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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第16章  ひとつの歴史の終楽章~フィナーレ~
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第259話  ~最終決戦③ 存亡を懸けて~



 研ぎ澄ました集中力。隙のない太刀筋をアルケミスへと放つベルセリウスは、魔王の操る傀儡となった、かつての親友を自由にさせない。黒豹のような頭を持つ魔王の魂は、表情が読み取りづらく、その感情はアルケミスの表情に反映される形で表れている。真正面からアルケミスを押すベルセリウス、それとは別方向からシリカが差し迫り、赤き炎のように輝く騎士剣を、魔王の魂に向けて振りかぶっている。


 魂の像の首元にあたる場所へと振り抜かれる、剣身より伸びるシリカの切断の魔力に対し、魔王の魂は身をかがめるようにして回避。四本の手先からシリカに向けて放つ、一秒に数百の金属針を放つ魔法には、シリカ後方位置に舞うエルアーティが魔法障壁を展開し、シリカにそれを届かせない。戦いが長引けば長引くほど、エルアーティの魔王の魔法に対する解析が進み、対策が的確になっている。


 魔王にとっても苦しい戦い。その想いは、苦虫を噛み潰したようなアルケミスの表情に表れている。ベルセリウスにとって、その姿がどれほど胸を焼く光景か。決して表情豊かでなかった親友、それが魔王に操られる今、ここまで感情を顔に出す姿を見せている。こんなものは、数年来の付き合いで知り尽くした、あの親友の真なる姿ではない。


 それはお前のものじゃない。アルケミスの肉体を乗っ取った魔王への憤りが、さらなる感情の昂ぶりに繋がり、ベルセリウスの剣がより輝く。脅威を退ける守護の魔力、退魔聖剣(エクスカリバー)の魔力が今日一番輝いた瞬間、振り下ろされた鎌をはじき上げたベルセリウスの一撃は、最高の反発力を発現させることで鎌を上天にはじき飛ばす。


 最大の好機。アルケミス周囲に絡みつくエルアーティの聖戦域(ジハド)が、武器をはじき上げられたアルケミスの足元を凍らせる。魔王の操る肉体を地面に縛りつけ、動きを封じたその瞬間、シリカの騎士剣は魔王の魂を頭から真っ二つにするための軌跡を描いている。


絶対防御(インプレグナブル)……!」


 アルケミスの背丈に魔王の高さを加えたシルエット、騎士剣の延長線上遥かに延びるシリカの勇断の太刀(ドレッドノート)の魔力はそれより高く、切断魔力の振り下ろしはまるで塔の倒壊のように魔王の魂へ襲い掛かる。炎の魔力を得、金の魔力を破る力を得た最強の刃に対し、魔王は八本の魔鉄線を頭上に張り、食い止めるための盾を作り出す。その魔力弦に、アルケミスの魂が記憶する、大魔導士の防御魔法の極意を上乗せして。


 半月を描き魔王を両断するはずだった究極の切断魔力が、魔王の頭上に構えられた弦によって食い止められる。魔王の主軸は金の魔力、火の魔力を得たシリカの魔力には分が悪い、しかしアルケミスの魂が生み出す水の魔力を僅かに纏わせ、さらに金の魔力が水の魔力を増大させる性質で、強き火の魔力に抗うのだ。魔王の金術と精霊の木術、アルケミスの水術とエルアーティの火術がぶつかり合う形。勝ったのは魔王。


 それでもベルセリウスが止まらない。動きを封じられて武器を失ったアルケミスの首を刎ねる太刀筋で、かつての親友に襲いかかる。鋭き勇者の騎士剣は、アルケミスの首を通過し、大魔導士であった人間の頭が勢いよく首から離れ、あらぬ方向へ飛ぶはずだった。


