第280話 ~シリカとユース② 誰よりも~
今、ユースは言った。絶対に言った。シリカさんのことが好きだって。それってどういう意味で? 女として? 先輩として? 尊敬? 恋慕? どういう形であれ、想い人に好きですよと言われるのは嬉しい。だけどその中、一番嬉しい意味がどれなのかは、シリカの中でもばっちり定義されている。
完全に言葉を失った二人を包み込む静寂。次に続かず頭が真っ白になっているユース。頭の中で多すぎる情報が渦巻いて、頭が回っているようで思考能力を為していないシリカ。共通しているのは二人とも真っ裸で、顔を紅潮させていることぐらいではないだろうか。
「す、好きって、その……どういう意味で……?」
もうこの返しが、頭が働いていない証拠である。確かめたくなるのは仕方ないかもしれないけれど、自分の気持ちを伝えることが頭から完全に吹っ飛んでしまっている。寝転がって腹を見せる猫ばりに、相手から与えられるものを望み焦がれて仕方ない。
「え、えぇと……シリカさんは、その……」
こういう時、勇気を出すのは男の方である方が格好いいのだろうけど、これでも彼、年下。甘えるように問われた言葉に、全力で頭を巡らせるものの、気の利いた返しが出来るほど言葉を作れない。
「お、俺のこと、ここまで育ててくれて……世界で一番、尊敬できる人で……周りには厳しい人だって言われてるけど、優しい人だって知ってるし……」
これはどうなんだろう。女としてではなく、先輩としてでは? こうした言葉を聞かせて貰えるのは、日々を法騎士としての不安ばかりで過ごしてきたシリカにとって嬉しいことだが、今はそういう時じゃない。口下手、嘘をつくのも下手、そんなユースが胸の奥から吐き出す本音を、シリカは黙って聞き続ける。片腕で抱え込んだ胸の奥で、うるさい心臓が騒ぎ立てているのは言うまでもない。
「俺、一人立ちしろって今、騎士団に言われてるけど……まだ、シリカさんの下で色んなことを教えて欲しいし……」
やっぱりユースって、上手な口ではないのだ。シリカさんの下で教えて欲しい、という言葉ひとつとっても、シリカさんのそばにいたい、という言葉であったなら、相当に相手への伝わり方も変わっていただろうに。それはつまり、ユースが言葉を選べていない証拠であり、口にしている今の言葉すべてが、ユースの本音そのものである裏返しとも言える。
「だ、だから……えぇと……」
「それは、その……先輩と、して……?」
女として、という回答であった方が嬉しい。がっつく自分があまりにも恥ずかしくって、両手で顔を覆い、指の間から湯を見つめて口走るシリカは、今の顔を誰にも見られたくないのだろう。こんな今の自分の姿、仮に後ろのユースにこそ見られようものなら、冗談抜きでもう生きていけない。
「あ……ぅ……」
こっちもこっちで、自分の心に整理がついていないせいもあるが、答えがはっきり出てこない。お前ら魔王をぶっ飛ばした勇者じゃねえのか、と、ここにクロムやマグニスがいたら、そういう突っ込みをされそうなぐらい煮え切らない。あの日の勇気はどこ行った。
「お、俺にもよくわからなくて……で、でもっ! シリカさんが好きっていう気持ちはすっごく強くて……! た、多分……いや、その、絶対……」
めちゃくちゃ頑張ってるのは彼の方である。思うがままを口にすればいい、それってやっぱり難しいのだ。だってユースって、出来る限り誤解なく自分の想いを相手に伝えるため、言葉を選ぼうとする基本思念そのものは持っているんだから。上手く実現できていないだけであって、考えなしに人との対話で、言葉も選ばず思いつくままに喋るような彼だったら、こんな優しい子には育ってない。
「俺っ、きっと……! 世界で一番、誰より……」
意を決したユース最大の挑戦。世界で一番誰より――その後に続く言葉が、彼にとってどれほど大きな意味を持つものだったのか。思わず振り向き、シリカを向き直るほどほとばしったユースの熱意は、この状況下でそんな行動を起こさせるほど大きかった。
「あ……」
「も……」
世界で一番、という言葉に思わず振り返ってしまっていたシリカと、至近距離でユースが目を合わせる。耳まで真っ赤、瞳の揺らいだシリカの美しい顔が目前。せっかく喉まで出かかっていた言葉が、一気に口の中で固体に変わり、詰まってしまうには充分なアクシデントだ。
