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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第3章  絆を繋げる二重奏~デュエット~
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第42話  ~プラタ鉱山⑥ 大巨人ゴグマゴグ~



 大巨人ゴグマゴグの危険性は、その巨大さだけですべて感じ取れるというものだ。高さは五階建ての建物と並び、胴体はまさしく岩山そのもののように立ちそびえ、その両腕の太さは大樹の幹より遙かに太い。腕の長さも、たとえばその両腕を左右に伸ばした時、右手の先から左手の先までの距離は、走って十数秒の時を要する距離だろう。


 そんな太く、長く、重い岩石で構築された腕を振り回すゴグマゴグ。速度を得てエネルギーを得たその腕の一撃をまともに受けて、生きていられる人間などいるはずがない。その巨腕の殺人的なスイングに襲われた騎士達がすでに数名、曲がらぬはずの形に曲がった死体となってあちらこちらに転がっている。その位置も極めて不規則にバラバラで、直撃を受けた騎士が、いずれもとんでもない距離を吹き飛ばされていることの裏打ちだ。


 前進の鈍いゴグマゴグではあるが、その単眼が光れば次の瞬間、そこから散弾銃のように放たれる光弾の数々。サイクロプスの放つそれとは大きさも遙かに異なる、大砲の弾のような光弾が次々と騎士達の立つ地に降り注ぎ、爆発と火柱を発生させる。その熱と風に晒されて体勢を崩そうものなら、的確にそんな敵を見定めたゴグマゴグがそこへ光弾を放ち、その人物を焼き払う。


 唯一の弱点を遙か高所に構えて暴れまわるゴグマゴグに、誰もが一向に戦況が良くなる気配を見出せない。そんな中、突破口を導くべく放たれたアルミナの銃弾が、遙か遠方のゴグマゴグの単眼へ正確に向かっていく。


 しかし発射から着弾までに時間を要する弾丸は、ゴグマゴグの余裕のある首の動きによって回避される。巨体に見合って大きな単眼は的が大きいとはいえ、あの急所は意志を持って動くのだ。銃弾を放ったアルミナ自身でさえ、隙を突いてなお射抜くことが難しい的であるとは、即座に悟らざるを得ない。


「開門! 落雷魔法(ライトニング)!」


 単眼のすぐそばに空間の亀裂を召喚したチータが、ゴグマゴグの単眼に稲妻を命中させる。誰がどう見てもゴグマゴグの単眼を貫いた魔法だったが、ゴグマゴグはその単眼を、先程自らに向けて銃弾を放ったアルミナの方向へ、ぐるりと回した。


「駄目だ……! 単眼を魔力でカバーしている……!」


 ゴグマゴグと目が合った瞬間に背筋も凍るような戦慄を覚えたアルミナが、素早く横っ跳びした瞬間、ゴグマゴグの単眼からひときわ大きな光弾が放たれ、少し前までアルミナが立っていた場所に着弾する。次の瞬間、天まで火の粉をまき上げるような巨大な火柱が燃え上がり、雨中の暗い山岳を真っ赤に照らして、騎士達の恐怖心を煽ってくる。


 アルミナの心臓の高鳴りが止まるはずもない。もしもあんなものを受けていたら、骨も残されるかどうかわからなかった。思わず銃を握るその手に力を込め直したのは、今自分が生きていて体を動かせることを無意識に確かめたかったからかもしれない。意図してそうせずにはいられぬほど、自らの死を思い描いたイメージが強くて、頭がそれに支配されそうになる。


 だが、アルミナが起こした次の行動は速かった。銃弾を放ち、ゴグマゴグに一度その命を脅かされたにも関わらず、その単眼に向けて再び銃弾を放つのだ。難なくそれを回避して、アルミナ目がけて先程と変わらぬ爆撃を放つゴグマゴグ。この攻撃もまた危うい所で回避したアルミナを、すぐそばに立ち上る火柱が焦熱に晒す。