 目を光らせた魔王の魔力は、首をベルセリウスの刃が通過し、頭が首から離れた瞬間に、傷を魔力の金属弦で縫い寄せる。首が離れたのは本当に一瞬、飛びかけた瞬間に首は元の位置に収まり、アルケミスの眼差しが剣を振り抜いた直後のベルセリウスを突き刺す。すぐさま掌をベルセリウスに向けてきたアルケミスの行動が、ケア出来ぬほどの隙を見せたベルセリウスに、ほぼ確実な死の予感を伝える。


 盾を構えて突進したユースが、アルケミスが掌から白銀の刃を発射するより早く、ベルセリウスを斜め後方からを追い越してアルケミスに激突。発動しかけていた刃の召喚、それはユースの衝突で体をのけ反らせ、掌を上方へ向けてしまったアルケミスによって不発、空へと放たれるのみ。全速力の突撃で突き飛ばされるアルケミスは、足を縛っていた氷も砕けて後方に倒れる。シリカの魔力を食い止めていた魔王は、倒れるアルケミスと共に身を逃がし、シリカの魔力を横に押し払う。


爆滅(エクリクシス)……!」


抗魔侵蝕(アンダーマイン)……!」


 倒れたアルケミス、その上にそびえ立つ魔王。追撃を恐れた魔王は四本の腕を振り下ろす。アルケミスの体を突き倒し、転がるように離れたユースのすぐそば、地面に腕を突き立てた魔王の腕先が魔力を発動させる。骨をも灰にする大爆発の魔法の発動、それを予感したエルアーティが、即時の判断で自らの魔力を爆滅(エクリクシス)に介入させる。理屈を100%近くまで解析済の大魔法、しかし打ち消しにしくじればその瞬間全員が死ぬ。成功率の高い、知る敵の魔法を極力抑制する方向で動いた賢者の判断は、負けられない戦いで的確な安全策を導いた。


 それで抑え切れなかった大爆発は、ユースを、ベルセリウスを、エルアーティをシリカを吹き飛ばす。最も爆心地に近かったユース、エルアーティの魔力で熱と爆風を極力抑えたにしたって、身を焼く凄まじい熱のすべてが断たれるわけではない。爆発魔法の発動地点に向け、倒れたまま思わず構えた盾の魔力が、ぎりぎりユースの体を火傷まみれにせず、彼の体を遠くに吹き飛ばす結果だけを残す。


 ベルセリウスもまた、前に構えた退魔聖剣(エクスカリバー)の魔力を拡大させることで、目の前から迫る熱風を極力抑えこんでいた。吹き飛ばされたのは彼も同じだが、熱によるダメージは少ない。エルアーティも、自分自身を包む防御魔力の同時展開で、飛ばされながらも空中で体勢を整えている。防衛手段を個別に持たない、法騎士へのダメージが、この中でも最も凄まじい。


 顔を伏せ、腕を構え、頭を守ったシリカが熱風に晒され、吹き飛ばされると同時に全身を焼き払われる。皮膚がただれるほどの熱ではなかった、それでも肉体を破壊する熱エネルギーは、吹き飛ばされるシリカの全身に凄まじい痛みを伴わせ、受け身もろくにとれないまま地面に転がされるシリカの形を作り出す。同じく吹き飛ばされていたユースも苦悶の表情で地表を転がっていたが、体勢を整えて立ち上がろうとしていたところでシリカの姿を見て、熱かった体が一気に血も冷える想いに駆られる。


救出(リリーヴ)……!」


黄金郷(エルドラド)!」


 立ち上がったアルケミス、倒れたまま立ち上がれないシリカ。魔王にとって今の最大の脅威にして、討ち取る最大の好機を得た対象はシリカに他ならない。魔王の殺意の矛先を予感したエルアーティが、倒れたシリカの背が接する地面に魔法を発動、瞬発的な地面の上昇を促してシリカの体を上空に投げ出す。一瞬遅れて、シリカの倒れていた地表から、彼女を串刺しにするつもりだった黄金の槍が無数に突き立つ。ほんの僅かでもエルアーティの救出魔法が間に合っていなかったら、それでシリカの命は終わっていただろう。


