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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第14章  闇の目覚めし交声曲~カンタータ~
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第230話  ~宿命の対決③ 最強との激突~



 顔面目がけて飛来する巨大な掌底を、かがんでくぐると同時、騎士剣を前方に薙ぐシリカ。万物を断つ勇断の太刀(ドレッドノート)の魔力を常に孕んだ一閃には、ディルエラも前方に跳躍してシリカを飛び越える形で回避。シリカの後方空中で首を引き、頭を下にして一回転する中で、口に含んだ瓦礫の破片を弾丸のように吹き放つ。途切れそうな意識の中で迫る殺意を察したシリカが、ひねった体の痛みに小さくうめきながらも、後方向き直ると同時に視界に入れた瓦礫弾丸を、鍔そばの剣身で払う。


 着地と同時に前転受け身、流れるように立ち上がる頃にはすでにシリカ達の方を向き直っているディルエラ。着地の瞬間の獄獣に剣を突き立てようと、駆けていたユースの血も凍る。中腰の姿勢から凄まじい速度の回し蹴りを返してくるディルエラの射程距離は、剣を握ったユースのそれといい勝負だ。石柱が振り回されたような破壊の一撃を前にして、ユースは顎が地面に着きそうなほど体を沈めて回避。それほど潜りこんでなお、髪をかすめたすれすれの回避だ。


 回し蹴りを放ったディルエラの目線の向きが、自分から逸れた瞬間に銃弾を空から放つアルミナは、間違いなく最善の一射を撃っていた。それさえも、流れる動きの中で腕輪で銃弾をはじき返し、体を沈めたユースに掌を振り下ろすディルエラには、何の効果も出せていない。ユースは後方に跳んでかわしたが、地面を粉砕したディルエラの掌が泥を跳ね上げ、ユースの目の前が土色に満ちる。


 そこへ獄獣の口が噴き飛ばす瓦礫弾丸が襲来する。咄嗟に盾を振り上げてそれを打ち払ったユースだが、ノエルとの戦いで痛めた腕に装着する盾、そこに拳大の瓦礫が銃弾のような速度での衝突。英雄の双腕(アルスヴィズ)による緩衝あってなお、その重みは骨を軋ませ、ユースの意識を苦痛で塗り潰す。


 完全に怯んだユースに迫ろうと踏み出したディルエラへ、ユースを追い抜くようにして駆け迫るシリカ。振り抜いた一閃の太刀筋には、ディルエラは後方に跳躍して回避。上昇中にアルミナに目をつけ、口内最後の瓦礫を噴き撃ち身を逸らす。常に撃つ側であったアルミナを、的確に狙撃してくる瓦礫には、アルミナも片翼を振り上げてきりもみ回転、上下もわからなくなりそうな空中姿勢で回避だ。その時には既に、後方宙返りしたディルエラが、足を下にして着地する寸前である。


 地に足を着けた瞬間、足の裏に集めた魔力が為す列砕陣(れっさいじん)の発動。衝撃波を放つ方向は真正面、シリカとユースを同時に呑み込める絶大さを兼ねて。決死の魔力を盾に集めて凌ごうと一歩出たユースの横、さらに二歩踏み出したシリカが剣を振り上げ、海を割る奇跡の如く衝撃波を両断。切り拓かれた道の向こうから、一気にディルエラが襲い掛かってくるのを警戒するシリカは、既に真正面から駆け迫る獄獣に対し、迎撃の刃を放てる姿勢を作っている。


 違う。真正面と、割れた衝撃波の駆け抜けた左右を砂埃で満たされたシリカの右から、地面に刺さる銃弾の音が響いた。空から獄獣の動きを見届けていたアルミナのメッセージ、それにシリカが振り向いた瞬間、粉塵を突き破る巨体の姿が見えた。二人同時にと欲張らず、シリカを頭から叩き潰す掌を振り下ろすディルエラ。この攻撃をすんでのところで後方に跳んでかわせたのは、空から敵の急襲方向を知らせてくれた、アルミナの功績に他ならない。


