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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第16章  ひとつの歴史の終楽章~フィナーレ~
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第257話  ~最終決戦① さらば勇者~



 上天からアルケミスが放つ無数の火球は、流星群のように地上の三人の騎士を一斉に襲撃する。一つ一つが隕石のような速度、人一人を飲み込むほどの大きさ、それらを素早く地を蹴って回避したのち、上空の大魔導士に向けて跳躍した一人がいる。勇騎士ベルセリウスだ。


 何もない空中を、まるで階段を蹴るかのように踏んで跳ぶ魔法を駆使し、一気にアルケミスのそばまで駆け上がったベルセリウス。その鋭い騎士剣の一撃を、アルケミスも構えた杖で受けおおす。白兵戦が本職の騎士、それも人類の中でも指折りの実力者ベルセリウスが相手では、流石に杖術の達人アルケミスも分が悪い。受けた拍子に後方へ身を逃し、杖と剣がぶつかった瞬間に吸った息を、ベルセリウスに向けて吹き付ける。吐息は一瞬で炎に変わり、瞬時に膨れ上がって紅蓮業火となり、まるで竜の吐く炎のようにベルセリウスに襲いかかるのだ。


 冷静に、ひとっ跳びでアルケミスを跳び越えるベルセリウスは、炎のブレスを回避するままにアルケミスの後方上空へ移動。そこから空中座標一点を蹴飛ばし、背を向けたままアルケミスの背後から飛来する自らを作る。振り返らずしてアルケミスを射程距離内に捉えた瞬間、振り向きざまの騎士剣で首を刈る一太刀を薙ぐ手腕は、まるで背中に目がついているかのようだ。


翡翠色の(ネフリティス)――!」


 こちらも振り向きざま、構えた杖でベルセリウスの一太刀を受けたアルケミスは、重き剣撃に押され、あるいは衝撃を逃がすように身を逃がす。その行き先へと、エルアーティが空中座標点にいくつも作った、石の踏み台を蹴って到達しにかかる法騎士がいる。その口が詠唱する必殺の一撃は、声を聞かずともアルケミスは魔力の気配から感じ取っている。


勇断閃(ドレッドノート)!」


 剣身よりも遥かに長い、切断の魔力の凝縮体を剣とともに振り抜くシリカは、空中に巨大な三日月型の残影を描いた。抗魔の力で対処しようとせず、浮遊魔法で自らの肉体を急上昇させるアルケミスの回避方法は正解だ。万物を切り裂くシリカの必殺剣、精霊の力を上乗せした絶対的な威力は確かで、恐らくまともに受けきろうとすれば、貫通して自らの体ごと真っ二つにされる。


 シリカから距離を取った空中一点に身を逃したアルケミス。浮遊の魔法を行使し続けるアルケミスの体が、突然に沈み込んだのが直後のことだ。よし、と眉を動かすエルアーティの張り巡らせた聖戦域(ジハド)、その一端に触れたアルケミスは、超重力を生じさせるエルアーティの罠を踏み、浮力以上の力で地上へと引き寄せられていく。


 アルケミスの落下予測地点に駆けていたユースが、地に足を着ける直前のアルケミスに、この上ないタイミングで騎士剣を向かわせた。賢者の周到な罠に舌打ちし、苦々しい想いを抱きつつも、アルケミスはユースの一太刀を杖で殴り返してはじく。まだ青い。戦闘本職の騎士相手とはいえ、二十歳そこらの若造の剣術にひけを取るほど、魔王軍との戦いで勘を培ってきた大魔導士の杖術は甘いものではない。


 地面に着地した衝撃を魔力で緩衝、すかさずユースの喉元へ杖先を突き出すアルケミスに、ユースは盾を構えて応戦。重い突きだが堪えられる程度の威力、しかし盾と杖先がぶつかり合った瞬間に、杖先で炸裂しようとしている魔力の気配には、ユースの全身の血が凍る。直感した一瞬、もはや察してから何らかの対処を組む時間など残されていない。


