第40話 ~プラタ鉱山④ 勇断の太刀~
かつての戦役で無数の敵を葬ってきた過去と同じくして、猛将グラファスはここでも数多くの魔物を一刀両断にしていた。彼が進んだ坑道には実にミノタウロスが多く、いずれもグラファスにとって大きな障害となるものではなかったが、その一方でグラファスは一つの懸念を抱いていた。
「……どうやらこちらで間違いなさそうだね」
「そのようですな」
第1採掘場では、今も多くの騎士達が戦っている。その場に一人の法騎士を残し、残る法騎士達の指揮のもと、その場から枝分かれした多くの坑道を進撃するこの作戦に淀みはない。ただひとつの肝、勇騎士ベルセリウスと聖騎士グラファスが進むその先に、魔物の親玉がいることが前提にあってこその作戦であるため、その当てがはずれていないことを内心ベルセリウスは祈っていた。
だが、この流れは間違っていない。ミノタウロスの出没が多いこの坑道を顧みる限り、ベルセリウスがよくその名を知る魔物の首領は、この先に座を構えている可能性が高いと踏んでいる。なぜならその首領は、ミノタウロス種の魔物を使役することを最も好んでいたからだ。
ダイアン法騎士の読みは恐らく間違っていない。足を速めるベルセリウスとグラファスが辿り着いたプラタ鉱山第4採掘場――第1採掘場よりはやや狭くも、多くの人間が発掘に携われるだけの広さを持つその空間で彼らを待っていたのは、多数のオーガと、その後方に控える巨大な魔物。
図体の大きさが自慢のオーガさえも小さく見えるほどの、家屋の天井を突き破りそうな長身と、その身長を以ってしても全体像がずんぐりとして見えるほどの膨れた腹、とてつもなく太い腕と足、そしてその手に鬼の金棒のような巨大な武器を握った魔物がベルセリウス達を睨みつけている。数々のオーガを率いて人間達を葬る指揮権を持つ、オーガ種の中でも上位にあたるオーガキングが待ち構えるこの場所は、まさしく魔物の首領の元へ辿り着く前の砦。
そして、20匹余りのオーガを前に後方で指揮権を持つオーガキングのその横には、これまたオーガよりもやや背の高い、筋骨隆々の魔物が数匹そびえ立っている。不気味に赤い全身の肌にして、ぼさぼさの髪が顔を不気味に顔を隠すように覆いかぶさるその風貌が特徴の魔物は、トロルと呼ばれる怪物だ。ミノタウロスとやや等しい身体能力を持つ一方で武器は持たず、魔法を扱うことで、雄牛の化け物とはまた違った恐れ方をされる魔物である。
1匹のオーガキングと、その脇に立つ3匹のトロル、その前に立つ20匹余りのオーガ。つくづく自分達がここに来る布陣を敷いてくれたナトームとダイアンには、ベルセリウスは心中で彼らに称賛の意を掲げるのだった。
「……他の騎士達には荷が重い場所だ。僕達でこの相手を出来ることは幸運だったよ」
「まったくですな」
多数の難敵を同時に相手取る形にして、こちらの兵力はたった二人。何も間違ってなどいない。足手まといの部下をここに連れ、守りながら戦うには、いささかこの戦場は厳し過ぎる。
「行くよ、グラファス。敵将はすぐそこにある」
「承知……!」
魔物の軍勢に向かってその俊足を踏み出すグラファスを追うようにベルセリウスが駆ける。迎え討つ魔物達も、その血走った眼で二人の騎士に武器を振るい始めた。
「旋風砲撃!!」
上空から風の砲撃を放つ大悪魔ネビロスは、その身を安全地帯に置きながら、シリカの危機感だけを煽ってくる。シリカが回避したネビロスの風の迫撃は、地面をかすめると同時に地盤を砕き、まるで巨人がその手で大地を掘り返したかのように、深く長い跡を地面に残していく。
地面ですらこれだけの破壊力で以って抉る風の魔法を、人間の肉体が受ければどうなるかなど、容易に想像がつくというものだ。真正面から直撃すれば、全身をねじり斬られて骨ごと砕かれ、不自然な形の亡骸へと変えられると、シリカもわかっている。
退路は無い。一度退がって後方の木々に身を隠し、ネビロスを退けさせることは簡単だ。しかし、シリカという獲物を追うことをわずらわしく思えば、ネビロスは周囲で魔物達と戦っている部下や傭兵を葬りに動くだろう。そうなれば、彼らがこのネビロスを退け生き延びられるだろうか?
