第265話 ~賢蘭祭② 賢者様特製おばけ屋敷~
賢蘭祭2日目。宿がさっぱり空いておらず、初日終わりには一度エレム王都に帰って一晩過ごした第14小隊。今日も朝早くに王都を出発し、楽しい楽しい魔法都市のお祭りに舞い戻ってくる。今日はユースも一緒であり、昨日以上にみんな上機嫌だ。約一名を除いて。
昨日と同じぐらいの時間にダニームに着き、華やかな都を歩き、買い食いして、野外の見世物の多くを見回って。魔法使い達が集まって、火と水を纏わせて踊る野外ライブは、無料で見るには勿体ないと思えるほど見事なものだった。かなり利己主義の目立つマグニスでさえ、小額ながらおひねりを投げたぐらいであり、やはり魔法都市の年一度の大祭事、各地を盛り上げる演者達の腕も並々ならない。
名高い学者達でさえも一目置く、練達の芸術家達の逸品を揃えた美術館は、そういう分野に興味の薄いガンマでさえもが、ちょっと感動しかけるぐらいの見事なもの揃い。実は育ちのいい家の生まれであるチータをして、入場料が安すぎると言わしめたのは、少なくとも第14小隊の中から出る声では最大の賛辞だろう。
少しアカデミーから離れた位置には、7階建て相当の高さを持つ塔、高台が作られている。高い柵に守られて螺旋階段を上り、頂上から見下ろせば、アカデミー周辺が見下ろせる。石畳に描かれた模様、出店の屋根の色、周囲建物の屋上に張られた幕、それらが描くひと繋がりの色彩は、まるでアカデミー周囲に描かれた地上絵だ。太陽を背にした鷲の姿を思わせる、細やかな塗り、かつ力強い色合いは、見下ろす者の殆どに、おぉと小さく歓声を上げさせるものだ。単にこうして手の込んだ地上絵を作るだけでも賞賛には値するが、その上で一枚絵のクオリティが追い討ちをかけて唸らせてくれるのだから。
捨てるところなし、を毎年のスローガンに掲げる賢蘭祭は、銘打たれたとおりどこも盛況だ。まだまだ祭りが終わるまで数時間あるというのに、たった2日間でこのお祭りが終わるなんて寂しい、と、2日目になれば多くの人が意識したりするのである。飽きを知らず、ガンマのナビゲートに従って賢蘭祭を歩く第14小隊は、最高の気分でお祭りを堪能していた。約一名を除いて。
やがて昼食を過ぎた頃、そろそろ行くかとマグニスが切り出した。そうだな、と勘定を払いに行くシリカを見送って、それぞれみんな席を立つ。約一名を除いて、である。
「お前、まさかとは思うが」
「い、行きますよ……最初から覚悟は決めてましたし」
斜め上からにやりと挑発的に言うマグニスと、がたんと席を立つアルミナ。立つと同時に、ふうっと深く息をつく姿からも、隠せない動揺と決意のほどがうかがえる。そうしたアルミナの態度を見るに、ユースも少し緊張感を抱いてしまう。
第14小隊が次に向かう場所は、もう決まっている。魔法都市ダニームのアカデミー、その第7別館にあたる、小さな学校相当の建物だ。
賢蘭祭の目玉の一つに、賢者様が作った"おばけ屋敷"というものがある。ルーネとエルアーティの二人が賢者となった翌年から、賢者二人の恒例の出し物となっているのだ。はじめの年は、アカデミー本館の一角を使った小規模な出し物だったが、年を追うごとにあまりにも評判が高くなり、そんな狭い場所でやるには勿体ないとの声が各地から集まってしまったらしい。年々利用できる箱の大きさが拡大されていった結果、3年前ぐらいから、とうとうアカデミーの別館一つを丸々使ってのおばけ屋敷となってしまった。スケールが本当に"屋敷"レベルになってしまっている。
賢蘭祭一週間前に、舞台とされる一館から全ての動かせる資材を撤収させ、そこから一週間かけて、賢者二人がおばけ屋敷の中身を作り上げる。つまり、お祭り当日まで中身を知っているのは、ルーネとエルアーティだけなのだ。資材運搬はすべてルーネ、魔力構造の主軸はエルアーティ主導で構成、3日前には内装はほぼ完璧に仕上がっているらしく、そこから二人で総仕上げをして終わり、だそうである。たった二人で他者の手伝いもなく、一週間で小さな学校相当の建物を、年間一度のお祭りの他のどんな出し物にも負けない名物に作り変える二人の賢者は、やっぱり普段からして人並みはずれ過ぎている。
