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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第14章  闇の目覚めし交声曲~カンタータ~
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第221話  ~嵐のラエルカン③ 交わる戦場~



 ラエルカン全土を包む激しい嵐に影響を受けるのは、人間だけではなく魔物達もそうだ。視界は最悪、魔力による風は魔法や飛び道具の狙いを曲げるし、空の魔物や人類が安定した飛行を難しくしていることは言うまでもない。この大嵐で得をするのは、風雨の中で軸をぶらさない屈強さを持つディルエラやノエル、ウルアグワや術者アーヴェルぐらいのもので、それ以外の者にとっては等しくマイナスだ。


「アルミナ、大丈夫……!? つらくない……!?」


「まだ平気っ! いけるよ!」


 そうなってくると、比較的小柄で小回りの利くアルミナのような者が、やや他に比べてやりやすい。案じてくれるベラドンナに元気な声を返し、背負う優雅の翼(スパィリア)の力で低空を滑るアルミナは、狭い廃屋の間をすり抜けていく。これならいくらか、風による煽りを受けずに済むからだ。そうしてある魔物の後方へと回り込んだアルミナが、構えた銃のトリガーを引けば、一人の騎士と交戦しているワーウルフの後頭部へ弾丸を飛ばす。


 風と雨の音に紛れて空気を貫く銃弾の接近には、勘のいいワーウルフも気配を察するのが遅れる。それでも着弾寸前に身をかがめ、銃弾を頭上にかすめていく反射神経は流石。だが、目の前の騎士から一瞬完全に意識を逸らしたことは、その魔物にとっての最大の致命傷だ。


 頭を下げたワーウルフの動きをちゃんと視認して、その顎を真下から真っ二つにするユースの騎士剣は、深き傷相応に人狼の頭を両断する。それによってワーウルフの動きが、一瞬完全に止まっても、魔物の生命力を侮らないユースはすぐに剣を引いて、振り下ろす刃で肩口から魔物を切り落とす。


 肩からばっさり、斜めに魔物の体を切り裂くに際し、力を込めたユースの前向きの力が、ワーウルフの上半身を突き放す形になる。頭を割られて意識朦朧のワーウルフは、よろめくにとどまらず後方へとのけ反って倒れ、裂けた頭からどろりと血を流す。もう立ち上がってなど来ないだろう。


「ユース、大丈夫!?」


「お前すごいな……! 本っ当頼りになる……!」


 ユースの前から滑空し、翼を畳んで地上に降り立ったアルミナが、側面からユースに迫ろうとしていたワータイガーの膝を狙撃してつまづかせる。これだけの嵐の中、対象に向けて的確な銃弾を放てるアルミナの手腕というのは、銃を扱ったことのないユースでも、それが相当なものであるとわかる。前のめりになったワーウルフへユースが駆け迫り、苦し紛れの爪による反撃を跳び越え、ワータイガーの頭を騎士剣で貫くまで、時間はまったくかからない。


 戦いも長引き、ユースやアルミナも自分の霊魂の疲弊からくる、生み出せる魔力の限界を意識する時間帯だ。ユースは勿論そうだし、アルミナも胸元のベラドンナに心配されたとおり、いつまで翼を健全に保てるかわからない。元々魔法の扱い、魔力の抽出には全く慣れていないアルミナが、妖精ベラドンナをすぐそばに――言うなれば強力な親和性物質の力を借りて、優雅の翼(スパィリア)を顕現しているだけなのだ。決して霊魂の疲弊をベラドンナが肩代わりしてくれているわけではなく、アルミナの霊魂が緩やかにでも疲労を蓄積させている事実に変わりはない。だからベラドンナも、ずっとアルミナを案じている。


 敵将リッチの討伐によって、魔物の一団を壊滅させたユース達、第11大隊の生き残り。しかしそもそも、削られた戦力で魔物の群生地の中心にいるのだから、危機を逸したと言うには早すぎる。将を失い魔物達の統制が乱れ、マンティコアという爆弾も法騎士エミューが討伐を果たしたものの、魔物の襲撃がゼロになるわけではない。半ばやけっぱちで飛びかかってくる魔物の群れは、個々の能力が高いだけにやはり恐ろしいものだ。空の一体のネビロスが、リッチを討伐したユースに目をつけ、風の砲撃を放ってくる一撃には、ユースもぞっとして横っ跳びに回避する。安易に英雄の双腕(アルスヴィズ)を頼り、魔力を浪費する戦い方はもう選べない。


