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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第13章  戦に轟く交響曲~シンフォニア~
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第206話  ~ラエルカン野外戦① 亡国への長い旅~



 合戦場は常に目まぐるしい。ここから後ろは自陣、ここから前は敵陣、なんて線引きがあるはずもなく、千以上の兵の塊同士が混ざる絵の具のように、地上のキャンパス上で侵食し合うのが戦場だ。一体のリザードマンの喉元を突き刺し、剣を振り抜いてとどめを刺したユースの広い視野には、四方八方味方と敵が交戦する光景ばかり。どこから自分に殺気が向いているか、判断するのも一苦労だ。


「散り散りになるな! ある程度集まって戦え!」


「ビーストロードはこちらで抑える! 第31小隊は隊列を維持、ヘルハウンドの群れを潰せ!」


「ガーゴイルどもに混ざっているインプを見逃すな! 最優先で対処しろ!」


 戦況も一秒一秒ごとに切り替わり、場所ごとに取るべき戦術も全く違うので、終始指揮官達の声が静まらない。聖騎士グラファスや法騎士シリカのように、一人でミノタウロスやヒルギガースのような怪物が複数匹襲いかかってきても打ち破れる者はいいが、そこまで有能な戦士は限られている。その境地に至っていない者が、孤立位置でドラゴンナイトと互角の勝負をしている所に、魔物側の援護魔法による狙撃など受けようものなら、容易に翻弄されてやがて落命するだろう。


 優秀過ぎない兵ならば、ある程度固まって戦わなくてはならない。かといってビーストロードのように巨大なハルバードを持つ怪物による、大振りのフルスイングで一度に薙ぎ払われては被害も大き過ぎる。あるいは固まっているところに、小悪魔インプやグレムリンのような空の魔導士によって、集中砲火を受けてもまずい。攻撃範囲の広い魔物を的確に見定め、それを抑えつつ、一兵妥当相当の攻撃範囲を持つ怪物どもを片付けていくのが正着手だ。敵の頭数が減ってくれば、こちらの取れる手段も広くなり、自ずと戦況は快方に加速するだろう。


封魔障壁(マジックシールド)! さあ!」


「助かります!」


 斜め上空から自陣営の集いに放たれる火球の数々を、名も知らぬダニームの魔法使いが魔力の壁を作って打ち払ってくれる。火炎だらけだった眼前の光景が一新された瞬間、引き金を素早く二度引いたアルミナの銃弾は、一発は素早いグレムリンに回避されたものの、一発はインプの脳天を貫き、敵を一兵減らすことを叶える。何千分の1、それも小兵だが、この積み重ねが必ずいつか活きてくるはず。


 だが、敵の減る気配がない。ラエルカン地方に点在する野生の魔物達までが、次々と群がって敵軍を補強し続けているからだ。魔王軍残党に属さない魔物の数々も、多数の人間という餌場を目の当たりにして、ハイエナのように集まってくる。開戦前夜、人類の動きを調べるために奔走していたアジダハーカや黒騎士ウルアグワあたりが、人類の突撃してくるタイミングに合わせ、周囲の魔物達をそそのかしていた結果だろう。


 魔物達、戦士達の間を駆け抜け、漠然とながら感じられる敵の統制された行動とは逸脱し、奇襲的にユースの横から飛びかかったジャッカルあたりも恐らくそう。それ自体には返す刃で咄嗟の反撃、撃破を叶えられるユースだが、前から集中力を逸らされたその瞬間、交戦中だったリザードマンの剣の一振りが、ユースに襲いかかる。盾で対処することも間に合わない急襲に、ユースも一度跳び退がってかわすしかない。


 自陣営の全体体力にも限りがある中、余計な横槍さえ入らなければ3秒後には討伐できていたはずの相手を、生き永らえさせてしまう。この一事は事の外大きい。さらにはユース目がけて上空から撃たれる、グレムリンの稲妻の数々がさらにユースを後退させる。敵の波状攻撃によって、攻めあぐねている騎士や帝国兵は他にも数多い。こうして人類陣営の、強力な攻め駒の動きが拘束されることが、本来以上に戦いを長引かせ、やがて隊全体の疲労が戦局を悪くしていくのだ。


