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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第16章  ひとつの歴史の終楽章~フィナーレ~
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第266話  ~賢蘭祭③ アルミナよく頑張りました~



 "ちょっとこわいゾーン"と銘打たれた、賢者様特製のおばけ屋敷、第二エリア。設計したのはルーネであるそうだが、あまり日頃の優しい彼女の姿に期待して、生ぬるいおばけ屋敷を想定しない方がいい。ああ見えて、挑戦者に対しては礼を尽くした本気を見せてくれる性格をしているし、毎年期待されているおばけ屋敷の構築において、中途半端なものを作ってはこないだろう。


 おばけ屋敷を作る者の役目は何か、それは立ち入った者の心を揺さぶり、恐怖という名のスリルを提供できる一館を作ること。その目的達成のために、賢者様が頭脳をフル活用して作ってきたおばけ屋敷だと認識したなら、製作者が幼く可愛らしい姿のあの人だとわかっていても、それなりに覚悟して臨むべきである。


「ど、どう……? ユース……」


「多分、こっち……足元には気をつけろよ」


 入っていきなり真っ暗闇だ。光の一切入らない、第二ゾーンの入り口付近は、肌を合わせるユースとアルミナが、お互いの顔を見られないぐらいの闇。不安のあまり、アルミナがユースの左腕にぎゅうっとしがみついており、ユースは右手で前を手探りしながら、前に進んでいくしかない。こと、この真っ暗闇の中においては、誰かがそばにいてくれる事実そのものが、ユースにとってもちょっと安心できる要素になるぐらいだ。それぐらい、なんにも見えない。


 順路は広くない一本道であり、手探りで見つかる壁に触れることさえ出来れば、進むべき方向に歩いていくことが出来る。こんな真っ暗闇だったら、誰でも但し書きが無くたって、手で前を探って進むだろう。構成からして客の心理を操るルーネのおばけ屋敷作りは、この時点で参加者を掌の上に乗せている。


 ここはアカデミーの別館の一つを使ったおばけ屋敷であるはずだが、触れる壁はざらざらしていて、小奇麗なアカデミーの壁の手触りとは思えない。まるで土を固めたような手触りの壁から、まるで暗闇の洞穴を進んでいるかのような心地でユースは進んでいく。ざり、ざり、という自分の足音も、まるで砂粒が散乱する穴蔵の地面のようだ。建物内の壁や床を、岩壁や地面にがらりと塗り潰してしまう凝り具合は、年に一度の名物作りにこだわり尽くした、賢者ルーネの気合が感じ取れよう。


「っ……!?」


 手探りで暗闇を進んでいたユースが、正面の壁に触れた瞬間、にゅるり。生温かい、ぬるぬるした何かが塗られた岩壁に触れたユースが、びっくりして右手を引っ込める。ゆっくりながらも進み続けていたユースが、思わず立ち止まって後退しかけた姿には、何が起こったのか視認できないアルミナも焦りだす。


「ど、どうしたの!? ユース……」


「い、いや、なんでもない……大したことじゃないし……」


 実際たいしたことではないのかもしれないが、何も見えない中で、血を連想させるぬるぬるした何かに急に触れると、ユースの心臓も高鳴り始めるというものだ。油断できない、そう強く再認識したユースは、ごくりと生唾を飲んで歩き始める。ユースの歩く速さにぴったりついて歩くアルミナは、しがみついたユースの腕を、自分の胸に引き寄せて放さない。ここではぐれたりなんかしたらパニックになりそうだ。


「さ、流石に賢者様が作ったおばけ屋敷ね……雰囲気出てるわ……」


「……そうだな」


 余裕ある口調のふりをして、強がっているのが見え見えでは、声が震えてるぞとからかってやる気にもなれない。左腕を引き寄せ、アルミナをそばに寄せてやるユースのささやかな気遣いも、今のアルミナにとっては相当助かっているだろう。離れないでよ、と強く念押しするアルミナに対し、ユースもわかってるよと応えるのみ。返事に見上げるアルミナの前には、真っ暗闇の中にユースの横顔があるのだが、顔も見えない闇の中で、親友の存在がすごく頼もしいものだ。


