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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第1章  若き勇者の序奏~イントロダクション~
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第2話  ~護送任務~



 厳しい厳しい二週間が始まってから4日目の朝。ユースもアルミナも、毎日の朝を死体のような目を開けて迎えていた。


 全身が「寝させてくれ」と筋肉痛とともに訴えかけてくる叫びに、隊長に怒られる恐怖が勝り、早起きして朝のお勤めを始める。部屋の掃除、朝食後に控える朝の戦闘訓練に備えた武器と防具の手入れ。


 戦闘訓練自体は本職の時に使う真剣や銃を使わず、木剣や、銃剣を模した模擬剣を使うので、武器の手入れは必要ない。ただ、防具はしっかり手入れしておかないと、訓練とはいえ怪我をし得るし、雑な手入れをした防具を来て訓練場に足を踏み入れたりすれば、それはそれで隊長の機嫌を損ね得る。


 そして、いざ急務となった時に武具の手入れが疎かだと、日頃の心構えの怠慢を突き詰められるのはお察しというもの。気の抜けない毎朝だ。


 朝食を採りながら、第14小隊の年若い少騎士と傭兵、ユースとアルミナはこの後の戦闘訓練に向けてイメージトレーニングを重ねる。昨日全身に痛みとともに刻みつけられた隊長の教えを、極力今日の訓練で加味した動きが出来るように。半端な姿勢を見せ、「昨日お前は何を学んだんだ?」なんて言われてはたまらない。昨日、のべ半日近くしこたまボコられた挙げ句に今日そんなことを言われてしまったら、ちょっとショックで立ち直れそうにない。


「今日は少々予定変更だ。任務を授かることになった」


 そんな二人の耳に、シリカ隊長の思わぬ言葉が突き刺さった。思わず二人とも、両手を止めてシリカの顔を同時に見てしまう。


「トネムの都から、ナクレウスへの麦の出荷が予定されている。だが、道中で野盗に遭遇する危険性を加味し、我々が護衛につくことになった」


 ユースには、その言葉の意味するところがすぐにわかり、目を細めた。一方アルミナは、言葉の続きを待つようにシリカから目を逸らさない。


「アルミナも知ってのとおり、トネムの都はこのエレム王都の南にある交易都市だ。そこまではわかるな?」


 把握に手間取っているアルミナを察したシリカが言葉を紡ぐと、アルミナはもちろんとうなずく。ここまでは、エレム王国に住む者なら誰でも知っていることだ。


「ナクレウスの村は、そこからずっと東の、旧ラエルカン地方に属する村だ。トネムの都からそこへ大量の食料品を出荷するわけだが、この意味がわかるかな?」


 そこまで聞いて、アルミナは事態を把握した。旧ラエルカンという言葉は、彼女の想像力のつぼを的確に刺激したようだ。






 旧ラエルカン地方は、シリカやユース、アルミナが属する国、エレム王国よりも東に位置する地。そこはかつて、ラエルカン皇国という大国が一手に支配していた地方だ。かの国は非常に高い軍事力を持つ軍隊と、高水準の魔法学を独自に持つ、軍事力で言えば世界有数の大国家だった。


 だが、数年前のこと。そのラエルカン皇国を、とある魔物の軍勢が襲撃する。それは、ラエルカン皇国の南に位置する山脈に居城を構える魔物達の王、魔王マーディスの率いる軍勢だった。


 世界でも指折りの国力を持つラエルカン皇国は抗戦し、結果的に数多くの魔物を撃退、討伐するものの、結局勝利を飾ることは出来なかった。3日間に及ぶ死闘の末、ラエルカン皇国は魔王マーディスの軍勢によって滅ぼされてしまったのだ。


 旧ラエルカン皇国はそのまま魔王マーディスの居城とされてしまったのだが、やがて数年後、とある英雄達の手によって魔王マーディスも討伐され、ラエルカン皇国があった場所は、再び人の手に取り返される形となったのだった。今はかつての国の形を取り戻すべく、数多くの国々の手によって、かの皇国があった場所は、ゆっくりと復興に向けて動いているところだ。


 しかし、そのラエルカン皇国が一度滅んだことによって、ラエルカン地方、今は旧ラエルカン地方と呼ばれている国土一帯の治安は、一度壊滅してしまった。ラエルカン皇国の陥落によって地方一帯に敷かれていた強い支配は解かれ、良からぬ考えを起こす裏の世界の住人がはびこった町もある。


