第237話 ~胡蝶の夢③ 燻り続けた革命児~
この時期、ラヴォアスの小隊に属していた騎士は27人。ラヴォアスの鬼のような指導ゆえ、入れ替わりの激しいこの小隊において、12歳春の入隊以降、一度も脱退していない見習い騎士は14人。16歳が4人、15歳が2人、14歳が3人、13歳が1人、12歳が4人だ。
あとの9人は途中からこの小隊に流入してきた者達で、多分その7割近くは来年の春にはいなくなっているだろう。今年の春には9人いた12歳の生え抜き新人たちも、年末を迎えるこの頃までに5人が脱落してきたわけで、これから脱落者が出ることを思えばまた減る見込みあり。13歳の生え抜き枠なんてすでに絶滅寸前だ。入隊から4年半以上耐えてきた生え抜き16歳が4人もいるなんて、この年ははっきり言って大豊作である。
勇者様のような立派な騎士を夢見て、ちょっとぐらいつらくても頑張るぞと騎士団の門を叩いた少年達が、音を上げてが逃げ出すほどのラヴォアス小隊。その厳しいご指南を耐え抜いてきた生え抜きの14人は、15歳の途中参入者が、3つ年下の見習い騎士を見てびびるぐらい強い。この小隊に途中から参入してくる時点で、見込みあるからラヴォアス様に揉んでもらってもっと強くなれ、とされる有望な外様達も、この小隊の生え抜きどものレベルの高さにはプライドが折られる。だから途中参入しても、出戻りで元の隊に還ってしまう者が後を絶たなかったりするのだが。
冬を迎える頃には、二年半以上ラヴォアスにしごかれた14歳以上の生え抜き騎士達が、他の小隊の見習い騎士にはそう負けないような強豪になっている。毎年そんな感じである。しかしこの年、そんな中で名高きラヴォアス畑の育ちながら、いまひとつぱっとしない見習い騎士が混ざっていた。それが生え抜き15歳枠のユーステット=クロニクスだった。
彼と同期入隊した同い年のアイゼンは、すでに17歳未満の騎士の中では有望株まっしぐらで、正式な騎士昇格後の姿が楽しみだと、現役の騎士達が目をつけていた位置。そんな彼の隣に立つユースの姿は、とてもこの小隊で育ったアイゼンの同期とは思ってもらえなかった。二つ年下の生え抜きにも負けるし、力をつけ始めた三つ年下の2人に負けたこともある。年下でも戦場で戦果を上げてくるのに、ユースときたら一匹の魔物も討てないのがザラ。はっきり言って、下から見れば頼りない先輩だと見られてもおかしくない体たらくである。途中参入者の新参たちも、生え抜き枠の中のユースのことだけは、ちょっと舐めてかかる節があった。実際、ユースに勝てる者も多かったし。
ともかくこれまで身内間、ユースは弱くて弱くて仕方なかった。いや、他の隊に混ざればまだいい成績を残しそうな感じだったが、若獅子集まるこの小隊では下の中もいいところである。潜在的なユースの実力には着眼していたラヴォアス教官も、なんとか開花の日までユースを諦めさせまいと、そのことに一番気を遣っていた。
ある日の冬の昼、昼食前の訓練をひとしきり終えた後、そんなユースがラヴォアスに一つの話を持ちかけた。それは今から、小隊の全員と、一人ずつ一騎打ちがしたいという提案。それがちょうど、ユースがシリカに出会った翌々日のことであり、急になんだと感じたラヴォアスも、シリカが何か吹き込んだかなと、軽く察しをつけかけてはいた。
いい意味で面白そうなので、昼食明けしばらくの準備運動の後、ラヴォアスは教え子達を招き寄せた。若い奴から一人ずつ、ユースと一騎打ちしろと。後輩にとっては先輩に揉んで貰う機会、上手くいけば下克上だぞと。先輩にとっては後輩の挑戦は受けるし、よもや負けたりしねえよなと。同い年には、負けたくない相手に意地見せろと、煽って鼓舞して背中を叩く。
はじめこの提案を聞かされた時、小隊の殆どが、何その晒し者いじめはと感じた。対人訓練や一騎打ちにおいて、ユースが勝ち星の取れない奴だとは周知の事実だったから。ユースに恥をかかせる結果にしか感じられない彼らは、渋々といった感じでこの提案を呑んでいた。みんな優しい。
