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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
最終章  語り継がれる幻想曲~ファンタジア~
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第270話  ~不朽の騎士団~



 騎士館の裏墓地には、必ず月に一度訪れる人物がいる。王都仕えで遠征に参加することの無いその上騎士は、40年以上に渡る騎士人生の中でも、月一の墓参りを欠かしたことが一度も無い。


「やっぱりここにいたか」


 石碑の前に跪き、目を閉じて黙祷していた屈強な男に、背後から声をかけるのも老いた声。長年の友人の声に、祈りを捧げていた上騎士ラヴォアスが立ち上がり、ゆっくりと振り向いた。目の前にいたのは、魔王軍との戦いに明け暮れた長き歳月を、共に歩んできた三人の戦友だ。


 勇騎士ゲイル、聖騎士グラファス、聖騎士クロード。指揮力にも戦人としての手腕にも秀で、未だに現役の騎士として戦場を駆ける彼らは、遠征に赴くことが多く、今となっては3人が同じ日に王都に集結することは珍しいことだ。たまたま各々に任せられた仕事の巡りが合わさり、ラヴォアス含めた4人で顔を合わせられる今日、揃って酒場にでも行くかという話になっていた。


「お前らも黙祷していくか?」


「当たり前だ。どけ」


 古くから破天荒なラヴォアスの手綱引きであった勇騎士ゲイルは、何でもない時からラヴォアスに対する口だけが鋭い。これがすっかり自然体で、誰も特に違和感無く話を進めてしまう辺り、4人の関係は長い年月で完成されているものだと言えよう。


 一人ずつ、石碑の前にひざまずき、各々の言葉を口にしない形で、騎士として生き、死んでいった同胞達の魂に祈りを捧げる。4人の人生、祈りを捧げるに際し、思い出す故人の顔もそれぞれ違う。昔から乱暴な部分の多い自分を、寛容に受け入れ育て上げてくれた恩師達の顔を、勇騎士ゲイルは決して忘れることが出来ない。戦場の最前線を張り続けた歳月の最も長いグラファスは、すぐそばで戦死していった年の近き仲間達の姿を、今でも鮮明に思い出すことが出来る。ラエルカンから流れてきた自分を受け入れてくれた騎士達のことを思い出し、彼らが早世したことを今でも惜しむ想いでいっぱいなのはクロードだ。


 年若き騎士達の指導者として長年を生きてきたラヴォアスは、大成するより前に世を去っていった騎士達の記憶が、祈りを捧げるたびに蘇る。死者を悼む想いで祈りを捧げる老練の騎士達は、決して形式的な形のみで墓に参じているわけではない。愛すべき後輩、親しかった同僚、尊敬していた先輩の記憶を脳裏に蘇らせ、その無念を想い馳せるとともに、現世に生きる勇士達の生存を心より貴ぶ想いで、常に墓にて偲んでいる。


「結局、わしら4人しか残らんかったなぁ」


「つい最近までは、ボルモードの奴も残ってたというのにな」


「佳人薄命って言葉は本当に的を射てるよ。俺みたいなのが生き残っちまって、立派にやっていた奴らばっかり先立っていきやがる」


 法騎士ボルモード。この4人とは20前後ほど年を隔てつつも、よく慕ってくれた奴だった。無口で不器用、40を超えても独身だったが、先輩をよく立て、後輩には優しく、男社会の中では上からも下からも愛された人物だったのだ。女を作るより、平穏を勝ち取るために魔王軍に立ち向かう歳月に明け暮れた無骨な男の生き様を、彼と親しかった4人の先輩達は、生涯忘れることが出来ないだろう。


 勇騎士ハンフリー。勇者ベルセリウスの親友にして、4人にとっては少し年下の後輩だ。若い頃はなかなか頭角を表さなかったベルセリウスとは真逆、同世代では抜きん出た才覚を持つことが、早くからわかっていた秀才だった。実力相応に出世も早く、しかしそれを鼻にかけることもなく、自信家と謙虚を両立させていた人格者。彼がラエルカン戦役で落命したことを知った時、その死を惜しんだ騎士の数は、百や二百ではとても足りなかっただろう。それだけ、騎士として以上に人として愛された人物であった。


