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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第2章  彼女に集った七重奏~セプテット~
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第26話  ~タイリップ山地⑤ 法騎士シリカVS魔人ヒルギガース~



 あと少しで目的の沼地に辿り着く。そこまで至ればもう、自らを襲う危機など何一つ恐れることはない。希望に充ち溢れた濁りの強い目で、野盗団の頭領が森を駆け抜ける。


 そうした油断の隙を突くかのように、視界の右から光のような速さで迫る風。瞬間的にそれを察知したラルガーブは、思わず立ち止まるどころか後方に跳ね退き、直後その眼前を一本の矢が駆け抜けていく。


 その発生源の方向にラルガーブが目線を送ったその瞬間、自らの道を阻もうとする二つの影が視界に入る。弓と銃を構えた二人の少女が、自らと目線をぶつからせてこちらを見据えていたのだ。


「畜生が……! あと一歩のところで……!」


 憎々しげな目でそれを睨みつけたラルガーブは、感情の赴くままにその手に握った猟銃を構え、二人の少女の頭に風穴をあけるべく引き金を二度引いた。




「キャル、あれは……!」


「……多分、見つけた。普通の野盗とは違う雰囲気がする」


 ラルガーブの銃弾を横っ跳びでかわしたキャルが口走るのは、目の前にいる相手が野盗団の中でも強い意味を持つ立場にいる人物だと推察した言葉。キャルと同じように銃弾をかわしたアルミナも、直感に任せ、あれこそ討伐すべき最たる存在だと認識している。


 ミノタウロスを相手取る手段を持たない二人は、逃げる野盗を追う形でユース達から離れ、任務の遂行に向けて動いていた。自分達に背を向けて走る野盗の数々は、概ねすべて撃ち抜いて戦闘不能にしてきたものの、その矢先に視界に入った野盗と思しき相手は、二人の注視を引きつける。


 そしてミノタウロスの暴れる戦場から遠ざかる野盗が、後ろからアルミナとキャルに接近する。自らが向かう先への道中に、騎士団の生意気な女二人がいることに舌打ちした野盗は、ためらいもなく背後から彼女らを撃ち抜くべく、その手の銃を構えた。


「キャル! 後ろ……」


「開門、落雷魔法(ライトニング)


 直後、その野盗の頭上に開いた光溢れる亀裂から稲妻が放たれる。直撃を受けた野盗はほぼ同時にその意識を失い、銃を落として地面に崩れ落ちる。その野盗の殺気に一瞬早く気付き、キャルを守るべくその肩を抱き寄せて横に跳んでいたアルミナは、窮地に駆けつけてくれた仲間に心中で礼を言う。言葉にするのは後でいい。


「ありがとう、アルミナ……!」


 一言を口にすると同時にキャルは即座に後方を向き直り、稲妻を受けた野盗の後ろで、味方が突然稲妻に襲われたことに当惑していた野盗に向けて素早く矢を放った。銃をその手に握った手首を矢が勢いよく貫き、悲鳴をあげて銃を落とした野盗の逆の手を、アルミナの銃弾による追撃が襲った。


 一人片付けたと見たアルミナとキャルは、改めて先ほど見届けた野盗の頭と思しき人物の方を強い眼差しで見やる。自分達に再び猟銃の先を向けかけた相手は、発砲を取りやめて逃亡を優先し、二人に背を向けて走り去る。


 逃がすわけにはいかない相手だと本能的に悟っているアルミナとキャルがその後ろを追う。その上空で彼女を追うように移動する影が一つ。魔法を用いて重力に逆らう動きを現実のものとし、敵のひしめく戦場の最前線を走る二人を守るべく、樹上を移り進む魔導士だ。それがアルミナとキャルにとってどれほど心強いものであるか、案外チータは無自覚である。


 アルミナとキャルの後方からは騎士達の生き残りがついて来る。野盗団の頭領ラルガーブに迫る騎士団の集まりを見返して、ラルガーブはここが勝負どころだと足を速めた。











 聖騎士グラファスの強さは圧倒的だった。沼地の周辺に潜んでいた、50にも迫る数の魔物達を単身すべて斬り落とし、その中にはこの拠点の番人とも言える、2匹のオーガや1匹のガーゴイル、さらには1匹のミノタウロスも含まれていた。たった一人でそれらを葬ってみせたグラファスの実力は、まさに圧巻のものだったと言えるだろう。


