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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第3章  絆を繋げる二重奏~デュエット~
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第48話  ~新天地③ 出会いと触れ合い~



 一人の人物が、多くの魔法を扱うというのは難しいものだ。


 魔導士と呼ばれる存在、たとえばチータは、炎の魔法や水の魔法、土の魔法に雷の魔法と、多岐に渡る種類の魔法を扱うが、それは彼が幼い頃から魔法に対する修練を積み重ねてきたからだ。二十歳手前の少年がそれだけのことを為せるのも、10年以上の歳月が形成した彼の実力なのである。


 そのぶん、チータは武器の扱いなどには全く長けていない。仮に今のチータが、7年前のユースと木剣を持ち合っててちゃんばらをしても、12歳のユースが19歳のチータから一本を取るだろう。天は二物を与えない、という言葉があるが、世の常をとかく的確に表わした言葉と言える。


 逆に魔法に全く触れずして今日まで歩んできたユースが、チータのように多くの魔法を扱うことは、数年かけても難しいことだろう。そりゃあユースだって、炎に弱い魔物には炎を剣に纏う魔法を使って立ち向かったり、すばしっこい敵を氷の魔法で動きを止めて討伐したり出来るなら、あらゆる戦いがぐっと機能的になる。しかし世の中、そんな理想があっさり叶えられるものではないのだ。魔道帝国ルオスの魔法剣士ジャービルのように、卓越した武器捌きの腕を持つ上で、数多くの魔法を扱うような人物など、世界中を探しても数えるほどしかいない。そういう人間が、鬼才ないし天才と呼ばれるのだ。


 ユースは、最近ようやく魔法の発現を経験した。盾に魔力を纏わせ、魔力を持って自らを撃つ攻撃を退ける魔法を、力無き者の盾となり人々を救える騎士様を志した少年の魂の意志として選んだ。そしてきっと、この魔法を実用化させられるほどまでに昇華するにはそれなりの時間がかかり、剣の道を極める本分を捨てない以上、これ以外の魔法に寄り道する暇などないだろう。


 ユースはまだ、魔を退ける盾を生み出す自らの魔法に名をつけていない。だけど、この魔法こそが自らの為したい騎士道に最も相応しいものであるとユースは強く信じている。数多くの便利な魔法を扱える騎士様を目指すつもりは無いけれど、この魔法だけはものにしたいとユースは強く感じていた。






「なるほど。君と出会って日は浅いが、君という人間の人物像を知るためには相応しい話だ」


 訓練の合間に新参のユースに話しかけてきた法騎士カリウスは、しばらく他愛も無い話で彼との親交を深めることに努めていた。その中で、魔法に関する話が出た際に、ユースの目指す魔法について耳にしたカリウスは、そうした返答を見せていた。


 魔法は、使用者の霊魂と精神から生み出した魔力によって発現する。すなわち術者の精神、言い換えれば意志が、魔法の発現に対し非常に重要なファクターになる。他者を守れる自分へとなっていくことを強く目指すユースにとって、彼がそうした魔法を使おうとすることは、精神と魔法の発現の関連性において、非常に相性がいいと言えるだろう。


「君がプラタ鉱山任務で銃を持った彼女――アルミナといったかな。彼女を守るためにその魔法を使おうとしたことは憶えている。君に似合って、いい魔法を選んだと思うよ」


 ゴグマゴグの放つような、強大な魔力を持つ光弾を、ユースのような魔力の扱いに不慣れな者が、その魔力であの光弾を退けることは本来無謀なことだ。実際のところ止めきってはいなかったが、その爆発を抑えてアルミナと自身の命を守れただけでも、一般的見解以上の結果は出せたと言えることだった。


 だからカリウスは、ユースの人間的な根本、大雑把に言えば彼の胸に宿る魂が、そうした魔法を扱うことに非常に向いていることを、確信に近い想いで察している。ユースの盾が親和性を持たない単なる金属盾ではなく、親和性の高いミスリルの盾だったりしたならば、もっと高い効果も実現できたのではないか、ともカリウスは感じていた。


「君は、その魔法をもっと極めてみたいとは思わないのかい?」


「……本当のところを言うと、形にしていきたいと思ってます」


 仮に万物を防ぐ盾をその手に握れるならば、自らだけでなくその後ろにいる人々を守ることが、今よりもっと可能になる。それはまさに彼が幼少の頃より愛読していた、騎士物語の主人公に等しい人物像で、ユースが目指してやまなかった騎士像への第一歩。 


