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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第16章  ひとつの歴史の終楽章~フィナーレ~
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第258話  ~最終決戦② 紅玉色の勇断閃~



 アルケミスが地を蹴る。歴戦の騎士三人と賢者が、あまりの加速度に一瞬姿を見失いかけるほどの速さ。ただでさえ戦士顔負けの身体能力を持つアルケミスの肉体が、魔王の加護を得てさらに大いなる力を漲らせているからだ。


 竜の頭を先端に模したアルケミスの杖は、黄金の刃を唐突に携え、巨大な刃を持つ鎌に生まれ変わっている。魔王の金術により恐ろしき武器と化した得物を振るうアルケミスの一撃は、シリカの首を刎ね飛ばす一閃を描いた。反射的に身をかがめたシリカの最速の行動で以ってなお、刃がたなびく髪先を切り落とすほどにぎりぎりだ。返す刃でアルケミスの銅を断ちにかかるシリカだが、跳躍したアルケミスの肉体はそれを容易に回避し、シリカの上の壁を蹴って後退する。


黄金郷(エルドラド)


 アルケミスの背後で魂の姿を顕現する魔王の目が光った瞬間、シリカの胸を貫く恐ろしき予感。何かがまずい。その直感が訴えるままを信じ、横に大きく跳ねて逃れたシリカだったが、間違いなくそれは正解であっただろう。彼女が立っていた足元から、何本もの太い金属の牙が突き上げられたからだ。あのまま動かずにいたら、黄金の牙がシリカを串刺しにしていたに違いない。


 空中のアルケミスに素早く駆け迫るベルセリウスが、着地の瞬間のアルケミスに最高のタイミングで騎士剣を振り抜く。背後からの一太刀、それを体をひねると同時に振るう鎌ではじき返すアルケミスも的確。力比べならベルセリウスの方が分のある勝負だったのも僅か前、魔王の力を腕力にまで得たアルケミスのパワーは、今やベルセリウスを上回っている。退魔聖剣(エクスカリバー)の魔力による緩衝の力がなければ、今の衝突で手から騎士剣をはじき飛ばされていただろう。


倒壊(カラップス)


炎熱斬(マントルブレード)……!」


 アルケミスの背後に立つ魔王が念じた瞬間、巨大な鉄塊の壁が魔王の眼前に一瞬で現れ、それが急加速度を得てベルセリウスに向かい倒れてくる。緩衝と退魔の剣でそれを凌ぐべく、武器を振り上げたベルセリウスであったが、彼の目の前に突然現れた巨大な炎の剣は、ベルセリウスに向けて倒れてくる鉄壁を両断する。潰される軌道上にいたベルセリウスをそうならなかったのは、エルアーティが魔王の金術を両断する刃を召喚したからだ。そうしてくれていなければ、直後アルケミスが鎌を振るっていた追撃を、ベルセリウスが凌げていたかわからない。


 振り上げかけた剣を瞬時に降ろし、銅を真っ二つにしにかかる鎌を受けきったベルセリウスは、受けた衝撃のままに体を大きく逃がした。アルケミスとの距離を取る。勇騎士に追撃しようと地を蹴りかけたアルケミスの眼前、巨大な火柱が道を遮ったのは、エルアーティによる敵の出足を挫く魔法だ。


 アルケミスの体の方向とは独立し、体ごとエルアーティに向き直った魔王の魂は、四本の腕をエルアーティに向けて目を光らせる。その瞬間、全部で16本の魔王の指先から、無数の黄金の弾丸が乱射されるのだ。散弾銃のような一斉放火を受けたエルアーティが、目の前に展開した魔法障壁で弾を防ぎながら退けられる。弾丸の放射範囲外に身を浮かせたエルアーティは体勢を整えるが、魔王の影はさらに砲弾のような鉄の塊を発射。砦の壁も粉砕するような超速度の鉄球に、エルアーティも目の前に炎の壁を作って応戦する。金術には火術が最も有効。


 魔王の魂はまるでアルケミスの肉体とは独立する存在のように、エルアーティに体を向けたまま金術の弾丸を放ち続ける。アルケミスがベルセリウスに迫り、鎌を振るい、回避を強いられるベルセリウスの姿を意にも介さないかのようにだ。肉体アルケミスが白兵戦を仕掛け、守護精霊の如く魔法を放つ魔王の魂、その役割は見事に二分化されている。