発想力豊かな二人は、年ごとに新しいアイディアで中身もがらりと変えてくるので、年に一度の楽しみを期待してきた客の期待を毎年裏切らない。賢蘭祭に来たなら、一度は見ておけと太鼓判を押されるだけあり、昨日に引き続き例のおばけ屋敷には、長蛇の列が出来上がっている。その最後尾に並んだアルミナは、隣に立つユースに目もくれず、はぁ~っと深い溜め息をついていた。
「アルミナ、オバケ苦手なんじゃなかったっけ」
「みんな昨日挑戦してんのよ。私だけ挑戦しないわけにはいかなくってさ~」
ユースがいなかった昨日のうちに、アルミナ以外は全員おばけ屋敷に挑戦済みだったらしい。彼女を除き、二人一組で3組が臨み、それぞれ色んな感想を持って帰ってきてくれた。その時点でノリうんぬんの流れから、今日はアルミナがユースと二人で挑戦することがだいたい決まっていたという。何やら知らないうちに、アルミナの面倒見ることが昨日のうちに勝手に決められているユースだったが、彼はそんなにおばけ屋敷に抵抗がないので、今日話を聞いてから普通に承諾していた。エルアーティが開発に携わっているというおばけ屋敷には、ちょっと不安を覚えもしたけれど。
「三部構成になってるんだっけ?」
「今年もそうみたいね。本音を言えば、第一エリアで終わりにしたいんだけどなぁ」
毎年の構成だが、おばけ屋敷は3つのエリアに分かれている。入り口から入ってしばらく続く、"こわくないゾーン"は、客を怖がらせるような仕掛けは一切置いてない。心臓に悪いギミックは無く、賢者様の魔法学を駆使した様々な仕掛けが設置された、いわば美術館のような空間だ。何があるのかは入ってからのお楽しみだが、ここは子供でも楽しんで出てこれる場所であり、例年ここでの見世物は万人に楽しまれる楽しいエリアである。
第一エリアの"こわくないゾーン"の終わりにはちゃんと出口が用意されており、第二ゾーンに入りたくないのであれば、その時点で出てもいいことになっている。ここで終わっておけば、まあ普通に美術館かからくり屋敷を楽しんできたなりの気分で出て来れる構成なのだ。おばけ屋敷らしい趣向は、第二ゾーンから始まる構成になっている。
第一エリア終了とともに出ず、奥に進んでいくと、第二エリアの"ちょっとこわいゾーン"に突入する。ここは普通におばけ屋敷であり、ルーネがいたずら心いっぱいに作り上げたエリアだ。賢者様の発想力で作られただけあり、なかなかのスリルと冷や汗を味わわせてくれる場所らしく、これも一般客には好評だ。毎年の評判を聞く限りでは、カップルでここに来ると色んな意味で楽しいとの噂で、要するにほどよい恐怖と、それによって肌を合わせる男女のいい思い出作りになるということなのだろう。
第二エリアの終わりにも、ちゃんと出口が設けられており、だいたいはそこで終わっておけば賢明とされている。そこからさらに先に進んだら、エルアーティが一人で手がけた第三エリア、"とってもこわいゾーン"に突入するから。かねがね色んな噂を聞くものだが、ともかく良くないらしい。製作者が客を楽しませるためのエリアではなく、挑戦してきた者もエルアーティの嗜虐思考が迎え撃つだけの、いわば魔女VS挑戦者の肝比べエリアでしかないんだから。
「でも今回は、第三エリアまで行かなきゃいけないんだよな」
「そうなのよ~。みんな昨日ちゃんと挑戦してるし、私だけやらないわけにもいかないでしょう」
隠さない弱気を声に表すのは、オバケ嫌いが露呈しているせいもあるのだろうけど、何より昨日挑戦した他の6人から聞いたレビューが怖い。まずそもそも、第三エリアの入り口には但し書きとして、もしも心臓麻痺になっても賢者は責任を取らない、15歳未満は挑戦禁止、という看板があったという時点で、やばいエリアであることは間違いないんだろうけど。
シリカと一緒に入ったマグニスいわく、"本気でシリカを守らなきゃいけないと思ったのは久々"。シリカいわく、"一人で入っていたら多分耐えられなかった"。
