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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第13章  戦に轟く交響曲~シンフォニア~
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第209話  ~ラエルカン空中戦② 必殺の隠し玉~



逆重力波(ルベル・グラベダド)……! ジャイアントリーチども、来い!」


 ある空中一点から真下に魔力を落としたアーヴェル、しかし着弾地点からその魔力は地中を走り、ある地点に辿り着いた瞬間に爆発する。三人の騎士が固まって駆けていた地点で炸裂する魔力は、突如石畳張りの地面を地中から吹き飛ばす爆発を起こし、三人の騎士達を空へと高く跳ね上げる。


 跳ね上げられた人間が最高点に達したその頃合い、石畳を失って露出した地面の下から、地中を掘り進んでいた魔物達が槍のように大きな頭を突き出す。人をまるまる飲み込めるような大口、口内はまるでのこぎり刃の集合体とも言えるような鋭い無数の牙、人間を口に入れた瞬間に絶命を約束させるジャイアントリーチ達は、落下してくる餌をばくんと飲み込んだ。三人の騎士達は悲鳴を上げる間もなく、魔物の口の中でその命を磨り潰されていくのみだ。


閃光身(ダズルレイズ)……!」


 各方向から自らを撃ち抜かんとする魔法と実弾を回避しながら、低空の一点にてさらなる魔法を展開。アーヴェルの全身が放つ一瞬の強き光は、目で百獣皇を追っていた人類の視界を一瞬奪い、アーヴェルの逃亡をよりスムーズに。


 しかもその魔法を発動させた場所が絶妙で、一体のワーウルフと交戦していた帝国兵達が、ワーウルフの後方から放たれた強い光に目をやられてしまったのだ。屈強なるワーウルフと戦えるほどの実力を持つ帝国兵二人も、視界を奪われてはそれが接戦の致命傷に繋がる。一方で、自分の背後からの光によって目をやられるはずもないワーウルフが、動きの鈍った強き人間二人を、片や喉元を切り裂いて、片や顔面を拳で粉砕してしまう。劣勢からの一発逆転に近い。


 百獣皇アーヴェルの最も恐ろしい所は、配下の魔物達を的確に使って戦場を支配する点だ。大魔導士にも引けを取らない、破壊の大魔法をも容易に扱える手腕を持っていながら、自分自身の手で戦場の最前列で敵を葬る役目を背負わないアーヴェル。なぜならそれをすれば、自分自身が危険に晒される可能性が高まるから。安全な立ち位置を保ったまま、配下達の戦場支配を導く影響力をばら撒いて、自分自身が捨てている攻撃性を、配下の力で補うのだ。部下を上手く使える現地参謀ほど厄介なものは、そう多くない。


「ちくしょう、アーヴェルめ……!」


「冷静になれ! 包囲網の確立が先決だ!」


 精鋭を集結させて行なうものが戦争だからこそ、一兵の損失による痛手の大きさは顕著である。何万分の一兵という見方をすると見誤りやすいものだが、このような大戦役に徴兵された者というのは、その時点で単身でもそれなりの力量を持つ者ということだ。アーヴェルによってあっという間に葬られた5人が、生きて戦場を駆け抜けていたならば、彼らの力で何体の魔物が討伐できただろう。ワーウルフと戦える人間というだけでもそう多くないのに。


 だから柔軟に変形する人類陣も、その実動きは非常に周到。非常に活動可能範囲の広いアーヴェルを取り囲む人類の動向は、広範囲から詰め駒遊びのように百獣皇を捕えにかかる。誰もが個々では百獣皇に敵わぬと知っているからこそ、壁を為す数人の魔導士の連結関係は強固であり、アーヴェルも好き放題に包囲網を突き破る動きが出来ない。


「金魚のフンどもが……! 昇斬流(ヴェセライズ)!」


 後衛をしっかり固めた上で詰め寄ってくる魔導士達を振り払うかのように、真空の刃を伴う竜巻を自らを中心に展開。拡散する風の刃で周囲を切り裂くと同時、我が身を上空に跳ね上げる風で、危険域から一時の離脱を図る。魔法一つで迎撃と逃亡を一度に実現、アーヴェルの習得してきた魔法の数々は、一つの発動で多目的を一度に叶えるもののオンパレードだ。大魔法抜きでこうして相手の遥か先の戦場展開を構築するアーヴェルに、単身手数で追いつける者などそうそういないと断言できよう。


 だから、追いついてくる奴がアーヴェルは大嫌いなのだ。空中ある一点を通過した瞬間のアーヴェルが、ふと一本のブービートラップに触れたかのような気配に、背筋を凍らせるのも当然のこと。


