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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第16章  ひとつの歴史の終楽章~フィナーレ~
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第263話  ~泰平の世明け~



 さて、ここからが大変だ。魔王の撃破に伴って、平穏なる時代が訪れることを意識した矢先、次は戦争で失ったものの多くを取り戻していく、復興作業という仕事が待っている。その中でも最も真っ先に意識されるのは、やはりエレムやルオス、ダニームとの交友関係が深かった亡国、ラエルカンの復刻だろう。


 おおよそ一ヶ月ほど前、魔王マーディスの遺産どもから、ひとまずラエルカンの地を奪還した時以来、ゆっくりとではあるが下準備は進めてあった。そこそこの頻度で、獄獣ディルエラや百獣皇アーヴェルの去ったラエルカンの地に出兵し、しぶとく巣食っている魔物達の掃伐を果たす。数度の出陣を経て、現在のラエルカンは、もう危険な魔物が出没するような状態ではないと言い切れる状態まで持っていってあるようだ。魔王撃破のための出撃作戦準備、それと並行して行なった掃伐遠征だったため時間はかかったが、そのぶんその仕事ぶりは周到だ。特に百獣軍の魔物などがそうだが、地中に潜る巨大な(ヒル)の魔物や、沼底に潜む(わに)のような魔物が、いよいよ復興作業という時に顔を出し、大工や商人を餌食にしたりしたら洒落になっていない。重箱の隅を突くほどにまでラエルカンの地を調査し、残党の魔物達を片っ端から退け、現在のラエルカンにはもう、魔王マーディスの遺産が率いた魔物は存在していない。信頼できる。


 後は滅びた廃墟に、資材を運び込んで町の形を取り戻せばいい、となれば話は簡単だが、そうはいかない。ラエルカンは、人類と魔物達が死闘を繰り広げ、両陣営の命が無数に失われた戦場跡だ。それを再び、人が安心して暮らせる土地とするためには、その地に眠る無念の魂を鎮め、浄化してあの世に送らねばならない。これは一般に、地鎮と呼ばれる戦場跡復興の儀式とされている。


 戦場で命を散らせた者の魂というのは、概ね勿論が無念を背負って肉体を離れている。家族との再会を果たせなくなった戦士や、人間如きにと憎しみを抱いていった魔物、それらの魂が無数に留まり、行くあてもなく彷徨っているのが、戦後のラエルカンの地。霊魂とは精神に触れて魔力を生み出す、いわば魔力を発生させるための最高の触媒だ。いつ何時、不測の事態で現世に介し、思わぬ魔力を現世に生じさせ、予期せぬ災いをもたらさないとも限らない。もっと具体的な話になれば、例えば黒騎士ウルアグワのように霊魂を悪用できる存在にとっては、無数の魂さまよう地は火薬庫のような存在とも言える。悪意ある何者かに復興後の地を穢されぬためにも、あるいは無念とともに命を失った者を解放するためにも、地鎮だけは復興前に必ず済ませておかねばならない。


 一般にそういった仕事は、ルオスの戦闘魔導士を補佐かつ護衛に構える形で、ダニームの魔法使い達の主導のもと行なわれる。さまよえる魂を現世から解放し、輪廻へと飛び立たせる魔法を扱う専門家は、聖職に携わるものからしか輩出されないから、絶対数も少ないのだ。魔導士の多くが帝国軍に属するルオスよりも、そうした魔法使いはダニームに集まる。戦事においてはエレムやルオス、かつてはラエルカンが主軸を担うが、こうした仕事に関してはダニームが最も信頼できる。実際のところ、一ヶ月前にラエルカンの地を奪還し、そこから半月以上かけて魔物などの脅威を追い払った後、ダニームの魔法使いが乗り込んで今に至るまでに、そんなに日数は経っていない。そういった短い期間内で、広いラエルカンの都の地鎮をほぼほぼ片付け始めている魔法使い達の手腕は、仕事の速さで如実に表れていると言えるだろう。