今日はいつものようにはいかないんじゃないか……? と、最初からなんとなく感じていたのは、ユースの親友のアイゼンだけである。それよりももっと確信めいた何かを持っていたのがラヴォアス。ユースの背中から感じる、今までとは毛色の違う気質を嗅ぎ取っていたのは、この二人だけだった。
今までも、ユースなりに全力を尽くしてきた。だけど、ちょっとした出会いに過ぎなくても、今までとは違う約束を胸に臨むユースの心持ちは、新種なるユースの精神模様を作り上げた。自分を強く応援し、自分の成功を我が事のように喜んでくれると言ってくれたあの人が、ユースに新しい勇気をもたらしてくれる。
小隊の全員から一本を取る。今まで明確に、そう言葉にして掲げてはこなかった目標に、ユースが真っ直ぐ立ち向かう日々が始まった。
「――シリカさん!」
「お、今日は泣いてないんだな」
出会って三日目、開口一番に軽口を叩いても大丈夫だと思えるぐらい、今日のユースは顔色が明るかった。夜の秘密の訓練場、大きな声でシリカを迎えたユースの態度は、シリカに今日の出来事を、一秒でも早く伝えたかったであろうことがよくわかる。
「あと10人です!」
若い者同士の戦いで番狂わせが起こりやすいのは、どちらも未熟ゆえ、両者の心持ち次第で容易に本来の実力差がひっくり返り得るから。逆に言えば心持ちが改められれば、ひっくり返っていたヒエラルキーが容易に正され得るということだ。昨日まで、最年少の見習い騎士にまで負かされて自信を喪失していたユースが、決意新たに臨んでいきなりこうなんだから、気の持ちようひとつで変わるという話も馬鹿にはできないものである。というか、シリカやラヴォアスに言わせれば、本来の素養からして今までが正しくなかっただけの話で。
「嘘だろ、そんなはずない」
「ホントですって! ちゃんと17人から……」
「もっと取れてるんだろ? なんで少ない方にさばを読むんだ」
今でも足りない。ちゃんと全力発揮すれば、4人の先輩と1人の同期以外からは勝ててるだろとシリカは言う。シリカは今のラヴォアス小隊の実状を見ていないから情報不足だが、それでもそう見込むぐらいには、ユースのことを評価しているということだ。
「あー、えー……? いや、流石にそんなことは……」
「ふふふ、冗談だよ。まだ緊張して体が堅かったんだろうな」
流石に一日そこらで、昨日までの底辺暮らしから完全脱却というのは難しいだろう。まあ充分革命的な形にはなっているし、今までユースを舐めくさっていた同僚達を驚かせる次元には達しているが、それはちゃんと地力を出せた仮定では及第点未満。まだまだやれるはず。
「よし、今日のことを思い出しながらかかって来い。なんでも教えてやる」
「はい! よろしくお願いします!」
これが昨日まで、心に闇を抱え、作った平静心の仮面を表情に貼り付けていたユースなのか。希望が見え始め、心機一転シリカとのお手合わせに臨むユースの明るい声は、出会って三日目にしてようやく見られたユースの一面。目にしただけで、耳にしただけで、シリカまで嬉しくなってくる。
打ち合いが始まれば、昨日までと何も変わらない。全力全開の積極性を見せるユースと木剣を鳴らすたび、シリカもユースの力を実感する。この手腕で燻っていたという非現実さ、それが本来のあるべき形に是正されていく嬉しさ。後輩を導く中でここまで心が躍ったのは、シリカも今までにない経験である。
「少し脇が甘いな……! 盾に頼り過ぎるなよ……!?」
「はいっ……!」
アイゼンのフェイントに騙され、盾を上げた拍子に腰を叩かれて不覚を取った昼のことを思い出す。敗北を糧に新たなる力を得る、それが正しき、死なずに行なえる訓練の形。今までもそうしたことを繰り返してきたユースだったが、ここに来てその歯車ががっちりと噛み合い、最高の形で前進し始めたユースの姿があった。
初日にユースが"討ち漏らした"10人。すなわち一本取れずに負けてしまったのは、生え抜き枠では先輩4人、同期アイゼン1人、一年後輩が2人。こいつらは本当に強い。ラヴォアス畑の土で育った、天然ものの有能騎士見習いである。あとの3人は、途中参入者の年上2人と同い年1人である。
