第20話 ~ダニームのアカデミー~
アカデミーの前にある公園で、ユースとオズニーグは小さなベンチに腰かけて待っていた。久々に顔を合わせる同郷の少年騎士に、今はどうしているのかと商人が尋ねたり、女房を持つ身になった知り合いの商人にさりげなく少年騎士が新婚生活のことを尋ねたりと、話には花が咲く。ユースはさほど口が上手な方ではないが、相手が話術に長けた商人というだけあって、一度言葉を紡げば次々と話が広がっていく。待っている間オズニーグの話相手になって差し上げるように、とシリカに言われていたユースだったが、本質的にはどっちが話し相手になって貰っているのやら。
やがてしばらくすると、二人のもとにシリカが帰ってくる。アカデミーの門を出てきた彼女の表情からは、なんとか上手くいってよかったという安心感が滲み出ている。
「時間を割いて下さるそうです。正午過ぎの第3鐘が鳴る頃にでも、また来て欲しいとのそうで」
「そうですか……!」
足がかりになるかもしれない希望の一縷を見つけたオズニーグは、目を輝かせた。まだこれから成功に至れるかはわからないものの、チャンスを得られただけでも大きな前進だ。
正午過ぎの第3鐘が鳴る頃とは、いわゆるおやつ時に該当する時間帯。それまでにはいくらか間が空いていて、少し時間を潰す必要がありそうだ。町と人の流れ、施設の在り様のパターンなど、長く商人を営んでいる者ならば、初めて来た場所でも概ねわかるもので、ここはオズニーグの手腕を頼ればいい。無駄なく時間を潰せる手段探しも、観察力に秀でた商人様ならお手の物である。
公園の周りに立ち並ぶ出店に目をつけ、昼食時の今にふさわしく、シリカやユースに気前よく間食を奢るオズニーグの動きは早かった。中に餡子の詰まったほくほくのお菓子はこれまた美味しく、初めて来たこの町でこんな逸品をすぐ見つける商人の勘には、彼の半分ほどしか生きていない二人の若い騎士も、ただただ感心するばかりだった。
ダニームのアカデミーは、エレム王都における王宮のような場所だ。建物の大きさのみで言えば、政館と騎士館を合わせたエレム王国王宮よりも遙かに大きいだろう。騎士館が多くの騎士達の手腕を鍛えるために多くの施設を併せ持つのと同じく、ここアカデミーも魔導士達の練達のために多くの施設を抱えている。先人の知識を集約した大図書館は何度も増築が繰り返されているし、魔法学を学ぶ者が集まる学所も設けられており、魔法訓練場の数だって訓練用途に合わせて様々用意されているのだ。まさしく魔法の道を歩むと決めた者にとっては、あらゆる意味で嬉しいものが揃った環境といえる。
中に一歩入れば、深く計算された均整をすぐに感じ取れる壁や柱の形や、所々に置かれた観葉植物。見ただけで描き手の魂が伝わってくるかような立派な絵画がかけられた壁も、天井近くに至るまでしっかりと掃除が行き渡っているのが一目でわかる。武人として生きる者が集う騎士館と見比べると、文化人が集まる知識の館としての側面がよく見えるというものだ。
シリカ達はしばらくアカデミー内を進み、やがて見えてきた待合室に足を踏み入れる。騎士館の待合室よりも遙かに広いその部屋は、この空間に多数の人間が出入りするからこそ、この面積が必要であるのだろうということを思わせる広さだった。
来訪者の礼儀として、指定された待ち合わせ時間よりも、やや早くここに到着したシリカ達。しかしさほど待つこともなく、待合室の扉が音を立てて、向こうから開く。
「あ、あら? お待たせしてしまいましたか?」
扉を開いた人物は、戸惑いを表情に表わしてそう言った。その顔を見てシリカは席を立ち、姿勢を正して歩み寄る。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
「あ、いえ、そんな。こちらこそ、お待たせしてごめんなさい」
