第46話 ~新天地① 騎士ユースと第26中隊~
「……騎士、ユーステット=クロニクスです。よろしくお願いします」
初めて足を踏み入れる、エレム王国騎士団第26の輪。法騎士カリウスに紹介されるような形で、93名の、この中隊に属する騎士達の前、ユースは深々と頭を下げて一礼した。第26中隊の騎士達がユースに拍手を送って迎える光景は、少年時代に学所に通っていたユースが、転入生を迎える側に立っていた時のあの情景を思い出す。あの時とは逆で、今は迎え入れられる立場だが。
「法騎士シリカどの率いる第14小隊に属していた彼の実力を見込み、一時的ながら彼をこの中隊に歓迎したく思う。ユーステット君も、肩の力を抜いてくれていいよ」
ユースの隣に立つカリウスが、好青年の笑顔と共にユースへそう言った。第一印象としてはやはり、爽やかで気風もよさそうな、若く立派な法騎士様だとユースも感じている。
「おーい、ユース! お前、その呼ばれ方だと緊張するんじゃないか!」
隊の前方に立つ一人の少年が、声をあげてそう言ってきた。ユースがその声の主に視線を送ると、そこにはくひひと笑う同い年の親友、アイゼンの姿がある。軽装の鎧に、腰元に一本の騎士剣を治めた鞘という、極めて着飾りの少ないシンプルな装備は、いつ見ても相変わらずだなと思う。短く切った黒髪が、癖でつんつんしているのも含めて。
「そういえばアイゼン、君はラヴォアス上騎士様の元で働いていた時、彼と同僚だったね」
「はい。ずっとユースって呼んできたし、みんなもそうすればいいんじゃないかって思うんです」
ユースにとっては有難い提案だった。どこにいても近しい者にはそう呼ばれてきたし、かしこまった場以外では、ユーステットと呼ばれてもしっくりこない。呼ばれ慣れた呼称で名を言われる方が、彼にとっても肩の力が抜けていい。
「ふむ、君はそれでいいのかな?」
「――はい。そうですね」
ちょっとまだ声から緊張が抜けていないが、ユースはそう答えた。やはり目の前にいるのは自分よりずっと上の先人、法騎士様。緊張感を持つなと言われる方が無理がある。
「それじゃあ――ユース君。改めてよろしく。君を僕が率いる、第26中隊に歓迎するよ」
「はい。よろしくお願いします」
礼節を欠かすまいと、再びユースは深くカリウスに頭を垂れると、彼を見る第26中隊の面々にも向けて、もう一度頭を下げるのだった。
エレム王国騎士団では毎年、冬に入る頃になると定期人事異動がある。
段取りとしてはまず、ダイアン法騎士やナトーム聖騎士のような、人事権を持つ者の指揮のもと、小隊や中隊、大隊を率いる隊長にあたる人物が呼び集められる。そこで各隊長に書類を渡し、その書類に、第一希望から第十希望まで、他の隊に属する傭兵あるいは騎士の名を書いて貰う。ここに書かれるのは早い話、自分の隊に一度属してみて欲しいと思う人物の名だ。
たとえば今回の事例で言えば、会議に集まった数十名の騎士のうち、23人の法騎士や上騎士が、第14小隊所属の騎士、クロムナードの名をその欄に書いている。クロムは騎士団入りする前から少々名が通っていた事情も手伝って、階級に見合わず知名度が高いのだ。実力に関してもそれに伴い広く知られているため、今回のようなケースではよくその名を挙げられる。
23人の、クロムを自身の隊に招きたいと書いた騎士のうち、9人が第一希望の欄にクロムの名を書いている。他の14人は第二希望以下にクロムの名を書いていたが、この時点でその17名は脱落だ。第一希望の欄にクロムの名を書いた者達だけが、彼を自らの隊に招く交渉権を得る形になる。
クロムの属する第14小隊の隊長であるシリカに、それが伝えられる。そしてシリカが許すなら、クロムの名を第一希望に書いた者が率いる隊、6つの中から選び、クロムの短期移籍を認めることが出来る。