 空を舞う友軍魔導士がネビロスを狙撃してくれるから、そちらへの応戦でネビロスもユースへの第二撃を放つ暇がなくなる。本分である地上戦へとすぐさま意識を戻すユースは、駆け寄ってくるアルミナのそばを離れないスタンスを一貫。彼女が接近戦に持ち込まれたら終わりだ。誰かがそばにいなくてはならない。


「うあ……っ!?」


 そのユースの目の前で、アルミナが突然つんのめる。不格好に両手と片膝をついて転んだアルミナの姿には、元気に見せてその実は体に限界が来ているのか、と、ユースも心配する想いが一気に高まった。だが、真実はそうではない。


「な……っ、何これ……!? 痛、っ……!?」


「動くな! アルミナ!」


 地面から生えた赤黒い手が、アルミナの右足首を掴んでいる。しかもその力は強く、きつい握力にアルミナが痛みを口にするほどだ。それを目にした瞬間、一度ゼーレの街でこれに体を捕まえられたことのあるユースは、半ば反射的にアルミナの上半身を左腕で抱きかかえる。ほぼ同時に右手に握った騎士剣で、地面から生えたどろりとした手を断ち切り、アルミナを引っ張って魔手から引き剥がす。


「いっ、痛い痛い痛いっ! 何よこれぇ、っ!?」


 地面から切り離された真っ赤な手は、アルミナを地面に縛り付けるはたらきを失った。しかしその手はアルミナの足首に捕まったままだ。ぎりぎりと足首を締め付ける謎の手を、半ばパニックになって引き剥がそうとするアルミナ。その手はまるで泥の塊のようで、振り払うアルミナの手にはじかれると、ばさばさと飛び散ってサイズを小さくしていく。やがてアルミナの足首に纏わりつく赤い手は取り払われるが、取り乱したアルミナは心臓をばくばく言わせて、短い呼吸を荒く繰り返す。不測の事態が巻き起こした恐怖心が、蓄積しつつも誤魔化していた疲労を、体に思い出させてくる。


「やばい……! アルミナ、立てるか!?」


「う、うん……!」


 それでも飛び上がるようにアルミナが立ち上がったのは、周囲の地面からうぞうぞと立ち上がる、血の柱のような不気味な何かが恐ろしかったからだ。戦場に流れる血を操る、黒騎士ウルアグワの早世の使者(アディルドゥート)の魔力は、術者から遥か離れているはずのこの場所にも及んでいる。


 どのようにしてこれに対応すればいいのか、答えが見つからない二人は、身構えはするものの取り囲まれた状況に対し、何をすればいいのかわからない。危機感だけが一気に高まる。




抑制(リストレイン)――あら、騎士ユーステットじゃない」




 しかし直後、ユースやアルミナにも薄々と感じられるほどの、強い魔力のほとばしりが地面を駆け巡った。血を操るウルアグワの魔力を抑制する、エルアーティの結界が広く張り巡らされたのだ。周囲の赤黒い何かが、術者の魔力によって上手く操られず、もぞもぞとしおれるように地面へと溶けていく。何が起こっているのか頭がついていかず、周囲の状況から目を離せない二人の上空を、箒に座ったエルアーティが凄い速度で駆け抜けていく。


 彼女の存在には気付かなかったユース達だが、後方上空から迫る、血も凍るような邪悪な気配には、思わずぞっとして振り返ってしまう。見上げたその先には、蒼い炎で脚を包んだ真っ黒な馬体の怪物が、廃屋の屋上を飛び移りながら駆けている。その行く先を目で追った末、ナイトメアに追われるエルアーティの存在を、遅れて二人が気付く形になっている。


 廃屋の屋上を蹴ったナイトメアは、まるで砂利を蹴飛ばす代わりのように、真っ黒な霧のようなものを残していく。それは本来気に留める必要もないものであったように思えたが、その黒い霧が突然小さく渦巻き、ひとつの眼球のような形を作ったことに、二人の全身の毛が逆立った。見ない方がよかったか。


「っ、英雄の双腕(アルスヴィズ)!!」


 いや、目を切らなくてよかった。アルミナに向かって弾丸のように飛来したそれを、間に割って入ったユースが盾で殴り返した。魔力を纏ったのはほぼ反射的なものだ。それぐらい、あれに生身で触れることはしたくなかった。嫌な予感がし過ぎた。


 眼球の形をした黒い霧は、上空に跳ね返されたのち、雲のように散って消えていった。震えた声で、ありがとうと後ろから言ってくるアルミナの前、ユースの腕を――いや、魂を包む、この嫌な感じ。魔力越しにであっても、ユースは一瞬ナイトメアの放つ霧に触れたのだ。これは?