 アルミナの体がかたかたと震えているのは、雨に濡れた寒さだけによるものではない。そもそもそんなもの、無心で戦場を駆けて汗を噴く彼女の体が、今さら気に留めているはずもないのだ。


「わかるでしょ、キャル……! ああやって回避するってことは、私の銃弾ぐらいの攻撃でも充分なダメージを見込める攻撃になるってこと……!」


 強がりだろうか。半分はそうかもしれない。しかし不安と恐怖を自らの表情から振り払い、鋭い眼差しでゴグマゴグのみを見据えてそう言い放つアルミナの姿から察するべきは、勝機のひとつは必ず存在するという事実を、聞き捨てさせまいという強い意志。


 それに応じてキャルがその弓を引き絞り、アルミナとは別方向からゴグマゴグの目を射抜きにかかる。矢はゴグマゴグによって容易く回避されたものの、つまりはアルミナの言うとおり、矢がゴグマゴグの目を射抜ければ確実にダメージを見込めるということを、ゴグマゴグ自身が証明しているとも言えるのだ。


 二人の射手を疎んじたか、ゴグマゴグはその単眼から無数の光弾を放って砲撃する。狙いの焦点は二人を中心にされており、自らと、自らの周囲を焼き払う光弾の数々にアルミナとキャルは追い詰められる。


「させるわけにはいかないな……!」


「開門! 封魔障壁(マジックシールド)!」 


 カリウスがアルミナの前に立ちはだかり、彼女に迫る光弾の数々を切り払う。チータの発生させた亀裂がキャルの前で大口を開け、光弾を呑み込んで、キャルがそこを離れた瞬間に爆散する。


「すまないね、君達に無茶を促す頼りない法騎士で。だが、勝機はやがて訪れるはずなんだ」


 背の後ろでひきつった表情を浮かべているアルミナを見返らず、カリウスは落ち着いた声でそう言い放つ。強がり半分の声で味方に鼓舞を促したアルミナとは一線を画し、その声に自信らしきものをほのめかせ、心が弱りかけた者の寄る辺となって見せる姿は、流石に指揮官に慣れた人物のそれ。


 しかし、その言葉は明確に真実なのだ。言葉だけでは不充分。その50パーセントの表現を100パーセントに届かせたのは、その直後、強弓が放ったような凄まじい勢いの矢が、ゴグマゴグの単眼に向かって直進した事実だ。


 傍目から見てもキャルの放つ矢よりも速いそれを、ゴグマゴグは腕を振り上げてはじき飛ばす。その矢の発射点に多くの騎士が目線を向けたその時、カリウスがアルミナに告げようとした言葉の意味が、すべての騎士に伝わった。


 プラタ鉱山戦役に集結した騎士達の中に、法騎士は10人。うち5人は鉱山内へ、2人はクロードに続き、残る3人の法騎士は山岳を個別に進撃していた。その3人の中の1人の姿が、ゴグマゴグを前にして苦戦する騎士達の目の前に現れたのだ。


「苦労してるようだな、カリウス」


「来てくれると思ってたよ、タムサート!」


 軽装の鎧で体と肩、草摺で腰を守り、後ろで黒い長髪をくくった男が、遠方からカリウスに声を届かせた。その手に握られた弓は今しがたゴグマゴグの単眼を射抜こうとした武器であり、射手であることを主張するその装備の傍ら、腰元にも立派な鞘に収められた騎士剣を携えている。


 "闘弓のタムサート"の異名を持つ彼は、131名の騎士を擁するエレム王国騎士団第19大隊の隊長であり、弓や銃の名手である騎士や傭兵で構成される隊を率いる人物だ。その隊に属する多くの者が弓や銃で以って戦う一方、タムサート自身は高騎士にも劣らぬほどの剣の腕を持つ、剣と弓の扱いに等しく長けた、極めて優秀な存在。カリウスよりも3つほど年上ながら、彼よりも遅く騎士団に入隊したことで、カリウスとは古くからほぼ等しい立場で並び立ち、今や大隊を率いる法騎士の地位に立つ男、タムサート=カウロ=ポーシーこそ、カリウスがこの状況において、何よりも心強い救援だと思える存在だった。