きっと出来る、と心改めた挑戦2日目のユースに、途中参入者の3人はあっさりと一本取られて枠から消えていった。生え抜きの一年後輩2人も、前日のユースの変貌ぶりに今日は気合を入れ、先日以上の気迫で臨んできた。流石に相手も案山子じゃない、心を持つ戦士の卵である。
1人はこの日に一本取った。もう一人には、攻めきれなくて一本取られる形になってしまったが。今までの気後れした戦い方で、身に染み付いた積極性を欠いた動きは、やっぱり気持ちを改めても短期間では更正しきれない。2日目はそれ以降の牙城も崩せず、先輩4人と同期アイゼン、後輩1人が討ち漏らし枠に残る形に収まった。
その日の夜は、計6度の敗北を念頭にシリカとのお手合わせだ。その前の訓練でも、ラヴォアス教官とのマンツーマン指導で、似たようなことはやっている。時間をひたすらつぎ込んで、先人から導き出される新たな勝利への道を、ユースが追いかけ続ける。迎えるシリカも楽しくて仕方ない。日を追うごとに、もっと言えば一撃一撃ごとに、止まらぬ成長を伝えてくれるユースの姿がある。
3日目、4日目と日を追うごとに、どんどん前のめりに攻め込み始めるユースの姿が、ラヴォアス達の目の前に披露される。へっぴり腰が徐々に正されていくだけで、日を追うごとに目に見えた化けっぷりを見せるユースには、いったいどんな秘密特訓がこいつを急成長させているんだと、周りもざわつく。本質は、頭打ち知らずで伸び盛るユースの根底に、十年間で積み上げた退屈なほどの剣術基礎が息づいているというだけの話なのだが。
5日目にしてとうとう、ユースの一つ下の世代では一番強かった後輩から、綺麗に一本取るユースの姿があった。4日間負け続けた、もっと言えば何年も前から負け続けた後輩をようやく超え直せたユースは、一本の瞬間に思わずよしと叫んだものである。胴を打たれてうずくまる後輩の悔しそうな顔に、わかったら明日からまた頑張れとラヴォアスが肩を叩いていた。過去に一度、ユースの未熟さを生意気な口で揶揄した後輩というのは、彼のことである。
勢いに乗ったユースがこの日、先輩の一人からさらに一本取ってしまうんだから、これにはラヴォアスも驚いた。というか、ユースが一番びっくりしていた。ただ、完全にまぐれなどではない綺麗なカウンターの一撃だったし、負けた側も言い訳の出来ない綺麗な決着だった。
5日目終了時点、残り4人。先輩三人とアイゼン。シリカと最後に顔を合わせられるのは12日目の夜といったところ。挑戦の形式上、難関が最後に残るのは当然だ。ここからが正念場だと意識するユースの決意が、夜のシリカとの特訓で如実に現れる。何としてもやってやる、と成長を渇望する少年の志が、無生物の木剣に乗るようにして重い一撃を生み出していく。シリカ相手なら当たって砕けろ、この人に少しでも近づけるなら、先輩やアイゼンも超えられるはず。真っ向から受け止めるには重過ぎるとさえ感じるユースの太刀筋には、シリカも日を追うごとに、防御技と回避技の引き出しを新しく開けざるを得ない。
「積極果敢は良いことだ……! でも、少し前のめり過ぎるんじゃないかな……!」
前のめりなのは、あくまで"前より"いいだけの話。先輩やアイゼンのような、地力でもユースに劣らない相手に勝つにはそれだけじゃ駄目。攻めに一辺倒で、守りの疎かになったユースの隙に、シリカが的確な反撃を返してくる。強打ではなく優しいが、それが無意識にでもシリカの余裕をユースに伝える形となり、ユースの方もシリカに追い迫りたいという気持ちを強めていく。
「せっかくの盾だろう、もっと有効に使うんだ。常に最善の位置からぶらさないだけで、相手に対して隙なしと牽制できるんだからな」
「はい……!」
魔物との交戦をあまり想定しない、対人に特化した教えもちょっと目立つ。先々のことを考えれば、汎用性に欠ける戦い方かもしれない。それをシリカが敢えて教えるのは、大願果たして報われるユースの姿を見たいから。数日経って今にして思えば、やはり過酷な試練を課したものだとシリカも少し反省しているのだが、ここまで来たら挑戦者が王朝を崩す栄光を見てみたい。決して淡い夢物語なのではなく、今のユースにはそれを期待できるだけのものがある。
