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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第3章  絆を繋げる二重奏~デュエット~
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第38話  ~プラタ鉱山② 山岳の進撃~



 プラタ鉱山内は外と同じく、魔物の巣窟と化していた。入口付近こそ静かだったものの、はじめの枝分かれした道を皮切りに、魔物達が次々と現れる危険地帯となっていた。


 加えて、今や敵地と言えるこの場所には、知恵ある魔物によってどんな罠が仕掛けられているかわからない。一ヵ所地盤を痛めつけておいて、落盤を触発させる仕掛けを用意しておくだけで、進軍する騎士達にとっては致命的な打撃になり得る。蛍懐石に照らされた道を突き進む騎士達も、行動には細心の注意を払わざるを得ない。


 プラタ鉱山坑道は広い開拓によって実に複雑に広がっている。蟻の巣のように無限に広がる坑道を完全に把握しきった騎士は実に数少なく、隊に分かれて各道を詰めていく進行作戦で以って、敵の全滅をはかっている。袋小路に辿り着いた騎士達の中には、道中魔物に殆ど出会わなかった者もいた。


 力を買われた騎士であればあるほど、奥まで進むルートを任されている。勇騎士ベルセリウスや聖騎士グラファスを筆頭とした騎士団の精鋭が進んだ先に、やがて鉱脈として名高いプラタ鉱山の第一発掘場が現れる。高く広い空間の中にいくつもの坑道を要する、プラタ鉱山における玄関口と呼ばれるこの場所こそ、今やこの地に住む魔物達が支配する第一線。


「来たな、人間どもめ……! かかれ!!」


 上空、という単語を使ってもいいぐらいの高さから、一匹のガーゴイルが吠えて魔物達に号令を投げつける。直後、広い空間で待ち構えていた魔物達が騎士に一斉に飛びかかり、坑道奥へと繋がる穴道からも数多くの魔物がぞろぞろと沸いてくる。


「グラファス! 左方と上空はお前達に任せる!」


「御意……!」


 プラタ鉱山突入部隊の長であるベルセリウスが指示した直後、副官グラファスの抜刀による波動が、今しがた魔物達に指令を下したガーゴイルに襲いかかる。その手の内を知らぬガーゴイルは、回避する発想も抱けぬまま、胴体を真っ二つにされて空中で絶命し、二つになった肉体が地面に落ちてくる。


 司令塔らしきものを失っても我関せずに人間達に襲いかかる魔物達。グラファス自身も予見していたとおり、出撃のきっかけ程度の采配権しかしないガーゴイルを討伐したところで、敵の動きは揺るがない。血を望み肉を屠るがために牙を剥く魔物達の、闘争本能の恐ろしき所以だ。


「いくぞ! エレム王国騎士団、その誇りに懸けて勝利をこの手に持ち帰る!!」


 50を超える魔物の群れの中心に、勇騎士ベルセリウスがその剣を掲げて地を蹴った。











 鉱山外でも戦いは繰り返されている。山林を抜けて岩場となっている拓けた場所で、ユースはかつて苦しめられた強敵と同種の魔物、ミノタウロスと対峙していた。


 数々の騎士の攻撃を下半身に受けてややダメージがあったタイリップ山地のミノタウロスとは違い、無傷のままユースと敵対したこのミノタウロスの動きは実に速い。その手に握った斧の連続攻撃をかわすのに精いっぱいで、ユースは全身から吹き出す汗を抑えられずにいた。


 ユースの周囲にいる騎士達も応戦しようとするが、若い騎士達にとってミノタウロスは本来、その姿を見ただけで戦意の萎縮を促す怪物だ。一度この怪物の討伐を果たした経験のあるユースとは異なり、腰の引けた騎士達は実力を出し切れていない。まずミノタウロスの持つ攻撃範囲円の中にさえ、足を踏み入れる勇気が持てない。


 ユースだって一対一でこの魔物を討伐し果たせる自信など殆どない。繰り出す剣の一撃はミノタウロスの攻撃にはじき返されるし、そのはじき返された勢いで体勢が崩れかけた時の危機感には全身の毛が逆立つ想い。受ければ一撃で致命傷確実のミノタウロスの攻撃は、風切り音を鳴らすたびにそれだけでユースの表情を歪ませる。


 第14小隊の仲間達も、遠からずの場所でそれぞれの敵と戦っている。誰かがここに加勢してくれるなら戦況も変わるだけに、ユースは紙一重の時間稼ぎを繰り返す。そんな戦いが重ねられてユースの表情にも焦りが現れた頃、ユースにとっては予想外の救援が戦場に駆けつけた。