「やばっ……! 雲散霧消(ディシュペイション)!」


 自らの片腕を吹き飛ばしていたであろう、空中座標上に突然発生していたはずの爆発魔法を、打ち消しの魔力で瞬時にアーヴェルは払い飛ばす。言わば魔力の地雷を、空中に設置することが出来る魔導士自体は少なくもないが、そういった魔法は必ず友軍を巻き込むリスクを伴うもの。それをこの百獣皇単体を狙って的確に設置、それも気付かぬ間にそれを為せる魔法使いなんか、知る限りで一人しかいない。


 その術者エルアーティの得意技、聖戦域(ジハド)の基本原理は知っている。空中に張り巡らされた魔力の糸、つまりは魔導線(アストローク)と言う名の基本魔法の超発展形に過ぎず、空間上に蜘蛛の巣のように張り巡らされた術者の魔力が、触れた者に実害を及ぼす仕組みだ。アーヴェルが神経を研ぎ澄ませれば、濃い魔力の糸に紛れた、淡すぎるほどにかすかな魔力の糸も多い。敵の魔力の糸を感知できる魔導士の目や神経をも欺く罠の張りようには、アーヴェルもいらついて歯ぎしりする。


「うざってぇ……! 風神の掌(ギガウイング)!!」


 迫り来る魔導士達への牽制を兼ね、掌に纏った巨大団扇(うちわ)のような豪風を振りかぶったアーヴェルが、周囲の魔力の糸を一気に引きちぎる。遠方の聖戦域(ジハド)の使い手も、今の一事は認知しているはず。顔も合わせず、離れた駆け引きを交わす大魔導士達の戦いは、ラエルカンの制空権を巡る激戦だ。


 見下ろした地上にて、一体のドラゴンナイトが敵の聖戦域(ジハド)に触れ、爆撃にて首を飛ばされた光景がたまたま目に入る。アーヴェルが人類を葬る援護射撃を行なうように、向こうも広く猛威を振るっている。


 聖戦域(ジハド)破りの策もアーヴェルは心得ている。張り巡らされたエルアーティの魔力の糸を、ことごとく切り裂いてやればいいだけという、単純かつ難解な方法論を一瞬で叶えられるのはアーヴェルぐらいのものだ。エルアーティの魔導線は、一斉同時に多数を断ち切ってやらない限り、ほつれの位置を素早く察知した術者によって、すぐに再構築されてしまう。少しでも長く、術者エルアーティの聖戦域(ジハド)再構成を遅らせるためには、出来る限り広範囲の魔導線を一度に断ち切らねばならない。


「すべてを無くさん、虚無の風……! 魔の蔓延る庭に、凪の温床をもたらせ……!」


 百獣皇を追う人類も、接近を一度ためらうほどの強烈な魔力の気配。空域いっぱいに拡散したエルアーティの結界を一掃するために、アーヴェルの大魔法が火を吹こうとしている。


思念の渦(サイコストーム)!!」


 それは、実体のない大嵐。アーヴェルを中心に発生する凄まじい風は、物理的な威力を持たない、他者の魔力にのみはたらきかける特殊な風だ。吹きすさばれた地上の木々が揺れることもなく、地上の魔物や人類が、その風によって吹き飛ばされることもない。ただしその風は、空を舞う魔導士達が空中に身を置くための魔力に強烈にはたらきかけ、自由自在に空を舞っていた人間の多くが、嵐に巻き込まれたかのようにその身を振り回されてしまう。


 自らの翼で空を飛ぶ魔物達にとって、この魔法は一切の障害にならない。目に見えて動きを乱した人間をその牙で屠る竜や、脳天を爪先で突き刺す鷹の魔物が空に散見する。そしてアーヴェルの魔力の台風は、ラエルカン上空に張り巡らされたエルアーティの聖戦域(ジハド)の中枢、魔力の糸の数々を引き千切っていくのだ。


 戦場広くを支配していた大魔法使いの支配力をリセット。しかしアーヴェルは息をつく暇もない。これが破られたところで、別手法で再び聖戦域(ジハド)を張るエルアーティの。引き出しの多さは知っている。一度その支配力を打ち切ったところで、短い時間で戦況を立て直さなくてはならない。


「んがーっ! エルドル早くしろニャ! (それがし)も長くはもたねーぞ!!」


 我が身を守る魔法の詠唱とは全く無関係、懇願の悲鳴に近い声も出る。大忙しの百獣皇は、魔力の風の流れに身を慣らし、再び包囲網を再構築してくる人間達を後方に、また訪れる危機に対する苛立ちを言葉にせずにいられなかった。