 その巨大さゆえ、遙か遠方からもその姿を見届けられるゴグマゴグがこの場に現れたあの瞬間、タムサート法騎士はすぐさまこの地に足を向けたのだ。遠くて近い戦場に彼がいることを知るカリウスは、必ずこの状況に自らが求められていることを、タムサートが察してくれると信じていた。そしてその期待は、裏切られなかったのだ。


「しかしここまでデカい敵じゃあ、一筋縄ではいかねえぞ。あまり期待されても困るぜ」


 タムサートはアルミナを庇いながら引き下がるカリウスと肩を並べ、溜息混じりにそう言った。タムサート率いる80人余りの騎士と傭兵は後方に控えているが、ゴグマゴグの巨大な腕で守られては単眼を撃ち抜くことは難しいと、タムサートは正しく読んでいる。


 次の瞬間、カリウスとタムサートが並び立つその場に向かって放たれる、ゴグマゴグの巨大な光弾。左右に割れてそれをかわす二人の間に火柱が上がり両者を分断するも、旧知の友人である二人はそのままにして言葉を交わす。


「なに、君達がいるなら何とかなるさ! 僕達があの巨人を引きつけるから、決定打は任せたよ!」


「ったく、お前は前を走る割には言動が人任せ過ぎんだよ」


 親友アイゼンが自らの救援に駆けつけてくれた時、ユースの胸を満たした安心感は大きかったはず。旧知の仲間が駆けつけたことへの安心をその表情と声に表わすカリウスの姿は、まさしくその時のユースの心持ちと同じものだったと言えるだろう。


 しかし、状況は良くなったとはいえ微々たる前進。カリウスが地を駆け、ゴグマゴグの注意とその単眼から放たれる光弾を引きつけるが、未だ高くそびえるゴグマゴグの弱点を突く手段には一歩足りないのが現状だ。二人の法騎士がこの戦場に立ったことで、騎士達の心にもいくらかの余裕はできたものの、攻めあぐねる厳しい戦いであることには変わらない。


 タムサート法騎士率いる騎士達が散らばり、様々な角度からゴグマゴグの単眼を狙い撃つ。弾丸や矢がその単眼に向かい飛ぶ。腕を振り回してそれらをはじき飛ばすゴグマゴグは、先ほどよりも攻撃の手数が減ってはいるものの、まだまだ窮地には程遠い立ち位置にいる。鈍重な足を振り上げて地面を揺らしながら前進し、少しづつ騎士達を射程範囲内に入れようと迫る姿は、まさしく圧倒的な威圧感を全身から放っている。


「……キャル。お前、魔法が使えるらしいな」


 遠隔攻撃を得意とする騎士達がゴグマゴグの注意を引きつける中、チータがキャルに駆け寄って小声で尋ねた。ゴグマゴグの動きを見定めるキャルは、振り返りはしないものの小さく頷く。


「どんな魔法が使えるのか教えてくれ。場合によっては、勝機を掴めるかもしれない」


 その声に応じ、キャルは自らの秘術とも言える、魔法の矢についての説明を端的に話した。その言葉を聞いたその瞬間、チータはうんと小さくうなずいて口元を動かす。


「――開門! 落雷魔法(ライトニング)!」


 チータがゴグマゴグの単眼のわずか上に、亀裂を作りだす。しかし、稲妻を放たない。ちらりとその亀裂を見た目線の動きをするものの、意に介する素振りもなくゴグマゴグは、自らに迫る矢や銃弾をはじき返している。


