第45話 ~青天の霹靂~
プラタ鉱山戦役が終わってから、約二週間が経った。かつての戦役で負った傷が癒えた騎士も多く、それなりに重い怪我だった者も、エレム王国騎士団の顧問魔導士達によって、あるいは魔法都市ダニームから赴かれた魔導士達の手によって治癒魔法を受けたりすることで、回復を早めている。まだまだしばらく戦線復帰が難しいとされる者も多いが、プラタ鉱山で騎士団が受けた傷というものは概ね立ち直ってきた頃だった。たとえばゴグマゴグにその両腕を手痛く粉砕されたカリウス法騎士も、治癒魔法や医療班によって、全快とまではいかないものの部下の戦闘訓練に付き合えるほどには回復しているそうだ。
第14小隊の面々は幸いにも、いずれも重傷に至った者がいなかったため、戦役を終えた3日後からはすぐさま任務を騎士団から受けて活動する機会が多かったものだ。8人しかいない小隊であるゆえに大きな任務を預かることはなかったが、隣国エクネイス周辺に出没した魔物達の討伐に赴いたり、あるいはダニーム周辺の魔物退治を望む人々に助力をしたりと、平常時とさして変わらぬ活躍を見せていた。戦場が常に近しい環境を平穏と呼べるかは疑問ではあるが、騎士団に属する者としてはこうした日々は日常風景だと言える。
そして、そうした任務を常々騎士団から預けられる程度には、法騎士シリカ率いる第14小隊は騎士団本部から見ても、ある程度の評価を受けていることの裏付けにもなっていた。
「はぁ~、しんどっ!! 毎日仕事ばっかで嫌になるんすけど!!」
旧ラエルカン国土内に出没する小さな野党団の討伐任務を終えて、シリカの家に帰り着くや否やマグニスは心底叫んでみせた。夜も遅いというのに、実に近所迷惑な声量だ。
「マグニスさんは思いっきりサボってたじゃないですか。キャルをもう少し見習って下さいよ」
キャル贔屓がやや強いアルミナが、今日も息を切らしながら全力で戦場を駆け回っていたキャルの名を出して、マグニスを非難する。実際この日のマグニスはというと、ナイフ投げすらろくに行わずに遠方から眺めていただけだったから、この責め口もある意味では真っ当だ。
「んまぁ、マグニスが牽制してたから野盗どもが逃げ道失ってたのも事実だがな」
「そーそー。俺も案外神経すり減らしてんのよ?」
「嘘ばっかり。煙草吸ってたくせに」
クロムがマグニスのはたらきに対してフォローするものの、マグニスに対して目線の厳しいアルミナは、一定の信を置くクロムの言葉を挟んでも納得しない。日頃からちゃらんぽらんなマグニスの態度を散々目にしているだけに、そう簡単に彼を認めたくはないらしい。
「兄貴、俺は? 今回は今までで一番いい働き出来た気がしてるんだけど」
「おぉ、ガンマは完璧だったぜ。以前教えた押し引きも上手く実践できてたしな」
クロムを慕ってやまないガンマが褒められて喜ぶ横で、今日の自分の立ち回りはどうだったかなと思い返すチータが、椅子に腰かけて静かに息をついている。今日も戦場を全力疾走し続けたキャルも、疲れた体でチータと同じく今日の自分を思い返すあたり、彼女なりのストイックさが伺える。
「随分この小隊も安定してきたな。私やクロム、マグニスの3人で分隊を回していた後に5人加わり、はじめはみんな未熟なものだったが、みんな立派に戦えるようになってきたじゃないか」
この日は珍しく、シリカが二十歳を下回る部下達をわかりやすい形で褒めた。いつもなら、任務を終えたばかりでもやや辛辣に、その日に部下達が至りきれなかった部分を指摘したりもするのだが、今日はそんな気配がない。アルミナも、キャルも、ガンマも、彼女のそんな態度には驚いたものだ。
「アルミナもキャルも、状況判断が正しく出来るようになってきている。やれることも増えただろう。さらに視野を広げれば、そろそろ第一線で立ち回れるようになるかもしれないぞ」
