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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第3章  絆を繋げる二重奏~デュエット~
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第37話  ~プラタ鉱山① 快進撃による幕開け~



「――エレム王国騎士団の連中が、進軍してきます」


 プラタ鉱山の奥地にあぐらをかく、魔物達の首領たる魔物に、一匹のガーゴイルが歩み寄って報告する。蛍懐石の淡い光に照らされた洞窟の奥地にて、薄暗い中に巨体の影がたたずんでいる。


 魔物の首領はその報告に答えを示さない。人間の胴体ほどの太さを持つ、巨大な葉巻らしきものを口にくわえ、パチンと指を鳴らして炎を作りだすと、葉巻に火をつけてじっくりと吸う。炎を扱う魔法など得意ではないが、このために使える程度の火力なら起こせるようだ。


「敵の総数は二千を超えていると思われます。そのうち過半数が山脈の外部を侵攻し、残りは……」


「お前、何しに来た?」


 首領の一声に言葉を遮られたガーゴイルの口が止まる。魔物の首領は目線を一切ガーゴイルには向けず、口から吐いた葉巻の煙をぼんやりと眺めたままだ。


「――報告に参りました。私からの報告は以上です」


「ほう」


 この時初めて首領の目線がガーゴイルに傾いた。その時、首領と目を合わせたガーゴイルの脳裏に過ぎった、自らを包み込む死の予感は、言い知れぬ悪寒となって全身を走る。


 ガーゴイルが次の言葉を紡ごうと、息を吸った時のことだ。首領はその掌を目の前に出して、黙れと言わんばかりにガーゴイルの行動を縛りつける。


「今考えてんだ。戦うことより報告を選んで逃げてきたお前と、人間の首の手土産一つ持たずに俺の前に顔を出したお前――俺ぁどっちに腹を立ててんだろうなぁ、ってよ」


 首領の目には殺気は無い。今ここで怒りに任せて部下の命を奪ったところで、首領にとって何の得もないはずだ。殺意がないのは当たり前のことである。


 にも関わらず、ガーゴイルの心臓を鷲掴みにする、この悪い直感は何なのだろう。ガーゴイル達、魔物が知るこの首領は、損得勘定をするにあたって非常に細かい価値観を持っているはずなのだ。いくら何らかの形で機嫌を損ねたとしても、命を脅かされる心配は無いはずなのに。


「まあ、いい。もう行っていいぞ」


「はっ!!」


 ガーゴイルは人間のように一礼すると、振り返って翼をはためかせ、その肉体を宙に浮かせる。そして、魔力を纏った全身を震わせ、騎士団を迎え討つべくその身体を前進させた。


 その背後で魔物の首領が、腰元のベルトに装着された無数の鉄球のうち一つに手をかけた。大粒の林檎一つまるまるぶんありそうな大きな鉄球だが、魔物の首領の大きな掌に収まれば小さく見えるというのが、この魔物の巨大さを物語っている。


 直後そのガーゴイルに向かって投げつけられる鉄球。鉄球は素早く前進するガーゴイルの後頭部に、瞬く間に追いつくと、着弾した瞬間にガーゴイルの頭を粉砕し、脳漿を暗い洞窟内にぶち撒けた。


 頭部を失ったガーゴイルの肉体が、放り投げられた人形のように地面に落ち、前進していた勢いに任せて前方に転がる。受け身や着地体勢などとれるはずもなく投げ出された肉体のみは、重みと勢いでぐしゃぐしゃいびつに転がって、無残な首なし悪魔の死体へと変わり果てた。


「言い訳を利かせて戦場から逃げるようなザコは要らん。他の連中の食い扶持が減る」


 それだけ言い残して、亡骸となったガーゴイルのことなんかもう忘れたかのように、くわえた葉巻から煙を深く吸い込んで、さも満足げに煙を吐き出す。朝一番の煙草を吸うように安息したその面持ちは、今しがたひとつの命を奪った者が本来浮かべるような表情ではない。


「数は……んん、千人弱ってとこかね。俺がここにいると思ってその人数なら、舐めてんなぁ」


 くっくっと笑いながら、魔物の首領は首を鳴らす。座ったすぐそばにある、得物の大戦斧をちらりと見たものの、使う必要があるかなと首をかしげ、改めて一度ふっと笑いを漏らす。


