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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第2章  彼女に集った七重奏~セプテット~
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第24話  ~タイリップ山地③ 野盗団の切り札~



「シリカ、わかるか?」


「……ああ」


 山中を駆けていたシリカがクロムと共に立ち止まり、彼の問いに重い声で答える。クロムの問いかけが意味するところは、鷹の目を持つキャルや、樹上で遠方の危険を見通しているマグニスにもわかっていた。


 立ち止まったシリカの後方で、第14小隊のメンバー達も足を止める。そのまた更に後方の、大隊の隊長たるシリカに近しい第14小隊の停止を見届けた騎士達も、その場で立ち止まる。無論、周囲の罠や遠方からの狙撃には、細心の注意を払ったままでだ。


「俺が行ってくるわ。引きつけるから、お前らは迂回して行けよ」


「大丈夫か?」


「ヤバいと思ったらすぐ逃げる」


 最前線に立つクロムに向けて発砲された一つの弾丸を、手元の槍の石突を操り弾き飛ばし、涼しい表情のままクロムは言い放つ。まるで顔の近くに飛んできた蝿を、指先で弾き殺したかのように銃弾を捌いたクロムの余裕面は、保険をかけたような口ぶりとは裏腹に自信を漂わせている。


「わかった。お前をここで失うのは痛手だが、致し方ない」


「その言い方だと俺ここで死んじまうみてえじゃねえか」


 任務中の真剣な眼差しでクロムに戦陣の一つを任せたシリカと、かっかっと笑って応じるクロム。彼に向かって発砲した草陰の野盗に向けて多くの騎士が走り寄り、その首を討ち取った遠方の殺伐とした空気すら、クロムは意に介していないような素振りだ。


「後は任せたぜ、法騎士様よ」


「ああ」


 シリカの返事を受け取って、クロムは山中に駆けて消えていく。その先にある脅威の何たるかを知るキャルが心配そうな目で見送り、その脅威とクロムが向き合った末に起こる結末を想像したマグニスが、懸念どころか含み笑いを浮かべてクロムの背中を見送った。


「進軍ルートを変更する! 全員、私に続け!」


 高らかに叫び走り出すシリカの後ろを第14小隊が追い、後続の騎士達もそれに続く。クロムがその身を呈して拓いた道を、二百を超える兵達が駆け抜けていくのだった。






「なんというモンスターハウス」


 目的地に辿り着いたクロムは、目の前の光景を眺めながら苦笑してつぶやく。3匹のオーガと、その周囲に飛び交う数匹のインプが、その目をクロムに向けている。


 そのオーガの後方にも、小さな魔物達がずらずらと揃っている。狼の姿をした魔物ジャッカルや、人の子ほどの全長を持つ巨大なコウモリの魔物ウェアバット。今のクロムの視界の中だけでも、既に20を超える魔物が収まっている状況だ。


 山中に潜む魔物達が、一際集まったこの場所。シリカ達が進行するルートを見渡せる位置にあったこの場所から、やがてシリカ達の隊に向かって多くの魔物が出撃していたであろうことは、容易に想像がつく。それが叶えば、法騎士シリカの個人的な勝利はともかくとしても、数多くの騎士が負傷あるいは死に到る可能性は高かったはずだ。


 それを避けるために、単身この魔物の巣窟に乗り込んだクロム。首を鳴らして愛用の長い槍を、木々に囲まれたこの森の中ながら器用に振り回すと、極めて落ち付いた表情で構える。


「そんじゃ、かかって来い」


 クロムが独り言のつもりで口走ったその言葉に呼応するかのように、魔物の集団がクロムに向かって一斉に飛びかかる。ひとつの獲物を見定めた魔物達の目に映った男は、その目に映った多数の獲物を見定めて、唇を舌で濡らした。











「きりが無いな……! 野盗よりも、こいつらの方が多いんじゃないか……!?」


 自らに襲いかかるインプの群れを次々と斬り捨てながら、法騎士カリウスはそう口走らずにはいられない想いだった。隊の騎士達の多くは他方にて野盗を追い、討伐を次々と果たしているが、それは彼が魔物の矛先を概ね自ら引きつけているからだ。大隊の指揮官であり、この隊における最強の兵であるカリウスは、その役目を果たしながら危機感を強める。


 これだけの数の魔物を、野盗団が餌付けなりする形で飼っているとは思えない。多数の魔物を率いる力を持つ強大な魔物と、野盗団の要人が手を結んでいるというのが自然な見方だ。そうなればこの先、魔物を率いる親玉との遭遇は避けられない未来になってしまう。