 ユースの首を狙い続けたミノタウロスの虚を突く、背後からの斬撃に、怪物が呻き声をあげた。背中を騎士剣で深く切りつけられたミノタウロスは怒り任せに斧を後方に薙いだが、当の騎士は後方に素早く飛び退いて、あわやのところでミノタウロスの斧を回避する。


 ユースにとっては初めて騎士団入りした時からの縁、同い年でかつて同じ小隊に属し、自分よりも少し早くに騎士階級に昇格した親友、アイゼンの姿がそこにあった。腰から上の胴体部を鎧に包まず袖のない衣服一枚を纏うユースとは反し、薄手ながら立派な一体の騎士鎧で肩から腰までを固める親友の姿に勇気づけられたかのように、ユースは小さくうなずいて騎士剣を握りしめる。ミノタウロスを挟んで反対側で騎士剣を握るアイゼンもまた、彼と同じような心持ちで闘志をあらわにし、その手に力を込めていた。


 ほぼ同時にミノタウロスを挟撃する形で突進する二人の少年騎士に、ミノタウロスは前方のユースに対して横薙ぎに斧を振るう。その動きをしっかりと視認してからユースは跳躍して斧をかわし、着地と同時にミノタウロスの、左の太ももをその騎士剣で切りつける。痛みから凄まじい怒りを覚えたミノタウロスが、間髪入れずに右足を振り上げてユースを蹴り上げてようとする。


 右に飛んでその蹴りをかわそうとしたユースの、構えた盾にその足がかすって鈍い震動を伝える。それとほぼ同時、ミノタウロスの後方からアイゼンが低く構えた斬撃が、ミノタウロスの巨体を支える左足のアキレス腱をばっさりと切り裂く。


 ユースを蹴飛ばすために右足を振り上げていたミノタウロスの体が傾き、慌ててその足を地面に振り下ろしたことでミノタウロスはなんとか倒れず、体勢をぐらつかせるまでにとどめる。しかしその隙を見逃さなかったユースの騎士剣が、斧を強く握っているミノタウロスの右手首を捉え、筋骨隆々の怪物の筋肉を切断して、その手を腕から切り離した。


 攻撃手段の要を次々と攻め落とされるミノタウロスが動揺を振り払うよりも早く、よろめいたミノタウロスの後頭部に、跳躍したアイゼンが真っ直ぐに騎士剣を突き刺す。数々の攻撃に対し、体のどこかや表情を揺らめかせていたミノタウロスも、この攻撃を受けた瞬間に目を見開いて硬直し、騎士剣を引き抜いたアイゼンとそれを見届けたユースの二人がミノタウロスから離れた直後、その巨体が倒れて、地響きに近い揺れを周囲に伝えた。


「ごめん、ホント助かった……ありがとう……」


「いてもたってもいられなかったよ。ユースが、あんな怪物と一対一で戦ってるんだからさ」


 気真面目なユースの性格を表した彼の顔立ちとやや似て、しかしどこかユースよりも気さくさを纏うその面構えを思わせるアイゼンが、騎士剣を握る手の僅かな震えを抑えてそう言った。親友の無事をにかっとわらって喜ぶアイゼンだが、ミノタウロスという怪物に立ち向かうことへの恐怖を抑えてユースへの助力に踏み出したその勇気は、その心優しい笑顔にも紛らわせられない立派な志を、まさしく体現したものだ。一方で、震えたままの手を隠すためか量のある硬い茶髪を片手でくしゃつかせる姿は、親友の前であまり格好悪い姿を晒したがらない、若い意地を表わしていると言えるだろう。


 二人の少年騎士がミノタウロスを討伐した事実は、周囲の騎士達にも大きな影響を与えた。ある者にとっては年下、ある者にとっては年上の二人が、あの怪物に勇敢に立ち向かって勝利を収めた事実は、後輩に格好の悪い姿をこれ以上見せたくない先輩騎士の意地にも、その背中を追う後輩騎士の熱意にも火をつける。ミノタウロスの周囲にて気力を保ちきれなかった騎士達は、その前よりもさらに戦意を滾らせて戦場を駆けだすのだ。