「……まあ、ベルセリウスが混ざってるようだしな。楽しみ甲斐はあるか」


 鉱山内に踏み込んだ人間達の数のみならず、特定の人物が混ざっていることまで明確に見通して、プラタ鉱山の奥地に居座った魔物は、新しい葉巻に再び火をつけるのだった。











 雨が降り始めた。上空の積乱雲がごろごろと音を立て始めているが、今プラタ鉱山に突入せず、山中の魔物達と交戦している騎士達に向かって降り注ぐ稲妻は、天気とは無関係だ。


「クケケッ!!」


 空中に漂う、青白い裸体を晒す人の形をした魔物は、その周囲を取り巻く緑色の悪魔インプ達より一回り大きな体をしている。その全身がぼんやりと光り、肉体から溢れる魔力が稲妻の魔法となって、山に踏み入った騎士達に襲いかかってくる。


「ぐわあっ!?」


「く……!」


 稲妻の魔法を受けて力無くその場に膝をつく同士を見た騎士が、魔法の使い手であるその魔物に向かって駆けだす。しかしその魔物を取り巻くインプの群れが、地上を駆ける騎士に向かって一斉に火球を放ってきた。


 騎士は炎に包まれて、悲鳴をあげてのたうち回る。雨中であろうと魔力によって生じさせられ固定された炎は、対象の肉体を容赦なく焼き、やがてはのたうつ騎士が纏う土と、雨によって消えていく。炎が消えた頃には、命こそあるものの全身を焼かれて戦闘不能になった騎士の姿が残るのみだ。


 一人の人間が丸焦げになった様を見て、青白い肌をした小悪魔は笑う。インプ達の上位種族にあたるグレムリンは、自らの操る落雷魔法と、下位種や同種の魔物の魔力を連携によって活かして戦う知能が、何よりも厄介だと言われる存在だ。


「何がおかしいってのよ……!」


 心底不愉快な想いを口に漏らしたアルミナが銃の引き金を引いた直後、油断していたグレムリンの頭部に風穴が開いて、その肉体が地面に落ちる。上位種のグレムリンを撃ち落とされたことを知ったインプの群れは、その主たる原因のアルミナを一斉に睨みつけた。


「開門、岩石弾雨(ストーンシャワー)


 しかし直後、インプ達の上空に、光を遮る巨大な亀裂が現れる。円形の傘のようにインプ達上空を覆い被すその亀裂から、やがてインプ達目がけて無数の石の雨が降り注ぐ。


 大きな落石の数々に、直撃を受けたインプはそのまま地面に落とされ潰される。いち早くそれに気付いて落石を回避したものの、先読みするかのように行き先に降る落石に撃墜されるインプもいる。そして地面に落ちたインプには、すかさず一回り大きな岩が降り落ち、インプの体の一部を地面との間に挟んで、その動きを封じ込めてしまうのだ。


 落石の位置や大きさをすべて自らの意思で操作するチータは、他の魔法を使うよりも大きく魔力を消費している。多数の魔物を一斉に攻撃する以上はやむを得ないが、この程度の魔力の消費量ならば、特に後に響くこともあるまいとチータは平然顔だ。それぐらいの魔力を作るだけの修練なら、過去に山ほど積んできたのだから。


 落石を逃れたインプは亀裂の攻撃範疇から逃れ、ちょうど目についた一人の騎士に向かって火球を放とうとする。位置はバラバラに、そんなインプが二匹いた。


「どうぞ」


「はいよ」


 獲物をチータに差し出されたマグニスがナイフを投げ、攻撃態勢に入ったインプの額を貫く。その手から火球を放つより早く、インプは頭から血を流して落下していった。


 そのインプが地面に辿り着く頃には、もう一匹の逃げ延びたインプも、心臓を貫く風穴を胸元に空けられ、力無く落ちていく。キャルの放った矢がインプに逃げる間も与えずその身を貫いたからだ。


 落石に動きを封じられたインプ達にとどめを刺すべく、多くの騎士達がそこに集まっていく。魔法を放って一息ついているチータに近付くのはマグニスだ。


「あの程度の魔物ばっかならラクなんだがねぇ」


「確かにそうですね」


 両者とも、このまま終わるわけがないとわかった上で、そんな会話を重ねている。魔王マーディスの遺産と呼ばれる3匹の魔物のうち、いくらかが潜むと言われるこの地にて、この程度の魔物達ばかりで敵の布陣が固められているはずがないからだ。