ほぼ真正面、たわわに実った胸を無防備に晒す形になったシリカが、一歩後ずさってしゃがみ込む。両腕で自分の胸を強く抱き、湯の上に少し出た、大事な所を隠すようにしてだ。ユースも大慌てで、股の下を隠すような手つきで、その場に勢いよく座り込む。ばしゃん、と波が立つが、それがシリカを濡らすことになったことに意識を割く余裕もない。
「せ、世界で、一番……?」
「い……いち、ば……ん……」
猫背で胸を抱き、上目遣いで問い直してくるシリカ。臆病の虫に刺され、望まぬ返答を返されることを強く怖がる一方、願わくば最高の答えをと、切望するかのような乙女の眼差しだ。シリカのことを綺麗な人だと思ったことは腐るほどあるユースだが、彼女のことを可愛いと感じたのは完全に今日が初めてである。
駄目だ、耐えられない。丸裸のこの人を目の前にしていたら、頭がどうにかなってしまいそうだ。理性も全部吹っ飛ばして、やってはいけないことをやってしまいそうな衝動に駆られたユースは、その場でぐるりと体を回してシリカに背を向ける。本気でやばかった、今も心臓がぶっ壊れそう。直視できない彼女から目線を逃がし、荒くなる吐息を自覚しながら、駄目だ俺落ち着けと、強く自分に言い聞かせる。必死の言葉を紡ぐことに傾けていた全力が、自制心へのブレーキにすべて切り替わる。
暴走したくない、シリカのことを傷つけるようなことを絶対にしたくない。そういう理性を必死ではたらかせ、ぎゅうっと拳を握り締めるユースは、本当によく頑張っている。そうした彼の努力を一瞬で吹っ飛ばしにかかったのが、彼の後ろの困ったちゃん。
「な、なぁ……ユース……続きを……」
男より先に暴走してしまう乙女って本当に厄介。這うようにユースに近付いたシリカが、その両手を彼の肩にかけた瞬間、ユースの心臓が止まりそうになる。言葉の続きを切望するシリカが、額をユースの背中に押し当て、きゅっとユースの肩を握る手に力を込めるのだ。ぬるつく湯に濡れた背中を、シリカの素肌が撫ぜた感触は、ぞわぞわとユースの全身の鳥肌を立てる。温泉の真ん中で鳥肌が立つってどういうこと。
震えた声、彼女の柔肌、自分と同じで荒い吐息、それが背筋をくすぐる感触。ぷち、とユースの頭の中で何かが切れ、彼の体重がずいっとシリカにのしかかってきた。接点から伝わるユースの重みを感じたシリカは、まさかの展開を予感して彼の肩を手放すと、両腕で再び自分の両胸を隠した。
が、シリカの予感した展開とは現実は逆。シリカの支え手を失ったユースが、そのままぐらりとシリカに背中から倒れてきたのだ。あれ、ちょっと、なんで? と戸惑うシリカが、慌てて両腕でユースの体を支える。咄嗟のことで、シリカの胸がユースの背中に密着する形になってしまったが、恥ずかしがるより先に異変への疑問がシリカの頭を支配する。ユースの頭がかくんと傾き、力なく上天を仰いでいるのが後ろからでもわかる。
「あ、あの……ユース……?」
ぬるつく湯は、シリカの腕や胸に接したユースの背中を、ずるりと滑らせる。そのまま力なくざばんと湯に沈んだユースは、半身でぷかりと浮かんで動かなくなってしまった。目が点になっていたシリカも、はっとしてユースの肩を持って揺さぶるが、かくんかくんと死体のように力なく揺れるユースは、完全に目を回している。
そりゃあユースの方が先に湯に浸かっていた上に、シリカから逃れるために熱湯の中を素潜りまでしていたのだ。熱が頭に巡るのはそもそもだったところ、こんな出来事が連続したら、心も体ももつわけがない。完全にのぼせて目を回し、気を失ったユースを目の前にして、浮かれた気分も吹っ飛んだシリカは、後ろからユースの脇の下に腕を差し込み、ユースを岸まで引きずっていく。幸い湯の中、そこまで重くも感じない。
まあ、この後が大変だったけど。急ぐ余り、ユースの体を湯の外まで引きずった瞬間、ユースの下半身をあわや直視しかけたりとか。幸いその大事故は防がれ、顔を真っ赤にしたシリカが脱衣所そばのタオルを持ってきて、湯の中で彼の腰を隠したまま、見ずに彼を湯の外に救出することに成功。逆にシリカの方が、纏うものを身につける間もなく、あられもない姿で立ち回ることになっていた。もしもユースが意識を取り戻していたら、それはそれで彼の目に、一生忘れられないシリカの姿が刻まれていたかもしれない。
