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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第3章  絆を繋げる二重奏~デュエット~
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第33話  ~法騎士シリカと騎士ユース~



 少騎士から騎士になって、突然今までの日々が変わるということはない。法騎士シリカの下に就く一人の騎士として、彼女が騎士団から授かった任務に同行し、任務のない日はひたすら彼女を相手に修練を積み、英気を養う日々。周囲も、少騎士から騎士に昇格したユースに対し、特に大きく見方を変えることもなく、代わり映えのない毎日だ。


 心境が変わったのはユース本人ぐらいのもので、見習いのひとつ上程度の少騎士であった頃と同じ気位ではいけないと、訓練にも任務にも、これまで以上に意気込んで臨むようになっている。実力そのものは前と変わっていなくたって、すべきこと、責任の重さだけは大きくなっていくのが、立場の上がった人間の宿命というものだ。今背負った、新しい肩書きに恥じぬはたらきが出来ねば騎士になった意味を感じられないユースは、心意気盛んに日々を歩いていた。


 エレム王国騎士団5つの難題、第3問。"騎士として最も必要なものは何であると思うかを述べよ"。この解答欄に、責任感の三文字を記し続けた少年は、新たな称号を背負って以降、その信念を揺るがず行動に表わそうとしていた。











 ラハブ火山。魔導帝国ルオスの南、亡国ラエルカンの北に位置する、オギエイ山脈の中でも最も名高い休火山に、第14小隊のメンバー達は任務で赴いていた。周囲では、エレム王国騎士団からこの地に戦うために足を向けた、騎士団の面々も戦っている。


 エレム王国の南に位置するコズニック山脈にかつて魔王マーディスが居を構えていたのと同じく、このラハブ火山にも、遙か昔には一人の凶悪な魔王が潜んでいたという歴史がある。その魔王も、かつて魔導帝国ルオスの英傑達によって討ち果たされ、今はこのラハブ火山に潜む脅威もすでに消え去ったものであると断定されている。その当時にも、エレム王国や魔法都市ダニームの偉人達が、ラハブ火山の魔王討伐には協力した過去があり、エレム、ダニーム、ルオスの三国の関係はかねてより良好なのだ。その時の同盟国家のもう一つ、ラエルカンは現在もう滅んでしまったものの、古くからこの四国家は良い繋がりを持つ国々であった。


 ラハブ火山には、未だ魔物が出没する。かつて魔王が潜んでいたというこの場所は、不思議と魔物を引きつける傾向にあるらしく、どこからか集った魔物達が火山に潜み、時に人里まで降りて災厄となるという。それを未然に防ぐため、帝国ルオスでは定期的にこの火山に潜む魔物達を討伐している。その際には、エレム王国も同盟国家として、騎士団から戦力を貸し出すのが通例なのだ。






 狼のような姿をした魔物、ジャッカルの群れの猛襲を受けてガンマが苦戦している。素早いジャッカルの特攻は、反射神経の良いガンマでも数匹がかりでこられると手を焼くもので、大斧で一匹のジャッカルを真っ二つにした直後、後方から飛びかかってくるジャッカルを跳んで回避するためすぐに地を蹴ったりと、ともかく気が抜けない。


 彼を囲もうとして集まって来るジャッカルを、アルミナの銃弾が、キャルの矢が少しずつ減らす。二人は接近戦に持ち込まれると戦うすべに欠けるため、比較的安全な遠方からの援護に徹している。その二人の少し後ろに立つチータが、周囲に視野を広げ、彼女たちを迫る脅威から守る役目を果たしている。


 かつて7人の小隊だった頃は、今のチータの役割をマグニスやユースが果たしていた。魔導士であり、広範囲にわたる戦力補強に回れるチータが参入したことで、援護射撃も後衛の守りも、そちらが一人で果たせることになり、第14小隊は非常に動きやすくなった。ユースも前衛に回れるし、マグニスはユースやガンマの安全を確保しつつも中衛に立ち、前衛は充分に層が厚くなっている。


 指揮官たるシリカも、彼らとつかず離れずいる範疇ならば自由に動けて非常にやりやすい。最悪、不測の事態が起こってどこかがほつれても、より自由な遊撃者となったクロムが、すべてカバーしてくれる安心感もある。頭数の不足で戦い方が狭められていた過去より、一人有力な兵が増えるだけでどんどん戦い方に幅が広がる経験則と同じくして、8人体制の第14小隊はかつて以上に好調なはたらきを見せていた。