今回それでもクロムが移籍に至らなかったのは、シリカがそれを断ったからだ。決定権はあくまで指定を受けた者の隊長にあり、移籍を認めぬ拒否権だって当然ある。特にクロムは、シリカの下以外で働くつもりはないと長らく公言しているし、シリカとしても受け入れるつもりはなかった。それでも名を書かれるあたり、クロムの知名度がうかがえるというものか。
他にも、射手を集わせるタムサート法騎士が、アルミナの名を第三希望に、キャルの名を第五希望に書き連ねていた事情もあった。キャルは他2名の隊長からも第七希望、第八希望に名を書かれており、アルミナも他1名の隊長からも、第五希望に名を書かれている。結果としてアルミナとキャルの移籍の交渉権を得たのはタムサートだったが、いずれもシリカが頭を下げて断る形になっていた。
他にはマグニスも、ガンマも、チータも、何人かの隊長から指名を受けている。いずれもシリカは断ってきたのだが、今回ただ一人、その例に漏れた者がいた。
カリウス法騎士が第一希望の欄に、ユースの名を書き留めたのだ。
他に誰一人、第一希望から第十希望までユースの名を書かなかった中である。この希望にはシリカも驚いたし、ダイアン法騎士にとっても予想外のことだった。カリウス法騎士は柔和な面立ちとは裏腹に非常に堅実な人間で、こうした機会では必ず手堅い所を名に挙げてくる。それこそ端的に言えば、才覚溢れると周囲に認知されるような、若くして有能な騎士の名をここに書くのが定例だ。
そのカリウスが、第四希望にクロムの名を書いた上で、第一希望にユースの名を書いている事実。それが意味するところは、カリウス法騎士がユースという少年騎士を、他の隊に属するどんな人材より彼のことを求めているという事実。それも、騎士団内でも名高いクロムよりも優先してということだ。
それを受けてシリカが導き出した結論は、ユースの短期異動を認める決断。こうして件の会議を経て、ユースがこれから約一ヶ月、カリウス法騎士率いる第26中隊へ短期移籍することが決まったというわけだ。
「意外っすね、隊長。ユースの移籍を認めるなんて」
「そうか? 私のもとでばかり働くだけでなく、他の騎士様のもとでも経験を積んだ方が、あいつにとってもいい経験になるだろう」
朝の訓練を終え、第14小隊全員で昼食の食卓を囲む中、マグニスとシリカが語らう。この時間の食卓にマグニスとシリカが並んでいること自体、珍しいことだ。朝の訓練サボりの常習犯のマグニスが、昼食に堂々と参加しているということは、曲がりなりにも朝の訓練には顔を出したということだから。
まあ、そうは言っても顔を出しただけでろくなことはしていないのだが。アルミナと少々手を合わせたぐらいで、シリカが携わるきつい訓練からは、さらりと逃げていたし。
「別にあいつのためを思ってそうしたって言うなら、文句は言わねーけどな。ただ、果たしてよそ様の隊に属することがあいつのためになるか、事実としては受け入れられねえけど」
真っ向からシリカの言い分を否定するマグニスに、ちょっとだけアルミナが渋い顔を見せている。アルミナは基本的にシリカに対してかなり強い尊敬心を持っており、逆にマグニスに対してはあまり信のおけない人間と見ているから。
「まあ、それは後の結果を見るまではわからねえさ。マグニスの言いたいことはわからんでもないが、今から結果の良し悪しを語っちまうのは早計じゃねえかな」
シリカとマグニス両人の言い分を計り知るクロムは、中立の発言に入る。大好きなシリカの決断に非を唱えるマグニスにちょっといい顔をしていなかったアルミナにとっては、クロムの発言はシリカに肩入れしたようにも見えて嬉しかったが、クロムが望んでいることはそうでもない。
「クロムはどう思……」
「お前が後悔する結果にならなきゃいいとだけ思ってるよ」
飯をかっ食らいながら即答するクロムの堂々とした発言に、言葉を遮られたシリカは続きを閉ざす。そのシリカを見て、マグニスがすかさず主張の締めを言い述べる。
