第255話 ~新次元へ~
コズニック山脈。人類史なるものがこの世に生じるより前から、広くこの地方を縦断していた山々の連なり。そんな山中に生じた一つの集落は、やがて山に住まう人々の大きな集まりへと育ち、いつしかひとつの国家として成立していくこととなる。過去に実在したその王国の名は、レフリコスと呼ばれていた。
山中の魔物達を退け、大地を拓いて大きな都を築き上げた軍事力を持つレフリコスは、知り尽くした山の地の利も相まって堅固な大国であり、他国からの侵略を許さぬまま強大な富国へと育っていった。やがてはその圧倒的武力で以って、隣国への侵略へと乗り出し、支配領域をさらに拡大していく。属国の血と財をすすり、際限なく肥大していく大国レフリコスは、まさにコズニック山脈の支配国家として名を馳せていた歴史があった。
支配されし属国、レフリコスからの侵略を恐れた隣国、それらの同盟襲撃により、やがてレフリコスは国王を討たれ、支配の歴史に終止符を打った。それと同時に、レフリコスこそが世界の王と信じていた民の心は討ち砕かれ、同時に国としての命運も尽き果てる。絶対的君主の陥落に絶望した民は、自害や狂気に捕われた末に次々と命を失い、国家を形成する民という存在を失ったレフリコスは、その日歴史の表舞台から完全に滅亡して消え去ったのだ。
しかしレフリコスの民の魂は、精神に刻み付けられし、支配者の楽園に生きた金色の日々を忘れられなかった。恐れるものは何もない、絶対的主君が力で以って祖国に利潤を招き、潤される一方でしかなかった最高の楽園。支配者の側であったことを、生まれた時から当然であると信じて疑わなかったレフリコスの民、それらの魂は、肉体の滅せし後も現実を受け入れない。我らこそ支配者、その過去に妄執する魂の数々は未練を抱えたままレフリコスの地に留まり、やがてその想いが新たなる世界を作り上げる。
無数の魂、それらが抱える精神の願望、それが再び理想郷を作り上げる。白金の王城、主君の像、荘厳なる教会。それらによって導かれた安寧の都、賑やかな中央市場、美しい市街地、何者の侵略も許さぬ軍事力。この世にはもう存在しない、最も輝かしかった頃のレフリコスの姿が、魂の記憶が具現化された形となって、再びこの世に蘇る。王の死、民の死、国家の死、それによって現世への存在を切り離された、魂とその精神が思い描くユートピアは、現世から隔離された空間上にやがて作り上げられた。"魔界"レフリコスは、そうして隔絶された空間下に生じ、レフリコスの魂の楽園として存在するようになった。
支配叶わず無念のまま果てていった者達の魂。広い世界のどこかには、かつてのレフリコスの民のような、そんな哀れな魂が常に存在し得るのだ。そんな同胞の魂を、魔界レフリコスは歓迎するかのように招き寄せる。いち集落を襲撃しようとして返り討ちにあった盗賊、革命を起こそうとして鎮圧された反乱者、巨万の富を築き上げるための賭けに失敗して地を這う脱落者。思い描いた支配の未来図に手を届かせられず、口惜しく死に至った者達の無念を受け入れるかの如く、そんな者達の魂を魔界レフリコスは呼び集める。
支配者の側に立ち続けたまま、現世と隔絶された世界で永遠に存在できる魔界レフリコス。ある日は安寧、次の日も平穏、またその次の日も泰平。毎日がお祭り騒ぎで酒を呑み、尽きぬ金を使い、自らを脅かすものは何も無い究極の幸せ。そんな夢を受け入れた魂に見せてくれる魔界とは、現世から見ていかなる存在と認識されても、支配夢見て叶わず堕ちた魂にとっては、最後の救いの地と呼べるものであっただろう。