 彼らの雄叫びに触発されるように、眼前の魔物リザードマン達に直進するユース。属する隊を今や別にするアイゼンも、誰に導かれるまでもなく同じ方向に直進する。


 二匹のリザードマンに時間差で剣撃を向けられたユースは一撃目を回避し、二撃目を盾ではじく。直後、ユースに一撃目を繰り出したリザードマンに斬りかかったアイゼンがその首を刎ね、剣を盾ではじかれて体勢を崩したリザードマンの頭部を、薙いだユースの剣が斬り割き勝負をつける。


 その上空からユース達を狙う一つの影。地上のリザードマンに飛びかかった人間を狙撃しようと空中から厭らしい笑みを浮かべていた1匹のグレムリンが、稲妻を招く魔法を放つべくユース達にその掌を向ける。


 その気配を察したユース達がグレムリンを見上げた直後、その目の前にあった光景は、今まさに側頭部を銃弾に撃ち抜かれて肉体を傾けるグレムリンであった。地上に向けてふらふらと落ちてくるグレムリンを騎士の一人が斬りつけたその他方で、銃口から煙を吹かせたアルミナが、ほんの少し得意顔ながら、真剣な表情をユースに向けている。


「ユース、こっち! さっきからヤバい魔物達が攻めてきて、みんな苦戦してるの!」


 ある一方に向けて駆けだすアルミナの背中が語る、ついてきて欲しいというメッセージを受けてユースがアイゼンと顔を見合わせる。ユースは目で語った後にアルミナを追い、アイゼンは近くにいた同じ隊に属する仲間達に声をかけると、同意をうなずいた仲間達が彼の背を押し、アイゼンもユースと同じ方向に駆けて行く。


 横から飛びかかるジャッカルやインプ達の攻撃に抗いながら、討伐しながら戦場を駆ける、アイゼンと同じ隊に属する騎士や上騎士達。かつて初めての任務で、ジャッカルの一匹すらも仕留めることが出来ず手痛い反撃に遭い、仲間達の足を引っ張っていたユースが、今は彼らの前を走り、仲間の救援に向けて動いている。その少年は今、勇敢にもアルミナの前に立ちはだかったオーガに直進し、敵の棍棒をかわし、その注意を惹いて後方のアルミナの銃弾をオーガに導いている。仲間の放った銃弾がオーガの頭部を貫きその肉体が傾いた瞬間、すかさずその首に騎士剣を走らせて討伐するその姿には、後方の騎士達もユースを見て見事だと感じたことだろう。


 アルミナとともに勝利を分かち合うユースの表情に驕りはない。かつてよりも、身体的にも精神的にも成長した少年は、まだまだ非力ながらも騎士団の中において、立派なはたらきを形にしつつあった。











「やるねぇ、あいつら。見てて全然緊張しねえわ」


 ユース達から少し離れた場所で、マグニスは魔物達と交戦しながら上機嫌にそう言っていた。マグニスが戦っている相手はオーガであり、その手に握る巨大な棍棒を繰り出して何度もマグニスに襲いかかっている。その攻撃を回避し、同時に急接近したマグニスのナイフが、直後にオーガの首を切り落とした。


「問題ないならいちいち報告せんでいいっつの。お前さんも何だかんだで心配症だねぇ」


 そのすぐそばで、ガーゴイルの喉を今しがた貫いたクロムが、かっかっと笑っている。進んでユース達のような若い騎士達では手に負えぬ魔物達の集う密集地帯に突き進んだ二人は、目の前に立ち塞がる魔物達を余裕の表情で葬りながら、遠方の第14小隊の仲間達を何度か視野に入れている。


 万が一あちらの風向きが悪くなれば、いつでも駆けつける心積もりは出来ている。ユースが先ほどミノタウロスに手を焼いていた頃には、アイゼンが向かわなければマグニスが参戦していただろう。


「シリカも忙しそうだし、いっそ3分割戦法でいいんじゃないっすかね。こっちは旦那と俺がいりゃどうとでもなるっしょ」


 クロムやマグニスの周囲にも、優秀な騎士達は何人もいる。襲いかかる魔物達を次々と斬り伏せる騎士団の仲間達は頼もしくもあるが、マグニスはあまり彼らに興味を持っていない。今のところ、自分たちの進軍ルートにおいて、頭ひとつ抜けたレベルの魔物はほぼ自分たちが担って始末しているからだ。


「そうかもなー。んでも油断は出来んしなー」


 自分が相手をするまでもないと思った相手は、さらりとかわして後方の騎士に任せる形で、のらくら戦うクロム。良く言えば同僚に手柄を譲り、悪く言えば豪快にサボっている。目の前に現れたオーガは少し後方の騎士達には手を焼きそうだと見たか、瞬時に隙を見て喉元を貫き通しているが。