 大振りの鎌の一撃を後方に回避したベルセリウス、側面から迫るユースに掌を向けるアルケミス。接近されるより早く、掌から白銀の蛇を召喚し、向かい来る若き騎士の脳天へと突き進ませる。思わず英雄の双腕(アルスヴィズ)の魔力を纏う盾ではじき上げたユースだが、頭をはじき上げられた白銀の蛇は、すぐに上空から急降下して、ユースの脳天に突き進んでくる。


 片手で白銀の蛇を操りながらも、アルケミスはベルセリウスへ鎌を振るい、邪魔をするなと牽制。前に飛び込み前転する形で蛇の頭突きをかわしたユースだが、床に頭をぶつけず素早く方向転換した蛇は、立ち上がりざまのユースにすかさず巻き付きにかかる。背後からの気配にユースが振り返りかけた頃には、既に彼の周囲で白銀蛇の蛇腹が空を切っている。


 金属の蛇がユースの胴回りで輪を作っていた蛇腹を、急加速で締め上げるパワーは凄まじい。白銀の硬度、魔王の魔力を得た強烈なパワーは、締め上げた瞬間にユースの胴の中身を粉砕した。息が詰まり、目を見開くとともにうめいたユースが認識する以上に、そのダメージは大きい。さらに蛇がユースを締め上げ、下手をすれば体ごと真っ二つにするのではないかというほどの力が込められた瞬間、蛇の体を断ち切ったシリカの刃が、魔王の蛇を無力化する。


白金大蛇(プラチナヒュドラ)


 後退し、ベルセリウスから離れたアルケミスはユース達に向き直ると、その口から白金の塊を弾丸のように放つ。解放された瞬間に崩れ落ちそうになるほどの痛み、それでも堪えたユース、そのそばに立つシリカの二人がアルケミスに振り返る。眼前から飛来する白金の塊は、突如、爆発的に目の前で巨大化と同時に拡散、前方の四方八方から白金の蛇頭が殴りかかってくる構図を作り上げる。


 翡翠色の勇断閃ネフリティス・ドレッドノートの描く、巨大な翠の三日月残影でそれらを一太刀に切り落とすシリカ。前方の左方、斜方、上空、右方からの多角攻撃を一太刀で凌いだ太刀筋は見事だが、真正面から迫る白金の蛇の頭突きだけは凌げていない。彼女を追い越しながら盾を構えたユースが、真正面から白金の蛇の頭突きを受け止めなかったら、シリカの肉体が粉砕されていたかもしれない。


 その一瞬の時間がシリカには大きく、振り上げたシリカの一閃の太刀筋は、真正面に広がる巨大な白金の塊を両断した。割った先に見えたアルケミスの姿。背後の魔王はエルアーティに金術を放ち、迫るベルセリウスの騎士剣を、魔王の操るアルケミスの肉体が鎌ではじき返している。


 頭上から振り下ろされた大鎌の一撃を、頭上に構えた騎士剣で受け止めるベルセリウス。歯を食いしばり、全力の魔力を注いでようやく耐えられるほどの重さだ。にやりと笑ったアルケミスの表情を目の前にして、単なる戦慄ではなく正しい危機感を抱く判断力は、歴戦の騎士が培った肝によるもの。


 唾を吐くように、ベルセリウスの喉元へ鋭い針を吹き放つアルケミスの追撃。鎌を右に押しのけ、左へと大きく跳ね避ける動きにより、ベルセリウスもそれを回避。必要以上に大きく跳び、ユース達の手前で体を転がして立ち上がったのは、すれ違い様にユースの腹に掌で触れるため。治癒魔法のエキスパートでもあるベルセリウスは、白銀の蛇によって胴を粉砕されかけていたユースの姿をしっかり見届けていた。


「屈するな……!」


 すれ違った一瞬で、ユースの肉体の痛みを誤魔化す魔法をかけてくれたベルセリウスは、言葉を置き去りにしてユース達から少し離れた所に立つ。返事をする暇もない、比較的近い場所に集まった騎士三人を見定めた魔王の魂が、首を回して視界内に騎士達をまとめて収める。


万力鋏(メタルクラック)


撃退(ライバック)……っ!」


 駆け出すアルケミス、魔王の魂の両脇に現れる城壁のような鉄の壁。魔王の両腕に合わせ、勢いよく閉じる二枚の鉄壁は、三人の騎士をまとめて挟んで粉砕する一撃を生み出す。魔王の金術に打ちのめされたばかりのエルアーティが、落下しながらも魔力を展開し、その中点から二枚の鉄壁を押し返す魔法を展開してくれる。あわや為すすべなくまとめて葬られかけたユース達だったが、エルアーティの魔力が二枚の鉄壁を粉々に打ち砕き、破片の数々も騎士達から離れた方向に吹き飛ばされていく。


