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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第13章  戦に轟く交響曲~シンフォニア~
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第207話  ~ラエルカン野外戦② 胸壁を打ち破れ~



 ラエルカンの都は、広大な旧ラエルカン地方全体と比較して、ゆるやかに海抜を高めた場所に創られた。都に向かうことを上京という言葉で形容されるが、なだらかながらも空に近付く歩みでラエルカンの都に向かうことというのは、文字通り京に上るという形になる。


 今その足で踏みしめている地より、少し高い位置に地平線がある光景の末、亡骸となったラエルカンの影が見えてくる。ここまで来ればあと少し。ラエルカン北西より進軍する第一陣は、いくらかの戦士の再起不能は避けられなかったものの、頭数を殆ど減らすことなくここまで来た。魔物達との交戦を経て前進してきたため、時間差で彼らを追う第二陣も追いついてきているが、合流はしていない。それで目の前に立ちはだかる魔物達を退け、後続には戦闘の労もなく進める道を作ってきたのだから、第一陣に最も求められていた務めは、完全に成功したと言っていい。


 迎え撃つ亡国野外の魔物達をことごとく撃退し、ラエルカンを目前にして敵の姿も前に無し。息をついてもいい頃だ。連戦にて体力も兵力も消耗し、それでもなお突き進む第一陣には、課せられた最後の使命がある。第二陣に任せることも出来る仕事だが、献身的な第一陣はそれを潔しとせず、最後まで後続の友軍に余力を残すことに尽くすのみ。立ち止まらない。




「火の風よ……! 全てを喰らいて塵へと還さん……!」




「来たぞ!! 術陣、構えろ!!」


 最も危惧していた脅威の接近に、魔法都市ダニームの大魔法使いが、絶叫に近い声で部下に呼びかける。前は平原、ゆるやかな上り坂にて広く目立つ影は無し。そんな第一陣の真正面から、地上すれすれの滑空軌道で急接近する小さな存在には、視力ではなく魔力に敏感な術士のセンサーでしか早期発見できない。


 第一陣最前列の目前、それは地表近くの低空から、燕の如く上空めがけて急上昇。翼をはためかす猫顔の小さな大魔法使い、誰もがその名を知る百獣皇の握る杖には、既に前詠唱を経て圧倒的な魔力が集っている。


焦熱の風(ワイルドファイアー)!」


「総軍、構え!! 蒼雨の嵐(アスルトルメンタ)!!」


 上空から百獣皇アーヴェルが放った魔力は、術者を始点に無数の蛇が人類の襲いかかるかの如く、太い炎の綱が次々と伸びてくる。さらに暴風の魔力がアーヴェルを中心に発生するに伴い、大気という燃料を得た炎がさらに肥大化。大蛇のような炎の塊の数々は、人類千人規模が集う地上を一瞬にして炎で取り囲み、同時に包囲網の中心へ向けて火の手を伸ばそうとする。


 対応して水と風の魔力を生み出した、ダニームの魔法使いとルオスの魔導士数十名。炎の手が連隊を取り囲むとほぼ同時、地上からはまるで一瞬にして空模様が変わったかに見えるほど、雨風が空から、水柱が地上から吹き上げる。上から下から暴走する水の数々、降りしきる水しぶき、吹き飛ばされそうな強風。一瞬にして嵐の渦中に転移させられたかのような環境の変化に、魔法使いで無い者は両脚で地面を強く踏みしめて堪えるしかない。その風と雨と水柱が、アーヴェルの放った炎の嵐を撃退する。


「第11小隊ほぼ、壊滅……! 第31中隊は、まだ……」


「被害状況だけでいい! 早く寄越せ!」


 先手アーヴェルの攻撃、後手人類の魔法による防御。運に恵まれなかった者達は、火の手に蝕まれて重大な傷を負う事態も発生している。鎮火に繋がる魔力によって、一度炎に襲われた者達の多くも絶命まで至らずに済んだものの、継戦能力を失った者は少なくない。迅速にその状況を把握することが求められる指揮官格、特に法騎士達は、上騎士や高騎士達に被害のみの報告を求める。戦える者の報告はいらない、報告されなかったということはまだ戦えるという観点でよし。2秒かかる継戦可能報告を省略してでもより素早い報告が必要なほど、戦場極地には時間が無い。


