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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第3章  絆を繋げる二重奏~デュエット~
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第43話  ~プラタ鉱山⑦ 魔王マーディスの遺産~



 プラタ鉱山に潜む、魔物の首領との戦いにベルセリウスとグラファスは苦戦していた。それも通常苦戦と表現されるような、命の危険に晒されるような危機ではなく、眼前の魔物の手腕によって戦況を左右させられるという、ある意味では最も性質の悪い苦戦である。


 魔物の首領、獄獣は、決してこちらに向けて決定打を放って来ない。ベルセリウスとグラファスの息の合った連撃を冷静にその斧でかわし、斧の一撃を、太い脚による蹴りを、あるいは斧を手放した片手の鉄拳を振り下ろして両者に反撃を繰り出してはくる。しかしそれらはすべて、ベルセリウスやグラファスにとって、捌くことも不可能でなければ回避も難しくない攻撃の数々。巨体を持つその魔物が、人間よりもやや長いリーチに反して、やや距離をとったまま二人の騎士に安全な場所から攻撃を繰り返すのみなのだ。


 獄獣は明らかに殺意を持っていない。かつてベルセリウスが、傲慢にも人間を見下していたこの魔物を撃退し、撤退を余儀なくさせてから数年の時が経つ。あの時自尊心を傷つけられ、憤慨を目に宿しながらも逃亡を図ったこの魔物が、今ベルセリウスとの再会したこの場において、かつての雪辱を晴らすにはうってつけの場であるはずなのだ。ベルセリウスだって、一度戦った相手と武器を交わせるこの数回のやりとりで、魔物の首領がかつてよりも強い力を身につけていることは、たとえ相手が隠そうと努めていたとしたって確信できる事実なのだ。


「強ぇなぁ、ベルセリウスよ!! あの時お前の首を獲れなかったのは手痛い失敗だったぜ!!」


 豪快な笑いを浮かべて大斧を振り降ろす獄獣の破壊的な一撃が、回避したベルセリウスが先程までいた地面を叩き割って岩石を飛び散らせる。大人が両腕を伸ばしてもその全長には遙か届かない巨大な斧を、片手で軽々と振り回し、この破壊力を生み出すその絶大なパワー。常人離れした剛腕のボルモード法騎士とて、これに敵わず命を散らせたとしても何も不自然はない。


 それをわかっているはずの歴戦の戦士、ボルモード法騎士にその攻撃を回避させなかっただけの攻めを実践するだけの技術を、この魔物は持っている。力押しだけで並の人間など踏み荒らして進撃出来るその実力に驕らない、そんな強さも併せ持っているはずのこの存在が、今この場においてはその力量を出し惜しみしているようにしか見えない。かつて何度も命の危機に瀕する死線をくぐり抜けながら、この獄獣に深い太刀傷を負わせた過去を持つベルセリウスが、今ここにおいて一度たりとも、危なかったと思えるような場面に遭遇していないのだ。


 斧の一撃をかわしたベルセリウスが獄獣に立ち向かうが、はじめからこの魔物は迎撃する構えを取らず、守りに転じやすい構えを解こうとしない。騎士剣を振るう前から、どこに斬撃を入れても防御される未来しか見えない。案の定ベルセリウスの攻撃を、獄獣が手首に装備した頑丈な腕輪ではじき上げ、鋭い蹴りを放って迎撃してくるが、ベルセリウスにとっては虚をつかれて反撃を受けるような隙を作る要素にはならず、横に跳ねていともたやすく回避できる。直後に獄獣の得意技が火を噴いての追撃も可能性として追うが、それも見せてこない。


 半ば駄目元で、正しいコンビネーションに従ってグラファスが別角度から獄獣に接近して刀を振るうが、冷静な身のこなしでそれを回避し、腕を振り回してグラファスを殴り飛ばそうと獄獣が反撃に移る。ならばいっそのこと、最悪相討ちも覚悟でその腕を切断すべく、グラファスは刀の矛先を素早くその腕を狙う方向に切り替えるものの、それを悟った瞬間に獄獣は、グラファスが刀を振るう前に腕を止め、一度グラファスから跳ね退いて距離を取る。