 魔王討伐の報を受け、継続して地鎮を続ける魔法使い達も、もうラエルカンを襲う脅威が蘇らないと思えば、明るい未来に向けて気持ちもより前向きになる。精神の上向きは魔法による仕事にも影響し、地鎮も捗る。さらにここへ、魔王討伐を果たして凱旋したルーネが、帰郷翌日から地鎮作業に加勢するのだから、仕事はより加速していくだろう。獄獣ディルエラとの決着を果たしてからたった二日だと言うのに、遠いダニームの地からラエルカンまで走ってきて、さあ復興手伝い頑張るぞというルーネの鉄人っぷりは、もはや何かの冗談かとも思えるものだが。クロムでさえも、今は王都の医療所で大事を取ってお休み中だというのに。


 だいたい誰もが想定していたことであったが、二度目のラエルカン復興の手引く指導者となるのは、ダニームの賢者かつラエルカンの地に生まれたルーネをおいて他にないだろう。もちろん数少ないラエルカンの生き残り、エレムの聖騎士クロードも、しばらくは王都の守りや戦闘からは身を引き、ラエルカンの復興作業に加担する身となるはず。また、かつてラエルカンを主戦場にしていたアユイ商団も、この地の復興には極めて前向きに協力してくれるはず。やがては各国の会議により、誰が指導者であり誰がそれに携わるかを厳密に定義するだろうが、概ねそのための役者は揃っている。故郷への愛国心に満ちた賢者、かつての同盟国の復興を強く望むエレムとルオスとダニーム、馴染み深い地を蘇らせるために動くアユイ商団。一度滅んだ人里に息を吹き返させるのは大変だが、それを願う志がこれだけ揃っていれば、ラエルカンの地が再び蘇るのは時間の問題だろう。それはかつて、一度魔王マーディスに滅ぼされたラエルカンが、短い間でも仮初めの復興を完成させていたことからも、歴史が証明してくれていることだ。


 さまよえる魂を見つけ、慈しむ想いを胸に掲げ、魔力を生じさせて霊魂を輪廻へ送るのは大変な作業だ。それに苦の表情ひとつ見せず、故郷が蘇る日を近くに見据えたルーネの足取りは重くない。平穏なる時代が目の前に広がる時こそ、明るい世界を輝かしい今に変えていくことが、賢者ルーネが最も前向きになれる時。戦乙女と呼ばれ、畏れ敬われていた過去の彼女はもう、新しい生き方とそのための時代を獲得している。


 さあ、頑張りましょうと魔法使い達に振り返り、太陽のような笑顔を振りまくルーネを見ていると、誰もが意識してやまないのだ。一度失われた人里が息を吹き返すことが、人の心に大いなる希望を生み出すのだと。破壊され、滅び、人類の手から離れたものの多く――命や財産は二度と帰って来ない。それに代わる何かを作り出し、人の心の傷に開いた穴を塞いでいくこと、それこそが本当の意味での復興だ。











「やっぱり怒られたんですね」


「ルーネの可愛い泣き顔が見られたから満足よ」


 ダニームのアカデミーにおける大図書館の7階、エルアーティの私有区画に遊びにベルセリウスは、椅子に腰掛け小さな賢者様を膝の上に乗せている。どう見ても、若作りの父が愛娘を膝の上に座らせて、後ろから本を読んであげているような格好だが、小さな賢者様の方が年上だというのが驚きの真実である。とうに妻子持ちのベルセリウスだというのに、本当の自分よりも小さな体のお師匠様が、会うと必ず抱っこしてと言ってくるから微妙な気分だ。いったい何歳まで、9歳児相当の体を抱く暮らしを続けなきゃいけないのやら。


「それよりベル、あなたお仕事は?」


「さすがに休暇貰えますよー。あれだけ働いてきたんですから」


 魔王を討伐した功績も大きかったが、魔王マーディスの遺産を負い続けた数年間、どれだけ少ない休日で勇騎士というやつが働かせてきたか。特にここ一年、遺産どもの動きが活性化してからのベルセリウスは多忙そのもので、妻と顔を合わせる機会も少なかったぐらいである。ついでに思い返すと、前回ちゃんとしたまるまる一日の休みを騎士団から頂いたのは、365日以上前だったような気がする。