 あわやをバックステップでかわしたシリカに代わり、ディルエラの側身すぐそば駆け抜けるようにして剣を薙いだユースがいる。左の脇腹めがけた一撃を、左脚を引くようにして体を回して回避したディルエラは、その回転任せに足を振り抜いてシリカの頭を吹き飛ばそうとする。身を沈めて体を縮めたシリカの全身が、いくつも血管の切れた肉体の収縮に悲鳴をあげる。それでも頭上をディルエラの脚が通過した直後、枯れて音にもならない気合と共に、一歩踏み出し騎士剣を振るシリカ。胴を真っ二つにしにかかる一太刀には、ディルエラも後方に短く跳んで回避するしかない。気が抜けないのは獄獣も同じだ。


 即座に走行軌道を180度切り返し、ディルエラの後方から差し迫っていたユースの動きは、短く跳んだディルエラが着地するまでに追いついている。背後からディルエラの右脇めがけ、騎士剣を振りかぶったユースの一撃は、どんな相手にも気付かれる暇もないまま食い込ませられた必中弾。だが、足音を聞く力ひとつでそれを察知していたディルエラ、さらには剣が風を切る音から軌道まで読み取っていた獄獣が、振り返りもせずに右腕を振るう。背後から、右から全力で振るわれた騎士剣を、ディルエラの腕輪がはじき返したのが直後の出来事。


 それと同時に足元の泥を、前方のシリカ目がけて蹴りだしたディルエラは、前から迫るシリカの危険性を排除。さらに僅かに身を沈めると同時、曲げた左腕を後方へと振り抜けば、ユースの胸元へと獄獣の肘が凄まじい速度で迫る結果の完成だ。剣をはじかれ身の上ずったユースを襲う、角ばった死が目前から迫る恐ろしさは、もはや言葉では言い表せない。


 詠唱する暇もなく、しかし染み付いた反射神経の如く瞬時に纏わせた英雄の双腕(アルスヴィズ)の魔力と共に、盾とその腕を支える右手を下げただけでも敢闘しただろう。壊滅的な獄獣のパワーは、小円軌道を描く非全力でなお、ユースを遥か後方へと吹き飛ばす。瞬時全力の英雄の双腕(アルスヴィズ)による緩衝の魔力、バックステップでの衝撃逃がし、それでも抑え切れずに余った破壊力が、ユースの腕と全身をひび割れさせる。さらに廃屋の壁に背中から激突させられたことで、完全に中身まで砕かれた。接壁の瞬間に血を吐いて目を虚ろにしたユースが、糸の切れた人形のように着地直後、膝から崩れ落ちて地面に力なく倒れてしまう。


 一対多の鉄則は、敵の頭数を確実に削ること。全力であるほど獅子搏兎、ディルエラが半死体のユースにとどめを刺すべく駆け出そうとした瞬間のことだ。ディルエラの眼前の地面、つまりディルエラがそのまま駆け出していれば脳天を貫いていたであろう弾丸が、空から数発降り注ぐ。ディルエラも踏み出していた足が一瞬止まる。その刹那の遅れが、後方から迫る法騎士が追いつくまでの時間を作りだす。


 背後からディルエラのすぐそばまで迫ったシリカが、短くも咆哮と共に騎士剣を大振りした瞬間、ディルエラが後方へと高く跳んでかわしたのは正しい。シリカから離れる方向に駆けて回避しようとしていたら、剣身を超越した翡翠色の魔力、翡翠色の勇断閃ネフリティス・ドレッドノートがディルエラに届いていた。宙返りしてシリカの後方へと逃れるディルエラの眼前、シリカの剣とその延長線に纏われた魔力が描く、あまりにも巨大な三日月形の軌跡がそれを物語っている。


 後方離れに着地していくディルエラにシリカが振り向いた瞬間、重低音と共に着地した獄獣の足から発射される衝撃波。シリカは逃げる、振り返らずにバックステップを何度も繰り返して。地面を掴んでぼろぼろの体を何とか引き起こそうとするユースの前まで辿り着くと、そこでようやく剣を振り上げ、列砕陣(れっさいじん)を両断する。ディルエラとユースの中点で同じことをしていたら、衝撃波を割った瞬間にシリカを飛び越えたディルエラが、立ち上がれぬユースを踏み潰す予感がしたからだ。


 狙いを読まれ、それが叶わなかったディルエラの視線は空に向く。"飼い"の対象外だったあいつが、今まで巡り会ってきた大魔導士達にも勝り厄介だ。聖戦には不釣合いなほどの脆弱な力を、最大限に活用し、決まっていたはずの勝負を何度も阻害してくる。非力なほどの力、それを共に戦う仲間のために絞り出し、大敵の足取りを崩す様というものは、まさに魔王を打ち倒した人類の結束力に通ずるもの。