「ひゃわっ!?」


 ちょっと安心しかけた矢先に奇襲が飛んでくる。天井からぴしゅっと放たれた冷水の水鉄砲が、油断しきっていたアルミナの首筋に直撃だ。無人のおばけ屋敷、トラップポイントを通過した者の存在を感知し、対象の弱点めがけて的確な一撃を放つ仕掛けだ。罠を仕掛ける魔法といえばエルアーティの十八番だが、据え置きかつ簡単な魔法トラップぐらいなら、ルーネも理屈を組んで作れるようだ。狙撃対象を視認する術者もこの場にはいないのに、動く標的の急所を寸分違いなく撃ち抜くトラップの完成度は、流石魔法学に秀で果てた賢者様の業物である。


「あ、アルミナ?」


「だ、大丈夫……びっくりした……」


 夏の休暇で似たような驚かせ方を、チータやマグニスにくらっているせいか、アルミナも立ち直るのがやや早い。行きましょ、と、さっきまでより弱々しい声でユースを前に促すが、前進することに前向きになれるほどには耐え切れている証拠だ。以前のアルミナだったら、次に何が来るのか怖くなる想いが募り、一度この場で足を止めていただろう。


 何も見えない闇の中を歩く二人を、ちょくちょくルーネのトラップが襲撃してくる。静かにゆっくり歩くユースとアルミナのすぐ横を、大きな何かが風を切って凄いスピードで通過していった瞬間は、それが何かを確認することも出来なかった。謎の影の通過に伴った風が髪を揺らす余韻の中、今のはいったい何だったんだと背筋がぞくぞくする。正体不明の不可解な何か、まして闇の中でのそれは、存在感だけで神経を刺激してくる。


 ひゅう、ひゅう、と、怪我をした何者かが苦しげに呼吸するするような音が、周囲あらゆる方向から聞こえてくる場面もあった。存在を視認できない何かが自分達を取り囲み、音をこちらに集めてくる空間は、まるでいくつもの視線がこちらに向けられているかのような心地になる。悲鳴をあげたくなる類の恐怖ではないものの、得体の知れない何かに目をつけられている感覚にぞわぞわする二人が、冷や汗かきながら足を少し速める。結局何かをされたわけではないが、心に纏わりついてきた得体の知れない何かの存在感は、謎の呼吸音が聞こえなくなった後も、二人の胸の中にしつこく残っている。


 古典的な演出の数々が、適度な間隔をあけて二人の耳や肌を刺激してくる真っ暗闇エリア。視界を奪われた者を、不意に襲う悪戯の積み重ねは、胸が苦しくならない程度にユースとアルミナの心臓を高鳴らせてくれる。アルミナのような、特に怖がりの子には刺激の強すぎる経験だが、そんな彼女でも何とか泣かず、前向きに進んでいられるということは、いい具合のさじ加減で演出が調整されているということだろう。あくまでも、ちょっとこわいゾーン。例えば恋人同士で来たならば、平穏な暮らしの中では経験できない非日常を、危険なく味わえるぐらいで丁度いいのだ。平和が訪れた今の時代ならば特に、こうした娯楽は良い意味で刺激的だ。


 仕掛けられたトラップやギミックに翻弄され、止まったり歩いたりの繰り返しの末、肌を寄せ合う二人が歩き続ける。アルミナを引き寄せるユースの態度は、彼女にとっては頼もしいものだが、無意識下でユースも独りになるのは恐れているのだろう。いよいよとなれば勇気を奮い立たせ、獄獣や百獣王にすら立ち向かってきた二人とはいえ、戦場以外の場においては、若い普通の男女たるものだ。


 アルミナに限らず、元々ユースも一人ですべてを乗り切る自信があるタイプじゃないし、そばにいるアルミナを何とか守ってやろうという気概で、湧き出る恐怖心を上塗りしているだけである。そういう発想で、見えない何かを恐れる気持ちも握り潰せるユースだから、誰かを守るために戦うのが使命とされる、騎士という役柄には向いた性格と言えるのかもしれないけど。