シリカに謝られたその女性は、頭なんて下げないでと言わんばかりに、わたわたして謝り返す。その顔を初めて見たユースですら、ああこの人はお人好しそうだなとすぐに事実を見抜いた。
「えっと……そちらの方が、シリカさんの言っていた?」
オズニーグを見据えて、その人物が尋ねる。とうに席を立って背筋を伸ばしていた商人は、目の前の待ち人に近付いて、こちらもまた頭を下げる。
「オズニーグ=アイスウォニアと申します。このたびはご多忙の中、こうした機会を設けて下さったことに心より感謝しております」
「いえいえ、そんな。私もダニーム以外の商人様とお顔を合わせる機会はさほど多くありませんし、この出会いには大変嬉しく存じます」
3人の来訪者の中で一番背の低いユースよりも、さらに頭ふたつぶん小さい、えんじ色の法衣を纏った幼い顔つきのその人物は、柔らかな笑顔でその顔を満たして一礼する。ふんわりした蒼い髪をツインテールにまとめたその風貌は、その童顔も手伝って、最初ユースには年下なのかとさえ一瞬思わせたほどだったが――
「はじめまして。ルーネ=フォウ=ファクトリアと申します」
「あなたがそうでしたか。お会いできて光栄ですよ」
その名前を聞いてユースは思わずその人物を二度見する。その横でもオズニーグが一瞬その顔に驚きの色を見せ、正直な想いをその口にした。
ダニームの魔法学者ルーネと言えば、恐らくこの町においてならその名を一度も聞いたことがないという者は非常に限られてくる。気弱そうで頼りなさそうなその顔立ちと、突き倒せばあっさり吹き飛びそうな小さな体に、はじめその姿を見た者は大概侮ってかかるものだ。しかしその名を一度聞けば、その名を知る者は態度を改めなくてはならないだけの実績を持つ、よく名の知れ渡ったダニームの著名人の一人である。先程のユースの反応が、まさにそれを顕著に表わしている。
20年ほど前に魔法学者としてダニームのアカデミーに、学術講師として招き入れられた彼女は、当時から今にかけて長らく、魔導士を志す子供達に魔法学を教える先生として過ごしてきた。これが彼女の表向きの顔であるのだが、その実その合間に彼女が独自に展開する魔法学の新理論の数々は、アカデミーの魔法学究明に対しかなりの数の貢献を為している。
具体的に言えば、現在において非常に支持されている、"水術と火術のルーネ構成法"という魔法術式がある。一般に、水属性の魔力は火属性の魔力を打ち消す特徴を持ち、かねてより水属性の魔法と火属性の合成は、両魔力の共存を為すのが難しいものとされてきた。ゆえに火水術は、高名な魔導士にしか使えないものと長らく思われていたが、ここに目をつけたルーネがその合成法の新しい理論を展開し、そうした歴史に終止符を打ったのだ。魔法学の細かい理論はさておき、結果としてこれ以降、これによって多くの魔導士が火水術を扱いやすくなったというわけである。
火水術の使い手が増えると、出来ることが各段に増える。湯を沸かすのが効率的になるというだけで充分に大発明なのだが、熱蒸気による攻撃魔法の開発が進んだことと、そこからさらに派生して生まれた魔法の数々を思えば、火水術の使用者の増員はあまりにも大きな前進だ。長らく使用者が少ないゆえ開発の進みにくかった火水術だったが、ルーネが新しい構成法を開発してから15年余り、その分野は数多くの学者と魔導士によって、より深く開拓されている。数学で新しい公式が生まれると究明が格段に進むことと同じで、ルーネの発見がその分野を急成長させた功績は誰もが認めるところだ。
少女のような外見を持つ彼女が、アカデミーの演説台に引っ張り出されて魔法論を展開し、年老いた魔導士達が真剣に彼女の話を聞くような人物なのだ。引っ張り出されて、というのは彼女が自分をそういう場に立つような人物じゃないと自己評価して表舞台に立ちたがらないのを、周りが頭を下げて檀上に登らせるからなのだが、それだけ周りに一目おかれるだけの者であるというのも事実としてうかがえるのである。