「言っておくけど、ユースが欠けたら第14小隊にとっちゃあ大痛手っすよ。あいつがもしもこの小隊に帰ってこないって結果になったら、俺はシリカの決断が間違ってたと言わざるを得ないね」
俺は結果主義なんで、と最後に一言添えたマグニスに対し、シリカは何も答えなかった。
短期異動期間を騎士団が設けることには明確な理由があり、ある隊に属すれば、その騎士はその隊と関わる時間が多くなるため、姿勢や考えがその隊の色に染まりがちだという点を打破することが目的とされている。
たとえば第14小隊に属してからもうすぐ三年のユースだが、法騎士シリカのもとで彼が学んだ事は確かに大きかっただろう。ただ、今のところ彼が師として近く見てきた人物は、シリカと、見習い騎士時代に上官であったラヴォアス上騎士ぐらいのもので、それ以外の目上の騎士と長く接する機会には、恵まれていない。それはそれで別に悪しきことでもないのだが、今までいた隊の他に属してみて、触れなかった出会いに触れてみるきっかけを作るのも悪い話ではないだろうという発想のもと、毎年年が明ける前の約一ヶ月間、異動期間を試みる期間を騎士団は設けているのだ。
シリカも経験上、多くの師に触れることの重要性は熟知している。彼女はかつてラヴォアス上騎士のもとで見習い騎士として育ち、騎士昇格試験で上騎士になって以来も、計2つの隊に属している。合計3人の隊長を近くで見て育ち、法騎士となり今に至るわけだが、隊を移ることによって得られた出会いや縁は、今の彼女の根底を支える多くの柱を作ってくれたものだ。異動はその実、騎士にとって一人の人間として新しい視点を拓く、いい機会であると言えるだろう。
クロムやマグニス、アルミナはシリカの元でしか働かないと、断固として意見を曲げないタイプだ。ガンマはクロムと同じ場所でなければモチベーションを保てないだろう。チータはまだ第14小隊に属してから日も浅いし、移籍は尚早だと見送ることにした。キャルの移籍を認められないのは、少々複雑な事情がある。そういう都合も相まって、ユース以外の面々の異動はすべて断ってきた。ただ一人、ユースの移籍に関しては断らなかったわけだが。
まあ短期異動期間というだけあって、一定期間を過ぎればユースも第14小隊に帰って来るはず。少なくともアルミナやガンマはそう思っていたし、しばらく友人と離れる寂しさはあったものの、笑顔でまたねとユースに手を振っていたものだ。勿論ユースだってこの時は、いずれ第14小隊に戻るんだし、いい留学期間を設けて貰ったと考え、前向きに歩いていこうと考えていた。
だが、それは甘い認識だったとやがてユースは思い知ることになる。ある時から数日後、自身の心境にどのような変化が訪れるかなど、誰にもわからないのだ。
今日の自分と未来の自分は違う。見方が変われば、考え方も変わる。それによって、自身の行動が変わることだって、何ら不可解なことではない。
エレム王国騎士団の短期異動期間には、一つの決まりごとがある。当人が望むのであれば、その期間を過ぎた後、完全に移籍する権利が与えられるというものだ。
「――次、お願いします!」
汗を流してユースが声をあげる。カリウス法騎士率いる第26中隊の手荒な歓迎会を受ける形で、ユースは木剣を握って数人の騎士を相手に模擬戦を行っていた。
隊長含めて94名の騎士が属するこの小隊、少騎士の称号を持つ騎士をはじめとし、一人ずつがユースと一対一で木剣を交わす歓迎会だ。初めてこの中隊に足を踏み入れた新参の実力が如何ほどのものかは誰もが興味深かったし、ユースも自身がどこまでやれるのかを確かめるため、この歓迎会には快諾した。そして今、この中隊に属する少騎士達、15名を連続で退け、次は自分と同じ、騎士の称号を持つ者との一戦に臨もうとしている。
「凄いね、彼は。これだけ連戦を重ねていながら、まだ殆ど息が乱れていない」
「少騎士じゃユースには敵わないと思いますよ」
