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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第14章  闇の目覚めし交声曲~カンタータ~
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第225話  ~若獅子の挑戦① 強襲~



 駆け迫るベルセリウスに、ディルエラが一歩足を踏み出したその時のことだ。突如遥か上空に渦巻く絶大なる魔力の気配に、獄獣のセンサーが非常警報を鳴らす。完全に迎撃姿勢に入っていたディルエラが、思わず後方に跳び退いたのはそのためだ。直後、ディルエラが立っていた場所よりも二歩前、ベルセリウスとディルエラの間に、凄まじい勢いで落雷が落ちた。


 目の前が真っ白になるほどの稲妻は、地面を打ち砕いてまばゆいばかりの光を放つ。一瞬目をやられそうになったベルセリウスも立ち止まり、天然の偶然とは思えぬ稲妻の術者を探す。見回すその目だけでなく、魔法を行使できる自分の魔力勘も頼りに、周囲全体を見渡すのだ。勿論、ディルエラそのものからも目は切っていない。友軍の魔法か敵軍の魔法かも今はわからないのだ。


「チッ……ベルセリウスには手を出すなってかよ」


 そんなベルセリウスの視界の端、憎々しげに舌打ちするディルエラの表情も見える。その表情から察するに、ディルエラにとっても望まぬ横入りであることは明白だが、口走る言葉から感じるのは、そう単純な感情のものではない。単に友軍の魔法攻撃によって横槍を入れられたというのなら、ディルエラはむしろ笑い、邪魔者から片付けてやるかと意気込む性格をしている。悪い意味での付き合いも長いから、ベルセリウスにもわかるのだ。


「仕方ねえ……! てめえに白星返してやれねえのは残念だがな……!」


 拳に集めた魔力を地面に叩き付け、あらゆるものを吹き飛ばす衝撃波をディルエラが放つ。道いっぱいを破壊色に染める大技を、息をするように連発する姿にはベルセリウスも辟易だ。宙を蹴って三段跳び、衝撃波の破壊範囲内から逃れるベルセリウスの脇の地上を、ディルエラの衝撃波がラエルカンの廃墟を破壊して駆けていく。上空からディルエラを見下ろす形になるベルセリウスだが、あれだけ自分との再会を喜んでいたディルエラが、背を向けて駆け出す姿は予想外すぎる。


 逃がすかとばかりに宙を蹴り、ディルエラへと負い迫ろうとするベルセリウス。だが、彼が空を駆け、ディルエラを追おうとした目先へ、空から特大の稲妻が落ちるのだ。まるで獄獣を追いかけようとした勇騎士の、道を阻むかのように。雨もやみ、雲間に空さえ見え始めた今、この狙い済ましたような稲妻は、絶対に天候や大自然のいたずらなどではない。


「誰だ……!? 姿を現せ!」


 どちらかを狙うでもなく、ベルセリウスとディルエラの交戦そのものだけを阻むかのような、謎の術者が放った稲妻。まるでそれが目的そのものであると言わんばかりに、次の稲妻は落ちてこないのだ。ベルセリウスとディルエラが離れ、両者の戦闘再開の見込みなしとなるや、その術者の魔力の気配はすっかりと周囲から消え失せている。


 周囲を見渡すベルセリウスの第六感に、術者の攻撃的な気配は感じられない。しかしその一方、勘の端を刺激する謎の予感が確かにある。稲妻に撃ち抜かれた地面が上らせる煙のように、術者の残留思念のような何かが、ベルセリウスに何かを語りかけている気がする。術者にもそんな意図はなく、受け取る側のベルセリウスも、それを具体的に受け取っているわけではない。だが、確かにベルセリウスが感じ取れて仕方がないのは、稲妻を放った何者かの魔力は、一度はどこかで見た誰かのもののような気がするという、おぼろげで不確かな感覚だ。


 嫌な胸騒ぎを覚えるベルセリウスは、迂闊に動けないその感覚に足を捕われていた。何かが起ころうとしている。じっとしている暇もない、と気付いて駆け出すまで、歴戦の勇者が数秒かかるほど、正体なき悪しき予感は濃過ぎるものだった。