「聞きましたよ、数年前に世を騒がせた"魔導士の本質を語る格言"。ダニームもルオスも、件の発言であなたへの注目度を一気に上げましたからね」
「あははは……あれはエルアとお茶を飲んでいた時にぽろっと言った言葉を、あの子が勝手に世に広めちゃったからで……どうしてあんなに騒がれたかな……」
「いえいえ、あれは魔法の心得を知らぬ私にも面白い言葉でした。腹黒い魔導士達にとっては、あまり公表されたくない言葉だったでしょうけどね」
ルーネの口からもう一人のダニームの有名人の名がさらりと漏れたが、今はさほどそこに注目すべきでないと判断し、オズニーグは話をそのまま繋げる。縁があるならそちらとも一度顔を合わせたいという好奇心はあったが、それは今重要なことではない。
対面して椅子に腰掛け、2,3の世間話を挟んだのち、オズニーグは手元の絹を取り出して本題に移る。ミューイの絹を手渡されてそれに触れると、ルーネは子供のように嬉しそうにそれを撫で始めた。
「なんだか、懐かしいですね……昔、夫と一緒にテネメールの村に買い物に行った時に試着した、素朴で優しい衣服のことを思い出しましたよ」
思わず閉口するユースと、相変わらずの記憶力に苦笑するシリカ。オズニーグもこの発言には、長く世を歩き多くの人と顔を合わせた身としても、なかなか感銘を受けざるを得ない場面だ。
「ええ、テネメールの村特有の二十八縁織りがベースです。細かい製法は我流混じりですが」
何度か回った服飾店の職人たちも、製法自体は概ね見抜いてきた。その筋に通じていないはずの魔法学者が、その製法の近くを言い当てたことには、職人オズニーグも目を輝かせるばかりだ。
絹の自慢の透明感と軽さを何度も確かめるようにミューイの絹を愛で、いいですかと許可を得た上で絹に顔をうずめて嬉しそうにするルーネを見ていると、織り手のオズニーグとしても心地がいい。ルーネがこの絹に対して好印象なのは、誰の目に見ても明らかだった。
ある程度絹に触れてひとまず満足したルーネは、絹を膝の上に置いて少し考える。オズニーグの相談したいことというのは、彼女もあらかじめ聞いている。すなわちこの素敵な絹が、このダニームの町で仕入れるに値する価値のあるものと示す手段があるかどうかを模索する。
「親和性さえあれば、需要が格段に増えることは間違いないでしょうね。恐らくは、それが最も大きな壁になっていると思われますが」
「やはりそう思われますか……」
「ただ、現時点で親和性が全くないわけではありませんね……もしもよろしければ、この絹を作るにあたって使用した素材なども、教えて頂けませんか?」
ルーネの言葉を聞いて、ためらいなくオズニーグは材料と製法を紙に書いて差し出す。我流で編み出した秘伝の製法を簡単に明かせるのは、この絹を最善の形で生み出せるのが自分達であるという確固たる自信の表れだ。
「……シルバーウォームの繭糸と、精錬過程に用いられたファルーナ樹脂が、親和性を醸し出す最たる理由と見えますね」
親和性の高い物質、材料などのリストは魔法学者のルーネにとっては網羅すべき情報だ。彼女にも憶えきれぬ、親和性を放つ物質も数多いが、とりあえず素材の中にらしきものは目についたらしい。
「極論、これらの混合比率を変えれば親和性を高めることは出来ますが……きっと布地が分厚くなったり、配合比率が変わると別物になってしまいますよね」
「ええ……今の形を残したまま問題点を改善できれば理想的ではあるのですが、流石にそんな旨い話はないとも思っています」
だからこそ、ジレンマに陥る。ルーネもそれをわかっていて確かめたのだが、それによってどうすべきかは、ルーネの目線からはっきりと見えてきたのも事実。あとは手段だ。