 覚悟は出来ている。しかし部下達にそれを強いるには、敵の強さが未知数過ぎる。野盗の討伐を果たさねばこの任務の意味がないことと、見えぬ危険に部下を晒すジレンマは指揮官を悩ませる。


「…………!?」


 その思考の網をかいくぐって、カリウスの目に留まった見逃し難い影。その影の主は、大きな翼を背中に携え、その両掌をこちらに向けている。


業火球魔法(バーニングブラスト)……!」


「く……!」


 カリウスは咄嗟に全身に魔力を纏い、中でも一際強い魔力を二本の剣に集わせて、目の前で交差させ構える。直後、警戒すべき敵の掌から放たれた、人間一人をまるまる呑み込めるほどの巨大な火球が、法騎士カリウスに向かって襲いかかった。


 交差したカリウスの剣に激突し、業火球は止まって高速回転する。飛び散る火の粉が肌にいくつも降りかかり、魔力による防御を纏っていなかったら全身火傷だらけになっているところだ。


 剣をなお押してくる業火球に対し歯を食いしばり、カリウスはその剣で業火球を×の字に切り裂いた。4つに分かれさせられた業火球はカリウスの後方に逸れて散り、木々にぶつかり火の手を上げる。


 カリウスは心底ほっとした。今の一撃を、この隊の自分以外に向けられていたら、その者の命は十中八九失われていたからだ。自らの手でそれを捌けたことは、不幸中の幸いである。


「やるな、人間。貴様を討ち果たせば、お前達の士気は相当奪えるのではないか?」


「ガーゴイルか……! つくづく、想定以上の顔ぶれだよ!」


 カリウスと対峙する、人ほどの背丈を持つ紫の肌をした魔物は、背中に背負った大きなコウモリのような翼と併せ、まさしく悪魔を思わせる風体で法騎士を睨みつける。高い身体能力と強力な魔法を駆使して、魔王マーディスの配下として人間達を恐れさせた、人の言葉を理解し話せる知能を持つ魔物、ガーゴイルが法騎士カリウスに目をつけた。


「キキイッ!!」


「行くぞ! 業火球魔法(バーニングブラスト)!」


 上空から現れた三匹のインプと、眼前のガーゴイルがほぼ同時にカリウスに向けて火球を放つ。大1小3の火球の集中砲火を恐れぬと言わんばかりの姿で、法騎士カリウスはそれらの正面から真っ直ぐに、敵に向かって地を蹴った。











 シリカ率いる第14小隊ならびに、シリカが指揮官を務める大隊は順調に進軍していた。後方遠方他方から、騎士達の負傷を思わせる悲鳴が聞こえることはあるものの、野盗の断末魔を耳にする機会の方が多い。限られた時間で仕掛けられた罠の数にも限りがあり、作りの詰めが甘かったのか不発に終わった罠も散見するようになる。罠のはびこる危険地帯は概ね抜けられたと思っていい。


 地力で勝る以上、逃げ惑う野盗を追い詰め討ち果たすだけでいい。それは決して難しいことではないし、用心を欠かさぬ上に絶対数も減ってきた罠の脅威も薄れ、戦況は極めて前向きだったと言えるだろう。


 突如この場で生じた、ただ一つの懸念を除けばだ。


「っ……止まれ、お前達!」


 山中を突き進んでいたシリカの表情が急変し、急に足を止めて叫んだ。彼女の周りでつかず離れず、常に指示を聞ける場所で進軍を続けていた第14小隊の面々も足を止め、後続の騎士達もそれを見て足を遅める。


 誰もがその指示に怪訝な表情を浮かべた中、樹上を跳び渡っていたマグニスがその目を険しくする。それに少し遅れて、人並み外れた眼を持つキャルが、脅威すべき存在を視認して、その表情に恐怖の色を匂わせた。


「前方から注意を逸らすな! 敵は……」


 直後シリカの見据える先から、黒い閃光のように何かが木々の間を抜けて飛来した。それはシリカのわずか横を瞬時に通り過ぎ、少し後ろにいたユースの額に向けて直進した。


 思わず反射的に身をよじってそれを回避したユースの眼前を、風を切る音とともにそれは過ぎ去る。次の瞬間、それはユースのさらに後方にいた騎士の一人の顔面に着弾した。それと同時に騎士の頭がぞっとするような破壊音と共にはじけ飛び、その騎士の体は後方に弾き飛ばされて、後ろに立つ騎士を巻き込み、二人揃って倒れる。