 獣魔シェラゴは、百獣皇アーヴェルが魔王マーディスの軍門に下る前から魔王軍に身を置いていた、魔王軍古参の魔物の一体だ。その昔、百獣王ノエルが百獣軍の長であった時代には、大将ノエルとともに多くの戦場を駆け、人類にその厄介さを見せしめてきた存在である。


 シェラゴの実力を裏付けるのは、飛空能力を生かした機動性と機知に富む頭脳、何よりも配下の魔物を手引くことにより、戦場を自陣営の有利へと導く指揮能力だ。言ってしまえば参謀職に当たる立ち位置を務める魔物であり、基本的には後衛に立つことが多かった魔物である。今も実際、戦場真っ只中にその身を置いているように見えて、周囲に配属した配下の陣形は非常に均整が取れており、どの角度からも人類を自らに近付きがたい状況を形にしているのだ。それは無数の魔導士や魔法使いがひしめく空中戦において、このシェラゴの元へ辿り着いたのが、チータだけだという事実からも明らかだろう。


岩石弾雨(ストーンシャワー)


 だが、後衛主任の魔導士だからといって、いざ単体の兵として実戦に弱いかと言えば別だ。翼を広げたと同時にシェラゴから放たれた無数の石は、水しぶきのような放物線を描いて空中に拡散。さらに最高点に達した瞬間、拳ほどの大きさであった石が突如膨れ上がり、人間一人押し潰せるほどの岩石に姿を変えるのだ。始まりは術者がばらまいた数十の小石、それが空に散らばった直後に岩石へと変わって地上に降り注ぐ光景は、悪夢の土砂崩れさえをも彷彿させるものである。


 一つ一つが捕捉領域の大きな岩石、それらが無数に振ってくる戦場光景に、チータも素早く空を駆けて回避するのが大変だ。しかもそれらの岩石はシェラゴの統制下、地上の魔物を押し潰さない。背後に落ちた岩石に気を取られてミノタウロスに仕留められる人間や、岩石そのものをかわしきれずに圧殺された人間はいくらかいる。目の前の敵への牽制と、味方を巻き込まない地上への支援攻撃を、シェラゴは両立する。


 そう、あくまで牽制。岩石の回避に意識を割かねばならないチータに迫る、空の狩人と呼ぶに値する速度で滑空するシェラゴ。爪を振り上げて襲いかかるシェラゴの仕掛けた接近戦に、チータは一手早く高度を急上昇させて逃れようとする。しかし空を主戦場とするシェラゴは、チータの足の下を爪先で空振って通過した直後、すぐに身を翻して近い距離でチータに向き直る。


「開門、風円刃(ウインドスライサー)


 接近戦に持ち込まれては分が悪すぎるチータは、距離を保ったままにして早期の魔法を展開。目の前に開いた空間の亀裂から、円盤状の真空の刃をシェラゴ目がけて発射する。起動は弧を描くように、合わせて二枚放たれた風の円盤は、チータとシェラゴの間を結ぶ線を大きくはずれず敵へと向かう。


 こんなものかと、あざ笑うような笑みと共に、シェラゴは風の刃を翼ではじき飛ばす。翼そのものがそれほどまでに頑丈なのではなく、風の刃に抗える魔力を纏わせたものゆえだ。チータを下から見上げるシェラゴの後方、輝く亀裂が開いていることにも、シェラゴはいちいち振り向かない。


「小細工上等、鼠の得意分野じゃな……!」


 詠唱無くシェラゴの背後に雷撃発射口を開門、風の刃で気を引いたところを稲妻でバックアタックしようとしていたチータの思惑も、シェラゴは容易に看破している。自らの背後に突然発生した岩石の壁で、背後からのチータの雷撃を遮断すると、再びシェラゴはチータへと滑空しようとする。


「まあ、それで仕留められるとは思ってないんで」


 向かい来るシェラゴに、杖を握った手も合わせて両腕を突き出すチータ。過去には切り札であった大きな魔法の中にも、今では随分と使い慣れたものがある。


「開門、落雷魔法陣(ブリッツバスター)


 手の前に開いた空間の亀裂から発射される、人をまるまる呑みこめるほどの太さを持つ、電撃の大型砲撃。破壊力に重きを置いたその魔法ならば、薄い岩石の壁を魔力で張られようと突き破ることも出来よう。迎え打たれる砲撃を目の前にして、シェラゴは空中で器用に静止する。さすがに直撃はまずい。


