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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第3章  絆を繋げる二重奏~デュエット~
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第44話  ~プラタ鉱山⑧ 法騎士達の戦い~



 法騎士シリカ、法騎士カリウス、法騎士タムサート。三人の共通点は、いずれも三十歳を前にして法騎士の地位に就いたという、若くしてその才覚を芽吹かせた点にある。大隊を率いる権限を持ち得る法騎士に昇格するには、指揮官として多数の部下を正しく指揮するため、騎士団内にて専門教育を受けなくてはその資格が与えられない。彼らはいずれも、その過程を経てこの立場にいる。二十代という、人生においても最も数多くの選択肢が与えられ、人生を謳歌し始められるその時期を、騎士として生きる道を選んで勤勉に励み、多くの時間を費やしたのだ。そしてそこで学んだことを高騎士として活かし、やがて結果を導き出して法騎士になる。三人とも、そんな人生を歩んできた。


 法騎士と、そのひとつ下の階級、高騎士には、高い壁がある。その人生を騎士道に捧げる覚悟を若くして胸に抱き、若年にして法騎士の地位まで上り詰めた三人の法騎士は、いずれもエレム王国の未来を案じる人々から大いなる期待を持たれている。そして10年か5年も前には、自分よりも偉大な法騎士様の背中を追ってきたこの三人が、自らが法騎士の立場に立った今、その身に注がれる期待と信頼を正しく認識するのは当然で、背負う重圧とて並の騎士の比ではない。


 そんな三人の騎士が、ここに立ち揃った。プラタ鉱山に集った十人の法騎士のうちでただ三人、勇騎士や聖騎士の指揮下のもとではなく、単独指揮官として大隊を率い、山岳を進軍することを任せられた、参謀達が強い信を置く法騎士達。敵対するゴグマゴグが、まさしく巨大な壁として目の前に立ち塞がろうと、無心で勝利を志す騎士達の心には一筋の影も落とさなかった。






 大暴走するゴグマゴグに、物怖じひとつ見せぬようにシリカが直進する。とてつもなく太い右腕を横薙ぎに振るってそれを迎撃するゴグマゴグだったが、高く跳躍したシリカによってそのスイングは回避される。ただしその腕のあまりの太さゆえ、余裕を持ってやや早くに跳躍したにも関わらず、ゴグマゴグの腕はシリカの足先の僅か下を危うく空振る形になる。


 空中にあるシリカに対し、絶好の獲物と見たかゴグマゴグがその左腕を振り下ろす。しかし直後、タムサートの放った矢が、空中にあるシリカの足元に追い迫り、落下してその矢に足が着いたその瞬間、シリカは地を蹴るのと同じように、その矢を蹴飛ばして左方にその身を逃がし、ゴグマゴグの凶悪な鉄槌をぎりぎりで回避してみせた。


 そのシリカが向かった先の空中には、その動きに応えるかのようにもう一本の矢がタムサートの手から放たれている。まさに欲しい所に寸分違い無く飛んでくる、後方の法騎士のサポートに、シリカも心中では驚嘆の想いを抱きながら、その矢を蹴ってさらに高く飛ぶ。そして向かう先は、まっすぐにゴグマゴグの単眼だ。


 目の前の小さな人間を、正しく侮らないゴグマゴグは両手を合わせて握る。シリカをその巨大な腕が殴り上げようと迫ったその次の瞬間にはまた、タムサートの放った魔法の矢がシリカの踏み場を作って、それを蹴ったシリカは後方にその身を逃がす。


 そして別角度から高く跳躍したカリウスの進撃こそ、牙城を討つ本筋の矢。同時にそちらにも放たれていたタムサートの矢を足場にして、空中でもう二度の跳躍を挟んだカリウスが、シリカに注視するゴグマゴグの視界の外から、その急所に向かって飛びかかる。


 その剣がその単眼に迫ったその直前、カリウスの存在に気がついたゴグマゴグは即座に首を動かし、単眼を狙ったカリウスの剣が、ゴグマゴグの岩石のまぶたに傷をつける。舌打ちしながらもカリウスは冷静にゴグマゴグの単眼の上部を蹴り、単眼の前に壁のようにそびえたゴグマゴグの腕と、その額を往復するように蹴り飛び、やがてゴグマゴグの頭上に立つ。