ようやくユースが意識を取り戻した時、湯のそば寒空の下、シリカが膝枕して頭を扇いでくれていた。勿論この時には、シリカも体をタオル巻いて隠していたし、ユースの大事な部分も同じ手段で隠されていた。
「ごめんなさい……シリカさん……」
「いや、いいよ……私の方こそ、ごめんな」
想い伝えること出来ず、無様を晒してしまったことを謝るユース。聞きたい知りたいが高じるばかりで、自分は真意も伝えもせず、ユースを困らせるばかりだったことを詫びるシリカ。恋愛初心者二人、絶好のお膳立てを悪友に整えられたところで、やっぱり上手にこの機会を活かすのは難しい。むしろ刺激の強すぎる薬は、時として劇薬になるという好例なのかもしれない。
ユースが頭を冷やすまで待ち、冷えた体をシリカが温め直して。流石に半裸で冬の露天風呂、寒い風に体を晒しつつ、のぼせた後輩をしばらく看病していたシリカ、そのまま帰っては風邪を引く。ユースもほどほどに短く体を温め直し、シリカとは別所の脱衣所に向かっていった。この解放湯、どうやら入り口も脱衣所もいくつかの位置に散っているらしく、それで二人が互いの存在に気付かなかった結果に繋がったらしい。二人をここに導いた策士どものことだから、そういうところもしっかり計算に入れていたのだろう。
温まった体を衣服に包んだのち、落ち合った二人が宿へと帰っていく。のぼせが抜け切らず、時々ふらつくユースの体を、シリカが支えることもあった。そのたびシリカに触れたことで、彼女の柔肌を見た記憶が蘇るユースは、帰り道もどきどきしっ放しの胸を抑えるのに苦労した。
「はーい、解放湯はこっちですよー」
頭にでっかいこぶを作ったチータが、夕食後の第14小隊を解放湯に案内する。流石にあのサプライズ、ユースもチータの頭をがっつんするだけの怒りは相応だろう。今回はああいう空気になってくれたからよかったものの、二十歳過ぎた男女がいきなり全裸で出くわしたら、誤解から喧嘩やらに発展していた可能性もあったんだから。もっとも、二度とああいうのやめてくれ、の一言と、その拳骨一発で水に流してくれるあたり、ユースって後腐れのないタイプでもあるが。
「きびきび歩け」
「あーもう、ケツ蹴るなよ。謝ってるだろー」
大変なのはマグニスの方で、頭に山積みのタンコブが3本立っており、サボテン頭という言葉がよく似合う。サボテンの棘よりよっぽど痛い、シリカの鉄拳制裁を受けたマグニスは、腰に縄をくくりつけられ、尻を蹴られて前に進んでいた。怒り心頭のシリカに留守番すら許可されず、こうして解放湯まで引っ立てられる形になったのだ。罰として解放湯に参加させない、お前は留守番だ、という制裁にしたところで、こいつの場合ナンパしに出かけるなどして伸び伸び楽しむだけだから。
「にしてもシリカ……」
「うるさい」
「まだ何も言って……」
「うるさい」
「……あー、うん。すまん」
「うるさい」
そ知らぬ顔してシリカと世間話しようとしたクロムだが、やっぱり一枚噛んでいたことは見抜かれていたようで。シリカとユースの二人だけを解放湯に案内しようと思ったら、アルミナとガンマとキャルの三人の意識を散らせる役目を誰かが買った方が安定する。そのアシストを担っていたクロム、証拠はないけど、流石に付き合いの長いシリカにはわかろうというもの。ぷんすか頭の上から煙を吹き出しながら、今日のところは許してあげないとばかりにずんずん歩いていくシリカには、流石にクロムも今日は頭が上がらないだろう。これだけ激おこでも明日になったら普通に接してくれる辺り、シリカも風通しはいい方だけど。
「別にさー、悪い方向に話が転んだわけじゃねえんだからさー」
「黙りなさい」
帰ってきたシリカとユースの距離感から、悪い空気にならなかったことを察せたマグニスだから、もう許してくれよと平然と言ってくる。今のお前の発言に耳を貸すかと、マグニスの尻を蹴飛ばすシリカによって、当然その抗議も封殺。誰かヘルプミーと周囲に目を配るマグニスだが、助けられる人なんかいるわけない。笑っているガンマ、ダメダメと手を振るキャル。あと、なんだか不機嫌でキャルともあまり話さないアルミナ。