 一部始終を見ていたアルミナが表情を引きつらせ、無表情を長く貫いていたチータでさえもがその光景に目を見開いた。吹き飛ばされた騎士に巻き込まれ、背中を地に打ち付けた騎士は何が起こったのか一瞬わかっていなかったようだが、自らの上に倒れた、首から上が粉々に粉砕された騎士の亡骸に気付くと、発狂したような悲鳴とともにその死体を押しのけ、地面に尻をつけたまま後ずさる。


 騎士の頭を撃ち抜いた何かは、すでにその身に繋がれた鎖に引き寄せられて、勢いよく山中に消えていった後だった。持ち主の元に、目にも止まらぬ速さで素早く戻るその動きを見て、その正体が鎖の先に分銅をあつらえた武器であるとその目に捉えたのは、シリカとマグニス、そしてガンマのみ。


「……あれの相手は私がしてこよう。お前達は、絶対にこちらに来るんじゃないぞ……! 第49小隊は右、第25中隊は――」


 シリカは早口に次々と指令を下したのち、前方に向かって駆けだしていく。第14小隊に下された指令も、自らの後を追わずに進軍せよという旨だった。


 シリカという指揮官を失った第14小隊は、シリカの指示に従い東に進むしかなかった。さすがに一瞬戸惑う第14小隊の若い面々を差し置いて、一足先に前方に進んだマグニスが、第14小隊の僅かな迷いを吹き飛ばし、全員を進軍へと導いていく。その動きに触発されるかのように、後続の騎士達も指示されたとおりに森を走りだした。


 そしてそれらが最終的に行く先は、まるで運命が導くかのように、野盗団達がその最後の札を眠らせるという、山の東の沼地。鬼門が待ち受けるその先に、その事実を知らされぬまま第14小隊の6人が、そして後続の騎士達数人が森の中を駆け抜けていく。






 そして、鬼門という言葉を重ねるならば、彼女が向かった先もまた鬼門である。


「く……!」


 シリカの頬のすぐそばを鎖つき分銅が駆け抜ける。咄嗟にそれをかわしたシリカは、鎖を断つべく剣を振るうが、武器が対象に当たらなかったと視認した持ち主は即座に鎖を引き、シリカの剣に分銅の手綱を引く鎖を晒させない。数多くの木という壁をものともせず、シリカを真っ直ぐに狙い定めて凶弾を放つ敵の脅威には、法騎士たるシリカとて強い戦慄を覚えずにはいられない。


 それでも、シリカにとってはこの状況はまだ望ましかった。敵の意識は今、自分に向いている。あの凶弾に自分以外が晒される脅威は、限りなく薄まったと言えるかもしれない。それでいいのだ。


 あの武器をあのように扱う魔物の名は知っている。そしてその仮説が正しければ、兵を引き連れてその存在に立ち向かっても、数多くの犠牲者が約束されるだろう。自らが大隊広くの指揮権を放棄してでも単身その存在に立ち向かい、勝利を収めることが最も犠牲を少なくする方法だと、シリカはここに来て正しく判断していた。



 ――今の自分に、あれを一人で討ち果たすだけの力があるだろうか。



 一瞬脳裏をよぎりそうになった雑念を、自身の知識の底に眠る敵の正体を鮮明に思い描くことで上書きして、打ち消す。未だその姿を目にしたことのない、書物や伝聞のみで聞いたことのあるその怪物に向けて、シリカは勇気を奮い立たせて直進した。












 沼地に近付くにつれ、環境の微妙な差異からか、木々の形が不思議といびつになっていく。風景の変化を目にしながらも、アルミナは自分たちから逃亡する方向に向けて去る野盗から決して目を切らない。当然それ以上に、木々の間に張り巡らせられ得るブービートラップに対する警戒心も消えてはいない。


「そこ……!」


 着弾軌道が見えたその瞬間、走りながらアルミナは引き金を引いた。野盗の太ももを貫いた銃弾は野盗の肉体を転ばせ、痛みにうめく野盗が気付く頃には後追いの騎士がその野盗のもとに辿り着き、一瞬でその首を刎ねて勝利を手にする。


「開門、岩石弾丸(ストーンバレット)


 自らの魔力によってその身を浮かし、低空を滑空するチータは、地に足をつけねば発動しない罠を一切無視して移動を続けている。その口から溢れる詠唱によって発動した魔法は、石つぶてをチータの前方に発射させ、やがて野盗の一人の後頭部に直撃してその体を傾かせる。


