第41話 ~プラタ鉱山⑤ 宿敵との再会~
魔物達の血で染まり、すっかり赤黒くなった鉄球棒を片手にクロードが、眼前遠くの敵をその目に見据えている。彼の後ろには緊迫した面持ちで剣を構える騎士達が何人も立ち並び、たった一人の魔物に対してこの人数で緊張感をあらわにする騎士達の表情は、傍から見た光景としてはいささか警戒し過ぎだと捉えることも出来そうだ。
クロード達騎士団の周囲には、黒騎士が差し向けたジェスターの群れの亡骸が無数に転がっている。その数たるや50を超える魔法使いの集団だったにも関わらず、その全てが今となっては動かぬ死体となって倒れていることから、それらを討ち破った騎士団の精鋭達の実力は、計って知れるというもの。それを目の当たりにしながら焦りも動揺も見せない黒騎士の余裕が、この場にいる誰の目にも明らかに映るほど明確に表されていた。
エレム王国騎士団の戦士達を首を傾けて眺める魔物。"黒騎士"の異名を以って強く忌み嫌われたその人物は、真っ黒な甲冑と鉄仮面に全身を包み、肌の色も表情も一切晒さない。腰元に下げた黒い鞘に収まった騎士剣に手をかけるでもなく、殺気を匂わせぬ風貌が不気味さを醸し出している。
「――ウルアグワよ。おぬし、何を企んでおる?」
黒騎士を除いてこの場にいるすべての敵を打ち倒したクロードは、黒騎士に言葉を投げつけた。ウルアグワと呼ばれた黒騎士は何一つ答えず、動かず、騎士達の耳に入るのは雨音のみ。かえって沈黙が際立たされるというものだ。
「黙秘を貫きたいならばそれもよかろう……!」
クロードが武器を構え、地を蹴って黒騎士に近付くべく足を動かした。しかしその瞬間、黒騎士ウルアグワの掌がクロードに向けられ、その手が魔力による波動と風を起こす。
決して動じる必要のない、単なる強風だ。だが、黒騎士ウルアグワがここで初めて動きを見せたことに対し、前進を一旦見送ったクロードはそのまま風を受ける。
「……動かぬから、鎧だけを置いた傀儡かと思うたぞ」
風に押された雨粒を全身に受け、口の端を上げてそう言い放つクロードの正面、離れた場所でウルアグワはその手を降ろす。そして不意に、鉄仮面の奥からもその表情がうすら笑いを浮かべているのがなんとなく感じられるほどに、ウルアグワの全身から敵を見下したような気質が浮かび上がる。
「お喋りは負け役の専売特許だな」
直後、ウルアグワの全身を取り巻く魔力が色濃く輝き、同時に甲冑の奥から滲み出る黒騎士の放つ瘴気が、悪意に敏感なクロードの第六感を激しく刺激する。
次の瞬間、突然遠方に震源地を持つような地響きが、クロード達の足元を襲う。その地響きの意味するところを理解しかねる騎士達は、目先の敵の動きを注意深く見て隙を見せまいとするが、クロードの反応だけは違っていた。その表情に、目に見えて焦燥感を張り付かせる。
「貴様……!」
「歓迎する。ここまでわざわざ、死兵となりに来てくれた客人よ」
サイクロプスを盾に逃げ惑っていた最後のジェスターの頭部を、アルミナの弾丸が撃ち抜き、地面に落ちてその魔物が灰になっていく。カリウスに単眼を切り裂かれて動かなくなったサイクロプスを踏み台にして、より高い場所から騎士達に光弾を放つサイクロプスが、騎士達の手を焼いている。
すかさずその単眼に向けて矢を放つキャル。キャルの魔力を纏い、貫通力を増した矢は、サイクロプスの頑強な単眼な貫く威力があると、少し前に証明されている。サイクロプスもこの攻撃には警戒をはずせず、体をひねって矢から単眼を逃れさせる。
その動きを見越したかのようにガンマの斧がサイクロプスの足を叩き壊し、巨体を支える柱の一つを失ったサイクロプスが傾く。なんとか体勢を保とうとするサイクロプスだったが、それに意識を傾けた結果、上空からその単眼に迫るカリウスの動きを追いきれない結果に落ち着く。