 長い闇の中を歩き続けた末、やがてうっすらと目の前のものが見える程度の暗さになってきた。朧月に照らされた夜のような、目の前の光景。光無き道を歩き、闇に目が慣れたせいもあるだろうけど、前方にいくつか障害物の影らしきものも見える。木の形をしたものがいくつか乱立しているように見え、なんだか真夜中のアルボルを歩き続けた時の記憶が蘇る。


「は、離れないでよユース……」


「わかってるって……ちょ、ちょっとだけ手の力抜いてくれ……痛いから……」


「あ……ご、ごめん……」


 ユースの腕を解放したアルミナは、後ろから彼の左肩に両手を置いて、胸元をユースの背中に密着させる。いや、実はずっと二の腕にアルミナの胸がひっついていて、それが気になって仕方なかったから上手いこと言って離れて貰ったのに、これでは意味が無い。何やら柔らかいものが背中を刺激してきて、別の意味でもユースは落ち着けない。


 足元には、ほんのり光る道筋のようなものが前方に延びている。前には森のように障害物が多く、これが恐らく順路を示しているのだろう。光はあまりにも弱く、前方の影の正体を見せてくれるものではないが、少なくとも道を間違えることはないようなので、ある意味では少し安心できる、かも。


「ひっ!?」


「な……!?」


 仕掛け人ルーネの周到さは、客人を最も驚かせるタイミングで、とっておきのギミックが姿を現すという、計算され尽くした構成にある。突然ユース達の左側に、ぼうっと淡い光が浮かんだかと思えば、二人の目線はそちらに向く。すると二人の目線の高さとほぼ等しく、光を放つ骸骨頭が至近距離にあるのだ。突如にして現れた存在に、反射的に剣を握ろうと腰元に手を伸ばしたユースだが、今日は武装してきていないので、掌がすかっと空を切るだけに終わった。あれだけずっとユースにひっついてきたアルミナも、思わず跳び退き、後方の木に背中からぶつかっていく。


 落ち着いて見てみれば、木の幹に埋め込まれたしゃれこうべの模型が、ぼんやり光ってこっちを見ているだけの単純な仕掛け。それでも不意打ち気味、しかも至近距離にいきなりこんなものが現れたら、そりゃあ誰でもびっくりする。特にユースやアルミナなんて、サイデルだとかリッチだとか、骸骨頭の魔物に殺されかけた記憶も新しいんだから。


「……大丈夫か?」


「だだだっ、大丈、夫……腰が抜けるかと、思った……」


 びっくりした? とばかりに愉快に顎を躍らせ、けたけた笑う骸骨から目を切り、げんなりしながらユースは後方のアルミナを振り返る。背中につけた木の幹に寄り添うようにして、よろよろと立ち上がるアルミナ。ふらりとユースに近付くと、結局またユースの左腕にしがみつく。いや、だから胸が肘に当たってるんだけど。


 再び歩きだしたユースとアルミナ。この後も、賢者様特製のびっくり仕掛けがいっぱいだ。順路に従い歩いていたら、目の前に現れたのは人型の影。あれが何かしてくるんじゃないかと、警戒しながら距離を取ってユース達は進んでいく。が、そっちに意識が集中するもんだから、後ろからにょろんと伸びてきた何かに背中を撫でられた瞬間、アルミナが驚きの大声をあげる。計算された意識誘導の末とはいえ、その声でびっくりさせられるユースも災難で、それに伴い振り返った二人は、人型の影に背中を向けることに。その瞬間に、後方つまり人型の影の方向から、めしりと不気味な物音がするんだから、また同じ方向を驚いて振り返らずにはいられない。完全に仕掛け人の思うつぼに嵌っている。


 結局何もしてこなかった人型の影から離れていく二人だが、また目の前に人型の影。今度は何だ、今度こそ何かやってくるのかと警戒しつつ、周りにも広く注意しながら二人は歩いていく。が、今度は結局何もなし。なんにもしてこない影の存在だけにびくつかされ、神経だけをすり減らされる形である。具体的に手を下すまでもなく、こうして二人の恐怖心を手玉に取る、製作者の計算高さが光っている。


 やられた、という悔しさをユースが心の隅に抱えつつ進めば、今度は全くの予想外の角度から仕掛けが襲ってくるのだ。ざしゅ、ざしゅ、と後ろから足音が近付いてくる音がすると、選択肢は振り返るか前に進むかのどちらかしかない。逃げたいアルミナがぐいぐいユースを押すので、順路に従い少し早足になるユースだが、どうしたって後ろから迫ってくる足音から意識を逸らせない。