「引きは悪くねえニャ……っと、雲散霧消(ディシュペイション)!」


 炎と風の大魔法を放ったアーヴェルに、返す刃で空へと放たれる魔法の数々。風と水を潜り抜け、水の魔力に強い土属性の魔法、岩石や土の塊の弾丸が飛来する光景に、アーヴェルは素早く旋回飛行して数々を回避。これをかわせばペースを乱される、という絶妙な岩石の槍も、掌で受け止めると同時に打ち消しの魔力を展開、瞬時に塵へと変えてしまう。火の手をくぐった人類の第一陣は、再びラエルカンに向けての進軍再開だ。


 飛空能力を持つ魔導士達が地上の楔を切って舞う頃には、既にアーヴェルはとんぼ返り、ラエルカンへの帰還の動きに移っている。砲台とさえも形容できる巨大な魔法の爆撃能力を持ち、速度と小回りを兼ね備えた機動力を持つアーヴェルは、威力充分の当て逃げを奇襲的に放つことも自在。突然表れて爆弾を投下し、危険空域から逃れていくアーヴェルの当て逃げ戦法は、過去に何度も人類の頭を悩ませた百獣皇の得意戦術だ。敵はアーヴェル一体、それに傷も与えられず、こちらの兵力を削がれたディスアドバンテージは、例える必要も無く敵陣営の優勢をやがて形成するものだ。


「被害は想定未満だな……このまま行こう」


 駆ける聖騎士グラファスがそばに立つ法騎士に小さく伝えたとおり、当て逃げ対策も充分に敷いた結果、被害は最小限に抑えられている。負傷した兵を後方に置き去りにするのは痛々しいが、後続の陣にやがて合流する形で戦線を安全に離脱出来るだろう。第一陣と第二陣を固めて一斉突入していなかっただけでも、こうした広範囲爆撃を多人数で受けずに済んだので上々だ。本来戦力の分散は愚にあたるものだが、アーヴェルのような者が敵陣営にいるのなら、この戦い方も充分一考に値するものである。


「ユース、アルミナ、無事か?」


「問題ありません……!」


「ひゃー! 濡れました! シリカさんもびっしょびしょですね!」


 近くを走る二人に確認を取るシリカ、百点の回答を示すユース、ついさっき恐ろしき炎の風が目の前に広がったばかりだというのに、危機を乗り越えれば快活な語り口のアルミナ。彼女も気を抜いているわけではなく、恐怖を目の前にして沈みかけた気持ちを急浮上させるという意味合いが強いのだろう。危なかった、ぞっとした、という想いの友軍の中にあり、その声が気丈な兵の再奮起を促しているのもまた事実である。


 いよいよ本来ならば、継戦は厳しいという所まで兵力を削られつつある第一陣。後続の第二陣もいつでも合流できる形にあり、むしろ前を案じて焦れている。第一陣からの呼びかけはまだ来ない。戦略的にも合流するタイミングは非常に重要であり、最前列の状況を一番よく知る第一陣にその判断は一任されているから、後ろも動けない。


 第一陣の決死行はまだ続く。ラエルカンに辿り着くまで3分もかからない。






 高原に築かれ、その周囲を胸壁で囲んだラエルカンの都の構成は、本来魔物達の侵入をその壁と関所で防ぎおおすための作りである。乗っ取られたラエルカンのその構造は、今や魔物達が拠点を守るための要塞の一角と化しており、人類にとっては逆風だ。せっかく奪い取った防衛戦うってつけの壁を、ウルアグワやアーヴェルのような策略家達が利用しないはずがない。