 近衛騎士ドミトリー。荒くれ上がりの傭兵にも真っ向ぶつかる、気性の荒い若い時代も大人になれば丸みを帯び、尖った世界も温室の世界も両方に等しい理解を示す、柔軟な人物として誰からも愛された人物だ。彼が魔王マーディスを討ち果たした勇者として名を馳せた時、あの乱暴者がヒーローになったんだなと騎士団内では笑いの種になり、その時ばかりはしおらしく、感慨深く瞳を潤ませていた彼の姿も4人にとっては懐かしい思い出だった。


 願わくば、彼らと一緒にこの平穏を分かち合いたかったと思える相手は、生き残った者達にとってこの3人に限ったことではない。魔王マーディスとの戦いの中で散っていった十数年前の戦死者達、魔王落命後も、遺産どもとの戦いに望み続けた勇士達。長き戦いの歴史の中で、惜しまれ散っていった命は星の数ほどある。彼らが武器を捨てず、戦人であり続けた日々の末に今の平穏がある。生存した者達はあくまで幸運であったに過ぎず、戦いに臨んだ者達のもたらした今の泰平を想う時、そのために戦い続けた者達の覚悟の価値は、生死を問わず等しい価値を持つものだ。


 60以上、あるいは60近くまで騎士として生きていれば、同胞の死に触れることは多すぎて当たり前。人によっては死に慣れてしまうのも難しくない歳月。それに慣れることが出来ず、世を去った者たちを数十年経っても惜しまずにいられない4人が生き残ったことも、神様の示し合わせのようなものなのだろうか。魔を退けた世に生存した老兵達は、何年経っても暇を王都で作れるたび、死者の魂に報いんと戦人の霊園を訪れ続けている。


「――行こうか」


「ああ」


 多くの言葉はもう必要ない。いくら唱えても、今ここにいない仲間達にその声は届かないのだから。きっとこの後の酒の席では、長き戦いの歴史の中で散っていた先輩、同僚、後輩の思い出話で華が咲くのだろう。しみったれた空気になるかもしれないけれど、平穏を取り戻してひと月以上経つ今だからこそ、それでも語り明かしたい思い出の数々が山ほどある。みんないい奴だったのに、ここにいないことが寂しい。


 霊園を去る4人の老兵の中、ただ一人振り返ったラヴォアスは、騎士としての慣わしに沿って石碑に最敬礼を示した。この安寧なる世界をもたらした勇者達の魂に、深き敬意と感謝を捧げるべく。そして、彼らが願ってやまなかった世界が、今ここに正しく取り戻されたことの万感の想いを込めて。


 人の命は有限で、それが生涯を捧げて作り上げた世界は命より悠久。何千何万もの戦人達が望み続け、命を賭して勝ち取った泰平は、きっとこれからも長く続いていくはずだ。











「はい5日目突入~。予定より長引いてますね~」


「うるさいぞ、タムサート。予想できていたことだろうが」


「王都が恋しい子達も増えてきてるだろうし、早く片付けたいんですがねぇ。なかなか難しいもんです」


 コズニック山脈の浅いところ、コブレ廃坑で身を休める上層騎士達が、朝を迎えた出撃前の語らいを交わしている。法騎士カリウス、法騎士タムサート、そしてラエルカン戦役とレフリコス攻略の戦いにおける功績や、過去からくる実績を評価され、聖騎士に昇格したエミューだ。3人の共通点は、現在は戦陣を退いた聖騎士ナトームが現役の騎士として戦場を駆けていた時代、彼のそばで腕を慣らした騎士であるという点だ。


 長い戦争の時代を終えるに伴い、各地の復興に踏み出すにあたって、資源の確保は欠かせない。むしろ普段より遥かに多い資源が必要になる復興時代、コズニック山脈の鉱脈も頼りにしなくては追いつかない。魔王を討伐したとは言え、山脈各地に残存する魔物達を掃伐していかなくては、鉱物の採掘もスムーズに行なえないというものである。


