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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第15章  光を目指した組曲~パルティータ~
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第242話  ~最後の戦いへ~



 時は来た。某日1日目、魔導帝国ルオスの帝国軍を中心とした師団が、砂漠の北から出陣した。それは一日かけて砂漠を横断し、東からコズニック山脈のふもとへ辿り着く。ルオスの勇者、魔法戦士ジャービルを中心とした師団は、東からコズニック山脈を越え、魔王の本拠地レフリコスへと乗り込む。


 2日目、東から山脈に踏み込み始めたルオス軍とほぼ同時、山脈北からレフリコスへの道を進み始めたのが、エレム王国騎士団を中心とする旅団。エレムの勇者、勇騎士ベルセリウスを中心とした部隊だ。山脈に踏み込めば、そこはもはや魔王の庭とも呼ぶべき大地。魔王の配下たる魔物達との交戦は幕を開け、壁となる無数の敵を打ち倒しながらの進撃となる。明朝から日の入りまで、山脈の東と北から進撃した両軍は、山脈内にて一夜の休息を経て、さらに翌日の戦いへとそのままなだれ込むのだ。山は険しく、レフリコスは遠く、たった一日では辿り着ける場所にない。魔物達の夜襲を警戒しながら一夜を過ごすことの恐ろしさは、この旅路の過酷さをそのまま体現していると言えるだろう。


 そして3日目明朝、山脈西の平原からレフリコスへと動き出す、第三の部隊が動き出す。賢者ルーネを中心とした、魔法都市ダニームの魔法使い達を主軸に構える一大師団である。こちらは山脈外から、レフリコスまで一日で辿り着ける方向からのルートであるが、こちらは山道が最も険しく、本来ならば歩くには値しない道筋。前日前々日を他の隊とは異なり、一日決戦で臨むぶん、それ相応の苦闘を伴うルートだ。第14小隊が属しているのはこの部隊。


 レフリコスを三方から攻め立てる構図の最終戦争は、先月のラエルカン奪還作戦に比べ、相当に総兵力が少ない。かの戦で出た死傷者のぶんだけ、各国の戦力は削り取られているし、何よりこの戦いに兵力を注ぎ込みすぎて本国が手薄になれば、少し前にラエルカンが攻め落とされた時の二の舞になりかねない。騎士団がアルム廃坑に攻め込んでいる隙に、魔王マーディスの遺産達がラエルカンを滅ぼされた愚を、別の本国で再び繰り返すわけにはいかないのだ。


「アルケミス様」


「報告は不要だ」


 今は既に人類にとっての戦争最終、血染めの三日間の最終日だ。コズニック山脈各地で繰り広げられた激戦の様相は、山脈の支配者たる魔王アルケミスの第六感が、概ね既に受け取っている。人類の進軍はやや好調であり、最終日を迎えた今になっても、北と東から迫る軍勢は頭数をさほど減らしていないと見える。そこまでわかっているから、アルケミスもレフリコス城を訪れた黒騎士に、わざわざ報告は要らないと返答している。


「お望みとあらば、出撃致しますが」


「好きにしろ。お前の好みに一任する」


 レフリコス城の玉座に腰掛けたアルケミスの前に跪いた黒騎士ウルアグワ。それの放つ言葉が意味するのは、魔王が望むままに動くというウルアグワの忠誠心だ。それを一言で一蹴し、お前の好きにしろと言い放つアルケミスに、ウルアグワも仮面の奥の感情で、密かに喜びを抱いている。


 ウルアグワは魔王に生み出された、魔王おわす魔界の遺志そのものであり、主君の命令には絶対に反せない。自我はあるが、魔王の意志はすべてに優先され、アルケミスが何かせよと言えば、それに一切逆らうことが出来ない。だから、好きにしろと言われた時、やりたい事が好きに出来る。だから嬉しい。


「それでは私は、西へ」


「ああ」


 うなずくアルケミスを目の前に、ウルアグワの甲冑がからんからんと崩れ落ちる。謁見の間に甲冑を散らかしていったウルアグワの行動に、アルケミスは思わずくっくっと笑ってしまう。その行動の意味するところを、魔王になったアルケミスには理解できるからだ。