「……ユース?」


「……何でもない! やるぞ!」


 ユースは考えるのをやめた。考えたくなかった。無意識にでも、ユースはナイトメアに触れたことでわかる本質から、目を逸らさずにいられなかった。怪訝そうにユースを気遣うアルミナの背後に回り、いつものように前後に目を配れる二人の形を作る。普段と変わらない戦闘体勢を作る。


 不安で仕方ない。パートナーを頼るように、アルミナがぴたりと背中を当ててきたのは、ユースにとっても有難かった。ナイトメアに触れたばかりのユースは、普段の果敢さも蝕まれるほどに、嫌な予感が恐ろしくて仕方がなかったのだ。


 今までにも恐ろしい魔物とは敵対してきた。ナイトメアは、今までのどれとも何かが違う。答えのない漠然とした闇を心に落とし込まれたユースは、震えそうな足を闘志で封じて、なんとか堪えていた。











礫石渦陣(ラブルサイクロン)!!」


雲魔覚醒(クラウダーウェイク)……!」


 魔法剣士ジャービルの発動させた魔法は、風雨で乱れた気流の中に、無数の岩石を生じさせ、風任せにそれらを躍らせる。敵に当たれば相応の破壊力を為す一撃、それをジャービル自身の生み出した風も相まって、乱気流の中でいくつもの岩石が、百獣皇アーヴェル目がけて飛来するのだ。


 余裕の仮面をすでにはずし、自らの操る風に乗って空を舞うアーヴェルは、一切速度を落とさず追っ手に魔法を打ち返す。大気中に収束した超多量の氷晶は、遠方から見ればまるで雲のお化けが突然現れたかのよう。その存在が風の動きを著しく乱し、島一つも包み込めそうな巨大な雲中にある人類も、かなりその身を煽られる。


万華鏡獄(カレイドストーム)!!」


 雲中から全方位に光線を放つアーヴェルの砲撃は、大気中に無数ある氷晶をまぶしいほどに光らせる。そうして目をくらまされた人間の多くが、敵を焼き切るアーヴェルの光弾に撃ち抜かれて行くのだ。光弾は氷晶との交錯を経るたび、まるでプリズムの中を通過する光のように曲がり、すべての動きが不規則。環境に任せて自由曲折する光弾を放つこの魔法は、周囲の状況を整えたアーヴェルの周到さに基づいて、そうした恐ろしさを形にする。


「アーヴェルめ……! 渦巻く雷鳴(ローリングサンダー)!」


強襲樹針(ブランチサイクロン)……!」


 螺旋模様を描く稲妻を放ち、アーヴェルの逃げ道を塞ぐことと狙撃を両立させるジャービル。空の彼方から降り注ぐ、風任せに飛来する木の枝の数々を生み出すアーヴェル。アーヴェルから放たれる光弾と、空から無数に迫る突き刺す針の交錯軌道は、ジャービルとて容易に回避できるものではない。それでも果敢に前へと体を進め、肌をかすめる枝や光の弾幕をかいくぐるジャービルは、後続の魔法使い達を置き去りにしてアーヴェルへと単身差し迫る。


「クソッタレが……! 当たらん的当てはマジでイライラするニャ……!」


 ジャービルから逃れるように、急下降して地上へと落ちていくアーヴェル。重力も得て、凄い速度で逃げていくアーヴェルには、ジャービルも素早く差し迫ることが出来ない。地上寸前で燕のようにその身を翻し、両手を広げて地面とほぼ平行に滑空するアーヴェルは、すでに魔力を両手に集めている。