満を持して二本の剣でサイクロプスの単眼を×の字に切り裂いたカリウスによって、やがてそのサイクロプスも悶絶したのち、動かない岩石の塊となる。はじめ三匹のサイクロプスを目の前にして戦慄をあらわにした騎士達も、敵の全滅を目にして、その恐怖を乗り越えて得た勝利に思わず雄叫びをあげずにはいられなかった。
カリウスが額に流れる汗を拭い、ひと息ついたその瞬間のことだった。一難去ったこの戦場を次なる脅威が襲うことを如実に語る大きな地響きが、カリウス達の立つ高原を突如襲う。
「な、何……!? この揺れ……!」
「周囲に目を配れ! この揺れは……」
サイクロプスの討伐に喜びを表わしていた騎士達の表情が一瞬で急変し、強い緊張感と戦慄に心を掴み取られる。この揺れは、サイクロプスの上位種が地を揺らして地面から現れる時の揺れに近いものだ。揺れに動揺するアルミナに応えるように、それを知るカリウスが叫んだ次の瞬間、ある騎士の足元の地面が割れ、そこから巨大な岩石の槍が現れた。
地面から飛び出した岩石の槍がうごうごとうごめき、形を変えて、三本の指と広い掌を持つ手のような形になる。そしてその手が地面に手をかけ、次の瞬間にはそこからわずかに離れた広い一角の地面に、さらに大きな別の亀裂が走る。
地割れのような広い地面の亀裂に、その上あるいはその近くに立っていた騎士達は、恐怖を抱くとともにそこから離れる。やがてその亀裂が意味する魔物の登場がわかりやすい形で騎士達の目の前に訪れた時、ここまで快進撃を進めてきた騎士団に、最大の窮地が訪れたことを知らしめた。
「なあ……ちょっとこれ、シャレになってなくね?」
「あ、あはは……デカすぎ、よね……」
引きつった笑いを浮かべるガンマとアルミナ、騎士達の目の前に現れたのは、五階建ての建物にも並ぶであろう高さを持つ、とてつもなく巨大な岩石の魔物。地面を突き破って頭を出したその魔物は、サイクロプスと同じく単眼を持ち、そこが急所であると示唆する一方、あまりに高い位置にそれを持つゆえに、そこを攻め落とす困難を一目で感じさせるほどである。
魔王マーディスの遺産と呼ばれるウルアグワが、その知識を傾倒した末に生み出した、最強の岩石巨人。サイクロプスの上位種である、タロスと呼ばれる魔物をさらに超越した、ゴグマゴグと名付けられた大巨人が、カリウス達の前でぎょろりとその単眼を動かした。
その圧倒的な存在感に誰もが身をすくませる中、ゴグマゴグの単眼が光る。そしてその直後にその単眼から、大砲の弾のような光弾が何発も発射され、騎士達が立つその空間に着弾した光弾の数々が火柱をあげて火の海を作りだす。
ある者は眼前の敵の巨大さに呑まれたか、回避すらままならずその身を焼かれ、ある者はそれでも身を翻して回避するものの、直後別の光弾に撃ち抜かれて炎に包まれる。たった一度の攻撃で、10名余りの騎士を戦闘不能にしたゴグマゴグが、高い位置から騎士達を見降ろしてたたずんでいる。
魔王マーディスの遺産が潜むと言われていたプラタ鉱山。警戒すべきはその魔物の親玉達だと、たかを括っていた騎士達の認識は一瞬で覆されたことだろう。黒騎士ウルアグワが生み出した傑作は、警戒心を一部に傾けていた未熟な騎士達にとって、恐るべきイレギュラーとして眼前に現れた。
遠方で、そんな存在が突然現れたことはクロードにも察することが出来た。デッドプリズナーやサイクロプスのような、本来命を持たぬはずの魔物を数々作り上げてきた黒騎士の手によって、遙か遠くの味方のそばに、凶悪な魔物が召喚されたこと。それは、ウルアグワを追うあまりその地から離れ、その地への救援の間に合わぬ"死兵"と自らがなったことを示唆した、ウルアグワの発言からも充分に推察できることだ。
してやられた。ウルアグワは、勇騎士や聖騎士のような強敵を、その手で葬る意図は無かったのだ。力の及ばぬ若い騎士を、自慢の魔物で一斉殺戮することが目的であり、聖騎士クロードのような騎士団の中でも力を持つ者をここに誘い込んで、その邪魔をさせぬことに狙いがあったのだ。
