。日頃王都を離れて遠征している上層の騎士達も、この日ばかりは帰還するため、層の厚くなった王都の守りは、日頃よりむしろ強固になる。そして翌日には、この日はめを外した騎士達が警備と防衛する側に回り、晦日に働いた騎士達が代わりに王都の祭りを嗜む立場に代わるのだ。酒好きの騎士の数々が二日酔いに苛まれるのは織り込み済みなので、元旦の方が、晦日に比べてやや多くの騎士が働く側に回される配慮もある。


 この日ばかりは王都内の治安も随分悪くなるので、騎士団の働き手も大変である。祭事の際にははめをはずし過ぎて、暴れてしまう者が必ず出るものだ。そうした流れに乗じて、常識をわざと超えて悪さをはたらく者も現れてくるし、華やかな街の裏では、人の集う地には避けられぬ暗部が、そこかしこに頻発するのが現実である。


 年末晦日のシリカの仕事はそこにあり、騒ぎがあれば駆けつけて、喧嘩を止めたり、あるいは度を越した行いをした者を抑えつけるため、夜の王都を巡り歩いていた。酒宴に浸るには生真面目過ぎるユースもシリカに付き添う形である。夜が明けるまで見回りを怠るわけにはいかないので、晦日に限り予定に合わせて、夕頃まで睡眠をとっていた二人は、充分に目が冴えている。


「凄いですね、毎年のことだけど……外まで聞こえてきますよ」


「寝たい時に眠れない方々もいるだろうな。まあ、仕方ないことだ」


 酒場の数々から溢れる酒豪達の騒がしい声は、深夜の王都によく響き、まだまだ夜は長いなと実感するには充分だ。シリカが笑いながら言ったとおり、近所迷惑を王都の土地柄そのものが全力で発信するのが、晦日の酒宴による当然の副産物。酒の席に絡まぬ大衆には少々ご迷惑な騒ぎであるが、郷に入っては郷に従え、この日と明日だけは我慢して貰う他ない。3年もこの王都に過ごせば、それも慣れる。


 二人が見歩くのは王都の中心部なので、喧噪があってもそこまでそれが膨らむことも無い場所だ。王都もいくつかの区画に分かれており、王宮に近いこの周辺は、流石に祭りの勢いあっても悪さをはたらく人物はそういない。逆に、王宮は王都の中心よりもやや南西寄りにあるため、そこから一番遠い区画である、王都北東部の治安は常に警戒される区画だ。その辺りは王宮周辺よりもやや開発も遅れ気味で、平穏な王都全体とは言っても、比較的治安がよろしくない場所だったりする。


 そちらに関しては、もっと階級の高い騎士様が隊を率いて警備に赴いてくれているので、ユース達はさほど気にする必要はない。そもそもあちらは、いわゆる生真面目な騎士様の常識では予測できないようなことも起こり得るため、シリカやユースが配属されるような場所ではないのだ。そこの警備に回れる人物と言えば、ラヴォアス上騎士のような人生経験豊富な大人や、あるいはクロムやマグニスのように、社会の日陰の事情にも話を通じさせられる育ちの者達に限られる。


 だからシリカもユースも、仕事で街を見歩く立場とは言っても、そこまで過度な緊張感を持って歩く必要はない。勿論二人とも気を抜いてはいないが、眠らない街を通じて、今年も人々が笑って過ごせる街を守り通せたことを実感できる程度には、心に余裕もあるというものだ。


 ずっと歩いてばかりだったので、公園に差し掛かった頃、少し座ろうかとシリカが提案してくれた。それにユースも従う形で、二人が公園のベンチに並んで腰かける。


「疲れたか? そこの出店で、飲み物でも買ってこようか」


「あ、行ってきますよ。シリカさんは何がいいです?」


 すぐさま立ち上がって財布を取り出すユースに、いいよと言ってシリカが二人ぶんの小銭を渡す。ユースに尋ねられるまま、好みの飲み物を伝えると、わかりましたと言って出店に駆けていくユース。