「うん、それなら練習してみようか。僕も魔法の扱いには詳しくないが、実戦の局地において魔法を発現する意識の割き方ぐらいは、教えられると思う」


「え?」


 ユースは思わぬ提案を受けたことを如実に語る顔で、カリウスの顔を凝視する。シリカの教えでは、魔法などに寄り道するよりも、その腕を磨けと言ってくることが常だったから、ユースは師の教えから騎士道とはそういうものだと長く信じていたからだ。


 その旨をカリウスに告げてみたところ、カリウスは小さく笑って首を振る。


「戦うための力を求めることに、剣術のみに拘る必要はないと僕は思っている。敵の魔法を防ぎ、自らの命を守る手段を得るため修練することが、無駄なことだと僕には思えないな」


 そう言ってカリウスは、そばにいた側近に手招きする。高騎士であるその人物はカリウスに招かれるまま近付き、カリウスの指示を待つ。


「君は屍人対策に炎の魔法が使えたね。少し、訓練に付き合ってくれるかな?」


「かしこまりました」


 ユースよりも剣の道に秀でた、カリウスよりも少し年上の男性、三十路を僅かに超えた騎士。そんな人物が魔法までもを扱う事実には、ユースもほのかに、魔法を扱いつつ剣の道を捨てない生き方を選べる希望が湧いてくる。


「さて、ユース君。準備してくれるかな」


 カリウスが二本の木剣を握ったのを見て、ユースは言われるままに自身の手に木剣を握った。











 エレム王国騎士館、第1訓練場。この場所へ足を運んだ法騎士シリカを見て、その場に居合わせた多くの騎士が目をみはる。上騎士の率いる小隊の部下として、ここで若い力を養っていた少騎士や騎士達にとって、あるいは上騎士にとっても、法騎士様の来賓には驚いたものだ。


「おお、法騎士シリカどの。これはまた、珍しい場所においでですね」


 そんなシリカに対して気さくに声をかけるのは、かつてシリカの上官として彼女を鍛え上げたラヴォアス上騎士ぐらいのものだ。立場ゆえ、態度そのものは上官に接するもので腰も低いが、実際のところはかつての部下との再会を喜ぶ表情を表に出している。


「今日は、第14小隊での訓練はお休みですかな?」


「ええ、まあ、何人かは小さな任務に就いて貰っています。騎士クロムナードの指揮のもと、私と二人の傭兵を除いた5人で分隊を作り、ラエルカン地方の野盗討伐を任せています」


 クロム、ガンマ、アルミナ、キャル、そしてプロンが、実戦においての経験を積むため、彼ら彼女らには比較的危険の少ない実戦の地に送っているのだ。それこそシリカが、自分自身が出陣しなくても大丈夫だと確信できる程度の任務であり、単身クロムが指揮官を務める機会をシリカが敢えて設けた、と騎士団の上層部に話しても、納得して貰える采配だろう。チータは相変わらず法騎士ダイアンのもとへ赴いているようだし、マグニスには、とある他の仕事を単独で任せている。


「わざわざこんな所まで来て頂ければ、私としても期待したくなってしまうのですが?」


 ほぼ自らの非番を主張したシリカの姿勢に、ラヴォアスが隠さず望んだのは、法騎士シリカ様の手で未熟な部下達の手ほどきをして欲しいという主張。上騎士が2つ上の階級である法騎士に、こうした申し出をするのは、遠慮と恐縮から本来は滅多にないことだが、そこはシリカとラヴォアスの個人的な付き合いが手伝ってこそのものだろう。


「……そうですね。私も、それを望んでいたように思います」


 彼女の口からは珍しい、自らの胸中を伏せるか疑問視するかのような言葉が溢れる。それは特に意味深を作ろうとしたものではなく本心の言葉であり、そしてシリカがそんな不可解な言葉を放ったことに、ラヴォアスも彼女の胸中が平静とは違うものであると即座に判断する。