 そのグラファスは、眼前の魔物達がすべて死に絶えた今もなお、構えを解いていない。なぜならその視界の盲点、木の陰でひっそりと気配を消してたたずむ、ひとつの影の存在を認識していたからだ。


「……貴様は何者だ」


 静かになった沼地に、低いグラファスの声が響く。沼地に陣取った多数の魔物達に、明確な首領格がいるのなら、それがあの存在である可能性が高いとし、人の言葉でグラファスは問いかけた。そしてそう判断するに値するほど、グラファスが見定めたその謎の陰から漂う瘴気は、極めてどす黒い。


 木の陰に隠れたその存在が、言葉に応じて姿を見せる。数々の魔物達を葬ってその手腕を見せつけたグラファスの前に、今さら単身姿を晒すというその行動は、先ほどまで木陰に隠れていたその行動が、決して臆病ゆえの行為でなかったことを暗に示していた。


 漆黒の騎士鎧と鉄仮面にその全身を包んだその者の姿を見た瞬間、ほんの一瞬前まで敵の姿や動きを見定めようと構えていただけのグラファスが、突如かっと目を見開いて、即座に抜刀した。


 グラファスの刀から放たれた、遠方を切り裂くための波動が、鎧に全身を包んだ者の首に命中する。空を飛ぶ斬撃は一瞬でその者の首を刎ね飛ばし、鉄仮面に包まれた頭が地面に転がった。


 首を失ったその者の肉体は、倒れない。それどころか、グラファスの攻撃を受けてしばらくすると、なんと首を失った体のまま歩きだし、地面に転がった、自分の頭の入ったであろう鉄仮面を拾いあげた。


「久しぶりだな、聖騎士グラファス」


 沼地に響く、不気味な声。その声が、鉄仮面の中にあるその者の口から放たれたものであることに納得できるだけの過去が、グラファスにはある。


 半ば信じられなかった敵の正体を今ここで確信したグラファスは、地を蹴ってその人物に向かって直進した。鞘に収めた刀を携え、風のように駆けて一瞬でその人物に迫る。


 首を拾いあげたその人物は高く跳躍し、目にも留まらぬ速度で抜刀して自らの肉体を切断しようとしたグラファスの太刀を回避する。そしてグラファスから遠く離れた木の枝の上に着地すると、手に持った自らの頭部を首の上の位置に戻し、敵意のこもったグラファスの目を見て、仮面の奥で笑う。


「今はまだ早い。いずれまた会えるだろう」


 それだけ言い残して、暗い沼地の奥にその人物は消えていく。怨敵を逃したグラファスも、相手が悪かった事実も手伝って過度の口惜しさは感じなかったが、それ以上にここであの人物に対面した現実に眉を潜め、静かにその刀を鞘に収める。


「……マーディスの遺産どもめ」


 冷静を絵に描いたような表情を常に部下達に見せていたグラファスが、独り言で恨み言を呟かずにいられなかった。次に相見えることがあれば何としても討ち果たしたいと、多くの騎士達が願ってやまないあの者は、この山中に巣食った強き魔物達の首領格として、これ以上ないほど納得できる存在だった。


 グラファスが走りだす。あれがこの地にいるのなら、力及ばぬ部下達は残らず撤退すべきだ。山中に散布した部下達を探し求め、絶対の撤退命令を下すべく、連隊の総指揮官は全力で足を駆けさせた。











 ヒルギガースが右手に握った(いかり)を振り下ろしてシリカの脳天を叩き潰しにかかる。剣で対抗しても間違いなく力負けすることを悟っているシリカには、回避以外の手段がない。せめて敵の想定する外の動きで攻め手を見つけようと、横にも後ろにも逃れず、右前方に潜りこんでその攻撃をかわす。瞬時シリカの剣が、ヒルギガースの左太ももを両断すべく横薙ぎに振りかぶられた。


 金属性の腕輪を装着した左手首をシリカの剣の狙う先に置き、ミスリル製の騎士剣が放つ鋭い斬撃をヒルギガースの腕が食い止める。ミスリル以上の硬度を持つヒルギガースの腕輪は、その圧倒的な腕の筋力の強さも相まって、人間の持つ剣に対しては盾と同じだけの効果を発揮し得る装備だ。