 ウルアグワの本質は黒騎士ではない。形無き霧が怪馬の形を作り上げていた夢魔、ナイトメアなのだ。目の前で甲冑が霧になって消えていくのと同時、レフリコスに漂っていた夢魔の気配が、コズニック山脈の西から進撃してくる人類の方へ、ゆっくりと動き出したのがわかる。


「さて……運命は、誰の後ろで微笑むのかな」


 師が好きだったその言葉は、アルケミスにとっても好ましい言葉だ。かつて運命に味方された自分が、計らずして勇者の一人となったことを思い出す。地位にも名声にも全く興味はなく、人類の行く末にさえも関心はなかったのに、いつの間にか人類を救った勇者様に祀り上げられていて。何が自分をそうさせたのか師に尋ねても、自分と同じで"運命に導かれた"という答えしか見つからなかった。


 そう、運命。人類にとって、これは絶対に負けられない戦いだ。魔王を討ち果たせず、勇者達ならびに各国の強者を失い尽くせば、存命の魔王アルケミスの反撃によって一気に人類は窮地に追い込まれる。喉に鎌をあてられているのは、攻め込まれている魔王ではなく、失敗できない人類の方。この日の戦いが、人類の未来を完全に決定付けると言っても過言ではない。大きな戦争というのは、常にそういうものだ。


 まさに歴史の分岐点。運命が肩入れし、未来へと送り出すのは、魔王か人類か。アルケミスの目が求める探究心は、それに強い興味を示していた。











 東の空から日が昇る。コズニック山脈の向こうから顔を出すお天道様は、山脈西の荒原に陣取った人類に、その時が訪れようとしていることを暗喩する。賢者ルーネを総指揮官とする、魔法都市ダニームの魔法使い達を中心とした旅団は、日の出と同時にコズニック山脈へと向けて動き出した。


 最前列より少し後ろ、数年ぶりに軍を率いる立場に立つルーネは、少し緊張気味にすうはあ深呼吸を繰り返している。見る限りでは頼りになりそうもない、幼い姿の総指揮官のそうした姿には、決戦の舞台を前にしてぴりぴりしている戦士達も、敢えてそれを意識から締め出している。見た目には頼りなくても、いざ実戦になれば頼もしい最強の一兵だと、心のどこかで期待に似た信頼は寄せているからだ。


「いよいよです、法騎士シリカ様。よろしくお願いしますね?」


「……はい」


「ひひっ、責任重大だなシリカ」


 いつになく緊張した面持ちのシリカを、ちょっと離れた場所からマグニスがからかってきた。近くで同じことを言ったら、八つ当たり気味に肘で突かれていただろう。やめろ、と睨み返してくるシリカの行動からも、この戦いで最も重い役目に抜擢された彼女の、不安と決意が充分に察せる。


 いったい何を考えて、ルーネが自分を、魔王のもとへ辿り着くべき存在だと定義したのか、シリカには全くわからない。それでも、委ねられた使命から目を逸らさず、立ち向かわねばならないのだ。今までも、自分に不釣合いだと思えるような重責を背負うことは山ほどあった。法騎士の肩書きさえもがそう。奇しくもそれで培われてきたシリカの心臓が、魔王と向き合うことへの恐怖を乗り越え、前に向けて顔を向け直す強さを形にしてくれる。


「辛気臭い顔してるとガキどもが不安がるぞ。もっと背筋張れや」


「ガキどもって私達ですか? もう私だって二十歳なんですけどっ!」


「兄貴ー! 俺確かにちっちゃいけど、子供扱いされるとヘコむぞー!」


 ぽんぽん肩を叩いて軽口叩くクロムと、それに乗っかるように大声あげるアルミナとガンマ。先を思えば気が押し潰されそうなシリカの胸中が、日常と変わらないような風景が軽くほぐしてくれる。普段なら、元気な二人の姿を見るだけで笑いも込み上げてくるだろうに、顔が強張ったままなあたり、流石にこれで気が紛れたとはいかないのだろうけど。


 ふと横を見れば、シリカのすぐ隣を歩くユースの姿。シリカ以上に緊張した面持ちで、今も生唾を呑んでいるのがよくわかる。どんな時でもこいつはそうだ。簡単な任務でも、大きな戦でも、殊更こんな人類の行く末を決める戦いの前、そんな表情で張り詰めるユースの姿は、毎度の如く見てきたものである。