 よく働く後輩騎士が帰ってきて、シリカに温かい飲み物を手渡す。ユースも長年の付き合いで知っているとおり、寒空の下ではコーンスープを好んで飲むシリカは、それをユースから受け取ってありがとうと言い述べた。長い付き合いで飲み物の好みもやや似通ったか、ユースがいただきますと言って手に握る自分の飲み物も、シリカと同じコーンスープだ。


 ベンチに座って、熱々のコーンスープをゆっくりと口にする二人。遠方の国では雪も降るこの季節、とろみの利いた温かい飲み物が喉を通るたび、体の芯まで温まるこの心地が気持ちいい。


「クロムさんあたりだったら、ここで飲むのは熱燗だったりするんでしょうね」


「だろうな。マグニスだったら何だと思う? あれは醸造酒が好きではなかったが」


「マグニスさんは寒さには強いから、気にせず蒸留酒のロックじゃないですか?」


「そういえばそうだったな。長いことあいつの術を見てないから、あいつの体質を忘れるよ」


 常日頃厳しい面持ちの上官として接するシリカも、こうした日々では柔らかいものだ。戦に接さぬ彼女の姿を見るたび、やっぱりこの人もあれがすべてじゃないんだな、とユースは再認識する。


「それにしても、チータの打ち上げた花火は見事だったな。一日であれだけ完成させたのか」


「アルミナあたりが、こんなのがいいあんなのがいいって注文多くって、完成させるのに手間取りそうだってチータもぼやいてましたよ。魔法の練習になるとも言ってたけど」


「アルミナだけか? ガンマもだろう」


「そうですね。でもガンマとかは、ドーンとしてパッとキラキラしたのがいいとか、抽象的な注文がほとんどで、チータも適当に聞き流してる感じでしたけど」


「目に浮かぶよ。アルミナの方が具体的なだけに、チータにとっては大変だったということか」


「ええ。だからチータが主に汲み取ったのは、控え目で術者の負担も少ないような注文しかしない、キャルのお願いだけだったりするんですよ」


「なるほど。チータも正しく立ち回っているな」


 笑い合う二人の会話の種は、第14小隊の仲間達を思い返す思い出で彩られることが多い。特にシリカよりも近しい目線で、アルミナやガンマ、キャルやチータを見るユースからの話は、シリカにとっても聞いていて飽きない。


「そういえばマグニスも、チータの花火に対して助言していたな。マグニスはああ見えて、物事を理論的に説明するのは不得意でないから、チータも助かったと言っていたぞ」


「え、そうなんですか? 俺から見たマグニスさんって、そういう理的な人じゃないんだけどな」


「中々面白い言質が取れたな。今度マグニスに言いつけておいてやるよ」


「えー、そんなのみんな言ってることじゃないですか。アルミナなんてもっとおおぴらに」


「マグニスは女の子には優しいが、男には容赦ないぞ?」


「そう思うんなら黙っておくぐらいの慈悲を貰えませんかねぇ……」


 舌を出してうえっと表情を苦めるユースの顔遊びが可笑しくて、微笑んでいたシリカの笑顔が声を漏らす笑顔に変わる。いじってきた先輩を笑わせて反撃できた満足感にユースも笑いがこぼれて、一本取られたシリカも、悪かった悪かったと手をひらひらさせる。


 シリカだけが知る、ユースよりも年上の大人同士の目線。ユースだけが知る、年若い今を生きる面々の想いそれぞれ。4つ離れた二人の年の差はそれなりに大きいだけあって、互いの口から出てくる日常の会話は双方にとって新鮮なものだったり、見方を変えた面白さに満ちている。シリカもユースも、たいして考えなしに語り合うだけなのに、退屈せずに何時間でも話し合えるものだ。


 とはいえ、いつまでもくつろいで職務怠慢になってはいけないな、とシリカが腰を上げようとする。そんな頃合いにはそろそろユースも同じを考えていたようで、行きましょうか、とユースはそれより早くに立ち上がった。うなずいて立ち上がったシリカから、ユースは飲み干したコーンスープの容器を受け取ると、公園のくずかごに捨てるためにそちらに駆けていく。