 直後亀裂から発射される稲妻を受けても、単眼はびくともしない。魔力によってその単眼を守るゴグマゴグの魔力は強固なようで、不意打ちの小さな魔法攻撃では通じぬどころか、相手にもしないとチータは確信した。


 それでいい。そう小声でつぶやいたチータはある一方に向けて駆け出し、目まぐるしく動く戦況の中にあって慌ただしく駆け回る一人の人物を引き止めた。立ち止まったその人物が何の用かと怪訝な表情を浮かべたものの、チータは今思いついた策を、必要である協力者に端的に説明した。


 協力者は、銃に弾を込め直して戦場を再び駆ける。これで必要な手駒は揃えられた。ゴグマゴグから遠く距離を取ったチータは、そこで自らの魔力を練り上げ、作戦決行に向けて準備を整える。前方で、ユースやガンマもゴグマゴグの動きを引きつけられないかと戦場を駆け回っている光景を見やりながら、その尽力に報いる結果を出してやろうと意気込むチータ。彼も今や、第14小隊の一員としての確固たる意志を持つようになっていた。


 騎士達を射程範囲内に入れたと確信したゴグマゴグは、その巨腕を振り回し、すべてをなぎ倒そうと襲いかかってくる。こうなれば後ろに下がって回避するしかなく、いずれもあわやというところでゴグマゴグの攻撃をかわした騎士達は、死と隣り合わせの状況に身震いするしかない。


「ひしめく闇を貫く幾閃の矢、我が魂を飛び立ち空を貫け……!」


 そんな中、チータの真上上空点を中心に、地面に平行な正八角形を作る点を8つ作るような位置取りで、黄色く光り輝く亀裂がその数生じた。落雷魔法(ライトニング)の魔法を放つ亀裂に酷似したその亀裂の数々は、次のチータの声に応じてその魔力を放つ。


「開門! 落雷魔法陣(サンダーストーム)!!」


 勢いよく稲妻をまっすぐ地面に放つ8つの亀裂。8筋の稲妻は、チータが立つその地点を中心とした広い正八角形の角を描くような8点を貫き、放ち続けられた稲妻が強い光を放っている。巨大な光の柱が突然戦場に現れたことに、騎士達のほとんどが、ゴグマゴグさえもが彼の方に注視する。


「――行け!!」


 杖を前方に振るって声を放つチータに応じ、亀裂の数々がゴグマゴグに迫る。稲妻は地面を抉りながら直進し、ゴグマゴグとチータの間にいる騎士達も驚いて逃げ惑う。手前勝手だと自覚はしていたが、騎士達も回避してくれるだろうとチータは決め込んでいて、それは叶った。


 八筋の稲妻はゴグマゴグの単眼を中心に回転し、ゴグマゴグの全身に稲妻を当てながら光を放つ。肉体への稲妻、あるいは時に単眼にぶつかる稲妻の火花を受けても、ゴグマゴグにはたいしたダメージが通っているようには見えない。ゴグマゴグもそう認識していたが、いささか視界を遮られるこの攻撃には疎ましく感じたようで、稲妻の数々の間から垣間見えるチータに目線を向けると、その単眼からチータへの光弾を放とうとする。


 その僅か直前だった。戦場のある一点、それもややゴグマゴグに近い場所から、ゴグマゴグの単眼に向けて放たれる、一筋の光の矢。それは、キャルの魔力によって生じさせられた、矢を持たない時に魔力の塊で構築した矢を放つ、キャルにとっては切り札ともいえる魔法だった。


 稲妻の数々に遮られる視界でも、なんとかそれを視認したゴグマゴグだったが、それが魔力のみで構成された、実弾なき矢だとわかれば意識にも留めない。キャルの放つ魔法の矢はゴグマゴグの単眼に当たるものの、魔力をはじき返すゴグマゴグの防御魔力に弾かれて消えてしまう。