 敵の首を取るために、いくつも勝負を仕掛けているのは人間のみだ。当然いずれも勝ちの目がこちらにありと見ての勝負手ばかりなのだが、それらを悉くあしらって、未だ無傷のまま騎士達の前でうすら笑いを浮かべる獄獣。それは明らかに、単純に敵を討つことによっての勝利を手にすることを目的とした戦いを望んでいなかった。


「……どうした。お前にしては消極的すぎるんじゃないか」


 業を煮やしたベルセリウスが、とうとう語りかけた。いつかこの反応を見られると予測していたか、獄獣はこの問いに対し、斧を背中に背負い直し、武器を手放して応じるのだ。


「俺との戦いに飽きたならとっとと帰れ。俺はこの場において、お前らを始末する気はねえからよ」


 人間に対し慈悲を抱くような存在ではない。強き敵も弱き敵も、自らの障害になるのであれば容赦なく破壊するような獄獣が言い放った言葉は、ベルセリウスにとってはやや意外な言葉。


「……まさかとは思うが、お前ほどの者が、僕達を引きつけるためだけにここに潜んでいたのか」


 半ばその答えには辿り着いていたベルセリウスだったが、問いかける今になってもまだその答えに対しては半信半疑だった。そう思ってしまうほどには、過去のこの魔物はプライドが高く、人間相手にこんな消極的な戦いを好むような魔物ではないと思っていたからだ。


 獄獣が笑ってそれを肯定してくることを想定していたグラファスの予想を裏切り、小さく笑うも目を鋭くして、答えを返してくる。


「結果としてそうなるなら悪い話じゃねえかもな。ただ、俺はそれだけのためにこうしてお前らを待つような性格はしてねぇよ。それはベルセリウス、お前が一番よく知っているはずだよな?」


「……ああ。お前は戦略的な実益よりも、己の本能に素直な魔物だったからな」


 魔物も率いずに、無謀にもエレム王都にただ一人突入してきたような、愚策も丸出しの侵攻さえ見せたことのあるこの魔物に、合理性だとか、理知的だとかいう言葉は何よりも似合わない。結局その日は、数多くの民や騎士が犠牲にはなったものの、それ以上に手痛い傷を負って逃亡するこの魔物の後ろ姿には、誰もがそんな事実を受け止めたはずだった。だからこそその後も、この魔物の予測不能の動きには常に警戒させられたエレム王国だったが、仮にそれが狙いとしても、この魔物にとっては無用なリスクが多すぎる一手だったではないか。


 馬鹿を演じる狐にしては、考えなしと思えるような行動の数々が長く目立ち過ぎる魔物なのだ。ベルセリウスが立てていた印象は、正しい判断としてこの魔物を見抜いていると言えるだろう。


「俺ぁ長生きしてえだけだよ。それ以外に目的なんかねぇのさ」


 抽象的な言葉を述べる魔物の眼差しは、決して深い謎かけで敵を惑わそうとするような目ではない。単刀直入に己の行動理念を述べた言葉の意味する真意をベルセリウスが計りかねる中、獄獣がふと上を見上げ、何もないはずの採掘場の天井の一角に目線を送る。


「……とはいえ、そろそろ潮時のようだな。ゴグマゴグも召喚されたようだし、ウルアグワの野郎も撤退し始める頃だろう。今日はここまで、ってとこかね」


 獄獣はふうと息をつき、目の前に騎士二人が武器を構えているにも関わらず、葉巻を腰元から取り出してくわえる。眼前の敵を完全に舐め腐ったような態度にも関わらず、ベルセリウスとグラファスが攻め手に踏み込めなかったのは、そんな時になってようやく獄獣が、ここまでの交戦で見せなかった、近付けば命はないと警告する凄まじい覇気を、全身から匂わせたからだ。