 狙撃手達によって足を止めた野盗達は次々と騎士達によって討伐されていく。死屍累々の山中を抜けて彼らが駆ける中、突如、一人の騎士が悲鳴を上げて引き返してきた。


 何事かと感じたユースだったが、やがてその理由がはっきりとする。木々の間、切り拓かれたように広い空間の中心に、大斧をその手に携えた一匹の魔物が立っていた。雄牛の頭を持つその魔物は、一般的な家屋の天井までもあろうという長身に加え、人間の上腕を十本ほど束ねたような凄まじく太い腕を振り上げ、荒い鼻息と共に目の前の獲物達に目をつけた。


「み、ミノタウロスだ……! こんな魔物まで……」


 そこに駆け付けた騎士の一人が言い終わるかわからぬうちに、ミノタウロスはその声の主に向かって猛然と突進してきた。頭上から振り下ろされる大斧に、思わず反射的に騎士剣を上に構えて守りの体勢に入る騎士だったが、それが直後、最悪の結末を引き起こす。


 ミノタウロスの剛腕から伝わる怪力は斧を通じて、騎士の構えた剣ごと押し潰す。次の瞬間には剣を挟んでミノタウロスの大斧に頭蓋を砕かれ、そのまま強引に地面に叩き潰された騎士の姿がそこにあった。落石に潰されたかのように全身の骨を滅茶苦茶な形に変えられたその騎士は、今はまだかすれた呼吸をしているものの、数秒後にはこの世を去る命だろう。


 獲物の絶命を即座に悟ったミノタウロスは、あまりの凄惨な目の前の状況に肝を潰された騎士の一人に向かって駆けだす。その動きは巨体からは想像も出来ぬほど素早く、その騎士がはっと危機に気付く頃には、その斧が騎士の胴元を真っ二つに斬り裂き、乱暴に切断された騎士の上半身が上空に飛び、木々の太い枝に当たって地面に転がった。


「開門! 落雷魔法(ライトニング)!」


 最大の脅威を目にしたチータの判断は早かった。即座に詠唱を為し、ミノタウロスの頭上から稲妻を直撃させる。ミノタウロスは低く呻いて、痛みをその顔に浮かべる。


 しかし次の瞬間、ミノタウロスはチータをぎらりと睨みつけ、憎しみいっぱいの目で直進してくる。今の稲妻によるダメージなど意にも介さない素振りに、チータはすかさず次の詠唱に移る。


「開門! 跳壁召(リペルリープ)!」


 直後チータの足元に桃色の亀裂が開き、その亀裂が放つ魔力がチータを上空に跳ね飛ばした。ミノタウロスの斧が紙一重で空を切り、難を逃れたチータは樹上に着地して息をつく。


「まずいな……一発二発叩き込んだだけじゃ、致命傷にならない」


 強力な反発力を発生させる魔法で自らの体を死の危険から逃れさせたものの、チータは歯噛みする。魔法が効いていないわけではないが、あまりに敵のタフネスが高すぎるのだ。魔法で討ち取るよりも、出来ることなら武器による討伐の方が、勝利の確実性に富む相手だとチータは読み取る。


「っ……!」


 誰もが二の足を踏むこの空気の中、最も早く決断したユースがミノタウロスに背後から斬りかかる。慣れぬ山中の足元にもめげず、最高速でミノタウロスに接近したユースが、その剣をミノタウロスに向けた。


 直後、気配を察知したミノタウロスが、振り向きざまにその斧を振るった。斧は正確にユースの首を狙った一閃を描き、あわやのところでユースは頭を沈ませその攻撃をかわす。髪をかすめる殺人的な一撃をかいくぐり、自らに向き直ったミノタウロスの胸元まで迫ってその剣を繰り出した。


 ミノタウロスの胸を横一線に切り裂くはずだったその一撃は、瞬時に後方へバックステップしたミノタウロスによって回避される。巨体に見合わぬ反射神経とその速さに、即座の追撃を恐れたユースも一歩後ろにすぐ退がる。そして予想どおり、一瞬前までユースがいた場所に、ミノタウロスが振り下ろした斧が振り下ろされ、湿った土を爆発させるかのように多量にまき上げた。


 心臓がばくばくと鳴っている。一歩間違えば即死だった現実が目の前にある。これまで何度か魔物と命を懸けて戦ってきたユースとて、粉々にされた自らの姿を明確にイメージできるミノタウロスの攻撃には、見るからにぞっとせずにはいられない。