 だから、普段どおりに。共に獄獣を撃退し、昔よりも頼もしくなった彼に寄り添うでもなく、くしゃりと頭を撫でてやる。それでいいのだ。


「やるぞ、ユース」


「……はいっ」


 頼もしく笑うシリカと、振り向きうなずき、前を向いたら戦士の眼差しを取り戻したユース。エレム王国第14小隊、常に最前線を走ってきた彼女とその恋女房の正しい姿だ。そんな二人の後ろ姿が、自然と6人の心を、日常から戦場に移行させる。


 5割のダニームの魔法使いの後援、3割の魔導帝国兵の遊撃、2割の騎士団の白兵戦。それによって構成された陣において、最前線の騎士団が担う役割はとてつもなく大きい。山脈ふもとに差しかかり、道が上り坂の体を表し始めたとほぼ同時、前方から迫り来る魔物達の気配。足音、咆哮、地鳴り。魔界を近しくして過ごす、コズニック山脈全体で見ても強力な方に分類される魔物達の迎撃を、騎士団を主軸とした戦士達が打ち破らねばならない。


「それでは、いいですか?」


「はい」


 確かめる一言にシリカが返答した瞬間、ルーネは胸の前で小さく掌を鳴らした。その音は小さく、しかしその瞬間に掌から放たれた魔力は、四千人超の旅団全体に出撃を知らせる、ルーネの魔力の波動である。びり、と言い知れぬ振動が旅団全員の肌を刺激し、誰もがこれを開戦の知らせだと認識する。


「行くぞ! 第14小隊!!」


 静かな狼煙、シリカの号令、それより一瞬早くあるいは遅く立ち上る、周囲の騎士達の雄叫び。人類の最前線が駆け出し、前方から迫る魔物達もが猛進を初めた。僅かなる上り坂を一気に駆け上がる人類へ、咆哮や地鳴らしとともに巨大な魔物達が襲い掛かってくる。空から見れば、人と魔物の二つの津波が、勢いよく真正面からぶつかり合う数秒後が予感できるというものだろう。




 人類と魔物達がぶつかる10秒前。立ち止まったルーネの脇を、戦士達が駆け抜けていく。


 8秒前。腰を沈めたルーネがぼそりと呟く。果て無き道(オデッセイ)の一声は、吠える戦士達の誰の耳にも届いていない。


 6秒前。一度顔を伏せたルーネが、前髪を跳ね上げて顔を振り上げた。目の前には自分を追い抜き、前に出た戦士達の背中が無数にある。


 5秒前。ルーネが地を蹴った。そして、前方から迫り来る人類の最前列に目線を集めていた魔物達の視界の真ん中、視認すら出来ぬ速度で急接近した何者かが光のようにちらついた。




「参ります!」


 数秒後の人類との激突を予感していた先頭のミノタウロスの腹部に、4秒早く突き刺さったルーネの突撃が、前方へ駆けていたミノタウロスのベクトルを真逆にはね返す。雄牛のような勢いで走っていたミノタウロスが、同じ速度で真逆に突き飛ばされ、後方の魔物達を巻き込んで吹っ飛ぶほど、戦乙女ルーネの速度が生み出す蹴りは凄まじい威力を持つ。


 内臓まで一瞬で破裂させられたミノタウロスが吹っ飛ばされ、魔物の波を貫く弾丸と化した直後、着地の瞬間ルーネが次なる獲物へと地を蹴る。一気にヒルギガースの足元にまで潜り込んだルーネは、突然ミノタウロスが吹き飛ばされたことに当惑する魔物達より早く、ヒルギガースの足首を両手で掴む。んっ、と幼い声で賢者が力を込めた瞬間、どんな人間の巨漢よりも大きなヒルギガースの体が、ルーネの振り回すままに体を引っ張られた。


 ヒルギガースの巨大な体そのものを、武器のように振り回して密集した魔物達を薙ぎ倒すルーネに、周囲の魔物達ならず後続の魔物達も巻き込まれていく。爆弾の投入された瞬間すらも認識できないまま、いきなり味方が敵の振り回すモーニングスターと化した現実は、戦い慣れた野生の魔物達にも想像できたものではない。あっという間に最前線が混乱の渦と化した魔物達へ、ルーネからたったの数秒遅れて人類の尖兵が突っ込んでくるのだから、とてもこれは対応しきれたものではない。