やった、褒められた! とばかりにキャルを見て笑うアルミナ。照れくさそうにするキャルの方も、はにかんだ笑顔を伏せて顔を赤くしている。
「ガンマは逆に、もう少し手を休めることを考えた方がいいぐらいだ。前にばかり突き進むのではなく、もっと周りを信頼して戦うことに前向きになっていいと思う」
張り切って戦場を駆けた彼の姿勢を、評価した上での言葉だ。これを正しく受け取ったガンマも真剣な表情で聞いていたが、内心ではやはり嬉しかったものだ。
「チータは今のままでいいよ。力量と鑑みてベストな判断が出来ている。自分を客観的に見られている証拠だな」
「……精進します」
突き詰めて言えば、力量さえ伴えば、今日以上に踏み込んでもいいという言葉の裏返し。その言外も読み取った上での返答を返すチータの姿には、シリカの方も満足していたものだ。
「……ユースは、そうだな」
名を呼ばれたユースはどきりとしてシリカを見やる。この流れなら、珍しく彼女からお褒めの言葉を受け取れるかもしれない。なかなか褒めてくれない人だから、そんな言葉が聞けるなら嬉しいものだ。
「……今日は悪くなかった。だが、まだまだ強くなれるぞ」
ほんの少しの間を置いて、シリカがユースに向けた言葉はそれだけだった。ささやかな期待を胸に抱いていたユースは肩透かしをくらった気分だったが、努めて表情はいつもと変わらぬものにして、はいとシリカに対して答えるのだった。
正直、今日のユースは自分でも、そんなに悪くない戦いぶりだったと自負している。ガンマよりも前を走って多くの野盗を成敗したし、一人の死傷者も出さずに敵を地に伏せさせることが出来た。平常時にシリカが望むような戦いを、限りなくいい形で体現出来たと思っていただけに、それを良かったと言って貰えるのは嬉しかったが、周囲に浴びせた言葉より、自分に向けられた言葉が何だか希薄だったことには、正直少し寂しい部分があったりもする。
そうした感情を表に出すことはしなかったが、見抜ける者には見えている。ユース以外7人いるこの場において、そんなユースの想いを確信して感じ取れたのは、わずか二人のみだ。
「とりあえず風呂沸かしてくるわ。汗くせぇまま寝るわけにゃいかねえからよ」
「あ、クロムさん。私がやりますよ」
「シリカー、メシまだ? めんどくせぇけど買出しなら行ってくるからよ」
「む、珍しいな。お前がそんなに前向きにおつかいに踏み出すなんて」
「マグニスさんが行くなら俺も行ってくるですよ。荷物持ちなら俺にお任せ、ってね」
クロムの言葉にアルミナが追従し、マグニスの催促にシリカが反応して、ガンマが拙い敬語で横から入る。台所に向かうシリカとそれに従って続くキャル、そして気持ちを切り替えたユースが、何か手伝えることはないですかとシリカの後を追う姿を見て、チータも居間のテーブルを布巾で拭くなりして、自分なりに第14小隊の力になろうとしている。
場の空気は一度解散した。そんな中、クロムとマグニスの両者のみが、いつもと変わらぬ笑顔で上官のシリカと台所に並ぶユースを見て、憂いるような目を浮かべるのだ。
「…………? クロムさん、どうしたんですか?」
「いんや、別に。明日こそは晴れればいいのにな、って思っただけだよ」
快晴の空の下で野盗を討伐した夕暮れ時のクロムの発言に、尋ねた側のアルミナも頭の上に疑問符を浮かべずにはいられなかった。真意を皮肉に隠して吐き出したクロムは朗らかな笑顔を浮かべ、煙草に火をつけて煙を吐くのみだ。
「なー、マグニスさん。早く買い物行かねえですか?」
「あぁ、わかってるよ。たまにゃあ旨い飯の種を選りすぐってやらねえとな」
マグニスも同じ。第14小隊に長く在る二人の青年が思うところは、言葉はなくとも綺麗に一致していたのだった。
「さて、恒例のこの季節がやってきたわけですが」