 シリカ達を仕留め損ねた魔王の魂は、エルアーティを睨みつけるとともに魔力を展開。地上近くにまで高度を下げたエルアーティを、床から突き上げる巨大な黄金の槍を召喚することで狙撃する。溶岩の壁を切っ先の前に召喚し、ぎりぎりのところで防いだエルアーティだが、槍のパワーは軽い賢者の肉体を天井まで一気に吹き飛ばした。天井に背中から叩きつけられるエルアーティは、緩衝の魔力でダメージを和らげてはいても、けはっと渇いた悲鳴を漏らさずにはいられない。彼女の肉体は、物理的な衝撃を耐えるには脆すぎる。


 騎士達の中で常に最も行動が早いのはベルセリウスだ。最後方から同志を追い抜き、アルケミスの眼前まで迫り、鎌と剣の打ち合いを仕掛けていく。一対一では押し切れないこともわかっている。自らが作り上げた隙に、仲間の誰かが決定打を与えてくれるのを待つしかない。アルケミスと拮抗する形を作り上げる、その尖兵に最も適切なのはベルセリウスなのだ。


 察して然るシリカ達が手を添えられないのは、魔王の魂が彼女らを近づけさせないから。二つの右掌から上空のエルアーティに金属弾を放ちつつ、二本の左手の指先から、雨のような無数の黄金針を発射してくる。広角射撃かつ隙間なき針の乱射に対し、回避ばかりを強いられ前進できないシリカ達は、命を危ぶまれながら最前線でアルケミスと戦う、ベルセリウスを見届けることしか出来ない。


 それでは駄目なのだ。決意が早かったのは勇断か、あるいは無謀な崖への身投げなのか。意を決したユースが前に盾を構え、無数の針が注ぎ放たれるアルケミスの方向へ駆け出す姿には、その後方に立つシリカもぞっとする。


英雄の双腕(アルスヴィズ)……!」


 視界が塞がれるほどの黄金針の乱射、前方の盾を中心に大きな傘のような防御魔力を展開したユースは、串刺しにされる未来を退けアルケミスへと差し迫る。盾の魔力を打つ魔王の針、一つ一つがびしびしと重き魔王の魔力に表情を歪めながら進むユースは、後方シリカに無風の道を導いている。彼の意志を見受けたシリカが一気に駆け出すのも早く、押し返されそうな重さに耐えて減速したユースへと一気に追いつく。その頃にはもう、少し離れたアルケミスも充分に射程範囲内に捉えられた、シリカの立ち位置が完成されている。


翡翠色の勇断閃ネフリティス・ドレッドノート!!」


血塗られた獄(ジョルドルール)


 ユースの真隣に駆け並んだシリカの眼前にあるのは、ベルセリウスの背中とその向こう側のアルケミス。その肉体背後に高く昇り立つ魔王の魂、狙うはそれ。剣身よりも遥かに長き、万物を断つ翡翠色の魔力を伸ばしたシリカの騎士剣は、巨大な弧の残影とともに魔王めがけて振り抜かれる。対する魔王が取る手段とは、針と弾丸の乱射を中断すると同時、左右の指同士を繋ぐ魔力弦の発現だ。4つの手に指は各4本、左右対称位置の指同士を繋ぐ、八本の魔力弦が琴のように魔王の前につながり、それを構えた魔王がシリカの魔力を受け止める。


 万物を切り裂く最強の攻撃、それが八本の弦の壁によって防がれたことは、少なからずシリカにショックな出来事だ。弦を支える魔王の腕はぎりぎりと震え、軽い一撃として伝わっているわけではないだろう。それでも防御可能な攻撃と見定めた魔王は、黒豹のような口の端をにやりと引き上げる。


「木術か……相性は悪くないな……!」


 かあっと吠えるように一喝、シリカの魔力を吹き飛ばす魔王の魂。精霊の力を得て発現する最強の刃、すなわち森の大精霊の加護を得た翡翠色の勇断閃ネフリティス・ドレッドノートは、木属性の魔力が色濃い。魔王が扱う金術にとっては、最も穿ちやすい魔力の色だ。