 獄獣ディルエラを解き放ってしまったことも失策だ。しかし、それ以上に不穏な何かが、ここラエルカンには息巻いている。それを悟り始めていた人間は、今はベルセリウスともう一人だけだった。






「……解消(ディゾルブ)


 今、ナイトメアの霧に包まれかけていたから見逃しかけた。ラエルカンのどこかで光った、術者不明ながらも強力な魔力のほとばしりを、賢者エルアーティも見落とすところだったのだ。これは絶対に見逃してはいけないと、自分周囲を取り巻く霧を吹き飛ばすエルアーティだが、時すでに遅し、何者かの魔力の気配は発動から結果までを終え、漂わせていた気配を失っている。


 なるほどようやく理解した。今このラエルカンには、人類にとって未知なる存在がひとつ潜伏している。人類の中でも最も把握力に長け、その存在が姿を現した瞬間、いつどこにいてもその存在を感知し得る、エルアーティのアンテナを封じる役目をナイトメアは背負っている。何度もナイトメアの魔力に触れ、その本質を既に見抜いているエルアーティだが、やはりこんな秘密をただで明け渡されるはずがない。


 人類未踏の未知というものは、魔法学者にとって究極的至宝。存在だけを感知できた、ラエルカンの地に潜む何かの実在に、エルアーティのモチベーションは極限まで高まっていく。ナイトメアの内面についても読み解けてきたし、いい加減振り切って新たなる謎の解明に動き出してもいい頃だ。


「いいでしょう、そろそろ本腰入れるわ。忙しくなってきたからね」


 忙しいの逆は暇、ナイトメアに構う時間が惜しくなったエルアーティは、雨の止み始めた空へと高く高く上り詰めていく。追い迫る真っ黒な馬体を駆けさせて、それを追うナイトメアも素早い。箒の柄にお尻をちょこんと乗せたまま、何回転もしながらナイトメアを振り切ろうとするエルアーティだが、箒から振り落とされないどころか一気に加速していく。


 地上のウルアグワの魔力制圧は概ね完遂した。あとは自由に動ける。ナイトメアを退け、ラエルカンに潜む悪意の正体明かしに、いよいよ賢者は乗り出す覚悟を決めた。未知への旅路はすべからく、命さえ落とし得る危険を孕むものであるという真理を理解してなおだ。


 好奇心がある限り、学者は決して立ち止まらない。速度を上げてぴったりついてくるナイトメアを振り返るエルアーティは、しつこい追撃者を疎ましむ目をぎらりと光らせ、その身に宿る膨大な魔力をゆらりと漂わせ始めた。まるで、逆らう者を排斥せんとする魔王の、周囲に漂う覇気のように。











 エルダーゴアは魔王軍の中でも限られた頭数の存在であり、それだけ特別な存在だ。多数の魔物を率いる権威を持ち、各地で立ち向かってきた人類を迎え撃ち、いくつもの隊を葬り去ってきた。戦いも終盤を迎え、近しき配下も削り落ちた今、誰が定めたでもないのに魔物達の佐官であるこの存在が、魔王軍残党のいち大隊の最後の生き残りとしてここにいる。


 法騎士などの優秀なる人類に刃を差し向けられることもあっただろう。それでも生き残ってこられたエルダーゴアの実力は、それ相応のものだということ。エルダーゴアの四肢よりも長いリーチを持つはずの、騎士剣を武器にしたユースが、容易に近付くことさえ出来ないほど、その反撃と猛攻は凄まじい。ユースからすれば、まるで武器を持たない格闘戦法で組手してくれた過去のクロムと、時を超えて再会したような心地である。


 そして体格、手足の長さが人間を超越したエルダーゴアの素早さと射程距離は、クロムを遥かに上回る。間合いを見誤りかける。正拳突きを繰り出してきたエルダーゴアに対し、思いっきり後ろまで跳び退がったユースだったが、それでも鼻差のところまでエルダーゴアの腕は伸びてきた。初見の敵には警戒し過ぎるぐらいがちょうどいいと言うが、その心得がなければ今の拳で終わらされていただろう。巨人族には総じて言えることだが、人間がその打撃を一撃くらわされたら、特殊な例を除いてまず即死である。