転機が訪れたのはある時のことだ。魔法都市ダニームに生まれ、金術による不当な利潤を貯えた罪人、パエル=アトイン=ユーマは、祖国に追われてコズニック山脈の最奥地まで逃げ込んだ。そこはかつて、国家レフリコスが実在した跡地であり、魔界レフリコスもまた"そこ"にあった。その地で倒れたパエルの前に、かつて栄えた国家レフリコスと同じ都の姿が現れたのは、支配者の側に立った幸せの日々への未練を引きずるパエルの魂を、魔界レフリコスが受け入れたからだ。生者のまま魔界へと歓迎されたパエルは、蜃気楼のように現れた魔界に到達した末、傷ついた命を途絶えさせ、息を引き取った。
魔界に迷い込んだ唯一の実体、支配への夢を捨てきれない者の魂を擁した肉体。お前もそうだったのか、つらかっただろう、苦しかっただろう。自分達と同じ無念のもと、魔界の片隅で死を迎えた者の肉体から魂が離れたその時、魔界レフリコスにあった多くの魂が群がってくる。強いシンパシーを感じた魔界レフリコスの魂は、哀れむようにしてパエルの亡骸へと集まり、ほどなくして無数の魂が密集する形となっていく。
隔絶された世界の中、現世の残り香に触れた魂を、夢から覚ましたのがその出来事だった。閉じた魔界の中、永遠に変わらぬ安寧を謳歌していた魂の多くに蘇る、人の心が持つ果てしなき欲望。レフリコスがそうであったように、持たざる者が支配を夢見たあの頃のように。永遠の安寧に満足していた霊魂の数々は、現世の存在に触れたその瞬間、魔界レフリコスの外の世界を認識し、本能とも呼べる支配欲を取り戻した。
集いし魂は、やがて新たなる時代の王を作り出す。魔界レフリコスの外へとその手を伸ばし、広き世界を支配下に置くための象徴、主君、魔王マーディスを。かつて滅びた大国レフリコス、最後の王の名、マーディス=ネレヴォーグ=レフリコスを冠して。支配国家が滅びたあの日、最大の無念を抱いて果て、魔界の安寧ですら満足できなかった、強欲な王の記憶を頼りに。
「形あるものはいつか必ず壊れ、命あるものはいつか必ず死ぬ。しかし、ここにはそれが無い。何も朽ちない、生まれない、時が止まったような世界。それはこの魔界が、レフリコスの魂が望む世界を形成するだけの、現世の時の流れと隔絶された世界だからです」
風は吹かず、物は朽ちず、命は生まれず絶えもしない。11年前にベルセリウス達が訪れて以来、何一つ風景を変えぬ魔界の様相を、アルケミスはそう説明する。魔王となり、実在した国家レフリコスの歴史を知り、魔界の真理を知り届いた大魔導士の言葉を、エルアーティは黙って聞き受ける。
死した者達と王国の楽園、それがかつての魔界レフリコス。死体をもう一度殺すことは出来ない。生きた者たちと決して交わるはずのなかった世界は、永遠の不変の世界であったとアルケミスは言う。生者であった魔法使いパエルが迷い込んだことは、完成されすぎた魔界が無念の魂を引き寄せる力を手に余らた結果、歴史上でも初めてかつ異例の出来事であったと、今の魔王たるアルケミスは知識として獲得している。
「魔王たる生者の誕生が、不変の楽園であった魔界の時を動かした。魔王マーディスの最後の記憶、滅びた都レフリコスの歴史が蘇り、今の姿へと魔界を変えてしまった。新たなる主君の思い描く、魔界の新たなる真実の世界は、周囲の魂の嘆きを退け、楽園を奪い去る」
悠久の平安なる夢の世界に漂っていた、魔界レフリコスの魂の前に現れた、支配の終わりを象徴するかのような光景。支配国家レフリコスが滅びたあの日の、焼かれた都、砕かれた武力、国民の血。夢から覚めた魂の数々を、魔王マーディスは力強く統率する。これが真実のレフリコスであると。支配とは、閉じた世界の中で安穏と過ごすことではなく、その手で勝ち取るものであると。掲げ唱えられた魔王マーディスの言葉は、根幹に支配への渇望を根差す魂の数々を従える。
「新たなる魔王軍が形成された後も、決してマーディスは魔界の様相を書き換えなかった。滅ぼされたあの日の無念を忘れぬために。それが魔界レフリコスに刻まれた魔王の記憶として残り、今なお我々の前に、貴方達の前にこうして在る」