ガンマと一緒に入ったクロムいわく、"手が出る寸前だった"。ガンマいわく、"オバケよりも兄貴が怖くてそれどころじゃなかった"。
腰を抜かして涙目のまま、チータにおんぶされて出てきたキャルからコメントを聞き出すことは出来なかった。チータいわく、"賢者様を甘く見てた"だそうだ。
魔王マーディスの遺産やその片腕、屈強な魔物ひしめくラエルカン戦役を乗り切った第14小隊の面々ですら、この感想を持って帰ってきたという話。中で何があったのかは、お楽しみということで敢えて語られなかったらしいが、語れと言われてもみんな語りたくなさそうな表情だったし。もうそれだけで、よっぽど嫌なものを見て帰ってきたんだろうなとよくわかった。
「やっぱやめといた方がいいんじゃないの。お前、マグニスさんやチータのいたずら肝試しですら、泣いちゃうぐらいだったんだしさ」
「わかってるわよ~……でも、私だけ行ってないってのも嫌じゃん」
たとえばの話、後年に語る思い出話などで、賢蘭祭のことを思い返す時、アルミナだけが挑戦していないという形になったら、アルミナは聞き手側に回るばかりで入っていけなくなる。別にそういうところまで意識しているわけではないが、みんながやっているのに自分だけやらないというのは、無意識にはみ出す自分のことが嫌になったりもするのだ。こういう発想は、ひとつの団体に馴染みきれていない人が抱きがちと言われやすいが、親しみが強くなればなるほど、自分だけ一歩下がるのは嫌だという想いから、こう考え至ったりもするものである。
「……それにさ、キャルがね」
「うん?」
「私が泣かずに出てきたら、明日一日なんでも言うこと聞いてくれるって約束してくれたし。発案者はマグニスさんだったけどね」
露骨にうへぇという顔を浮かべるユース。違う違うそうじゃないと、アルミナは目の前で手を振る。
「キャルがそこまで言って応援してくれるのに、引き下がったら私がすたるでしょ」
ああそういう意味でか、と、ユースもちょっと納得。てっきりまた、キャルをオモチャに出来るチャンスに鼻の下伸ばして、オバケにも立ち向かう覚悟を決めたのかと思ったけど、そうではないようだ。だとしたら、ホントこいつ懲りねーなと呆れるだけの話だったのだが。
そもそもキャルは、夏の休暇でアルミナに罰ゲームと称してアルミナに肝試しを強いて、マジ泣きさせたのをひどく悔いていたし、意地悪でアルミナをおばけ屋敷に押し出したがるはずがない。おばけ屋敷に入ると決めたのは、みんなが行くなら私も行くと決めたアルミナ自身であり、むしろキャルは引き止めた側だろう。他ならぬキャルが、腰を抜かして泣いて出てきたんだから、アルミナが耐えられるとはまず考えていまい。ついでに言えば、シリカやクロム、マグニスでさえもが顔色変えて出てきた第三エリアなんだから。
だいたい普通に考えて、キャルが自分の体を安売りするわけないんだから、アルミナが泣いてしまうことは彼女の中で確信事項なのだろう。それでもアルミナが頑張れるよう、もしも泣かずに出てきたら良いことがあるように、応援する想いから言ってくれているだけである。マグニスの悪い発想も一枚噛んでいるのは確かだが、そこまでキャルが言い切ってまで応援してくれているんだから、アルミナもより一層、腹を括ることが出来るわけだ。
「私が泣かなかったらユースが証言してね? そしたら私、明日はキャルと超仲良くできるしっ」
「あー……うん」
いかにも下心丸出しのアルミナの発言だが、ユースは見損なう気にはなれなかった。口様だけは、上手く乗り切れたら明日が楽しみ、とポジティブな言い回しを見せているが、顔が明らかに強張っているんだから。それなりに無理して前向きになろうとしているのが、わかってしまうと責めにくい。
「……まあ、もしもやばいと思ったら、第二エリアでのドロップアウトも考えような」
「あはは……ありがと」