「王都にいてもあなたは相変わらず英雄扱いですもんね。めんどくさい?」


「そうは思いませんけど、平和になったらやっぱりこうして過ごしたいですね」


 群がる人々の賞賛を受けるより、勝ち取った平安なる時間を愛する人と過ごすことに使いたい。二度も魔王の討伐に携わり、結果まで出したベルセリウスの名は、もはや歴代の騎士の中でも第一人者として語り継がれていくであろうほど、その価値を高めてしまった。階級も勇騎士という上位にあたるし、王都にいたってベルセリウスに頭を下げて接してくる人ばかりになってしまうのだが、地位に興味がないベルセリウスにとっては、等しく話せる人がそばにいる世界の方が過ごしやすい。


 昨日までは家族との時間を大事にしただろうけれど、今日は恩師のエルアーティとの時間を嗜みにきたというわけだ。長年の親友、勇騎士ハンフリーが存命であれば、今日あたりは彼と一杯交わしていたのだろうけど、それを考えても寂しくなるだけだ。明日の国葬では、ラエルカンで散った戦友の名をもう一度思い返し、それを最後の別れとして未来へ歩んでいくと心に決めている。


「そういえばお師匠様、番犬の話は聞きましたか?」


「アジダハーカの件? もちろん聞いてるけど」


 興味なさげに目の前の本に目を通しながら、生返事に近い声色でエルアーティは返す。騎士団や帝国、魔法使い達には重大視されている一件なのだが、エルアーティはあまり重く捉えていないらしい。


 アジダハーカを討伐したガンマの証言からも、その亡骸はラエルカンの魔導研究所の裏、墓地の一角に放置されていたはずである。だが、先月からラエルカンを訪れた者達の報告の中で、アジダハーカの遺体の目撃報告はなかった。ちゃんとガンマからも証言を正し、あるべき場所に赴いても、アジダハーカの亡骸は存在していなかったのだ。彼が倒れた場所に、ここに倒れていたとわかるような跡もあったのに、アジダハーカの死体だけが忽然と消えていた形である。


「お師匠様はその一件、どう認識されてるんですか?」


「興味ないからノーコメント貫いてるんだけど」


 そりゃあ長らく獄獣の右腕として戦い続けた怪物、その死体が消えていたとなれば、多くの武人も魔法使いも不安に感じるだろう。まして魔将軍エルドルや、魔王の復活を目にしたのがつい最近のことなんだから。偉大なる賢者様エルアーティに、本件に対する見解を仰いだ軍人や学者も多かったのだが、その都度エルアーティは"どうでもいい"の一点張りで、ろくに取り合ってこなかったものだ。


「興味ないっていうのは流石に無いでしょ。言葉が適切ではないんじゃ?」


「だって誰が死体を持ち去ったのかも、その目的も予想ついてるんですもの。それら総じて推察したら、別にそれによって何かが起こるとも思えないし」


 相手が親しいベルセリウスだから、もうちょっと深いところまで話してくれるエルアーティ。他の連中にはその推察を話すこともせず、本当に適当にあしらってきた模様。


「その、誰が持ち去ったとか云々は話してくれないんですか?」


「確定じゃないからね。しかもそうだとして、話しても意味のないことだし」


「お師匠様って秘密は作らない主義だったじゃないですか~」


「仮説止まりのことを"共有すべき真実"として発表することはしたくないの」


 エルアーティは魔法学における新発見など、新しく導いた英知を、自分だけの知識にして独り占めしない。それらは必ず学会などで発表し、自らの導いた新しい知識もすべて、人類と共有すべき知識として公開する。ただ、それは証明するなどして、真実だと確定したことのみに限り、仮説止まりのことは公の場に公表しないことにしている、と。不確かな真実は混乱を招き、英知の後退を招き得るとエルアーティは考えるからだ。