 ベルセリウスの剣による突きを、構えた腕とそこ一点に急造した鋼の盾で受け切り、大きく後退するアルケミス。追撃されぬ距離を作り出す。ベルセリウスから離れた地点にひと跳びで着地した瞬間、掌を地表に当てたアルケミスは、次なる一手への青写真を既に完成させている。


金界の征服(グランドクレイズ)


 一面白金の床が、アルケミスの掌を起点に走る地割れによって広くひび割れる。次の瞬間、ある一角は一気に隆起、ある一点は一気に沈降。平坦な謁見の間を、一瞬にして凹凸激しき島々と崖の地形に変えてしまうその力は、アルケミスの大魔法大地の征服(グランドスラム)に酷似したもの。アルケミスの肉体と霊魂を乗っ取った魔王が、時が進むにつれてアルケミスの霊魂力を我が物に変えている証拠だ。


 ベルセリウスの立つ地点を大きく沈め、自らの立つ地点を高く上げたアルケミスの目線の先。立ち位置を勢いよく上昇させられ、腰砕けになりかけたユースはアルケミスと同じ高さまで持ってこられている。彼の隣に立っていたシリカの立ち位置は逆に沈められ、ただ一人高き地上に孤立させられたユースへ、アルケミスが勢いよく飛来する。


 万全の姿勢すら整えられていないユースは、頭を割るべく振り下ろされた鎌に対し、咄嗟の横っ跳びで回避するしかない。切り立った広い崖島の上、転がるユースにアルケミスはすぐさま追い迫る。素早く立ち上がり盾を構えられたユースだが、鎌を振り上げたアルケミスのスイングが、盾を構えたユースの腕ごとはじき上げる。唯一の守りを叩き上げられ、がら空きになったユースの喉元へ、アルケミスが勢い任せに左手の親指と人差し指の間を突き刺す。


 魔王から得た怪力任せに、ユースをそのまま地面に押し倒すアルケミス。後頭部から白金の床に叩きつけられ、完全に一瞬意識を飛ばしかけたユースがそうならなかったのは、押し倒した瞬間に凄まじい力を喉元にかけてきたアルケミスの握力ゆえ。首の皮の奥、気道がぐしゃりと握り潰されかけた痛みは、経験したことの無い悪寒と苦悶でユースの目を覚ましたのだ。


 アルケミスの指先がほんのあと少し力を込めただけで、ユースの喉肉は引き千切られていただろう。まさにそうなる一瞬前、流星のように飛来した亜光速の影が、片膝立ちでユースを地面に押し付けるアルケミスへ飛来する。殺気に気付いて顔を上げ、鎌を握る腕を前方に構えてガードするアルケミスに激突したのは、防衛魔力で強固に全身周囲を固めたエルアーティの突進だ。箒に座った幼き賢者の超高速の体当たりは、アルケミスの肉体を後方へと吹き飛ばし、その魔手をユースの喉から引き剥がす。凹凸あまりにも激しい広大な空間、くるりと身を翻したアルケミスはある地点へと着地する。


 白金壁と崖の乱立する、滅茶苦茶な地形状況でも切り立った壁を蹴り、アルケミスの元へと跳び迫るシリカの動きには、魔王も目を見張る。エルアーティに吹き飛ばされた先の着地点へ、最高のタイミングで跳び迫るシリカの剣の一振りには、アルケミスも高く跳躍して逃れるしかない。そこへ、空中点を自由に蹴って飛ぶベルセリウスが迫る姿には、魔王も舌打ちせずにはいられない。


 アルケミス背後の魔王の魂が、その四本の手先からベルセリウスに金属弾丸を放つも、遠方から魔王の手先前方に炎の結界を張るエルアーティが、それら弾丸を無力化する。差し迫るベルセリウスに対し、鎌を柄を構えて首を守ろうとしたアルケミスに対し、柔軟な太刀筋を操る勇騎士は狙いを急転換。首めがけて敵の右側から薙ぎかけていた剣を、空中地点を蹴ることで体ごと逆回転、アルケミスの左から迫らせる刃に切り替えるのだ。右側からの攻撃に、鎌の柄を柱代わりにして防ごうとしていたアルケミスの脇下に、左から切り裂く一撃が深く入る。


 心臓の位置するアルケミスの胸がばっくりと割れた現象は、間違いなく人間が相手ならば致命傷のもの。今のアルケミスには関係ない。痛みに表情を歪ませこそするが、空中で身をひねり、ベルセリウスへ回し蹴りを突き出してくる反撃には、油断せぬベルセリウスも剣を構えて防ぐしかない。敵の靴裏を聖剣で食い止めて、アルケミスの足裏が刃に断裂されないのは、蹴り突く足裏に魔王の魔力が白金を纏わせているから。


