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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第3章  絆を繋げる二重奏~デュエット~
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第47話  ~新天地② 今までになかった自分の姿~



 第14小隊からユースが第26中隊に短期移籍したのと同じく、実は第19大隊から第14小隊に短期移籍した者もいる。シリカは彼女とははじめの段階で概ね話をつけたらしく、その傭兵少女は短期異動期間が終われば、第19大隊に戻ることになるとあらかじめ決まっているらしい。


「んで、シリカ。あの可愛い子はどうなん?」


 夕食を囲む場で、マグニスがシリカに尋ねる。一度その少女を見る限りでは、数年後にはそれなりに美人になっているだろうな、と目をつけているため、マグニスも興味津々だ。


「礼儀正しくていい子だと思うが。それがどうかしたか?」


「そうじゃなくてさぁ。もう一週間も経つんだからガールズトークの一つや二つぐらいしてんしょ? あの子が好きなもんとか聞きだしてないんすか?」


「そういうことはアルミナにだな……」


「ダメです。マグニスさんに手出しはさせません」


 つんと突き返すアルミナは、飯をひょいひょいと口に運んでマグニスの方を顧みない。マグニスが話題にしている少女は、銃を武器としていることもあって、この小隊に移ってからアルミナと時間を共にすることが多いのだ。面倒見がよくておしゃべりの好きなアルミナのことだから、とっくに当の少女とは随分と仲良くなっているだろうと、第14小隊の面々殆どが確信していることだ。


「ほらー、アルミナこんな感じで全然あの子のこと教えてくんねえんですもん。だからシリカに……」


 フォークを机にばしんと叩きつけて、しつこいマグニスをアルミナが睨みつける。おおっと怖い怖い、と身を少し後ろに逃がすマグニスに、アルミナは口の中に入っていたものを呑み込んでまくしたてる。


「プロンちゃんはですね、家が裕福じゃないんですよ。お父さんと二人で暮らしてて、その家の家計を助けるために傭兵として頑張る道を選んでるんです。銃の扱いって、はじめは反動も大きくてつらくって、あの子だって随分練習したと思いますよ。努力してるんです。あんないい子、そうそういないってマグニスさんにも前にお話しましたよね? あんな子に色目使ってちょっかい出したら、いくら先輩のマグニスさんでも一生許さないって、その時も言いましたよね? ちゃんと聞いてくれてました? もしもわかってくれてるならなんでそんな詮索するんですかね? 意味、通じてませんでした?」


 目が、マジ。今にも席を立ってマグニスににじり寄りそうな迫力に、冗談めかして怖いなぁという表情を見せていたマグニスも、これ以上は駄目だと退いた。敵に回したら厄介な相手というものは、年上年下問わず正しく判断するべきだ。


「過保護だねぇ、アルミナは」


 第14小隊メンバーの総意を簡潔に吐くクロムだけが堂々としたものだ。好きだと感じた相手の事をつくづくこうするアルミナの性分は、キャルが第14小隊に入って以降、そこを溺愛していることではっきりしている。女遊びの好きなマグニスが、過去にセクハラまがいのいやらしい質問をキャルに振った瞬間、アルミナがマグニスの髪をかすめる実弾を放った一件は、未だに語り草なのだ。多分この後、その一件のこともガンマ辺りが、チータに面白おかしく教えたりするのだろう。


「家族のために頑張ってるあの子の生き方、変な横槍で邪魔しないであげて下さい。少なくとも私は絶対に許しませんからね」


 シリカがプロンと呼んだその少女は、夕食の時間になると王都内の実家に帰ることになっている。原則として第14小隊の食卓は、所属する一同揃って囲うことが推奨されるのだが、プロンの希望もあって、また、家族と食卓を囲むことの大事さを尊重したいアルミナの後押しもあり、そうした形になっている。


 アルミナは、かつて魔物の襲撃によって両親を失っている。だから家族というものの大切さを、当たり前のようにそれがそばにいる人達よりも、ひどく敏感になるのだ。それを知っているからこそ、アルミナという壁に阻まれてプロンに近付けないマグニスも、彼女のそうした信念を否定しない。


「お前、男が出来たらぜってーヤンデレになるわ」


「私、男に依存するの嫌なんでそれだけはないです」


 んじゃガチレズか、とマグニスが言った瞬間、アルミナの怒りのスプーンが投げられてマグニスの額に見事ヒットした。射手の腕ここに極まれり。











「ええと、そうだな……雲水の型は、あくまで敵の動きを受け流すことを主たる目的とする型だから、その戦い方には不向きだと思うんだ。確かに雲水の型はかっこいいと思うけど……」