 杖先と盾の接点で発生した大爆発は、一気にユースを吹き飛ばして肌を焼く。もはや警戒心から無意識に盾に纏わせていた英雄の双腕(アルスヴィズ)の魔力がなかったら、爆発による熱で全身を火だるまにされていただろう。盾と杖先の接点で発生した爆発、その熱と爆風を抑圧してくれた盾の魔力に命を救われ、しかし大きく吹き飛ばされたユースは肩口から地面に叩きつけられる。その勢い任せに後転し、すぐに立ち上がれる体勢に落ち着く受け身の取りようは、ユースが身につけてきた泥臭い技術の賜物だ。


 しかし次の瞬間、ユースの後方と側面に、突然地表から立ち上る黄金の壁。コの字型にユースの背後と側面を壁が包み、逃げ場を失ったユースの正面、冷徹な瞳を光らせるアルケミスの姿がある。周囲の異変に一瞬気を取られ、アルケミスの姿を視認した瞬間には、逃れようのない死の魔法がユースに向けて放たれている。


遅延(ディレイ)! ユース、逃れなさい!」


 アルケミスからユースに向けて放たれた、英雄の双腕(アルスヴィズ)では到底凌げぬとすぐわかるほどの、蒼い炎の特大砲撃。それはユースの眼前、少し離れた場所で、唐突に勢いを弱めた。遠方からアルケミスの魔力に介入したエルアーティが、アルケミスの蒼い炎の砲撃を抑圧し、ユースへ到達するのを数秒遅らせている。


 エルアーティの大声に導かれるまま、コの字型の袋小路から前に逃げ込み、横へユースが身を逃した瞬間、エルアーティの魔力を押し破ったアルケミスの砲撃が前方へと猛直進。ほんの僅か前までユースのいた場所を、黄金の壁にぶつかった蒼い炎が火柱に変わり、触れたものを灰にする業火の様を見せたことに、ユースの心臓がばくばく打つ。エルアーティが助けてくれなかったら、間違いなく死んでいただろう。


 上空から剣を振り下ろして迫るベルセリウスに対し、後方へ逃れて回避するアルケミスだが、地を蹴ってすぐさま距離を詰めるベルセリウスも速い。まともに接近戦を仕掛けては分の悪い相手に、アルケミスは距離を作ろうとするものの、ベルセリウスは決して逃がさない。一度大きく後方に逃れると同時、自分とベルセリウスの間に溶岩の壁を作り出すアルケミスだが、魔を退ける退魔聖剣(エクスカリバー)の魔力を纏う勇騎士の剣は、溶岩の壁をも突き崩してアルケミスへと差し迫る。


 別角度から自らに迫ろうとするシリカに向けて杖を振るい、彼女の前方や周囲に火柱を爆裂させる魔法で牽制。シリカの自らへの到達を数秒遅らせたアルケミスは、胸を貫きにかかるベルセリウスの騎士剣の突きを、構えた杖で真正面から絶妙に防御。突かれる勢い任せに後方へと勢いよく跳ぶアルケミスは、壁面に足の裏を着地させる形でぶつかり、蹴り返す勢いで上空に逃れる。際してエルアーティの聖戦域(ジハド)に触れ、空中のアルケミス目がけて無数の稲妻が多角から放たれるが、杖の一振りで起こした魔力の波動により、それらを一斉にはじき返す手腕は見事なものだ。


黒滅球(ブラックホール)……!」


 アルケミスの掌から放たれる、小さな漆黒の魔力の塊。それは広大な謁見の間の中心へと飛び、低空地点に急停止した瞬間に大きく膨らんだ。誰もがそれに目を奪われ、その真上にアルケミスが身を逃した瞬間、人が抱きかかえられぬほどの大きさに育った黒球が、凄まじい引力を発生させる。謁見の間の大気を一気に引き寄せ、嵐の様相をもたらす黒球は、三人の騎士と賢者をも自らへと取り込もうとする。


