表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
最終章  語り継がれる幻想曲~ファンタジア~
299/300

最終話  ~騎士ユーステットと第14小隊~



「やれやれ、やっと厄介払いが出来たか」


「言葉選びましょうね~。どうしてそんな言い方しか出来ないんですか、あなたは」


 ある騎士の旅立ちの朝、二人の騎士が騎士館の一室で顔を合わせていた。いよいよ今日ですね、と、聖騎士ナトームの自室を明朝から訪れた法騎士ダイアンに、いくつかの会話を挟んでナトームが返したのが今の言葉である。


「奴らほど手のかかる奴らが今までにいたか? 厄介払いという言葉で実にしっくりくる」


「それだけ手塩にかけて見守ってくれてたんでしょ? もう少し柔らかい言い方でいいじゃないですか」


「知らん。ようやく肩の重荷が降りたとでも言い換えれば満足か」


 第14小隊所属、聖騎士シリカと騎士ユーステットが王都を旅立ち、海を渡って西国へ渡るのが今日。やっと手のかかるガキどもから解放されるよ、というふうな、乱暴な言葉を放つナトームだが、可愛い後輩にそういう言葉を向けられたダイアンも怒らない。その言葉の裏にある、シリカ達を見放さず、入念に目を配り続けてくれたナトームの親心を知っているからだ。


 ナトームは、見限った部下には見向きもしないし、特に第14小隊にはダイアンという上司もいるんだから、面倒だったらナトーム視点、放っておいても問題にされない連中なのだ。口角険しくも、シリカ達の情報を集め、言及する時間を設け、上層部に彼らの活躍を報告していたナトームの日々を、ダイアンはちゃんと知っていたから。シリカを聖騎士に昇格させるべきか否かで上層部が頭を悩ませていた時も、彼女はそれに値すると後押ししたのもナトームだ。それによってシリカはだいぶメンタルやられてしまったけど、別にそれは意地悪したわけではない。意地悪で聖騎士などという誉れ高い地位に、見合わぬ人物を推薦したりするわけがない。


 シリカとユースが功績を上げたのは、彼ら彼女らの地力によるものだ。だが、それが社会的に正当に評価されるよう、日頃から騎士団上層部に情報を届けていた人物は確かにいた。その人物の一人である、目の前の聖騎士に対するダイアンの印象は、陰からシリカ達を支えてくれていた恩人という概念以外にない。隠れた話ではあるが、今年に入ってから二人に授けられる給金も、ちょっと上がってたりもするんだから。


「貴様は奴ら――特にシリカによほど思い入れがあるのだろうから、支えてやることに心労を感じることはなかったかもしれんがな。私はそうではないんだ」


「あー、まぁそれは否定しません。スズのこともありましたしね」


 それに、ナトームの背負っていた気苦労というのもわからないことはない。かつて若くして法騎士に祀り上げられたスズは、側近の高騎士に裏切られて命を落としたのだ。それはあまりに極端な例であるにせよ、シリカも同様、自分よりも年下の法騎士が存在することを妬む年上の目には晒されてきた。騎士団そのものはしっかりした組織でも、そういう人間が沸いてしまうのは仕方ない。人間みんな、心が綺麗な奴ばかりじゃないんだから。


 そういう悪い目線でシリカを見ない分隊を作り、彼女を慕う者ばかりが集った第14小隊にまで大きくさせ、その上で戦に起用する立場って大変だ。なにせ昨今だからこそ、粒揃い8人の小隊なので便利に使えたが、黎明期の第14分隊なんて、強い3人が上にいると言っても、頭数が足りないから単体では使い道が少ない。下は未熟なユースがいるだけで、それじゃ足しにもならなかったし、アルミナだって小隊加入時には、流石に実戦で使えるレベルじゃなかったわけで。


 そういう隊を上手く使えないとなると、せっかくの法騎士を持て余すことになって、騎士団に対して示しもつくまい。第14小隊が使いやすくなったのは、ガンマみたいにすぐ使える人材がやがて入ってからようやくだ。その頃にはまあ、シリカに揉まれたユースも、法騎士シリカが赴くようなきつい戦場でも使えるレベルにまで育っていたから。