「火球魔法……!」
威力を重視した風の魔法がシリカに命中しない経験則を得て、ネビロスが攻撃手段を変える。大口を開けたネビロスの喉の奥から、口の大きさに等しい径の火球が、無数にシリカに向かって放たれた。火球は散弾銃のようにシリカに襲いかかり、次々と地面に当たって爆発を起こす火球が、それらを必死に回避するシリカの肌を熱気で焼いてくる。
埒があかぬと見えたシリカは高く跳躍し、上空にいるネビロスに向かって直進する。ネビロスはその右腕の爪を振り払い、ネビロスの太ももを下から薙ぎ裂こうとしたシリカの剣をはじく。空中でシリカの体が、その力を受けて体勢を崩す。
崩れたように見せかけて、その身を回転させもう一太刀をネビロスの腰元に向かわせる。ネビロスもこの動きには一瞬驚いたものの、足を振り上げ、その足先の爪でシリカの剣をはじき返す。直後にシリカの肉体が重力に引っ張られ、下降を始めたその瞬間、ネビロスは冷静に魔力を練る。
「砕け散れ! 旋風砲撃!!」
落下するシリカに向けて、真上から彼女に向けて放たれる風の砲撃。地に足を着けた瞬間に横へその身体を跳ね逃し、シリカはすぐそばにそびえ立っている岩壁に向かって跳躍する。シリカが着地したその地点を、ネビロスの風が上空から圧壊したのはその少し後。
岸壁を蹴って、跳弾のようにネビロスに向かって真っすぐ跳躍するシリカ。風の魔法を真下に放った直後のネビロスは、また手足を振り上げ爪で以って防御してくるだろう。シリカはその防御を破り、次の一撃で勝負を決めるべく、その騎士剣に自らの魔力をすでに注ぎ込んでいる。
しかし、シリカがあと少しでネビロスを射程距離に入れられたかと思ったその瞬間のこと。ネビロスから滲み出る魔力が、ネビロスを取り巻く周囲の空気を、まるで陽炎が光景を歪めるかのようにねじ曲げる。予想しなかった出来事を視野に入れたシリカの全身の鳥肌が立ったのは、この後ネビロスが何をするつもりなのかを、勘と経験則で悟ってしまったからだ。
「爆炎魔法!!」
シリカがネビロスに近付ききる一瞬前、ネビロスを取り巻いていた魔力が破壊の火を噴き、ネビロスを中心として強烈な熱気と突風が放たれる。それは単なる強力な熱風ではなく、炎そのものが強い爆風となって、ネビロス周囲の障害をすべて焼き飛ばすための力。
炎に全身を焼かれる予感を正しく感じ取ったシリカは、剣に纏わせていた魔力を咄嗟に自らの全身に纏わせる。ネビロスの放つ魔法の熱風がシリカに迫り、それが自らに触れた瞬間シリカの魔力が、丸裸でネビロスの爆風を受けていれば全身を焼き焦がしてきたであろう熱風に抗う。
全身を高熱が包み表情を歪めるシリカだったが、魔力による防御により、肌をただれさせられる形でダメージを受けるには至らなかった。しかし空中にあったシリカの肉体を爆風が強く押し返し、地面が重力と風の合力でシリカを勢いよく引き寄せた。
あわや地面に叩きつけらそうな勢いなれど、それでもシリカは空中で身を翻して、足を下にして着地する。右足の裏と、左足のつま先と膝を同時に地面に接させ、僅か後方に流れる体の流れに合わせて、そちらに跳んで衝撃も逃がしている。それでも彼女の足を貫いた衝撃と痛みは、新たに着地したその場でシリカが足の動きを乱すには充分だった。
「旋風砲撃!」
僅かに下半身を痛めたシリカに向け、上空から容赦なく風の魔法を放つネビロス。地を蹴った瞬間に膝元に駆け巡る痛みをこらえながら、横に飛び跳ね、地面を転がるようにしてそれを回避。すぐに体勢を整えてネビロスを睨みつけるシリカだが、その眼差しからは先ほどよりも、自らの勝利を信じていた色がやや失われている。
飛び道具を持たないシリカがネビロスに決定打を与えるには、空中から決して降りてこないネビロスに、こちらから近付いて騎士剣を浴びせるしかない。しかしその手を打とうとしても、爪先によって騎士剣をはじく能力と、爆炎魔法の魔法で自分をはじき返す力をあのネビロスは持っている。打つ手がない、とはまさしく今の状況のためにあるような言葉だ。