ルーネは数秒絹を見つめて、掌を絹に当てて小言で何かをつぶやいている。絹にある親和性を、自らの魔力を用いて確かめているのだが、傍から見ている3人には何をしているのかはわからない。ただ、彼女が真剣に何かを模索してくれているのだけが伝わる。
ルーネは顔を上げて、オズニーグの顔を見る。その表情からは、今の自分に何かいい解決策が思いついたと察せるような自信はうかがえなかった。それでもルーネは、オズニーグに対して前進の可能性を思わせる、次の言葉を紡ぐ。
「……エルアがこの件に興味を持ってくれれば、進展が望めるかもしれません。私の知るあの子は、こうした話には興味を示してくれるような気がします」
ルーネが出したその名もまた、オズニーグの知る名前だ。そしてそれはこのダニームにおいて、あるいはこの世界において、ルーネよりもさらに高い知名度を誇る魔導士の名。
「一度あの子に、この話をしてみてもいいですか? 私では力になれそうにありませんが、あの子ならもしかしたら……」
「もしもよろしければ、お願いしたく存じます」
確信を持てず自信なさげなルーネに対し、二つ返事でオズニーグは返した。行き詰った所に沸いた可能性を感じる道に対し、商人というものは極めて敢えて貪欲だ。
「……もしも、あの子がこの件に興味を示さなかったら、あの子の力は借りられないかもしれません。加えてあの子は多忙の身ですし、あなたに紹介できるとしても明日になると思います。それでも、いいですか……?」
「はい」
ルーネの紹介してくれる人物が、自分の悩みを解決してくれるとは限らない。あるいは興味すら抱いて貰えず、顔を合わせることすら敵わないかもしれない。それでも希望があるならば手放さず前に進むのが、オズニーグが今日までに培ってきた商魂の歩く道だ。
「わかりました。それでは、明日またこのお時間にここでお会いしましょう。私もこのミューイの絹が、より多くの人達に愛されるようになることを、強く願っておりますので」
「ありがとうございます」
オズニーグが腰を低くし、両手を差し出してルーネに握手を求めると、ルーネも両手を差し出して握り返す。志を持って魔法都市を訪れた商人と、それに報わんとする高名な学者の間に縁が生まれたことが、大きなオズニーグの手と小さなルーネの手が握り合う形で実現する。
「頑張りましょう。上手くいけば故郷の奥様も、きっと喜んでくれますよ」
「稼ぎが入ればあいつも喜んでくれるでしょうなぁ。こりゃあ男を見せなきゃいけませんよ」
話がまとまり談笑する商人と学者を見て、黙ってその様子を眺めていたシリカとユースも、一件落着を見届けた心地よい達成感に、その胸を満たすのだった。
「……シリカさんって、ダニームのルーネ様とお知り合いだったんですか?」
何度も何度もオズニーグに、お世話になりましたと頭を下げられてダニームの町を離れたシリカとユースは、夕暮れ前の船に乗ってエレム王国へと下っていた。オズニーグはもう一夜をダニームで過ごし、ルーネとの話を進めるつもりのようだ。時間の許す限り、歩ける範囲で売り込みも続けるのだろう。
「まあ、ちょっとしたご縁があってな。話せば長くなるが……」
そう言いかけて、シリカは言葉を止めてしまう。ユースが、何か事情があるなら別に、とばかりに仕草を見せれば、すまないなと呟いてシリカは苦笑する。
「何度お顔を合わせても変わらない人だと思うよ。言ってはなんだが、あのずっと若々しいお姿には羨ましさすら感じるな」
小さくて幼い顔立ちのルーネを羨ましがる気持ちは少々ユースには理解しかねるが、長く保たれた若さに憧れる女としての気持ちはシリカにだってあるのかもしれない。一児の母と言われるルーネはそれにふさわしく胸にも張りがあったし、外見よりは大人である風格も持ち合わせていたが。