 そこに敵がいると判断したゴグマゴグは、その右腕で自らの頭ごと、カリウスを潰しにかかる。即座に足もとのゴグマゴグを蹴って逃れるカリウスをはずし、ゴグマゴグの右腕が頭部にぶつかって岩石を飛び散らせるが、頭部を破壊されようが単眼さえ無事であれば良いゴグマゴグには、ダメージにもなっていない。


 そして右腕がカリウスへの攻撃によって動いたことで、空中のシリカの視野に再び単眼が含まれる。タムサートの放つ矢を何度か足元に受け取って跳躍を繰り返し、そこに滞在していたシリカは、単眼が見えたその瞬間、いいタイミングで足を支えてくれた魔法の矢を蹴り出して、単眼に直進した。


 真正面からシリカを見据えたゴグマゴグは左手を盾にして、シリカの前に壁を作る。シリカは剣をゴグマゴグの腕に突き立てたものの、すぐさま引き抜いて腕を蹴り、後方に下がる。


 次の瞬間にはシリカが落下する先には、すでにタムサートの矢が飛んでいる。しかしシリカの位置がこれ以上なく絶好の位置だと見定めたゴグマゴグが、両腕で単眼を守るように庇い立てる。その直後、それを遠方から見定めていたクロムが思わず叫んだ。


「まずい! シリカ、攻めるな!!」


 その声が届いたか届かなかったかは定かではないが、シリカも全く同じ想いだった。ゴグマゴグに接近戦を仕掛けることを決めたその瞬間から、ずっと恐れていたひとつの手。巨体と凄まじい質量を持つゴグマゴグにとっては、不格好ながらも最強の攻撃とも言える必殺技の予感が、シリカの第六感を強く刺激した。


 直後その足で地を蹴ったゴグマゴグが、前方のシリカ目がけてその巨体を、勢いよく倒れかからせてくる。五階建ての建物の倒壊にも等しい巨大岩壁のボディプレスは、遠方から見ても逃げ場がなく、シリカを見守っていたユースやアルミナ達の表情を戦慄の色に染め上げた。


 シリカが正しい判断を選ぶことを祈るような思いで見ていた後方のタムサートの期待は決して裏切られなかった。ゴグマゴグの膝元あたりまで落ちてきたシリカは、そのまま前方に向かって真っ直ぐに矢を蹴る。重力に引っ張られて、シリカの体が低い放物線を描いて前進したわずかに後、ゴグマゴグの巨体が地面広くを圧殺し、轟音と地響きを伴わせて大地に衝撃を走らせた。


「シリカさん……!」


 祈りながら叫ぶような声を放つアルミナをよそに、彼女の視界の外でシリカは生きていた。ゴグマゴグの股下に危うく滑り込む形で巨体の圧殺を逃れた一方、前転受身で衝撃を流してなお全身を打ちのめした衝撃に、シリカは歯を食いしばって立ち上がる。命こそ助かったものの、全力で体を動かすことを強く阻害する痛みが、彼女の全身を貫き軋ませていた。


 低い位置に単眼を持っていってしまったゴグマゴグは、両腕でその弱点を守りながらゆっくりと立ち上がる。人間を潰した実感を得られなかったことを不審に感じたか、立ちあがってから足元をきょろきょろと見回すゴグマゴグが、一度ゴグマゴグから距離をとるべく走るシリカに目をつける。


 単眼から光弾を雨あられのように放ち、シリカを狙撃するゴグマゴグ。その狙いを逸らすべく、自ら駆けてゴグマゴグの横まで回り込んだタムサートが、魔力を纏わせぬ攻撃の矢をゴグマゴグの単眼に向けて放つ。急所を正確に狙い撃つその矢を、首をひねって回避するゴグマゴグだが、結果的に自らに降り注ぐ光弾の数々が減ったことに、シリカは危なげなく再びゴグマゴグから距離を取る。