 ユースが自分よりひとつ年下の少騎士に、エレム王国指南書の示す騎士の"型"について教え説いている。その話を聞く少騎士も、先輩騎士であるユースの話に真剣に耳を傾けている。


「それじゃあ、俺にはその型合わないのかなぁ……カリウス様も、俺はもっとガンガン前の方に出る戦い方の方が向いてるって言ってるし……」


「うん、俺もそうだと思う。バルトは腕力もあるし、そのまま鍛え続ければ大剣を使うことだって視野に入れていけそうだしさ。攻撃的な姿勢の方が向いてると思うよ」


 バルトと呼ばれたユースの目の前の少騎士は、ユースよりもちょっと背が高く、恰幅のある体格だ。機敏な動きに向いているかと言われれば見た目からしてもそうでないし、器用な戦い方よりも武骨に臨む動きの方が良いと、ユースも感じている。


 カリウスのみならず、出会って一週間の先輩騎士にさえそう言われてしまったことに、少騎士バルトもちょっと表情を暗くする。敵の攻撃を華麗にかわし、鋭い攻撃を繰り出すカリウス法騎士の背中を見てここまで来た彼は、そんな法騎士様の戦い方に憧れていた面もあるのだろう。


「……いや、でも多分、全然無理ってことはない気がする。ちょっと、組手してみようか」


「え?」


 ユースはバルトに木剣を手渡し、自分も木剣を握る。今から自分が伝えようとしていることが上手く相手に伝えられるかな、とちょっぴり不安なユースの一方で、少騎士バルトの方も、何をするつもりなんだろうとほんの少し不安な表情を浮かべていた。






「――うん、そうそう。雲水の型をずっと練習してるだけあって、横薙ぎの攻撃に対して身をひねって回避する動きは手慣れてるな」


「そ、そうですか? そう言われると嬉しいな、俺だって練習してきたし……」


 第26中隊の中では、フットワークに欠けることを半ばコンプレックスに感じていたバルトだから、上手く回避をこなせると褒められると嬉しくなるのだろう。そこまで見抜いているわけではないが、ユースは相手の良い所を見つければ自然とそれを口にしてしまう。


 だって、シリカ隊長はあんまり褒めてくれないから。たまに上手くいったかな、と思っても、あまり触れずに冷徹な教えを重ねる彼女に対して、寂しさを感じる時だってある。それが影響してなのか、ユースはかえって他人の美点に対する言及には非常に積極的だ。


「ただ、こう――横薙ぎから――けさ斬りの形に移行されると、その動きじゃ対応できないと思う。回避できたとしても、剣を相手に向かわせにくいんじゃないか?」


 自分の剣をゆっくりと動かして、攻める形だけ作り、連動してバルトもゆっくり、自分ならこう避ける、という動きを演じる。そしてユースが剣を斜めに振り下ろす動きを見せた途端、確かにバルトも次の回避の動きを想定しきれていないのか、動きが止まる。


「え、あ、じゃあ、そこはこうかわせば……」


 今思いついた動きで、バルトが回避の動きを演じてみせる。


「いや、それはダメ。そこから攻撃に転じようとしても、手首がついてこないはず」


 ユースの言うことが的を射ていて、バルトも、あー、と嘆息を漏らす。攻勢に転じることがそこから出来ないならば、敵の追撃から逃げ回ることしか出来ぬ死に体に近い。


 今の自分と同じ攻め方を、自分にやってくれと言うユースに、バルトが言われるがままにユースへ木剣を動かす。勿論、当たっても痛くないような速度でだ。


「最初の横薙ぎをこう回避して……そうだな、この時足首をこの角度かな。こうしたら次の動きにスムーズに動けるパターンがいくつか増えるよ。そしたら――うん、けさ斬りもこうやって回避できるはずなんだ。それで……」


 ユースがスムーズにゆっくりと、自分の木剣をバルトの脇まで置きに来る。無駄のない動きでそれを演じてみせたユースの一連の動作は、バルトが今まで見たことのない動きだ。カリウスとは全く違う、シリカの戦い方を見て育ったユースだからこそ、違う切り口から話がしやすい。