 聖騎士エミューが率いる第11大隊、法騎士タムサートの率いる第19大隊、法騎士カリウスの率いる第26中隊、そこに他の中隊や大隊もいくつか組み込み、大きな連隊となる大部隊。聖騎士となったエミューを総指揮官に据え、第11連隊と呼ばれるこの一団によって、コズニック山脈の残存魔物を片付けていく遠征は、当初の予定では一週間で終わらせる予定だった。せっかく訪れた平穏の時代、殉職者なんか出してたまるかと堅実な進軍を遂行する連隊は、案の定ではあったものの攻略が遅れている。


 多分このまま予定を振り切り、一週間以上かかる遠征になるだろうなと、エミュー自身もわかっている。聖騎士となって初めての任務で、予定より進行が遅れているのはエミューにとって難だが、当人はこれでいいとはっきり信念を持っている。予定どおりにプランを進めることに固執し、いらぬリスクで死傷者を出すなど、時代に反した愚の骨頂。急ぐ必要は全く無い。


「にしてもエミュー様、そろそろ兵の交換してくれませんかね」


「お前はそればっかりだな。どうせ目当てはあの女騎士だろうが」


「お前昔っから引き抜き癖が抜けねえよなぁ」


「うちには若い子が多いんですし、才気に溢れた若い子が欲しいんですよ」


 むしろ指揮官級の法騎士以上の騎士にとっては、安全に仕事を進めつつ、他の隊に属する騎士達の働きぶりを目に留める機会でもある。若くて才覚に秀でた騎士には目が無く、手元に引き寄せ育てたいという考え方が人一倍強いカリウスは、その辺りへの目がない。特にもう少し経って年末になれば、毎年恒例の短期異動期間が訪れるし、今が他の隊に属する優秀な若手に目をつける好機でもあるのだ。


「あの子は確かに有望株だがな。リビュートやシャルルも、自分の隊に欲しいと言っていた」


「でしょう? 年末の短期移籍期間じゃ、間違いなく引っ張りだこですよ」


 カリウスが今最も注目している女騎士というのは、かつて所属していた小隊の崩壊に伴い、しばらく戦陣を退いていた騎士ルザニアだ。彼女は現在どこの隊にも無所属で、この機会を以って戦場に復帰したのだが、形式上は第11連隊の一員に所属している一方、誰が指揮する隊に所属するかが明確にはまだ決まっていない。今はこの隊の中でも、最も指揮力にも実力にも秀でるエミューの下で働いている形になっているが、彼女がどこの隊に所属するか明確に決まるのは、もう少し後のことだ。


「悪いが俺もあの子にはアプローチかけるつもりだぞ。あんな将来有望な子、みすみす見逃してたまるか」


「タムサートの部隊は射手が殆どだろ。前衛の騎士まで欲張るなよ」


「知るかっつの。前衛の数が確保できていた方が後衛も動きやすいだろうが」


 露骨なぐらい同世代の中では抜きん出た実力であるルザニアを、後年自分の隊に招きたいという想いはカリウスもタムサートも一緒である。それに、当人らが手を出すつもりはさらさら無いけれど、やっぱり隊に女の子がいると、色んな意味で隊の空気が変わるのだ。実力と可愛らしさを綺麗に両立するルザニアは、言ってみれば若いシリカみたいなものであり、それがどこの隊にも無所属だと、お声をかけられるのはだいたい自然な流れである。


「うちにはプロンもいるからな。こっちに来た方があの子にとっても楽しいだろうし、こっちが有利だ」


「それを言うならうちにはアイゼンがいるぞ? ルザニアと年が近く、あんな優秀な子はそうそういないよ」


「お前ルザニアが色事にうつつ抜かす子に見えるか? 残念だがそれはカードにならねえだろうよ」


「甘いねぇ、彼女はベルセリウス様よりドミトリー様の方が好きだったんだよ? 強い男に憧れる子なんだよ、彼女は」


 単なる同僚として以上に友人としての繋がりの強い、カリウスとタムサートによる気軽な語らいを見て、好きにしてろとエミューも溜め息混じりである。こちとら聖騎士になったばかりで、今までで一番多くの兵を率いる仕事を預かって神経を遣うというのに、法騎士慣れして長い二人の気楽さが憎らしい。戦場に並べば、あるいは緊急事態発生によってもすぐ気持ちを切り替える奴らではあるけど、上官たる自分の手前ではもう少し緊張感を持てとも言いたいものである。言わないあたり、優しい上司だが。