「タムサート! シリカ法騎士をゴグマゴグへ導く! 協力して貰うよ!」


 カリウスがそう叫び、単身ゴグマゴグに駆け迫った。それを見定めたゴグマゴグが彼に向かって右腕を振り下ろすが、横に跳んで避けた直後、すぐさまその腕に飛び乗ったカリウスは、腕を駆け上がるようにして、ゴグマゴグの単眼目指して走り始める。


 すぐに腕を振るってカリウスに飛び立つことを強いるゴグマゴグ。カリウスは跳躍するが、単眼の高さには届かない。タムサートの放った矢がそのカリウスの足を支え、彼ももうひとっ跳びするが、ゴグマゴグの左腕が横薙ぎにカリウスに襲いかかる。


 その直後、左方と右方からゴグマゴグの単眼目がけて放たれる2つの攻撃。それはキャルの矢と、チータが放った岩石弾丸(ストーンバレット)の弾丸だ。それを視野に入れたゴグマゴグは、咄嗟に両腕をその攻撃から単眼を守る動きに切り替え、腕を単眼の横に置いて両者の弾丸をはじき返す。


「期待以上だ……!」


 さらなる矢をもう一つ足元に受けたカリウスは、ゴグマゴグの単眼に向かって跳ぶ。そしていよいよその単眼との距離を詰めたその瞬間、二本の剣を敵の急所目がけて×の字に振り抜いた。


 しかし、首を引いて後方に単眼を逃がしたゴグマゴグの動きによって、カリウスの剣は空を切る。予見していたその動きに、カリウスはふっと笑ったが、直後訪れる自らの危機をすでに悟っている都合もあって、その表情は僅かに歪んでいた。


 引いた首を一気に前方に傾け、頭突きをする動きで空中のカリウスに迫るゴグマゴグ。カリウスもこの攻撃を回避する手段はないとわかっており、その上でここまで来た。僅かに脳裏にちらつく自らの死を予感しながらも、迫り来るゴグマゴグの巨大な額に対してカリウスは、勢いよくミスリル製の騎士剣を突き立てる形で応戦した。


 岩石の塊が目の前に迫り、それに剣を突き立てても、自らの腕を貫く凄まじい衝撃は変わらない。剣をゴグマゴグの額に突き刺した瞬間、巨大な岩石が持つ運動エネルギーはカリウスの腕を貫き、その体組織をズタズタにした。それでも決死の想いで剣を手放さなかったカリウスは、剣を持ってゴグマゴグの額にぶら下がるような形で以って、一瞬止まる。


 そうなってから初めて、カリウスは力なく騎士剣を放して落ちていく。それを見届けたタムサートがカリウス目がけて魔法の矢を放ち、それを蹴ってカリウスは地面に降り立ち、ゴグマゴグから離れる。武器を失い、仮に武器があっても使いものにならぬ腕に表情を歪めるカリウスだったが、彼のとった手段は、命がある以上間違いではなかったのだろう。空中で巨大な岩壁による頭突きを受け、あの高さから地面に向けて勢いよく叩き落とされていたら、それこそ命などなかったのだから。


 自らをこれ以上戦力と数えられぬと知りながらも、カリウスの表情は自信に満ちていた。(たすき)は渡した。数秒後に約束された勝利に向けて放った、とどめの一矢はすでに敵に迫っている。


 ゴグマゴグがカリウスに意識を傾けていた数秒間の間に、ゴグマゴグの後方からタムサートの放つ足場の矢を踏んで、敵の頭上にその身を置いていた法騎士シリカ。彼女の持つミスリルソードに既に集わされた魔力は、正面あるいはやや下方に視界を向けていたゴグマゴグの単眼目がけて、今にもその力を発揮せんと迫っている。


「覚悟!」


 上空から、痛む全身を震わせて放った、咆哮にも近いシリカの叫び。それを聞いたゴグマゴグが、その目を上空に向ける。これ以上ないタイミング。そしてゴグマゴグの視界に彼女の姿が入ったその瞬間、万物を切り裂かん意志とその魂から絞り出しされたシリカの魔力、それを纏った剣がゴグマゴグの単眼を、深く、鋭く、真っ二つに切り裂いた。