凶兆月(バッドムーン)!」


 広げた両手に装備するかの如き、巨大な三日月形の真空の刃。それはアーヴェルの高速滑空に伴って、まるで地上を駆ける水平ギロチンのよう。その滑空軌道の中、突然の空からの急襲に気付きもしないまま、アーヴェルの刃で体を切断されていく人間が多数発生する。凄まじいのは廃屋も真っ二つにしていく真空の刃の切れ味、恐ろしいのは配下の魔物達まで数匹巻き添えにして切り落としていくアーヴェルだ。


空域侵略(インベイジョン)……!」


 いつまでも低空にとどまっていると、地上軍からも狙われてしまう。装着した風の刃を消し去り、空へと舞い上がるアーヴェルは、後方上空から迫るジャービルと自分の間に、触れれば爆発する魔力を無数にばらまく。いくつかは空中に静止し、いくつかはそのままジャービルへと迫り、敵を自らに容易に近づけさせない構図を作るのだ。あまりに広く拡散した、空にばらまいた機雷の如きアーヴェルの魔力に、たとえ僅かでも遠回りさせられるジャービルの表情は苦い。


 だが、地上に近付いたのは僅かに失敗だったか。自らの側面から矢のようにせまる高速の影が、アーヴェルの敏感な危機感知能力に非常警報を鳴らす。反射的に錫杖を構えそうになるが、あれを相手に力技で対抗するのは絶対に賢くない。


「アーヴェル! 覚悟!」


「っ、がーっ!! 消えろ消えろ消えろ!!」


 魔力の翼を背に、槍を握って迫った勇騎士ゲイルの一撃を、急上昇してかわしたアーヴェルは、かんしゃくを起こしたように吠えて真空の刃を無数に投げ返す。雨と風の中でも体勢を崩さず、それらをかわす勇騎士の姿は、アーヴェルの危機感を強く煽るものだ。あれと魔法剣士ジャービルを同時に相手取るなんて、生存観点から言えば馬鹿馬鹿しいぐらい、したくない。


 ともかく風向きが悪すぎるように感じても、アーヴェルはこの空域を離れない。こうしたリスクも承知で、わざわざジャービルに追われるという状況下、地上に迫ったのにも理由がある。きっと恐らく、この辺りに――


「ぬう、っ……!?」


 旋回飛行してアーヴェルに迫ろうとしたゲイルに向け、地上から放たれる切断の魔力。迫力だけでその切れ味を、術者が百獣王であることをも物語るそれには、ゲイルも急旋回して回避せざるを得ない。その隙を見定めたアーヴェルの魔力は、すでにゲイルに対して差し向けられている。


岩獣牙(フェルゼファング)!」


爆炎魔法(エクスプロード)!」


 アーヴェルの両手が纏う、突然の巨大な二枚岩。断崖のように大きな岩をその手に纏ったアーヴェルは、両手を打ち鳴らすようにして、近きゲイルを大挟みにしようとする。まるで巨大な壁二枚に、勢いよく挟まれるような形になるゲイル、その死の一歩手前のことだ。ゲイルと同じ位置まで素早く滑り込んだジャービルが、彼を中心に大爆発を起こす魔法を発動させた。


「すまない、助かりましたぞ……!」


「アーヴェルを! 貴殿とならば、必ず奴をも討ち果たせる!」


「チッ……! 大駒狩りのチャンスだったんだがニャ……!」


 身近のゲイルに一切傷をつけず、自分達を挟み潰そうとした巨大岩壁を、爆撃によって粉砕したジャービルの魔法。舌打ちして空高く舞い上がるアーヴェルは、やはり自らの庭が大物狩りには適していると見た。近域にいたノエルの力を少し借りてみたところで、空中を主戦場としないノエルの力を、完全なる結果に結びつけるのは難しい。ジャービルやゲイルが体勢を立て直し、距離を詰めてくる前に、一気に高き空まで上り詰めていく。


「開門、落雷魔法陣(ブリッツバスター)……!」


「……雲散霧消(ディシュペイション)


 アーヴェルを目で追うジャービル達の目線の先には、等高度の遠方から、巨大な稲妻の砲撃で狙撃された百獣皇の姿があった。自分自身の身長の何倍かある径、特大の雷撃砲を目の前にして、掌一つでそれを封じて消し飛ばすアーヴェルの実力は、多少の奇襲で打ち崩せるものではないのがよくわかる。