「オラどうした騎士様よ! 出稼ぎ傭兵なんかに遅れ取ってんじゃねえよ!」


「俺らの活躍、報告書にもよろしく頼むぜ!」


 国家に仕える戦士達が攻めあぐねる中、勢いに乗りかけた魔物達の群集に特攻し、敵の加速をくじきにかかる傭兵達もいる。十年以上傭兵業を営んできた者もいれば、5年前に野盗として捕えられ、服役を済ませて全うな人生を歩もうと、傭兵生活に身を預けるようになった者もいる。荒っぽくて口の悪い連中だ。功績こそが食い扶持に直結する傭兵業、騎士や帝国兵が足踏みしているこの時こそが見せ場だと勢いづく彼らは、鉄棍や手斧のような簡素な武器を片手に、死をも恐れず魔物達に立ち向かう。


 例えるならば、騎士団に入らぬままにして傭兵業を営み続けていた場合のクロム、そのもう一つの未来のような人生を歩んできた彼ら。向こう見ずに見えて、命を懸けてきた半生で勝ち得てきた実力は決して侮れない。ミノタウロスの斧をくぐってかわし、膝を横から殴り潰し、屈強なミノタウロスの単身にて崩れ落ちさせるその活躍に、どれほど後ろの騎士が勇気づけられるだろう。同じく傭兵、その瞬間こそ好機と見たアルミナの銃弾がミノタウロスの脳天にとどめを刺せば、一体の巨大な魔物が支配領域に置いていた空間がぽっかりと空き、敵陣突破の道が一気に拓かれる。


「おじさんお見事! その調子でよろしくぅ!」


「ははっ、なんだなんだ! 騎士団はいつ戦えるチアガールを雇ったんだ!」


 戦闘指令とは無関係なアルミナの明るい声が、汗臭い荒くれ連中を戦場真っ只中で笑わせ、士気と勢いに拍車をかける。全体状況がそれで巻き返せるわけではない。それでも窮地を意識させず、ここぞ我らの勝ち戦の舞台であると感じさせることは、少範囲内における加速から中範囲好況へと繋がる第一歩。怯みかけていた騎士や帝国兵も、ミノタウロス一匹消えただけで随分動きやすくなるのも事実で、ここでその行動に迷わず踏み出させることは大きい。


 アルミナが景気よく叫ぶほど、戦況は芳しくないのだ。誰がそれを覆すべきか。若き兵なのか、騎士団や帝国軍と共に戦える好機を稼ぎ時とした傭兵達なのか。彼らに出来る最大限は、状況の悪化を防ぐことにとどまってしまう。それ以上の一押しが出来る者が、悪化しない戦況の天秤を一気に傾けねばならない。


「いい流れだ、そのまま任せるぞ」


 既に8体のオーガ、5体のガーゴイル、2体のヒルギガース、無数のそれら以外の魔物達の小兵を片付けてきた聖騎士グラファスは、着物姿に草鞋(わらじ)とは思えぬ加速度で魔物達の中心軸に切り込んでいく。空から狙い撃つグレムリンの稲妻を、加速によって回避するとともに、迎え撃つビーストロードのハルバードの一撃をすり抜けて急接近。脇腹に向かわせた瞬迅の刀は、ハルバードの尻を引いたビーストロードによってはじかれるが、距離が生じた瞬間にもう一振りしたグラファスの刀からは、怪物の首元めがけた真空の刃が放たれている。


 体からは切り離されなかったものの、首元をばっさりと切断されたビーストロードが怯むのは当然だ。それでも倒れずグラファスに二度三度、長いハルバードによる攻撃を仕掛けてくる時点で、その恐ろしさはうかがい知れよう。冷静にそれらを回避するグラファスの前、空からダニームの魔法使いによる火球のつぶてが、背後からビーストロードの頭を丸焼きにしたのがすぐのこと。死を手前にした致命傷を負ったビーストロードでなかったら、今のとどめもかわされていたかもしれない。そんな大物を狩り落とせたこともまた、長期戦の中で小さく光る朗報だ。さあここから。