「一度、今度は本番に近い形でやってみようか。上手くできるなら、バルトのやりたい動き方で戦いにも活用できるかもしれないぞ」


「はい!」


 望みに向かって希望の出てきたバルトは、元気な声で返事をする。ちょっと距離をとって木剣を構え合う二人の少年は、片や後輩をしっかり導いてやらなきゃという責任感に満ちた表情と、片や教えて貰えたことを形にしたいという使命感を持つ表情へと変わる。そして剣の道を求める若い騎士が、その意志を纏った面立ちを持って、地を蹴るのだった。






「いいねえ、彼は。ユース君をこの大隊に招いたことは、間違いなく大正解だ」


「仰るとおりですね。彼が来てからというものの、上も下も活気があっていい。いい意味で緊張感を皆が持つようになりましたね」


 遠目にユースとバルトを見守る法騎士カリウスに、彼の副官である高騎士が同意するようにうなずいて答える。少騎士達は年の近い先輩のユースに教えを請い、新鮮な見方や戦い方に目を輝かせる。そうなれば、それを実戦で活かせるかどうかも楽しみになって、訓練にもいつも以上に身が入るのだ。


 上騎士達は後輩かつ下の階級であるユースの実力が、それなりに年上であるはずの自分達にやがて追いついてくるんじゃないかという未来を想ってしまう。騎士昇格試験で、ノーマー上騎士に迫る力を見せたユースだけあって、他の上騎士から見てもユースの強さは、自分と大差があるものだと楽観的に考えられるものではない。負けてられるものかと奮起するしかないというものだ。


 ユースと同じ階級の騎士達の反応は様々だ。自分は自分、あれはあれと切り離して接しない者もいれば、貪欲に強さを求めてユースに教えを請う者もいる。一方で、積極的にユースに対人訓練を申し立て、単純に勝ってやるぞと闘志をあらわにする者もいる。ひとつ確実に共通していることは、誰もがユースに対しては、それなり以上に一目置いているという事実だ。


 30人以上もいれば、誰もが誰もユースと肌や感性が合うものではない。気真面目なユースとは話が合わないと感じた者もいるし、ユースの方も、彼とは多分価値観が全然合わないな、と思える人物は何人か見つけている。だが、いずれにせよ彼らは騎士なのだ。剣の道という共通の根を持つ以上、結局最後にはそこで人を見る部分が出てくる。どんな職場でも言えることだが、最終的には仕事が出来るかどうかが人を見定める大きな指針となるものだ。


 年も近く、立場も同じとする実力者がそばにいる事実は、同僚達にとってはこれ以上ない発奮材料となる。少騎士と上騎士の狭間にある騎士達にとってこそ、ユースがここへ来たことは今まで以上に奮起するきっかけになっている。


「外様と言えば悪い言い方ですが、第14小隊から短期移籍してきた者に、第26中隊の面々もそうそう格好の悪い姿を見せられませんからね。みんな、今まで以上に訓練に身が入っている」


「そうそう。それでいてかつ、そうなるだけの実力者である人物を求めていたんだ。正解だろ?」


 カリウスの問いに高騎士がうなずくと、カリウスはえへんとばかりに胸を張る。


「タイリップ戦役、プラタ戦役で彼と巡り会えたことは本当に幸運だった。近くして彼の活躍を見れたからこそ、こうした機会を設けられたんだからね」


 カリウスは、特にプラタ戦役でのことを思い返していた。彼の前で、サイクロプスやジェスターに恐れず立ち向かい、鮮やかに魔物の討伐を果たす一本の剣となっていたユースの姿こそ、是が非でも一度深く自らの中隊の面々と関わって欲しいと思った要因だ。さらに言い加えるならば、カリウスの目線からすれば、他の隊の隊長がこんな人材を目にもつけず、今年の短期異動会議の際、誰も書類にユースの名を書かなかったことを不思議に思っているぐらいだ。


「……しかし、こうなってくると少々勿体ない気もしますよね。短期移籍ということでは」


「まあ、それは思うけど……あくまで彼は、第14小隊のメンバーだからね」


 短期異動期間が終われば、お別れだ。欲を言うならばユースがこの隊に完全移籍してくれれば、と言外に含んだカリウスと高騎士は、最後まで言いきらなくとも同じ想いを共有していた。