 次の瞬間だ。魔法の矢のわずか後ろに隠れて、キャルの矢を追う形で風を切って進んでいた一発の銃弾が、魔力を持たぬ実弾としてゴグマゴグの単眼に直撃する。岩石に近い硬度を持つとはいえ、急所に銃弾という強烈な一撃を受けたゴグマゴグは、いったい何が起こったのかもわからぬままにその上体をのけ反らせ、首を振って悶絶し始めた。


「当たった……!?」


「大丈夫……上手くいったみたい……!」


 落雷魔法陣(サンダーストーム)の魔法でゴグマゴグの注意を引き、視界を遮り、その隙にキャルが放つ魔力の矢。それを同じ軌道で追う協力者の銃弾――アルミナの攻撃を直撃させる作戦は、功を奏した。元より息の合う二人が戦場を駆けながら、同じ地点に並んだその一瞬、望まれた軌道のとおりに魔法の矢と銃弾を放つコンビネーションの完璧さは、チータの期待を遙かに超えていたものだっただろう。魔法の矢に完全に隠されたアルミナの銃弾を視認できなかったゴグマゴグは、思わぬ一撃に悶絶していた。


「法騎士様、今です!」


 チータの叫びよりも早く、その隙を見逃さず駆けたカリウス法騎士だ。素早くゴグマゴグに接近し、巨体の腕に飛び乗って、長い腕を駆け上がるように進んでいく。それに気付いたゴグマゴグが腕を振り抜いて、カリウスを振り落とそうとするものの、僅かに早く足元を蹴ったカリウスは、ゴグマゴグの腰元の出っ張りや、腹部にある突起を蹴ることを繰り返し、どんどん単眼に迫っていく。かつてコブレ廃坑でシリカがサイクロプスを討伐する際に見せた動きの発展版が、ユースの目の前で演じられている。


 そして、あっという間にゴグマゴグの眼前空中上にその身を導いたカリウス。それを認識したゴグマゴグが、至近距離の光弾でカリウスを撃ち落とそうと目を光らせるものの、カリウスが持つ二本の剣がゴグマゴグの単眼を×の字に切り裂く方が早く、ミスリル製のカリウスの騎士剣がゴグマゴグの急所に深い傷を刻みつけた。


 すぐさまゴグマゴグの額と言えそうな場所を蹴って空中に身を投げだすカリウスだが、サイクロプスと戦った時のシリカとは違い、高さに相当な違いがある。このまま地面に真っ逆さまではその身が危ない。


「合図ぐらい送れよな」


 タムサート法騎士が、カリウス法騎士の落ちる先、空中に向けて矢を放つ。その矢とカリウス法騎士の足の裏が触れたその瞬間、まるでその矢を踏み台にするようにカリウスが空中で軽く跳ぶ。しかしそのまま、また落ちていく。その先の足元へ、またタムサートの矢が放たれて置かれる。


 カリウス法騎士の足のちょうど裏に矢が置かれるようなことが繰り返されて、段差の高い階段を降りるかように、カリウス法騎士は安全に地面へと降り立った。すぐさま傷の痛みに暴れるゴグマゴグから離れるように跳ぶと、カリウスはタムサートの隣に立ち並ぶ。


「相変わらず頼りになるよ、君の先人天駆(リフトアロー)は」


「魔法だけじゃなく俺の腕前あってこそだ。褒め言葉がひとつ足りねえぞ」


 足場に変わる魔力を帯びながら空を駆ける矢によって、前衛の騎士が空中で望む動きが出来るよう後援するタムサートの魔法、先人天駆(リフトアロー)。寸分違わず味方の足元に矢を置きに行けるその手腕はまさしく見事の一言であり、同じく弓を扱うキャルの目が、尊敬心を強く抱いた色に染まってタムサートを見定めていた。


 単眼に決定的な傷をつけられたゴグマゴグは、やがてその動きを止め、断末魔のサイクロプスとよく似通った動きを描いたと言えるだろう。このまま命を失い、ゴグマゴグの肉体を構築していた岩石が崩れ、ばらばらになるものだと、この場にいる誰もが確信に近い想いを抱いていた。