「……おや? 君は……」


 くずかごに容器を捨てたユースに、声をかけるひとつのシルエット。ふいっとユースが何気なく顔を上げると、そこには見知った顔があった。


 それはもう、凛々しいご尊顔で。思わぬタイミングで偉人様に出くわしたユースは、大慌てで背筋を伸ばして、言葉にだけ詰まっていたり。


「お疲れ様です、勇騎士ベルセリウス様」


「ん、やっぱり君も一緒だったね」


 その姿を遠目に確かめたシリカは、駆け寄って礼儀正しく頭を下げた。その姿を見てようやく、お疲れ様ですの一言を、思い出したかのように口にして頭を下げるユース。これはもう、誰がどう見たって軽くテンパっている。立って向き合うのは何気に今回が初めてなので、自分よりも少し背の高いお人だな、という印象は抱けたが、それ以上のことを考える余裕はなかった。


「他の小隊の子達はどうしてるんだい?」


「3人は酒宴に、3人は孤児院ですね」


「なるほど。それじゃ今は、二人きりでデートというわけだ」


 邪魔をしたね、といたずらな笑いを浮かべるベルセリウスに、いやいや仕事ですから、と真顔で返すシリカ。ユースは緊張して、二人の会話があんまり頭に入っていない。


「デートだっていうのは冗談だけどさ。年末のこの日ぐらいは、シリカも少しぐらい、夜遊びに出歩いてもいいと思うんだけどな」


「流石にそうもいきませんよ。私は、こうした立場ですし」


「僕は割と真剣に心配してるんだけどな。お節介なのはわかってるけど」


 だいたい、何のことを言ってるのかはわかっている。婚期とか独り身とか、シリカにとっては呪詛にも勝る恐怖の単語。ダイアン法騎士あたりがそういう話を世間話でシリカに振ることが多く、そのたびシリカは精神を削られている。ついでに言えば、ダイアンがシリカに見合い話を持ってきたいつぞやの時、その裏でダイアンに協力している人物がいたことも知っている。ええ、この人です。


「君も23……月末には24になるんだろう? そろそろ出会いが……」


「やめて下さいお願いします。許して下さい」


 2つ上の階級、勇騎士様の手前、取り乱した行動には出ないが、今すぐにでも耳をふさいで、とっととこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいのシリカ。何をそんなに恐れているかって、男性経験も全然ない上に、女としての魅力に欠ける自分を極めて客観的に知っているから、そうした色恋話を耳にするとたまらなくしんどいのだ。


 概ね予想どおりの反応に、ベルセリウスもやれやれと苦笑い。まずはこの後ろ向きな姿勢から正さねば、恋愛に前向きにもなれまいとわかっているのだが、この第一関門がとても堅固で厄介だ。


「まあでも、あまり逃げてばかりでも良くないよ。婚期を逃した末に生涯独り身なんて嫌だって、君だって言ってたじゃないか」


「……え、いや、あの、私それ、ベルセリウス様に言いました?」


「おっと、ごめん」


 数年前、世間話の一貫でダイアン法騎士にそれを漏らしたことはあった。それを知っているということは、やはりあの人とこの人は繋がっていたようだ。知ってたけど。


「まあ、無理に出会いを求めるのも違うかもしれないね。案外、生涯を通じて付き添える人との出会いなんてものは、すぐそばにあったりもするからさ」


 だといいですけどね……と、自覚した逃げを口にするシリカは、すっかりへこんだ表情だ。あんまりこれ以上いじめるのも可哀想なので、ベルセリウスは話題を転がすことにした。


「――僕も、君ぐらいの年頃には似たような感じだったよ。騎士として生きる道ばかり求めて、そうしたことからはずっと目を逸らしていたからね」


 ベルセリウスの声色が変わったことに、シリカがほんの少し目の色を正す。ベルセリウスの表情はにこやかなものだったが、伝えたいことを相手に伝えるために低く張られた声が、その後に続く。