「おーい、てめえら!! 法騎士シリカ様が手ほどきして下さるそうだ!! 気合入れて臨めや!!」


 平常時の上官としての顔、すなわち鬼の声で部下達を招き寄せるラヴォアス。そして集まってきた若い騎士達の表情は、法騎士であるシリカの指導を受けることに対して意気込む顔を見せている。流石はラヴォアスが徹底的にしごいてきた上で彼の隊に残っているだけあって、実力を磨ける機会に立ち会えたと思えばストイックなものだ。


 ただ、シリカは見逃せなかった。かつてユースをラヴォアスに再び巡り合わせたあの日、シリカが一度稽古をつけた面々が、目の前にいる。そして彼らは意気込む一方で、前回シリカにこっぴどく叩きのめされた過去を忘れられないのか、以前よりも緊張感が明らかに高い。その表情から自らに対して抱いていると感じられるのは、前回は畏怖、今回は恐怖に近いものがある。


 気にすることはない、上官とは恐れられてなんぼ。シリカはそう思うことにして、眼前で固い表情のまま構える若き騎士を見据え、自らも木剣を構える。考え方としても、間違ってもいないはずだ。


「いくぞ。以前とは違う姿を見られることを期待する」


「はい……!」


 意気盛んに自らに突進する騎士を見て、シリカは眼差しを武人のそれへと切り替えた。











「――そろそろ休憩しなくていいかい?」


「まだやれます……! お願いします!」


 ぜえぜえと息を上げるユースをカリウスが気遣うも、首を振って修練の続行を望むユース。法騎士として数多くの部下と接してきたカリウスの目線からも、ユースの自らの向上に対する貪欲さは今日でますます印象的なものとなっている。


 カリウスがユースに持ちかけた魔法の訓練は非常にシンプルなものだ。カリウスがユースと一対一で剣を交わし、そこに遠方から魔法を使える高騎士が魔法を放つというもの。実力で言えば当然ユースよりも遙か先を進むカリウスはその手を緩め、ユースに対等の相手と戦っている形を作らせる。そこに第三者からの魔法の狙撃があった時、交戦中で意識を対面する相手に傾けながらもしっかりその攻撃を見極め、魔力を生成してその盾に込め、放たれる魔法に対処するという演習だ。


 カリウスの攻撃は、二本の剣があらゆる角度からユースを襲うもので、かつ速度もある。本気を出していないカリウスとて、その猛攻はユースに防戦一方を容易く強いてくるほどだ。だが、それゆえに敢えての隙もいくつか設けられており、ユースはそこを突く攻撃をちゃんと時々返す。この訓練の本分はあくまで魔法の修練なのに、その動きを欠かさないユースの律義さと頭の固さには、カリウスも色々な意味で感心したものだ。


 ふとした瞬間、遠方の高騎士がユースに向かって魔法を唱える。そしてユースへと一直線に飛ぶ、拳ほどの大きさの火球を見逃さないユースの視野の確保は、この訓練を行うにおいて必要とされる

最低条件をしっかりと満たしている。


「っ……!」


 瞬時にして魔力を体内で捻出するよう努めるユース。ここに至るまでに、20度ほど同じことを繰り返している。その甲斐あってか、瞬間的な判断でも魔力そのものはスムーズに生じさせることが出来るようになってきた。


 盾にその魔力をすぐに回せる辺りからも、ユースもこの魔力の使い方には慣れてきている。きっと一人でいる時も、こっそり練習したことが何度もあったのだろう。そうでなければここまで実戦を想定した訓練で、スムーズに魔力の扱いに手慣れてくることなんて無いはずだから。


 火球はユースの構えた盾にぶつかり、その瞬間に盾を動かしたユースの腕の動きによって遠方にはじき飛ばされる。そうして防御が完遂できたその直後も気を緩めず、すかさず突きを放ってきたカリウスの攻撃を、身を引くことで回避するユース。目の前の相手からも、目を切っていない証拠だ。


「――いや、ユース君。やはりここまでにしよう」


 不意にそう言って剣を下げるカリウス。彼に向かってもう一度立ち向かおうとしていたユースは自らの勢いを慌てて止め、危うくつんのめりそうになる。


「これ以上の魔力の消費は、君の霊魂を著しく傷つけ、明日以降にも響くだろう。気持ちはわかるが、今日はここまでにしておくんだ」


「……はい」


 ユースは剣を下ろし、肩で呼吸している身ながら一度深呼吸し、深く息をつく。魔力の浪費のせいか目の前がちかちかしていたし、確かに引き際なのかな、とも思う部分も確かにあった。