 シリカは剣を腕輪に弾かれると同時に時計回りに回転し、返す刃で錨を握るヒルギガースの拳にその剣を向かわせる。一切の間を挟まない転換の早い攻撃にもヒルギガースは対応し、錨を持つ手を引いて、シリカの剣を錨に当てていなす。それとほぼ同時に巨大なヒルギガースの肉体も回転し、丸太のようなヒルギガースの太い足が、シリカを吹き飛ばすべく回し蹴りを放ってきた。


 まともに受ければ吹き飛ばされるどころか、全身の骨を粉々にされるであろう攻撃に、シリカは即座に地を蹴って後方に逃れた。蹴りを空振ったヒルギガースの足が起こす強い風がシリカの緊張感を高めるが、それとほぼ同時にヒルギガースが左手に握る分銅を放ち、少し離れた場所にシリカが着地した瞬間、その喉元に殺意の弾丸が迫り来る。


 振り上げた剣でシリカが分銅を上方にかち上げると、上空に跳ね上がった分銅は即座に鎖に引かれヒルギガースの手元に帰って行く。その速さに負けず劣らずの速度でシリカは一気にヒルギガースに接近し、右手に錨を、左手に鎖を握るヒルギガースの右手の指めがけて剣を振り抜く。


 直後左手を引いたヒルギガースの鎖を操る手に従い、分銅が空中で軌道を変えてシリカの側頭部に向かって襲いかかる。思わぬ攻撃ながらもそれを見逃さなかったシリカは咄嗟に太刀筋を切り替え、右から迫る分銅をはじき返した。


 次の瞬間、錨を振りかぶってシリカを横から殴り飛ばさんとするヒルギガースの攻撃。跳躍したシリカはその攻撃を回避し、剣を伸ばせば届く距離にヒルギガースの顔面が一瞬入る。


 シリカが剣を振るうよりも早く後ろに飛び退いたヒルギガースは、空中にあって動きが自由でないシリカに向かって、その巨大な錨を投げつけてきた。回避を封じられた今のシリカは、どんな形であってもこの攻撃を正面から受けてしまえば、致命傷は確実だ。


 いなす力の逃げ道も、弾き返す腕力もない。シリカは意を決する想いでその錨に剣を振り下ろし、ぶつかった場所を支点にして前方に一回転し、錨の直撃を免れた。全力で振り下ろした剣と硬い錨の衝突に、手に伝わる衝撃で騎士剣を落としかけたが、絶対に離さぬという想いのもと手に力を込め、シリカは空中で体勢を整えて着地する。


 地面に落ちた、錨とヒルギガースを繋ぐ鎖を、その剣で断ち切ろうとしたシリカを遮ったのは、彼女に向かって突進してくるヒルギガースの巨体。シリカを殴り飛ばそうと振るったヒルギガースの右腕が、跳躍したシリカによってかわされ、直後空中のシリカに向けてヒルギガースの左手から分銅が飛来する。見過ごせばみぞおちを下から抉ってきたであろう分銅をその剣ではじき飛ばすシリカだったが、直後錨を素早く拾ったヒルギガースが、落下してくるシリカに向けてその錨を振り上げて殴りかかる。


 右下から迫るヒルギガースの武器に、空中のシリカは剣を振り下ろしてぶつけ、衝突した時に生じる力の流れを手首を返して操り、自らの落下軌道を変える。完全に思い通りとはいかぬ、極めて難しい空中でのボディコントロールだが、結果的にシリカはヒルギガースの左斜め後ろに、ヒルギガースに背を向けたままの形で着地していく動きへと変遷する。


 ヒルギガースが振り返るより早く、シリカは着地寸前に空中で身をひねりその剣をヒルギガースの肩口に向かわせる。対応の遅れたヒルギガースの左の肩甲骨周辺を、シリカのミスリルソードが深く切り裂いた。


 痛みに低いうめき声をあげつつも、そこにいるシリカを追い払うべく、ヒルギガースは振り返らず錨を持った手を伸ばし、右足を軸にその場で一回転する。自らの周囲一帯を錨で以って薙ぎ払うその攻撃を、一撃入れて距離を取ったシリカが、直撃すれすれの所で回避した。