ある日の朝、騎士館の一室。比較的小さな会議場、それでも十数名の騎士が円卓を囲んで座る、この大きな部屋で、口火を切ったのはダイアン法騎士だ。
「皆様、思うところはありますか? 早い者勝ちと言うわけではないですが、誰かがひとつ意見を申して頂ければ、そこから話は弾みます。この場はご遠慮なく主張して頂きたい」
いわばこの場で最も客観的な立場にあるダイアン法騎士が、この場を仕切る形を取っている。彼の隣に座るナトーム聖騎士は、この場においては唯一の聖騎士であるが、会議の進行はダイアンに任せているようで、椅子に深く腰掛けてただ場を見守っている。
この場に揃っているのは、ナトームを除けば高騎士と法騎士ばかりだ。騎士団においては中隊を率いる権限を持つ高騎士とて、この場では一番下の階級ということで、それなりに緊張感を持っている。だからというわけでもないが、なかなか誰も第一声をあげようとはしない。
「それでは、まずは私から言わせて貰ってもいいでしょうか」
「お、タムサート法騎士。どうぞどうぞ」
先日プラタ鉱山任務で、初めてシリカと共に同じ任務についたタムサート法騎士が、手を挙げてそう言うと、ダイアンが機嫌よさそうに発言権を譲る。タムサート法騎士がわざわざ席を立って発言をしようとしたのは、彼の学生時代からゆえの癖のようなものだろうか。
「カリウス法騎士率いる第26小隊に、托鉢の射手がいましたね。ええと……彼の名は?」
「ああ、マイラック上騎士のことですか?」
「そう、確かそんな名だった。彼の弓の腕前は、前々から気になっていたんだ」
多くの射手を要する第19大隊の隊長たるタムサートが挙げた名は、カリウス法騎士率いる中隊で弓を扱う一人の騎士の名だ。若いながらもその腕前は見事なもので、剣術の扱いにもそれなりに秀でた身であり、別の隊に属する者ながらタムサートはその人物には目をつけていた。
「私は法騎士タムサート様のもとで働く、ポータ騎士のことが気になりますね。射手の多いあなたの部隊で、前線を走る重責を背負っているだけあって、彼の剣捌きには目を見張るものがある」
一人の高騎士がタムサートに横から口を挟む形で発言すると、部下を褒められたタムサートは、大人ながらに子供のように笑って、そうでしょうと一言返す。隊で運命を共にする部下に褒め言葉を貰えるというのは、上官としてなかなか嬉しいことだ。
「剣の扱いといえば、カリウス法騎士の中隊に属するアイゼン騎士も同じ印象ですね。あの若さであれだけの戦いぶりを見せる彼には、戦場であっても一際目をみはるものがありました」
また一人の高騎士が、カリウスが率いる隊の鋭氏の名を挙げて称賛する。今度はカリウスが朗らかに笑いながら、彼にも伝えておきますよと機嫌よさげに返答するのだ。
ここから会議はせきを切ったように、この場に招かれた騎士達が好きなように周囲の同僚、あるいは上官と言葉を交わし始める。会議とは名ばかりに、部下の自慢話や称賛が繰り返され、どの騎士も楽しそうに歓談するような風景だ。酒のひとつでもあれば、軽く宴会になっているだろう。
この場に招かれた騎士の共通点は、高騎士ないし法騎士として、小隊あるいは中隊、もしくは大隊の隊長として日々を生きるという点。だから多くの部下を率いる立場として、共感できる境遇にあり、自らの率いる部隊に属する部下の自慢をしたり、あるいは褒められても、いやいや実はああ見えて――といった風に部下の苦いお話を漏らしたりと、話の種には事を欠かない。そうした騎士達の気さくな会話を見守るダイアン法騎士は、かつて中隊を率いていた身でありながらも、今は隊を率いる立場でなくなった今、最も客観的な立場でこの場を仕切れる人物としてここにいるわけだ。