 態度に怒りを覚えたわけではなかったが、冷徹にも刀を振り抜いたグラファスの真空波斬が、魔物の口にくわえられた葉巻目がけて飛来する。それに火をつけようとした獄獣が、回避すらせずその葉巻を切断することを許したのは、予想していない攻撃だったからなのか、それとも敢えてのことなのか。


「……こういう態度は、人間どもの礼節の中では非礼に当たんのか?」


「人にもよるな」


 グラファスは淡々とした声でそう言い放つ。それを聞き覚えた獄獣はグラファスの方をゆっくりと見定め、その目を凝らしてその人物を見やる。


「……あァ、思い出したぞ、お前。確か、グラファスって名前だったな」


「思い出して貰えて光栄だ」


「おぉ、俺も思い出せて嬉しいぜ。忘れるにゃあ、勿体のねえ名前だったかもな」


 かつてのベルセリウスと同じく、聖騎士として数多の戦場で数々の魔物を葬ってきた猛将の名を頭に刻み直した獄獣は、過去を思い巡らせて嬉しそうに笑う。そして、その一事ですべてを満足したかのように、はぁと深く息をつく。


 直後、獄獣は跳躍し、その巨体を素早く移動させる。突然の動きに警戒した二人の騎士だったが、獄獣は二人に向かうことはなく、採掘場の一角にある一つの巨大な坑道の入口の前に着地して、振り返ってもう一度両者の顔を見定める。


「お前らが生きて戦場に立ち続けるなら、きっとまた顔を合わせる機会もあんだろうよ。巡り合わせが良けりゃ、ここで決められなかったケリを、その時つけようぜ」


 その坑道の先が、獄獣にとっての逃亡ルートであることは、ベルセリウスにもグラファスにも予想がついたことだ。二人の優秀な騎士が追う意志を見せなかったのは、このまま追ったところであの魔物を討つことは出来ぬと正しく見抜いていたから。いかにこの戦役において最強格の二人が揃ったこの場と言え、あの強豪が博打を踏まず安全策のみをとって逃げるのなら、詰ませるには駒が圧倒的に不足している。


 見送って引き分けを選ぶことしか出来ない二人の心中は穏やかではなかったが、坑道の奥に向けて素早く去っていくその背中を見送り、姿が見えなくなったその瞬間、両者が次にとるべき行動は自ずと導き出されていた。


「撤退だ、グラファス。皆の無事を祈り、この地を去ろう」


「仰せのままに」


 元より勝利を得ることが出来ない勝負だった。言い訳でも負け惜しみでもなく、それが事実だ。憎き怨敵を取り逃がした騎士二人は、胸中に渦巻く私情を正しくいさめ、騎士団の仲間達が待つであろう、プラタ鉱山外部の山岳に向けて、その足を退かせるのだった。











 黒騎士ウルアグワの恐るべきは、その俊敏性にあると知られている。クロードの鉄球棒による横薙ぎの猛撃を跳躍して回避した後、降り立つその場に向かって数々の騎士が群がる。


「ぬしら、常識を捨てい! そやつは宙を自由自在に舞うぞ!」


 物体が落下すれば、ある一定の高さから地面に到達するまでの時間は絶対に決まっている。騎士たる者、それがどれほどの時間を要し、重力がどのような速度で万物を地上に招くかは体が覚えている。その常識に則って、ウルアグワが落下する個所を、着地より一瞬早く切り裂こうと騎士剣を振るった眼前で、ウルアグワは空中でぴたりと動きを止めて自らの騎士剣を空振らせ、その剣を振るって騎士の顔面を真っ二つに切り裂いた。


 その太刀筋ひとつとっても、並の騎士には目にも止まらぬ速度なのだ。突然そばの騎士の顔が割れて血を噴き出させた事象に対し、何が起こったのか目で追いきれなかった未熟な騎士がいると即座に見極めたウルアグワは、すぐさまその騎士に空中を滑るように接近し、その首を瞬時に刎ね飛ばす。