 しかし、その直後のことだ。×の字に刻まれた傷を持つゴグマゴグの単眼が、憎きカリウスを再びぎょろりと見降ろし、その事実を視認したカリウスが全身の毛を逆立てた直後、その単眼から先程まで放っていた光弾よりも遙かに大きい、人一人を呑み込めるような径の光弾が発射された。


 素早く地を蹴って横に身を逃がし、光弾を回避するカリウスとタムサート。特大の火柱が火の粉を巻き上げ、離れた位置のゴグマゴグの肉体を照らす中、赤々とした光に照らされたゴグマゴグの単眼は、照らされた色に似つかわしく激しい怒りを宿していた。


「みんな下がれ! 危険だ!」


 危機を悟ったカリウスの叫び声が戦場に響くや否や、ゴグマゴグはその両腕をめちゃくちゃに振り回し、暴れ始めた。長い腕のスイングが突風にも近い風をまき起こし、地面を殴った瞬間にはその地点を砕き、土と石を飛散させる。単眼に刻んだ傷はゴグマゴグに確かなダメージを与えたが、その傷は浅くとどめを刺すには至れず、激怒したゴグマゴグが凶暴性を増して襲いかかってくる。


 逃げ遅れた騎士が数人、ゴグマゴグの巨大な腕に巻き込まれて吹き飛ばされる。完全に、自分の方に敵が迫ってくれば逃げられないというだけの、運のみで自らの生死を左右される形を強いられる騎士達。カリウスとタムサートの号令に従い、ただゴグマゴグから離れる方向へ全力で駆けて逃れる騎士達は、蜘蛛の子を散らすようにゴグマゴグから逃れるしかなかった。


 そして騎士達が、ゴグマゴグから離れるべく逃れ惑う中のことだ。ゴグマゴグが一人の対象を見定め、まるでここまでその人物を探していたかのように、はっきりと意図ある目の動きで凝視した。


「やだ、ちょっと……わ、私……!?」


 ゴグマゴグがアルミナに向けて、巨大な光弾を放ってくる。ぞっとしながらも回避したアルミナであったが、彼女が逃げたその先を追うように、再び光弾を放ってくるゴグマゴグは、明らかにアルミナを狙い撃っている。自らの単眼を傷つけた銃弾を放った人間を、あの一瞬でしっかりと視認していたゴグマゴグは、アルミナにとっては最悪なことに、その人間を恨みの対象として憶えていた。


「アルミナ……!」


「きゃあ、っ……!?」


 アルミナに向けて放たれた4つ目の光弾の火柱が、アルミナの逃げ足をかすめ焼く形で、アルミナをつまづかせる。地面に倒れたアルミナが、恐怖に満ちた表情でゴグマゴグを見やったその時には、すぐには立って動けぬ少女に向け、ゴグマゴグがとどめの一撃を放っていた。


 明白な死の予感にアルミナの頭が真っ白になった瞬間、その眼前に立ちはだかった一つの影。その人物の背中を目にしたアルミナにはそれが誰なのかはわからなかったが、そんな彼の姿を見た遠方のチータ、ならびに第14小隊の仲間達の表情が一瞬で青ざめた。


「ユース!? お前……!」


「アルミナ、上手くいかなかったらごめん……!」


 自ら練り上げた魔力をその盾に込め、ゴグマゴグ放つ光弾から少女を守ろうとした少年騎士は、意を決した表情で、迫り来る光弾から目を逸らさない。マジックシールドを召喚するにも間に合わないそのタイミングに、思わずチータもその人物の名を叫ぶ。


 大砲の弾のような光弾が、ユースの構えた盾に衝突する。ユースがその霊魂を振り絞り、不慣れながら盾に纏わせた魔力が、対象にぶつかった瞬間に爆発して火柱を起こすという、ゴグマゴグの光弾が持つルールに接触する。盾に着弾した光弾は、ユースの決死の魔力にその法則を乱され、物理的な力を以ってユースの盾を押し込んでくる。