 敵に接近することさえ出来ないユースを突破口に導くのが、空から迫るアルミナだ。エルダーゴアの側面上空から接近したアルミナが、敵の耳元目がけて正確な銃弾を一射。ユースに攻撃した直後のエルダーゴアを、この上ないタイミングで狙撃したものだが、これを鋼の腕輪ではじき返せないようなエルダーゴアならここまで生き残っていない。アルミナもこの展開は織り込み済みなのか、空へと急上昇する中で、エルダーゴアの視界に身を置いて目を引く役割を長引かせる。危険が伴っても意味は充分にある。


 ユース背後すぐに迫ったマナガルムの咆哮が、同時に突風をエルダーゴアに差し向ける。その巨体すら浮かせて飛ばすのではないかという強風だが、エルダーゴアも両手に握った気弾を投げ返して素早く応戦。一つはユース、一つはマナガルム、空で注意を引きつけようとしたアルミナへの対処は後回し。この判断は正しい。撃退優先順位がある。


 エルダーゴアの右方にある建物へ跳躍するマナガルムは、跳ぶ直前に真空の刃をエルダーゴアの顔面に発射している。眼前に迫る真空の刃をかがんだエルダーゴアがかわそうとする中、それに目を奪われたエルダーゴアの下を、追い風に乗るように駆けていく影がある。身を沈めたユースが、エルダーゴアの腰より低くを駆け抜けて、その足を断つための斬撃を残していく。


 相手がエルダーゴアでさえなければ、その一撃は跳躍によってかわされることもなかっただろう。だが、空中に跳んだエルダーゴアを真正面から撃つアルミナの銃弾に対して、エルダーゴアは回避手段がない。それでも結構と、手首の腕輪ではじいたのは極めて合理的だが、そんなエルダーゴアを背後から撃ち抜く矢は、魔物のアキレス腱に深く突き刺さる。親友のアルミナが作り上げたエルダーゴアの隙を突き、勝利への一射を放ったキャルは、雨風のおさまった空の下で最大限の腕前を見せている。


 ぎり、と歯を食いしばったエルダーゴアだが、着地までの時間で両手に握る気弾の魔力を集約させる。落下して地面に辿り着く直前に身を一回転ひねり、空中のアルミナへ、他方のマナガルムとキャルへ、そしてユースまでへ気弾をばらまく。自分の方への気弾放射も覚悟していたアルミナだが、まさかの三発乱射には鳥肌を立て、きりもみ回転するほど軌道を乱して回避する。マナガルムも気弾を回避するため廃屋の壁を蹴って方向転換するが、着地振り向きざまに飛来する気弾は回避しきれない。大口開いて吐き出した、水の塊をぶつけて相殺するという力技で対処する。


 そしてすでにエルダーゴアの着地点に向けて駆け出していたユースは、数発の気弾が織り成す破壊の林間を潜り抜け、一気に討伐対象へと距離を詰めている。撃ち抜かれたアキレス腱、左脚に体重をかけぬ落ち方でも、エルダーゴアの体勢が崩れるのは必然だ。それでも丸太のような脚を後方に振りかぶり、真正面から鐘突き棒のようにユースに迫らせる迎撃速度は圧巻だ。側面を見せていたエルダーゴアが体をひねった瞬間、真っ向から向かってくる巨大な一撃というものは、その迫力だけで獲物を怯ませ、粉砕してしまうものである。


 跳躍したユースが斜方投射した自らの肉体は、エルダーゴアの低空蹴りをすれすれのところでかわし、真っ直ぐエルダーゴアの頭上すぐそばへと向かっている。我が身がエルダーゴアの頭のそばに迫った瞬間、首を引いて一回転したユースの騎士剣が、三日月を描くようにして魔物の頭を切り裂こうとしたする。この光景にアルミナも一瞬見惚れそうになったのは、凄い凄くないの問題ではなく、完全にシリカの技だったからだ。何年もシリカの後ろを追いかけてきたユースがこの極地で見せたのは、完全に師を模倣して自分の奥義へと変えてしまった実践だ。