 黒球から遠いベルセリウスは腰を落として耐え、比較的近いシリカは急な引力に対し、剣を床に突き立てて踏ん張っている。両者の髪がばたばたと黒球に引き寄せられるようにはためく中、床に転がる白金城内の残骸が黒球に勢いよく引き寄せられていく。そして黒球に触れた瞬間、強固な貴金属が粉々に粉砕された光景からも、黒球に招かれて触れれば死を意味することがわかる。両者とも、歯を食いしばって耐えている。


 引力の嵐の中、たった一人空を駆けるエルアーティが、体を浮かせてしまい黒球に引き寄せられ始めたユースのそばへ舞う。念じたエルアーティが、ユースと黒球の間に地表から突き立つ銀の壁を召喚。黒球に引き寄せられる勢いのまま、不動の銀の壁に叩きつけられたユースは表情を歪めるが、白金をも破壊する黒球に触れさせられるよりは余程まし。


飽和召喚(バリエントラビッシュ)!」


 閃きと思いつきの即興魔法をエルアーティが発した瞬間、彼女の両サイドに発生した空間の亀裂から、埋立地を逆さにしたかのように無数の鉄塊が溢れ出る。形状も大きさもばらばら、魔力の込め具合も適当で脆々しいガラクタの山だ。しかしそれを引き寄せる黒球の力により、次々溢れる鉄屑が黒球へと飛来し、触れた瞬間無残に砕かれていく。魔力の無駄遣いとさえ思える光景であり、意味のある魔法には見えない。


「流石と言うべきか……!」


魔壕(ドグアウト)


 黒球の引力に抗い踏ん張るベルセリウスとシリカ、動けぬ二人へ稲妻の魔法を上空から放つアルケミス。二人の周囲を魔力障壁で包み込むようにするエルアーティが、友軍への落雷を届かせない。その間にも空間の亀裂から溢れる鉄屑はとどまることを知らず、次々と鉄塊が黒球に飲み込まれて粉砕されていく。それに伴い、徐々に黒球が小さくなっていくことが、エルアーティの狙いが成功していることを物語っている。


 さらに黒球に自ら吸い寄せられるように直進、自身の掌と同じほどの大きさになった黒球を、平手ではたいて消し飛ばすエルアーティ。引力と破壊を形にするため、黒滅球(ブラックホール)の擁する魔力にも限りがあるということだ。無尽蔵の重き鉄屑を粉砕し続け、破壊の魔力をそれに費やしきった黒球は、エルアーティにとって容易に消し飛ばせる魔法に過ぎない。謁見の間を支配していた引力の嵐は黒球とともに消え去り、黒球上空のアルケミスを見上げたシリカの目先、一足早くアルケミスへと跳躍したベルセリウスの姿がある。


「アルケミス……!」


「来い、ベルセリウス……!」


 空を駆け、かつての親友に迫り、杖と騎士剣を交錯させる勇騎士ベルセリウス。冷静沈着が常の表情、そう知られるアルケミスが、まるで好敵手に負けてなるかと意地の眼差しを返し、勇者の騎士剣をさばきながら身を逃がし、至近距離の魔法を撃ち返す。退魔聖剣(エクスカリバー)の魔力纏いし剣で、放たれる魔法弾を撃退し、アルケミスを逃さず迫り寄るベルセリウスを追うように、シリカも地を蹴り空へ舞う。空中座標上、エルアーティが的確に召喚した浮遊石の数々を足場に、若き法騎士が挑戦者としてアルケミスに立ち向かう。


 法騎士シリカの剣をかわし、勇騎士ベルセリウスの剣を杖で受け、吹き飛ばされたアルケミスが両者に向けて放つ大型の稲妻砲撃。万物を断つ魔力を得たシリカの騎士剣の振り上げが、大魔導士の一撃を真っ二つにし、自身と勇者の共を守り抜いたのがすぐ直後の光景だ。