 シリカとユースに向いていた殺気が、明確に自分へと差し向けられた瞬間には、悪寒と恐怖でアルミナも息が詰まりそうになる。ここで瞬時に歯を食いしばり、望むところだと強い眼差しを返したアルミナと目が合った瞬間、ディルエラが地を蹴った。その心に、空のあいつがシリカやユースに劣らぬ脅威であると確信を抱くとともにだ。


 アルミナは逃げない、高度を上げない。駆け出したディルエラはアルミナの斜め下の地上、彼女との距離が短くなった地点で跳躍した。獄獣が凄まじい速度で自分へと飛来する光景に、アルミナの全身の毛が逆立ったのは言うまでもない。地を蹴って二秒経たずして、低空のアルミナとの距離をゼロに近づけたディルエラが、空のアルミナ目がけて脚を薙ぐ。高度変えずして旋回飛行、伸ばされたディルエラの脚が描く巨大円から勢い良く離れたアルミナが、回避を成功させ即死を免れる。


 既に腰の鉄球に手をかけていたディルエラは、逃れるアルミナめがけて即座にそれを投げつける。背後から迫る確実死の弾丸を、悲鳴をあげたベラドンナとほぼ同時に高度を下げたアルミナが回避。見えていたわけではない、自分が飛び道具を持つ射手ならそう狙うだろうという経験則から来る、無意識に生へと手を伸ばした行動だ。


 ディルエラの着地点は廃屋の壁。比較的破壊されていない建物の壁を両足で蹴った獄獣は、アルミナの飛行予測空点に向けてさらに跳躍。アルミナを踏み潰し得る軌道で跳ぶディルエラの姿には、地上のシリカが思わず大声でアルミナの名を叫んだほどだ。


 飛来するディルエラの方へとぐるりと身を向け、急接近する獄獣へと銃弾を放ったアルミナの度胸を誰が真似できるだろう。銃弾はディルエラの腕輪によって容易にはじかれたが、引き金を引いた瞬間に翼で空を押し出したアルミナが、銃の反動任せに体を後方に大回転。乱れたアルミナの飛空軌道は、彼女に迫っていたディルエラの軌道の下まで沈み、手足を伸ばしても獄獣が仕留められぬ距離までアルミナを突き放す。


 奥義を打ち出す価値ありし。アルミナの真上を過ぎ去る瞬間、胸の前で拳を打ち鳴らしたディルエラが、爆閃弾(ばくせんだん)の封を切る。獄獣を中心に発生した爆風は全方向へと放たれ、ディルエラの下位置にあったアルミナの体が、その風によって一気に地上へ吹き飛ばされる。ディルエラの不穏な動きを一瞬視野に入れただけでぞっとしていたアルミナは、既に翼を開いて体勢を整えかけていたが、重力と爆風で地面へと吸い寄せられる勢いに勝てず、そのまま石畳の剥がれたぬかるみへと真っ逆さまだ。


 最高速落下、頭から落ちる、ふたつの最悪を翼をはためかせる姿勢操作で回避したアルミナだが、抑えた速度とはいえ背中から地面に叩きつけられては、肺と骨が潰れた痛感に目を見開く。息が止まり、意識が吹き飛びかける。握り締めた銃を手放さなかっただけでも凄いものだが、地上へ降り立ったディルエラが間髪入れず、身動きすら取れないアルミナへと駆け迫る行動も、彼女は認識できていない。


 絶妙にディルエラがアルミナに凶腕を届かせられる距離に到達した瞬間、アルミナの位置へと追いつき剣を振るったシリカが、獄獣に跳躍を強いてアルミナの命を救い出す。ディルエラの跳んだ方向は、記憶の限りにあるユースの倒れた場所だ。まだ立ち上がれていないのであれば一匹撃破、当たれば儲けとしたディルエラが着地したそこに、倒れていたはずのユースの姿はない。


 舌打ちと共に地面の音を辿れば、少し離れた場所で、廃屋の壁にもたれかかるユースがいる。あのざまでなお、死んでいない目を返せる人間というやつを、今までにもディルエラは見てきた。そしてそれは、傷つきながらも自分を撃退してきた人間、ベルセリウスやルーネにも共通した眼差しだ。