法騎士シリカも、この場には招かれていた。法騎士という立場で階級は高いものの、この場において最年少である彼女は、比較的おとなしく場の空気に馴染んでいた。時々第14小隊の部下に対するお褒めの言葉を頂いて、相槌を打ったり、知る限りでは話しかけてきた相手の隊に属する若き騎士に対して快い評価を示したりと、この定例会議に招かれるのは二度目の身ながら、なんとか上手く立ち回れていた。そんな中で、周囲の騎士達がシリカの小隊における人物の中で最も称賛の声を寄せるのがクロムやマグニスであると知り、彼女自身も、縁の深い二人が騎士団内でも正しく評価を受けていることが嬉しくて、この会議の中では笑顔を絶やすことにはならなかった。
「はいはい、いいですか? そろそろ、本題に移りたいのですが」
ある程度場が温まった頃合いを見て、ダイアンが席を立ち、手元にある書類を配ろうとする。するとナトームがその彼を制止し、代わって書類を手にして席を立つ。
「いや、あの、ナトーム様。これぐらいなら別に……」
「黙れ」
それを見たシリカが、慌てて席を立ってダイアンの元へ駆け寄る。ダイアンの持つ事情をこの場で誰より深く知るシリカは、席を立ってダイアンの配ろうとしたどの他の騎士よりも早く動いて、書類を握ったナトームの目の前に立った。
「……任せた」
「はい」
ナトームから書類を受け取ったシリカは、速やかにその書類を周囲の騎士達の前に一枚ずつ配る。法騎士様がまるで小間使いのような仕事をしている事実には、ひとつ下の階級である高騎士達には本来見過ごせるものではなかったが、その行動の所以をしる騎士達は、敢えて動かない。ひとつ上の階級法騎士様に頂いた書類を受け取り、すみませんと頭を下げるだけにとどまる。
シリカがナトームにやったように、私がやります、というのが、法騎士シリカの下の階級の者としては正しい姿勢なのだろう。敢えて誰もがそうせぬほどには、シリカとダイアン、ナトームの事情については、騎士団上層部でも有名な話なのだ。
「法騎士シリカ、ご苦労だった。――さて、皆さん。書類は皆様の手に渡ってますね?」
注目を受けるダイアンがそう言う中、誰もが机に置かれた書類を前に、目を真剣なものに変えている。その脇に置かれたペンははじめから置かれていたもので、今は全員がそれを手に持っている。
各騎士の前にペンだけを用意して、書類を先に配っておかなかったのにはわけがある。その書類をはじめから目にしていると、この会議の最初数十分のような、砕けた形で歓談することが少しだけ難しくなってしまうからだ。これからある意味、下手をすれば自らあるいは他人の隊に、大いなる変化を与え得る内容を書くこの書類は、笑って筆を走らせられるようなものではない。だからダイアンは敢えて、最初の段階でこれを騎士達の前に晒すことを嫌うのだ。
「例年どおり、第十希望まで書き留めて頂くことが出来ます。勿論、白紙での提出も認めています。相手の隊の隊長が自分より上下であることなど気にせず、気兼ねなく記入して下さい」
そのダイアンの言葉に追従するように、騎士達が書類に必要事項を書いていく。いずれもこの会議に並ぶ前から、何をここに書くかは決めており、誰もがさほど時間をかけることもなく、書類に向けて自らの想いを迷わず綴る形となった。
すべての騎士がペンを机に置いた姿を見て、それを見届けたダイアンは一度手を叩く。
「それでは、書類をこちらに」
騎士達がこぞって席を立ち、ダイアンの元へ書類を届けに歩む。あっという間に人の数だけ書類がダイアンの元に集まって、この会議で為されるべきことは完遂された。
ただ、ひとつだけ気になったか、ダイアンはシリカに声をかける。
「……法騎士シリカ。第一希望しか書いていないけど、これでいいのかい?」
「はい」
毅然とした態度でそう言いきったシリカに、わかったと一言添えて、書類を机の上でとんとんと整えるダイアン。その行動が概ね、この会議の終了を示唆する合図だ。
「それでは皆さん、夕頃にもう一度ここに集まって下さい。各意見を集約して、私と聖騎士ナトーム様が結論を発表致しますので」