「まあ機会があって証明できたなら、公表してもいいけど。期待されても困るわね」


「証明って、出来るんですか?」


「死体を持ち去った誰かさんに直接聞ければね」


 なるほど期待しない方がいいな、とベルセリウスは諦めることにした。彼女がやる気になれば、そんな雲を掴むような話も可能にしかねないが、やる気になってくれる予感がしないので。エルアーティは知識欲の塊だが、興味のないことまで入念に拾うほど非効率な人間ではない。限られた生涯、得られるものは限られているし、手広く欲張っても求めるものに辿り着けないことはあると、賢者様は生き方を確立している。


「当面は忙しいしねぇ。賢蘭祭も近いし」


「お師匠様は今年も催しものを?」


「やるわよ、おばけ屋敷」


 エレム王国では、年に一度の最大のお祭り、創騎祭を夏に開催する。それと同じで、魔法都市ダニームは例年、秋に賢蘭祭と呼ばれるものを開催する。今年はラエルカンの二度目の崩壊だとか、魔王の復活だとかが夏に起こり過ぎたため、賢蘭祭の開催しない可能性も囁かれていたのだが、どうやら杞憂で普通に今年もやるようだ。


「おばけ屋敷、間に合うんですか? あれってルーネ様とお師匠様の競作ですよね?」


「むしろ間に合わない要素なんてある?」


「いや、お師匠様、今ルーネ様怒らせちゃってますし」


 先日のサプライズ凱旋で怒ってしまったルーネは、ずっとラエルカンに通い詰めており、エルアーティとは全然口を利いてくれていないのだ。温和な賢者様だが、あれは流石にかなり怒っている。エルアーティの悪意が見え見えのものだったし、しばらくエルアーティが話しかけても、ルーネがまともに相手してくれないだろうから、競作のおばけ屋敷作りなんて間に合わないのでは? とベルセリウスは言っている。


 賢者競作のおばけ屋敷は、とんでもなく大掛かりで、賢蘭祭の目玉とさえ言われている催しものだ。いくらエルアーティでも、一人でやったら当人の満足するクオリティに達するかどうか怪しい。心配するベルセリウスだが、ふふふと笑い始めたエルアーティの口元から溢れる余裕は全く色褪せない。


「一週間もすれば、ずっと無視してごめんなさいって向こうから謝ってくるわよ。あの子はそういうの、後から後悔して耐えられないタイプだから」


「ああ、それじゃ賢蘭祭は3週間後ですから……2週間で突貫作業ですかね」


「まさか。あの子が謝ってきてから一週間ぐらいは、無視された一週間ぶん奴隷にしてやるわ」


 何を言ってるんだこの人は。


「あんまり言ってる意味がわかんないんですけど」


「一週間も冷たく無視されて、私が黙ってるわけないでしょう。謝ってくるんだったら、非を認めた償いに一週間ぶん、私の言うことに服従してもらうだけよ」


「そんな風になるんですか?」


「なるわよ。そういうふうに調教してるもん」


 親友に対して何という言い草なのやら。今から一週間我慢して、謝ってきたルーネをどんなふうに玩具にしてやろうかと、今からすでに確信した未来を想像して、エルアーティはご機嫌だ。そうなるっていうエルアーティの確信は、これを絶対はずれない"予言"にしてもいいとさえ考えている。


「あ、調教って言っても鞭でしばいたり、首輪つけて引きずり回したりしてるわけじゃないわよ。ルーネに限って言えば、そんなひどいこと私しないから」


「結構です、聞いてないんで」


 はっはっと笑うベルセリウス。好きにしてください、私は関わりたくありません、という笑い声だ。今も昔も変わらず尊敬しているお師匠様だが、親しくなればなるほどに、触るべきでない距離感もわかってしまうものである。これもまあ、人生経験の賜物であると言えよう。











「おう、おかえりシリカ。どうだった?」


「休暇、貰えるぞ。賢蘭祭の二日間だけだが、行動制限も解除だそうだ」


「やったー! 今年最大のニュース!」


 騎士館から帰ってきたシリカを迎え、マグニスもアルミナも大喜びだ。少し前のアルボル絡みの一件から、第14小隊は謹慎処分がまだ継続されているのだが、流石に平安の時代を導く一本の槍になった第14小隊、ちょっとぐらいは甘めに見てもらえたらしい。謹慎期間はまだまだ続くが、魔法都市ダニームの年に一度の賢蘭祭に、遊びに行くだけの時間と権利を許されたのである。