 肩で壁を突き放し、はあっとかすれ声を強く吐き出したユースが剣を構える。ディルエラは迫らない。握り締めた拳を振り上げ、そこに凝縮させた魔力に火を噴かせる構え。優勢に見えて膠着状態が本質のこの戦場、詰めを甘んじるなど愚の骨頂だ。


列砕陣(れっさいじん)!」


 奥義を口に詠唱する行動が、この一撃で勝負を決めるという精神の象徴。ディルエラから南西のシリカとアルミナ、東のユース、地面を勢いよく殴りつけたディルエラの放つ衝撃波は、その二方向へと激走する。どう転んでも一人は殺せる一手。倒れたアルミナを守りたいなら、シリカはその場所から動けまい。仮に英雄の双腕(アルスヴィズ)でユースが衝撃波を凌げたとしても、それで力尽きたユースに接近し、叩き潰せば終わりだ。そもそも今のユースが、列砕陣(れっさいじん)に抗えるほどの魔力をすぐ生み出せる力が残っていないことなど、見ただけでわかる。


 死にかけのユースを守るために駆ければアルミナが死ぬ。自分には片方しか守れない? 今では親友のクロムやマグニス、敬愛するダイアンやナトームにも勝り、至らぬ自分をずっと慕い続けてくれた世界一愛しい二人を、こんな所で喪うのか。シリカの握り締めた騎士剣が、夕暮れの太陽よりも遥かに強い光を放ったこの瞬間こそ、これまでも巨悪に屈さなかった人類史が、新たに刻む1ページ。


翡翠色の(ネフリティス)、っ……!」


 振り上げられたシリカの騎士剣が、勢い良く地面へと叩きつけられる。その剣身から凄まじく伸びた翡翠色の光は、巨塔が倒れる残影を描くようにとんでもない軌跡を描いた。それはユースとディルエラの中間点、大地を走っていた衝撃波を叩き潰す神の剣のようにして、列砕陣(れっさいじん)を一瞬で鎮圧する結果を残す。逃れることも盾を構えることも出来ず、死を待つだけだったユースの眼前、翡翠色の魔力が衝撃波を踏み砕いたのだ。


勇断(ドレッド)(ノート)!!」


 シリカの剣から伸びる莫大な魔力が、叩きつけた直後の騎士剣を振るうシリカの動きに合わせ、ディルエラの方へと勢い良く駆け抜けた。あまりに予想外の急襲に、ディルエラも回避最優先で高く跳ぶ。そして獄獣を捕えられなかった翡翠色の断裁魔力は、ディルエラからシリカ達に向けて放たれていた衝撃波、それの駆ける地面を抉るようにして、獄獣の魔力を薙ぎ倒す。大精霊の加護を得たシリカの絶大な魔力は、ユースへの衝撃波を粉砕した直後、自らへの衝撃波をも蹂躙する結果を残した。


「っ……シリカ、さん……!」


「守ってやる……! 絶対に……この命に、代えてでも……!」


 息が詰まりながらも、なんとか片膝ついて立ち上がろうとするアルミナに対し、考えずして溢れるシリカの言葉こそ、今の彼女の生きるすべて。騎士昇格試験5つの難題第二問、100人の民と1人の上官、片方しか護れないとしたらどちらを護るか。"どちらも護る道を捨てたくない"と答えたのがシリカなのだ。自分の狭い手で守れるのは限られた数人だけ、そんな大人びた現実とやらに、家族を守るべきこの時にまで甘んじてたまるか。


 着地したディルエラがシリカ達を睨みつける中、崩れ落ちる寸前に体を引きずって駆けるユースが、シリカのそばへ辿り着く。胸を張ることも出来ぬほど傷だらけの騎士二人が、かろうじて構えてディルエラを見据える後方、立ち上がったアルミナが翼を広げて跳躍する。どいつもこいつも死神に肩を叩かれた顔色のくせに、諦めのアの字も知らぬ顔で睨み返してくる。