 目線ははっきり前を向いているが、側面への注意力が散漫だ。攻撃されるのは目ではなく耳、まるで巨大な怪物が木の幹を食い千切ったかのような、ぐしゃりという大きな音が、いきなり横から聞こえてきて、二人の肩がびくんと跳ねる。思わずそちらを振り返りつつ、周囲への注意力を失わないようにするユースだが、正面で横に倒れる樹木の影の向こう側、ミノタウロスを思わせるような大きな影が見えてしまったら、どうしたって意識はそこに偏る。


 大丈夫、こんな所で魔物が沸くはずがないと自分に言い聞かせた瞬間の隙、真正面の巨大な影が放つ大音量の吠え声には、ユースの心臓も口から飛び出そうになる。ユースの肩を握り締め、目をつぶって彼の背中に顔をうずめたまま、がたがた震えるアルミナのメンタルは大丈夫だろうか。


 ユースの目の前、ミノタウロスのような大きな影は、吠え声を終わらせると、倒れた樹木を両手で抱える。二人を驚かせるためにへし折った樹木を、自分で立て直すようにして持ち上げる仕草からも、どうやら今から襲い掛かってくるわけでないのがわかる。結局あれもギミックの一つであって、仕掛けを有効にはたらかせるための、魔力で自動的に動く人形に過ぎないということだ。


 その影が、修復された木の影に隠れ、ユース達の次に来たお客さんを驚かせる仕事に戻っても、強く脈打つ心臓へのダメージが大きすぎて、ユースはその場から動けない。ユースの背中に隠れたままで、木を修復した人形の動きを見ていなかったアルミナは、ずーっとそこで震えている。大丈夫だぞ、とユースが引きつった声で手を握ってあげると、ようやくアルミナも恐る恐る顔を上げてくれた。


 優しい賢者様の作ったおばけ屋敷とはいえ、出来のいい頭脳が余すことなく発揮された仕掛けの数々は、この後も二人をさんざん翻弄してくれた。あくまで驚かせたり怖がらせたりするだけで、危険性のないおばけ屋敷には違いないが、巧みに動揺を操り、心の隙にすかさず精神攻撃を差し込んでくるギミックが、二人の心臓を休ませない。アルミナという守るべき対象ですら、そばに誰かがいてくれるという支えになる心地で、疲れながらユースは歩いていく。絶対に一人ぼっちになりたくないアルミナは、決して離れずユースについてきてくれるから、それだけは意識を割かずに楽を出来ていたと言えるかもしれない。


 こんな調子で第三エリアに進んで大丈夫だろうか。ふと、そう考えた瞬間にも、ルーネの仕掛けたびっくりギミックに襲われ、終始気が気でないままユースは進んでいく。そう広くない第二エリアであるはずなのだが、警戒心を煽られっぱなしの道中は歩みも遅くなりがちで、いやに長い時間二人はこのエリアに拘束されることになった。






 闇は徐々に晴れ、いつしか周囲の岩壁から顔を覗かせる蛍懐石の光により、足元の起伏も視認できるほどの明るい場所に辿り着いた。とは言っても、砂や砂利はあるものの、足元は非常に平坦なもので、ここまでもそうだったとしたら、驚き慌てて転んで怪我をしないよう、全体が構成されていたということなのだろう。手の込んだ仕掛けをいくつも設け、ユース達を容赦なく怖がらせてきた第二ゾーン製作者だが、やはり作りは根本的に、優しい全体構成になっているらしい。


 それだけの明るさになると、ルーネのトラップも姿を現さなくなり、歩くに連れて安心感が沸いてくる。これまでの経験から、完全に油断することが出来ない心地は息苦しいが、視界がクリアだと何かあってもやりやすいように動けるから、心の奥底からくる安心感が違う。やがて、木造りの橋を渡るような道の両脇、蛍懐石ではなく松明が設置された一本道に差しかかる。ここまでとは明らかに違う道の造りは、第二ゾーンの終わりを示唆するものであり、ようやくユースもアルミナも、深く息をついて胸を撫で下ろすことが出来た。