 今でこそ歴史にも名を残せるレベルの活躍を残した第14小隊だが、発足からの5年間、黎明期は辛抱の時期も長く、この小隊の発案者であるナトームも苦労したものである。チータが加入したのは隊として開花し始めた頃であって、その前後にも色々あったのだ。法騎士シリカが戦果を上げることを妬んだのか、あるいは本当にうっかりなのか、コブレ廃坑の調査任務をシリカ達に引き継がせた騎士達は、必要な情報を伝達するのを怠るし。ついでに何故か第14小隊、大きな任務に関わると、魔王マーディスの遺産とかち合うことがやたら多いぐらい、引きが悪いし。


「スズの二の舞にさせないよう、裏から細かく手を回すほどの暇は私にはなかったんだ。なのに連日のように、それについて相談しに来る貴様もだな……」


「あーあーごめんなさい、ごめんなさいって。それは本当に反省してます、迷惑かけたって」


 忙しい上司に絡みまくるダイアンが、かつての部下であったシリカに対する思い入れが強かったのも、スズの一例から神経質になっていたのも、ナトームにはわかるから受け入れてきた。まあ、流石に魔王を討伐したシリカとなれば、周りもきゃんきゃん言う口も持てなくなるだろうし、今後はそういった心配をする必要もなくなってくるだろうけど。


 世話焼きダイアンと、若い第14小隊の狭間で苦労していた聖騎士に対しては、天に唾が吐けてもこれには無理だというものだ。上司なのに、下ともっと下に挟まれて苦労してくれる中間管理職っていうのは、本当に組織にとってありがたい存在なのである。年上からすらも怖い怖いと言われつつ、ナトームが騎士達に心底からは疎まれず、敬意を獲得しているのは、そうした彼の熱心さによるものだろう。欲を言えば、もう少し口が柔らかくなってくれると嬉しいが。


「厄介払いと形容しても構わんだろう。もう、あいつらの面倒を見る気苦労が無くなったんだからな」


「子が一人立ちした、とかそういう言い回しに変えましょうよ~」


 シリカやユースが王都を旅立ち、新たな地では向こうさんにしばらく仕えて貰う立場になる。よって、今後は二人が帰ってくるまで、ナトームは向こうでの二人のはたらきぶりを、向こうのお偉いさんに報告書によって聞き預かるだけの立場だ。なんだかんだで二人の、特にシリカの実力と礼儀正しさは評価しているし、放っておいても向こうで上手くやるだろうと、ナトームも確信している。何せ向こうには、若くして聖騎士になった女傑を妬む、同職の目もないんだから。


 ナトームの機嫌がいいのは、そういう安心できる要素も揃っているからだ。憎まれ口を叩きつつも、何年も見守ってきた奴らに愛着は無いでもないし、まして二人は人類の宿願、魔王を討伐してくれた人物だ。年の差を超え、ナトームだって二人には一定の敬意らしきものも払っている。それが明るい未来に船出しようとしているこの日のことを、不安やストレスで迎える道理なんて無いのだ。


「それより貴様は、これからのことを考えろ。もう、貴様が面倒見たがっていたシリカはおらんぞ。今まではそういう言い訳も聞いてやったが、これからは通用せんからな」


「うひぇ~、何卒お手柔らかにお願いしますね~」


 可愛い我が子が一人立ちした、それはまさにダイアンが抱く今日の心地を形容する言葉だ。シリカ達を目にかける時間がこれからは無くなる。寂しさも感じるだろう。その上で、着手すべき仕事は山ほどあって、そんな心地で頑張れるかなと、ダイアンも気を引き締めねばならない頃合いだ。まあ、自分からそう思えるんだったらやれる人間に違いないが。


「ラエルカンの復興支援を続けるぞ。割ける人手は確保できるか」


「第43中隊に召集かけてますから、その辺を派遣するつもりでいますよ」


「54人では足りん足りん、雀の涙にしかならん。もっと大きな隊を呼べんのか」


「ラハブ火山に遠征してる第23中隊とかも候補ですけどね~……どうも手こずってるようで……」


「ちっ、役に立たん奴らめ……もういい、引き下げて復興支援の労働者にしてしまえ。最近のラハブ火山の魔物退治も中隊で果たせん奴らなど、そういう仕事でいい」


「相変わらず強引ですね。じゃ、引継ぎは第19大隊あたりが?」


「第26中隊の方が頭数が少ない上で結果も出せるだろう。そちらを引き継ぎに回して――」


 仕事の話が始まれば、これまでの日々でもしっかり働いてきた二人だから、すぐに思考が切り替わる。感慨に耽っていた数秒前から、深い仕事の話を交わす二人は、これからの騎士団を強く牽引していく、参謀としての姿をすぐに取り戻せるのだ。忙しい日々は、既にもう再び始まっている。