「ユース……アルミナ……!」


「絶対、負けません……!」


「みんなで、っ……帰るんです!」


 地上2つと空1つ、第14小隊の魂のほとばしり。まるでそれをきっかけとするかの如く、地を蹴るディルエラがシリカ達へと勢い良く差し迫る。衰えないディルエラの速度、空から放たれる銃弾を容易にはじいて止まらぬ勢い、あっという間にシリカとユースを薙ぎ倒す掌をフルスイングするディルエラ。腰の高さを大薙ぎする掌は、身を沈めて回避することの出来ない一撃だ。


 後方に跳んでかわすユース、逆にディルエラを飛び越える方向へと跳ぶシリカ。頭上の法騎士が前回りに剣を振るい、ディルエラの立ち位置を真っ二つにする刃を振るうさまに、獄獣も一瞬の横っ跳びで回避。前方には着地と同時に顔を歪ませるユース、狙うは勿論そこしかない。シリカの一撃を回避したその足で、真っ向それに直進しようとした瞬間、背後からの凄まじい殺気に、思わずディルエラも足を切り替える。


 自分と離れた後方に着地するはずであろうシリカが回転直後にすぐさま足を地に向け、ディルエラに向き直りざまに振るった騎士剣は、得物の尺より遥かに長い切断の魔力を携えている。その射程距離、前にディルエラが進んでいても逃れきれない凶悪な一閃。まずい、と跳んだディルエラの正しさを実証するかのように、翡翠色の切断軌跡が大きく描かれ、それはディルエラの立ち位置とその前方を切り裂いている。


 低き跳躍でユースの場所へと降り立つディルエラ、踏み潰されかけたユースがさらに後方に跳んで逃れた直後、着地と同時にディルエラの足が発動させる爆閃弾(ばくせんだん)。獄獣を爆心地に発生する強き爆風は、後方のシリカの接近を阻み、ユースを吹き飛ばす。体を浮かされ廃屋の壁に飛ばされたユースに、自ら追いつかん勢いで駆け迫り、既にディルエラは拳を握り締めている。


 殺されてたまるか、体を乱されながらも吹き飛ばされる先に足を向けたユースは、痺れるような衝撃とともに廃屋の壁に着地。さらに蹴飛ばして斜め前方に逃れた直後、ユースの蹴った壁がディルエラの拳でぶち抜かれる。舌打ちすらせず、ぶち抜いた壁を握り締めたディルエラは、その大穴の隣にもう片方の手の指を突き刺す。一戸建ての小さな民家の廃屋を地面から引き抜き、踏ん張る足と捻った腰で、地面に転がり立ち上がる前のユースめがけ、建物一つをぶん投げてくるのだ。


 なぜそこで、遠距離攻撃を主体とするアルミナがユースの位置へ滑り込み、彼を抱えて廃屋の大投石から逃がせるのか。恐るべき獄獣と距離を詰めることを厭いもせず、満身創痍のユースの命を守るため、早くから接近していた彼女の行動力なくしてこれは不可能。賽が転がるように、廃屋が轟音とともに転がるそばを、ユースを抱いたアルミナが跳ねて転がり死を免れる。傷だらけの二人の体を貫く痛みは、それでも凄まじい。


「させるか……っ、ディルエラあっ!」


 これにこそ舌打ちしつつも、すかさずユース達を踏み潰す足を向かわせるディルエラも速い。獄獣が二人の位置に到達するまさに直前、足の届かぬ距離からシリカの翡翠色の勇断閃ネフリティス・ドレッドノートの巨大な一振りが二人の上を通過していなかったら。退がって回避するしかないディルエラの前方をかすめる絶大なる一振りは、時を追うごとに射程距離を伸ばしているようにすら感じる。


 列砕陣(れっさいじん)を放つ拳を地面に振り下ろそうとした瞬間には、シリカの素早い第2撃がディルエラへと振り下ろされている。大股数歩分の距離からディルエラ目がけ、剣身より長く伸びた翡翠色の魔力を打ち下ろすシリカには、ディルエラも攻撃を遮断して横に逃れるしかない。シリカの魔力が地面に地割れのような傷跡を残すと同時、握った鉄球をシリカに投げつけるディルエラ、胸元への一撃をかがんでかわすシリカ。上目遣いに突き刺してくる眼差しが、壊れかけた人間のものとは思えぬほど強い。