自分の胸に手を当てて、どきどき鳴りっぱなしの心臓を抑えようとするアルミナが、気遣ってくれるユースに乾いた笑顔を返してくれた。まだつやのある笑顔だが、出てくる時にこれがやつれてやしないかと、ユースも今から不安である。周りが無理矢理アルミナをおばけ屋敷に押し込もうとしているなら、反発してでもやめさせるべきかと思うのだが、彼女自身が決断したことなら仕方あるまい。せめて一緒にいてあげて、少しでも不安を和らげられればいいかと、ユースは前向きに考えることにした。
「いらっしゃい、賢者様のおばけ屋敷に」
列が縮んで頭がなくなり、入り口に到達したユース達を向かえたのは、若い男性の魔法使いだ。入場料を支払った二人は、おばけ屋敷の門をくぐり、中へとゆっくり入っていく。ふんすと鼻を鳴らし、何か来るなら来なさいと覚悟を決めたアルミナの後ろ、冷静じゃないなこいつとユースも不安になる。
入ってしばらくは、怖いものなんかない第一エリアだというのに。腹を括るにはまだ早い。
「わぁ~! すごいすごい! 見てよユース!」
第一エリア、"こわくないゾーン"は極めて平穏で、多くの観光客に溢れた楽しい空間だ。ここが恐怖のおばけ屋敷と同じ建物内ということも忘れ、はしゃいでガラス張りの向こう側を指差すアルミナの無邪気な笑顔に、ユースも無性にほっとする想いである。
兎のぬいぐるみ、見るからに生き物ではない小さなぬいぐるみが、ガラス張りの大きな箱の中で二匹じゃれ合っている。ルーネとエルアーティが置き残していった魔力が、まるで意志のある生き物のように、二つのぬいぐるみを自動で動かしているのだ。ガラスに触れてはいけませんよ、という但し書きのとおり、ガラス壁の前で目を輝かせるアルミナだが、その目線に気付いたかのように首を回したぬいぐるみが、とてとてこっちに走ってくる。可愛らしい兎のぬいぐるみがアルミナの前に来て、ひょこっと首をかしげてくる仕草には、アルミナも思わず抱きしめたくなる衝動に駆られてしまう。
「あぁ~、何コレ何コレ! ほんっと可愛い! 撫でてあげられないのがあり得ない!」
「近い近い、もうちょっと離れろよ」
両手を膝に置き、吐息でガラスが曇るぐらいの距離までガラス壁に顔を近づけるアルミナに、館内見回りの魔法使いも微笑ましい表情だ。女性の身回り魔法使いも、あのぬいぐるみの可愛らしさには胸を打ち抜かれた立場であり、アルミナの気持ちもよくわかるのだろう。今にも触れてはいけないとされるガラスに触りそうなアルミナに、注意するでもなく素通りしていくだけだ。
ともかく第一エリアに置いてあるものは、ルーネとエルアーティの英知を結集しただけあって、他には無い、かつ面白いものでいっぱいだ。盆栽のような小さな木に、赤と黄色の小さな果実をつけたものがあったが、これは果実を撫でると嬉しそうに上下し、果実をきゅっと摘むと嫌そうに横揺れする。葉っぱをつまむと、千切らないでと言わんばかりに他の枝を揺らす仕草が可愛らしく、まるで触れる者に動きで会話しようとする不思議な植物だった。
水槽に張られた桃色の水があり、何だろうと近付いてみると、看板には"手を入れるとあなたの好きな色に水の色が変わります"と書いてある。本当かな? と半信半疑でユースが手を入れてみると、本当に水の色が蒼色に変わったのでびっくりだ。ユースが手を抜き、アルミナが手を入れてみると、今度は水がオレンジ色に変わる。理屈で言えば、水に手を入れた人の魂と精神を水が読み取り、その色を反映する作りになっているようだが、それを実現させてしまう賢者二人の手腕がとんでもない。
試しに水槽の右端にユースの手を、左端にアルミナの手を一緒に入れてみると、中の水は右半分が蒼色に、左半分がオレンジ色に変わる。器用な水の色模様に、凄いなぁと笑い合うだけの二人だが、チータ辺りはこんなもの目にしたら、笑うよりも嘆息して賢者の魔法学に感心していたんじゃないだろうか。
「中で手つないでみない? そしたらどうなるかな」
「えっ。……やってみる、か?」