レフリコスの王が討たれたあの瞬間のまま、時を止めたレフリコスの姿こそ、王国滅亡の日の王の無念を強く強く刻み付けたキャンパスなのだ。魔王討ち果たされし今になっても変わらぬ、夕暮れに焼かれるレフリコスの滅びた情景は、かつての王の意志を引き継いだまま、今もその姿のままたたずんでいた。
過ぎ去った無念の過去を乗り越え、世界の全てを支配の手中に収めんとする魔王の意志が、魔界の主には内在する。大魔導士アルケミスとして、知り得た歴史を語り溶くその目の奥、邪悪なる支配欲に満ちた何者かの魂を、エルアーティは見据えている。時間がないと口にしたアルケミスの言葉の意味も、対峙するエルアーティには伝わっている。
「それが、魔王となったあなたが得られた真実なのね」
「はい。大国レフリコスの実在、魔界の誕生、罪人パエルの関わり、魔王権現、支配の意志。推察ではなく、知識として獲得することが出来ました」
瞳の奥に潜む、魔王の魂の色にも勝る、恍惚の眼差しを浮かべるアルケミス。知られざる歴史、時を超えた真実への到達。智を深めることこそ、魔導の究明に繋がると信じて生きてきた大魔導士の理念において、誰の手にも届かなかった真実を手にすることが、いかに価値深きことかは底知れない。
魔法使いや魔導士に限らず、得た知識を人に話す時の人間というものは気持ちが良く、本当に良い表情でアルケミスは語り明かしてくれた。冷徹にさえ思えるほど、感情を表に表さない大魔導士の表情の機微など、付き合いの長いエルアーティか、ベルセリウスやジャービルでなければ読み取れないだろう。その一人であるエルアーティが、アルケミスの表情の奥に抱いた喜びの感情を受け取って抱く想いとは、愛弟子の喜ぶ顔を見られた嬉しさと、そんな彼の顔を見るのも最後だという寂しさの両方だ。
「魔王となって、悔いはなかったの?」
「愚問では?」
「聞かせて頂戴。あなたは満足しているの?」
アルケミスのことは誰よりもわかっているつもりだ。親しき人々に反し、人類すべてを敵に回してでも、どうして彼が魔王などという存在に生まれ変わることを望んだか。エルアーティには踏み込めなかった決断、しかし学者としての好奇心を代入して考えに至れば、アルケミスの望んだ目的は理解できてしまう。
「真実に辿り着くことが出来たのです。後悔など、するはずがありませんよ」
皮肉でも強がりでもない、穏やかな表情で、お気になさらないで下さいという柔らかな言葉を返すアルケミス。我が身を案じてくれる師に対してだ。
魔王とは何か、魔界とは何か、決して人の推測の中では確たる解答を得られない命題。魔王そのものになることによって、それを解き明かしたアルケミスの願いは、確かにこうして叶えられた。それそのものが目的だったアルケミスにとって、至福こそあれど後悔など無い。
たとえ人類の敵だと永遠に見放されようと、盟友であった勇者ドミトリーを手にかけることになろうとも、アルケミスが目指したかったこと。それは、知ること、虎穴に入らずんば虎子を得ず。魔王マーディス討伐後、魔界の真を解き明かそうとして単身魔界へと乗り込んだかつての日、アルケミスの好奇心に目をつけた魔界の住人――夢魔ウルアグワの囁きは、彼を魔王として生まれ変わる道へと導いた。文字通り、魂を魔界に売り渡したアルケミスの目的とは、魔王となることで、魔界と魔王の真髄を知識として得ることだったのだ。
「アル」
この呼び方で、彼を呼ぶことが出来るのも今日が最後だろう。目の前にある一つの存在、しかしその中に渦巻くもう一つの魂。魔界の主となってなお、人としての表情と信念を掲げ続けるアルケミスは確かに存在する。しかし、彼の行動を選ぶ魂は、人間の魔導士アルケミスの魂だけのものではないと、わかっている。