 ラエルカン皇国を滅ぼした後、近隣の町村まで手を伸ばした魔物達によって壊滅を強いられた場所も数多くあった。そして魔物がその地を離れた頃合いに、火事場泥棒のように金品を漁りに来る野盗も数多くいたという。


 魔王マーディスの討伐によって魔物達が撤退した以上、旧ラエルカン地方はかつてほど魔物による襲撃を恐れる地方ではなくなった。しかし、各国が復旧に急ぐだけでいまひとつ内政にまで手が届いていない現状、かの地方で最も怖れられているのは人間なのだ。すなわち、その地方を走る交易品などを狙う、馬を持ち、数で群がり商人の命や金品を狙う野盗達。すでに存在する村にまで暴力的に乱入するような無謀な野盗は流石にいない一方、町や村の間にある交易路こそが、真っ当に生きている人々にとって最も危険の高い場所なのだ。






「具体的な内容としては、今からトネムの都に向かうことになる。そこを出発する荷馬車とともに、我々も馬車を借りて同行する形だ。そのままナクレウスの村まで同行して……まあ、仮にその後にナクレウスの村からこちら側に出荷品があったりしたら、護衛任務続行かな」


 想定されることを含めて、シリカの口から仕事内容が明かされる。要するに、野盗と遭遇することがあれば、出荷物を守るために戦えという話だ。そこはわかりきっている話だから、わざわざ言葉にはされなかった。


「でも私達、今3人しかいませんよ? まさかこの3人だけで荷馬車の護衛なんてしませんよね?」


「ああ、トネムの都の自警団の方々も協力してくれることになっている。あくまで今回は、戦力の補強が目的で――」


 アルミナの問いに答えるシリカを尻目に、ユースはちょっと胸を撫で下ろしていた。任務ということなら、今日の戦闘訓練はお休みだ。別にそこまで訓練嫌いのユースではなかったが、3日間3人っきりでしごかれ過ぎて、体にもガタがきている自覚はあったからだ。


 まあ、野盗や魔物に襲われる危険を考えれば、気を抜けば命を落とす可能性もある任務であり、決して気を抜けないことは勿論わかっているのだが……


 どんな恐ろしい魔物や野盗に遭遇しても、シリカより怖い相手なんているはずがない。


 自然と前向きにそう思える程度には、少年にとってシリカは恐ろしくておっかない上官だった。











 トネムの都は、エレム王国を横断する大河、エレム河を南に下っていった先にある。


 エレム王都に隣するその河は2つの街をつなぐ一本の道であり、船を使えば往来できる2つの都市間には強い繋がりがあった。週に一度の休日には、トネムの都からエレム王都の華やかな文化を嗜みむため北上する人々もいれば、エレム王都からトネムの都の市場まで、休日の買い物を楽しみに南下する人々もいる。2つの街を繋ぐ渡し船の漕ぎ手には毎年人手が足らず、特に週に1度は、稼ぎ時という名の激務に追われるのが、船の漕ぎ手達の宿命とされている。


 シリカ達はトネムの都まで、河を下って船で訪れた。勿論、船代も後で国から支給されるのだ。

 

「エレム王国、第14小隊の皆様ですね。お世話になります」


「こちらこそよろしくお願いします。良き旅路とあることをお祈りしています」


 荷馬車を率いると思しき年若い青年に、初対面のシリカが挨拶を交わす。


 周囲では、トネムの都の自警団の青年達が、シリカを見てひそひそと話し込んでいる。第14小隊の若き法騎士シリカと言えば、エレム王都ではそれなりに名が知れている。それはエレム王都と繋がりの強い、ここトネムの都でも、同じだけの知名度があった。


 スピード出世した一方で厳しい上官なのも有名、かつこの村の自警団の若者達には、シリカの顔を初めて見る者もいる。どんな強面の女が来るかと思ったら、淡い期待を遙かに上回る、まるで童話の女騎士のような美しい女性が目の前にいる現実。それはもう、若い男としてはなんだか気分がいいものだ。


 シリカに見惚れる男連中の中のうち、一番若そうな男の頭を小突いて、騎士様の手前でだらしない顔をするな、と叱る男がいる。少し薄くなりがちの頭が気になるが、軽装の鎧と腰元に長剣を収めた鞘を携え、どことなく出来る男の風格を纏った人物だ。その男の声に、頭を小突かれた若者以外も思わず背筋を伸ばしたことから、この人物がここの自警団のお偉い様であるのは読み取れる。