 ただ、それでも身をかがめて回避したエルダーゴアなのだから歴戦の魔物というところ。しかしユースの攻撃を咄嗟に回避せざるを得なかった隙を狙い撃つのが、同じ地上に立つマナガルムの背のキャル。風を切ってエルダーゴアの喉元を貫いた一閃の矢は、ユースがエルダーゴアへの跳躍攻撃を繰り出す前から射手の手を離れていたものだ。先を読み、味方の攻撃が回避されたとしてもその隙を射抜くキャルの手腕は、今のユースのように敵の足取りを崩す味方がいる時、最高の形で後援力を見せてくれる。


 喉を貫く刃の冷たさ、視界がちかつくほどの痛みを実感しつつも、のけ反り倒れかけたエルダーゴアが片手を地面に着けて体勢を整える。上空から放たれるアルミナの銃弾を、右脚と両手を交互に突く宙返りで回避した後、前方に控えた三人へ気弾を投げ返してくる。上空の銃士、右前方の騎士、遠方真正面のマナガルム。両腕の一振りで、魔法使いの散弾攻撃のように無数の気弾を投げつけてくるエルダーゴアは、脚を傷つけられても喉を撃ち抜かれても闘志をまだ失っていない。


 飛空軌道をがたつかせながら必死に回避するアルミナと異なり、地上のユースとマナガルムの安定した回避の足取りは、エルダーゴアの危機感を強く刺激する。牽制兼ねてのキャルの真正面からの一射が、自らの腹部へと差し迫る光景には、エルダーゴアも意識をユースから逸らさないまま腕輪ではじき返す。見え見えの視線誘導になど乗せられてはならない。ユースは既に、自分の射程範囲内すぐそばまで迫っている。


 振り下ろした右拳をユースが横に回避することはある程度予測済み。そのまま来るか、一度離れるか。やはりそのまま懐に入ろうとしてくる。腱を傷つけられた左脚とて、膝蹴りによる攻撃を放つぶんには軸足にするよりマシだ。踏み込んできたユースを、至近距離から打ち抜く膝蹴りを放つエルダーゴアに、ユースの未来が闇一色に染められる。それほど近くから迫る、大岩のようなエルダーゴアの膝の迫力は凄まじい。


 完全にエルダーゴアの動きを読みきっていたユースが、横っ跳びにして離れながら、エルダーゴアの脚を側面から切りつけていく結果だけが残った。攻撃をかわして懐に飛び込もうとした時、あらかじめそれを想定していた敵の迎撃が飛んでくるなんて、ルーネとの組手で何度経験したかわからない。積極果敢にインファイトへと踏み込むことは、単に攻撃的に攻めきることが目的ではなく、それを待っていた敵の反撃を釣り上げる布石にもなるものだ。そしてその接近戦の駆け引きが出来るだけの能力が、積み重ねられた歳月からユースには備えられている。


 そして完全にユースに意識を奪われ、かわされた挙句に脚を切りつけられた痛みでさらに数瞬ユースに思慮を奪われたエルダーゴアは、真正面から迫るキャルの矢に対応するのが遅れる。僅か前よりさらに距離を詰めたキャルの矢は、エルダーゴアに対処の暇すら与えずに額を貫き、同時に口から真空の刃を放っていたマナガルムが、エルダーゴアの首横をばっさり切り裂いていく。脈を断たれたエルダーゴアの首元から鮮血が噴き出し、頭を撃ち抜かれた衝撃でぐらつくエルダーゴアに、追い討ちの銃弾を側頭部へお見舞いするのがアルミナだ。頭と言う一番の重心を真横から撃ち抜かれたエルダーゴアは、そのまま地面へと倒れるが、かろうじて受け身を取っていることからもまだ戦える力があったのかもしれない。