「しかし仮に、彼がこの隊に移籍してくれたとしても、法騎士シリカ様はやはり良い顔をされないでしょうか?」


「……いや、どうだろうね。彼が移籍を自らの意志で望むのであれば、彼女はそれを受け入れてくれると思う。彼女は、そうした道理に対してはしっかりしているはずだ」


 シリカが、ユースにとってもいい経験になれば、という意図を込めてユースの短期異動を認めたのは、カリウスの視点からもわかることだ。カリウスとて、他の隊に自分の部下を何人か短期異動させているし、同じ立場のシリカの考えはわかる。


 だが、それだけを目的とし、部下が完全な移籍を自ら望んだ場合、それを元上官が咎めるのは筋違いだ。部下を育てるために一時的に預けます、その代わり彼が望んでも絶対こちらに返して下さい、なんて、手前勝手が過ぎる話である。相手の隊に対して、いささか節操がなさ過ぎるだろう。


「……まあ、あまり僕達だけで考える話じゃない。決めるのは、彼なんだからさ」


 後輩騎士のバルトと、真剣な表情で、だけどどこか溌剌とした表情で木剣を交わすユースを見て、カリウスは小さな声で漏らした。同時にそのユースと剣を交わすバルトが、今までにカリウスが見てきたどの彼よりも、無心で自分の成長を信じた表情で剣を振る姿を見届けながら。


 後輩騎士とここまで熱く剣を交わす機会など今までになかったユースは、この新鮮な経験に心底から心躍らせていた。落ちこぼれだった見習い騎士のあの日とは違い、胸を張って後輩と剣を交わせる。かつての自分や今の自分と同じく、力を求めて痛みを越え、訓練に臨む後人の想いに応えたい気持ち、同時にそんな自分であるためには、自らの足元がおぼつかないままであってはいけない、という密かなプレッシャー。すべてがユースを、目の前の現実と真剣に向き合わせる。こんな世界を今まで正しく経験してこれなかったユースにとって、少騎士バルトとの対人訓練は、言い表しようのなく充実した時間だった。










「――走りながら銃弾を放つ時は、頭を銃口から銃身へと貫く直線上に顔を固定しないと視線がブレちゃうよ。まずはそこから始めた方がいいかもしれないわね」


 真昼頃、シリカの家の訓練場で語らうアルミナの正面にいるのは、ユースの代わりにこの小隊に短期移籍した、プロンと呼ばれる少女だ。アルミナと同じく銃を扱う傭兵として騎士団に名を連ね、タムサート法騎士率いる第19大隊の一員として、日々を戦う射手である。


 そしてシリカが自らの隊に招きたいと第一希望の欄に名を書いた人物であり、彼女こそ魔物ネビロスに苦戦していたシリカを助けるべく、ネビロスに向けて勇敢な銃弾を放った少女だった。


「走りながらだから尚更、銃口の先も、目がついてる頭の方もブレやすいの。それでも確実に対象を撃ち抜く人もいるけど、達人だけだからね。同じことをしようと思えば、こっちが工夫しなきゃ」


 白のアンダーウェア、赤のノースリーブジャケット、下はスパッツというプロンの服装は、戦場における動きやすさを重視した服装だ。プロンに活発な運動を敢えて推奨するアルミナは、彼女のそうした部分もしっかり加味している。


「えっと……こうですか?」


 プロンが体を揺らすたび、黒髪をまとめたツインテールがよくたなびく。そのシルエットは、幼さから色香が漂い始める大人前の少女のそれそのもので、遠方からそれを眺めるマグニスにとっては眼福そのものだ。特に服装上、腕や脚など柔肌が太陽に映え、一枚のアンダーウェアを育ち盛りの胸が張らせるのだから、女に目ざとい彼には目の離せない光景である。


「そうそう、そんな感じ! 視界はブレてない?」


 自身の経験則になぞって、アルミナが銃を持つ射手としての心得を教えている。彼女の言うまま素直にそれを実践するプロンも、今までに聞いたことのない視点に興味津々だ。


 アルミナの銃の扱い方はかなり我流混じりであり、それは師にあたるシリカが銃の扱いに対してはさほど長けていないことにも由来する。シリカに基本を学び、あるいはクロムに立ち振舞いなどを教わり、その先は結局自分で学んでくるしかなかったのだ。結果として、銃の名手と呼べるような人物に師事を請うような形で、綺麗な型を身に着けることは出来なかったのが、アルミナという人物だ。


 それでも今や、第14小隊の後方を支える射手という立場を、立派に果たすようになったアルミナ。人にそれを教えて道を敷くには粗い手先だったが、元よりシリカに教わった基本を疎かにせずここまで築き上げてきたアルミナの射手道は、ひとつ年下のプロンにとっては刺激的かつ良い教えだった。