「一気に行くぞ……! ルオス魔導士師団、構え!」


 ラエルカン北西の関所の門は固く閉じられ、門前に配置された数多の屈強な怪物達。鉄壁を背に構える魔物の群れが目の前にある光景というものは、難攻不落を思わせるには充分なものであり、果敢な騎士や傭兵の数々も、意識の隅ではこれを乗り越えられるのだろうかと脳裏をよぎるものだ。


「幾度目かの開闢ここに再び……破壊の末に大いなる創造あれ……!」


 関所を前にして、連隊の最前線に飛び出したルオスの魔導士達。すでに魔力はかき集めている。攻城の火蓋を切って落とすファーストアタックは準備万端だ。十数名の魔導士が各々練り上げた魔力は大地さえ揺るがすほどに凄まじく、それが最前列に立つ老練の魔導士を中心に色濃く集う。


地上の海(タイダルウエーブ)!!」


 老練の魔導士が発動させた魔力は、彼の眼前に高き水の壁を吹き出させる。それは後ろの魔導士達の魔力を受け止め、さらに高く、広く、巨大化する。そして主軸となった魔導士が杖を振るったその瞬間、ラエルカンを守る高き壁よりもさらに高い、巨大な津波が魔物の本陣に襲いかかるのだ。


「小賢しい……! 砕土の雪崩(ブランアヴァランシュ)!!」


 城壁の屋上、地上、それらに散分して人類を迎え撃とうとしていた魔物陣営の魔導士達。ダークメイジや獣魔導士達が集わせた土の魔力は、関所前の地面から火山噴煙のように膨大な土をまき上げる。大洋から押し寄せるかのような壊滅的津波、それを前にした魔物達の生み出した土も、巨大な津波の如く一気に前へと突き進み、青と褐色の二つの波が真正面からぶつかり合う。遠方からそれを見届けることあらば、これがどれだけ絶大なる勢力同士の戦いであるかが、離れていてもわかるだろう。


 胸壁との出会い頭の爆撃に踏み切ったルオスの魔導士達、大魔法で人類を迎え撃とうとしていた魔物の魔導士達。双方の術士多数が競合して為した、特大魔法同士の激突は、土克水の相性によって水が劣勢。それでも人類の闘志の結晶たる水の壁は、魔物達の巨大土属性魔法の侵略をせき止め、結果を相殺に踏みとどめさせる。両軍の水と土の激突が、泥と石を双方にばらまく爆発を生み、波が死に合った末に近しく立ち会う魔物と人類が、互いの敵を目前に控える絵図が完成する。


「北西第一陣、胸壁に接近! 関所は打ち破る! 援護頼むぞ!!」


「かかれ! 我らに仇為す人間どもを葬れ!!」


 時は満ちた。人類陣営最後尾に位置していた魔導士の一人が、今こそその時と後続の第二陣に、届かぬ声を張り上げてまで援軍を求める魔力を投げ飛ばす。胸壁上部から後続軍の追撃も見えている魔物達の佐官格は、敵の増援至らぬままにして第一陣を打ち滅ぼすべく、城門前の魔物達を突撃させる。胸壁の向こうから飛来する、空を舞う魔物達の襲撃が始まるのも、すぐのこと。


 最も前を走る聖騎士グラファス、そのそばを駆ける二人の法騎士、それとは別にシリカ。猛進する三匹のミノタウロスを交錯と同時に得物で傷つけるとともに、後続の兵や騎士が一気にとどめを刺す。敵もまた次々と押し寄せる。水の津波と土の津波が衝突して爆裂した末、地表荒れ果てしラエルカン北西の関所前を舞台に、人と魔物の集合体である津波の激突だ。両軍の兵がごちゃ混ぜになって、戦場支配権を奪い合う縮図は、しばらく前の野外戦よりもさらに熾烈を極める。