 ゴグマゴグの単眼を切り裂いてそのまま落下するシリカの足元に、自らの放った魔法の矢が着足した瞬間には、タムサートも危うくガッツポーズが出る寸前だった。それでもシリカを安全に地上まで導くために、第2第3の矢を彼女の足元に放つ仕事が残っていることに従事するあたり、最後まで気を抜けぬ法騎士は忙しいものだ。


 地面に降り立ったシリカが即座にゴグマゴグから離れるものの、単眼を切り裂かれたゴグマゴグは完全に硬直したかのように、動かない。追撃あるいは暴走を恐れた周囲の騎士達だったが、確かな手ごたえをその手に握り締めていたシリカの確信は、別の所にあった。むしろあれで駄目だったなら、いよいよ次の手を打てるかどうかわからぬという想いだ。それだけ、とどめの実感があった。


 停止したゴグマゴグの全身が、徐々に崩れ始める。大小様々な大きさの岩石となってバラバラになって崩れ落ちるゴグマゴグの全身は、瓦礫の山のように地面へと転がり落ち、あれだけ太かったゴグマゴグの首はやがて頭部を支えられぬ程度の細さにまでなって、やがてへし折れてその頭を地面に落とす。遙か高所から地面に勢いよく叩きつけられて粉々に粉砕された頭部から、ゴグマゴグの単眼が転がり落ち、やがて斬りつけられた傷になぞるようにひび入って、はじけるようにバラバラになった。


 ゴグマゴグの単眼は、外から見えている限りよりも遙かに大きく、人が手を広げたほどよりもやや長い径だった。カリウスのつけた傷では、このあまりに大きな単眼全体からすれば浅すぎて、致命傷にはならなかったのだろう。騎士剣の丈の長さを存分に活かして深く単眼を両断したシリカの攻撃で以って、ようやく致命的なダメージとなったと見える。


 頭部を失ったゴグマゴグの全身が、やがて岩の数々になって崩れ落ち、大巨人ゴグマゴグがもの言わぬ物質に変わりすべての活動を終える。タムサートがふぅと息をついて弓を下ろし、シリカが肩で息をしたまま剣を鞘に納めて胸を張る。そしてカリウスが、ゴグマゴグの亡骸とも呼べる岩石の山から、自らの二本の剣をかろうじて拾い上げ、なんとか自身の持つ鞘に剣を収めて後方の騎士達を振り返る。三人の法騎士がその全身で、決着と勝利を体現したのと同時に、雨降りしきるプラタ鉱山外の山岳に、騎士達の歓声が雨雲をも貫かんばかりに轟いた。


「全隊、早急に撤退だ! 出撃地点まで後退し、別隊と合流する!」


 カリウスの号令に倣い、彼を指揮官とする大隊の騎士達が、素早く撤退の動きを始める。勝利を収めたものの、シリカもカリウスも限界近くまで戦い抜いたのだ。ここにいる中で最強の兵と言えるうち二人が、これ以上の戦いを踏むコンディションを満足に保っていない今、魔物の追撃があれば対処するすべが欠けている。これ以上の進軍を断絶するなら、速やかな撤退こそ最善手だろう。


「余力のある者は近くの仲間に手を貸してやれ。――事切れた仲間をも含めてな」


 タムサートは、決して覇気のこもった声ではなかったものの、確かにその声を近くの高騎士に伝えた。この戦場で命を散らした仲間の亡骸を回収することに対し、タムサートもクロードと同じく強く重要視しているということだ。


 ユースの前に立ちはだかり、ゴグマゴグの凶弾からユースを守る立ち位置を貫いていたクロムに、シリカが重い足取りで駆け寄ってくる。顔色も決して良くなく、荒げた息使いで部下の無事を案じるシリカの表情からは、上官らしさを表面だけに貼り付けて、疲労困憊を隠しているのが見え見えだ。