「そうだ、いいぞ……! 今のを忘れるな!」
「はい……!」
筋のいい会心の一撃が繰り出せれば、シリカはそれをしっかり肯定してくれる。流石にシリカが相手では相手の体まで届かないが、見習い騎士同士なら充分に決定打になり得るだけの境界を、シリカはちゃんと知っている。今の実力で出せる最高の一打を、常にユースが引き出せるように導いていく。
ユースにとって、師と呼べる人物はこれで三人目。剣術道場の師範、上騎士ラヴォアス、そしてシリカ。新たなる師との出会いが、新しいユースの可能性を広げていくのもまた、それに応えるだけの力をちゃんと養ってこられたことの賜物。絶望しかけながらも諦めずにここまで来たことは、絶対に無駄な努力ではなかったのだ。
9日目にしてユースは、2人目の先輩から一本を勝ち取った。この一戦は過去にないほどの長期戦で、終わった頃にはユースの粘り勝ちという形であり、次の一戦に体力が残っておらず、その後は殆ど勝負にならずに負け続けた。それでもこの1勝は大きい。
翌日、一晩明けた全力のユースが、3人目の先輩から一本取る。残るは二人。ラヴォアス小隊で現在リーダー格を務める最年長の先輩と、毎回接戦になりながらもユースに一本取らせないアイゼンだ。先輩は当然として、同期アイゼンの壁がここにきて厚い。時間がないだけに、ユースも徐々に焦ってくる。なんとしても、シリカとの約束の時間内にすべてを果たしたい。
11日目は焦りが祟ってなのか、先輩にもアイゼンにも、普段ほど戦えずに負けてしまう。より焦る。明日は恐らく最終日、そうしたプレッシャーが余計にユースを追い詰め、体を堅くする。それでも昔よりは本来の力が引き出せるのか、訓練では過去のように負けまくることはなくなっていた。ユースに勝ってばかりだった後輩や先輩も、まるで生まれ変わったユースに向上心から挑戦し、ユースもしっかりそれに応じていた。こうして一人が変わるだけでも、小隊全体が刺激されて、全員の士気が高まっていく。もっと早くこうなっていてよかったんだがとは思うも、こうした流れはラヴォアスにとっても嬉しいことだ。
そして、12日目の夜。恐らく二人が顔を合わせられる最後の夜、シリカを迎えたユースの顔は明るくなかった。顔を見ればわかるのだが、シリカは結果を問いかける。
「どうだった?」
「……二人、残りました」
ここにシリカが来る前に、なるべく普通の顔でそれを告げようと、ユースも心構えを作っていたのだろう。消せない無念はなんとなく感じられるが、元気のない笑顔は彼なりに作った顔だとわかる。
「そうか。だったら、明日が最後のチャンスになってしまうな」
今日が最終日だと計算していたユースに対し、シリカがあと一日の猶予を作った。明日からはシリカが小隊の仲間達と仕事に向かうため、顔を合わせる機会はないはずだという見込みだったのだが。
「あと一日ある。頑張ってこい」
何も深い事情は話さず、この日シリカはユースとの手合わせに入る。話は見えないが、自分が何か計算を間違っていたのだろうと思い、ユースは目先のことに集中する。兎にも角にも明日が最終日、ここでやるしかないんだから。
その晩の手合わせが、過去最も気概に満ちた猛特訓であったのは言うまでもないだろう。シリカと交わした約束を果たすため、無心で木剣を握るユースの眼差しを、シリカは静かに受け止めていた。
「クロム、話がある」
「お、なんだ? 仕事前に神妙な顔で」
この日シリカの属する第6中隊は、二つの任務を預かっていた。一つは魔法都市ダニームの北に巣食う魔物達を討伐する任務、もう一つはエレム王国の東に潜伏する、野盗団のアジトを叩くというものだ。シリカは前者の任務に、クロムは後者の任務に就いていたのだが、これを代わってくれとシリカが提案してきたのだ。
魔法都市ダニームの北へ遠征した部隊は、その後ダニームで一晩を明かす。野盗団アジトを叩いた部隊は一度王都に帰って一夜過ごした後、翌朝ダニームに渡って合流。そして明日、第6中隊全員で、ダニームからルオスへと向かい、その道中にある魔物の巣窟を叩くという算段だ。つまり、ダニーム北へ遠征すると、今晩エレムに帰ってくる機会が作れないということだ。