泥塵噴(サンドスチーム)


 両手を前に突き出したシェラゴの掌から放たれるのは、まるで壊れた噴水が水を暴発するかのように、凄まじい勢いで発射される多量の泥。それはチータの電撃砲を飲み込み、シェラゴにその威力を届かせない。さらには次々噴き出すシェラゴの泥の勢いが、チータの電撃を強く強く押し返し、やがて魔法を押し切られたチータが、砲撃を打ち切りその身を横に逃す。真横を通り過ぎる津波のような泥は、もしも直撃していようものなら、その質量と勢いで全身の骨を砕かれていたであろう威力を思わせる。


 窮地を逃れても安心している暇などない。改めてチータに急接近したシェラゴは、手の届く距離にチータを捉えた瞬間、悪魔のようなかぎ爪を勢いよく振りかぶる。至近距離で凶悪な形相をした、コウモリ人間を眼前にしても怯まない肝はチータも流石だ。しかし二撃かわした直後に振り降ろされた三発目の爪を、杖で防いだ瞬間には、そのポーカーフェイスも歪まざるを得ない。人外なる魔物達の将を務めるだけあって、受けた瞬間に吹き飛ばされるように後ろに身を流していなかったら、こっちの腕が折れていたと思えるようなパワーだ。この怪力に飛空能力を伴い、さらには魔法も多芸というのだから、シェラゴというのは実に恐ろしい話である。


 地上に向けて叩き落されたチータは、重力にも引っ張られて凄まじい速度で地面に吸い込まれていく。それでも空中に何枚も緩衝の魔力の層を構築し、落下する勢いを殺すと、建物の屋根に背中から叩き付けられるより早く体勢を整える。シェラゴとの距離が大きくなったが、チータは見上げて安心する。空から隕石のような巨大な岩石が降ってきたのだが、これはつまりシェラゴが、チータを仕留めようとすることに前向きということだから。


 だがとりあえず今は、我が身を押し潰そうとするこの岩石から逃れなくては。自らの背中に、強烈な反発力を生じさせる魔力を展開し、自分の体を強く押し出させて素早く回避。昔は詠唱を必要としていた跳壁召(リペルリープ)の魔法だが、今では緊急発動も容易になってきた。それぐらいの力量がないと、こんな大一番を渡っていけるとは思えなかったから、よく練習したものである。


「開門、落雷魔法陣(サンダーストーム)


岩石甲殻(ロックシールド)


 チータが展開したのは、空中に身を置く自らを中心に、周囲に作り上げた6つの雷撃発射口。それらは砲撃対象をすべて上に向け、チータを中心に回転する6つの発射口は空に向け、強烈な雷撃を撃ち放つ。ばらまくように広範囲を撃ち抜くその雷撃に対し、自らの周囲を卵の殻のように岩石で包んだシェラゴが、稲妻の散弾を防ぎおおすのだ。


 土属性魔法は水属性魔法をせき止め、火属性魔法の力を吸収する性質を持つ。シェラゴの魔力量ならば、チータの稲妻を遮断する岩石を作ることも出来よう。土属性魔法を最も得意とするシェラゴは、主に雷、炎、水の魔法を主戦術とするチータにとって、最も対処しづらい相手だ。チータが落雷魔法陣(サンダーストーム)の魔力を打ち切った直後、自らを囲っていた岩石の鎧を爆発させ、弾丸のように石を飛来させてくるシェラゴの返す刃には、チータも危うげに回避を為す。隙もなければ相性も悪い、友軍の魔導士の支援さえ、シェラゴの采配による布陣のせいで、駆けつけてくれる期待を持てない。表向き、非常に状況は悪い。


 シェラゴの飛ばした岩石の一つを、敢えて我が身にかすらせて、直撃したかのように体勢を崩すチータ。絶対的不利は自覚している。それでも演じ、敵が逃げ出さないこの状況を保とうとする。勝てる勝負をみすみす逃し、有能なる敵の指揮官を落とす機会を手放すわけにはいかないからだ。


泥塵噴(サンドスチーム)


 上空から発射される、まるで鉄砲水のような凄まじい勢いの泥の塊。上空の発射点は小さく、そこからチータに迫る頃には攻撃範囲を広げた粘性の砲撃は、回避するのもぎりぎりだ。よろめいた姿勢から先ほどと同じように反発力の魔力を展開することで、なんとかチータもその攻撃から逃れる。そうして体勢の崩れたチータに向かって、シェラゴが我が手によるとどめを下そうと、一気に急降下してくるのは極めて自然な流れである。