 気合一喝、巨大な斧をフルスイングしたガンマの一撃が、出鼻を挫かれたヒルギガースの頭を一発で叩き割ったのが、人と魔物の波衝突後のファーストアタックだ。それに続くように、人類の手に握られた刃と鉄塊が、次々と魔物の肉体に食いつき、粉砕と切断を形にしていく。一瞬の虚を突いたルーネの奇襲に始まって、激突から3秒で数体の魔物を戦闘不能に追い込んだことが、まず人類に流れを引き寄せる。


「圧勝」


「決定ですね」


 詠唱無くチータが生じさせた魔力の石槍が、地表を駆けていたサイコウルフの肉体を下から突き上げ、高くまで吹き飛ばす。跳躍したマグニスは、まるでその動きを知っていたかのようにサイコウルフに迫り、焼きごてのように真っ赤に燃える足を振りかぶり、サイコウルフの体を地上の魔物目がけて蹴飛ばした。蹴られた瞬間、マグニスの炎で前進を包まれた火球と化したサイコウルフは、地上前方から迫る人類に構えていたビーストロードの頭に激突する。既に絶命が確定したサイコウルフを包む炎が、一気にビーストロードの全身を包むように伝染し、これも程なく戦闘不能に追い込まれるだろう。


「ベラドンナ、よろしくね!」


「はーい! 任せて!」


 妖精の加護を受け、優雅の翼(スパィリア)を広げたアルミナが空高くに飛び出した光景は、魔物達の空軍の目を引く。奇襲めいた銃弾一閃、ガーゴイルの額を撃ち抜いたアルミナの行動は、地上にも目を配らねばならない空の魔物達に、自分は無視できない存在だとしっかり示した。ガーゴイル一匹を仕留めたことよりも、その行動自体に戦局を左右する意味がある。


 アルミナに殺意を芽生えさせた空の魔物へ、意識の外から高く跳躍して迫る存在。獅子のような巨体を持つ、大森林アルボルの奥地からの傭兵凶獣は、逃がす間もなく一体のネビロスの頭を前脚で捕えた。そのまま空中で首を横に向けると、アルミナを狙撃しようとしていたガーゴイル目がけ、喉の奥から真空の刃を放つのだ。その一撃で一体の魔物の首を切断したと同時、そんなマナガルムの背中から矢を放ったキャルが、真逆方向のコカトリスの脳天を貫いている。


(狩りは楽しいな……!)


「その調子……!」


 着地と同時にネビロスの頭を踏み潰し、横からキャル目がけて鉄分銅を投げつけてきたヒルギガースに一瞬で振り向いたマナガルム。前脚で鉄分銅をはじき飛ばすと同時、咆哮ひとつで起こした突風により、突き進んでくる魔物の群れの動きを抑制する。向かい風に押し返されそうな魔物達へ、追い風を背負う形で突撃する大男は、長槍を握る腕が膨れ上がるほどの力を込めている。


 当のヒルギガースの胸元へ弾丸のように迫ったクロムは、身体能力強化の魔力を上乗せした蹴りで、一気にヒルギガースを後方へと吹っ飛ばした。さらに体が地上に向けて落ち始めるより早く、槍を振るって近場のダークメイジの首を切断。着地したクロムは、地を蹴り一体のグラシャラボラスに接近し、敵の拳の反撃をかいくぐって懐に潜り込むと、槍のひと突きで顎の下からグラシャラボラスの頭を貫き通す。その痛みをグラシャラボラスが認識するより早く、槍を後方に振るって頭を掻っ捌くと、敵の腹を蹴飛ばして突き倒してしまう。それとほぼ同時、さっき空高く跳ね飛ばしたダークメイジの頭が地面に到達するほど、一連の行動は素早かった。


 黄と青の絵の具が混ざり、パレットを緑色に染めていくように、人類と魔物達の波は一気にひとつになっていく。現実はもっと違う。光を表す黄色の絵の具が、なぜか緑に染まらぬかのように、人類の波が一方的に魔物達を呑み込んでいくのだ。


 破竹の活躍を見せているのは第14小隊だけではない。並び立った聖騎士や法騎士が、ルーネのファーストストライクで怯みかけた魔物達を一気に攻め落とし、確たる流れを掌握する光景が広く演じられる。単身では巨大な魔物を討ち取れぬ若き傭兵も、混乱した魔物達が相手なら戦場に影響力をもたらすことが出来る。この日初めて、ミノタウロスやヒルギガースにとどめを刺せたという兵もいるはずだ。それほどまでに、今の人類が掴み取った流れは手堅い。