「実際、あんまり好調なふうに進めてると、向こうさんも考えると思うんだよな。たとえばこう」


「こっちに戦力を傾けてきたり、とか?」


 自身を上空から狙い撃つ稲妻を、横にひょいっと跳ねてかわすマグニス。その稲妻魔法の使い手である上空のグレムリンにナイフを投げて撃ち落とすものの、ふっと前方を見たマグニスがその表情を露骨に歪めて見せた。


 いやなものを見てしまった顔のマグニス。クロムは一言、ほらな、と言って笑っている。


「……屍人は臭ぇから嫌いなんだよなぁ」


「お前の能力ならむしろ相性いいだろが。たまにゃあ働きやがれ」


 遠方より、クロムを最前列とした騎士団の面々に向かって歩みよってくる、いくつもの鈍い人影。それを視野に入れた騎士達の表情が軒並み不快感をあらわにしたのは、その人影達がいずれも、蝿をその全身の周りに飛び交わせることを思わせるような、腐乱死体のような魔物の数々だったからだ。


「デッドプリズナーか……ってことは多分、マーディスの遺産って言われる奴が糸引いてんだろうな」


「手の内を見せたくねえってか?」


「敵将のいる地で、あんまりあの技使いたくねーんすよ」


「んでも屍人には、お前の技こそよく効くんだがな」


 敵の集団の歩みが遅いことにかこつけて、クロムとマグニスはべらべらと話し込んでいる。やがてその敵がそばに来てからようやく、両者はそれぞれの武器をその手に持つ。


 マグニスが手にしたのはナイフではない。腰元に装備した鞭を握り、それでパシンと地面を叩いた。


「んじゃまあ、半分だけ。敵の数も多いしね」


「おう、頼むわ。俺もラクしたいんで」


 その手に剣や手斧を握る、山賊の死体が歩きだしたような、みずぼらしい衣服を身にまとった屍人達。生者とはその討伐方法が著しく異なると知られ、かつて魔王マーディスが扱った手駒の中でも数多かった魔物、デッドプリズナー達が、クロムを先頭とした騎士団に襲いかかった。










「第45小隊は撤退! 第3中隊は左方に進軍! 第29小隊は私に続け!」


 プラタ鉱山の外を駆ける法騎士の一人であるシリカは、指揮官の一角として広く騎士達を導いていた。第14小隊の部下達とやや離れた場所を進むことになっている現在の状況はやや本意でなかったが、身内を過度に贔屓することが出来ない指揮官、こうしたジレンマもある。


 騎士団の中には、エレム王国騎士団に騎士として名を連ねる者達ばかりではなく、傭兵として戦場に稼ぎに来た者も数多い。第14小隊の傭兵達のように、上官と個人的にも信頼関係を作って騎士団と共に戦える人材はいいのだが、単身傭兵としてここに乗り込み、隊の一部に組み込まれた者もいる。これは先日のタイリップ山地戦役の時にも、同じような事情はあった。


 傭兵として名乗り出た者達は、その腕への自信に裏切らず、戦役に慣れていない少騎士達よりも実力に秀でる者が多い。しかし敵も連携を取ってこちらを攻め込んでくる戦場において、統率を無視して突き進む傭兵では戦力として心もとない。法騎士たるシリカがそれらに指針を指し示し、彼らの力を活かしていかねばならないのだ。ユースやクロム達の進む方向には法騎士という立場の者がいないが、代わりに単身この戦場に赴いた傭兵のような者はいず、ある程度は勝手に連携が取れる。上騎士や高騎士もいるし、有事の際には彼らが指揮を執ってくれるだろう。


 傭兵はごく一部を除いて、意外と物分かりがいい。法騎士様の言うことにさえ従っておけば、極端に大きな間違いをすることはあるまいと信頼できるからだ。勿論手柄欲しさに突っ走る者もいたりするが、命令に背く者の面倒までは見きれないし、結果を出すならそれはオーライなので、シリカも傭兵の多い部隊を率いることはさほど苦手ではない。


 問題はここからだ。首尾よく進んでいる時はそれでいいのだが。


「待っていたぞ、人間ども!」


 切り開かれた荒地でシリカ達を迎え入れた魔物が、高らかに声を発した。シリカ自身も初めてその姿を目にするその魔物からは、ここまでに打ち破ってきた魔物とは一線を画する気迫がうかがえる。