 アルミナが、円盤状の軽い的を上空に投げてみせる。立ち止まった場所からなら、それをあっさりと銃弾――今は練習なのでゴム製の練習用弾丸を放っているプロンだったが、あっさりと撃ち抜いてみせるプロンの腕前は、人並み以上のものではある。


 ただ、走りながら、あるいは移動しながら対象を撃ち抜くほどの腕に辿りつけないプロンに対し、そうした教えを今日まで一週間、アルミナは繰り返してきた。徐々にプロンの放つ弾丸は、アルミナの手から放たれる的を、時々撃ち抜けるようになってきている。


「それじゃ、2つ同時にいくよ。立ち止まらず、二つとも狙ってね!」


「はい……!」


 プロンがアルミナから離れる方向に走り出した直後、彼女が走って行った方向とは90度違う方向に向けて、円盤状の的を投げるアルミナ。振り返って視界にその的を入れたプロンは、素早く銃を構え、二発の銃弾を的に目がけて放った。


 銃弾は二つとも、時間差を設けて二つの的を撃ち抜いた。銃弾を二発連続で放つことは、一発目の弾丸を放った後の反動を受けて、すぐさま次を撃つ行為。だから、二発目の弾丸は一発目の弾丸より狙いを定めるのが難しいものだ。その上で、一発目のみならず二発目の銃弾を、狙った対象に向けて当てることが出来た事実には、アルミナ以上にプロン本人が驚いていたものだ。


「凄い凄い! 私なんか、それが上手くいくまで何か月もかかったのに!!」


 年下の射手の持つ素質が、かつての自分を上回っていることを認めるような発言をするアルミナに、嫉妬のような感情は一切こもっていない。満面の笑みで駆け寄って、プロンの両手を握ってぶんぶんと振るアルミナに、手を握られたプロンも、快挙の達成に実感がわかないような顔で応える。


「ほら、今のを忘れないうちにもう一度! 同じようにいくからね!」


「……はい!」


 プロンの前進に、本人以上に嬉しそうにはしゃぐアルミナに背中を押されるように、プロンがまた先程と同じように駆けだす。まくしたてる先輩について行くことは大変だと実感するプロンだったが、自身の成長を心から望み、喜んでくれるアルミナの表情を思えば思うほど、それに応えるべく今まで以上の全力を傾けることに、前向きになれたものだった。






「アルミナって、案外人にもの教えるの上手いよな。あのプロンって子、明らかに上達してるし」


「そりゃあいつ、基本的に面倒見はいいからよ。そこに自分なりに模索してきた道が具体的にある以上、肌が合うなら指導者としては抜群に機能するさ」


 二人を遠方から見届けるガンマとクロムが、それぞれの想いを口にする。はじめ第14小隊に銃を扱う少女が来ると聞いた時、接点を作るならアルミナだと誰もが感じ、どうなるかと思ったものだが、何のこともなく、むしろ非常に良好な先輩後輩の関係になっている。


「……アルミナは、教え方すっごく上手いよ。私も、いっぱい教えて貰ったもん」


「キャルはこの小隊に来た時からほぼ型が完成してたけどな。アルミナに学ぶとこあったのか?」


「……うん。武器を構えながら、敵の狙撃を見逃さない視野の広げ方とか」


 ほー、とマグニスが声を漏らしたのは、彼もアルミナをそこまで高くは評価していなかったからだ。こうしてマグニス視点、射手としての腕前を確立済みのキャルがアルミナを称賛するのであれば、マグニスもアルミナに対する見方を改めるべきかと考える。


「あの子――プロンは、プラタ鉱山で出会った時から勇敢な子だったからな。ただ、射手としての腕は無謀な面が多く、アルミナと一度会わせてみたかったんだ。刺激になるかと思ってな」


 アルミナが立派に、年下の少女にとっての師を果たしている姿を満足げに見るシリカがそう口にする。望んだものがいい形で出ていることに、シリカも喜びを隠せていない表情だ。


「シリカは、アルミナが立派に先輩を果たせると思ってたか?」


「半々だったが、見込みはあると思ってたよ。まだまだ未熟な面は目立つが、徐々に力をつけてきていたからな」


「まだまだ未熟な、ねぇ」


 クロムの問いに胸を張って答えたシリカだったが、それを聞いたマグニスが途端に目を細めて、小さくつぶやいた。視線の先にはシリカがいて、彼女を生温かい目でじとりと見るマグニスに、シリカも何だと感じてマグニスを見やる。