 名高き勇者様、慕い続けた法騎士様が、魔界の王に差し迫る空中の戦いを、ユースは見上げて見届けることしか出来ない。アルケミスももはやユースになど目もくれず、手の届かぬ上空でベルセリウスとシリカへの応戦に専念している。まるで蚊帳の外につまみ出されたかのような心地で、上天を見上げるユースの周囲へは、空で戦うアルケミスの放つ魔法、その余波や流れ弾ばかりが落ちてくる。


 狙いが自分ですらない、稲妻や火球、岩石の槍を降り注がされ、参戦もしていないのに命の危機に駆け回らされる地上のユース。ひとつの火球を回避した先、絶妙な流れ弾の大石落盤が、逃れ切れないユースに一直線。盾を構えてはじくしかないと歯をくいしばるユースの眼前、横入りしたエルアーティが落盤に掌をかざし、取消(キャンセル)の魔法で岩を消し飛ばす。


「無力を嘆く?」


 振り返らずに後方のユースに語りかけるエルアーティが、意識しかけていた想いをユースの胸から引き出す。討つべき敵に近付くことすら出来ず、蚊帳の外で余波の脅威から逃げ回るばかり、挙句の果てには戦力として有能な賢者様の手を煩わせ、守ってもらう始末。アルケミスにとっても脅威となりえる勇断の太刀(ドレッドノート)の剣を振るい、魔王に立ち向かうシリカと、そのそばで戦うベルセリウスの姿を眺めて歯がゆい。かつて憧れた中衛上がりの勇騎士様、ベルセリウスは共闘する者に動きを合わせるのが流石上手く、シリカの動きが最大限アルケミスを追い詰めるように導いているのが、中衛本職のユースにはよくわかる。


「シリカのそばにずっといたのはあなただったのにね」


 意地悪な声色でユースを揺さぶるエルアーティは、両手を操る後ろ姿全身から魔力を放ち、空中戦に臨むシリカとベルセリウスをサポートしている。ベルセリウスの一太刀をかわしたアルケミス、その後方上空から彼を撃ち抜く稲妻はエルアーティの魔法だろう。その稲妻を回避したアルケミスの動きが乱れたところに、空中を駆ける足場をエルアーティに作ってもらうシリカが、無駄なく攻め気で立ち向かえている。


 偉大な勇者様、賢者様、精霊の加護を得た誰よりも信頼できる人。三人と手を組み、魔王撃破に臨んだ戦い。意識しかけても考えぬようにしていたが、やはり自分のような未熟者では場違いだったのだろうか。構えた剣を降ろすことはしなかったが、自分がここまで来たこと自体が何の意味もなかった気がして、騎士剣の握る手もわなわなと震えそうなユース。振り返らなくても、そんなユースの想いはエルアーティにも想像できる。


「悔しがるにはまだ早い。あなたはまだ、何も始められてなどいない」


 上空のアルケミスが、交戦する二人と大きく距離を取った瞬間、自分の目の前で巨大な爆発を起こす魔法を展開。ラエルカンの一角広くを一瞬で虚無に変えた、爆滅(エクリクシス)の大魔法の爆風は、地上に立つユースの目の前をも光でいっぱいにする。エルアーティが目の前に展開する、魔法障壁によって守られていなかったら、その一撃でユースは為すすべなく灰にされていただろう。


 まぶしさに溢れた眼前を片腕で覆っていたユースが、はやる気持ちで爆発の晴れた上空を見上げれば、ベルセリウスもシリカも生きている。退魔聖剣(エクスカリバー)勇断の太刀(ドレッドノート)、いずれもアルケミスの生み出した熱と風を切り裂き、自分自身を守るための力としてはたらいている。思わず地上のユースを見返し、無事を確かめるシリカの姿があるほどに、彼女も魔王に抗うだけの力と余念を見せている。


「生き延び続けなさい。必ずあなたの存在が、必要になる時が訪れる」


 爆風を退けた直後の騎士二人を目がけ、魔法攻撃を展開しようとしたアルケミスの周囲に現れる石槍。先制攻撃を仕掛けたエルアーティが石槍をアルケミスに差し向け、最速の攻撃をアルケミスに許さない。聖戦域(ジハド)の魔力を空間上に張り巡らせたエルアーティのサポートは、敵を好きに動けるようにはさせない抑制力に真骨頂がある。