「キャル、前方右! ヘルハウンド!」


 アルミナの叫び声に応じ、キャルがその方向に矢を放つ。岩陰から飛び出した、真っ赤な体毛を持つ子牛ほどの大きさの犬を思わせる魔物、ヘルハウンドは、キャルの放った矢を回避すべく動いたが、敵の動きを読んだキャルの精密な狙いから逃げきれず、後ろ脚をその矢で射抜かれて地面に転がった。


 きっ、と顔を上げたヘルハウンドがその口を開け、喉の奥を光らせる。この次にどんな攻撃が繰り出されるかは、ヘルハウンドの生態を知る者ならば誰もが察せるところだ。


 ヘルハウンドの口から放たれた、人の頭ほどもある火球を左右に跳んで回避するアルミナとキャル。次に銃弾を放ったアルミナによって、頭に風穴を開けられたヘルハウンドはそのまま斃れるが、そのアルミナの左方遠方から、もう一匹のヘルハウンドがアルミナ目がけ、同じように口から火球を放って攻撃する。


「開門、水魔障壁(アクアウォール)


 チータが魔法の詠唱を終えた瞬間、アルミナの左方の地面に青い亀裂が開き、そこからアルミナの背の高さを超える、間欠泉のような太い水柱が噴き出した。それはアルミナめがけてヘルハウンドが放った火球から彼女を守り、火の玉は水柱に呑み込まれて消えていく。


「ありがと、チータ!」


 火球そのものには気付いていたし、回避するにも間に合う動きは出来ただろう。それでもわざわざチータがこうして火球を防いでみせたのは、迫る危険があっても自分が必ず守ってみせるという表明だ。これがあるだけで、アルミナも相当動きやすくなる。自分の力だけで自分を守る必要がないと信じられれば、攻勢に向けて意識を集めやすくなるからだ。


「やっべー、死ぬほどラクだわ。誰も守らなくていいってだけで、すっげーラク」


 気の抜けた表情でその手に握るナイフを巧みに操り、自らに迫るジャッカルを、鳥の姿をした魔物ヴァルチャーを次々と切り落とすマグニス。遠方からヘルハウンドがマグニスを火球で狙撃しても、余裕綽々でそれを避け、カウンター気味にそちらへナイフを投げてヘルハウンドの首元を貫いている。


 火山岩で全身を構成し、高熱を全身から放つ魔力を持つ岩石巨人の魔物、マグマゴーレムや、火を噴く小さな竜の魔物、ブレイザーなど、ユースやガンマ、アルミナ達では対応するには厳しい強敵に関しては、すべてシリカやクロムが相手取っている。特にこの二種は、ラハブ火山外部に現れる魔物の中でも警戒される魔物として、特に有名なものだ。


「マグニスの奴、ラクしてやがんなぁ。こっちは大変だってのに」


 炎を纏った拳を振り回し、振り下ろしたその腕が地面に当たれば、岩石片とともに火の粉をまき散らすマグマゴーレムの攻撃は脅威的だ。火の粉といっても密度が高すぎて、熱風のようにまき上がるその炎は、攻撃を回避しても全身を焼いてくる、二次災害の種である。


 加えてその単眼から火球を放つ攻撃手段を持つのだから、なかなか手に負えない。マグマゴーレムの腕の攻撃を難なくかわし、即座にその単眼に向けて跳躍して槍の先を突き出したクロムがあっさりとこの魔物の討伐を果たしたものの、この魔物をここまで容易く葬れるのは、この場にいる騎士の中ではせいぜいシリカぐらいのものだ。クロムの周囲で魔物の討伐に向けて全力を注いでいる上騎士や高騎士にも、これほど鮮やかにマグマゴーレムを仕留められる者はいないだろう。


 時々周囲の部下に目を配りながらも、シリカは苦戦する気配もなく次々と魔物を討ち果たしている。ある一匹のヘルハウンドに急接近すると、その魔物が火球を放って抗う暇もない速さでその首を切り落とす。上空後方からシリカに向かって火炎を放つブレイザーの気配を察するや否や、身を翻すと同時にその身をわずか横に逃がし、すぐブレイザーに向かって跳躍。迫る人間の手から放たれる騎士剣の斬撃を、人の子ほどの大きさながら人間離れした怪力を持つ竜、ブレイザーがその足先ではじき上げる。しかしそのまま空中で身をひねり、返した刃でもう一撃の斬を放つシリカの動きにはブレイザーも反応できず、その剣が竜の固い鱗に包まれた胸元を真っ二つに切り裂き、絶命したブレイザーとともにシリカが地上に降りてくる。