 爆風に身を焼かれ、さらに突然空に逃がされたシリカは、体をろくに動かせるコンディションではなかったはず。それでも、気が気でない想いでシリカを目で追うユースの眼前遠く、なんとか体を回すことで、足裏と膝と片掌で地面を捉えて着地。すかさず立ち上がり、後方にふらつきかける体を素早く正し、ぜはあっと荒い息を吐く彼女もまた、ユースによく似て当たり前のように無茶をする。


 誰よりも早く体勢を整えていたベルセリウス。遠方に落ちた鎌を、白金の床から召喚した同じ素材の蛇に殴らせて手元へ引き寄せていたアルケミス。得物を拾うと同時、迫るベルセリウスの太刀を打ち返すアルケミスだが、そうしたベルセリウスの執念とも言える猛襲性が、シリカやユースに追撃してとどめを刺したい魔王の意志を阻害している。ベルセリウスとアルケミスの白兵戦には決着の予感が無い。それでも魔王の傀儡となったアルケミスを拘束し、魔王への刃を食いつかせる仲間を信じるベルセリウスが、勇者と呼ばれた男の最高のはたらきを形にしている。


 全身打ちのめされてろくに走ることも出来ないユースが、崩れ落ちそうになりながら全力を出せない駆け足を形にする。彼以上に我が身に鞭打ち、魔王へと差し迫るシリカはもっと速い。爆風に吹き飛ばされて地面に叩きつけられたダメージに、息を詰まらせながら吐き気をこらえ、剣先よりも伸びる紅き魔力を魔王へと振りかぶる。絶叫にも似た気合を口にしたくても、詰まった肺で声を出せないシリカが、声無き気迫とともに決着への一閃を差し迫らせる。


 再び魔弦を召喚し、水の魔力を上乗せし、自らへ迫るシリカの勇断の太刀(ドレッドノート)を食い止める魔王の魂。一度明らかに防いで見せ、無駄だと示唆しても諦めないシリカの意志力は、今度こそはとさらに強まった決意により、ひとつ前より重き魔力を生む。ぎり、と歯を食いしばる魔王の魂が恐れるのは、絶望に近しい光景を目にしてなお、屈せず立ち向かってくる人間の精神力だ。11年前、一度魔王はそれに敗れている。


「ッ……水銀刃(メルクラーマ)……!」


 ぎしぎしと拮抗する、紅きシリカの巨大な刃と、細くも強固な魔王の盾。打開するのは、光る魔王の両目の上、襟のように広がる角から発した水銀の刃。鎖鎌のように細い腕がしなり、先端に備えられた半月形の刃が、シリカの魔力を輪切りに切断するのだ。金術に僅かな水の魔力を備えたその魔法は、金術を得意とする魔王にとっての脅威となる、火の魔力に対する数少ない対抗策。その切り札を引っ張り出さねばならぬほど、今の魔王が追い詰められていると言えば聞こえはいい。


 しかしばらばらの立ち位置の、立ち向かってくる人間4人に向け、4本の手をひとつずつ向ける魔王の行動は、すべての敵へと同時に金属弾丸を乱射する行動を実現させる。アルケミスと鍔迫り合いの戦いを続けていたベルセリウスは、頭上からの弾丸の乱射に後退して回避。出せぬ声で英雄の双腕(アルスヴィズ)を心中唱え、重き銃弾の乱射を構えた盾と傘型の防御魔力で防ぐユース。ここにきてなお器用に飛び回るエルアーティと、素早きその動きに掌の動きを合わせて動かし狙い続ける魔王。そして最も魔王にとっての天敵、精霊を味方につけたシリカは高く跳躍し、魔王の放つ無数の弾丸を回避すると同時に接近の放物線を描く。