 だが、それは厳密には正しくない。正しくは、引き際はもっと前にあったのだ。


「っ、ぐ……!?」


 突如、ユースの全身を襲う強烈な不快感。訓練が終わったと思ったその瞬間、言い知れぬ偏頭痛と胸の苦しみがユースの意識を支配する。頭を巨大な魔物に握りしめられたかのような鈍くも凄まじい痛みと、心臓に骨が刺さったかのような鋭い痛みは、決して体の疲労によるものではない。


 胸を抑えてうずくまるユースを見て、カリウスが駆け寄り、腰を下げて気遣うように、大丈夫かいと問いを返す。見栄を張って大丈夫ですと返すことも出来ないユースを案じ、魔法を放っていた高騎士も遠方から駆け寄ってくる。


「それが魔力を生み出すために、霊魂を酷使した結果だ。よく覚えておくんだよ」


 霊魂の過剰な疲弊は、肉体と精神を繋げるはたらきを阻害し、その身体に明確な悪影響を及ぼす。生きとし生けるものはすべからく苦痛を本能的に精神が拒絶するもので、その精神の声を肉体に伝える役割を霊魂が果たさぬ上、日頃精神と結びついた上で健全にそこに在る、肉体とのラインも切れる。結果として生じるのは、精神を具現化して魔力に変えたことによる精神の部分的欠如と、それによって生じる肉体への異常。魔法の使い過ぎ、魔力の生じさせ過ぎには、こうした痛みが伴うのだ。


 そしてこれは、精神面の在り様にも深く影響する。先ほどまで無心で訓練に打ち込んでいたユースの精神状態は、霊魂の疲弊や精神に負った傷による肉体への影響を、まだ表面化させずに肉体を支えていたのだ。しかし訓練の終わりとともに、いわばそのスイッチがオフになると、精神的なカラ元気と言える柱を失い、魔力を浪費したツケが一気に肉体を襲ってくる。事実として自身の身の丈以上の霊魂と精神への負担を重ねていたのだ。糸が切れれば、意気込む精神が火を消せば、一気にそれは形となってユースに襲いかかってくる。


「訓練中は、そこまで自分の霊魂と精神が疲弊していて、ここまでの負荷を肉体に預ける形になるとは思わなかっただろう。本当ならば、もっと早くに休むべきだったんだよ」


 カリウスが声をかける前で、純粋な疲労で息を上げる中、胸の苦しみと頭痛に挟み撃ちにされたユースは、返事も出来ずに苦痛の渦中にある。カリウスの声も耳には入っているが、はいと答える声も絞り出せない苦しみで、血色の悪くなった顔を上げることが出来ない。


「精神や霊魂の疲労は、余程過剰に酷使しない限り、しばらく休めば回復できる。苦しいだろうけど、今はゆっくり体を休めるんだ」


 そう言ってカリウスは優しくユースの肉体を引き操り、訓練場の床に仰向けにユースを寝転がせる。この場所が元々訓練場の端の方で、今ここでユースが寝そべって動かなくても他の訓練する騎士達の邪魔にならないことから察するに、カリウスはこうなることも予見して、この場所を選んでいたのだろう。


 カリウスを見上げて、うつろな目で申し訳なさそうな表情を見せるユースに、彼を見下ろす法騎士は柔和に微笑み肩を叩いた。かすれた途切れ途切れの声で、すみませんと何とか発したユースに対し、これからだよ、と答えるカリウスの姿は、今までにユースが見てきた、どの上官とも違う優しさに満ちていた。











「――ふぅ」


 木剣を下ろしたシリカの前には、数多くの騎士と少騎士がうなだれている。ラヴォアス率いる小隊の部下達とひととおり木剣を交えたシリカだったが、いずれも数発手痛い場所に木剣の厳しい一撃を打ち込んでやったもので、どの騎士もシリカと剣を交えた直後、すぐには立てなかったものだ。訓練の邪魔になるから体を引きずってなんとか立つのだが、立って待つのも苦しいぐらいには全身が軋んで痛む。それだけシリカとの対人訓練は、年若い騎士達にとってはきついものだ。


「不甲斐無えぞ、お前ら。法騎士様を相手に一本取れとまでは言わねえが、シリカ様にとっても多少は身になるだけの力を見せて、恩を返すぐらいの活躍は見せてみやがれってんだ」