「法騎士として、もっと高みを目指したいのに、行き詰った時、先輩に誘われて街の酒場に行ったんだ。――ああ、君もよく知ってる上騎士様なんだけどね」


 勇騎士ベルセリウスが、様付けで呼ぶ上騎士。もしやと思って、ラヴォアス様ですかとシリカが尋ねると、正解、とベルセリウスは笑って答えた。


「そこで、学所時代の後輩に会ってね。酒場の従業員として働いている彼女との再会が懐かしくて、その日は悩みも忘れて話し込んだよ。思い出話に始まって、最近のこととかね」


 いつになく、饒舌なベルセリウス。もしかしてこの人、ほんの少しお酒を呑んでたりするのかなとシリカは一瞬思ったが、それは頭の隅にどけておく。


「騎士という仕事柄、酒場に通い詰めることは出来なかったけど、非番の時に、溜まった悩みをよくその酒場に持ち込んだものだよ。当時はあの子に、迷惑をかけてしまって申し訳なかったと思ってる」


 勇騎士様にもそんな昔があったんだな、と、ユースは聞き入る想いだ。今では手の届かないような高い地位にいる勇騎士様も、今の自分にも近しいような過去を持っていると耳にすると、ついつい聞き逃せなくなる想いになる。


「彼女は嫌な顔一つせずに、話を聞き続けてくれたよ。お酒が入って僕が乱暴な言葉を使っても、彼女はそれに怒ったりもせず、あくまで冷静に話を聞いてくれた。彼女が持つ個人的な観点も持って、だけど僕の言い分を否定したりもせず、優しくね。彼女に出会えたのは、僕の人生においても最大の幸福だったと思ってるんだ」


 ここに来てシリカに閃きが走る。前の話の流れを加味すると、その女性というのはもしかして。


「まあ、それが今の僕の妻との馴れ初めというわけだよ」


 ただの惚気話だった。大先輩の自慢話を無碍に扱う態度を見せないぐらいの社会勉強を積んでいるユースは、ベルセリウスの話の落とし所に笑って応じるだけの姿勢は見せた。営業スマイルはそんなに苦手じゃない。


 引きつった笑いを見せるシリカの心中は察して然るべしだ。さんざん恋愛事に叩きのめされている自分を目の前に惚気話とか、色んな意味で心がへし折れそうになる。


「――まあ、単なる自慢話ってわけじゃないつもりだよ。そういうことも、あるってことだからさ」


 ベルセリウスは声のトーンを真面目なものに戻すが、いまいち説得力に欠けるのは本人にもわかっている。敢えて幕を下ろさず語り続けるベルセリウスの、伝えたかった本懐はここからだ。


「世界のどこかには、自分のことを誰よりもよく見てくれて、誰よりもよくわかってくれる人が必ずいるはずなんだ。そんな人と出会い、生涯を共にすることは、きっとその人にとってはこの上なく幸福なことだと僕は思うんだよ」


 確かに出会えず生涯を終えることもあるかもしれないけど、と一言付け加えるも、ベルセリウスは改めて表情を柔らかくし、シリカにその眼差しを向ける。


「ふとした出会いの日々の中、そうした人を見つけ出す機会は必ずある。それはもしかしたら、少し歩いてみればすぐに見つかるかもしれないし……」


 寒空が身に応えてきたか、ベルセリウスはひとつ咳払いをする。


「既にもう、出会っているのかもしれない。それを見落とさなければ、君にも素敵な殿方との縁に巡り会うことがあると、僕は信じている」


 学生時代の彼女が、まさか生涯を共にする人物であるとは予想しなかったと、ベルセリウスは笑って言う。10年以上も遅れて再び巡り会えた幸福は、本当に神様の恵みだったとしみじみ付け加える。


「出会いに数を求めるのは、それ自体が目的じゃないんだ。それよりも、巡り会えた人達をよく見ることに努めることを忘れないこともまた、大切な心がけだと僕は思うよ」


 途中からはベルセリウスの言葉も真剣に聞いていたシリカだったが、うーんと顔を伏せて考える。先人の真剣な教えを素直に聞き入れる心根はあるが、これからどうしよう、と次に思考を傾けると、やはりすぐには光が見えるわけでもないから。