閉塞した戦況にシリカが思考を全力で巡らせる中、それは起こる。やや勝ち誇った表情のネビロスが、再びシリカに向けて風の砲撃を見舞おうとしたその時、シリカとはまた違う地点から、ネビロスに向けて一発の銃弾が放たれた。
意識をシリカに集中させていたネビロスも、自らの脇腹を狙うその銃弾を、右手を振るって爪先ではじき返す。銃弾の飛び出した先をシリカさえもが見やる中、ネビロスは銃弾を放ったその者を、高い位置から見下すように目線を向ける。
「……力弱き邪魔者とは、関心せんな」
ネビロスの目線の先にいたのは、アルミナと同じくらいの年頃の少女。シリカもその名を知らぬ、傭兵として銃を持ち、この戦場に立ち並ぶことを志願した射手だった。目の前にいる、大悪魔を模した魔物を見て、体を震わせながらも再び銃を構えるその少女に、ネビロスは魔力を集めてその掌を向ける。
「まずい……!」
その少女の元へシリカが駆けるのは速かった。直後、ネビロスの手から放たれる旋風砲撃の魔法は少女に向かって直進し、少女の銃から放たれた二発目の弾丸を吹き飛ばして襲いかかる。
ネビロスと少女の間に立ちはだかったシリカは、魔力を集めた剣で以って、ネビロスの風の砲撃を真っ二つに切り裂いた。シリカを分点としてその軌道を二つに分けた風の砲撃は、シリカと少女の後方にYの字に分かれ、地面を削り取りながら遠方へと駆けていく。
「ほ、法騎士さま……」
「退がれ……! 奴の魔法に、抗うすべなど無いだろう……!」
シリカの鬼気迫る声をその背中から受け止めた少女は、肩をびくりとさせれシリカから離れるように後ずさる。一瞬振り返ったシリカの表情が、力及ばぬ少女が我が身を案じて引き下がることを心から願うようなものだったことを見ると、その少女は後方へ駆けていく足を速めた。
「逃がさぬぞ……! 旋風……」
シリカが腰元の短剣を抜き、ネビロスに投げつける。魔法詠唱の途中に自らの額を狙い撃ってきたその攻撃に、ネビロスは一度魔法の発動を取りやめ、右手の爪先で短剣をはじき飛ばした。
しぶとく抗うシリカを鬱陶しげな表情で見下すネビロスだったが、彼女の表情を見て見方をすぐさま切り変える。攻めづらい上空に身を置く自分に対し、魔力と体力をここまでに失ってなお、勝利を信じる強く眼差しで睨みつけるシリカ。その表情が、決して侮れぬと感じたからだ。
位置取り、旋風砲撃の威力、爆炎魔法の防衛線、すべてを加味して敗北の無い戦い。それを客観的に判断できるはずであろう騎士が、あれだけの目を持って自らとの戦いに未だ臨もうとする姿は、猫を噛む窮鼠を予感させるには充分だ。
「――旋風砲撃!!」
油断を捨てたネビロスの手元から放たれるは破壊の渦。それを回避したシリカは、ネビロス近くの岩壁に向かって跳躍し、壁を蹴ってネビロスに向かって跳ぶ。
その方向に旋風砲撃を放って迎撃しようとしたネビロスだったが、そちらを見たその瞬間、上空にあるネビロスまでその身を届かせるには、明らかにシリカの跳躍が足りていないことを瞬時に察する。ネビロスに届くよりも遙かに早くその身を地面に吸い寄せられるシリカの動きは、真正面から彼女を狙撃しようとしたネビロスの思考を一瞬止めてしまう。
地面に到達したシリカは、今の動きで思考を絡め取られたネビロスに向かって跳躍する。下方からネビロスに真っ直ぐに向かうその跳躍力は、今度こそネビロスに届くであろう勢い。自らに迫る難敵の騎士剣を警戒したネビロスは、彼女の剣が魔力を纏っていることをすぐに察し、自らの掌に魔力を集め迎撃する構えを作り上げる。
「爆炎魔法!!」
直後ネビロスを中心に発生する、強烈な爆風を伴う炎の発生。遠方で振り返り、シリカがその爆心点に突入する姿を目にした射手の少女が思い描いたのは、焦熱に晒されたシリカが敗れて落ちる最悪の未来。
自らの眼前で発生する大爆発を見て、シリカは剣に込めた自らの魔力と想いを信じ、勢いよくその剣を縦に振り抜いた。直後、シリカに襲いかかっていた炎と爆風が真っ二つに切り裂かれ、ネビロスを中心として放射状に広がる爆風のうち、シリカのいる方向に進む風のみが切り裂かれて割れる。