「やるしかないな……!」


 ユースの後方で三匹のジャッカルと二匹のインプを始末していたガンマが、ユースの隣に駆けつけて並ぶ。シリカとクロムがここにいない今、この場にいる第14小隊メンバーの中で、近接戦闘であのミノタウロスに対抗できる者は、ユースとガンマの二人しかいないのだ。アルミナやキャルがこの魔物に手を出して、あちらにミノタウロスの矛先が向かえば彼女たちの命が無いだけに、二人の銃や弓による援護射撃も期待しない方がいい。


「ユース、行くぞ……!」


「ああ……!」


 斧を振り上げるミノタウロスの雄叫びで山中の空気が震え、その咆哮を聞いた騎士が、野盗が、魔物さえもが背筋を凍らせた中、第14小隊の未来を担う若者二人が、その強敵に向かって駆けだした。






「ったく、世話の焼ける……!」


 樹上を跳び移るマグニスは、自身に目をつけたインプ達の目線を撹乱しながら、気付いた頃には魔物に急接近して腰元のナイフを振り抜く。ある魔物は頭頂部から真っ二つにされ、ある魔物は胴体を深く抉られて絶命し、魔物達の注目はマグニスに注がれている。


 マグニスを尻目に、ミノタウロスと対峙したユース達に向かって直進しようとしたジャッカルを目にすると、そこに向かってマグニスは一本のナイフを投げつける。投げたナイフはジャッカルの首元を後ろから貫き、その命を一瞬で奪うに至った。


 ユース達は目の前のミノタウロスに集中する他ない状況だ。そこに横槍を入れようとする魔物をマグニスが次々と葬り、その注意を全面に引きつけている。ミノタウロスという強力な魔物が率いていた小さな魔物の集団を、マグニスが一手に引き受けているのだ。


「チータ! てめえはアルミナ達を追え! ユース達も心配だが、あいつらを守る駒が不足してる!」


「……わかっています」


 ミノタウロスと交戦するユース達に、遠隔砲撃を以って加勢すべきか一瞬悩んでいたチータの迷いを、彼と同じく樹上に立つマグニスが吹き飛ばした。逃亡する野盗を逃がさぬと山中を駆けるアルミナ達の判断は正しいが、この先にも同じような敵が現れたら、彼女らを襲う危機の致死性はここの比ではない。アルミナ達のそばを走る騎士達が頼りにならぬとは言わないが、小隊の仲間の安否とは軽々と他者に委ねられるものではない。


「ユースやガンマなら何とか出来るはずだ。勝率を下げる横入りも、俺が絶対に許さねえ」


「頼みましたよ」


 自身よりもユースとガンマのことをよく知っているはずのマグニスがそう言ったことに従い、チータは樹上を飛び移ってアルミナ達を追っていく。マグニスもチータを見送りながら敵に二本のナイフを投げ、ユース達に飛びかかろうとしていた二匹のウェアバットを撃墜していた。


 敵の数が多い。マグニスとて、ユース達に加勢するには難しい状況だ。ユース達の周囲に立つ騎士達に後輩の安否を任せ、ここは魔物達をすべて自らの方に注視させる。そのためならマグニスは、敢えて地上に降り立ってその身を牙の前に晒すことも厭わない。


「悪いが仕事が押してんだ。時間を無駄にしねえよう、かかって来い」


 明らかにいらついた目をしたマグニスに、インプが火球を放ち、ジャッカルが飛びかかり、ウェアバットが上空から襲いかかった。











 沼地に最初、辿り着いたのはグラファスだった。山中に広く居座ったその沼に、南から到達したグラファス達の隊を迎え入れた、魔物の数々が騎士達に襲いかかる。それはこの山中の多くの場所で散見されたのと同じく、インプやジャッカル、ウェアバットの集団で、それらがここまで辿り着いた50人余りの騎士達を上回る数で、頭数にものを言わせて飛びかかって来る。


「見くびるなよ、魔物達め……!」


 洗練された腕を持つ騎士達が勇猛に立ち向かい、火球を退け、牙を討ち、空から襲い来る脅威を次々と切り捨てる。歴史に名を刻むにはまだまだ遠い、名も無き騎士達も、今日までに培った己の力を信じ、敢然と勝利に向かっている。