「気苦労お察ししますよ、聖騎士様」


「商人の方々も、こういう後輩がいて心労する経験がおありでしょうな」


 小集落のように整えられたコブレ廃坑を主戦場とする、行商人のウォードがエミューに朝食を持ってくる。数多くの騎士がコズニック山脈に出兵する時、駐屯地に使われやすいコブレ廃坑にいると、客に困らぬ稼ぎ時。男の手料理だが、殺風景な保存食を採るよりは騎士達にも受けがよく、慣らした料理の腕を披露するウォードは、ここ数日でけっこうな稼ぎを形にしている。


 いつぞやと比べれば、コズニック山脈の浅い所も魔物の気配が随分少なくなり、行商人にとってはこれからが正念場だ。ウォードもいつか金を積み、自分自身の暖簾(のれん)を構える夢を持っている。戦乱の世が終わりを迎えたこれからの時代、夢追人達の戦いは始まったばかりであると言えよう。


「旦那さんの隊の皆さんにも、いくらか振る舞ってきましょうか? お時間が無いなら控えますが」


「商魂の逞しい方だな。ここ数日、部下も健康食ばかりで口が寂しいだろうし、美味い飯を振る舞ってやってくれ」


「へへっ、毎度あり!!」


 料理が売れれば金が入る。仕入れた食材が在庫入りしない喜びと共に、ウォードが仕事場に帰っていく。支払いは任せろというエミューの言質は、商人にとって労働意欲を促す最大の活性剤だ。


「お前ら、飯を食ったら兵を纏める準備をしろよ。傭兵の多い出陣なんだから、疎通漏れが起こらんようにな」


「了解っすー」


「エミュー様、毎日それ言いますよね」


 一番上がしっかりしているから、長く法騎士で最高指揮官に立つことの多かったカリウスやタムサートも、普段より肩の力を抜いていられる。二人とも、しっかりしていなきゃいけないときは、ちゃんと出来る人間だ。そういう責任感の強い人物でも、時にはこうして肩の力を抜ける時があれば、いよいよとなった時には養った鋭気で、より引き締まる想いで現地に臨める。それを自然と促すのも、一番上に立つ人間が醸し出せればより良い空気の一つである。






「ねえねえアイゼンさん。あれからユースさんには会いました?」


「会ったよ。相変わらずだった」


「どんなふうに相変わらずでした?」


「なんにも変わってなかったよ。本当に、今までのまんま」


 第19大隊所属の銃士プロンが、第26中隊所属のアイゼンの回答にくすくすと笑う。今じゃすっかり魔王を討伐した勇者様だというのに、立場が変わっても当人は変わらないユースというのは、彼を知るプロンにとってもなんだか安心する。知らない仲ではない人が、お偉いさんになって遠くに行ってしまった気がして、ちょっと寂しい気分にもなっていたから。


「ユースさんも昇格してますよね? 何階級か飛び級で昇格してたりもするのかな」


「いやー、なんかその辺複雑らしいぞ。カリウス隊長に聞いたんだけど、昇格のシステムって複雑なものらしいからな」


 しばらくユースが第26中隊に移籍していた時期、彼を先輩だと慕っていた騎士バルトの問いには、今は上騎士という立場に昇格したアイゼンが難しい顔を見せている。アイゼンも、ラエルカン戦役などにおける戦いぶりや指揮ぶりが評価され、上騎士に昇格した身であるが、ユースの立ち位置は他の騎士達に比べていくらか特殊なものだからだ。


 騎士から上騎士に昇格するにあたっては、実力を示す必要がある。その辺りはユースに疑う余地はないし、魔王討伐の功績抜きにしたって、百獣王ノエルを討ち果たしたという大金星の時点で、今の階級に相応の実力だとは誰も思うまい。それに加えてディルエラだとか魔王だとかの討伐にも関わっているんだから、実力のみで言えば、そんじょそこらの法騎士様と比肩しても何ら遜色はないはずである。そもそも彼の肉薄する法騎士シリカが、同階級の騎士達の中でも上位に位置する実力者なんだから。