風を逃れてネビロスに迫るシリカの勢いは止まらない。その姿を見定めたネビロスは、やや予想外の展開にも目を切らず、その腕を振り下ろす。爆炎魔法の魔力が生じさせた爆風を切り裂いて、もう魔力を纏わぬはずのシリカの騎士剣を爪先ではじき返すためだ。
それが誤りだった。爆風を切り裂いたシリカの騎士剣はそのために一度、纏った魔力のすべてを吐き出したにも関わらず、すぐさま自身の霊魂と精神から魔力を絞り出したシリカの新たな魔力を得、シリカが唯一得意と言える、万物を切り裂く剣を実現させる魔法、勇断の太刀を発動させる。そしてシリカがネビロスに迫りその剣を振り上げた次の瞬間、剣はネビロスの爪先をいとも簡単に通過して切断し、そのままネビロスの腹部から肩口にかけてをばっさりと切り裂いた。
シリカの剣を爪先で迎撃したと思った次の瞬間には、すでに自らの肉体が深く切り裂かれている事実。いかに状況を冷静に見定めてきたネビロスとて、何が起こったのか、次に何をするべきかを、即座に判断することが出来なかった。ネビロスを切り裂き、その胸元に身体を預けるようにぶつかったシリカは、衝突されて肉体を後方に傾けるネビロスに対し、すかさずその剣を振り抜いて追撃する。
腹部から肩口を切り裂かれ充分なダメージを受けたネビロスの、左の頬骨から右の頬骨までを真っ二つにするような横薙ぎの一閃。鼻を横一直線に真っ二つにするような追撃に、ネビロスの口の上に、もう一つの口が出来たかのような深い切り口がばっくりと開く。
地上に向かって落ちていくシリカが両の足で着地した一方、体をのけ反らせたネビロスが背中から地面に落ちて大きな音を立てる。完全なる致命傷を受けたネビロスが動けぬ一方、シリカも多量の魔力を生じさせるために著しく負担をかけた霊魂が、精神と肉体を正しく繋ぎ止める役割を果たしきれず、めまいを覚えるような感覚にふらりと足取りを乱して倒れそうになる。
「な、なぜ……一撃目の、爆炎魔法……を……」
切り裂かれた鼻の下、正しい口から血を吐いてネビロスは声を絞り出す。爆炎魔法の爆風を、魔力を纏う以外の手段でシリカが抗うすべを持たぬと踏んだから、再び爆炎魔法で以ってシリカを退ける手を選んだのだ。二度目の爆風を切り裂いたシリカの動きは、一度目の爆炎魔法を切り裂かなかったシリカからは、想像できぬものだった。
「……ただ未熟だっただけだ。勝利を収められたのも、幸運に近い」
一度目、爆炎魔法の発動を見たシリカは咄嗟に魔力で防御することを選んだ。その爆風をそのまま勇断の太刀で以って切り裂き直進することに、ただ思い至れなかったのだ。仮にそうしていたとしても、魔力を使い果たした剣ではネビロスを攻め込めぬという判断も、あの時同時にしていたから。
己の限界を、自らで定めていた未熟ゆえの判断。勇断の太刀で爆風を斬り、さらにもう一度勇断の太刀を発動させ、ネビロスを爪先ごと切り落とすという最もシンプルな戦い方を、今の自分に為せる自信が無かった。それだけ秘術の連続発動は、魔力の扱いに慣れきらぬ今のシリカにとって、前向きに賭けられることではなかったのだ。
顔色の悪くなった勝者を見届けるネビロスは、思わず小さく舌打ちする。すっかり疲弊したはずの目の前の騎士が、初めて自分と対峙した時よりもなお、歴戦を超えてきた実力者の顔つきに近いものとなっているのだから。
「無念、だ……魔物に仇為す、人間を……育て上げて、しまう……とは……」
絶命したネビロスの肉体が霧散するように、緑色の肉体が灰になって消えていく。その肉体が完全に目の前から無くなってようやく、シリカは構えた剣を降ろしてうなだれた。顔を上げていられぬほど、今の戦いで失った体力が大きかったからだ。
「法騎士様……!」
先ほどネビロスをその銃で撃ち抜こうとした少女が、シリカに駆け寄って声をかけた。顔を伏せて荒い息を繰り返すシリカだが、ふとその少女に顔を向けると、そこで一度大きくはぁと息をつき、呼吸を整える。