「あ奴の動きが目で追えんかった者は、退がっとれ……!」


 ウルアグワに向かってその鉄球棒を振り下ろすクロードの攻撃を回避すると、流れるような動きでクロードに瞬迅の太刀を向かわせるウルアグワ。鉄球棒の鉄球がついていない方の先、槍で言うなら石突の部分を巧みに操りそれをはじいたクロードに対し、すかさずウルアグワの連続攻撃がクロードに向かって、雨あられのように繰り出される。


 一秒の間に3発も4発も繰り出される剣撃の数々を石突で次々と打ち返し、後退しながらも時にその鉄球棒で反撃を試みるクロード。黒騎士ウルアグワと鍔を競り合う戦いぶりを見せる聖騎士の姿には、上騎士あるいは

高騎士の地位まで辿り着いた騎士の多くでさえ息を呑む。逸話と口伝のみで知る、マーディスの遺産と呼ばれる魔物の力量をいかに自分達が甘く見ていたか、思い知るには充分過ぎる光景。そして、一度も目にしたことのなかった聖騎士の本気を目にし、雲の上の人物だと再認識するにも充分だ。


 両者の戦いに水を差す形ででも参戦するのは、槍を握った一人の法騎士だ。クロードには及ばぬながら、騎士団の中において卓越した実力を持つその人物が、ウルアグワに向けて的確な一撃を横から繰り出す。ウルアグワは上空に身を翻し、不規則な動きでその法騎士に向かって接近し、その首に

向けてその漆黒の剣を振り払う。


 すんでのところで槍を捌いて自らの命を窮地から救う法騎士の手腕は、この場において戦う資格を得るための第一関門をくぐったと言えるだろう。近しい場所にクロードがいるためにウルアグワもこれ以上の追撃はしなかったが、このままウルアグワがこの法騎士に意識を傾倒して攻めたなら、法騎士とてどうなっていたものかわからない。それはこの法騎士自身が誰よりも感じていることだ。


 空中高くに身を逃したウルアグワに対し、恐れもせずに跳躍するクロードは一見無謀とも見える。黒騎士目がけて放った鉄球棒の一撃をかわされ、空中で不安定なクロードをウルアグワがその剣で以って攻撃するも、冷静にその攻撃を武器の柄で受け、衝撃で体勢を曲げられても体を捻って二撃目を繰り出す。その後地面に向かって落ちていく自らの動きが、そのままヒットアンドアウェイの動きになっているため、二撃目をはずしたところで大きな隙が生じないことを、クロードは知っている。


 その予想を覆し、落下するクロードを追うように急降下するウルアグワの動き。隙の多いクロードの頭部を貫くべく突き下ろされた剣の一撃を、クロードは石突を突き上げて迎撃する。鉄球棒の細い石突の一点と、ウルアグワの剣の先端が真っ正面から正確にぶつかり、力を受けて伝えられたクロードの肉体はより加速して地面に近付く。そして着地した瞬間、これ以上の進撃は許さぬとばかりにクロードが上空に振りかぶった鉄球を、引き際を悟ったウルアグワも急上昇して回避する。


 そのまま空中から騎士の一人に向かって直進したウルアグワが、その剣を以ってその騎士の胸元目がけて剣を振るう。思わず剣を振り上げて対処した騎士の剣は運よくその攻撃をはじき返したが、偶然の回避では二撃目に一切の対応が出来るはずもなく、鉄仮面の奥でにやりと笑ったウルアグワの思い描いた通り、次の瞬間にはウルアグワの放った一撃が騎士の首を一太刀に切断していた。


 まさに魔法のように宙を自在に舞い、目にも留まらぬ剣技で次々と同士を葬っていく黒騎士の所業には、戦意を失った騎士も数多い。クロードに命じられたままウルアグワから距離をとって離れた騎士達の判断は正しかったし、その集まりの前に立ち後方の騎士や上騎士を守るために陣を組んだ高騎士の立ち回りは、極めて的確な判断だったと言える。この戦場において刃を交わす資格を持つのは聖騎士クロードと、彼がここまで率いた二人の法騎士のみだ。