 くせの強い上司達だが、シリカ達も決して悪い上司に出会ったわけではなかったのだ。人を育てるのがその人を取り巻く環境であるなら、その出会いは今の良き現在へと導いた、過去の良き縁だったということだろう。











「いやー、寂しいなぁ。ガキだったユースがいなくなると思うと」


「帰ってくる頃には、指揮官職に手馴れたユースでしょうしね。もっと長く、おどおどして可愛いユースの頭撫でる楽しみを満喫したかったのに」


「何ですそれ、俺って成長しちゃいけないキャラなんですか」


 王都の港でユース達を見送りにきたクロムとマグニスの笑い声に、ユースも苦言を呈するばかり。しばらく会えなくなるユースに対し、寂しいと言ってくれるところまでは嬉しかったのに、その後の修飾語があまりに余計すぎる。感傷的な言葉を素直に使いたがらない二人のことだから、ユースも気にはしてないけど。


「アルミナもチータも、ユースの部下かぁ。なんか新鮮だな」


「私シリカさんの下でしか働かないってずっと言ってきたんですけどー」


「僕もユースの部下だなんて扱い、プライドがずきずき痛むね」


「お前らさぁ……」


 見送るガンマは気楽な口を叩くし、騎士ユーステットに率いられる分隊に所属するアルミナとチータは、初日っからいきなり反抗的な態度だし。別に今までどおり接するだけのつもりのユースなのはわかってるから、親しいゆえの冗談だというのはわかるけど。


「……ルザニアさん、頑張ってね」


「はい。キャルちゃんもラエルカンの復興支援、頑張って下さいね」


 軽口を交わし合う横で、実に優しい言葉を交換し合う二人の姿がまぶしいものだ。新しく第14小隊に加入し、ユースが率いる分隊の一員として、祖国の外へ旅立つルザニアの手を、両手で優しく握るキャルの笑顔は、女の子のルザニアでもどきりとするぐらい可愛い。


 そして、あと一人。ユースを隊長とし、アルミナ、チータ、ルザニアの4人で構成された分隊とは別に、単独一人の隊としてこの旅に付き添う人物がいる。異国における騎士ユーステットの活躍を見届け、指揮官としての腕を養う彼の姿を、やがて本国に報告する使者としてだ。


「名残惜しいが、そろそろだぞ。船が出発する時間まで、もう少しだ」


 騎士ユーステットの見届け人、聖騎士シリカは出発を目の前にして、船出前の挨拶を仲間達に早めに促す。いつまでもこうしてゆっくりお話していたら、船の汽笛が鳴ってから急いで船に乗り込んで、別れの挨拶も言いそびれる、聞きそびれるかもしれない。意図してそうならいいけれど、意図せずそういうことになったらやっぱり寂しいから。


「頑張れよ、ユース。魔王をぶっ倒したっつっても、お前の日々はまだ始まったばかりなんだからよ」


 大きな手でユースの頭を撫で、力強い言葉で背中を押してくれるクロム。いつだってそうだった人だ。男気に溢れた笑顔で強く引っ張ってくれて、見逃してはいけない大切なことを、優しく伝え続けてくれた先輩である。


「いよいよとなったら、自分の力で何とかしたがるのがお前だからな。それもいいが、困ったら迷わず周りを頼れよ? 頼もしい奴らがそばにいる、恵まれた旅なんだからよ」


 飄々としているようで、ユースの悪い癖から良い所までしっかり見てくれていたマグニス。旅立つ前の、大切な心構えを忘れないようにするためのアドバイスには、ユースもはいと力強く応えるのみ。


「俺、寂しくないよ! 応援してるから、頑張ってこいよ!」


 長年の友人と離れることを、ガンマみたいないい奴が寂しがらないはずないのだ。それでも、気にするなに等しい言葉を表して、新天地で気兼ねなく頑張るユースを促そうとしてくれるガンマの優しさには、うなずくユースも胸が熱くなる。ユースこそ、この親友としばらく離れることが、余計に寂しくなってくる。