アルケミスの目的と、彼がドミトリーを殺したこと、エルアーティを滅そうとしたことには因果関係がない。得た知識を、これほど楽しそうに話してくれたアルケミスという人物が、エルアーティを滅そうとした行動というものは、アルケミス自身の意志による行動ではないのが明らかだ。あくまでもアルケミスは人間であり、人の歴史にわざわざ害為すことを、そもそもの目的に持つような存在ではない。
「魔王の魂は、どれほどあなたを蝕んでいる?」
「もう、殆どです。魔王としての魂は間もなくして、私の魂を呑み込み、私の肉体と霊魂を完全なる魔王アルケミスへと書き換えるでしょう」
今はまだ、人としてのアルケミスの自我を保てているが、それも時間の問題だ。人類への復讐心から、夢魔に魅せられ寝返った法騎士スズ――凍てついた風カティロスは、魔界の意志に魂を飲み込まれ、ウルアグワの命令に忠実に動くだけの駒となっていた。魔導士ライフェンも、生き永らえていればそれに至っていただろう。今まででさえ、エルアーティを灰に変えようとしたアルケミスの行動というものは、魔王にとっての最たる脅威となり得る賢者を消そうとした、魔王の意志力によるものだ。
今のアルケミスは、人としての魂と、魔界の王としての利を追求する魂が内在する、極めて不安定な存在だ。そんな不安定も、やがて魔王の魂がアルケミスを呑み込み、完全に人類の敵となる未来を、アルケミスはすでに確信しているだろう。死は終わりではなく新たなる始まり。人としての生を終え、人と魔王の狭間として生まれ変わったアルケミスもやがて死に、魔界レフリコスのために動く魔王となる日が、やがて訪れる。
「……お師匠様やベルセリウスが、私を討ち果たしてくれるならば」
人としての、最後の願い。自己の行動によって得られる全ての収穫は叶えた。ここから先、叶えたい人類の明るき未来を実現させるには、もはや己の力だけで出来るものではない。
「魔王は再び滅され、人類にまた、束の間の安寧をもたらすことが出来ましょう」
「ええ。あなたが得た真実を私が人類史に刻みつけ、英知を伝える新時代とともにね」
大魔導士アルケミスは望んでいるのだ。魔王となった、自分自身の滅却を。敬愛した帝国皇帝ドラージュ、恩師エルアーティ、親友ベルセリウス。彼ら彼女らが愛した人類の世界が、自らの滅亡と共に魔王なき新時代を歩んでいくこと。そして自らが得た、人のままである限りは絶対に到達できぬ、魔界と魔王の隠された真実が、平穏取り戻された人類の歴史に刻まれていくこと。知られ得なかった新たな真実の獲得は、必ず新たなる時代を拓き、人の歴史を成長させるものだとアルケミスは知っている。
まして賢者エルアーティが、自らの得た遺志を引き継いでくれるなら。魔界レフリコスに半ば引き篭もるようにして、外界への破壊は侵略の衝動を封じ込めていたアルケミスの元へ、最も信頼する師は訪れてくれた。魔王の魂、意志により、ラエルカン上空で危うく葬り去るところであったエルアーティが、自らの力で生存し、ここへ駆けつけてくれたことが、アルケミスにとっては何にも勝る幸福だ。
「……あなたの魂で、魔王を取り込むことは出来ないの?」
「らしくないことを」
そんなことは不可能であろうとわかっていても、エルアーティはそう言わずにはいられなかった。アルケミスの魂が、魔王の魂に打ち勝ち、人に仇為す存在たらぬ"精霊"となり、共に生存していけぬのかと。出来るはずもない提言にアルケミスがふっと笑い、弟子に笑われる師の姿を晒すことになろうとも、そんな未来があれば最善なのにと思うエルアーティもまた、彼女の一つの真実の表情だ。
「どのみち私の肉体を死に至らしめたその時、私の魂は魔王の魂に抗うすべを失い、完全に魔王の魂が私を支配します。戦いが避けられぬ以上、私の魂滅は避けられぬ宿命です」
「それが、定めと」
「運命に定められたことではありません。私が選んだ命運です」