 マグニス達から少し離れた場所で、シリカ達は戦っていた。道中で身につけていた使い捨てのマントはとうに脱ぎ捨て、寒空の下を全力で駆ける騎士達は、熱くなりつつある体で寒さなどとうに忘れている。戦場はずっと、命を懸けた上で走りっぱなしなのだ。日頃の動きやすい格好を優先して素肌を晒しても、冷える体を意識する暇もないのが現実である。連日寒い地に滞在する任務なら別の手段を取るものだが、今回のような一日戦役ならこれでいい。


 迫り来るミノタウロスの斧を、前方高くに跳躍して回避すると同時に騎士剣を振るい、ミノタウロスの鼻先に傷をつけ、その怒りを煽るシリカ。着地する先にオーガが待ち構えていることも織り込み済みで、落下する彼女に振りかぶられたオーガの巨大な棍棒を騎士剣で強く打ちつけ、敵の武器ではなく自らの進む軌道を曲げて衝撃を受け流す。着地した瞬間にはすぐさま地を蹴って、雨でぬかるむはずの土も意に介さない勢いでオーガに迫り、その首を刎ね飛ばした。


 後方で凄まじい怒気を纏ったミノタウロスがシリカに直進しようと足を踏み出したその瞬間、ミノタウロスの視界の外から振りかぶられた槍先の一閃が、一瞬にしてミノタウロスの頭部を胴体から切り離す。太く筋肉質で、並の腕力では途中で刃を止めてしまいかねないミノタウロスの首をあっさり刎ねた槍を握る主は、腕力と敵の隙を見逃さない能力に秀でたクロムだ。


「おうシリカ、ナイスパス」


 シリカの攻撃で頭に血が昇ったミノタウロスを、楽々仕留めた事実をクロムが伝えようとしたが、シリカは特に返事も返さず次のオーガに向かって直進している。あいつらしいな、と満足げに笑い、クロムは改めて槍を構えた。


 一方で、ユースとガンマは対峙した魔物の群れに苦戦していた。トカゲのような頭部と鱗を纏った全身に加え、その両手に剣と盾を持つ魔物、リザードマンの群れがユースとガンマを取り囲んでいる。


 ゴブリンやホブルムのような下級魔物を上回る腕力と俊敏性を持つリザードマンは、特にユースにとっては脅威だったと言える。その下級魔物のゴブリンだってそもそも、腕力だけで言うならば人間の大人といい勝負が出来る魔物なのだ。太刀筋や肉体を鍛え続けてきたユースの腕力でも、真っ向から剣や盾をぶつかり合わせていれば、勝ちの目は薄くなっていく。それが数匹相手。


 どこから調達したのやら鋭利なロングソードを振り回すリザードマンの攻撃を、ユースは可能な限り回避することに努める。一撃かわせば次の一撃が他方から襲いかかり、時には盾でその攻撃を受け流し捌く技術を見せるユース。真っ向から戦うべきでないことを、一度一匹のリザードマンと剣を交えた瞬間に悟ってこの戦い方を選べるだけでも、ユースは実に合理的に戦い方を組み立てている。


「邪魔くせえ……!」


 そのすぐそばで、ガンマも二匹のリザードマンと対決していた。自らに振り下ろされた長剣を、剛腕任せに大斧ではじき飛ばし、リザードマンの剣を吹っ飛ばす。直後自らの胴元を貫くべく、斜め後ろから繰り出される別のリザードマンの攻撃。それをしっかり視野に入れていたガンマはわずか横に跳ねてかわす。武器を失った方のリザードマンは、そんなガンマに隙を見たか、その拳をガンマの頭に向けて振り下ろすが、身をひねってそれを回避したガンマの裏拳が、逆にリザードマンの顔面を打ち抜いた。


 直後後方から剣を突こうとしていたリザードマンに大斧を振りかぶり、盾で身を守ろうとしたリザードマンを、無駄だとばかりに殴り飛ばすガンマ。想像を超えたパワーに吹き飛ばされて地面に叩きつけられたリザードマンは、やがて周囲の騎士達が片付けてくれるだろう。顔面にガンマの裏拳を受けてよろめくリザードマンを、すかさず頭から大斧で真っ二つにして、ガンマはふうっと息を吐く。