「何をしている! うろたえるな!」


「相手はたかが人間だぞ! この程度で……グガっ!?」


 混乱する味方をなだめるふりをして、具体的な策を打ち出す口も回せない時点で、その指揮官も充分に混乱している証拠だ。自身の混乱ぶりをも自覚できない一体のスフィンクスが、ミノタウロスの死骸から奪い取った斧を投げつけたルーネにより、頭を叩き割られて吹き飛ばされる。そんな光景が空のネビロスの焦りを呼び、意識を奪われたその瞬間に、後援のダニームの魔法使い達による魔法の狙撃を受けるのだ。たかだか数発の大型火球を三方向から放たれただけで、それを処理できずに撃墜されるという時点で、ネビロス本来の実力を発揮できているとは思えない。


「勝ち戦にしか思えないのは僕だけかな」


「油断は出来ないけどな……!」


 それだけ堅い流れであっても、ユースは一切気を抜いていない。もっともそれは、口ぶりだけ余裕ぶって味方を安心させようとするチータもそう。この戦場にいる誰もがそうだ。敵対する魔物の巨大なシルエットを前に、いくら優勢だからって油断できる方がおかしい。戦況快調、されど人類に驕りなし、それを意識せずとも誘発させる魔物の恐ろしい風貌は、ある意味今は仇となっているとさえ言えよう。


「ユースちょっと前に出すぎじゃない!? 最近あんた凄いんだけど!」


「今のお前にはあんまり言われたくない!」


「どっちもどっちだな」


 今まで中衛の要であったユースが、がんがん前に出て魔物達の壁に穴を開けていく姿には、ユースと近しいポジションで戦っていたチータも溜め息が出そうだ。これじゃ自分まで前衛にならざるを得ないじゃないかと。まあ、いつも守る対象だったアルミナは空に一人立ち、キャルはマナガルムという最高のパートナーを得た今、チータも中衛であり続ける意義をあんまり感じないのだが。


 前衛で攻めることにだけ専念すればいいなら本当に楽だ。ユースに迫りかけたドラゴンナイトの足元を、ばこんと一点沈ませる地点沈下(ディプレッション)の魔法で挫くだけで、体勢を崩した魔物を一発でユースが仕留めてくれる。視野の広いチータには、すぐそばでワーウルフに攻め込まれている高騎士二人の姿も見えている。不意を突いてワーウルフの真下から召喚した岩石の槍で、その顎を叩き上げてやれば、優勢だったワーウルフがあっという間に前後不覚になる。その隙を突いてとどめを刺すことぐらい、ワーウルフ相手に持ち堪えていた高騎士様達ならわけもないことだろう。屈強な魔物に、自分の魔法で一撃必殺を狙えないとわかっていても、充分致命打を与えられる手段をチータは知っている。


 手が空けば、空の魔物達に向けて牽制の火球を数発放つだけでも、向こうは激戦区の中で回避に意識を割かねばならなくなる。それで空から人類を狙い撃つ魔物達の狙撃は、充分に抑制できるのだ。そうした牽制を後援の魔法使い達も次々に追撃してくれるから、空の魔物達は攻勢に移ることも難しい。流石ダニームの高名な支援魔法使いの方々だけあって、自分よりも随分威力の高い魔法を、"牽制"で使ってくれるものだとチータも感心する。


「チータちょっとー! 集中してるのー!?」


「戦場で集中してない変態はうちの先輩ぐらいだよ」


 お前こそ人のことばっか心配してる暇があるか、と、チータは空のアルミナに迫りかけていた一匹のヴァルチャーを、稲妻の魔法で撃ち落とす。すぐ後ろで聞こえたはずの雷音やヴァルチャーの悲鳴にも振り返らず、急降下してユースへ差し迫っていたリザードマンの頭を撃ち抜くアルミナを見る限り、向こうも集中はしているようだけど。あの反応は、ちゃんと迫るヴァルチャーに気付いている上で、チータが撃ち落としてくれると頼りきってくれていた反応だ。