 その彼女の着地を狙い打つヘルハウンドの火球を、魔力を纏った剣で斬り払い、当のヘルハウンドとは別方向から、自らを狙っていると思しきブレイザーに向かって突進する。比較的低い位置にいたブレイザーに迫るまでさほど時間はかからず、抗おうとしたブレイザーも為すすべなくシリカの剣で切り裂かれるに至る。縦横無尽に戦場を駆け回り、周囲の騎士が最も手を焼くであろう魔物ばかりを次々と始末するシリカのはたらきが、騎士団の優勢を惜しみなく濃い色に変えていく。


 そんな彼女やクロムが、今この戦場で最も注視しているのは、前衛の若き二人。チータによって、加えてマグニスによって、万一の場合への対応が期待できる後衛には、もはやさほど注意を配る必要は無いのだ。それよりも、血気盛んに危険地帯の中心地に立つユースとガンマの方が気がかりになる。


 特に、その片方だ。昔から、自身の実力以上の危険に向かっても恐れ知らずに勇気を奮う少年の姿は、上官たるシリカにとっては常々心配の種であった。良く言えば勇敢、優しく言えばがむしゃら、正しく言えば向こう見ずな少年からは、法騎士シリカも常に目を離せない。


「っ、と……! あと3匹!」


 大斧を振り回して戦うガンマは、並の魔物ならば自身の攻撃一発で葬れることをよく知っている。だからこそガンガン攻める姿勢をよく見せる一方で、とどめの一撃に向けての動きはその実周到だ。大きな斧に目を奪われがちな敵を翻弄し、隙を作ってから確実な一撃で敵を葬る戦い方は、かつて大雑把で危険な戦い方ばかりしていた彼に、立ち回りの妙を教えたクロムの賜物だ。


 騎士になったばかりの少年騎士は、そうではなかった。かつてより力も、体捌きの上手さも増した今になったものの、強い魔物と対峙すれば一撃必殺の力を持っているわけではない。だから敵の懐にくらいつき、深い一撃を与えなければ敵を葬れぬことを正しく認識している。その上で、周囲の負担を減らそうと、自らに迫る魔物に対して恐れず立ち向かうのだから、実力以上の無茶も多くなる。


 上空からユースに目がけて炎を吐きだすブレイザー。放っておけば、そのうちシリカかクロム辺りの実力者が葬ってくれるであろう強敵に対しても、ユースはその目に闘志を宿して立ち向かう。


 炎を避けて、ブレイザーに向かって跳躍するユース。シリカの攻撃にも一度は反応できるほどの反射神経を持つブレイザーが、彼女に劣るユースの斬撃に対応するのは比較的容易。ブレイザーを頭から真っ二つにせんと振り下ろされたユースの騎士剣は、空中でその身を滑らせるブレイザーの動きによって回避される。ユースも落下して魔物から離れる前に、すぐに手首をひねって、身を逃したブレイザーに向けて騎士剣を振り上げる一撃を放つ。


 この一撃には危うかったものの、足先の爪でそれを払い飛ばして危機を回避するブレイザー。そしてユースが落下していく姿を見定めるや否や、その口から炎を放って追撃する。着地してすぐさま横に跳んだユースは直撃を免れたが、顔のそばを駆け抜けた炎が僅かに髪を焼いたかのような痛みを伴い、さっきまでユースのいた地面にぶつかった炎が熱風を起こしてユースの顔を歪めさせる。


「世話の焼ける……!」


 ユースに注視していたブレイザーの右目を、マグニスの投げたナイフが貫いた。激痛とともに片目の視界が突然真っ暗になった事態にブレイザーはふらつき、その隙を見出したユースが、再びその魔物に向かって跳躍する。身悶えするブレイザーはその剣撃に応じる暇もなく、その首元から体を真っ二つに切断され、命を失い地面に落ちてくる。


「すいません、マグニスさん……!」


 着地して、振り返りもせずに次の敵を見定めつつ、そう言い放つユース。一方、今のくだりで完全にユースに目をつけたマグニスは、仕事が増えたなとばかりに少々溜め息混じりの表情だった。