間近でユースの戦いぶりをじっくりと見るのは初めてのカリウスが感心の声を口にする横には、ユースの親友であるアイゼンがいる。長くユースと共に剣の道を歩いてきた過去を持つアイゼンにとっては、今のユースがどれほどの力量を持っているか、ある程度予測するのは容易いことだ。少なくとも、温室育ちあるいは経験不足の少騎士の実力が、ユースの足元にも及ばぬことぐらいは。
法騎士カリウスの中隊に招かれて長く在籍する少騎士達はみな、将来有望と見られた者達ばかり。カリウスは、そういう人選で隊を構成するタイプの人物だ。そんな彼らが、カリウスの元で、あるいはカリウスに指導を受けた高騎士や上騎士の師事のもと今日まで来たのだから、実力だってそれなりに形になっているはず。その15人を、軒並みほぼ瞬殺で一本取ってきたユースは、未ださほど体力を失ってなどいない。
「アイゼン、君も行ってみるかい? 近くで見るだけじゃなく、直接手を合わせてみたいだろう」
「……今日はあんまり、ですね。全力のあいつと、手を合わせてみたくはあるんですが」
少騎士達を破り、騎士7名から一本を取ったユースは未だに胸を張って戦い続けている。僅かでも全力の状態から体力を失ったユースと剣を交える不公平さを加味すると、本気のユースとその実力を確かめ合いたいアイゼンにとっては不本意なのだ。
「そろそろ、力尽きて貰わなきゃあな! 俺達第26中隊の騎士達が、第14小隊の騎士に何人も一人抜きされてんじゃ、俺達の隊の沽券に関わるぜ!」
ユースよりも2つか3つ年上の騎士が、28人の騎士から勝利を収めたユースの前に立つ。そろそろユースも息が上がってきた頃だが、ここまで来たら引き下がる道もない。やれる所までやって、法騎士シリカに養って貰った力を、この場でしっかり見せつけるいい機会なのだ。それこそが手荒な歓迎会を開いてくれた、新たな場の同僚達に向ける礼儀だとユースは考えている。
「行きます!」
「かかって来い!」
挑戦者、ユース。迎え打つは第26中隊の面々。自らの力と過去、信念、すべてその剣に表す想いで少年騎士は束の間敵対する相手に駆け向かった。
「――54人抜き。正直、想像を超えていたよ」
精も根も尽き果てたユースが、訓練場の床に倒れ伏した姿を見降ろして、カリウスは最大限の称賛の言葉を彼に送った。ありがとうございます、と声に発したユースの声は、ほとんどかすれ果ててまともな発音が成されていなかったものだ。
15人の少騎士、39人の騎士、それがユースの打ち破った面々だ。40人目の騎士との勝負で、その木剣で腹部を打ち抜かれ、息が詰まりながらも倒れずに相手を睨みつけたユースの気迫は、一本取ったはずの相手の方がかえって気押されたほど。しかし勝負あったとカリウスがその組手を止め、それでこの手荒な歓迎会は終了を迎えたのだ。その瞬間、がくりと膝を地面に落とした後、訓練場の床に横に倒れこんだユースからは、正直もう限界だったと周囲が悟るには充分だっただろう。
仰向けに倒れて、荒い息で腹を上下させるユースだったが、しばらくすれば、いつまでもそうしてはいられないと、ゆっくりと体を起こして立ち上がる。せき込みながら顔を上げたものの、周囲の騎士は彼に何の言葉も放たない。不思議な沈黙に、ユースの頭に大きな疑問符が飛ぶ。
まずい、何かやらかしたか、と疲弊したユースの表情が不安に染まりかけたのを見て、アイゼンがぷっと吹き出す。もっとも、吹き出したのはアイゼンだけだったが。
「言葉も出ないだろうね、みんな。まさか上騎士でもない彼がここまでやるとは、初め誰も想像していなかっただろう」
法騎士カリウスが、温和な青年の表情から一変し、93人の騎士を率いる上官の面持ちとなって騎士達に声を放つ。彼の言うとおり、ユースに敗れた騎士達も含め、多くの者がユースのことをはじめ侮ってかかっていたはずだ。