「――南無!」


 グラファスが一閃刀を抜けば、空中で敵の隙をうかがっていたウェアバットの一匹の肉体が突然真っ二つに切り裂かれて地面に落ちる。その頃には再び別方向に同様の攻撃を繰り出すグラファスが、騎士達の士気を高めるままに敵を葬っていく。


 刀をひと振りするだけで遠方の敵を両断する、グラファスの秘技がここにきて火を吹く回数を増している。冷静な面持ちの裏にある猛将の士魂が、音もなく静かに燃え上がっていることは、野盗達の心臓を鷲掴みにする。


「調子に乗るなよ、騎士団どもが……!」


 草陰に潜んでいた野盗の一人が、魔物達を相手に全力を尽くす騎士の一人を後方から撃ち抜いた。その騎士は痛みと身体の異常に体をぐらつかせ、その隙を見定めた魔物の群れが一斉にその騎士に飛びかかる。悲鳴を上げて倒れた騎士は、全身いたる場所を食い千切られて変わり果てた姿となる。


 その野盗に存在を憎々しげに睨み、そこへ向かう騎士達。しかしその野盗は逃げず、自らに向かい来る騎士達に向かって発砲する。自らの安全を優先した野盗達の動きが、徐々にやぶれかぶれのものに変わってきている。


 逃げても無駄だと野盗達もいよいよ腹を据えたのだ。ならばいっそ、生きてこの地を去るためには敵を討てばよいという想いにすがり、死力を尽くすしかない。後ろには、あの魔物達もついている。この沼地は、呼んでまさしく野盗団にとっての背水の陣と言えた。


 その野盗があえなく一人の騎士によって首を刎ねられたと同時に、その騎士を右と後方から二発の銃弾が撃ち抜く。それに怯んだ騎士にまた魔物が群がり、また一人の騎士がその命を奪われる。


「死兵どもめ……!」


 グラファスは見定めた野盗二人に向けて抜刀し、遠方からその二人を斬り裂いた。その表情はもはや平静心のままの表情で森を駆け抜けた初老の騎士のそれではなく、歴戦の戦場を駆け抜けた修羅の面立ちそのものだ。


「撤退だ! お前達は退き下がれ!」


 聖騎士グラファスの低く、重い声が山中に響き渡る。野盗達が命を捨ててでも敵の命を奪うことに執着した今、戦死する味方の数が増す未来が強く見えるのだ。国の存亡を賭けて死を恐れず、数多の戦を切り抜けてきたエレム王国の騎士達を、経験上何度も見てきたグラファスだからこそ、命を惜しむことをやめた敵の恐ろしさは逆目線で想像できる。


 総指揮官に命じられれば、騎士達は今来た道を戻るしかない。そして沼地のそばに残されたのはやがてグラファスのみになり、その目の前には無数の魔物が立ち並んでいる。


 騎士団の撤退を見た木陰、樹上の野盗達は、今こそが逃亡の時だと確信する。事実として、この機を逃せばこの地から逃れることは不可能に近いだろう。


 山中を駆ける野盗の影に向け、グラファスは迷いなく刀を抜き、遠方からそれらをかっさばく。希望が絶望に変わった野盗達の悲鳴が次々と木々の間を駆け抜け、それにかぶせるかのように魔物達の咆哮が鳴り響いて、あらゆる魔物が多方面からグラファスを襲撃する。


 自らに襲いかかる三匹のジャッカルを、一太刀にて同時に首を落とし、首元めがけて飛んでくるウェアバットをしゃがんでかわして、すれ違い様に切り捨てる。インプが放った二発の火球が直後にグラファスに届くかと思えば、次の瞬間にはバラバラに切り裂かれた火球が空中で雲散霧消する。


 そしてさらにまた、先ほどと同じように遠方の野盗を刀閃により斬り落とす。その首が宙に舞ったのを見届けて、グラファスは自らの把握する範疇にいた野盗のすべてが落命したことを確信し、魔物達にその身を向けて刀を一度鞘に戻す。


 グラファスは感じ取っていた。タイリップ山道に潜む魔物達の拠点であるこの沼地、多数の魔物を率いる魔物の親玉は、決して遠くない場所にいる。目の前にある魔物の群れの遙か後ろから漂う、桁外れの強い瘴気を放つ何者かの存在を、目でも耳でもなく肌で感じ取ったグラファスの闘志が、いよいよ色濃い炎となって燃え盛る。


「来い……!」


 我が巣を荒らす人間を憎む魔物達が、敵愾心に任せるまま、目の前の猛将へ一斉に飛びかかった。

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