無邪気に笑いかけてくるアルミナに押され、水槽の真ん中に寄せた手を二人が握り合う。他意なくどうなるかわくわくするアルミナである一方、女の子と手を繋いだことなんて殆ど無いユースは、冷たい水の中で感じるアルミナの体温に、妙に胸が騒いで仕方ない。相手はアルミナだっていうのに、そんなことを意識してしまうのは、昨日母にあれこれ言われたことからくる影響だろうか。
凄い凄いとはしゃぐアルミナの前で、水は繋いだ二人の手を中心に、蒼とオレンジの縞模様が彩られるような螺旋の水の流れを作った。二人の好きな色を同時に描き出す水の色の奇跡が、騒ぐユースの胸を驚きで上塗りしてくれたが、ふと横を見れば可愛らしいアルミナの笑顔がある。今まであんまり意識してこなかったけど、よく声をかけられるだけあって、アルミナって綺麗な女なんだなと思わずにいられなかった。
なんか今日の自分はおかしいな、なんて考えながら第一エリアを歩くユースと、おばけへの恐怖なんて今は忘れ、上機嫌で歩くアルミナ。とりあえず今は楽しそうで何より。ある一室の隅に置いてある、小さなテーブルに置かれたカードの束に目をつけたアルミナが、それに駆け寄っていく。
「えーっと……相性占い、だって。二つのカードの束があるから、二人同時に引いて下さい、ってさ」
恋人同士で来た二人組には面白そうな出し物だが、この組み合わせではどうなんだろう。引く前からネガティブなことを考えても仕方ないが、良くない結果が出たらどうしようか、という不安も沸いてくる。
「私とユース、相性最悪だーなんて結果になったらどうする?」
「その時はカード破っちゃうノリで」
彼らしくない乱暴な発想に、あははとアルミナが笑ってくれた。本当にそんなことするかどうかは知らないが、相性よくないと出たら信じずに蹴飛ばしてやれと言うユースの態度に、少なからずアルミナも嬉しく感じてくれているようだ。互いを男女として意識してきたことは殆どない二人だったが、絶交したくない親友だと強く思うぐらいには、相手との良き縁を信じ合う二人である。
右の山札も左の山札も、一番上に見えるのはカードの裏面だ。右の山札は空色をバックに太陽のカード、左の山札は紫色をバックに月のカード。なんとなく右側がルーネのイメージで、左側がエルアーティというイメージだ。ユースが右側の山札の一番上に、アルミナが左側の山札の一番上に手をかけ、せーので一枚引いてみる。ちょっとどきどきしながら間を置いて、またもせーので引いたカードを表向きにする。
アルミナの引いたカードの表側に書いてあった大文字は"良"。ユースの引いたカードの表側に書いてあった大文字は"優"。両者が違う結果になっているのは気になるが、その理由は恐らく、その大きな文字の下に書かれている文章にあるのだろう。
「ユースのはなんて書いてある?」
「えーっと……"自信が持てずに踏み出せない時、そんなあなたを肯定して背中を押してくれる人は、あなたにとって最高の隣人となるでしょう。巡り会えたその縁を、決して手放さず大事にして下さい"……だって」
わかりやすくルーネの口調で書いてあるのはさておいて、まるで引いた二人のことをよく知っていて、その上で的確なアドバイスをくれているような文章である。自分で読み上げたユースだったが、書いてある文字がルーネの声で脳内再生されたような気分になったものだ。
「アルミナは?」
「"隣に立つ人物の頼もしさに気付き、甘えたい想いが生じ始める一方で、他者に依存する自分ではありたくないという自我が、関係をそれ以上発展させない。他者を頼り過ぎるのは確かに良くないが、正しき均衡を以って割り切ることがあなたに出来るなら、その関係はもっと良くなる"……ってさ」
カードの色どおり、エルアーティの口調で書かれた文章の的を射っぷりには、アルミナも驚きを通り越して苦笑いが溢れる。単なる占いにしては、あまりにも札を引いた者に対して的確なアドバイスではないかと。これも札を引いた者の精神や霊魂に作用し、それに応えた魔法で実現した結果なのだとすれば納得だが、それにしたってそんな魔法ってどんなレベルで行使できるものなのだろうか。まして術者が近くにいるわけでもないのに。