 シリカを睨みつけたヒルギガースの眼差しは、身体能力で魔物を下回る人間を見下す目とは、明らかに違う。油断も慢心も無く、目の前の敵を獅子搏兎の想いで叩き潰さんという、戦闘狂の危険な目。隙を見せない柔軟な戦い方と心がけを併せ持つヒルギガースとの長い一騎討ちに、法騎士シリカもいよいよ息が上がってきた。


 ヒルギガースの全身には浅い切り傷がいくつもある。敵対するシリカの剣先が幾度もヒルギガースの体をかすめ、血を噴き出させる結果を何度も繰り返してきたからだ。それはつまり、敵を討つための攻撃をシリカが数多く放った上で、そのすべてが致命傷に至れぬ結果に陥っていることの裏返し。


 ことごとく紙一重でヒルギガースの攻撃をかわしてきたシリカの全身は、ほぼ無傷に近い。それでもシリカの身に圧し掛かるプレッシャーたるや、その実相当なものだ。一撃でも敵の重い攻撃をこの身に受けようものなら、人間の肉体では全力の戦いを続行することが不可能だとわかっている。未だ直撃は免れているものの、一撃でも受ければ終わりという状況では、満身創痍と何ら変わらない。




 額から流れ落ちるシリカの汗が頬を伝い、やがて地面に落ちていく。一滴の雫が土に沁み込んだその瞬間、それを合図とするかのようにシリカとヒルギガースの両者が同時に前進した。


 シリカが横薙ぎにヒルギガースの右腕を断とうと剣を振るったその瞬間、ヒルギガースがその巨体で跳躍し、シリカの上空から後頭部に向けて分銅を放つ。すぐに振り返ったシリカはその分銅を視界に入れた瞬間に反応し、分銅を剣で横にはじき飛ばす。ヒルギガースは右手に握る錨を目の前の木の枝の根元、幹の脇にひっかけて、まるで軽業師のように器用にぶら下がって体勢を整える。それはまさに、空中戦でヒルギガースを翻弄したシリカに対する意趣返しのような、見事な動き。


 上空に位置するヒルギガースにシリカは焦燥感を露にする。身体能力で劣る以上、向こうのテリトリーに、ましてこちらの動きも制限される空中へ自ら足を踏み入れるのは危険なことだ。敵に致命傷を与える方法がこの剣しかない一方で、敵の胸元に飛び込む手段がないこの状況、シリカの攻め手が袋小路に陥る。


 ヒルギガースは上空から分銅を何度も投げて、シリカを狙い撃ってくる。その都度懸命にその攻撃をかわすシリカだったが、次々と襲いかかるその攻撃にスタミナを奪われていく。背中を木の幹につけ、かわせば分銅が木に突き刺さるかとも思ったが、木に触れる直前でしっかりと分銅を回収するヒルギガースの飛び道具さばきには隙がない。たとえ一度距離をおいたところで、この状況が変わるとも思えない。好転する気配のない戦況に、シリカの疲労が精神的な負担を得て倍増する。


 ヒルギガースの武器を奪わねば、奴を地上に引きずり下ろすことは出来ない。ほぼ不可能と見て先送りにしてきた分銅の無力化を、シリカはここに来て強いられることになる。


 ヒルギガースの手を離れた分銅が、風を切ってシリカに直進する。その狙いが自らの胸元であるこの好機に、シリカはただちに構えを変えて分銅に正面から立ち向かう。敵との距離が変わって目測は少々ずれたものの、ヒルギガースにとってそれはたいした問題ではない。


 斜め上空からシリカの胸元を狙った分銅は、跳躍したシリカをはずし、すぐさまヒルギガースの手によって持ち主のもとへ帰って行く。しかし次の瞬間、ヒルギガースが引いて張りつめさせ一本の線になった鎖を、シリカが腰元から抜いて投げた短剣が勢いよく貫いた。鎖は曲がり、短剣の進むベクトルにその流れを変えて、短剣の当たった箇所が地面に叩きつけられ、鎖が地面に横たわる。