「開門、落雷魔法陣(サンダーストーム)……!」


「うぜぇな……ネズミが何を粋がってやがるニャ」


 遠方からアーヴェルの上空に、6つの空間の亀裂を作ったチータは、各点から撒き散らすように稲妻を放ち、アーヴェルの逃げ場を無くそうとする。しかし巧みに空を舞うアーヴェルはその間隙をすり抜け、かわしきれなかった一筋の稲妻も、錫杖の先で受けるようにして被弾しない。空中戦、特に今のように大雲を下にした空域において、最も警戒すべき魔法は雷属性。雨でずぶ濡れになった全身を稲妻が貫いたりすればそれだけ手痛く、だからこそ稲妻の魔法に対するアーヴェルの対策は周到だ。


「……鷹風刃(ストームホーク)


 有象無象の雑兵のくせに聖戦の舞台に上がろうとする、身の程知らずを煩わしむ目で、アーヴェルが得意の風魔法を発動させる。ジャービルから離れる空へと身を逃がすアーヴェルは、それに追い迫ろうとするチータめがけて、巨大な風の塊を放ってきた。それは真空の刃が渦巻く塊であり、まるで鷹のような形で構成されたそれは、アーヴェルに迫ろうとするチータに真正面から襲い掛かろうとする。


 鷹と向き合った瞬間にわかる。あれに触れれば全身ずたずたにされて一撃死だ。決死の思いで急旋回飛行、鷹の突進をかわしたチータだが、チータの後方で舞う鷹の気配が過ぎ去っていない。真空波の塊である無生物の鷹が、まるで自らの意思を持つかの如く、身を翻して再びチータに迫ってくる。


 風の鷹の開いたくちばしから匂う明確な殺意。それは恐らく術者アーヴェルが、チータ単体への殺意をあの魔法に集約した結果だろう。側面から迫り来る風の鷹を、空中を蹴るようにして勢いよく後方に逃してかわすチータだが、鷹は身を翻して再びチータに襲い掛かってくる。


「死んどけ。てめぇニャ勿体ねえぐらいの魔法ニャ」


 鷹から逃れることで精一杯のチータを、あれはもう終わったとばかりに尻目、ジャービルとの戦いに意識を移して遠き空へと去っていくアーヴェル。チータに追う暇などない。どこまでも追尾してくるこの鷹を、なんとか自分の手で始末するしかない。


 撃ち落とすしかないのだ。百獣皇アーヴェルの強力な魔法を、自分の力で? それしか活路は無い。空に漂う氷晶、それらの中に確かに存在する稲妻の卵たち。それらに呼びかけ、天の力を借り、そんな自分の力を信じて、人生最大級の魔力を練り上げる。


「開門……! 落雷魔法陣(ブリッツバスター)!!」


 眼前に開いたチータの魔法発射口亀裂は、真正面から迫る真空の刃の塊、鷹風刃(ストームホーク)へ特大の電撃砲を放った。殺すべき対象へ突進して、バラバラにしてやるというアーヴェルの魔力と、触れられてたまるか消え失せろというチータの魔力の正面衝突。電撃が渦巻く真空の刃とぶつかってはじける破裂音は、一秒間に何百回ものバチバチという音を響かせ、飛び散る火花は風雨の中でまぶしいほどの光を放っている。この凄まじき魔力同士の激突、鷹風刃(ストームホーク)の術者であるアーヴェルも遠方の空で、自らの魔力に触れたチータの魔法を感じ取っているだろう。


 遠き空でアーヴェルが鼻で笑った。才気は確かなんだろうが、所詮自分と比較すればネズミだ。百獣皇が静かに確信したとおり、アーヴェルの絶大なる魔力を背負った風の鷹は、チータの稲妻砲撃を突き破り、魔法を打ち破られて無防備なチータに正面から襲い掛かる。


 なすすべなく巨大なる真空波の塊が、自分に近付き大きくなっていく光景。ここまでか、と思う暇さえなく、目の前の現実に対処できないチータの眼前、百獣皇の殺意がくわっとくちばしを開いた。




圧撃召水(ブルーカスカータ)!!」




 その瞬間、空に突然発生した二つの水柱。一つはチータの足元から上に向け、もう一つは風の鷹の上から下に向け、凄まじい勢いで膨大な水を放つ形。その水柱に体を上空へ跳ね飛ばされたチータと、上から浴びせられる多量の水を受けたのち、突き上げる多量の水をくぐらされる鷹風刃(ストームホーク)。チータの雷撃を受けて多少は魔力を吹っ飛ばされたか、少しだけ小さくなった風の鷹は、上下からの多量の水を受けたことにより、さらに小さくなる。ほぼ手乗りサイズにまでだ。