 離れた位置のディルエラに対し、届かぬはずの剣を横薙ぎに振るうシリカ。大精霊の魂を背負いし勇断の太刀(ドレッドノート)なら届くのだ。数十の敵の塊をも一網打尽に出来るであろう、巨大な切断魔力の軌跡を、ディルエラは後方に跳んで逃れるしかない。高く跳び、シリカから距離を稼ぐ。


「ユース……しっかり、っ……!」


「わかってる……!」


列砕陣(れっさいじん)!」


 両足に集めた魔力を着地の瞬間に爆裂させ、シリカならびに立ち上がりかけたユース達へ衝撃波を放つディルエラ。今日一番の衝撃波だ。土属性の大魔法にも劣らぬ破壊の波が、後方に家族を控えるシリカへと突き進む。手首が軋むほど鍔を握り締めた法騎士の後ろ姿は、その後ろのアルミナ達に、死の予感を越えて絶望させない英傑のそれそのものだ。


 決死の咆哮と共に騎士剣を振り下ろしたシリカは、神が掌で天災を叩き潰すかの如く、翡翠色の巨大な柱で衝撃波を圧殺する。もはや波を割っていた先程までとは違う、巨大なる悪意をそれよりも巨大な力で踏み潰すだけの、特大の翡翠色の勇断閃ネフリティス・ドレッドノート。彼女本来の魔力をもたらす大精霊バーダントでさえ、輝く刃の根源シリカの魂が、これほどの力を実現していることには、言葉も失い息を呑む。


 ディルエラにもバーダントにもわかる。魔法とは、術者の精神力に依存するものだ。発動する条件ではないが、ここに来てシリカの魔力が猛火を噴いているのは何故か。打ちのめされた体を引きずってなお、どうしたって守り抜きたい何かが後ろにあるからだと、その魂の輝きが獄獣にすら届いている。心は誰にも読めない、その上でシリカの精神模様を物語るほど、翡翠色の魔力から溢れる魔力は濃く鋭い。


 まずシリカなのだ。一匹ずつ芽を摘む戦い方の合理性を捨ててでも、討つべき対象をディルエラが見定めた。列砕陣(れっさいじん)を粉砕し、爆閃弾(ばくせんだん)をも乗り越え、万物を切り裂く法騎士を睨むディルエラの眼は、勇騎士ベルセリウスと対峙する時のものと変わらない。怒りではなく、最強の挑戦者を撃破した末の更なる力を渇望するディルエラの想いが、獄獣の目を真紅に染めていく。


 シリカの捕食を最短距離に見据えたディルエラの突進。喉の奥から溢れそうな血反吐をこらえ、剣を握り締めるシリカ。立ち上がったアルミナが空へと身を蹴りだす中、シリカの後ろで片膝をつくユース。この時、法騎士の後ろに守られる彼の盾が、蒼く密かに輝いたの見ていたのは一人だけ。


「ユース、お願い……! シリカさんを、守ってえっ!」


 上空から、撃っても容易にはじき返される銃弾を放つアルミナの叫び。奇跡を願う、信じる、渇望する。ゴグマゴグから、ワーグリフォンから、ノエルから勝ち取ってきた希望の日差しを、彼女はユースの光に追う。潰れかけた肺から絞り出される、悲痛なほどの叫び声は、枯れ果てたラエルカンの都に脈強く響き渡る。


 シリカとディルエラが四肢と剣を交錯させる後ろ、立ち上がった若き騎士。胸を拳で撃ち抜かれそうになったシリカが逃れた背後から、伸ばした腕と剣でディルエラの鼻先を薙ごうとする彼の目は死んでいない。あわやで顔を引いて回避するディルエラも、屈さぬ人間の意志力には危機感を失わない。


爆閃弾(ばくせんだん)……!」


 足元を踏み砕いたディルエラの起こす爆風は、周囲のシリカとユースを一気に自らの近くから吹き飛ばす。獄獣から離れた位置に着地する二人は、痺れる足と泣き叫ぶ体の痛みを、はあっと荒い息一つ吐いて握り潰す。ディルエラとユースの中間点、その上空に素早く身を移したアルミナの行動も速い。


「食わせろ……! てめえらの強さ……!」


 天に向けて咆哮一筋を放つディルエラに、二人の騎士が差し迫る。挑戦者を迎え撃つ獄獣は、近しと確信した決着の前、ごきりと両手の骨を鳴らした。

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