 が、上騎士に昇格するとなると、指揮力が必要になってくる。だって上騎士になれば、必要に応じて小隊規模の指揮力ぐらいは求められるし、それが未然に認められていないと昇格させてあげられないのが原則だ。第14小隊にはシリカやクロムがいたから、ユースに指揮権が回ってくることなんか無かったし、ユース自身の指揮能力がどうかという話が、上層部に殆ど届いていない。ちゃんと公式記録として残っているのは、シリカがディルエラとの戦いでしばらく療養していた時期、短期間第14小隊の隊長を務めていた一回こっきりである。


 普通はアイゼンのように、頭角を表してくれば、少人数の分隊の指揮を任せられるようになり、それで指揮能力を見定めつつ実績を残していくことで、上騎士への昇格を認められていくものなのだ。実はシリカも少し前はそうするつもりで、具体的には大仕事だったアルム廃坑攻略を乗り切ったら、クロムに代わって小隊の一部の指揮権をユースに渡す機会を作るつもりでいた。ところがその後、ラエルカン崩落に始まって大変な時代になだれ込んだからそんなことする余裕もなく、結局ユースが指揮能力を発揮して、それを報告書に書いて上層部に伝える機会も作れなかったのである。色々と間が悪かった。


「指揮能力が確認できないからって言っても、あれだけのことやったんだから昇格あってもいいと思うんですけど」


「そうは言っても上騎士になったら、数十人規模の人を纏める手腕が必須になってくるのが一般論だしな。少人数の分隊の指揮経験も報告されてないユースを、昇格させるのはどうすべきかって騎士団も悩んでるらしい」


「魔王倒しても昇格なしで騎士止まりって、騎士の人達どう思うんです? 私は傭兵だから関係ないですけど、なんか釈然としないと感じる騎士様も多いでしょ」


「んなの俺が一番思ってるよ。俺が上騎士になってるっていうのに、ユースが上騎士に昇格できないのって、俺の個人的観点で言って不合理だもん。騎士団の言い分もわかるけどさ」


 アイゼンからすれば、ユースは昔っから下地築きに力を入れ続けるひたむきな奴で、それがやっとわかりやすい形で戦果を上げたのが最近なのだ。たとえ向こうが自分よりも上の階級になってしまったとしても、親友として、出世していくあいつを見たいっていう想いの方が絶対に勝る。巡りの悪さが起因しているのは仕方ないとしても、ちょっとその天運が憎らしく感じて仕方ない。


 ユース自身も階級に興味のない口だから何も気にしていなかったらしいのだが、騎士団とユースの間で話が纏まっていたとしても、納得できないのは周りという現実が複雑である。アイゼンとしてはユースの無欲さに対してすら、お前もう少しがっついてもいいんじゃないかと思えるぐらいであり、どちらかと言えば騎士団が頭を悩ませているのもそっち。魔王や獄獣を打ち倒したのに昇格できないんだったら――と、他の騎士達のモチベーションに響くと騎士団としても困るし、でも階級は厳密に定めなきゃいけないものだから、あんまり特別扱いはしたくない。平和を作った立役者の一人として特別に、という結末も柔軟に視野に入れたって構わないのだが、それはあくまで騎士団にとって最終手段だ。他に道があるなら、他の落とし所を見つけたいから、ユースが昇格していない現在も、問題は終結していないまま棚上げされている。


「一応今のユースって謹慎期間中だから、どんな結論になったとしても、その期間中に昇格はないと思うよ。その謹慎期間が解けた時までに、騎士団も結論を導き出したいっていう話らしいな」


「今、どんな感じで進んでるかとか聞いてません?」


「カリウス様も人事に関わってるわけじゃないからなぁ。たとえ昇格が実現しなかったとしても、上の階級相当に昇給されるのは間違いない、とは聞いてるけど」


 今となっては時の人、特に元々彼と親しかったアイゼン、プロンやバルトにとって、興味の尽きない話だ。ごくごく当然のようにに、飛び級昇格があるかないかで、ユースの昇格ぐらいは当たり前だと思っていたのに、話は意外と複雑になっていることに、組織の難しさというものを実感せざるを得ない。大人って、大変だ。