 それに近いタイミングで、二匹のリザードマンに苦戦していたユースも活路を見出していた。前方と後方からほぼ同時に振り下ろされる斬撃の気配をしっかり感じたユースは、真上に高く跳躍して、リザードマン達の視界から一瞬消え失せる。目の前のユースが消えると同時に、さっきまでユースの体で隠れて見えなかった同胞の姿を見合わせたリザードマンは、同志討ちを避けるべくその剣を止めた。この一瞬の思考こそが、ユースの作り出したかった隙。


 落下するユースは騎士剣で、一匹のリザードマンの頭頂部から肩口にかけて斜めに、その頭を切断する。もう一方のリザードマンがその光景を視認して戸惑うより早く、剣を振りかぶってその首元を切断し、一瞬でとどめを刺して見せた。頭を乱暴に切断された方のリザードマンは、致命傷ながらも即死には至らぬあたりに魔物の生命力を醸し出しているが、油断など見せる素振りもないユースは、睨みつけるリザードマンの眼差しにも一切怯まず、その剣で改めて敵対するリザードマンの首を切り落とした。


 オーガのような巨大生物と戦いながら、ユース達の戦いぶりを視界の中に何度か収めていたシリカも、この結果には満足がいくものだっただろう。はじめ出会った頃よりもずっと強くなるべく訓練に励んでいたユースとガンマの二人が、リザードマンの群れ如きに後れを取るはずがない。当然の信頼を裏切らず、最善の結果を素早く導き出した部下の姿は、彼らの師であるシリカにとって最高の旅土産だ。


 それを見届けふっと笑うシリカに隙が出来たと思ったか、オーガは全力でシリカを殴り飛ばすべくその棍棒を横薙ぎにフルスイングする。その攻撃を跳躍で回避したシリカは、その途中でオーガの額を切りつけ、それに動揺するオーガを、落下するままに頭頂部から真っ二つに切り裂いた。余計な力を使うまでもなかったので、騎士剣はオーガの頭頂部から首元まで辿り着いて、頭部を両断できた時点ですぐさま引き抜いた。股下あるいは胸部まで真っ二つにする必要性はどこにもない。


 第14小隊の戦いぶりはまさしく絶好調で、多少手を焼く瞬間があっても、特筆すべき苦戦もなく敵の数々を葬っている。それでも8人の表情から、戦場を甘く見る色は一切うかがえない。どんな時も普段の調子を崩さぬ表情を保つクロムやマグニスは例外的だが、その心中では歴戦の魂が、この先に控えるであろう苦難に対して常々警戒心を高めている。


 この程度の敵につまづいていては、この先へ進む資格などありはしない。それが法騎士シリカ率いる第14小隊の面々が、示し合わせるまでもなく共通して想い抱いていたことだ。











「ふーむ。ダイアンの言うたとおり、シリカ率いる第14小隊は粒揃いじゃな」


 山林の敵を巨大な鉄球棒でなぎ倒しながら、感心するように聖騎士クロードがつぶやいている。木の間を器用にすり抜けつつ、目指す敵に巨大な鉄球を直撃させて次々葬っていく姿は、小さな体でその身に背負った聖騎士の名の重みを、これ以上なくわかりやすく体現している。それだけの豪勇ぶりで魔物達を戦慄させておきながら、片手間に遠方で戦うシリカ達第14小隊のはたらきを見届け、涼しい顔で独り言を述べるのだからとんでもない。その態度が物語る、観察眼と視力も桁外れだ。


 顔面を鉄球で打ち砕かれて絶命したオーガや、まるで蚊でも落としたかのようにごろごろ転がるインプの亡骸などを除き、クロードの周りには何者もいなかった。巨大な得物を振り回すクロードのそばで並んで戦う仲間は、むしろクロードにとって邪魔になる。典型的な単身特攻タイプのクロードから離れる形で、彼の率いる部下は魔物達と交戦している。


「む……!! 第31小隊、全員頭を下げい!!」


 山林の中にある殺気を瞬時に感知したクロードが、幼さを思わせる高い声で怒鳴った。眼前の魔物達と戦うことに集中していた騎士達の意識にも割り込んだその声に、第31小隊という部隊に身を置く騎士達が思わず頭を低く下げる。勿論交戦中なので、戦闘態勢を保ったままだ。