「……ユースなら、何でもきっとやり通せるよ。私が見てきたユースって、そういう人だったから」


 誰にも勝るほど第14小隊のみんなを愛し、常にその背中を追いかけてきたキャルにそう言ってもらえることが、どれほどユースの持つささやかな不安を強く吹き飛ばしてくれるか。人を見る目が確かである少女の太鼓判を背負い、未知の世界へ処女航海するユースは、彼女の言葉を思い返すたび胸を張れるだろう。


「よろしくお願いします、ユースさん。何か私に出来ることがあれば、何でも言って下さいね」


 初めてのことだらけの旅に巣立つのは、第14小隊に加わったばかりのルザニアも同じことだ。それでも未来を力強く歩んでいくため、頼るように前向きな言葉を差し向けてくるルザニアの姿が、ユースに新しい決意をもたらしてくれる。彼女を不安にさせないことも、自分の目指すべきことなんだろうなって。


「僕がついている。何も不安になることはない」


 自信家の友人はいつもどおりだ。いつだって頼もしくて、だけど負けたくない奴。無表情ばかりの彼が、ほんの少しだけ笑ってそう言ってくれる表情は、決して不安な自分を笑ったものではないのも伝わっている。自分がついている、という言葉は、言い換えれば、助力を惜しまない自分を表明する言葉であり、それに自ずと前向きに取り組める程には、チータも人間的にユースを好きでくれているということだ。


 第14小隊の各々が、ユースを見送る言葉を並べ、これから共に歩んでいくユースに第一歩への言葉を手向けたと同時、後方で大きな汽笛が音を鳴らす。出航間もなく、という合図だ。もうそんな時間か、と、思わず口にしたクロムが、別れを惜しむ自分を思わず表に出してくれたような気がした。


「それじゃあ、行……」


「ねぇ、ユース」


 ユース達を先導するように、シリカが船を向かおうとした時のことだ。彼女の声を遮るように、ユースの隣に立つアルミナが、彼の方を向き直ってはっきりとした声を放った。


「エクネイスでの約束、覚えてる?」


「約束って?」


「借り、ひとつ足しておくからさ、っていうの」


 思い当たる節の無かったユースに、アルミナが解答を示す。ワーグリフォンに追い詰められたアルミナは、その危機を打破する役目を、ユース一人に託した。それを、借りひとつ足しておくから何とかして欲しい、という形で口にしたアルミナの姿が、やっとユースの記憶の底から蘇る。


「あんなの、別に……」


「どうやって返そうかって、時々考えてたんだけどさ。なんかあんまり、上手に返せるものが思いつかなくて」


 気にするはずもないと言いかけたユースの言葉も遮って、アルミナは一人で口を回す。戸惑うユースもその言葉を聞き続けるだけだが、はにかむようにうつむくアルミナの姿が、今までによく知る彼女とは違うことの方が気になる。


「だから、ね……こういうので勘弁して貰えたら、嬉しいなって」


 顔を上げたアルミナが、近い距離からさらに距離を縮めてきたのが急なこと。思わずユースが動こうとするより、アルミナの優しい速度での接近の方が早くて。


 ユースの前髪をその手でどけたアルミナ。少し背伸びした彼女が、ユースの額に口付けする光景が直後に続いた。


「……私の、初めて♪」


 頬を染め、気恥ずかしげに笑うアルミナの笑顔を目の前にして、ユースも目を丸くすることしか出来なかった。見送る側の4人もびっくり、ルザニアだって言葉を失い、チータもここまで驚きを表情に表すことは珍しいだろう。何より、今の光景を目にした聖騎士様の、唖然とした表情が凄い。


「――行こっ!」


 普段の強引な彼女をもっと形にしたかのように、ユースの手を握って船へと歩いていくアルミナ。照れてふにゃふにゃになった顔を、後方のクロムやマグニスから隠すアルミナに手を引かれ、やっと何をされたのか把握出来て顔を真っ赤にしたユースが、戸惑いながら手を引かれていく。なぜだか自分までどきどきして二人を追うルザニアと、なかなか面白い旅になりそうだと笑ったチータがその後に続く。


 呆然と立ちすくみ、船に向かう二人の後ろ姿を見送る聖騎士様の哀愁たるや。汽笛はもう鳴り、そろそろ出航だというのに動けないシリカに、後ろから近付いたクロムがぽんと肩を叩く。


「頑張れよ」


 聖騎士としての初任務、騎士ユーステットの見届け人としての仕事をだろうか。まあそういう意味合いも含めてはいるだろうが、それはごくごく一割程度のもので、九割は明らかに別の意図を含んだものである。