「自警団の長を務めている、アーティス=バノムと申します。よろしくお願い致します」


「よろしくお願いします。微力を尽くしたいと思う次第です」


 9人の自警団のリーダー格らしき中年の男、アーティスにシリカが頭を下げると、その男も礼儀正しくシリカよりも深く頭を下げる。都からの出荷を安全に遂行するため、助力してくれる騎士様の方が目上となるのが、一般的な風潮だからだ。


 騎士としては、そういう風潮に合わせておいた方が権威を保てていいのだが、シリカは敢えてそれを潔しとせず、男が顔を上げるまで頭を上げなかった。


 ほんの少し戸惑うアーティスを見て、


「一蓮托生の旅路です。共に力を合わせ、良き道としましょう」


 手を伸ばし、握手を求めれば、自警団のリーダーのごつい手が帰ってくる。自警団の長にまで上り詰めた腕力自慢の手を、シリカは力強く握った。細い腕と小さな手から伝わるその握力に、アーティスは頼もしさを感じたことだろう。


 野盗の出没し得る交易路の旅には不安がつきもの。それは自警団という立場で戦いを経験している立場の者とて、何度経験しても同じことなのだ。そんな彼らが不安を覚えず、安心した旅を約束するのもまた、騎士がここに差し向けられた目的でもある。


 礼節に富んだ、力強い法騎士様の手から伝わるのは、限りない頼もしさ。その行動の意義深さを、少年騎士のユースが真に知ることになるのは、まだ先だ。











 出荷物を詰んだ荷馬車の隣に、シリカとアルミナがまたがった馬が並ぶ。ユースはと言うと、その荷馬車の御者の隣に座っている。馬の手綱を引いて一人で馬に乗る練習が、まだ少し追いついていないからだ。


 その周囲を、9人の自警団の馬が囲む。自警団達は皆、1人が1頭の馬にまたがって上手に手綱を引いている。中にはユースよりも年下と思しき少年自警団もいるだけに、ユースにとっては少し肩身が狭かった。


 こうして目線の送る先に迷わしい時、ユースはだいたいシリカの方を見ることにしている。薄手の私服の上に胸当てと小手、腰と太ももを守る二枚一体の草摺(くさずり)を身につけただけの軽装たるシリカの姿は、いつ見ても騎士らしさのそれとは少し似通わないものだ。すねまで、手首の少し上まで覆う、金属製のブーツと小手によって隠された部分を除けば、膝や肩から肘の下までを晒す彼女のスレンダーな肉体は、均整が取れていて綺麗なものである。頼りなく細いわけでもなく、逞しすぎるほど太くもないシリカの腕と脚が、彼女の長身と併せて織り成すプロポーションを見るにつけ、普通に考えたら殆どの人が放っておくような人じゃないよなぁと、ユースも感じざるを得ない。それ抜きにしたって、お綺麗な顔立ちをしてるのは一目瞭然なんだし。


 そんな彼女がどうして色恋沙汰に無縁かと言われれば、あの厳格さと頭の固さによるものだということも、ユースはよく知っている。つくづく色んな意味で勿体ない人だと感じるまま、彼女を見るユースの目がほんのり曇るものだ。


「ユースも騎士にまで昇格すれば、こうした時にも一頭の馬を預けられるんだがな。精進することだ」


 そんなユースの目線に気付いたか、シリカが残念そうな笑みを浮かべて声をかけてくる。馬に一人で乗ることを許して貰えず、御者台に座らされている自分が不満を感じているとでも捉えられたのだろうか。だとしたらこっちこそ残念な誤解を受けたものだと、ユースもげんなりする思い。こちとらあなたの独り身を案じていてそれどころじゃなかったというのに。


 ユースがそんな想いを込めた目を、シリカの後ろに座るアルミナに向けると、心中察したアルミナの諦め半分な目が返ってくる。今は任務時用の、腰回りから太ももまで、肩口から胸元とへその上までを隠した軽装かつ露出の多い服装をした今の彼女に言えることではないが、アルミナもシリカに対してはいつか想い人に巡り会えるよう、お洒落を勧めている立場であり、隊長であるも姉のように慕う彼女の独り身には頭を悩ませているのだ。