――それにしても、この隊長からそんな発言が出てくるとは。毎日鬼上官として厳しい顔立ちで自分をご指導するシリカからそんな言葉を聞くと、ユースからすれば新鮮すぎる。
「……なんだ。私の顔に何かついてるか」
「いや、シリカさんも一応女性なんだなあって」
半端なく失敬な言い草に、思わずシリカも鉄拳をユースの頭に叩き込んだ。いたたと頭を押さえるユースがシリカを見上げると、案外、怒るよりも少々溜め息混じりの顔で河の流れを眺めていた。
「あの、ごめんなさい。流石に言い過ぎました」
「……いや、いいよ。自分でもわかってるから」
どうやらかなり真剣にダメージがあったらしい。アルミナあたりが時々、こうしてシリカの女っ気の薄さを揶揄して、そのたびシリカがぷんすか怒って言い返すことは多かった。だいたいその時には、クロムやユースも乗っかって話を弾ませたりするのだが、この手の冗談はもう、今後あまり言わない方がいいかなと、そろそろユースも考えることにした。
23歳、独り身。そろそろシリカも危機感を感じている予感がしなくもない。
エレム王都に辿り着き、騎士館に任務完了の報告を済ませた頃には、空には既に月が見えていた。夕食時を少々超過した時間帯に家路に着き、ただいまと言って玄関の戸を開けると、真っ先にキャルが駆け寄って来て、おかえりと迎え入れる。
「キャル、すまないな。もう、夕食は作ってしまったか?」
夕食は自分が作るという習慣を、遅い帰宅で叶えられなかったシリカが、夕食後であろうことを半ば織り込み済みでキャルに尋ねる。しかし返答は予想に反して、目の前の少女がふるふると首を振る。
「……せっかくみんな揃ったんだから、シリカさんがお帰りになってからがいいなって」
「なに」
その言葉の意味するところを、一瞬で理解してシリカの目つきが変わる。シリカの口から次に紡がれた言葉は、どこにいる、の一言だ。
誰が、どこにいるのかを尋ねているのかわかっているキャルも、居間を指差して苦笑い。胸の奥に秘めた怒りを努めて表面化せず、キャルに対し妙に優しい笑みを見せ、わかったと言ってつかつかと居間に向かうシリカ。後ろからそれを見ていたユースは、これから起こる修羅場を予想して、知ーらないとばかりに目を泳がせた。
居間に突入したシリカを迎えた小隊のメンバー達。アルミナは、主役がやっと帰ってきたとばかりに嬉しそうにシリカにおかえりの一言。チータは相変わらず何を考えているのかわからないような顔で椅子に座ってくつろいでいる。ガンマは先ほどのユースと同じような顔で、関わり合いになるまいと腹を決めている。腕を組んでくっくっと笑うクロムからは、これから起こることを傍観して楽しもうという姿勢がよく見えた。
そして居間の中心で小さくなっている、赤毛の青年が約一名。既にシリカに対して土下座中。
「すいませんっした」
床に伏せた顔からはどんな表情をしているのかはわからないが、聞くからに反省の色がない声だ。それがまたシリカの怒りを焚きつけて、彼女の眉がひくひくと動く。
「……言い訳は聞きたくないな。何をしていたのかを簡潔に答えてくれないかな、マグニス」
マグニスと呼ばれた青年はその言葉を聞いて、顔を上げる。
「いやぁ、まあ……若い奴らもいることだし、情操教育上よくないのでここでは……」
そこまで言いかけたところで、シリカがその拳骨で青年の頭を思いっきりぶん殴った。部屋いっぱいに響き渡った鈍いげんこつ音に、アルミナとガンマが思わず一歩下がり、チータも思わず杖を磨いていたその手が一瞬止まり、クロムは轟音にぷっと吹き出して、今も声を殺して笑っていた。
エレム王国第14小隊、創設時からクロムとともに、その身をシリカの率いる隊に属していた傭兵、マグニス。新しくこの小隊に入って日の浅いチータが、彼の顔を見るのはこの日が初めてだった。