 人間の肉体に鉄兜と鎧を纏い、その両手に槍と盾を構えながら、腰より下は馬の肉体と前脚、後ろ脚を持つその魔物の風貌はいかにも異質。ケンタウルスと呼ばれる、人間と馬を足した魔物として有名なその魔物は、人の言葉を語り、高い身体能力と武器捌きを見せる存在と知られている。


 そしてその種族は、魔王マーディスの遺産と呼ばれる一匹の魔物が、最も好んで使役する、魔物の中でもエリートと形容できる存在である。


 剣を構えるシリカに圧し掛かる重圧は、対峙する敵の強さのみに依るものではない。騎士団に属しない一般民にも、つまりは傭兵達さえ強豪とよく知るケンタウルスが眼前に現れた事実は、シリカの後方に立つ傭兵達の戦意に著しく傷をつけるのだ。金を稼ぎに来た傭兵達とて、命あっての物種であり、想像を超える強敵を目にすれば臆するのは当然である。


「……下がっていろ。お前達は、周囲の魔物達に対処しろ」


 ケンタウルスから離れた場所から、シリカ達ににじり寄ってくるリザードマンの群れ。その周囲にも多数のインプやグレムリンが飛び交っており、ケンタウルスを指揮官とすると見える魔物の中隊が、シリカ達を迎え討つ形となっている。


 この場の敵将ケンタウルスを自らが討伐し、率いる部下達の士気を高めることが最善の道。シリカが率いる部下の中にも幸い上騎士や高騎士も少数いるし、周囲の魔物達の討伐にあたって的確な指示を下すにおいて、人材も不足していないだろう。


 この局地の命運は自らにかかっている。シリカは自らの胸に、そう強く刻みつける。


「行くぞ! 人間!」


「かかって来い……!」


 一騎打ちの火蓋を切ったのはケンタウルス。決戦の合図を口にした魔物に応じて吠えたシリカがその剣を握りしめ、馬の肉体を持つ魔物が風のようにシリカに駆け迫った。











 岩肌の露出した山岳を突き進むクロードの部隊は、先頭を駆ける聖騎士の心強さも手伝って進軍を遅らせる様子もなかった。次々と襲いかかる敵を鉄球棒で殴り倒しながら突き進むクロードの背中を追い、彼を避けて後方の騎士に迫る賢しい魔物を討伐するだけでいい騎士達は、他の部隊に比べてかなり楽を出来ている方だと言えるだろう。


 クロード一人で駆け抜けているだけですべてがやんごとなく済むこの進軍ルートは、聖騎士である彼がいる以上、この作戦を立案したナトームの思惑通りであった。だが、それでもクロードが率いる騎士達は、他の隊に比べて手練揃いで、多くの上騎士と二人の法騎士がクロードの後に続いている。


 なぜここまで、山岳進軍部隊最強であるクロードの率いる隊に、ここまでの戦力補強が必要なのか。それは、彼が進む予定であるこのルートが、ナトームやダイアンの読みにおいて、この山岳において最も危険とされるルートだからだ。


 切り立った崖を右脇に駆けるクロードの視界に、ふと小さな人影が映る。それは崖の遙か上方、クロード達を見下ろす形にしてこちらをうかがう影。そのシルエットは、聖騎士クロードにとってはあまりに意味の強いもので、クロードも思わずその影を二度見したものだ。


「ここにおったか……! ナトームめ、性格は悪いが読みは的確じゃな……!」


 つい独り言のように呟きながら、クロードは後方の部下にもわかるよう、上方にいるその人物に鉄球棒を向ける。指揮官のその仕草が指し示す先を見た騎士達は、名高い法騎士達を含め、誰もがその息を呑んだものだ。


 そんな騎士達を鉄仮面の下であざ笑いながら、聖騎士に指された人物はその片手を前に突き出す。真っ黒な鎧に身を包んだ、黒騎士と呼ばれて久しいその人物の後方から、道化の姿をした人間のような魔物がふわりと何匹も現れ、崖の上から浮遊するように降りてくる。


「ふん! 準備運動をさせてくれるというのなら丁度よいわ!」


 魔王マーディスの遺産が放つ刺客の数々。それらを打ち破った先に怨敵が待つこの戦況に、聖騎士クロードは魔物の軍勢に怯むどころか、その闘志を業火の如く燃やした。

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