 魔王とて余裕綽々で勇断の太刀(ドレッドノート)を防いでいるわけでないのは、魔力同士のぶつかり合いで精神力を触れ合わせる、シリカが一番よく感じ取っている。空中で騎士剣を振り上げ、魔王の魂を頭から真っ二つにする刃を振り下ろそうとするシリカに、魔王は開いた口から巨大な鉄球を吐いて撃ち落とそうとする。ここが勝負の分かれ目、そう確信しているエルアーティの遠方からの介入は、シリカを撃ち落とすはずだった鉄球を横から火球で射抜き、法騎士を狙っていた鉄球の軌道を逸らす。


絶対防御(インプレグナブル)……!」


紅玉色の(アントラクス)、っ……!」


 唱え終わらぬうちに振り下ろされたシリカの騎士剣。弾性と強固さを併せ持つ、細く見えて最強の盾となる八本の弦を頭上に構える魔王の魂。騎士剣よりも伸びる真っ赤な切断の魔力が、ぎしりと張り詰められた魔王の魔鉄線に勢いよく食らいつく。


 自らの魔力と魔王の魂が触れ合う中で、シリカは何度も感じ取っている。魔王だって負けるわけにはいかないのだ。一度滅びたレフリコス、失った支配への無念、過去の栄光を想う嘆き、捲土重来への渇望。魔界に集められた幾千幾万幾億の魂の無念を背負い、魔界となったレフリコスが再び支配者となることで、嘆き悲しむ同志達の涙に報いる。痛々しい最後を迎えた大森林アルボルの無念を抱き、再び栄える森を作り、守り通してきた精霊バーダントの生き様と、レフリコスの魂に報いんとする魔王の信念は何も変わらない。


 自分一人のために戦う想いだけで、ここまで強き存在がそうそう簡単に生まれるはずがないのだ。挫折し、落胆し、絶望した魂の哀しみを受け止め、共に支配者たる新たな歴史を刻もうと約束した魔王に、敗北は決して許されないのだ。自らの魔力が魔王の魔力とぶつかり合うたび、ここで滅びるわけにはいかぬ、レフリコスの新たなる未来を必ず築くという魔王の信念が、シリカの魂の奥底まで伝わってくる。


 誰もが負けられない強き信念を胸に持つから、武器を持ち戦いに挑むのだ。絶対に負けられぬという敵の意志力に押し負け、刃を引くぐらいならはじめから戦場に並んではいけない。シリカを退け、勝利を掴み、新たな魔王の支配世界を広げようとする魔王の意志力は、対立するシリカの精神力を刺激しさらに燃え上がらせる。


 いったいどれほどの人々が、魔王の望む支配世のための犠牲になってきただろう。繰り返してはならない暗黒時代への道を断ち、光溢れる未来を斬り拓くための刃は、魔王の構えた八本の弦に食い込んだが直後、すべてを切り落としそのまま魔王の頭に迫る。もう、障害物はひとつもない。


「――勇断閃(ドレッドノート)!!」


 咆哮にも近いシリカの詠唱が響き渡った瞬間、燃える紅玉色の切断魔力は、魔王を頭から真っ二つにする軌跡で振り抜かれた。大きな魔王の魂の像を通過するのもほぼ一瞬、万物を切り裂く魔力で魂を断ち切られた魔王は、致命的な一撃を受けた実感を精神で理解すると同時、かっと目を見開く。


「ぐがあああああああああああああああっ!!」


 次の瞬間、アルケミスの背後にそびえ立つ魔王の像が、着地したシリカの眼前で発火して炎に包まれた。全腕を広げ、上天を見上げ、悲鳴とも絶叫ともとれる苦悶を吠えたける魔王の姿は、自らの滅亡を意識した魂が滅びる一歩手前のもの。