「さて、貴様にとっては願ってもない好機だな。私を討つチャンスではあるのだから」
クロードは表情を動かさない。部下の救援に間に合わぬことはともかく、ここで目の前の黒騎士を討伐することが出来れば、それは人類にとっては余りある前進となる。ウルアグワが示唆するのは、つまりそういう意味だ。
それが容易に叶えられるものではないと、クロードも正しく認識している。皮肉を作る形でクロードを挑発するウルアグワだったが、クロードの表情は先ほど見えた焦燥感を消し、静かな闘志を秘めた戦士の瞳を両眼に宿している。
「今度は私が雄弁で、貴様が沈黙か?」
ウルアグワはその言葉を締めとしたか、腰元の漆黒の鞘から長い騎士剣を抜く。数多の者の血をすすり、赤を通り越して真っ黒に染まった剣身は、雨に濡れて鈍く輝いている。
クロードはふんと鼻を鳴らし、言葉を返す道を選んだ。
「二兎を追う者は一兎も得ず。わしは、わしのすべきことを為すのみじゃ」
今からウルアグワが召喚した魔物の元へ、部下の救援に向かっても間に合わないだろう。仮にそれを望もうと踵を返しても、足止めにウルアグワが積極的になることは読めている。ウルアグワが得意とする魔法が、そうした目的に対し秀でていることも、クロードはよく知っている。
遠く離れた部下を信じる。自らが救出に向かわねば部下が命を失うことを確定づけるような考えは、クロードは傲慢な思考だと切り捨てた。鉱山外、最強の兵である自らが今為すべきことは、長年騎士団から的確な逃亡を続け、所在の知れなかった強き魔物を討伐するこの好機を活かすこと。指揮官の立場としてすべきことは多岐に渡るが、一人の騎士として誰もが持つはずの、機を掴まば敵将を討つべしという大きな目的の初心に返り、その戦意を黒騎士ウルアグワに向けるのだ。
「単細胞め。騎士団は難敵揃いだな」
全身から放つ魔力を纏う黒騎士に向かってクロードが突進し、彼の後方に立つ騎士達も、クロードを追う形で黒騎士に迫った。
ベルセリウスの斬り捨てたオーガの死体の数々を跳び越え、一匹のトロルの懐に飛び込んだグラファスがその刀を振るう。オーガキングの脇に立つトロルはその一撃によって胴体を真っ二つにされ、そのグラファス目がけてオーガキングが金棒を勢いよく振り下ろした。
それを後方に跳ねて回避したグラファスと息を合わせたかのようにベルセリウスがオーガキングの元へ飛び込み、鋭い騎士剣の一撃をオーガキングに向かわせる。見るからに重々しい金棒を振り下ろし、地面を砕いた後にも関わらず、すぐさまその金棒を振り上げベルセリウスの一太刀をはじき返したオーガキングの瞬発力と怪力たるや、それがオーガとは比べものにならない実力者であることを、如実に語る行動だったと言えるものだろう。
しかし剣をはじかれたベルセリウスは、そのままの勢いを以ってして、即座にそばのトロルの元へ接近し、虚を突かれたトロルは為すすべなくその騎士剣によって首を刎ねられる。柔軟かつ変幻自在の矛先を持つベルセリウスの戦い方は、こうしてこの場に集った魔物達を葬ってきた。敵将を討つのが目的とはいえ、隙あらば敵を悉く淘汰していくその視野の広さは、指揮官を任されるにも勇騎士の名を名乗るにも相応しい力量であると言える。
生き残ったトロルは怒りを露にし、その手に魔力を集わせる。そしてその両手を振り上げ、地面に向かって両拳を叩きつけたその瞬間、地面が激しく揺れてベルセリウスとグラファスの足元が一瞬不安定さに襲われる。オーガやミノタウロスにも負けずとも劣らない怪物トロルが、地面を揺らす微震魔法の魔法を人間達の足元を崩しにかかれることが、この魔物が魔物の群生地で最も恐れられる所以そのものである。