 チータには、魔導線(アストローク)で繋がれた仲間が一人いる。習得して日の浅い魔法で、完成度は高くないが、一人の仲間と強い結びつきを保てるところまでは昇華させることが出来た。念話魔法(テレファシス)を極めていないチータではあるものの、繋がった一人の仲間となら、簡単な意志の疎通ぐらいは実現させられる。欲を言えばチータも、第14小隊の全員と他6本の魔導線も繋ぎたかったが、短い期間で一人と強固に繋がれる形を作れただけでも、上出来と言えよう。


 彼女がどこにいるのかも、繋がった魔力の糸を介してすぐわかる。来て欲しい、と伝えた言葉に従い、向こうがこちらに向かってきていることも。互いの位置は向こうにも伝わっているのだ。そして彼女は今、魔物どころか友軍の予想をも超えた強力な味方を得て、常識では考えられない速度で一気に、ラエルカンの北東部からこちらへと駆け抜けている。建物の屋上を飛び移り、時に地上を駆け、魔物達のひしめく大地を突き抜けてだ。下手をすれば彼女のことだから、途中で何匹か魔物を仕留めていてもおかしくない。


 もう、すぐそこにいる。チータにとっての最大の切り札、心を許した仲間の存在を感じられるだけで、単身では敵わぬ強敵を前にしても、チータは恐れを感じずに戦うことが出来たのだ。




 実際のところ、チータもあわやのところだった。泥の砲撃をかわした直後の、チータの空中姿勢は極めて安定しておらず、眼前にまで迫ってきたシェラゴの爪を、回避する余裕はなかったのだ。その攻撃を杖で受け止め、吹き飛ばされた末に追撃を受ければ、対処しきれずそこで終わっていたかもしれない。


 刃向かう人間へ、終焉への一撃を下そうとしていたシェラゴの横から飛ぶ、一閃の矢。


 ここは空高く。地上から斜方投射の矢や弾丸はあってもおかしくないが、真横から矢が飛んでくるなんていう展開が、今のシェラゴに予想できただろうか。完全にチータに意識を集めていたシェラゴの虚を突いた矢は、対象が矢の存在に気付いた頃には、その鋭い刃で魔物の頭を横から真っ直ぐに貫いていた。


 唐突に頭を撃ち抜かれた衝撃に、シェラゴは体を横流しにして空をふらつく。チータを攻撃する余裕などあるはずもない。何が起こったのかもわからぬまま、飛びそうな意識の中混乱するシェラゴとは正反対、チータは一瞬空高くまでその身を持ってきた射手の友人を一瞥。目が合ったその瞬間、友人に向けて小さくうなずいたチータは、穴の開いた頭で空をよろめくシェラゴに向き直る。


「開門、落雷魔法陣(ブリッツバスター)


 頭を横から矢で一本貫かれた者に、容赦なく自らに放たれる砲撃に対処するすべがあるだろうか。チータの方向から発射される稲妻の砲撃に気付きはしたものの、対応する魔力を練り上げる暇もなく、シェラゴは稲妻の一閃に呑み込まれる。かつて放った稲妻の砲撃ほど大きなものではないが、大柄な人間をまるまる呑み込むほどの巨大な稲妻の砲撃だ。シェラゴの全身を高圧の電流で貫き、包み、自慢の翼から肉体までを真っ黒焦げに焼き尽くす。


 頭を貫いていた矢が消し炭になるほどの電撃で全身を撃ち抜かれたシェラゴは、即死寸前の失った意識で地面へと落ちていく。地面に叩きつけられて絶命するシェラゴを見届けたチータは、すでに地上へと舞い戻り、次なる戦場へと駆けていく仲間を、空から見送る眼差しに切り替わる。


「勝った」


 感情を含まれたものではないが、実感の込められた確かな声。魔導線(アストローク)で繋がった仲間の心に、直接届ける勝利宣言だ。冷徹な外面の内に力強い意志と魂を持つチータと同じで、魔導線で繋がれた彼女も、内気な外面の内に確たる信念と魂を持つ名手である。無口な彼女からの返事は無かったが、通い合う心が響かせ合う成功の実感は、双方の胸の内に確かな充足感をもたらしてくれる。勝ったその事実よりも、頼もしき仲間と共に勝利をもぎ取った事実が、何よりにだ。


 空を戦う魔物達の動きが僅かに乱れ始めた。管制役のシェラゴがいなくなったからだ。人類側に傾き始めた優勢の天秤をさらに勢いづけるため、チータは飛空魔力を展開し、再び激戦区に舞い込んでいった。

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