 逃げ場の無い石槍の集中放射に、舌打ちとともに杖を振るったアルケミスがそれらを吹き飛ばす。その一瞬の隙を突き、差し迫るベルセリウスの一太刀がアルケミスに回避を強いる。続くシリカの攻撃も、大きく体を逃がしてかわすしかないアルケミスは、最善の攻撃機会を逃す結果になる。


「信じることよ。ここまであなたが来た事に意味があり、それを導いたあなたの運命力を」


 かつて魔王マーディスの討伐に赴いた4人の勇者、その中にあったベルセリウスも今のユースと同じだった。敵を討つ決定力はなく、死を免れるために動いた時間の方が多かった。それでも彼がそこにいてくれたことで、人類が勝利を勝ち取れたのだ。勝利を手にするために必要なこととは、何も仲間を窮地から救う奇跡的な防衛力や、敵に決定的な一撃を与えた功績ばかりではない。


 かつてベルセリウスに憧れたこともあったはずのユース。そんな彼だからこそ、戦場に立ち並ぶことが出来た者に無意味はないと気付けるはず。エルアーティは、確信めいて信じている。






「流石だな、ベルセリウス……!」


「アルケミス……!」


 親友と互いを認識し合う二人、死闘の中で交換する両者の表情は対極的だ。意地を張り合うように力を高め合った旧友との最後の力比べ、押されている事実にも充足感に満ちた表情のアルケミス。これでいい、そう心から感じるからこそ、押し切れない悔しさよりもそんな感情が先立つ。対するベルセリウスの、こんな形で親友と殺し合わねばならぬ現実に歯ぎしりする表情、そんな想いも受け取りながら。


 二人だけの戦いならば、どちらに軍配が上がってもおかしくない戦いだっただろう。だが、シリカがいる。ベルセリウスほどの戦士でも、必ず僅かに生じるはずの隙、アルケミスのような歴戦の者にしか見抜けないほどの僅かな隙も、的確にシリカが差し迫らせる騎士剣が埋め合わせる。真っ向から受けられないシリカの太刀を回避した動きに伴い、あるはずのベルセリウスの隙を突けないアルケミスにとって、苦しい状況だ。


 アルケミスもわかっている、人の世のため、師や親友の世のためには自身の敗北こそが最善なのであると。それに殉じず、膠着状態の戦況を覆し、逆転への一撃に賭けてしまうその想いは、好敵手とも言える友人であったベルセリウスに対する、一人の男としての意地によるものか。ベルセリウスの剣の突き、前に生じさせた魔法障壁で受けると同時、衝撃を受け取って後方へ大きく吹き飛ばされるアルケミスは、玉座上空の壁に自ら背中からぶつかり、同時に二人から距離を取る形を作る。


「すべては運命の導くままに……! 死は終わりではなく、新たなる世界への旅立ちだ……!」


 アルケミスの眼前に集まる無尽蔵の魔力。発動寸前から既に、対立する人類四人の心臓をわし掴みにし、死を予感させる大魔法。二度この魔法を目にしたエルアーティとて、魔法発動地点から距離のある今の状況下、新たな対処法を導き出さねばならない。しくじれば、全員死ぬ。


終末の光(コスモフレア)!!」


排斥(エクスペル)!」


 理を知るアルケミスの最大爆裂魔法に対し、エルアーティは前方に魔力の道筋を作り出す。起爆点を中心に、全方位に超光熱と爆風を放ったアルケミスの魔法に対し、それを受け流す構え。エルアーティとその後方のユースを襲うはずだったそれらは、エルアーティの眼前で割れ、彼ら彼女らに被害を及ぼさず周囲のすべてを光熱と圧風で破壊していく。白金の床さえもが爆風でひび割れるほどの破壊力は、謁見の間の頑丈な壁をもばきばきと砕いていく。