巨体とずっしりとした重心を持つオーガキングは、この揺れにも動じることなくグラファスに駆け寄って、その金棒を振るう。いかに切れ味鋭い刀と剛腕に自信があるとはいえ、怪物オーガキングと真っ向から力比べで武器を叩き合わせてでは、人間に勝ち目があるはずがない。グラファスは揺れる地面に足を取られつつも、後方に飛び退いてオーガキングの金棒を回避した。
すぐさま刀を振るい、トロルに向けて遠方の敵を切り裂く奥義、真空波斬を放つグラファス。この技で数多のオーガを切り裂いたグラファスを見届けていたトロルは、自らの首元に迫るグラファスの放った斬撃に反応し、身をかがめて回避する。トロルに向かって飛来するグラファスの刃は、トロルのぼさぼさの髪の毛をかすめ、後方の岩壁に深い傷をつける。
次なるグラファスの連続攻撃を即座に警戒するだけには、トロルもこの戦場においては適切な判断を下せる頭がある。しかしその読みが悪い意味でミスリードになり、直後そのトロルの方向に向けて跳躍していたベルセリウスの動きは、グラファスに意識を傾けていたトロルの視界に入っていない。トロルが自らに迫っていたベルセリウスに気付いたその瞬間には、ベルセリウスの騎士剣が上空からトロルに向かって振り下ろし、頭から股にかけてを真っ二つにしてしまっていた。
すべての配下を失ったオーガキングだったが、怒りを目に漂わせはするものの、動揺はうかがえない。金棒を振り回し、ベルセリウスとグラファスを一度後方に退けさせるその姿は、手駒を失っても決して揺らがず、我が力のみで目の前の敵を葬ることに傾倒する、この場の将たるオーガキングの勇猛さを顕著に表わすものだったと言えるものだ。
そのオーガキングに先に接近したのはベルセリウスだ。まずオーガキングの首元目がけてその剣を振り抜き、それを止めようとオーガキングが金棒で以って剣をはじき返す。直後には地を蹴ったベルセリウスがオーガキングの脇元を駆け抜け、その脇腹に深い傷を残して後方へ走り抜ける。その痛みにオーガキングが気を取られた瞬間には、遠方からグラファスの放った真空波斬が、オーガキングの首元に向けて空を駆けて行く。
虚を突くにはあまりにも絶妙な真空波斬の一撃さったが、それを見逃さず身をよじって回避したオーガキングの身のこなしは、鈍重で力任せな戦い方を好むオーガと同じ種族だとは、到底思えぬ能力だ。さらに直後、自らの後方から迫るベルセリウスの気配を察し、金棒を後方に振るってベルセリウスに回避を強いてくる。魔物ながらオーガキングの戦いぶりは、年若い騎士達が見れば参考にしていいほどの立ち回りである。
オーガキングの金棒を跳躍してかわしたベルセリウスは、真っ直ぐにオーガキングの頭部に向かいその剣を振るった。側頭部からオーガキングの急所を切断する狙いの、横薙ぎの斬撃さえも身をかがめて回避してみせたオーガキングは、直後金棒を振り上げてベルセリウスを殴り飛ばそうとする。しかし、ベルセリウスの放った奥の手が完全にオーガキングの読みをはずし、金棒は単に空を切る。
何もないはずの空中を蹴って、さらなる上空に向かって跳んだベルセリウス。彼が最も得意とする浮遊歩行の魔法は、地を蹴るのと同じように空中に蹴る場所を作りだし、動きが制限されるはずの空中での体捌きを自由自在のものとして、敵を翻弄する有力な手段である。そうしてオーガキングの大振りの金棒を回避したベルセリウスは、そのままオーガキングの頭部に向かってその身を落とし、その騎士剣をオーガキングの頭頂部に体重ごと預けて突き刺した。
決定的な一撃にオーガキングが動きを止めたその直後には、剣を引き抜いたベルセリウスがオーガキングから飛び退いてグラファスの隣に降り立つ。やがて全身から力が抜けたかのようにオーガキングが倒れてからようやく、ベルセリウスはふうと息をついてみせた。
「……オーガキングらしからぬ、判断力と立ち回りでしたな」