「……助かった。君のおかげで、掴めた勝利だ」
少女は照れくさそうに、だけど目の前の法騎士様が勝利を収めてくれたという事実も手伝って、頬を赤くしながら満面の笑みを返すのだった。自分の放った銃弾が、法騎士様を撃ち抜こうとした魔物の攻撃を食い止め、勝利につながったというのであれば、胸を張れるはたらきだっただろう。
それだけではない。少女を守るために無我夢中で、ネビロスの魔法を咄嗟に切り裂く魔法を行使できたあの瞬間、シリカの中でひとつの決意が固まった。今までに、時間をかけて意識を集中しなければ実現できなかった勇断の太刀の発現を、計らずしてあの場面、咄嗟で成せたことが、彼女の背を押したのだ。ネビロスの爆風を切り裂いてなお、二度目の勇断の太刀で敵を討つという、かつてまでの自分には為せぬと思っていた敢行に踏み出せたのは、紛れもなく少女を守るために、今までの自分を超えた魔法の行使を為せたからなのだ。
言外に含めた、少女がそこにいたことで決意を固められたことまでは伝わりきらなかったものの、今はよしとしてシリカは顔を上げ、周囲でデッドプリズナー達に苦戦する部下達を呼び寄せる。ネビロスやケンタウルスの討伐が済んだ今、陣を再び作って魔物達を総力で攻めるべきだ。
直後、シリカの背後から彼女に向かってナイフが投げつけられる。瞬時にそれを察知したシリカは、振り返るとともにそのナイフを騎士剣で叩き落とし、武器を投げつけてきた相手が立つ先に目線を送る。
「おー、お見事っす。いくら疲れてても流石っすね」
「ご挨拶過ぎるだろう……殺気がないぶん、かえって何事かと思ったぞ」
シリカのそばに立つ少女が、シリカへの不意打ちに表情を固くし、そのナイフを投げた主に銃を向ける。それを制止するかのようにシリカがその手を少女の目の前に出したのは、ナイフを投げた者が、自らが日頃率いている小隊の問題児マグニスだったからだ。
この程度の攻撃を自分が防げぬわけがない、と信頼した上での行動なんだろうが、つくづく荒っぽい友人である。上官と部下の関係にあることを、特にマグニスは視野に入れないから困ったものだ。
「頼むぜ、シリカ。法騎士のお前を除いて、この場を仕切るに適した奴なんかいねえんだからよ」
「ああ、わかっている。あまり見くびってくれるな」
マグニスの横に立つクロムがシリカに歩み寄り、仲間の到着に息をついて肩を下ろしたシリカの脇に片腕を差し込んで、ぐいっと体を持ち上げて胸を張らせる。疲れた表情を隠しきれていないものの、シリカはクロムに力強い笑顔を返し、うんと小さく頷いた。
「――全隊、陣を整えろ! 散り散りにならず集まれ!」
傭兵集団をまとめる法騎士シリカの号令に呼ばれ、ネビロスやケンタウルスと戦う隊長から距離をとっていた騎士や傭兵達が、脅威が去ったことも手伝って迷いなく集ってくる。それらを追うように群がって来るデッドプリズナーの群れを、その方へ駆けたクロムが長い槍先で、三匹ほどまとめて頭を叩き潰してみせた。
「お疲れのところ悪いがシリカ、一気にいくぞ。どこで誰が、何に苦戦してるかわからんからな」
「こーんな場所で足止め食ってるわけにはいかねっしょ。ユースやらアルミナやら、心配な奴らも遠くで頑張ってるだろうしよ」
シリカ率いる大隊の中で、ひときわ彼女にとっては頼もしい第14小隊の青年二人の姿は、その穏やかな声に反して、シリカを強く勇気づけるものだ。慣れぬ勇断の太刀を四度発動させて霊魂を疲弊させ、肉体を重々しく感じる今のシリカだが、頼れる仲間がそばにいてくれる事実は、軋む体に鞭打って戦い続けることへ前向きに臨ませてくれる。
「ああ、行くぞ! これ以上魔物達を好きにさせてたまるものか!」
周囲の騎士や傭兵達よりも早く、いの一番に魔物に迫り、敵を切り裂き駆けるシリカ。戦う部下達の奮起を促し、疲れの見える隊の士気を取り戻すには、それはあまりに充分な姿だった。