 それでもふわふわした乳白色の毛皮のマントを纏い、それに刺繍やアクセサリーを施すことで、いくら戦場向けの格好とはいえ、露出し過ぎた肌を隠しつつ服装を彩るアルミナの姿勢は、男のユースから見ても色々よく頑張ってる方だと思っている。まして任務外の時間では、朝の訓練と夕方の訓練の短い間でも、真昼はちゃんと日替わりの私服を整えるアルミナなのだから、年頃の女の子の律義さはユースにも伝わっていることだ。


 たぶん任務が終わったらまた、アルミナのシリカに対するファッション講座が始まるんだろうな、なんて思うと、ユースもアルミナのお節介が早く報われて貰えないものだろうかと溜め息が出そうになるのだった。






 私情に捉われて職務怠慢となってはいけないので、ユースは勿論のこと、アルミナも注意深く周りには目を配っている。広い街道からは周りがよく見渡せて、近付く者がいればすぐにわかる。


 ふと、アルミナの視界に一つの人影が入る。それは荷馬車に向かってゆるゆると、しかしこちらの存在を確信したか、やがて少し小走りになって接近してくる。


 もちろん警戒するのが自警団と騎士の仕事。ユースは剣を抜く準備を、アルミナは武器である銃に手をかける。それを見たシリカは、こらこらと神経質になりがちな若者二人をたしなめた。


 やがて、人影がシリカ達のもとに辿り着く。その風体は野盗とは少し考えにくい、荷物を抱えた一人の中年男性だった。


「これはこれは、商人様ですかな?」


 出荷物を詰んだ荷馬車を見て、中年男性はそう問いかける。自警団のリーダーであるアーティスが馬にまたがったまま、目線は高いものの丁寧な口調で、トネムの都からナクレウスの村への搬送であると説明する。


「そうですか……商人の方かと思いまして。水を切らしてしまいまして、少し売って頂きたかったのですよ」


 少し肩を落とした男性を見て、シリカは手元の瓶、いわば自分の水筒に目を送った。


 アルミナが思わずじろっとシリカの方に目線をやる。まさかあなた、さっきまで自分が飲んでた水を差し上げやしませんよね、と言わんばかりに。


「困っている人がいれば、水ぐらい構わないだろう」


「男どもが羨ましがって空気悪くなりますよ」


 自警団の男ども、特に若い衆がアルミナに、ナイスとばかりに頷く。ユースは敢えて態度に出すまいとしたが、内心ではアルミナを絶賛していた。


「水ぐらいならお譲りするよ。――おい、樽を用意しろ」


「ういっす」


 中年男性から瓶を受け取ると、アーティスが馬車の御者に渡す。御者は荷馬車の中にある水入りの樽に手をかけ、手早く瓶を水で満たす。空気圧を利用した、水を吸い出すポンプの扱いに実に手慣れた手つきだ。


 中年男性は水に満ちた瓶を受け取ると、何度も頭を下げた。困った時はお互い様、とアーティスは男性に手を振るのみだ。


「日帰りの旅になるんですかねぇ。交易路は大変でしょうに」


「いや、俺達は1日ぐらいはナクレウスの村に滞在する予定だよ。日帰りで苦労の多いのは騎士様の方こそさ」


 一人旅で話し相手にでも飢えていたか、中年男性は世間話を振ってきた。急ぐ旅でもないし、アーティスは軽い挨拶程度に話を乗せる。勿論その立場からすれば騎士様を待たせてしまっているので、長話をするつもりもなかったが。


「あんたも旅先くれぐれも気を付けてな。野盗が出るからよ」


「お気遣いどうも。それでは、あっしはこれで」


 中年男性は、それだけ言うとぺこりと頭を下げて去っていく。


 行先はシリカ達と逆方向、トネムの都に向けてだ。行く方向が同じだったら安全のために同行を勧めようとしたアーティスだったが、少し違う結果になったようだ。


「騎士様、すみませんね。お忙しい中で足を止めてしまって」


「お気になさらず。お困りの方がいるのに、気にも留めぬ方が薄情ですよ」


 シリカとアーティスは朗らかに笑い、自警団リーダーの動きを察してまた馬車と10頭の馬が歩きだす。未だ日が高い中、ユースとアルミナは日差しのもと自分の瓶に入った水を一口含み、喉を鳴らした。

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