 仕事の鬼である聖騎士ナトームがそれを認めてくれたのにはシリカも驚いたが、流石に魔王討伐に携わった勇者二人を擁する小隊、ご褒美の一つぐらいは考えてくれていたのだろうか。せいぜい散財して、減給処分が続く以降の暮らしで苦しめ、と皮肉を垂れられたが、それもなんだか捉えようによれば、減給期間は続くんだからあまり金を使い過ぎると後が苦しいぞ、と念を押してくれたようにも感じる。真意のほどは謎だが。


「賢蘭祭って3週間後だったよな? んなら旦那の療養も間に合うだろ」


「楽しみー! 私、クロムさんのリュート聞いてみたい!」


「よかったー。俺のためにみんなアルボルに行ってくれたのに、それで謹慎でお祭り行けないとかになったら、俺すっごいつらかったもん」


 ああ、それでか、とシリカは納得した。こういうガンマの立場も踏まえて、ナトームも特例めいた外出を認めてくれたのだろうと。あの人は、思った以上に視野が広い。ナトームとの付き合いも長くなってきたシリカは、これは真意のほどを確信できていた。


「ね、キャル、賢蘭祭にはいっぱいお洒落して行こうね。賢蘭祭、すっごい華やかだよ」


「えー……私、そんな……」


「ダメダメ! 女子力が足りないよ、キャル!」


 アルミナのその提案は、自分を着せ替え人形にしたいだけでしょという疑念が、キャルにはあるのだが。今のアルミナはテンションが上がり過ぎてて、その辺の抗議も聞いてくれなさそうだから、今日はもう言わないけど。


「賢蘭祭といえば……」


「賢者様が主催の……」


「行きませんよ?」


 チータとマグニスが、悪意満点におばけ屋敷の存在を示唆すると、アルミナは上機嫌だった目を一瞬で鋭くして、ばっさり切り捨てた。オバケは苦手なので。いつだったかのリゾートへの休暇、あんた達私のことさんざん怖がらせてくれたわよね、と、アルミナがじっとりと睨んでくる。チータはぷいっと目を逸らし、マグニスは席を立ち、逃げるなとばかりにアルミナも席を立ってチータの前に移動。また目を逸らすチータ、目の前に顔を移動させるアルミナの、目線いたちごっこが始まる。アルミナがおとなしくなった。それでいい。


 何も言わずに場を見守っているユースだが、頭の中ではどうしようかと考えてでもいるのだろう。小隊みんなで賢蘭祭を回るなら、あまり席をはずすようなことはしたくないなと思う。ただ、ユースには気がかりなことが一つあって。


「気にするな」


 掌を振って、ユースにそう言ってくれるシリカの態度が温かいものだ。ユースは魔王との決戦前、母との最後の再会で、生きて帰ったら一緒に賢蘭祭に行こうと約束している。それを知っているシリカが想像を及ばせ、小隊に気を遣うことと母との約束の狭間で悩んでいた、ユースの想いにに辿り着くのは早い。その推論に達した末の一言は、私達のことはいいから楽しんで来い、という意味だ。


「――はい」


 アルミナとマグニス、チータが楽しく語らう中に、ダニーム生まれのガンマが割って入り、賢蘭祭の素敵さを語り始める。キャルも加わりアルミナに、一緒におばけ屋敷に行こうよと、悪戯めいた語り口で迫って困らせる。さっき女子力どうだこうだと批判されたので、ちょっとした仕返しだ。


 三週間なんて、遠いようであっという間である。近き幸せの時間を目の前にして、はしゃぐ第14小隊の5人の傭兵の姿を眺め、ユースとシリカは顔を見合わせる。やっと、こんな時代が帰ってきたんだなって。


 魔王を打ち倒したことが、こんな安寧なる時代を手繰り寄せることに繋がるなら、本当に騎士でいてよかったと心から思える。そのために何年も何年も、強さを求めてがむしゃらに努力してきた二人なのだから。

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