 直後彼らの頭上を通過していく、矢のように素早い弾丸。ある一人の騎士の髪をかすめたその一撃は、その騎士の全身から汗を噴き出させる。あと一瞬頭を下げるのが遅れていたら、今頭上を通過した何かが自身の頭を貫き、粉々にしていただろう。そんなビジョンが第六感によって脳裏に描かれる。


 過ぎ去ったその何かは、何にも着弾しなかった事実を見受けて引き返す方向に戻っていく。それはかつてコズニック山脈で数多くの魔物達と戦った過去を持つクロードからすれば、見覚えがあり過ぎて敵が何者かまで一瞬で把握できる代物だ。


「ヒルギガースか……片付けてくるかのう」


 弾丸が帰っていった先、分銅の発射場所に向かってクロードが駆けていく。少し直後、自身に殺気を向けられたことを察知した分銅の使い手が、クロードに向けて分銅を勢いよく放ってきたが、木々の間をかいくぐって自らの額を撃ち抜かんとするその分銅を、クロードは鉄球棒の尻の部分ではじいて一蹴した。その後もう一発分銅を投げられたが、これもまた同じように危なげなくはじき飛ばす。




 あっという間にヒルギガースを視界に捉えたクロードは、その足を速めてヒルギガースに急接近する。今さら分銅を投げても無駄だと悟っているヒルギガースは、分銅と手元の巨大な錨を繋ぐ長い鎖を腕に巻きつけ、防具代わりにして臨戦態勢だ。


 敵を射程距離に入れた刹那、長いリーチを持つ巨大鉄球棒を突くようにヒルギガースを強襲するクロード。素早い攻撃だがそれに反応できたヒルギガースは、手に持つ錨でその鉄球棒を上方に叩き上げる。敵のパワーと勢いを瞬時に察して、真っ向からそれを止めるような戦い方をしないヒルギガースの知能には、思わずクロードも舌打ちしそうになった。


 足を踏み出し、クロードに鎖を巻き付けた剛腕を叩きつけにくるヒルギガースの動きは素早い。ヒルギガースの巨体と比べれば小さなクロードの肉体は、いかに力自慢であっても、当の鎖付きのラリアットを受ければただでは済むまい。ヒルギガースの読みはクロードの自己分析にも一致しており、一見この場のクロードとしては、しゃがむか跳躍して回避するのがベストな判断だ。


 跳躍すれば空中の自分に錨を投げてくる。しゃがめば錨を至近距離で振り下ろして来るだろう。左右に回避するスペースがないことも、長い武器を握ったままではこの林間、後方に飛び退くことも難しいと、瞬時にクロードの士魂が未来を読み取る。その上でクロードが取った行動とは、武器を手放して後方に飛び退くことだった。


 予想だにしない動きとて、ヒルギガースにとっては悪くない流れだ。地面に転がる敵の得物をその足で踏みつけ、すぐさま腕に巻き付けた鎖を素早く解く。がんじ絡めに巻きつけられたように見えても、戦況の推移次第ですぐにほどける結び方を施すヒルギガースの器用さをクロードが忌々しく睨む暇もなく、ヒルギガースがクロードに向けて分銅を投げつける。


 顔面目がけて襲いかかる分銅を身をよじってかわすと同時に、クロードは分銅とヒルギガースの錨をつなぐ鎖を右手で握りしめた。狙いに当たらなかった分銅をすぐさま引き戻そうとしたヒルギガースは、引く鎖が止められたことに一瞬戸惑いを隠せない。


 ヒルギガースとクロードを繋ぐ鎖が伸びきったのは一瞬だ。好機はそれと同じく一瞬しかない。虚を突くことが出来ても、ヒルギガースはすぐに平静を取り戻しベストの判断を下してくる。それを過去の経験から知るクロードは、ただちに左手を鎖に添え、鎖に擦れて血の滲む右手ともども力を加え、鎖を勢いよく引っ張った。


 思わぬタイミングで鎖を引かれたヒルギガースは、完全に不意を突かれた形でつんのめる。その瞬間地を蹴ったクロードは、体勢を崩したヒルギガースに急接近した瞬間、跳躍してヒルギガースの下顎を思いっきり蹴り上げた。