 ユースには、シリカと同じことは出来ない。それに近付く努力を重ねる姿勢は美徳とも出来るが、追いつかぬ実力が彼を危険に晒す頻度は、彼を見守る周囲にとっても常に肝を冷やす要素だ。


 自らに向かって放たれる火球を回避しながら、ヘルハウンドに接近し、一発目、二発目の斬撃をヘルハウンドにかわされながらも、二発目の斬撃をかわす際に姿勢を崩したヘルハウンドを頭頂部から真っ二つにする三撃目で、ユースがまた一匹の魔物を討伐する。しかし、そのユースを遠方から砲撃で狙い撃つ魔物がいることに、ユースは気付いているのだろうか。


 ユースを狙う一匹のヘルハウンドに対し、いち早く銃弾を放ったアルミナによって、側頭部を撃ち抜かれた魔物は倒れた。しかしユースを狙っていたヘルハウンドは一匹ではなく、彼の右方近くの岩陰から飛び出したもう一匹のヘルハウンドが、ユースめがけて口から火球を放った。


 ユースがそちらを見定めたその瞬間には、すでにヘルハウンドから火球が放たれた後。今すぐ体を横に逃がして回避することもできるかもしれない。ギリギリのタイミングだ。まだ最悪ではない。


 しかし、ユースはそうしなかった。その腕に構えた盾を火球の前に掲げ、ヘルハウンドの放った炎の凶弾を盾でもって防ぐ構えをとったのだ。遠方より、そんなユースの行動を見届けた瞬間、シリカの胸を貫いた焦燥感たるや、まさしく一瞬全身を硬直させるに値したものだ。


「練習どおり、いけば……!」


 かつてシリカに魔法学を教わった時から、ずっとイメージしていたこと。毎晩夜更かししてでも煙羅法を繰り返し、自身に巡る魔力の流れを認識し、それによって為したいことを想像し続けた結果。ユースが自ら生み出した魔力が彼の左腕の盾を纏い、その盾とヘルハウンドの火球が衝突した。


 鉄製の盾に衝突した火球の熱が、腕まで貫き強烈な痛みをその身に訴える。ここまでの生涯で初めて経験する類の苦痛にユースが思わず瞳孔を開くものの、対象に衝突した瞬間に炸裂して火柱を上げる魔力を纏うはずの火球が、ユースの霊魂と精神が絞り出す魔力に抗われて炸裂しない。その実感を肉体と精神で実感しながら、その盾を装備した左腕を振り払った瞬間、火球はその動きにつられてユースの左方上空に向けて飛んでいき、空中で、抑えつけられていた魔力が破裂したかのように、火球が花火のようにはじけて火の粉を降らせた。


 ほう、と感心するようにうなずきながら、自らの右から噛みつこうと迫って来るジャッカルを、見向きもせずにその槍で突き刺しつつユースを見守るクロム。そんなユースを見ながらもやれやれと首を振るマグニスも目についたものの、クロムの表情は揺らがず上機嫌だった。


 一方のユースはというと、火球をはじかれたことに面食らったヘルハウンドに向けて一直線に突進し、斬撃を重ねてそのヘルハウンドを討伐に至る。その勝利は先ほどと同じく、苦を伴うようなものではなかったものの、僅かにユースの動きが鈍くなっているのにはわけがある。


 実戦で、霊魂に負担をかけて実用的な魔力を生み出すことが、それに慣れていないユースに対し強烈な負荷となって襲いかかるのだ。肉体と精神を繋ぎ止める霊魂が疲弊することは、自らの思う動きに対し、体がついてくることを著しく遅らせることに直結する。体が重くなったように感じるユースは、今初めて実戦で、魔力を霊魂から捻出することによって生じる過負荷を実感している。


 自ずと、普段通りに出来ていたはずの戦場での反応力も失われる。ユースに迫る機敏なジャッカルが、本来ならそれを切り捨てて応じられるはずのユースに、盾での防御を強いている。平常時なら苦戦を強いられるような相手でもない魔物に対し、二度三度の防御を挟まなくては攻勢に移れない現実には、ユースも精神的に傷を負わされた心地だった。