 一瞬怯んだヒルギガースは、すぐさま鎖をもう一度引いたものの、落下するシリカの剣が鎖の一部を切断する方が早かった。分銅とヒルギガースを繋いでいた鎖が線を失い、頭だけの亡骸のように、分銅は地面に転がる。


 切断された鎖を手元に戻したヒルギガースは、攻め手のひとつを失ったことに歯ぎしりする。分銅の扱いはヒルギガースの洗練された独立技術であり、鎖だけで先ほどのような精密な遠距離攻撃は難しいのだろう。ヒルギガースは木の幹に引っ掛けた錨を乱暴に抜き、やや短くなった鎖を自らの首元に素早く巻き付けて防具代わりにする。それが済むと同時に、地に足をつけたヒルギガースに接近したシリカが、その腹部目がけて鋭い突きを放つ。


 鎖の端を左拳に巻きつけたヒルギガースは、その拳でシリカの剣にはじく。そして間髪入れず右手に握る錨を振り下ろし、シリカを狙ってくる。息を切らすシリカだが、染みついた一連の動きでまず右に跳ねて攻撃をかわし、ヒルギガースの右脇をくぐるように通過する。同時に置き去りにしてきた横薙ぎの斬撃が、ヒルギガースの脇腹を深く切り裂いた。


 痛みに怯む素振りもなく、自らに背を向けているシリカに向けて大きな錨を投げつけるヒルギガース。概ねその動きを読んでいたシリカは跳躍、そして高い位置にあった太い木の枝を蹴って、ヒルギガースの方向に向けて飛び込んだ。迎え討つべく鎖を巻きつけた鉄拳を引いたヒルギガースにも怯まず、シリカはヒルギガースの頭めがけて振り下ろすべく剣を振り上げた。


 地面を蹴った瞬間から、すでに生じさせていた魔力。空中で重力に逆らって目的地に辿り着くまでの数秒の間に剣に集めたその魔力が、ミスリル製の騎士剣と強く結び付いて淡い光を放っている。そしてシリカがヒルギガースの頭を両断すべく全力で振り下ろす剣と、鎖を巻きつけたヒルギガースの拳が、暗い森の中で激突した。


 次の瞬間に起こったことは、ヒルギガースが予想だにしなかった結末。シリカの剣は、敵を斬り裂き勝利を得るための戦いの道具だ。その強い想いを武器に込めたシリカの精神が絞り出した、如何なる障害も斬り裂いて道を拓かんとするための魔力。霊魂にはたらきかけ、精神から抽出された魔力の成す力は、目的を叶えんとする意志の力に強く依存し比例する。ヒルギガースの拳に巻きつけた鎖、その下の拳そのもの、いずれも破り敵の中枢を断つことを強く望んだシリカの魔力は、ミスリル製の騎士剣に込められた"敵を斬り裂き勝利を得る"ための力を著しく高め、それを理想から現実へと変えた。


 法騎士の剣がヒルギガースの鎖ごと拳を真っ二つにし、なおも止まらない剣はヒルギガースの頭頂部から顎にかけてを深く両断する。着地した瞬間後方へ勢いよく跳び退き、距離を取るシリカ。決定的な一太刀を入れた実感はあったものの、シリカは構えた騎士剣を下げない。


 一瞬何が起こったのかわからぬように立ちつくすヒルギガースだったが、やがてその足から力が抜け、重い巨体を支えていた両膝が地面にずしりと落ちる。頭への斬撃は頭蓋の中の脳まで届き、完全な致命傷を負っていたヒルギガースの巨体は前のめりに倒れ、木々の間に重い音を響かせた。


「っ……ぐ……」


 目まいを覚えるような感覚に襲われ、シリカの体が一瞬ふらつく。剣の材質と性能を超えた切れ味を生じさせるために自らの霊魂から絞り出した魔力は、今の彼女にとっては相当な魔力量だ。霊魂にかけた負荷が精神と肉体に悪影響として現れ、シリカは疲弊した体が鉛のように重く感じる衝動に駆られた。


 それでもまだ、為すべきことは終わっていない。難敵ヒルギガースの撃退を果たしたとは言っても、真に打ち倒すべき敵はそれではない。自分が率いていた大隊の、本来の進行予定ルートを冷静に思い返し、重い体を引きずるシリカが山中を駆け抜けた。

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