「ああ。魔物達も進化し続けていると見える」
かつて魔王マーディスが存命し、魔物達がエレム王国を脅かしていた頃、オーガキングといえどもここまで利口で強い魔物ではなかったはずだ。あの日何度も戦場を駆け、二人並んで戦うことが多かったベルセリウスとグラファスは、それこそオーガキングとは腐るほど戦ってきた。確かに戦闘力は高いオーガキングではあったが、合理的な動きには欠ける魔物だったはずだけに、二人が長らく持っていたオーガキングに対する認識が、今になって陰りを見せている。
「マーディスがいなくなって手駒が随分限られるようになったからな。最近は配下の連中を鍛えて、あの頃よりも使えるようにしてんだわ」
突如、坑道の奥から響いてくる重い声。ベルセリウスとグラファスの会話を遠くから聞いた上での発言と思しきその言葉は、その声の主の地獄耳を物語るとともに、そうした特性を持つある一匹の魔物を、二人の脳裏に思い浮かばせた。
敵のイメージが頭の中に描かれた瞬間、ベルセリウスとグラファスが抱いた緊迫感たるや相当なものだ。そして彼らの想定を、良くも悪くも裏切らぬ魔物が、ベルセリウス達が待ち構えるこの第4採掘場に、重い足音をたてながら現れた。
「よお、ベルセリウス。隣にいる奴は……ええと、何つったっけな。顔に憶えはあるんだが」
赤黒い全身は岩石を思わせるごつごつした筋肉に包まれ、家屋の天井まで届きそうな高さを持つ背丈に反して、大き過ぎる四肢と胴体がその体型を、縦長ではなく正方形に近付けさせている。真っ黒で曲がった長い角は牛のそれとも悪魔のそれとも思えるもので、手首と足首に装着した刺突きの輪もその魔物の攻撃性を匂わせることを手伝っている。何よりその背に背負われた、巨体に劣らず巨大な戦斧は、殺意の象徴そのものだ。長く太い腕と脚は、弾丸すら通さないかと思えるような筋肉で包まれており、一枚岩のように大きな胴体を包み込む鉄の鎧は、単なる着飾り程度にしか見えないものだ。鉄とその肉体、どちらが頑丈そうかと言われれば、鉄が劣って見えるのだから。
牙のはみ出した大口をにやりと曲げ、先程まで吸っていた葉巻を投げ捨ててるその魔物は、エレム王国騎士団が長らく追い続けたマーディスの遺産の一角。かつて"獄獣"の異名で恐れられた怪力無双の魔物の鋭い眼光が、ベルセリウスとグラファスを威嚇する。
「あァ、別に名乗らなくていいぞ。名を知る価値があると思ったら、俺から尋ねる」
グラファスを鼻で笑うような所作を見せた後、魔物はそう言い放つ。プラタ鉱山に潜む魔物達の首領であると見て間違いないこの魔物こそ、ベルセリウスが知る魔物の中でも最強の存在であり、かつて魔王マーディスを討伐した身であっても気を緩められない敵。その傲慢な態度さえも、それに裏打ちさせる実力を思い返せば、不遜どころか堂々とした態度だと感じてしまうのだ。
「……ボルモード法騎士を亡き者にしたのも、貴様だな」
グラファスの言葉が、魔物達の首領、獄獣の耳に届く。獄獣はその言葉に首をかしげたが、察しが悪くないか心当たりに辿り着いたようで、にやりとその口元を歪める。
「ハルバードを握った甲冑騎士のことか? あれは中々の強さだったな」
タイリップ山地の戦役で鉄仮面を叩き割って葬った法騎士の名を、今さらながらに知った獄獣は、何が面白いのか嬉しそうに笑っている。仲間を殺した魔物のうすら笑いはベルセリウスやグラファスの心に強い不快感を落とし込んだが、両者とも戦場において自らの精神状態を正しく保ち、感情に足を引っ張られない戦い方は心得ている。
「……ここで終わりだ。ボルモード法騎士、ならびに貴様に葬られた数々の人々の無念を晴らすため、貴様を騎士の誇りに懸けて討伐する」
「おう、やれよ。出来るもんならな」
宿敵に向けて勢いよく駆けだした二人の騎士に応じ、背負った斧を前に構えた獄獣は、勢いよくその斧を振りかぶった。