「……考えてみます」


「うん。少し、前向きな顔つきになったね」


 にかっと笑うベルセリウスの表情が、心の底から自分の未来を案じてくれていることは読み取れる。きっと自分が良き出会いに恵まれれば、この人は自分のことのように喜んでくれるのだろう。つくづく自分は、良き出会いには既に恵まれているんだと、シリカは改めて思うのだった。


 ベルセリウスと並んで、夜の街の見回りを再開するシリカとユース。心強すぎる勇騎士様と並んで歩くのはやっぱり緊張したけれど、今までに見せたことのない、若かりし頃の思い出を気さくな表情で語ってくれたベルセリウスを見るユースの目線は、今まで恐縮して見ることしか出来なかった彼を、柔らかな尊敬心で見上げるものへと解きほぐしてくれた。











「ういっす、ただいま」


「……ちぃっす」


 日が昇り、自宅で待っていたシリカ達のもとに、クロムとマグニスが帰ってきた。酒宴に明け暮れた二人の表情はその名残が色濃く、激烈な二日酔いの頭痛に顔色を悪くするマグニスと、まだちょっと酔いが残ってそうな顔色のクロムが対照的だ。寝ずに今まで過ごしてきたクロムと、途中で寝て、起きて頭痛に苦しむマグニス、という構図まで予想できる。ぐっすり眠ってクロムに背負われて帰ってきたガンマなんて、実に可愛らしいものだ。


「はいはーい、朝食の時間ですよー」


「やめろアルミナ……マジでやめてくれ……」


 フライパンとおたまをカンカン打ち鳴らすアルミナに、頭を抱えて懇願するマグニス。だらしない日々のマグニスに苦言を呈しまくっているアルミナの、元旦一発目の強烈な洗礼だ。居間の食卓に並べられた、正月一番のご馳走を前にしても、こうなっては食欲も失ってしまう。まあ、たとえ何もされなくても食欲の沸くコンディションではないけれど。


 年始ということで縁起でも担ぐのか、クロム達が帰ってくるまでは自室で瞑想に耽っていると言っていたチータを呼びに、キャルが駆けていく。ユースはアルミナとマグニスのやりとりを苦笑しながら見届けていて、クロムも背負ったガンマを起こすべく、椅子に降ろして頭をぽんぽんと叩く。


「ふぁ……おはよーございます……シリカたいちょー……」


「おはよう、ガンマ。楽しんできたか?」


 眠い目をこすり、うんうんとうなずくガンマ。顔を洗ってしばらくすれば、いつもの元気な彼に戻るだろう。


「シリカも昨夜はお疲れさん。今晩は俺やマグニスが夜勤すっから、お前は正月の街を楽しんで来い」


 チータやキャル、ガンマが戻ってくるまでは談笑して時間を潰そうとするクロム。しかし、予想に反してシリカから簡略な相槌も返ってこない。こういう場面なら、一度仮眠を挟んでからな、ぐらいのかけ合いを挟んでくるのが、クロムのよく知るシリカなのだが。


「…………? どうした、シリカ。俺の顔になんかついてるか?」


 まじまじとクロムとマグニスの表情を見比べるシリカ。傍から見るアルミナに、その行動の真意は予想もつかなかったが、少し前にベルセリウスとシリカの会話を聞いていたユースには、だいたいその行動の意図がわかってしまう。


 ベルセリウスいわく、巡り会えた人達をよく見ることに努めることを忘れないこともまた、未来の殿方を探すにあたって大切な心がけだそうだが。


「……お前達は違うな」


 はぁと溜め息をついて台所に歩いていくシリカ。わけもわからぬままに溜め息を投げつけられたマグニスが、二日酔いに苦しむ不機嫌に拍車をかける。


「なんなんすかね、アイツ……」


「よくわからんが、何かあったんだろ。誰かに変なこと吹き込まれたんじゃねーの?」


 かっかっと笑うクロム。変なことかどうかはさておき、だいたい当たっているのがまた。


 ユースもつくづくクロムに対して、ある意味では本当にシリカのことを一番よくわかっている人だなと、印象を深めたものである。

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