「一切退くな! このまま押し込め!」


「ここが我らの最後の舞台! 死力を尽くせ!」


 胸壁の上から魔法を放つダークメイジ達、空から魔法で狙撃してくるジェスターやガーゴイル、地上の魔物も拠点の守りに相応しく野外より屈強だ。ビーストロード二体が最前列の土を踏み、ヒルギガースのような単身でも化け物じみている怪物が、後方から鉄分銅の援護射撃を行なうという布陣。法騎士二人でも容易には攻め落とせないグラシャラボラスが、二体三体と次々に前に踏み出してくる展開は、消耗した第一陣にはかなり苦しい流れである。


 第二陣はすぐに追いつくはず。援護射撃の激しい関所前から離れ、合流を待つべき場面だろうか。いや、距離を取れば再び魔物達の巨大複合魔法が火を吹き、第一陣も第二陣もまとめて集中砲火される。敵を自由に動かせぬため、死地と知りつつ疲弊した兵は前進を諦めない。ミノタウロスに頭を割られた騎士も、死の間際にミノタウロスの腱に傷をつけたことを遺産にして、そばの少騎士がミノタウロスの頭を真っ二つにする結果を導いている。ガーゴイルの火球にその身を焼かれた空の魔導士も、今わの際に放った岩石の刃で、地上のヒルギガースの脳天を貫くことに成功している。


 死者の数は著しい。祖国の何人が人々が悲しむだろう。それが戦争だ。真正面から飛んできた鉄分銅を、身をよじらせて回避したユースの後方、流れ弾のように鉄分銅が一人の騎士の頭を粉砕した光景は、戦場半ばにしてユースの胸を打ちのめすものだ。それでも自らに大斧を振り下ろすミノタウロスを前にして、雑念を抹消したユースが地を駆けた末、その剣で足を一本切り落とされたミノタウロスが、アルミナに側頭部を撃ち抜かれて致命傷を得る。後続魔導士の火球がとどめを刺したその暁、この魔物が生存していれば命を奪われていたであろう、未熟な戦士達の命も救われる。


「厳しいな……! 門を開くか……!?」


「甘んじるな! 後続の連中に楽をさせるだけだろうが!」


 水を得た魚と言うが、死中の活とは戦士達にとってそれに相当するものなのだろうか。甚大なる敵の数、増援はまだ来ない、次々と倒れていく仲間達。絶望のきっかけはいくらでもある。吠えて、うなり、巨大な魔物達にも劣らぬ気迫で得物を振るう人類の猛攻は、友軍の減少に勝り魔物達を淘汰していく。胸壁頂上で空の魔導士達を迎撃するガーゴイル達の中にも、焦りから門を開いて増援を促そうとする者が現れるほど。それよりもここで、敵が増えるより前に一人でも多くの人間を葬るべきだと一喝するダークメイジの声が、魔物達が頑強に閉じた、関所の門を開かせない。


 魔物達の群集を抜け、一気にその門へと駆け抜ける一つの影がある。道を阻みかけたヒルギガースを飛び越えると共に、その頭を騎士剣で斬り割った一人の法騎士は、十数歩も走れば辿り着ける関所の門を前にして、さらに加速する。


「精霊様、お力を……!」


「ええ、存分にその魂を奮わせなさい!」


 一人最先陣を飛び出したシリカ。それを見た聖騎士グラファスは、一瞬その後ろ姿に意識を奪われる寸前だった。シリカの背後に人の影らしきものが見えた気がするからだ。長き緑の髪を持つ、まるで噂に聞く大森林アルボルの精霊を思わせる影を、うっすらとシリカが背負って見えたのは気のせいだろうか。


 待ち構えてシリカを真っ二つにしようとした正面のミノタウロスにも、その攻撃を回避した末に、横をすり抜け相手にもしないシリカ。騎士剣に凄まじい魔力を集めた今のシリカにとって、目指すべきは巨大なる門の他、何一つ無い。