「あ、見えてきましたよ。あれです」
鳥居をくぐり、脱衣所へ。シリカとアルミナ、キャルを一つ目の脱衣所に案内し、他の5人は別の脱衣所へ。チータもこの湯が嫌いというのは嘘っぱちで、あれはユースだけを湯に押し込むための方便、普通にみんなと入浴だ。まあ、嵌められたとわかった時点でその辺も予想していたユースだったから、ちょっとなじる程度でその辺りもスルー。こういう所でねちねちしないのも人の良さか。
色々あったが結局マグニスをも、せっかく来たんだから入っていけと、怒りながらも許してくれるぐらい、やっぱりシリカって身内に優しいのだ。さっきの気が気でなかった二人湯とは違い、男女離れた場所で温かい湯に浸かる第14小隊は、家族との湯を楽しむ時間をお腹いっぱい堪能した。ちょっと困っていたのは、こぶが痛くて頭を洗えないマグニスぐらいだっただろうか。
まあ、いつもどおりシリカやキャルと、楽しい温泉を楽しむように振る舞っていた一方、ちょっと胸の内でちりちりしていた子もいたけど。シリカとユースが二人っきり、裸同士でご一緒してきたという話を聞いてから、この日寝るまで胸の奥に小さな不機嫌を抱えていたのが彼女である。
2泊3日の旅行、アピスの郷を出発したのは、朝食後すぐのことだ。ルオス圏内からエレムへの帰り道は長いし、早めに出発しないと帰宅がだいぶ遅くなる。楽しんだ観光地を惜しみながらも、第14小隊は民宿の方々にお別れを告げ、お土産を持って馬車に乗り込んでいく。
クロムはラエルカンの母や恋人へ。ガンマはダニームの父へ。キャルは王都に住まう祖父母へ。アルミナは孤児院の家族へ。チータはいつか立ち寄るであろうルオスの師と姉へ。ユースは故郷の母へ。シリカは祖父へ。各自が土産を手にした馬車は重く、馬も行きより苦労するだろう。身寄りのないマグニスも、なんだかんだで暮らしの長い第14小隊の我が家に飾る花の種を買っている。金をかけず、彼なりに仲間達への思い入れを表現する器用なマグニスだから、昨日嵌められたばかりのシリカやユースでも、やっぱり日を跨げば彼を憎めない。
そして何より、各自の胸に宿る思い出こそが、この旅行最大のお土産だ。絆が切れなくたって、今後ずっと一緒にいられるとは限らない。かつてのような厳しい戦いが再び訪れれば、望まぬ別れが形になる日も迎えなくてはならないかもしれない。幸い、全員が生存した第14小隊ではあったけど、同じようにはいかなかった騎士や傭兵は星の数ほどいる。そういう世界に、第14小隊の8人は生きているのだ。
「ユースなんか一回マジで死んじまってるわけだしなぁ」
「ホントそれ聞いた時、私ぞっとしたんだからね? エルアーティ様がいてくれたからよかったもののさ」
「俺だってさー、別に死にたくて死んだわけじゃないんだけど」
魔王マーディスの遺産との戦いの中、誰もが何度も死の危機に瀕し、今生きていられるのが奇跡だと思えるような経験を踏んできた。獄獣に死の直前まで追い込まれたユース、シリカ、アルミナ、クロム。アジダハーカとの戦いで自らの血に滅ぼされかけたガンマ。百獣皇アーヴェルとの戦いで、幸運に恵まれなければ命を落としていたマグニスとチータ。度も迎えた死の危機を仲間に救われ続け、それを悲観した末に自尽さえしかけたキャル。血生臭い記憶なんて、この1年半だけでも数え切れないほどある。
今は生きているんだから笑い話に出来る、ただそれだけ。それらを乗り越えて掴み取った平和、その中で家族と過ごせる時間とは、心を満たしてくれる温かみが違うのだ。そうした日々が、戦う男と女の心の奥に、守りたい何かをしっかりと根差し、やがて始まる新たなる日々を、強く強く生きていくための最大の柱となる。逆境は人を育てると言われがちだが、幸福な日々もまた、その人物の強さを支える芯の一つである。