 きょとんとマグニスを見るシリカの目を視界に入れると、マグニスはまさしく、この人はなんにもわかっちゃいねえなぁと言う心中を、わかりやすくその表情に浮かべる。上官に対し、蔑むような顔を平然と向ける神経の太さには、マグニスの視界の外のクロムも、やれやれと感じていた。


「アルミナの上官としてあいつを評価すんのは結構だけど、いつまでもあいつの上に立って偉ぶっていられるようなあんたじゃないって、そろそろわかって欲しいんすけどね」


「……どういう意味だ、それは」


 シリカは、じきにアルミナが自分を追い抜かして前に行く未来をマグニスは見ているのかと感じ、少しその目に不機嫌を宿す。しかし、マグニスが言おうとしているのはそういうことではない。


「指導者としては、アルミナの方があんたより出来がいいと思うんすわ」


 じきに、ではない。既にアルミナがシリカの上にいることを突きつけるマグニスの言葉に、シリカの表情が深い意味はなく硬直する。


「プロンって子の顔、見えます? 失敗しても前向きで、成功した時はホントいい顔で笑うっしょ。あんたの育ててきた後輩が、あんな表情を見せてくれたことって、今までどれぐらいありました?」


 一瞬固まっていたシリカが、マグニスの指し示すプロンの表情を見てその意図を読み取る。銃弾を望むとおりに放てなかった時には悔しそうな顔をするも、次の瞬間には、今度は成功させてみせるという、強い意志を匂わせる目つきを取り戻している。


 そしてこの後、最もシリカの目を引いたのは、アルミナの強いた難しい狙撃の成功を果たした時、プロンが見せたこの上なく嬉しそうな表情だ。やった、とばかりに師匠のアルミナを見た瞬間、バッチリ! とばかりに親指を立ててウインクするアルミナを見て、プロンがその表情を尚も輝かせてみせるのだ。


「あんたはいい上官だと思いますよ、一部の脳味噌筋肉あるいは信者様にはね。でも、あんたは自分が歩いてきた道を人に強いるばっかりで、相手の顔を見た経験がほとんど無いんじゃないですかね?」


 あんた自身は強いから誰も文句言いませんけど、とその後に付け加えるマグニスを、そろそろよせと言わんばかりに、クロムがマグニスに手を招く。その一方でシリカは、返す言葉を見つけられていないのか、口を閉じたままマグニスの顔を見やっている。


「……わかっているよ、それぐらいのことは」


「わかっていることも知ってるよ。それでいてあんた、いつまで経っても変わらねえなあってずっと思ってるだけですわ」


 ようやくシリカが口を開いても、即答でその言葉を一蹴するマグニス。彼の中に確固とした主張がある時、ここまではっきりものを言う人物である側面を始めて見たチータも、彼の新たな面立ちには目を離さずにいる。


「ユース、果たして本当に一ヶ月後に帰ってきますかね。向こうの方が居心地よくって、なんてオチ、俺は充分あり得ると思ってんだけど」


 シリカからの反論が途絶えたことを間で確認すると、マグニスは訓練場から去っていく。腰元から煙草を取り出したことから察するに、禁煙の訓練場から出て一服するためだろう。流石にシリカの前でそんなことをするほど、マグニスも彼女を軽視はしていないようだ。


 マグニスの背中を無言で見送ったシリカは、再びアルミナとプロンに目線を送る。年の近い少女二人が、息を切らしながら、だけど自分の、あるいは相手の前進を信じ、喜び、手をつないで己らを高める光景が目の前にある。


「人は人、お前はお前だろ。潔しと出来ないなら、別の道を探すのも正解かもな」


「……煙草を吸うな」


 シリカの横で堂々と煙草を吹かし始めたクロムを、強い声で咎められないシリカの姿は、厳しい彼女の姿ばかり見てきたガンマやキャルにとってはまさに、見たこともない彼女そのものだった。そうした自分を隠しきれないぐらいには、シリカも胸中に複雑な想いを宿し、その渦巻く想いに余裕がなくなっている証拠。


 厳しい姿ばかり見せてきた自分のもとを離れたユースは、今どうしているだろう。マグニスが最後に示した、遠き少年の後ろ姿を思い浮かべ、シリカは目の前のアルミナ達よりも、遙か遠くを見つめるような眼差しを浮かべるのだった。

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