翡翠色の(ネフリティス)――」


 人類側の、魔物側の、術士にあたるすべての者がその異変に鳥肌を立てた。敵か味方か、門前の何者かが放つ魔力の強大さはそれほどまでに凄まじい。人類側の魔導士は、敵味方問わず全てを破壊する大魔法で混戦を一掃する砲撃者でもいるのかと瞬時に警戒、魔物側の魔導士は門前のその人物の魔力を恐れ、一同にシリカに向けて魔法の砲撃を放つ。


 門を数歩先に迫らせたシリカ。彼女に向かって火の玉や水の砲撃、稲妻の槍が四方八方から襲いかかる。それが対象に着弾する寸前、淡く緑に光っていたシリカの剣が、突如爆発を起こしたかのように強い光を放った光景は、未然に獲物を仕留めたかと思っていた魔物達の確信を打ち切った。


勇断閃(ドレッドノート)!!」


 振るわれたシリカの剣は、剣身を超えて遥かに長い光の切断魔力を纏い、シリカの背丈をも超えた質量を持たぬ光の剣のようになる。その剣の軌道に沿うように、巨大なる三日月のような翡翠色の軌跡が描かれると同時、それは彼女に迫る魔法砲撃の数々を一様に切り裂き、威力をシリカに届けない。


 そればかりか、その軌跡が城門を通過した瞬間、胸壁そのものが大きく揺らぐ。一枚岩のような、頑強で巨大な門が、戦場の誰もが聞き逃せないような、みしりという音を立てたのだ。敵も味方も何事かと門の前に視線を集める中、シリカは下から斜めにその騎士剣を振り上げる。剣が描く巨大な緑の軌跡の光は、門を真横に通過する。軌道上にいた、一体のインプの肉体を真っ二つにしてだ。


「――はあっ!!」


 最後、シリカが振り上げた剣の軌跡が、またその門を駆け抜けた。最初の一振りで門を斜めに、第二撃で門を横断し、とどめに再び斜めに門を切り裂いたシリカの連続動作は、直角三角形に近い形で頑丈な門を駆け抜けている。万物を切り裂くことをその願いとする魔力、それも本来の剣身を超えた長い切断軌跡を持つ大魔法は、内から重い閂をかけられていた門を、開かずして大きな穴を開けようとする。


 振り返ったシリカとちょうど目があった、最前線にいたルオスの魔導士。一目でわかった。うなずいた魔導士が魔力を集中し、巨大な岩石を傷ついた門に飛来させる。その巨岩が門に激突したその瞬間、三角形に門の一部を切り抜かれた門は、独立した三角部分を門の奥まで吹き飛ばした。ぽっかりと三角の穴を開けた大口は、門開かれずしてラエルカン首都の国土内の光景を人類に晒している。


 あまりの光景に敵も味方も呆然、一切気を取られなかったのはシリカの魔法の種をあらかじめ知っていた身内のユースだけだ。知っていたアルミナも、まさかこれほどまでとは思わず目を奪われたほど。思わず大異変に視線を奪われた一体のビーストロードの脇を駆け抜け、足の筋を断ってその巨体を崩すユース。それと交戦中であった聖騎士グラファスの刀の一閃が魔物の首を斬り落とした瞬間、完全に時間を止められていた戦場に再び火をつける。


「第二陣突撃! 城門は開かれた! 一気にたたもう!」


 数千人規模の師団、北西進軍部隊の第二陣がその時戦場に雪崩れ込んだからだ。突入口を許した魔物の門に向け、大規模なる一斉進撃が襲いかかる縮図は、魔物達にとってはたまったものではない。空から飛来する魔導士達の猛攻、第一陣に加わって一気に地上を制圧する第二陣の尖兵達、さらには増援無き間もずっと戦場を踏み堪えていた第一陣の勢いが、魔物達の反撃を飲み込んでいく。