 槍を持つ法騎士が、騎士剣を持つ法騎士が、二人がかりでウルアグワに迫っても、素早いウルアグワの剣捌きの前には、なかなかその甲冑ないし鉄仮面まで武器を届かせることが出来ない。日頃部下を圧倒的な実力で鍛え上げてきた優秀な騎士たる法騎士が、これだけ徒党を組んでもなお討伐できない敵がいることなど、騎士団入りした若者には想像にも及ばなかった世界だ。


 戦局を変える起点となるのは必ずクロードの攻撃だ。二人の法騎士が攻めあぐねる中、味方を決して巻き込まぬながら的確なスイングをウルアグワに向けるクロードが、ウルアグワの身を一度退かせる。力及ばぬ弱卒の兵達の命を狙うウルアグワも、高騎士の数々に庇護された騎士達の集まりを見る限り、そちらへの侵攻は見送っている。その気になれば強行することも出来る実力を匂わせながらもそれに踏み切らないのは、目の前にクロードという油断も隙もない精鋭がいるからだ。


「どうした、ウルアグワ! 貴様の術を見せぬのか!?」


 かねてより長く言い伝えられる、ウルアグワの得意とする攻撃魔法が未だに火を噴いていない。常にそれを警戒し、鉄球棒に自らの魔力を注ぎ、対応手段を構えたまま戦い続けているクロードにとっては、その使用はむしろ望むところですらあった。


「見えている手品を見せたところで、貴様も退屈だろう?」


 出しても無駄な手の内を晒さぬウルアグワの判断に舌打ちし、クロードが地上に立つウルアグワに向けて突撃する。攻勢に映ったクロードの鉄球棒のフルスイングが、後方に逃れたウルアグワを空振るものの、鉄球棒全体をぶん回して鉄球と石突を使い分け、連続攻撃を仕掛けるクロードには、ウルアグワとて回避と防御を強いられる。特に鉄球の一撃のみに関しては剣による防御を行わず、回避に徹している辺り、敵が放つどの攻撃が自身の防御限界を超えているかを正確に見極めている。


「その姿に合わぬ実力、貴様ラエルカンの生き残りか?」


「やかましいっ! 貴様のような外道に語る義理は持ち合わせておらぬ!」


 武器を交わせながら低い口調で言葉を放つウルアグワに、怒声を浴びせながら猛撃を振るうクロードの姿は、まさに鬼気迫るもの。小さな体躯の数倍はある気迫を背負っていることが、周囲の騎士達にもまるで目で見えるかのように、クロードの激情がウルアグワを押し詰める。


「マーディス様ご存命のあの頃、貴様のような芽を摘みきれなかったことが悔やまれる……!」


 鉄仮面の奥から一瞬垣間見えた、ウルアグワの一際強い殺気。遠方から見届けていた高騎士の背筋すらわずかに震わせたその覇気のもと放たれた、ウルアグワの反撃がクロードに襲いかかる。


 振り下ろされた騎士剣を両手の間を結ぶ柄で受け止め、クロードの眼光が近くウルアグワを鋭く射抜く。鉄仮面の奥のウルアグワの瞳も、今は眼前のクロードを強く睨みつけているのだろう。


「無駄じゃ……! 貴様が魔力を送り込もうとも、わしの得物は貴様の悪意になど呑まれぬ!」


 ウルアグワの騎士剣を押し返し、クロードがウルアグワに向けて鉄球を斜めに振り下ろす。鉄球は後方に跳ね退いたウルアグワの足先をかすめ、地面を粉々に叩き割る。


 クロードを挟み、彼から距離をとったウルアグワの反対側に、騎士達が集まっている。クロードを乗り越えねば若き騎士達を葬れない布陣が完成したことにウルアグワも諦観を見出したか、クロードの射程範囲外に自らがいることを知った上で、その剣を鞘に収める。