 ひと段落ついたな、とシリカが考える頃には、その思考を読み取ったのか、ラヴォアスがシリカの横から部下に歩み寄り、檄を飛ばし始める。無茶を仰るものだが、彼にしては比較的優しい言葉で部下を激励している方だ。


「……そうだな、君は」


 今しがた、シリカと木剣を交わしていた少年騎士に、不意にシリカが歩み寄った。当の少年騎士は腹部を木剣で突かれた苦しみに前かがみになっていたが、法騎士様に声をかけられたことに対して慌てて顔を上げる。まだ少し、上半身を前に傾けたままであったが。


「反撃の際、下半身に対する敵の攻撃に対する警戒が著しく欠けている。だから私が、膝元を狙うフェイントを挟んだ時、予期しなかったその攻撃に対して動揺が大きすぎる。そうして動きを縛れば、全身に隙を生じるから、私としては攻めやすかったな」


 その少騎士に向けて、極めて的を射た指摘を率直に述べるシリカ。苦痛に満ちていた目も、思わず目が覚めたように見開いて、法騎士様の言葉を食い入るように聞き受ける少年騎士。


「以前私が君と剣を交えた時、肩口への攻撃を主としていたからかな? 以前と比べ、胸元よりも上に来る攻撃に対する対処は格段に上達している。だが、それだけに傾倒はしないことだ」


 少年騎士は、戸惑う表情を隠しきれぬまま、はいと答えることしか出来ない。数か月前にたった一度剣を合わせただけの自分のことを憶えていて、それを踏まえた上でのアドバイスなんてものが聞けるとは、全く考えていなかったからだ。


「――君は、振り下ろす剣撃に関しては思いきりがあっていい。迷いもなく、力を発揮できた一撃を繰り出せている。ただ、大振りな攻撃は時と場合を選んで使うことだ。フットワークを重視する私のような者が相手だと、剣が空を切った時に取り返しのつかない隙につながる」


 シリカが次に声をかけたのは、また別の騎士。ほんの少し前に、大振りの剣撃をかわされてこめかみに痛烈なカウンターを受けた騎士は、シリカの箴言に姿勢を正し、はいと答える。恐る恐る彼がラヴォアスの方を見やるのは、ラヴォアスからも常々言われていたことを、今ここで法騎士様にも言われているからだ。


「――君は太刀筋もよく、才覚には溢れている。ただ、反撃を恐れるゆえなのか、今日は以前よりも積極性に欠けていたぞ。確かに私が君を打ち倒した過去から気持ちが後ろ向きになるのはわかるが、それでも前に出ねば得るものもない。訓練なのだから、もっと前向きに立ち向かうことを覚えよう」


 また別の対象、ラヴォアスの部下の中でも1,2を争う実力の騎士に対してシリカが言い放った言葉は、彼の胸に深く突き刺さる。その年齢にしては将来有望と言えるだけの筋を持ちながら、敵わぬ相手との戦いになると物怖じし、実力を発揮しきれないその騎士の性分を的確に言い表した言葉だ。上官ラヴォアスと剣を交わす際にも、腰が引けるのか平常時未満の力を出せていなかった彼の性分を指摘したシリカには、ラヴォアスも強く同意するかのようにうなずいている。


 そうして、剣を交わした騎士達一人一人に、自分の想いを伝えていくシリカ。告げる内容は、単に今日見て感じたことに加え、数か月前に手を合わせた時と比較して良くなった点、後退した点なども含めて言及されている。いずれの騎士も、顔を合わせる機会すら滅多にないはずの法騎士様が、近しくアドバイスを授けてくれるというこの機に、輝かせたい目を伏せて真剣な表情で、シリカの言葉に耳を傾けていた。


 ただ一人この場において、腕を組んだまま訝しげな表情をしていた人物もいる。そんなシリカを見て、らしくないと強く感じていたラヴォアスは、噂に聞く概ねの事情を把握した上で、かつて部下であり、娘のように愛したシリカにすべてを一存する決意を固めていた。


 人の上に立つ者というのは悩みが尽きないものだ。30年以上、数多くの騎士達の上官として人生を歩んできたラヴォアスは、今がシリカにとっての一つの正念場であることを知っていた。

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