 踏みとどまることに自らの意識を傾倒したその瞬間、ユースの盾に纏わせていた魔力が著しく乱れた。その次の刹那、光弾が強い光を放って破裂する瞬間を、自らが死に瀕したと察知したユースの目が、まるで数秒の出来事のように長く頭に伝えた。


 轟音が戦場に響いた直後、爆風に吹き飛ばされたユースとアルミナが、後方の地面に打ち付けられる。間近くで爆撃を受ける形となったユースは遠方まで転がり、アルミナはそのユースとゴグマゴグの間の地面に転がされる。


 目の前の光景に、全身の痛みを忘れたかのようにアルミナは跳ね起きて、ユースを案じるように駆け寄った。自らを守ろうとしてくれた少年騎士が、勢いよく吹き飛ばされて無残に地面へ転がった姿に、アルミナの表情は今にも泣きだしそうな当惑に満ちている。ユースの名を叫びながらうろたえる今の彼女に、後方のゴグマゴグに気をかける余裕などあるはずもない。


 容赦なくそんなアルミナを、ならびに彼女のそばに倒れたユースごと爆撃すべく単眼を光らせるゴグマゴグに、チータが二人を守るための魔力をかき集める。直後、ゴグマゴグの単眼から光弾が放たれ、動けぬ二人に襲いかかった。


「開門! 封魔(マジック)……」 


「無茶し過ぎだ、少年」


 光のごとくチータ達を追い抜いて駆けた一閃の人影。それは次の瞬間には、アルミナ達とゴグマゴグの間に横入りし、ゴグマゴグの放った光弾をその手に握る長い槍で勢いよく切断した。


 その人物の槍で切り裂かれた光弾は、二つに割れてそのまま直進し、ユース達のいる場所から離れた二点に着弾して火柱を上げる。それをその目で見届けたアルミナが、何が起こったかと後方を、ゴグマゴグがいた方に目線を送ると、その目の前の光景を遮っていたのは、ゴグマゴグと自分たちの間に立っていた大柄な男。


「お前に言ってんだぞ、ユース。お前らしくはあるけどな」


 振り返ったその男がクロムであることに気付いたユースは、倒れたその身を上半身だけ起こし、緊張の糸が切れたかのように肩から力を失ってしまう。直後、地面に叩きつけられたばかりの全身に鈍い痛みが走り抜け、その表情を苦痛に歪めてしまう。


「無茶すんな、って言われてんだろーがよ。寝とけ寝とけ」


 上体だけ起こしたユースの両肩を持って、地面に向けて寝かせつける、あるいは叩きつけたのはマグニスだ。その強引な力に余計痛みを感じたユースはくぐもった悲鳴をあげたが、その直後にユースの視界に飛び込んできた一人の人物が、一瞬でユースの表情を固くさせた。


「……遅くなった。すまなかったな」


 戦場における彼女としては初めて見るような、優しい瞳でユースを見下ろすその表情。一瞬誰かと思ったものだが、それがシリカだとわかった瞬間、寝てろと言われていたはずのユースは思わずまた上体を起こしてしまった。


 わかりやすい奴だなぁ、と、マグニスがしっしっと笑う傍ら、シリカはユースの頭に手を置いて、力強い眼差しでゴグマゴグを見定めていた。


「……そこにいろ。あとは、何とかしてみせる」


 数々の難敵を破ってなお、休む間もなく戦場を全力で駆け抜けてきた法騎士は、息を切らしながらも明確な声でそう言い放つ。魔王マーディスの遺産が生み出した怪物ゴグマゴグ、エレム王国騎士団が誇る3人の法騎士。やがて訪れる決着に向け、すべての役者がこの地に踏み揃った。

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