 何が起こったのかわからず空高くまで舞い上げられ、しかし身を翻して下を見たチータの目の前、大鹿の角を削った杖を持つ魔導士が空を舞っている。小さくなった風の鷹を、杖先から放つ水の魔法で狙撃し、空の藻屑へと変えた白き魔導士の姿とは、チータにとってあまりにも意外な再会だ。


「姉さん……!?」


「やっと見つけたわよ! あんたならここに来ると思った!」


 このくそ寒い風雨の中で、短いスカートに上下一体の薄いスリーマー、絹のマント一枚羽織ったぐらいの寒々しい姿は、魔導士としての姉の勝負服。肘まで届く長手袋も、膝上まで届くストッキングも真っ白で、全身を純白基調に染めた姉、ミュラー=マイン=サルファードは、嵐の中で髪をはためかせながらチータを見上げている。


 やると決めたら無謀でも、命を張ってでも、討つべき敵の足元を挫く投石となるチータの性格は、姉のミュラーが一番よく知っている。立ち回りを優先する知恵はあっても、いよいよとなれば己の命を鑑みないチータの本質的な性分は、長年離れていたって忘れられるものではない。空中でなんとか体勢を整えるチータへと、水色の翼を背負って近付くミュラーは、あわやのところであったチータを心から案じている。


「……助かったよ、ありがとう」


「あんた、やるの? 相手は百獣皇アーヴェルなのよ」


 そう、敵は強大。本来ならば練達の戦士や、ジャービルのような者に任せて、チータのような若き魔導士は地上の援護に回ってもいいぐらいだ。出来ることなどたかが知れているし、下手をすれば足手まといにだってなりかねないんだから。


 それでもチータは、ミュラーの問いに力強くうなずいた。考えはあるのだ。か細く、上手くいくかもわからない作戦だが、上手くいけば百獣皇にさえ一泡吹かせられるかもしれない秘策がある。チータだって自分の身の程ぐらいわきまえているし、考えもなしにこんな死地に命を張るような人物ではない。何か狙いがあることぐらい、ミュラーなら態度を見ただけでわかる。


「わかった、付き合うわ。頑張りなさいね」


「……姉さん」


「サルファード家の、ちょっといいとこ見せてあげましょう! 行くわよ!」


 作戦の内容も聞かぬまま、チータよりも先に、アーヴェルが舞う空域へと翼をはばたかせるミュラー。今や没落したサルファード家の当主となり、泥の塗られた家名を返上することを使命とした彼女が、ここで命を落とせば本当にサルファード家は終わってしまう。それはミュラーにとっては何よりも悔いることで間違いないのに、弟の意思を受け取って飛び立つ姉の背中はあまりに大きい。チータがベットした自らの命に対し、ミュラーもまたその命をレイズしてくれている。


 マグニスはもうそばにはいない。隊長も、友人も、頼もしき第14小隊の仲間達は誰もそばにいない。それでも独りではない空に向け、チータは魔力を以って漕ぎ出していく。誰かがそばにいてくれることの頼もしさは、何度改めて経験しても勇気がみなぎってくるものだ。


 百獣皇へと再び立ち向かう時、何よりも必要なのはその勇気。今のチータはそれを取り戻している。











「アーヴェルめが……! つくづくつまみ食いの癖が抜け切らん奴だ……!」


 露骨に自分が戦う戦場の空域を駆け、力を貸せと無言で訴えてきたアーヴェルには、百獣王ノエルも機嫌を悪くしていた。付き合いも短くなし、血爪斬(ブラッディクロウ)で援護射撃してやるぐらいの器量は見せてやったものの、王たる自分に力を貸せと言ってくるアーヴェルの不遜さは、今の精神状態で寛容に許容してやれるものではない。