「お前が最近よく言ってる、見込みのある見習い騎士か?」
「そうなんだ。勝手なことだとはわかっているんだが……」
戦力的にはシリカとクロムが交代しても、戦略に大きな変更はない。特に問題のない範疇で済ませる人事交換だが、急な申し出にシリカも深く頭を下げる。事情はなんとなく察せるから、クロムとしても理解できる提案だ。
「うし、わかった。ダニーム側の指揮官様には説明しといてやるよ。元々お前を出陣させること自体が少し早過ぎないかと論点になってたし、野盗団アジトの方がラクだろうから結果オーライかな」
「すまない、クロム」
「結構結構。お前もここ二週間、そいつの話ばっかじゃねえか。随分お熱なのはわかってんだからよ」
「最後まで応援してやりたいんだ。だって、あんなに……」
「あー、もうやめろ。それはもう十回以上聞いた」
くつくつ笑うクロムに、ありがとうと礼を述べ、やがてシリカは任務へと向かっていく。夜には充分帰ってこられるだろう。それを確実にするためにも、今日の任務は特に失敗できない。周りには普段と変わらぬような顔を見せ、戦列に並んだシリカであったが、久しぶりの任務という以上の強い決意をシリカが抱いていたのは、隣に立つマグニス以外には読みきれないものだった。
先月の、魔将軍エルドルとの死闘以来のシリカの復帰戦。それはもう、短期決戦を強く意識したシリカの勢いが凄まじく、見込みより何時間も早く野盗団は壊滅させられたという。
一夜明ける前によくよく考えてみれば、流石にユースだって気付く。何度計算しても、昨日が最終日だったはずなのだ。当たり前のように今日という、もう一日の猶予が与えられたから面食らったが、どう考えたってシリカはユースに一日ぶんのチャンスを余分にくれている。
きっと今夜も、例の場所に行けばシリカは現れる。そして今日こそ本当に、戦線復帰前のシリカと夜中に会える最後の日だ。たった4つの年上、二十歳に満たない人とは言っても、その実力高さはユースにもよくわかり、きっと若くして上騎士様の立ち位置の人だろうと(違うが)ユースも思っている。復帰すれば忙しくなり、夜更かししてユースに会いに来る時間だって作れなくなる、地位高き人だとわかるのだ。
だから今日は、絶対に負けられない。自覚するほど緊張する想いを胸に、昼食後のユースが普段のように、小隊のみんなが集まるもとへと歩いていく。殺伐ささえ漂わせかねない闘志を抑え、平静心を取り戻し、あるべき全力を取り戻そうと、空の掌を握ったり閉じたりする。27人のうち、25人から一本とり続けるだけの力があったのに、それを為してこられなかったのは何故か。それはやらなきゃと意気込みすぎるからだと、シリカに指摘された数日間の教えから理解しているつもりだ。それ以前にもラヴォアスにも言われ続けてきたことだし、今までと何かが変わってきたことからもなお、ユースはその教訓を、まさに今日こそ活かしたい。
「今日もやるんだな?」
「はい」
「よし、かかってこい」
昨日までと、何ら変わらぬ流れで先輩は挑戦者を迎え撃つ。今日がユースにとって、今までとは違い、絶対に負けられない日であることなど誰も知らないのだ。間もなくしての17歳を迎えれば、この小隊を卒業する、ユースの一つ年上の先輩は、彼自身のプライドに懸けて負けられない。今年のラヴォアス小隊のエースストライカーとして、教官を除けば常にこの小隊を引っ張ってきた身として、後輩に負けて卒業していくことなど出来ないのだ。
構える二人、男と男の一対一。上にも下にも負けられない理由がちゃんとある。それはやがてこの二人が、真の戦場に立ち並ぶ日が訪れた時、不退転の想いを剣に込めて戦うための演習であるとさえ言えよう。何かの副産物であったこの流れではあれど、教官の手を離れて活性化する若き志の有り様には、彼らを導くラヴォアスの胸も熱くなる。
「よし、始めろ!」
ラヴォアスの一声と同時に幕を開く、ユースの挑戦最終日。一枚の殻を破り、彼が翼を広げられるかの岐路がここにあった。