 対処したのは自分達に対してのみ、上空のベルセリウスとシリカへは何の施しもない。アルケミス自身が生み出した爆炎は、術者の視界も遮るものであり、アルケミスと騎士二人の間にはエルアーティが介入しなくていいのだ。エルアーティは信頼している。大精霊の力を携えたシリカの剣は、必ずアルケミスの大魔法をも切り裂いてくれると。


 翡翠色の勇断閃ネフリティス・ドレッドノートを叫んだシリカの声は爆音にかき消されたが、吠えるように唱えたその魔法の力は実現されている。光と炎で一瞬満たされきった、謁見の間は何一つ視認できる状況ではなかったが、シリカの騎士剣が描く巨大な三日月形の残影は、エルアーティの感知力にも見届けられた。大魔導士の作り上げた、絶対的な破壊熱風を切り裂いたシリカの行動が、ベルセリウスとアルケミスを繋ぐ直線路を切り拓く。


 終末の光(コスモフレア)を凌がれたとして、そこへ追撃の魔法を放たんとしていたアルケミスの眼前に、ベルセリウスが迫る方が早い。シリカが終末の光(コスモフレア)を破ると信じ、守りもせずに迷い無き前進に踏み込んだベルセリウスの行動は、完全にアルケミスの命を手中に収めている。


 何も言わず、騎士剣を振り下ろしたベルセリウス。杖を構えて防ごうとするも、遮るには間に合わぬアルケミス。無言の決着、その瞬間に、両者の間でさよならだの一言が交錯したのは、気心知り合った者同士が稀に通ずる、語らずとも伝わり合う不思議な意志の疎通だったのか。


 決着の時は訪れた。ベルセリウスの剣は、アルケミスを肩口から腰元までばっさりと切り裂いた。あまりにもその傷は深く、もうほんの少し刃が深くアルケミスに食い込んでいたら、彼の体が二つに分かれていただろう。人としての体を持つ"大魔導士"アルケミスにとって、それは間違いなく致命的な傷だった。騎士剣の一振りを最後に、空を蹴ってアルケミスから離れるベルセリウス。その前で、ぐらりと体を前に傾けるアルケミスが、必死で顔を上げて正面のベルセリウスを見上げている。


「ッ……これで、いいんだ……」


 浮遊の魔力で我が身を浮かせていたアルケミス、その体がゆっくりと、重力に勝てずに地上へと落ちていく。最後の言葉に込められた、人類にとって敵でしかなくなった自分の滅却、それこそ正しい道だと言い表すアルケミスの真意。親友であったその男の死を、その手で導いたベルセリウスの胸中たるや、弟子二人と親しかったエルアーティですら迫真に知れるものではない。


 床に降り立つアルケミスは、かろうじて膝をつき、倒れぬままにしてエルアーティを見据えている。その時、彼が見せた穏やかな笑顔が、人としてのアルケミスの姿を見られる最後の光景となった。




「傀儡と呼ぶには惜しいほどだった」




 息をすることも難しいほどの傷を負ったアルケミスの口が、極めて流暢に言葉を紡ぎ出す。さらにはその声、アルケミスの声色に混ざり、おどろおどろしい何者かの低い声が二重に響き、彼の中に内在していたもう一つの存在が、ついに外界にその存在を表した瞬間だ。


 魔界レフリコスの中心、白金城の王の間いっぱいに響く、声量なくとも在する者の魂に響いた声。シリカやユースが鳥肌を立てる中、眼差しにさらなる鋭さを宿したベルセリウスが、空中から勢いよくアルケミスへと舞い降りる。振り下ろす剣が狙いすましたのは、親友アルケミスではなくもう一つの存在だ。


 満足に動かすことも出来ぬはずであろうアルケミスの体が機敏に動き、片膝をついたままで杖を振り上げる。重力任せに上天から迫り、速度のままに振り下ろされた勇騎士の重い一撃。それを細腕が力任せにはじき返す怪力は、間違いなく人体が繰り出せる普通のパワーではない。