 まさしく多勢に無勢、言うなれば魔物達の方が袋叩きに遭うようにして掃伐されていく中、壁としての役割を失った門に辿り着く兵の数は急増する。それに伴い胸壁上部で砦を守っていた魔物の術士達も、前だけでなく後ろにまで視野を配らなくてはならなくなる。それで前からの猛攻に耐え忍べるはずがない。空や胸壁に点在していた魔物の術士達が次々と撃ち落とされる中、第二陣の数多くが門をくぐって敵本陣に突入していく。幾多の魔物の屍が門前に横たわるこの一角、大局は決したと言っていいだろう。


「よくやってくれた、グラファス。後ろの連中は任せたぞ」


「心得ましたぞ」


 第二陣の指揮官格であった勇騎士ゲイルが、第一陣の総大将であった聖騎士グラファスに一礼し、ラエルカン本国内へと駆けていく。一仕事終えたグラファス、ならびに第一陣の生存者の数々が息をつく中、しばしの休息の時がようやく訪れた。


 野外戦にて邪魔者を排斥し、関所の門を最低限の兵力で撃破した時点で、第一陣に課せられた仕事はほぼ完遂された。疲弊した者、負傷した者はここで撤退だ。第二陣の最後尾についてきた馬車、撤退輸送部隊と補給部隊の仕事がここから始まり、無念にも命を落とした同僚を担いで馬車に歩み寄る者もいる。一方、撤退を促す部隊ほど忙しくはないものの、第一陣の中にあってさらにここから継戦しようという騎士や傭兵に、ものを差し渡す補給部隊も忙しい。


「シリカさん、行きますよね?」


「お前達も来てくれるな?」


「勿論です」


「っ、ぷはっ! 任せて下さい!」


 朝から戦い続けてもう昼過ぎ、補給馬車に駆け込んで弾倉に銃弾を詰め込んだアルミナは、貰った水をがぶ飲みしながら答えた。死ぬほど忙しい補給部隊の馬車の御者は、手を上げた者めがけて食料を投げて渡すという乱暴な仕事ぶり。それを受け取ったユースも、缶詰上がりの調理肉をかじりながらシリカに応えている。


 ラエルカン本陣に踏み入れば、そこからは休み無しの長期戦の始まりだ。休息を挟めるのはここで最後。地の制圧模様に合わせて、補給部隊も亡国領土内に進軍はするだろうが、最前線で駆けることになりそうな三人にとっては、銃弾補充の暇もなく戦いに明け暮れることになるだろう。勝つまで、あるいは死ぬまでだ。


「貴殿も生き残ったのだな」


「……へっ!? あっ、え……お、お疲れ様です……!」


 補給馬車の前で息を整えていた三人、特にユースに語りかけてきた老練の聖騎士。着物に袴と草履という特徴的な御姿に、ユースは声を裏返して慌てて挨拶する。聖騎士グラファスと言えば、魔王マーディス存命の頃より幾多の魔物を葬ってきた豪傑の一人であり、恐らくこれから長く続いていく騎士団の歴史にもその名を深く刻んでいく英傑である。


 そんな人に声をかけられたら、ユースが恐縮するのは当たり前。恐縮どころか慌てふためくかのようにおたついて、冷静に挨拶するシリカの横でアルミナが笑っているが。


「必ず、生きて帰ろう。貴殿の数年後が私は楽しみだ。こんな所で命を潰えさせず、ともに勝利を掴めることを願っている」


 しわの多い、しかし力強い手を差し出すグラファスに、ユースも一瞬どうしていいのかわからない。ぽんとユースの背中を叩いてくれるシリカに促され、片手を返すユースの手が、グラファスとがっちりと握手を交わす。過去、創騎祭の舞台で一度手を合わせた若き騎士の名を、今でもグラファスは覚えていてくれたのだ。


「私は行く。貴殿らもしばしの休息の後、また共に戦おう」


 帰れ、とは言われなかった。参戦を望まれている。聖騎士の眼から見て、それだけ勝利に向けて影響力を持つ一兵の集まりだと認識されている証拠だ。穴の開いた城門に向けて駆け出すグラファスの背中を見送りながら、シリカもひとつ眺めの息をつく。さすがにあれが相手では、堂々としているように見えてシリカも緊張したのだろう。二人の手前だから、気丈を貫いていただけであって。