 ジャッカルという下級の魔物に手こずる少年が戦場の最前列にいる事実は、数多くの魔物がそれに目を付けるには充分な要素だった。シリカやガンマがそこに駆け付けることを心に決めるより早く、数匹のヘルハウンドやヴァルチャーが、四方八方からユースに襲いかかる。目の前のジャッカルを討ち取ったとはいえ、とても今のユースに捌ききれる敵の数と速さではない。


「ちったあ、サボることを覚えろや」


 そんなユースの前に立ちはだかるように横入りした、大きな影。声の主であるその大きな背中は、あらゆる方向からユースに迫る魔物の群れを、その手に握る長く太い槍を振り回し、一瞬にしてなぎ払った。


「お前に関して言や、割と真剣に俺は言ってんだぜ?」


 ユースを襲う危機をあっという間に一人で退けたクロムは、出来の悪い弟を優しく見守るような目で振り返り、そう言って小さく笑う。久しぶりに間近で見る、シリカにも勝るとも劣らない実力を担う豪傑の槍捌きを見たユースは、魅入ったと同時に肩の力が抜け、窮地を救われたことに対して顔を上げられなかったか、頭を下げてうつむいた。


 しっかりしろや、と笑いながらユースの背中をバシンと叩かれ、背筋を伸ばされたユースが顔を上げると、目の前にはまだまだ魔物達がいる。騎士団の仲間達も苦戦する中、剣を下げてこのまま立ちすくんでいるわけにはいかない。そんな想いが駆り立てられる。


「ガッツ見せろよ、少年」


「――はい!!」


 心意気新たに敵地に駆けていくユースの後を追うように、クロムもついて走る。ユースの肉体は霊魂の疲弊によって、全力未満の力しか発揮できないのは明確だ。その事実を正しく認識するクロムは一度前衛を退き、無鉄砲な少年の安全を盤石にする役目を背負った。




 程なくして、ラハブ火山を舞台とする騎士団の任務は完遂される。荒地に出没する魔物の数々はすべて討伐され、人が立ち入れぬほどの溶岩と熱気あふれる火山の深部まで赴いていた、魔力の扱いに長けた帝国ルオスの魔法戦士達も、やがて帰還する。並の騎士達では踏み入れぬ火山の深層部には、魔法によって環境への適応を可能とする者たちが踏み入れ、そこに巣食う魔物達を討伐するのだ。


 ラハブ火山の表層部はエレム王国騎士団の精鋭が、深層部は帝国ルオスの手練とエレム王国騎士団のさらなる上層騎士の連合軍が制圧する、いつもどおりのラハブ火山進撃任務。たった一人の死者を出すこともなく、極めて安全に完遂されたこの結果には、双方国家も満足のいくものだっただろう。


 そんな中、一人の兵として戦った、騎士ユーステット=クロニクス。この日、彼が討伐した魔物の数は十数にのぼり、その中には討伐困難な魔物の中に数えられる、竜の魔物ブレイザーもいくらか含まれている。騎士という立場でこれだけの戦果を残せたことは、年の近い同僚に対してならば一晩かかって話してもいいぐらいの快挙だったと言えるだろう。











 エレム王国に帰還したシリカ達、第14小隊。シリカの住まいでもある、第14小隊の面々が共同生活するその家に、疲れ帰った少年を迎えたのは、上官のねぎらいの言葉などではない。


 家に着くなり、シリカの平手打ちがユースの右頬を捕えた。この家に着くまで、まるで一切彼を無視するかのように、たったの一言としてユースに対して口を利かなかったシリカ。それが家に着くなり、ようやくユースに対して起こしたアクションがそれだ。


「今日まで何を学んできた? 何度お前が命の危機に瀕した瞬間を、仲間が助けたと思っている」


 ひっぱたかれて真っ白の頭でシリカを見据えるユースの瞳には、強い憤りをその表情いっぱいに満たしたシリカの顔がある。第14小隊の中にあって、シリカとクロムに次ぐ数の魔物を討伐し、今日はシリカの期待に応えられただろうかと思索を巡らせていた帰り道の想いも、今となっては霧のように消えてしまっている。


「付け焼き刃の魔法でヘルハウンドの火球を防ごうとしたことも憶えているぞ! かわせるはずの攻撃を、なぜ最善手を敢えて選ばす受けようとした!」


 ユースの胸を貫く鋭い指摘。初めて実戦で行使した、自らを守るための魔法の発動。しかしあれはあくまで必要なものではなく、回避の道だって充分にあったのも事実なのだ。


「実戦はお前の力試しの場ではない! 戦場では己は要らず、団結力を優先せよと何度言えばわかる! お前の勝手な行動で、どれだけ周りが迷惑を被っているのか想像できないのか!」