戦人、一歩間違えば命を落とす戦場に踏み込む者、厳しく強く仕込まれるのもまた親心。同時にそれだけで人は強くなれない。仲間達との時間をひどく大切にし、時には年下にさえ甘えることも多いシリカだが、それはきっと人の面でも武の面でも、第14小隊をいい方向に導いてきたはずだ。だから彼女の厳しい側面に周囲が意を唱えることあろうとも、クロムもマグニスも根底からシリカを否定してこなかった。
「私を守ってくれたのは嬉しかったけど……あんなのはもう、嫌だからな?」
「あ、はい……反省してます」
今、目の前に生存するユースの頭を、穏やかな表情で撫でるシリカがどれだけユースを大事にしてきたかなんて、誰の目にも明らかなんだから。この二人は絶対に死別させてはいけない、そう強く信じてやってきたクロムとマグニスにとって、この光景は何にも代えがたい。一度本当にユースの魂が、彼の肉体を離れたという史実がある以上、尚更だ。
「んで、お前ら。そろそろ付き合っちまわねえの?」
「生死を共にした男と女、そういう関係に発展するドラマをそろそろ」
戦に満ちた日々は終わったのだ。平穏な世界でこそ、気兼ねなく育んでいける未来に目を向け、さっそく種と水をまくクロムとマグニス。もうシリカの気持ちには確信しているからこそ、ここからは容赦いらない。秘湯から帰ってきた時の悪くない空気から、少なからず二人の距離が縮まっていることもわかっているのだし。
「あのだな、二人とも……そろそろ趣味の悪いことは……」
「なあユース。お前もシリカみたいな女抱けるなら、けっこういい話と思わね?」
「だ、抱くって……俺、そんな目でシリカさんのこと……」
「はいはい、やめやめ。二人とも困ってるでしょー」
誰も予想しなかった場所から入り込み、この話をぶった切ったのがアルミナ。ユースににじり寄るマグニスの前に体を差し込んでまでだ。どうも昨日からちょっと機嫌の良くない姿が目立ち、キャルも首をかしげている。別に普通にしているぶんには明るい彼女なのだが、時折何やら面白くなさげな表情を浮かべるアルミナがいる。傾向で言えば今のように、シリカとユースの関係性が話題に上りかけた時だろうか。
「なんだよアルミナ、お前は小隊内恋愛はダメですとか言う口か?」
「そうじゃなくって、そういう話は周りが好き勝手につつき回すもんじゃないってんですよ」
「……アルミナが、それ言う?」
マグニスに言い返すアルミナに、聞き捨てならないキャルが横槍を入れる。昨日一昨日と、エクネイスの魔導士ストロスと、自分の関係をつっつかれたばかりのキャルだから、口を挟むだけの筋合いはある。
「あれはほら、ストロス君が気の毒だと思ったからだもん。そりゃ突き詰めればストロス君のアプローチ不足ってのもあるかもしれないけど、キャルが鈍くて向こう空振りじゃ、流石に可哀想でしょ」
「そ、それは……でも……」
「キャルも自分に好意向けてくれる人に無自覚なのは良くないよ? 無頓着も結構だけど、それで人のこと知らず知らずに傷つけてたらキャルだって嫌でしょ?」
さすがにアルミナは、その気になれば口が強い。多少の意趣返しなど、確たる考えあっての行動であれば、返す言葉も鋭くキャルを逆に丸め込む。不機嫌ついでなどではなく、これはこれではっきり言っておくよ、という態度のアルミナには、キャルもしゅるしゅると小さくさせられてしまう。
「んで、ユース……」
「だーからやめなさいっつってんでしょうが」
話の続きを再開しようとしたマグニスに、すかさずぶっとい釘を突き刺すアルミナ。隙のない彼女である。わかったわかった、と引き下がるマグニスだが、ユースやシリカとマグニスの間に居座って、ふんすと鼻を鳴らすアルミナは、厳戒態勢をまだ解く気はないようだ。
「アルミナ、昨日からヘンじゃない?」
「さぁね」
問いかけたガンマに、興味ないよとばかりに無機質な返事のチータ。まあいいんじゃねえのと煙草を吹かすクロムに反し、シリカとユースはアルミナの後方、顔を合わせて怪訝顔。アルミナ、確かにいつもの彼女らしくないなって。
くるっと振り返り、ユースにぱちりとウインクしたアルミナの真意は、ユースに伝わっていただろうか。助けてあげたんだから王都に帰ったらご飯奢りなさいよ、とでも目で言われた気がしたが、その読みが正しかったかどうかは、彼女のみぞ知るところ。
輝かしい思い出、歩み出した二人、可愛い火。ほら、未来は希望に満ちている。