騎士達がそれぞれ、敬礼を示して会議室から退出する。カリウス法騎士が最後に退室したのを見届けて、ダイアンとナトームがただ二人、この会議室に残される形になる。
広い会議室で、ぱらぱらっとダイアンは各書類に軽く目を通す。そしてダイアンが、カリウス法騎士の提出した書類に目を留めた瞬間、その目の色が変わり、ふっとナトームの方に目線を送る。
ダイアンの目が驚嘆の色を浮かべているのは、この会議が始まる前、ナトームが予言していたことが目の前で現実となって現れていたからだ。
「……凄いですね、あなたは。流石にこれは、僕も読めませんでしたよ」
「貴様は自室に引きこもってばかりだから見誤る。多少無理をしてでも、もっと外を出歩くべきだな」
痛い所を突かれたか、ダイアンが苦笑いを浮かべたのも、ナトームには予測できていたことだ。
「まあ、正しく人材を見極められていないのは他の連中も同じだがな」
「相変わらず手厳しいですね、あなたは」
先見の明を持つ兄を見るような瞳で見上げられても、ナトームはその表情を一切動かさなかった。
その日の夜のことだ。いつものように、第14小隊のメンバー全員で食卓を囲んで、みんな揃ってごちそうさまをした直後、席を立って食器を片づけようとしたキャルを、不意にシリカが引き止める。
「……みんな、少しいいかな。大事な話があるんだ」
シリカの声色は、家族同然に小隊メンバーと接する時、隊長として小隊メンバーと接する時で、僅かに違いがある。チータはまだこの小隊に属してから期間が短いため、それをはっきりと読み取ることは難しいが、他の全員は今の声色は、前者のものであると察せられたものだ。
この日は、夜遊びが好きなマグニスも食卓に並んでいる。毎年この時期に騎士団内で行われる定例行事のことは知っているから、シリカがこの日の朝に騎士館へ向かっていった時から、今日ばかりはここにいようと決めていたのだ。
まあ、今年もどうせ何も起こらないだろうな、とも思っていたのがマグニスだ。その点のみにおいてはクロムの考えは正反対で、そろそろシリカもやらかすんじゃないかなと予想している。両者の予見、どちらが正解かは、この後すぐに判明するはずだ。
「毎年この時期になると、短期移籍期間が設けられることは知っているな? 特にクロムやユースは、騎士として騎士団に属する以上、詳しいと思うが……」
はい、と何気なく答えるユース。何かしら心当たりがあると見える表情で、腕を組んでまぁなと返すクロム。
「俺、初めて聞くな。シリカさん、それ何ですか?」
騎士団内の細かい事情に関してなど基本的に無興味なガンマは遠慮なく尋ねた。実際、去年までの彼には、もっと言えば今後の彼にとっても関係の薄い話なので、シリカもクロムもこの件に関しては、特にガンマに教えてこなかったのだが。
アルミナは知っている。キャルも、噂には聞いたことがある。エレム王国の生まれでないチータも、ダイアン法騎士と話す中で、そういう行事があることは薄々耳にしていたことだ。
ガンマに尋ねられたシリカが、明らかに一瞬口ごもった。この態度を見たマグニスの脳裏を駆けた、まさか、という予見は、この後現実となって一人の少年に襲いかかる。
シリカは意を決したかのようにユースの方に目線を送った。その目の鋭さから、ユースの頭にもマグニスと同じ予想が電流のように走る。しかし、次に紡がれる言葉に対して覚悟を決める暇もなく、シリカの口から放たれた言葉は少年の胸に突き刺さった
「――ユース。明日からお前には、エレム王国騎士団、第26中隊に移籍して貰う」
その言葉に誰もが言葉を失い、マグニスも思わず目を見開いた中、クロムはただ一人憮然顔でシリカに重い目線を送っていた。当のシリカが嘘を語らぬ目で視線を送るその先、少し前にこの小隊で騎士に昇格したばかりの少年が、現実とは思えぬ言葉に表情を固まらせていた。