 後方へと突き飛ばされるベルセリウスの眼前、左脇から胸の真ん中までをばっくりと切り裂かれたアルケミスの深手が、勢いよく閉じる光景が見えた。魔王の金術は、これほどまでに深い傷口も魔力の弦で縫い、一瞬で締めきってしまうのだ。アルケミスの肉体が、生物として生存できない状況になろうと、魔王の魂には関係ない。アルケミスの肉体とは独立した魔王の魂は、その肉体にいくら傷を負ったところで痛くも痒くもない。操りやすいヒトの形さえ保ってくれれば、最強の攻撃人形になるから上々なのだ。


均整(シンメトリ)……!」


 がはっと血を吐き立ち上がれないユースのすぐそば、部屋いっぱいに魔力を展開したエルアーティの力により、凹凸めちゃくちゃだった地表がもとの形に戻っていく。張り巡らせた聖戦域(ジハド)により、地表を支配する金界の征服(グランドクレイズ)の魔力色を計り、解答が導き出せればその力を打ち消す魔力を部屋いっぱいに放つ。短時間でそんな魔法を急造し、敵にとって有利な地形を剥奪するエルアーティだが、既に頭の中では敵を討つための難題を解き始めている。今の魔法が成功し、地形を元に戻せたことなど、済ませた以上はすぐに頭から締め出している。


 アルケミスの肉体をどれほど傷つけようが、魔王の操る人形を壊すだけで、しかも魔王の魔力によってすぐ再生利用されてしまう。魔王の魂そのものを討ち滅ぼさねば決着は訪れないのだ。そして物理的な力では、魔王の魂には傷をつけるどころか触れることさえ不可能。かつて魔王マーディスとの戦いでは、悪を切り裂くドミトリーの魔法、正義の日出(レイディアントラミナ)を纏う大剣が魔王の魂を断ち斬った。その勇者は今ここにいないのだ。魔王として生まれ変わったばかりのアルケミス、彼の精神力を押し潰してまで肉体を操り、ラエルカンで最優先でドミトリーを滅した魔王の意志は、かつて自らを破った存在をこの世から抹消するためだ。


 傷を塞いだアルケミスへベルセリウスが迫り、鎌と剣をぶつけ合う光景を目にしながら、エルアーティが導き出した結論。退魔の聖剣を持つベルセリウスの太刀も、魔王の魂を切り裂くだけの力はあるはずだ。しかし、その一枚の切り札だけでは勝てない。屈強な戦士としてのアルケミスの肉体を操る魔王に、二対一でベルセリウスが騎士剣を届かせるのは、あまりに課題が重すぎる。最低でももう一枚は札が要る。


 だから、翡翠色の勇断閃ネフリティス・ドレッドノートという切り札を一度防ぎきられてなお、魔王へと差し迫る足を止めないシリカの姿はありがたい。アルケミスへと接近したシリカが騎士剣を振りかぶりかけた姿には、既に魔王もその刃を食い止めるための魔力を集めている。不屈の魔鉄線、血塗られた獄(ジョルドルール)を張る魔王の姿を一瞥、エルアーティは張り巡らせた聖戦域(ジハド)の魔導線を介し、自らの魔力をシリカの剣に伝わらせる。


 ベルセリウスへの応戦を、アルケミスの肉体に任せていた魔王の魂。それを貫く不吉の予感は、交戦中のアルケミスを後方に大きく跳ばせ、シリカの刃から魔王の魂ごと肉体を逃がす行動を促す。張った魔鉄線でシリカの勇断の太刀(ドレッドノート)を止めるはずだった魔王が、そう出来なかったのは何故か。それは、後方に逃れた魔王の鼻先をかすめる、翡翠色ではなく真紅の三日月残影が物語っている。


「これは……!?」


 シリカですら驚きを隠せなかった、真っ赤な残影を描いた大切断の魔力。彼女の意志がそれを実現したわけではない。エルアーティの魔力が、シリカの剣に纏われた大精霊の魔力に介入し、木術の魔力に満ちた勇断の太刀(ドレッドノート)へ、火の魔力を足しこんだことが引き金だ。