自らの意志で今の自分を作り上げ、悔いなく胸を張る男の表情とは、かくも誇らしく力強いものなのか。玉座から腰を上げ、エルアーティを高みから見下ろすアルケミスのシルエットが、見覚えた彼の姿よりも大きく見えたのは、禍々しい邪気によるものでは決してない。男子三日会わざれば克目して見よという格言は、年老いてなお裏切らない真理を表したものであると賢者も感じている。
「あなたが私の魔法を退け、ラエルカンの上空から生還した手腕も見届けることが出来ました。運命超過、実にあなたらしい魔法とその名であると存じます」
「ルーネのおかげよ。私一人では決して叶えられなかった奇跡だわ」
「奇跡は二度、起こりません。魔界レフリコスの中においては、かつてと同じことが出来ないことを、貴女もわかっているでしょう」
そう、大魔法運命超過による奇跡の生存劇は、この日決して叶えることが出来ない。隠し玉もなく、大魔導士アルケミスと――魔王アルケミスと対峙することになるエルアーティは、あの日と同じ窮地が訪れた瞬間、逃れようのない死を迎えることが約束されている。
魔界の門を開く大魔法使いとて、いつでもどこでもその力を行使できるわけではないのだ。愛国者達の亡国、ラエルカンが起こしてくれた奇跡は、ここレフリコスでは決して起こらない。それでもここに単身訪れ、友軍が駆けつけるまでの間を一対一で戦うと決めたエルアーティの覚悟は、既に強固に固められている。
「私達が"あなた"を討つまで、決して自我を失わないで頂戴。こうして語らえるのも、これで最後なのだから」
「勿論です。この時を出来る限り長く。それが私に残された、貫き通せる限られた我が儘です」
魔法使いと魔導士の対話。それは言葉だけでなく、魔法によっても通じ合えるものだ。魔法とは、精神の願う何かを叶えるための力。魔法と魔法の交錯は、術者同士の精神を密に接し合わせる、言葉無き最高の疎通であると、二人の術士は確信めいて知っている。
一歩エルアーティへと歩み寄るアルケミスと、低くしていた箒の高さを上げるエルアーティ。両者の全身から溢れ始めた魔力が、戦いの始まりを示唆している。エルアーティが交戦開始の時を、ユースに預けた宝石へ魔力を送ることで告げたのも、それとほぼ同時のことだ。
「ベルセリウスが駆けつけるまで、もつ自信がおありですか?」
「ふふふ、お師匠様の実力を忘れちゃったのかしら?」
人類無双の守備力を持つエルアーティ、最強の魔導士と名高かったアルケミスの魔法の破壊力。矛と盾の衝突の逸話があるならば、まさにこの聖戦こそ引き合いに出される一事であろう。
「今は正直、一人だけでもあなたに勝てそうな気分」
「その心は?」
「今日の私は絶好調」
傷つけ合う運命が避けられぬなら、親しかったあの頃には求められなかった命題の答えを、追究してもいい頃合いだ。真に優れた魔法使いは、魔導士はどちらなのか。他者との力比べなどに興味を持たない二人であっても、それを求めてみたくなるほどには、敬愛し合う二人は互いの知れぬ底への興味が尽きない。親しき仲にあるからこそ、相手の全てを知りたいと思うのは極めて自然なことだ。
ゆらめく魔力、ざわめく空間、最強の魔法使いと魔導士の気迫の衝突。師弟の語らいを穏やかに果たしていた二人の空気は変わり果て、全力で以って敵を討ち滅ぼさんとする両者の精神が、魔力に変わって見えない火花を散らしている。
「参ります、お師匠様!」
「さあ、新時代の幕開けは目の前にある!」
唱えたアルケミスの周囲に現れた五色の石。それが放つ魔力の波動は、前方の小さな賢者を押し潰すほどの圧を放ち、エルアーティの後方から吹く風は、魔王の喚ぶ波動を押し返す。
人が生き延び新時代を創るか、魔王が勝利し支配の時代が始まるか。ひとつの時代の終焉とは、かつてない時の流れへの始まりだ。