 アルケミスの声と同時に響く、悪魔のような低い声の主をベルセリウスは知っている。剣を退けられ、空中座標を蹴って離れたベルセリウスが、ひび割れた白金の床に着地する。上天から舞い降りたシリカ、エルアーティが高度を上げると同時、障害物なくアルケミスを見据えるユース。地上三人の騎士の立ち位置はまばらであり、しかし誰もが各々の角度から、アルケミスから目を逸らすことが出来ない。


 ゆらりと上体を起こして立つアルケミス。その胸と腹を深く開いていた残酷な傷口に、突然金属の(かすがい)のようなものが突き刺さる。数個のコの字型の金属が、大きな傷口を閉じるように締め上げ、ぎゅっと絞られたアルケミスの傷口は、おびただしい血を吐かずに滲ませる程度に留める。


「我が手の配下と呼ぶよりも、相棒であったと呼ぶべきなのだろうな」


 エルアーティの目にははっきりと映っている。アルケミスの背後に立つ、禍々しい何者かの影を。本来肉眼では視認できない、霊魂の気配でしかないその存在は、己の宿るアルケミスの肉体、口を通じて言葉を発している。見えぬものを目にする大魔法使いの眼力が見据えるそれは、まるで弟子の肉体を操る悪霊だ。


暴露(リヴィール)


 エルアーティの据わった目が光った瞬間、ざあっと彼女の背後から吹いた風が、アルケミスへと纏わりつく。その風はアルケミスの背後に姿を現した、不可視の霊魂存在の周囲に渦巻き、風のうねりがその姿をあらわにする。風が吹き、アルケミスの法衣がはためく中、騎士達の目の前にもその存在の姿が明らかになる。


 黒豹のような頭、耳の代わりに襟のように広がる角、闇の底を覗いたような真っ黒な全姿。人の顔がいくつも溶けて混ざったような、不気味な形状を胸元に添えるそれは、アルケミスの背丈の倍ほどの高さを人の背から立ち上らせている。肩口から生えた計四本の腕の先には、かぎ爪を携えた4本の指。風に晒され、姿を現したその存在は、姿形だけで対立する者に畏怖をもたらす気迫を纏っている。


「魔王……っ!」


「気安く呼ぶな」


 喉の奥からシリカが声を漏らした瞬間、アルケミス背後の魔王はぐるりとシリカの方を向く。その赤く鋭い目が光ると同時、霊魂全身から凄まじい魔力の波動を放った魔王の力が、不届きなる法騎士を後方へと大きく吹き飛ばす。


 壁面に背中から叩きつけられたシリカが、けはっと痛烈な悲鳴をあげた瞬間にも、ベルセリウスは魔王から目を逸らすことが出来なかった。吹き飛ばされたシリカを気遣う以上に、目を逸らした瞬間に取られる予感が強すぎたからだ。シリカさん、と叫んで彼女を見返してしまうユースの行動は、敵から感じられるはずの気迫を思えば迂闊なものとさえ言える。


「ここからだ……ここまで来たことを、悔いる時間も与えぬぞ……」


 アルケミスの口を介して低く唱えるとともに、魔王の魂は三人の騎士を、一人の賢者をぐるりと見渡す。死したアルケミスの肉体、それを離れたアルケミスの魂を呑み込み、肉体と自らの精神を繋ぐ役割を魔王の霊魂が果たす。人であったアルケミスの精神は、肉体の死とともに魔界の闇に沈み、彼の肉体は完全に魔王の手に渡っている。


 冷徹な表情が常のアルケミスが、にやりと不気味に笑ったのも、現世に再び現れた魔王の喜びが表されたものだ。杖を一振り、傷ついた人間の肉体を自由に動かせることを確かめた魔王は、四本の腕を広げて指先をごきごきと鳴らす。


「さあ、遊んでやろう……! 愚かなる人間ども!」


 大魔導士アルケミスの完全なる終わり、支配の魔王の完全なる復活。立ち向かう人類の前に現れし、最後にして最大の悪峰は、魔界を揺らす王の咆哮とともに目の前にある。

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