「おーい、出撃するぞ。お前ら気を引き締めろよー」


 語らう3人の下に、第19大隊で高騎士を務める男の声が聞こえてくる。総指揮官のエミューをはじめ、カリウスやタムサートもそろそろ動き出しているらしい。そろそろか、と銃を握り、アイゼンに一礼したプロンは、所属する第19大隊の集まりに帰っていく。彼女を見送るアイゼンとバルトも、自分たちが所属する第26中隊の長、カリウスの元へと歩きだす。


「ただいま、ルザニアちゃん」


「あっ、プロンさん。お疲れ様です」


 今日は第19大隊と共に行動するルザニアに、すでに親しいプロンが歩み寄る。騎士という身分ながら、傭兵の自分にも礼儀正しいルザニアの姿には、プロンももう慣れたから何も言わない。そこに突っ込んでたら日が暮れるぐらい、ルザニアは態度や行動がいちいち礼儀正しい。


 第19大隊は、前衛を隊長のタムサートならびに、少数の近接戦闘兵で固め、後衛の射手のサポートを要に勝利を手にする部隊だ。第19大隊の若手前衛、才気溢れる騎士アンディとともに、前衛に向けて歩きだすルザニアを見送る形で、普段どおり中衛のポジションを探し始めるプロン。そんな彼女に、今日は隊長のタムサートが自ら歩み寄ってくる。


「プロン、今日はお前ももう少し前に来い。お前ルザニアとは息も合うだろ」


「えっ、いいんですか!?」


「お楽しみ気分で臨むなよ? 日頃から、少し離れていても息の合うお前らのチームワークを、新しい形で発揮してもらいたいと思ってるんだからな」


 特別に苛烈な任務でなく、他の兵力にも充実しているからこそ取れる、普段とは少し違う戦略の試行。プロンをルザニアに近づけて、あわよくばルザニアが第19大隊に所属したいと言ってくれるようになるよう、ちょっとした下心も含まれているのだが、それはあくまで副産物に過ぎない。タムサートも、欲に張って甘い策を敷き、いたずらに部下を危機に晒す愚は踏むつもりはない。


 お許しを得たプロンは嬉しそうに、隊長タムサートと共に前衛に並んだ。よろしくね、と笑いかける、親しきプロンがそばにいてくれることは、ルザニアにとってとても心強いことだ。かつて同僚を纏めて失った過去を持つルザニア、その心の隙間を無意識に埋めてくれるプロンの存在は、彼女自身が自覚する以上に大きいだろう。


 少女は再び歩きだしたのだ。かつて属した第44小隊の、今は亡き隊長イッシュや同僚達が目指していた、今の明るい世界を未来へ繋げていくために。哀しき過去を受け入れ、忘れず、なおも前に進んでいこうとする彼女の強さを、そばに立つプロンも彼女の横顔に感じ取ることが出来た。


「揃ったな?」


 コブレ廃坑を出て、山中に集った大所帯を高みから見下ろした聖騎士エミューが、総指揮官として最後の確認だ。カリウスやタムサート、多くの指揮官級騎士の合図を受け取ったエミューは、今日の進撃に向けて愛用の薙刀を掲げる。南下し、コズニック山脈浅部の魔物達を殲滅する、一週間任務も佳境を迎えている。


「第11連隊、出撃!!」




 この日、才気溢れる若き女騎士が、友人である銃士と共に、多くの功を為したことは、夜の第11連隊において大いなる話題となった。巨悪を打つため、戦乱の時代から築き上げてきた戦士達の力は、時が変わっても色褪せない。それを、若きアイゼンやルザニアを中心とする、若い戦士たちが証明してくれている。


 訪れた平穏なる時代。それをより磐石にするために戦い続ける騎士達の歴史は、これからも続いていくことだろう。そんな日々に身を投じることを厭わない、勇敢なる志が集ったのが騎士団。それがある限り人の世にある平穏が死に絶えないのは、疑う余地もなき真実だ。

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