 かつてないほどのシリカの怒号に、アルミナもキャルも、ガンマでさえも委縮してしまっている。客観的に見て今日のユースに対し疑問を感じていたチータは、ものも言わずにそれを見守っているし、言われてもしゃあないわな、という表情のマグニスは、心情を隠していないのがよくわかる。


「お前に魔法を教えたのは間違いだったな……! 騎士に昇格したのも考えものだ! その肩書きに縛られて己を見失うようであれば、お前に騎士の名は早かったというわけだ!」


 不意にシリカがユースの肩元に身につけた、騎士の階級を語る階級章に手を伸ばす。言い知れぬ予感にぞっとしたユースは、思わず一歩退いてシリカの手から逃れた。


 明らかな、シリカの行動に対する拒否反応。もとより怒りを宿していたはずのシリカの表情が、今のユースの行動によって、さらなる気迫を纏い、横で見ている立場のアルミナさえもびくりとさせる。


「……なんだ、その態度は」


 反発する部下に対する凄まじい怒り抱いたシリカがユースを睨みつける。手にしたばかりの階級章を毟り取られると感じたユースは一歩退いたものの、シリカの眼差しに縛られてその場で動けなくなる。


「……まあ、いい。それを身に付けていたところで、人がお前をどう評価するかは無関係だからな」


 伸ばした手を引っ込めて、離れた場所から冷やかな目でユースを見下ろすシリカ。今までどんなに自分に怒りをあらわにしても、決して見せたことのない、呆れと失望を前面に押し出したようなその瞳に、ユースの心を形容し難い痛みが包み込む。


「形だけの騎士階級を守りたいならそれでもいいさ。だが、お前が自分の立場を正しく理解し、己のあるべき振る舞いを正しく認識するまで、私はお前を騎士とは認めないからな!」


 部屋いっぱいに響き渡る声を張り上げて、シリカはユースの目の前から離れ、自室に帰っていく。呆然とその背を見送ることしか出来ないユースの胸中には、結果を出して誰よりも喜ばせるはずだった相手が、思わぬ形で自らに激怒をあらわにした現実に、空虚な風が吹くのみになっていた。






 家の中の喧噪を事前から予想済みだったクロムは、庭で一人煙草を吸っていた。やがてその場にマグニスが歩み寄って来て、彼の隣に立って自分の煙草に火をつける。


「シリカにも困ったもんっすね」


「報告いらんよ。聞こえてたし」


 煙草の灰を落として渇いた笑いを浮かべるクロムは、シリカの怒りも、ユースの喪失感も含めて把握したうえで、他方に対して溜め息をつかんばかりの表情だ。その顔色を見たマグニスも、クロムとまったく同じ心境で、庭先の一点に唾を吐くのだった。


「いつまでもつんすかね、アレ。そろそろ悪い形に炸裂してもおかしくないっすよ」


 マグニスが言い放った言葉に、沈黙を挟んで考える間を設けるクロム。その思索の先、自分自身の想う、冷徹で素直な一言をマグニスに対して返す。


「そん時はそん時だろ。お節介を焼くかどうかも、その時考えるさ」


 煙を夜空に吐き出すクロムは無表情だ。今現在のことにも、見えぬ未来にも興味のなさげな彼の表情が、本腰を入れて行動に移る彼の未来を、今はまったく予感させてくれない。


「旦那はつくづく、行き当たりばったりな生き方してんなぁ」


「お前に言われたかねえよ」


 くくっと笑う表情で、真意のほどを隠すクロム。こちらも大概行き当たりばったりの生き方を長く貫いてきたマグニスだが、やれやれとばかりに、早くも二本目の煙草に火をつけた。


 煙草の進みがやけに早い時の人間の心情は、人それぞれだ。それは焦っている時であったり、あるいは苛立っている時であったり。マグニスの場合、煙草の進みが早いことが何を意味するシグナルなのかを知るクロムは、一本やるよ、とばかりにマグニスに自分の煙草を一本差し出す。


 旦那の煙草はキツいんで結構です、と断って笑うマグニスに、クロムもあっそうと言って笑った。

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