「あれが聖騎士グラファスなのね。噂に違わず、強い信念と確たる意志の持ち主だとわかるわ」


「知っているのですか?」


「ええ、人里の話をエルアーティやジャービルから聞く時、その名を聞いたことがあるわ」


 シリカの後ろにふんわりと姿を現した、見るからに美しい大精霊。惜しむらくはその美貌が、この場で第14小隊の三人にしか見えていないこと。本体である聖樹ユグドラシルを離れ、お忍びで今の姿を形成し、シリカについてきた精霊バーダントは、過酷な戦場の真ん中でシリカの後ろを支えている。


「ベラドンナ、あんたも頑張りなさいよ」


「はーい……」


 アルミナの方を向いて語りかけるバーダントは、アルミナの胸元に引っ込んだままの小さな妖精に言葉を向けているのだろう。古きアルボルの魂の集合体であるバーダントは、霊魂が精神を具現化して生じる"魔力"というものを、より強く大きな形で顕現させる究極の親和性を持つ。翡翠色の勇断閃ネフリティス・ドレッドノートと名付けられた、シリカ本来の実力を超えた必殺剣を実現させる柱である彼女の存在は、シリカにとってこの上なく心強い支えだ。


「拗ねないの。そろそろ出番あるからさ」


 一方で、自分の胸の谷間に指を突っ込んで、妖精の頭を撫でるアルミナにも強い味方がいる。一度大いに迷惑をかけた人に対し、助力を惜しまないと言ったベラドンナを、アルミナもまた受け入れた。再会して僅か三日、ベラドンナから預かる魔力で行使する一つの魔法は、慣れるまでそれなりにかかったものの、きっとこの戦いでアルミナ本来の実力以上のものを促してくれるものだ。ここまで出番がなかったため焦れてきているベラドンナのようだが、本心ではアルミナも彼女のことを強く頼りにしている。


 真の戦いはここからだ。第一陣の中から多数の犠牲者を出し、その殆どが撤退せざるを得なくなった激戦でさえ、これからの戦いに比べれば前座に過ぎない。魔王マーディスの遺産達に加え、その側近にあたる数々の猛者ひしめくラエルカンは、まさしく現代に降臨した魔窟そのものだ。命が惜しくば絶対に近寄るべきではない地獄へと、自ら身を投じる戦士達。目指すものはただ一つ、勝利の暁に獲得される人類の誇りに他ならない。


「二人とも、もう大丈夫か?」


「はい」


「任せて下さい!」


 疲れたようなら休んでから来い、そんなことはシリカも言わない。最強の勇騎士様、頼もしき聖騎士様、それらに勝り世界一信頼できる仲間とともに、死地に飛び込むことがどれほど心の支えになるだろう。頼れる法騎士様が同じ戦場にいるだけで、勇気がみなぎってくるユースやアルミナとまったく同じで、二人とともに、同時に戦場へと踏み込んでいくことをシリカも望んでいる。


 大精霊の加護よりも、心の通じ合えた二人の存在こそが、シリカにとっての何よりの支え。自らが彼女を慕うのと同じく、自分達も求められていることに、ユースもアルミナも気付いていない。


「よし、行くぞ! ラエルカンを奪還する!」


 走り出したシリカを前に、第14小隊の中でも最も馴れ親しんだ三人がラエルカンへと駆け抜ける。笑い合った思い出も、叱られ続けた思い出も、それに勝る楽しかった思い出の数々も、今は祖国に置いてこよう。三人揃って、八人揃って、勝利を手にして凱旋することを願ってやまない三人の魂は、意志の根幹で言葉も無く繋がっている。


 歴史を塗り替える戦いへの処女航海。人類の未来さえをも占う運命の航路へと、第14小隊が漕ぎ出した。

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