「……が、頑張る……」


 年明けのくそ寒い季節の中、だらだらと冷や汗を流し始め、引きつった笑顔を返したシリカの表情は、クロムやマグニスにとっても初めて見る表情だ。温泉の一件で心が通じた気もして、思いっきり油断していたシリカの認識は、あっさりこの日塗り替えられてしまった。恋愛初心者のくせに、相手の心がいつまでも自分だけに真っ直ぐ向いてくれるだろうと楽観するのって、要するに大きな間違いである。


 クロムに見送られ、ふらりと船へと向かっていくシリカの足取りは、頼もしい聖騎士様のそれではなく、今後が急激に不安になったただの女のそれだった。彼女の戦いは、まだまだ始まったばかりである。






 人は多くを欲するものであり、世界はそんな人間に対してけちなものだ。平穏を望む人々があれだけ多くいたにも関わらず、運命は長らく平和な日々を出し惜しみ、欲しければ自分達の手で勝ち取れと強いてきた。やっとの想いで試練を乗り越え、泰平を勝ち得たシリカが光溢れる世界で最も望んだものも、欲しければ自分の手でどうぞと笑うのもまた運命。何かが欲しいと思っても、世界は容易にそれを許してなどくれず、そうした世知辛い世の中で人々は生きている。戦乱の時代でも平和な時代でも、それは同じことだろう。


 掴み取れない者も多くいる。平穏なる世界を夢見て戦い続けるも、その光に辿り着くよりも早くこの世を去っていった戦士達のように。欲しいものがどうしても手に入らないことがあるのも人生だ。玩具を買って貰えない子供のように、失恋する人のように、思うように金を稼げない商人のように。


 だけど望んだものを、誰かが代わりに叶えてくれる時もある。戦う力などなく、魔物達に立ち向かうことも出来ず、平和な日々を祈ることしか出来なかった人々に代わり、勇者達が泰平なる世界をもたらしてくれたようにだ。一人の人間に大きなことは出来ない、大いなる意志を持って小さなことを為す、それが拡大世界の大いなる快挙に繋がっていく。それが、一人ではない人類が過ごす世界における真理の一つであり、それは世界が闇に包まれるたび、光をもたらしてきた人類の歴史によって証明されている。


 一人で勝ち取るしかないように見えるものは、世の中にはたくさんある。だけど、その殆どはそうではない。シリカから見たユースだってそうだろう。彼女はこれから、自分が何かしていかなきゃいけないって焦る日々が始まるのだろう。だけど、彼女を見るユースの目というものがあることを、決して失念してはならないのだ。相手がいる事象、それは欲する者が一人で遮二無二になっても、一人だけでは決して叶えられない。それが正しい意味での、人は一人ではないという言葉の表す多義である。


 信じる人はそばにいるだろうか。つらく苦しい時、寄る辺無き人は立ち上がることすら困難だ。第14小隊の最大の幸運は、そうして支えになってくれる人がそばにいてくれることであり、第14小隊各々が幸運を勝ち取った最大の要因は、彼ら彼女らはそうした誰かをしっかりと見逃さなかったこと。たとえ欲しい何かを引っ張り合う間柄になったって、築き上げた信頼と絆は決して色褪せない。それほどの強き絆がなかったなら、命と背中を預け合い、平和を勝ち取る戦いになど挑めなかったのだから。


 エレム王国第14小隊。彼ら彼女らが作り上げた。日輪のように眩しい絆の輪は、空を見上げればよくわかる。平穏が訪れた世界に上る、人々の快活な声、あるいは幸せそうな笑い声を、空からさんさんと微笑む太陽が、こんなにも明るく照らしてくれているではないか。無二の仲間達と共に獲得した、大安のこの世界そのものが、最も最近、意志の集いし大いなる力が、不可能と思われていた大きな夢の獲得に繋がることを証明してくれている。


 太陽はいつか沈む。そして、また昇る。憂いあれば喜びもあるこの世界を象徴するかのように。そして、暗い時間を超えた後の光の貴さを、人々に決して忘れさせないかのように。


 苦難を乗り越え掴んだ幸福は、何にも勝って代えがたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ラブコメ度が一気に増したぜ‼︎恋愛関係も気になるし、成長したユースも見てみたい、帰ってきて皆とまた騒いでるのも見たい、鍛錬しているユースも見てみたい、実力が上がって色々な人に尊敬の念で見られ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