 その怒りの発散先は、目の前に立ちはだかる人間達だ。どいつもこいつも、ディルエラやウルアグワ、アーヴェルを恐れる想いが強すぎたのか、長く魔王軍主席から退いていた自分のことを忘れたように、無謀に立ち向かってくる。何より腹が立つのは、自分が人間を瞬殺した時、ようやく思い出したかのように恐怖をその目に宿す雑兵ども。この態度は、自分のことをワータイガーやワーウルフのような獣人属の一兵と見なした、つまりかつて名を馳せた自分のことを忘れてしまっている人間どもの態度だ。


「騎士団や帝国の犬どもが……!」


 誇り高き獅子の王として、アーヴェルが魔王軍に下る前はマーディスの側近さえも務めた自分も、時が過ぎればここまで舐められるものなのか。かつての戦乱の時代を生きていない若い騎士や兵士達を前に、そんな事情も飛び越えて怒り狂うノエル。百人以上いた騎士団の大隊を、ものの10分もかからぬうちに十名余りの数まで削り落としている。


「この私を、誰だと思っている!!」


 怒りの爪を振るったノエルの一閃、前方に飛ばされた血爪斬(ブラッディクロウ)の魔力は、4人の騎士の体を一斉に切り裂いた。何とかかがみ、難を逃れた騎士の一人が顔を上げる頃には、百獣王ノエルの巨体がすでに眼前。大口を開いてその騎士の頭を、兜ごと噛み砕いて粉砕する百獣王の残虐性には、生き残った騎士達も体の震えが止まらない。大隊を率いていた二人の法騎士も既に葬られ、もはや隊の形を成していない雑兵に、これに立ち向かう奮起を見せろという方が残酷だ。


 舐め腐った人間どもを、徹底根絶しなくては気の済まないノエルが、残った数名の騎士に向けて地を蹴ろうとした時のことだ。後方上空から濃厚な殺気を纏った刃の気配。びきりと青筋を立て、振り返り様に後方から迫る何者かに向け、ノエルはその爪を振りかぶる。


 空から迫った屈強な男は、ノエルの爪を槍で受け、遠方の廃屋に向けて吹き飛ばされていく。手応えはノエルにもあった。骨を砕いた実感が足りない。自らのパワーで人間を殴れば、粉砕できぬ対象などいないはずであろうに。ごきりと手の骨を鳴らし、吹き飛ばしてやった人間に向き直るノエルの前、その人間はすでに廃屋の壁を蹴り、地面に着地して槍を構えている。


「よう、忘れられし遺産様よ。いっちょお手合わせ願おうか」


 挨拶代わりに何気なく放たれた、騎士クロムナードの言葉は不運にも、今のノエルの怒りのつぼに的中した。にやりと一瞬笑ったノエルの表情は、ぶち切れた百獣王の感情が、怒りを通り越した薄ら笑いとして表に出たもの。向き合うクロムも、ゆらりと吊り上がったノエルの口の端を見た瞬間、これは何かやってしまったとすぐ確信できた。


「くっ、くくく……に、人間は……どこまでも面白い連中だな……!」


 クロムに向かって、ずしゃりずしゃりと歩を進めるノエル。表情は引きつって笑っている。目は既に鮮血のように真っ赤。どうやって目の前のふざけた輩を制裁してやろうとか、細かいことも考えられる精神状態ではない。殺す、殺す、殺す、その一念。


 身体能力向上の魔力を全開にしてなお、軋む全身の痛みを抑えられないクロム。魔将軍エルドルとの戦いで傷ついた体も、限界が近いのだ。勇騎士ベルセリウスの治癒魔法で気休めは頂いたが、そんなものでこの死闘を戦い抜くほどの力を取り戻しきれるはずがない。そんな中で、120%の力を絞り出してようやく対等に戦えるであろう敵、百獣皇ノエルを目の前にしたクロムの胸中の想い。それはもはや、定まった死を覚悟したものに近い。


 ノエルの一歩一歩が徐々に速くなってきた。死へのカウントダウンが加速している。きっとこれが、自分の人生最期の戦いになるんだろうと予感したクロムの脳裏、魔法都市に残してきた母の顔が一瞬横切った。


「殺してやる……!!」


 急加速した百獣王の巨体が接近するという、血も凍るような迫力と圧倒感。自らの体を貫く痛み、人里に残してきた大切な人達への想い。あらゆる雑念を一瞬で振り払ったクロムは、その万感の思念を、すべて槍を握る手の力へと変えた。

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[一言] はいよっ!サルファード家の、ちょっといいとっこ見ってみったい〜♪
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