 自らの滅亡。それは魔界の王の滅亡にして、魔界レフリコスの滅亡だ。




「ッ……血塗られた獄(ジョルドルール)!!」


 ここで滅びれば魔界レフリコスは、魔界に息づく無数の魂はどうなる。最悪の未来を予感した魔王の魂が、焼き消される自らの運命を拒み、シリカを高みから睨みつける。次の瞬間、魔王の16本の指先から生じた魔鉄線が長く伸び、その先端がシリカ前方上空多方から迫り来る。思わず後方に跳んで逃れるシリカの眼前、魔鉄線の先端が白金の床に次々突き刺さる。人体など容易に貫くであろう魔鉄線の猛威は、シリカをぞっとさせるだけには留まらない。


 床に突き刺さったまま張り詰めた16本の弦、魔王が四本の腕を振り上げた瞬間、地殻がめくり上げられるように、張り詰めた弦によって剥がし上げられる。さらに弦を自らの腕のように操る魔王は、引き抜いた白金の塊をユース目がけて投げ飛ばしてくる。唐突な攻撃に、盾と魔力を構えてなお、凄まじい重みにユースの体が吹っ飛ばされる。


「ま、負けぬ……負けられぬ……! レフリコスの民よ……我に、力を……!」


 アルケミスの背後に立ちそびえていた魔王の魂が膨れ上がり、アルケミスの肉体をもその中に取り込む。それと同時に真っ黒に染まっていく魔王の全身は、呑み込んだアルケミスの肉体を闇の中に捕えたかの如く、人類の目の前からアルケミスの体を見えなくしてしまう。そして姿はそのままにして、倍ほどの大きさに膨れ上がった魔王は、真っ黒な魂を炎に包んだまま、両手の指先から伸びる16本の弦を空中で躍らせる。


「消えろ……! 人間どもが……!」


 腕を振るった魔王の弦は、触れたものを切断する刃となって人類へと差し迫る。床に突き刺さった3本の弦が、細き爪跡をばしばしと地表に残してユースに襲い掛かるのだ。防ぐことも危うい予感がしたユースが横っ飛びに回避した傍らを、弦の走った後が白金の床に傷を残していく。


 別角度からユースの鼻先に迫る細き弦の一振りに、必死でユースも盾を振り上げて応戦。彼の頭を切り裂くはずだった弦は、盾にはじかれ上空にしなるが、長く自在に舞う弦の一本が、ユースの周囲に大きな輪を作っている。一気に輪を収縮させ、ユースの胴を捉えんとした弦を跳躍してかわすユースも、軋む体の痛みに吐きそうだ。


 空中のユースへと後方からすかさず迫る弦には、空を駆けつけたエルアーティが割って入り、炎の壁を作って防ぐことで対処。同時に広角に張り巡らせた聖戦域(ジハド)に訴えかけたエルアーティの魔力が、空間上に飛び交う抗魔の魔力を促し、長き16本の魔王の弦を切断する。自由自在に動く刃を奪われた魔王の魂は、最も近き位置のベルセリウスに四つの手を振り下ろす。


 一点目がけて振り下ろされるその掌4つに、燃え盛る黄金の塊ひとつを装備させた力任せの一撃。聖剣を振り返して反撃するベルセリウスだが、振り下ろされた金塊の鎚を粉々に砕くと同時、ベルセリウスの手を貫く金塊の重みも凄まじい。その瞬間に目を光らせた魔王の開く口が、白銀の大蛇を召喚してアルケミスへと真っ直ぐに迫らせる。


 前方斜め上に剣を構え、防ごうとしたベルセリウスに反し、蛇の頭はベルセリウスの眼前すぐの地面に勢いよく直撃。蛇は自らの頭を粉々に自爆させ、その破片はすぐそばのベルセリウスへと勢いよく飛散する。すぐに剣を下げ、破片の一部が胸より上に当たることを退けたベルセリウスだったが、どすどすと肉体を貫く白銀蛇の破片を体に受け、やむなく後方に跳んで逃れるしかない。