「上騎士ラヴォアス様、法騎士シリカどののもとで毎日鍛錬を積んできた彼であることは、あらかじめ伝えておいたはずだろう。その上で彼を見くびって屈した者達――あるいは剣を交えなかった者も同じことだ。君達には実力を磨く以前に、自らの認識の甘さを認め直す必要がある」
そう言ってカリウスは、その両手に木剣を握りしめる。そして、ユースを打ち倒した騎士を自分の目の前に呼び寄せると、その剣を構えた。
「少々君達を高く評価し過ぎていたようだ。一度、活を入れ直してあげなきゃいけないな」
カリウスの表情から、生来穏やかである彼の面立ちからはあまりにも不釣り合いな覇気が滲み出る。百戦錬磨のシリカと同じく、法騎士の立場に立つ人物が垣間見せるその眼差しは、初めて彼を同じ隊の中で見るユースにとって、極めて新鮮な光景でもあったはず。
「ユース君、しばらく休んでいてくれ。君は本当に、よく頑張った」
ふと振り返ってユースに声をかけるカリウスの表情の、また柔らかいこと柔らかいこと。これがまた向かい合う騎士に表情を向けた瞬間、鬼の表情に戻るんだなと思うと、やっぱりこの人もあの人と同じで、剣にすべてを懸けてきた人なんだな、とユースは感じてしまうのだった。
カリウスが部下の騎士、上騎士達と次々木剣を交わし、ことごとく打ち倒していく姿に、ユースは食い入るように見入っていた。シリカとは違う太刀筋ながら、敵を寄せ付けず、隙があればすかさず的確に突くその太刀筋は、今日明日で自らに真似のできない業だと知りつつも、目で追わずにはいられない。己が道の先人かつ練達の者の腕捌きは、どんな世界でもその目を魅了するものだ。
「お疲れ様、ユース」
息を呑みながらカリウスを眺めていたユースに、声をかけたのはアイゼンだ。このあと彼も、カリウスと手を合わせることが決まっているためか、木剣を片手に握って少し硬い表情をしている。
「カリウス様、最近よく言ってたんだ。うちの隊はみんなよく頑張ってるけど、どこか天井ひとつ破りきれない面が見えるって。それを打破するきっかけになれば、って、お前をこの隊に招いたそうなんだけど」
俺を? と、鳩が豆鉄砲をくらったような表情で返すユースは、意図と行動のつながりが理解できていないようで、その表情にアイゼンがくすっと笑う。
「刺激にしたかったんだと思うんだ。ユースみたいに、頑張ってそこまでの力を身につけた奴とみんなの手を合わせて、破れなかった壁を破るためにさ」
アイゼンの語る言葉がカリウスの真意とどれほど一致しているのかは、カリウス本人に尋ねてみなければわからないことだ。それでもアイゼンは今日のユースと同僚を見て、カリウスがユースをこの中隊に招いた意図のひとつは、そうであると強く確信している。
「……まあ、偉そうなこと言ったって、俺も頑張らなきゃいけないんだけどな」
アイゼンはそう言うと、半ば棒立ちのユースの胸元をその拳で軽く小突く。ユースにとって、アイゼンがこの仕草を見せる時の彼の胸中は、これまでの付き合いからよく知っている。負けず嫌いの彼がこの仕草を見せる時に思うことは、お前には負けないぞ、の一念だ。
「今日からよろしくな。第14小隊で学んだこと、俺にもいっぱい聞かせてくれよ」
にかっと笑うアイゼンの表情を見て、ユースも同じくアイゼンの胸を小突いて返す。誰よりも近い場所で力を高め合った二人だからこそ、ユースだってアイゼンの後ろを追うばかりの形にはなりたくない。思う所は同じだよ、と拳に込めたユースの想いは、アイゼンの胸までしっかり届いたはずだ。
「次! 騎士アイゼン!」
「――はい!」
名を呼ばれたアイゼンが、一瞬表情を強張らせてカリウスのもとへ駆けて行く。快活な笑顔が常のアイゼンがそんな表情を一瞬見せたことに、ユースも思わず小さく笑わずにはいられなかった。
だって、カリウスとアイゼンの関係が、シリカと自分の関係とすごく似て見えたんだから。上官様が怖いのはどこの誰でも一緒なんだなと、ユースも実感せずにはいられなかった。