「そろそろ行きますよ、シリカ様」


「ええ……!」


 魔物達の第一陣はやや掃伐した。放っておいても片付くであろう魔物の群れより、さらにその後方から突き進んでくる第二陣の方が気がかりだ。第一陣は奇襲から一気に突き崩したが、個々の身体能力ならびにポテンシャルは、どうしたって魔物達の方が強い。次の魔物の一陣を、小細工なしの真っ向勝負で受け入れては、突き破れてもこちらへの被害が著しい。


 目の前に見える魔物達の群れを前に、天高くまで跳躍するルーネ。その姿は敵の目にも当然見えており、何をするつもりだと向こうも身構える。奇襲にはならない、ただの先制攻撃だ。


地雷針(じらいしん)!」


 天高くから、細い二本の足先を地表一点に突き刺したルーネの一撃は、その一点を起点にして前方に凄まじい衝撃波を放った。それは獄獣ディルエラの列砕陣(れっさいじん)にも劣らぬ凄まじきもので、地表をめくり上げ、礫岩を跳ね上げ、大地に深く根差す大木さえも傾かせる凄まじいもの。多数の魔物の前衛を巻き込んで吹き飛ばされるも、衝撃波そのものは魔物の群れに混ざる魔導士による力なのか、中衛までは届かない。


 それでも充分。衝撃波を追うようにして真っ先に飛び出したシリカの騎士剣には、既に万物を切り裂く魔力が宿っている。大精霊の加護を再び得たシリカの魔力は、構えた彼女の騎士剣の長さ以上に、遥か長き翠玉色の魔力を備えている。そして前方、友軍の姿は一切なし。ゆえに容赦はいらない。


翡翠色の勇断閃ネフリティス・ドレッドノート!!」


 一振りの騎士剣、その尺の数倍はあろうかという切断の魔力。まさしく翡翠色の巨大な三日月を描く大薙ぎの一閃が、シリカまであと少しで到達していた近き魔物と、彼女までまだ遠くであった魔物までを大きく巻き込み、その肉体を真っ二つにした。数十の魔物がその一撃で、体の上下を二つに割られた現実は、それそのものが魔物の想定を超えて一瞬怯ませる。


「「大地炎熱(マグマクエイク)!!」」


 そしてその機にぴったり乗じ、後方の魔法使い達数名が、集結した魔力を魔物達の軍勢のど真ん中で炸裂させる。突如地が割れ、揺れる大地に足を取られ、さらにその亀裂から噴き出す溶岩。ルーネとシリカの先制攻撃を受け、足並みを崩された魔物達に間髪入れずにぶつけられたこの魔法に、対処しろと言うほうが無茶な注文だ。ルーネの衝撃波で空に跳ね上げられた魔物達も、マグマ煮えたぎる地割れの密集地点に吸い込まれるように落ちていく。


 この一連の流れだけで、百にも届こうという魔物達を葬り去っている。この一日の戦いにすべてを賭け、余力を残さぬ戦い方を選んだからこそ出来る戦い方だ。大魔法の発現に携わり、今ので魔力を使い果たした魔法使いは撤退の道を辿らざるを得ないが、その消耗に見合っただけの結果を導き出せている。それが正しきアドバンテージだ。


「行くぞ! このまま突き破る!」


 シリカの力強き号令。周囲の聖騎士や法騎士も、近しい友軍に似たような掛け声を唱えている。掴みかけた流れを手放そうとしない人類の勢いは、とどまることを知らない。レフリコスまではまだ遠い。全力を投じ、結果を導き出す消耗を形にし、魔王のもとへ勇者を辿り着かせる。そのための戦いは、始まって一時間の時を経て既に、佳境に入ったと言っても過言ではない。











「借りるぞ」


「よろしくお願いします……!」


 第14小隊全員が最前列で戦っているそんな時、後援の魔法使いの中へと駆け込んだクロムは、一体何を見据えているのか。彼の意図をあらかじめ知っていたかのように、ダニームでも特に有能だと評価された馬を差し出す魔法使い。馬に飛び乗ったクロムは手綱を握り、踵で馬の腹を強く蹴り、鞭の代わりにして馬を勢いよく駆けださせる。


 混戦模様の戦場の隙間を縫うようにして、槍を握った一人の騎士が馬を駆けさせる。目指す相手の位置は、身体能力強化の魔法で研ぎ澄ませた、この耳がしっかり捉えている。戦場は広い、馬の走り出した場所から彼女の位置は遠い。それでも一分経たずに彼女へ辿り着けたことからも、なるほど確かに名馬の足だと感じる。