引いたカードは山札の一番下に返すものらしく、与えられた言葉を胸に刻んだのち、二人はカードを決まりどおりに山札に戻した。次行こうか、そうね、と一言挟んで歩き始める二人だが、賢者様から授かった言葉を咀嚼せずにはいられないのか、数秒沈黙が出来たりもした。確かにもっと、ユースを頼りにしてもいいんだろうなと素直に考えるアルミナ。自信を持って前に進みにくい自分を引っ張ってくれる人というのは、確かに自分にとってはすごく心強いんだろうなと実感するユース。ふっと横を見るユースの目の前には、可愛い顔立ちである一方、戦場で何度も頼もしい恋女房であった、アルミナの横顔がある。
「何? 私の頼もしさを意識してくれてます?」
「……それは昔っからだけど」
にししと笑うアルミナに反し、生真面目な言葉を返して再び前を向くユース。考えていたのはそれだけじゃない。観光地でしかないおばけ屋敷の第一エリアを二人きりで歩く今が、客観的に見たら完全にデートのそれだと意識した途端、調子が狂ってしまう。アルミナと二人で歩くことなんて今まで何度も何度もあったし、そんな風に考えたことなんて今まで一度もなかったのに、今日は少しおかしい。
アルミナは俺のことどんな風に思ってるんだろう、なんて一瞬考えてしまう時点で、やっぱり今日はいつもの自分じゃないとユースも自覚するのだ。自分が向こうを親友だと認識してきたように、向こうもそうだと考えていたのに、違う答えがあるかもしれないと、どうして今さら考えてしまうのか。考え過ぎだろ、とは何度も自分に言い聞かせるのだが、その都度らしくない自分に対して落ち着かないまま歩いていく。
この後も、楽しい見世物で溢れる第一エリアの二人旅は穏やかに続いた。何度吹き消しても、数秒経ったら自然に発火する蝋燭の火。形を変えても時間をかけて、ひとりでに元の形に戻る星型の粘土。鉄の板には容易に傷をつけるのに、木の棒や人の体には傷一つ残すことが出来ない、不思議な白銀のナイフ。ルーネとエルアーティが作り上げた数々の見世物は、周囲の人々の楽しそうな表情を引き出すのと同じように、一つ一つすべてがユースとアルミナにとってもいい思い出だ。これを年代わりで品を変えて見せてくれるのであるのなら、賢蘭祭の目玉というのも実に納得の話である。
もうそれだけで終わりにして、第一エリア終了とともにドロップアウトで、充分いい思い出作りにはなっているとは思うのだが。運命の分かれ道が近付くにつれ、徐々にアルミナの表情が堅くなっている気もするし、ユースも別の意味でアルミナの顔色が気になり始めた頃である。第一エリアはけっこう広く、ずいぶん歩いた末に次への入り口が見えてきたが、さてどうしよう。
目の前には、出口と書かれた看板と扉。その脇には横道への入り口があり、若い女性の魔法使いが立っている。やめとく? と念のために尋ねるユースだが、今さらこんな所で引くもんかと、唇を引き締めて首を振るアルミナに応じ、ユースが第二エリアの入り口に差しかかる。
「ようこそ。"ちょっとこわいゾーン"、楽しんでいって下さいね」
武装していないユースとアルミナ、同じ年頃の若い男女が並んで訪れた姿には、迎える側も微笑ましい想いが先立つのだろう。傍から見れば、怖がりな彼女さんと頼もしそうな彼氏といった風体なんだから。思い出作りに訪れた恋人同士を歓迎する想いの魔法使いは、どことなく眼差しが生温かい。
抱かれる印象なんか知る由もなく、二人がルーネ特製のおばけ屋敷に入っていく。ここまでは、明るい部屋と薄暗い部屋の繰り返しだったが、第二エリアの入り口の向こう側は真っ暗闇。ここからが、本来の意味でのおばけ屋敷ということだろう。
まあ、優しいルーネが手がけたおばけ屋敷なので、いかにアルミナ相手と言っても過度にひどいトラウマを植えつけられることはあるまい。ある程度、願望にも近い信頼を抱き、闇いっぱいのおばけ屋敷へとユースは踏み込んでいく。
アルミナはすでに、ユースの腕にしがみつくようにして震えていた。やっぱり先が思いやられる。