紅玉色の(アントラクス)……っ、勇断閃(ドレッドノート)!!」


 駆け迫るシリカという、最大の脅威に向き直った魔王。すでにシリカは射程距離内に巨大な魔王の魂を捉えている。燃え盛る魔力を携えた、長き聖剣を振り抜くシリカの一撃は、魔王の胸元を真っ二つにする軌跡を描き始めている。


水銀(メルク)(ラーマ)……!」


 四本の腕先に顕現させた水銀の刃。横から自らの胴を真っ二つにする巨大な炎の刃に対し、魔王の魂は刃を振り下ろした。それは形なきシリカと大精霊、エルアーティの複合魔力を切断し、柱のように巨大な炎の剣身が輪切りにされて霧散する。魔王に決定打が届かない。


「終わりだ……!」


 渾身の魔力、精神力を具現化したものを打ち砕かれたことに伴い、シリカの霊魂が著しく打ちのめされ、彼女の全身から力が抜けそうになる。それでもぶれそうな視界を正し、倒れずちかちかする視界の真ん中に魔王を見据えていただけでも上出来だ。その眼前、鮮明に視認できない前方光景の真ん中で、己が腹の中に取り込んだアルケミスの肉体を引きずり出し、前に構える魔王の姿がある。


 獲得したアルケミスの魂、それと最も結びつくアルケミスの肉体。人体一つを最高の親和性物質、絶大なる魔力を生み出す触媒として、金術の扱い特化した魔王が、他属性の魔力を練り上げる。遠く見据えるエルアーティが、魔王の許容魔力をそのままに、あらゆる色の魔力を化合した大魔法を唱えることを悟っても手遅れ。歴史上初、魔王が閃くままに滅亡を促す爆裂魔法は、誰も解析したことのない最強の魔法。


世界破綻(エクスターム)!!」


 燃え盛る魔王の魂が握り締めたアルケミスの肉体が、太陽の如き眩しい光を放った瞬間。火、水、木、土の魔力をアルケミスの魂から抽出し、自身の金の魔力をつぎ込んだ魔王の力は、アルケミスの肉体そのものをひとつの起爆剤に変える。そしてアルケミスの肉体が光に呑まれた次の瞬間、それを中心に滅亡の光(コスモフレア)をも超える凄まじい炎熱と風が発生する。


 比較的アルケミスに近い位置にいたエルアーティは、すべてを一人の若き騎士に委ねた。ベルセリウスの前に立ちはだかり、傷ついた勇騎士と自らを守る、全力の魔法障壁を展開。60年近い半生の中で培ってきた、防御に秀でた自らの魔力を注ぎ込み、あらゆる破壊を退ける輝く壁を作り出す。魔王と大魔導士の魔力の殆どを注ぎ込んだ、最強の爆発魔法が生み出す風と炎と大気圧に、世界有数の大魔法使いの防御障壁が立ち向かう。


 守れるものは、自分とベルセリウスで精一杯だ。魔王を討ち果たせる法騎士と精霊、彼女のもとへ駆け抜けた一人の勇者の姿を見届けたからこそ、賢者はすべてを彼に委ねた。人の未来を切り拓く人類の力、それを運命が許すというのなら、運命が味方する者は誰か。信じる運命力の持ち主が、爆裂よりも先にシリカの前に立ちはだかった光景に、思わずエルアーティも掌を握り締めた。


英雄の双腕(アルスヴィズ)!!」


 構えた盾、前方に大きく広がる盾を中心に広がる傘型の魔力障壁。決死の想いとともに、己が唯一にして最大の切り札を叫ぶユースの真正面から、魔王の放った炎熱と凄まじい風が襲い掛かる。その威力は彼の想像を遥かに超え、地に深く根差した建物をも吹き飛ばす絶対的な風は、容易にユースを後方に吹き飛ばそうとする。