 直後迫ったマナガルムの大足が、エルダーゴアの頭を踏み砕いたのが完全なる決定打。全身を跳ねさせ、のちに痙攣するエルダーゴアだが、これで生きていられるはずがない。廃墟の真ん中で横たわるエルダーゴアの胴体をくわえたマナガルムが、つまづくから邪魔だと廃墟の壁に放り投げ、エルダーゴアの亡骸は無残に地面へ転がる形となった。ユースもアルミナも、キャルでさえも勝利の余韻を味わうより早く、味方の無慈悲ぶりにぞわりとしたものだ。


(雨と風がやんできたな……匂いがわかるぞ。バーダント様の気配がする)


「え……!?」


 思わずキャルが声を漏らしてしまうほど、その情報は有力で聞き逃せないものだ。大精霊バーダントは、今シリカと行動を共にしているはずだ。つまりバーダントがそばにいるということは、同じ場所にいる彼女も遠からぬところにいるということ。


(だが、遠いな。ひとつ吠えてこの位置を知らせるぐらいは……)


 マナガルムは、バーダントとともに行動するシリカのことを、恩人であるキャルが探し求めていることも知っている。合流できればキャルも喜んでくれるだろう。自分もなんとなく感じられるほどの距離にはバーダントがいる以上、遠吠えによって位置を知らせることが出来れば、バーダントの方も自分を察して駆けつけてくれるかもしれない。もしかしたら咆哮によって、余計な敵も招いてしまうかもしれないという懸念はあり、一瞬マナガルムもためらう気持ちはあったのだが。




 その余念が、あまりにも大きかった。少しの間を置いたのち、遠吠えのために息を吸い込んだマナガルムだったが、一瞬思索を巡らせたことが、迫る脅威への警戒をほんの僅かに緩めたのだ。そして、マナガルムならびにユースがはっとした瞬間には、すでに迫っていた脅威は勢いよく地を蹴り、マナガルムの側面から差し迫っり、凶悪な拳でマナガルムの胴体を殴り抜いていた。




 一瞬早く殺気に反応し、地を蹴って逃れようとしていたマナガルムの抵抗も空しく、怪物の拳はマナガルムの肋骨と内臓を粉々にした挙句、その巨体を遠方の廃屋まで殴り飛ばしていた。背中に乗ったキャルごと、廃屋の壁にぶつかったマナガルムの巨体は、崩れる廃墟の瓦礫の向こう側へと消え、ユース達の視界からなくなってしまう。


「忌まわしい……! 人間に与する魔物など……!」


 マナガルムやキャルを案じる暇もなく、切迫した恐怖心により魔物から大きく跳んで離れるユース。そんなユースの後方上空へと思わず身を逃すほど、恐ろしき魔物の推参に恐怖するアルミナ。自分たちの後方の瓦礫に消えた、キャルやマナガルムを振り返ることも出来ない。この魔物から目を逸らしたりしたら、次の瞬間には自分が死体に変えられている予感しかしない。


 ユース達にとっては初めて見る敵将だが、エルダーゴアと交戦した直後だったからこそ認識を見誤ることはしなかった。間違いなく、ヒルギガース達の最上位種であるエルダーゴアよりも強い存在であると、この魔物の全身から放たれる覇気は物語っている。威圧感も、眼差しから感じられる殺意も、何より存在感そのものも、他の魔物と一線を画すものであると、若い二人の眼から見てもわかることだ。百獣皇アーヴェルの台頭により、人類からは長らく百獣軍の二番手と思われ続けてきたこの存在は、自らを前にして恐怖心を隠せない二人を目の前に、機嫌を損ねずに済んだだろう。


 だが、やることは見敵必殺に変わりない。マナガルムという大柄な存在すらも、まるで玩具のように殴り飛ばした百獣王は、殺意と憎しみに満ちた真っ赤な瞳をユース達に差し向ける。後方から自らを追っていた厄介な騎士どもも、充分な加速を経て振り切った。邪魔者一切なしで、支配領土を奪還しようとする人間どもを狩る好機。それをこの魔王軍大将格の一角が、おめおめ見過ごすはずがない。


「殺す……!」


 かろうじて構えたユースに、弾丸の如き速度で迫るノエル。死地を覚悟して戦場に臨んだ若き騎士に、想像を遥かに超えていた敵将の歯牙が差し向けられた。

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