「お疲れさん、シリカ。よく頑張ったな」


 シリカのもとへ第14小隊の仲間達が駆け寄り、全員の無事を見届けたシリカの表情が、思わずほんの一瞬、戦人の仮面をはずしたかのように安堵の色に染まる。数多くの騎士が犠牲になったことが事実のこの戦場で、近い部下の生存に息をつくことの不謹慎さは、シリカだって頭ではわかっている。だから、そんな表情を見せてしまったのも一瞬で、すぐに真剣な眼差しに戻ってクロムの方を見る。


「……ありがとう。よく、任せてくれた……」


 拳でクロムの熱い胸板を小突くと、そのままその腕に体重を預ける形でシリカは顔を伏せる。表情を隠しているわけではなく、疲れ果てて、一度下を向いて息をつかないと耐えられなかったのだ。人一人の重みをがっしりした肉体で受け止めるクロムは、長らくシリカを彼女のそばで支えてきた男を、過去まで遡って体現するかのような姿だった。


「きついだろうが、帰るぞ。急がなきゃ、みんな風邪ひいちまう」


「……ああ、そうだな」


 風邪というのは怪我の比喩。この場に長らく立ち止まっていれば次なる災厄に襲われ得るというクロムの主張は、シリカにもよく伝わった。ひと息ついたシリカは顔を上げ、自らの周囲に集まった部下達に向け、その声を張り上げて最後の指令を下す。


「しんがりは私が引き受ける! 全隊、速やかに法騎士カリウス様に続け!」


 この場において最も白兵戦に長けた実力と肩書きを持つシリカが、その役目を背負うしかない。疲弊した彼女をその横で支えることを決めていたクロムは小さく笑い、自分もそうしなきゃいけないんだろうなぁ、と、望まぬ空気を読み取ったマグニスは、ため息をついていた。


 クロード聖騎士が率いたデュラハン討伐部隊を除き、山岳を駆けた3つの大隊。数々の犠牲者を出しながらも巨人ゴグマゴグを討伐するという結果を残し、プラタ鉱山進軍部隊の中において最後に撤退を決めた連隊が、戦場から退いていく。魔物の残党達が何度か襲いかかる帰路もまた気が抜けず、プラタ鉱山域における騎士達の戦役は、長らく緊迫した空気を保つものであった。











 ベルセリウスを総指揮官とするプラタ鉱山進軍旅団は、ベルセリウスとグラファスの率いる鉱山内進撃部隊、クロード率いる鉱山外の黒騎士討伐部隊、三人の指揮官法騎士によって率いられる鉱山外遊撃部隊と、大きく分けるならば三つの体系に分かれる形で落ち着いた。もちろん、ベルセリウス率いた部隊に含まれていた五名の法騎士達も、ベルセリウス達が鉱山の奥地に進む中、その後方で部下を率いて魔物達の討伐を果たしていた。細かく分けるならば、もっと細分化された組織の集まりとは形容できるだろう。


 それはともかくとしても、最も大きく分けた三つの体系すべてが撤退を決めた今、この戦役も終わりを迎える形に向かっている。鉱山内に踏み込んだ騎士達はベルセリウスの指示を受けてすべて撤退し、クロード率いた隊もそうである。シリカ、カリウス、タムサートは、先述の勇騎士や聖騎士の指揮管轄下に無い騎士達を含め、部下を使って召集令をかけ、撤退の旨を広く伝える仕事だ。撤退ひとつ取るにしても、伝え漏れがあれば部下を置き去りにして退く形になり得るし、そんな形など誰も望んでいない。シリカもカリウスもタムサートも、疲労困憊ながらつくづく神経を遣う帰路だ。


 撤退する中、生存者の数と殉職者の報告などを伝え合わせ、人数の整理をしながら歩く指揮官達。やはり、犠牲者なし、とはいかない。重軽傷者の総数も、総人数の半数に迫り得る数だ。はじめ二千人を超えていたプラタ鉱山進撃旅団の総数を思えば、それがどれほどの数の死傷者を出した戦役であったかも、簡単に逆算できてしまう。年が若く、兵を駒として見ることに慣れていない指揮官であればあるほど、そんな算術は何度やっても気分が悪くなるものだ。