 逃亡を示唆するその行為を目にしても、クロードは追撃しない。ここで聖騎士クロードを単身では完遂できないと察したウルアグワと同じく、クロードもこの場でウルアグワを討伐することには無理があると、悟らざるを得なかったからだ。


「貴様のような人材が残っていたことを読みきれなかった甘さを反省しよう。次に相見える時は、驕りを捨てて貴様らを葬ってくれる」


 そう言い残し、ウルアグワはクロードに背を向ける。そのまま、一歩が人間の歩幅の数倍はあるような跳躍を繰り返し、風のようにクロード達から離れていくのだった。


 その背を見送るクロードは、完全にその姿が見えなくなるまで構えを解こうとしない。恐るべき脅威が去っていくのを見て、後方の騎士達がほうと息をついたその時だ。


「気を抜くな馬鹿者が!! あ奴がここに立ち返ってきた時、ぬしらは自身の力で対処できるのか!!」


 山彦も驚くような怒号が荒野に響き渡り、黒騎士を恐れていた恐怖にも勝るそれが騎士達を襲う。何人もの部下を葬られ、自らの無力を噛みしめるしかないクロードの怒りは、殴るべき矛先を失った今、行き先を失って雨雲まで届いて響く。そしてそれは、これ以上同士を失うことだけは絶対にあってはならないという、自らより力弱き者を守ろうとする聖騎士の血が絞りだす魂の叫び。


「……亡骸を集めよ。それを背負ったら、すぐさま撤退じゃ。しんがりはわしらが引き受ける」


 ウルアグワに葬られた騎士達を見やるクロードの目は、守るべき人を守るための志を持って騎士団に入隊したであろう、若き者達を悼む色に染まっている。自らも彼らと同じくしてこの騎士団の門をくぐった、かつての日を今でも思い返せるクロードだからこそ、その無念に胸を痛めるのは当然だ。


 高騎士達の指示のもと、騎士達が事切れた仲間の亡骸を運び、それらを守るように法騎士が追い、隊全体を守れるように広い視野を持ったクロードが最後に続く。首から上を失った仲間の死体を背負い歩く騎士も、その首を運ばねばならない騎士も、まさしく生気が抜けたような面立ちだったが、それでも僅かでも運命が違えば、彼らの方がそうなっていたことも事実なのだ。そうした現実がある中で、犠牲となった仲間の亡骸を捨て置き撤退することを、クロードは決して部下に許さなかった。


 肩を落として撤退に向けて歩むクロードだったが、ウルアグワが遠方に召喚したであろう怪物と部下が交戦しているであろう事実を顧みる中、その心は目の前の部下達の安全を守らねばならない今、気の焦る想いでいっぱいだった。自身の手が届かぬそこでもまた、犠牲者が生まれているのではと思えば思うほど、強い焦燥感と落ち付けなさが聖騎士の胸を静かに焼く。


 いかに卓越した力を持っていたとしても、人の手はすべてを守れるほど広くない。だからこそ騎士団という志を共にする者が集まる組織が生まれ、力を合わせて戦うのだ。今や騎士団の中においても上位の実力を持つ立場にあるクロードが、今になっても強く思える騎士団に対するその初心は、騎士団に入隊したあの日から強くその胸にあった信念。


 騎士団入隊試験、エレム王国騎士団5つの難題、第三問。騎士として最も必要なものは何か。


 "志を共にして力を合わせ、大願を目指す強い結束力"。若き日のクロードが、強い意志を持ってその回答欄に書き込んだ答えである。


「――疲れておるのが自分だけだと思うな! ぬしらきびきび歩かんか!」


 上官の怒声に恐れを感じる部下達だったが、遠方の同士を案じるクロードの心を包み込む恐怖は、それを遙かに上回って大きなものだった。

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