 よろめくヒルギガースを尻目に、地面に転がった自分の鉄球棒を握る。擦れた手に武器を握れば当然痛みが手を襲うが、完全に戦闘に集中したクロードは痛みなど気にも留めず、体勢を整えてクロードを睨みつけようとヒルギガースが目線を下げた瞬間、その膝の裏に鉄球の重い一撃を叩きこんだ。


 激痛に表情を歪め体勢を崩しながらも、しっかりクロード目がけて錨を振り抜くヒルギガースの姿は流石と言えるだろう。しかし苦し紛れの攻撃でしかないと冷徹に正しい分析を下すクロードは、跳躍して錨のフルスイングを回避し、彼を見上げたヒルギガースの顔面目がけて、その鉄球を上空から落下しながら勢いよく振り下ろした。


 顔面に鉄球が直撃した途端、常人ならば耳にしただけで気分が悪くなるような崩壊音が、山中に鈍く響く。頭蓋を粉砕し、内部まで粉々にする破壊力がヒルギガースの中枢を貫き、その重みに耐えられるはずもなく、ヒルギガースの巨体は仰向けに地面に崩れ落ちた。


 地面を蹴れる位置まで辿り着くと、すぐさま地を蹴って離れるクロード。ヒルギガースの体力と生命力には悪い思い出しかないクロードは、間髪入れずにもう一撃、さっきより力を込めて、鉄球を倒れたヒルギガースの頭部に振り下ろした。


 一撃目の時点ではひくついていたヒルギガースの全身が、二発目を受けて跳ねた直後、全く動かなくなる。鉱山の前で、聖騎士グラファスやマグニスに対してぷんすか不機嫌な童顔を晒していた彼が、戦士の魂を目に宿した表情でヒルギガースの亡骸を見下ろす姿を見れば、誰だって彼のことを侮ってかかることなど出来ないだろう。強豪と呼ばれるに相応しい実力と精神を持つ者だからこそ、聖騎士という立場にまで上り詰めることが出来た、それが真理である。


「……まったく。こんな奴が何匹もおっては部下達が心配じゃわ」


 直後クロードの側面から、その頬を貫かんと襲いかかる分銅。不機嫌丸出し、怒気を帯びた目でそれを見定めたクロードは、羽虫でも払うかのように鉄球棒の柄でその分銅を叩き返した。


「首を洗って待っておるが良い、身の程知らずが」


 二匹目のヒルギガースに向けて迷いなく駆けだすクロード。法騎士であるシリカも手を焼いたヒルギガースを、身の程知らずと切って捨てる態度は傲慢でも自惚れでもなく、確かな実力に基づいて自身を分析した一言だ。


 何度か襲いかかる分銅を退けながら走り、やがて一匹のヒルギガースと、三匹のグレムリンが待つ山中の開けた場所に辿り着くクロード。先ほどよりも攻め落とすに手を焼きそうなこの状況にも、勝利以外の結果を想像できないクロードは、鼻で笑って魔物達を挑発して見せた。






 一人の聖騎士が正しく分析したとおり、間もなくしてその場の四匹の魔物達も討伐されることになる。しかしその結末自体は予想どおりであっても、クロードの目に気抜けするような色はその後も一切漂わなかった。二匹のヒルギガースを短い時間で葬り去っておきながらも、第14小隊の面々とは一線を画す高次元で、この程度でつまづいていては先になど進めぬと、クロードは確信している。


 クロードは知っている。魔王マーディスの遺産という言葉で言い表される魔物達が、いかにここまでに現れた魔物達とかけ離れた実力を持っているのかを。かつてその目に焼き付けた怨敵の実力は、今思い返しても身震いがする。そしてそんな難敵を打ち破るために、年老いた今となってもなお己を高め、この戦場に立つ日を迎えたのだ。それは勇騎士ベルセリウスも聖騎士グラファスも、同じような想いを抱いてこの日に辿り着いている。


 法騎士という、騎士団の中でも重要とされる立場で日々精進する若者達。それらさえも導き明日を勝ち取ることに、己が使命を掲げた聖騎士や勇騎士の闘志は、長年追い続けた宿敵達が潜むこの山脈に辿り着いたこの日、かつてないほど燃え上がっていた。


 戦いはまだ、始まったばかりである。

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