「乗れ! 行くぞ!」


「うん……!」


 クロムの声は、戦士達の怒号と魔物達の咆哮が響き渡る戦場内においても、誰もの意識に割って入るほど通った。その声を聞き受けた人物は、戦場の最前列から突如にして高く跳躍し、激戦区の脇を馬に乗って駆け抜けるクロムの方へと飛んでいく。


 走る馬の真横に着地、駆け出すルーネは快馬にぴったりついていく速さでそれを追う。振り向くクロムと目が合った瞬間、地を蹴ったルーネはクロムの背中に飛びついた。ぶつかった瞬間の衝撃はそれなりにきつく、屈強なクロムでなければえづいていただろう。そのままクロムの服にしがみついたルーネは、素早く体を下に沈め、クロムの後ろ、馬の背中に腰を降ろす。


「大丈夫?」


「どうってことねえよ」


 前を向き、馬を走らせることに集中するクロムの返事は、素っ気無いからこそ、その言葉が嘘でないと強調されている。勢いよく走る馬の背で、ぎゅっとクロムの服を掴む子供のようなルーネは、戦場に残してきた旅団を案じているのだろうか。


「さて、目移りするなよ。こっちに集中しろ」


「わかってる」


 大丈夫なはず。総指揮官としての役目は、魔法都市ダニームの大魔法使いの一人、賢者の地位に最も近い位置にいる人物に託してきた。彼ならきっと、正しく旅団全体を目的のために導いてくれるはず。そして彼に導かれる騎士団、帝国兵、魔法使い達も、魔を打ち破るだけの力を培ってきたはずだと信じられる。


 コズニック山脈の西からレフリコスへ向かうため、東一直線に駆ける人類の軍勢。それとははずれ、南東まっしぐらに駆け抜けていく、クロムとルーネを乗せた馬。その先にレフリコスは無い。今はまだ、目指す対象もその先にはいないだろう。だが、やがて向こうから姿を現すことを、ルーネは既にはっきりと確信している。


「おふくろ」


 その宿敵との交戦に意識を傾け、集中力を研ぎ澄ませ始めていたルーネの意識に、その一言は唐突に突き刺された。我が子の背中を思わず見上げ、顔も見えぬのに目を見開いてしまったのは、意識しての行動ではない。


「生きて帰れたら話したいことがある。勝ってからのお楽しみだがな」


 低く、静かに、クロムははっきりそう言った。主戦場から遠く離れ、周囲に魔物の気配も薄れ始めた、静かな山中で確かにだ。その行間に込められた想いは、短くしてはっきりとルーネにも届いている。


 この後、迎えることが確定されているであろう激闘。それに勝利し、生きて二人で故郷に帰ろうという決意。そして数十年離れ離れで過ごしてきた息子が、話したいことがあるという宣言。それが聞きたいなら、何にかけても勝利し生き延びてみせろという宣告。


「あんたは簡単に命を捨てそうだからな」


 守るべきもののためなら、人類の未来のためなら。何年も離れ離れで暮らしていたのに、ルーネのそうした性格を言い当てるクロムの発言は、遠く離れていてもルーネのことをちゃんと見ていた証拠だ。我が子を捨てたと自認し続け、咎の重さに苦しみ続けたルーネを貫くその言葉に、幼き姿をした賢者は顔を伏せ、クロムの背中に額をこすりつける。


「絶対に、生きて帰るぞ。約束してくれ」


「……うん」


 服を掴んでいた小さな手を、我が子の胴に回してしがみつくルーネ。大きな体、逞しい姿、頼もしい背中。あの人が遺してくれた私達の子供は、こんなに大きく、強く育ってくれた。死地へ向かう、余裕など無いはずの旅路の中にあっても、その感無量の想いが色褪せることはない。


 溢れそうになる涙も今は堪え、ぎゅっと目を閉じ開いたルーネの目が光を宿す。それと同時、コズニック山脈の奥深くから、自分達に向けて駆け迫る怪物の足音が聞こえた気がした。死闘、あるいは私闘。夫を奪われた戦乙女ルーネ、父を奪われた豪傑クロムにとって、人生最大級の戦いが間もなく訪れようとしていた。

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