 その三部隊は、プラタ鉱山入口近くの出撃点とはやや離れ、コズニック山脈の一角である高原に一度集結する。はじめ三人の法騎士を指揮官とする山岳遊撃部隊が、じきにベルセリウス率いる鉱山進撃部隊がそこに揃い、やがてやや遅れてクロード率いる黒騎士討伐部隊が到着して、各部隊の状況を把握した指揮官達が情報を交換する。この場合その三名は、勇騎士ベルセリウスと、聖騎士クロード、もう一人は他二名よりもやや動ける体である法騎士タムサートだ。


「……殉職者の亡骸の回収も、済ませてくれたのじゃな」


「危険を伴う判断でしたが、遂行致しました」


「感謝するぞ」


 普通、撤退する中で同士の亡骸を連れ帰る判断を下すという判断は、行動を鈍らせる大きな要因で、本来賢明なものではない。同じことをしたクロードとてそれは自覚しているし、自らが率いる隊以外にそれを強いることはないはずだ。だからこそクロードは、亡き部下の魂を魔物ひしめく戦場に置き去りにせず、ここまで亡骸を持ち帰る決断をしてくれたタムサートと彼ら率いる部下に対し、強い感謝の念を感じている。


「討伐できた魔物の総数は決して少なくない。任務は成功と言えるでしょうな」


「……そうだね」


 聖騎士グラファスの言うとおり、魔王マーディスの遺産達が率いる魔物達、すなわち魔王軍の残党を数多く殲滅できたという点では、今回の出陣は騎士団にとっても大きな前進には違いない。敵将たる黒騎士ウルアグワならびに、鉱山内にいた魔物達の首領を討伐できなかったことが心残りではあるものの、やはり敵の強大さとしぶとさを考えれば、高望みをし過ぎるのもいけないというものだ。


「全軍、撤退する。エクネイス国、もといエレム王都まで、決して気を抜かぬよう速やかに後退だ」


 総指揮官ベルセリウスの指示を受け、騎士達、傭兵達がプラタ鉱山を離れていく。ある者は生存をただ喜び、ある者は戦果を挙げられたことを心中で誇り、またある者は隣に立つ親しき友人と共に歩いて帰れる幸せを噛みしめながら、帰還への道を歩いていく。しかし、同士の遺体を背負って歩く同僚の姿を見た者が、自らの胸中の密かな喜びを、態度や表情にわかりやすく表わすことなど出来はしなかったものだ。


 犠牲者の数は66名。タイリップ山地へと乗り込んだ連隊の数を遙かに上回る旅団でありながら、それだけの犠牲者の数にとどまった今回の戦役は、指揮官達がいかに全力で仲間を守るためにその知恵と経験を絞り出したか、また、戦場を駆けたそれぞれの勇士達がいかに魔物に劣らぬだけの力を発揮したかを物語る、前向きな数字だったと言えるだろう。


 それでも、この世を去った者達は二度と帰ってこない。今回の戦役で、戦士として致命的な負傷を負った者の中には、二度とこうして戦場に並べぬ者だっているだろう。同い年の騎士に背負われ、折れた二本の脚を力なく垂らす騎士の姿を見ながら歩くユースとて、明日は我が身だと強く認識するとともに、その若い騎士の無念に共感せずには思えない胸中。


 戦場はいつだって、死と隣り合わせ。当たり前のように語られるその真実を、真の意味で理解し、戦うことの重さと儚さを知ることが出来るのは、戦場に立った者だけなのだ。それを見て尚も再び戦場を走ることを選ぶ者達が集う騎士団だからこそ、長く永くエレム王国の安寧を守ってきた。


 コズニック山脈に潜む邪悪な影を退けるための戦い、プラタ鉱山戦役は立派に果たされた。後日行われる国葬にて犠牲者の魂と最後のお別れをする日、その事実が彼らのもとまで届き、安らかなる眠りへと繋がっていくことを、騎士達の多くが、特に指揮官達が、今に既に強く願っていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] タイトルになってるシリカがちょくちょくクロムとイチャイチャしてるのが出る度冷めるなぁ ヒロインでないならないでモブのイチャイチャは特に見たくないし
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