「な、泣いてないわよ……?」


「よしよし、頑張った」


 ユースの腕にしがみつきながらだが、震えた笑顔を向けてくるアルミナ。闇の中ではアルミナが泣いているかどうかなんて、確認する暇もなかったが、この態度なら本当に泣いてなかったのだろうと思う。冗談めいて、ユースがアルミナの頭を撫でてやると、子ども扱いするなというつっこみ待ちだったユースに反し、嬉しそうにアルミナが無邪気な笑いを見せてくる。怖くて怖くて仕方ない中、本当に頑張っていたからこそ、こんなふうにされたって嬉しいと素直に感じるのだろう。


 さて、真っ直ぐ進み続ければ、出口と書かれた扉が見えた。そして脇にはまたも横道、その前に立っているのは、おばけ屋敷入り口の若い男性や、第二エリア入り口の前の若い女性とは異なり、紫色のローブとフードに身を包んだお爺さん。真っ直ぐ進めばこのままおばけ屋敷から出られるのだろうけど、老人が立つ横にある道の奥に進めば、きっとその先は第三エリアなのだろう。長い白髭が特徴的な番人の風貌だけでも、ここから先の道がこれまでと違う世界であることを、暗示しているように感じられる。


「この先に行かれるつもりかの? やめておいた方が賢明じゃがなぁ」


 老人の眼差しは優しいものであり、同時に歴戦の大魔法使いを思わせる風格を漂わせている。騎士団で例えるなら、聖騎士だとか勇騎士に相当する、魔法使い達の中でも最上位に属する人物だろう。そんな人物が、笑いながらも実感のこもった声を向けてくることから、この警告の重みがひしひしと伝わってくる。


 入り口横の看板に書いてある、但し書きも気になるところだ。


 ・15歳未満は挑戦禁止

 ・もしも心臓麻痺になっても賢者は責任を取らない。

 ・製作者:エルアーティ=ネマ=サイガーム


 三行目が嫌な意味で味を出しているものである。私の作ったおばけ屋敷、挑戦したいのならいらっしゃい。そうしたエルアーティの挑発的な自信が漂ってくる気がする。子供には刺激が強すぎると警告する一行目も、何が起こっても自己責任だと念押しする二行目も、エルアーティという人物の意地悪さをよく知るユースにとっては、三行目に比べれば弱い脅し文句に聞こえる。


 最後の確認。どうする? と問うユースに対し、こちらを見上げて決意のうなずきを返してくるアルミナ。引き下がるつもりはないようだ。それに伴い入り口と向き合うユースの姿と併せ、勇敢な若者二人を目の前にした門番の老人は、感心感心という表情。ユースとアルミナの勇気を称える眼差しである一方、その無謀が自らを恐怖の海に招き込む業にもなり得ることに、ちょっと気の毒そうな目の色もしてだ。この奥にあるものが、何であるかを知っているか知っていないかでは、勇気というものに対する認識も変わり得る。


 万一挑戦者がこの先で失神したら、それを救出するのがこの老人の仕事。エルアーティのおばけ屋敷に挑戦し、心を折られて失神して、この老人に救出された者は今日だけでも、既に数十名に上っている。どのような仕掛けがこの先に待ち構えているかを知っている老人は、目の前の若者二人が未知に踏み込んでいく度胸が、勇気なのか無謀なのかをこれより確かめる。


「よろしい。悔いぬ覚悟が出来たなら、この先へ進みなされ」


 たかだかおばけ屋敷の門番にして、えらく大げさな言葉で見送ってくれるものだ。それが誇大に感じられなかったのは、やっぱりこの先の恐怖を演出した人物の怖さをユースが知っているからだろう。高名なる大魔法使い様であるのはアルミナも知っていることだが、あれが嗜虐心をむき出しにした時の恐ろしさ、その片鱗を、ユースはしばらくの召使い生活で、嫌というほど思い知らされている。


 第三エリアへの道を歩きだすユースとアルミナ。やめておけばよかったのに、と二人の背中を見送った老人は、そばに置いてあった耳栓を耳に詰めた。若者の悲痛な悲鳴を聞く趣味はありませんので、と。

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