「バーダント、苦しい……!?」


「耐えきるわ……! 遠慮なく続けなさい……!」


 大声で問いかけるエルアーティの遠き前方、シリカの背後に現れる大精霊の姿。肌の露出が多い大精霊は、健康的な肌の色を、まるで溶熱炉のように真っ赤に輝かせている。木の魔力を主に構成された己の存在が、エルアーティの火の魔力で浸食されたことに、バーダントは苦しげな表情を浮かべている。精霊の後ろ姿しか見えないエルアーティも、そんなバーダントの苦悶には気付いているが、それでも今はやるしかない。


 金の魔力は木の魔力を退ける。金の魔力に打ち勝つには火の魔力。そして木の魔力は、火の魔力を高める力を持つ。大精霊の木の魔力を主軸に構成され、発現する翡翠色の勇断閃ネフリティス・ドレッドノート。絶大なその魔力に、エルアーティの強い火の魔力を添えることにより、木の魔力が火の魔力を一気に高め、炎の力で金を断つ新たな勇断の太刀(ドレッドノート)を作り出す。火の魔力に苦しむバーダントに借りを作ることは本意ではないが、これが切り札を増やすための、エルアーティの最善手。


「異界の王め……! 人に与し、我が王国を侵略するか……!」


「貫き通さねばならぬ義があるのよ……!」


 憤慨する魔王、信念を訴える大精霊。元大魔導士の背後にそびえたつマーディスの魂と、法騎士の背後に浮かぶバーダントが対峙する。レフリコスという永遠の王国、それを侵略しようとする存在は、精霊たれども例外なく、魔王にとっては憎むべき存在だ。


「さあ、シリカ! 行きなさい!」


 唱えるエルアーティの背後、血を吐きつつも立ち上がろうと、上体を持ち上げたユースの遠き眼前、法騎士シリカが燃える騎士剣を握って駆け出す。魔王を討つための勇騎士の聖剣、それに並ぶ魔を断つ法騎士の聖剣、二つの切り札が人類の未来を勝ち取るための決着へ加速し続けている。


 見放せないはずのそんな光景を前にしながら、思わずエルアーティが振り返ったのも無理はない。気道を壊され虫の息、倒れたままでもよかったはずのユースが、歯をくいしばって立ち上がったからだ。かつて魔王を討った勇者、大精霊の力を得た新たな勇者である法騎士。そんな頼もしい先人に頼るでもなく、少しでも力を添えようと、死に急ぐ再起へ身を委ねたユースの意志力には、エルアーティも目を見張る。


「あなた……」


 喉元に、アルケミスの喉輪型の痣傷を残して、かすれた呼吸を断続するユースの命の危機は、見るも明らかなのに。苦悶いっぱいの表情で、自分に出来ることはないかと切に問うてくるユースは、もはや声を出して尋ねることも出来ないのだろう。それでも闘志を失わず、折れない心を持つ若い騎士の姿には、エルアーティはこれまで以上に、彼の可能性に賭けたい想いが強くなる。


 箒をくるりとユースの後ろまでもって行き、背中をぽんと叩くエルアーティ。治癒魔法は本当に不慣れだが、それでも気休め程度にかけてやる。首の皮の奥の傷を塞ぐわけでもなく、人体の持つ自然治癒力を高めるのが治癒魔法だ。本当に気休め程度。それでもユースの肉体の生存願望を刺激し、潰れかけた気道が空気の通り道を確保し、彼に呼吸しやすい喉を得る手助けぐらいは出来る。


 傷を塞いだわけでもなく、命に関わる根本的な解決には全くなっていないのだ。それでもエルアーティが触れてくれたその時から、荒い呼吸をなんとか果たせるようになったことで、ユースの目が光を取り戻す。戦える。体が動く限りは、まだ。


「さあ、行くわよ……! ついて来なさい!」


 箒を加速させアルケミスへと直進するエルアーティを、無言でうなずいたユースが駆けて追う。死出の旅、それでもいい。無我夢中の若さが生み出す行動力は、明日のことなど顧みない。


 初めてエルアーティが、はずれ知らずの自らの予言を覆したいと思った。シリカかユース、いずれかが近く必ず死ぬ。だが、その時は今ではない。今にはさせない。人の世の未来を勝ち取るため、命を懸けて駆け出す若き勇者の残影は、静かなる賢者の心を燃え上がらせる。そして精神力の燃焼は、強き魔力のさらなる捻出を促す。シリカの騎士剣に纏われる、紅きエルアーティの炎の魔力もそれによってさらに濃度を増す。


 勇者とは何か。その存在を以ってして、共に戦う者の心に希望をもたらす人物のことだ。

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