 ここだけは絶対に負けてはいけないのだ。浮かされかけた体、反り返らさせかけられた体に負けるなと命じ、体を一気に前方へ押し返すユース。たった一人の人間の魂が、何に代えても守りたい誰かを襲う地獄の風に、させるものかという意志力を突き返す。光と熱に満ちた真っ白な光景の真ん中で、蒼き魔力を携えた盾を構えた勇者の光が、たった一点ひときわ輝いている。


 びしりとひび割れたのはユースの盾だけではない。魂全部も懸けて魔力を注ぎ込むユースの、肉体と精神をつなぎ合わせる霊魂が、ぷつんと何か大切なものを切らせた実感がユースにもある。飛びかけた意識、踏ん張る精神力、不断に押し寄せる破壊の力。光でいっぱいの目の前の光景、それが自身を呑み込んでいくかのように、ユースの目の前が一瞬で真っ白に染まっていく。


「ユース……っ!!」


 絶たれかけた意識に差し込む誰かの声が、ユースの精神をここへと呼び戻す。彼の後ろで騎士剣を振り上げた誰かが、切り札の魔法の名を詠唱するよりも、それを口にせずにいられなかった想いとは。魔法の名を叫ぶ詠唱とは、所詮精神を魔法行使のための最高の条件下に持っていく儀式に過ぎない。


 彼にとって誰よりも守りたいものが彼女であるように。掛け替えなき人が作ってくれた生存への道がかりを、決して手放すまいとした彼女にとって、守りたい目の前の彼の名を呼ぶことは、どんな詠唱にも勝る精神力の発火剤。だって、死なせたくない人が目の前にいる。


 ユースを追い抜くと同時にシリカの振り下ろした騎士剣は、魔王の必殺魔法を押し返す。彼女と大精霊の二つの魂だけでは打ち敗れなかった、アルケミスの肉体も魂も投げ打って放たれた魔王の大魔法。それを割り、断ち切った勇断の太刀(ドレッドノート)の奇跡を導いたのは、彼女の前に立ちはだかった、法騎士にとって最も守りたい誰かの存在だ。


 凄まじい爆熱が空間上いっぱいを破壊し尽くし、白金の床も溶けると同時にはじき上げられた実感。金一面の魔界の理にさえ反する、金術を司る魔王がそれでない色の魔法を最大出力で放った事象は、レフリコス城を謁見の間を中心に大きく揺るがした。魔界すべてに響き渡るその余波と衝撃は、大魔法の名のとおり、不動の流れぬ時の中にあった魔界レフリコスの時を進めさせる。


 それが魔界の滅亡を示唆する出来事だったと、後年語られることになるのだろうか。光が失われ、晴れた謁見の間にあったのは、剣を構えたまま立ちそびえる法騎士と勇騎士。そしてベルセリウスの前で、箒を浮かせる魔力も尽かしかけたエルアーティが地に屈する姿と、シリカの隣で膝をついて崩れ落ちたユースの姿がある。切り札を吐き出してなお、一人の人間を葬る結果も生み出せなかった魔王を貫く危機感は、生き延びた4人が大魔法によるダメージに抱くそれの比ではない。


「貴様、ら……!」


「い、行きなさい……ベル……! 決着を……!」


 歯ぎしりする魔王、枯れかけた声を発する賢者。師の声に導かれ、魔王へと駆け出す勇騎士ベルセリウスの後ろ姿は、エルアーティにとって最後の勝利の希望のひとつ。精霊と命運を共にした法騎士が、そばに倒れる彼を置き去りに駆け出す姿がもう一つの希望。


 光ある未来のために駆け出す彼女の姿を、もはや息も途絶えそうなユースが、顔を上げて見送っていた。殆ど何も、見えない聞こえない。擦り切れた魂が肉体に何一つ与えてくれないはずの世界下で、ユースの目にはシリカの後ろ姿だけが鮮明に映っていた。

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[一言] ユース…!死なんでくれよ…‼︎
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