 グラファス目がけて彼の側面から鉄分銅を投げつけるヒルギガースに対し、着物姿の聖騎士も身構えはした。その後何もする必要がなくなってしまったのは、グラファスを背後から追い越して鉄分銅を騎士剣ではじき上げ、一気に魔物へと駆け迫る法騎士がいたからだ。鉄分銅から鎖を介して反対側、巨大な(いかり)のような武器を握ったヒルギガースは、自らに迫る女騎士に向けて錨を振るう。言うまでもなく鉄塊であるそれが人間の体に激突すれば、一撃で全身の骨を砕いて死に至らせる一撃だ。


 最大限まで引き付けて跳躍、錨のスイングをかわしたシリカはヒルギガースの頭上すれすれを跳び越える動きだ。騎士剣の射程範囲内にヒルギガースの頭を捉えた瞬間、首を引いて一気にその場で前回転したシリカの剣が、後頭部からヒルギガースの頭部を真っ二つにする。さらにはヒルギガースの背後に落ちていく末、怪物の背後に隠れていた低空のインプを、頭から剣で一刺しにして着地する。前をヒルギガースという壁で塞ぎ、側面や上空の魔導士に砲撃を行っていた小悪魔の数々が度肝を抜かれる中、すぐさま地を蹴って掃伐にかかるシリカは素早い。一匹のインプに急接近、剣の一振り、敵の切断を確認すらしないまま、すぐさま次のグレムリンへ。走行距離も長い動き、速すぎて魔物達もついて行けないだけ。頭を割られたヒルギガースがゆっくりと崩れ落ちる頃には、その後ろに群がっていたインプやグレムリンの生存数が、すっかりゼロになっている。


 一体のワイバーンを5人の魔法使いが取り囲むようにしていた空の空域も、地上からの援護射撃があるため苦戦していた戦模様。敵味方入り乱れる地上から空へ放たれる対空狙撃は、術者の討伐が空からでは難しかった。対空砲が掃伐されたことにより、一気に動きやすくなった魔法使い達は、目の前の敵に集中することができる。彼らの魔法の集中砲火により、大駒であるワイバーンを討ち果たされるのも間もなくのこと。敵陣一部の撃破は必ずどこかで敵の布陣に悪影響を及ぼし、大仕事の達成難易度を引き下げるという好例だろう。それを意図して引き起こし、一気に敵軍の構成を打ち崩すことこそ、自陣営における大駒が為すべき仕事である。


 たとえばの話、こうしたグラファスやシリカがここで討ち死にしようものなら、戦力は大きく削がれるどころか士気にさえ響き、一気に流れは悪くなるだろう。それはつまり、魔物陣営にも同じ事が言えること。一定の統制力が保たれ、こちらと同じく機能的に敵陣を崩そうとする魔物達の動きを鑑みるに、魔物陣営にも必ず指揮官に相当する者がいる。こちらと同じく広く拡散した敵陣の中から、それを見つけることは難しいが、それを討ち取ることが出来れば一気に勝利は目前だ。


「敵の動きが乱れたぞ! この機を逃すな!」


「第10中隊、前に出ろ! 第23小隊とともに打ち崩せ!」


 聖騎士グラファスが討伐したビーストロードも、恐らくその一角だ。目に見えて魔物達の動きが変わる。隙を見た法騎士や高騎士のすかさない指令と共に、乱れた布陣に騎士団が雪崩れ込む。しかし魔物達もすぐに落ち着きを取り戻し、多数の敵を迎え撃つ布陣を整える。誘い込むために動きをわざと崩していたのかと思えるほど、その持ち直しは迅速。意図は問題ではない、どちらにせよ、まだ魔物を統制する(かしら)にあたるものが、どこかに紛れていることを示す行動だ。


 それは近くにいるのか、遠くにいるのか、騎士の怒号と魔物の咆哮に満ちたバトルフィードにおいては全くわからない。魔物達だけにわかる声なのか魔力なのか、人の耳にはノイズまみれの戦場では、指令者の存在位置すら割り出せないのだ。迫り来るリザードマンを容易に討伐したシリカだが、その眼は広く戦場を見渡しており、有象無象の魔物達の密林、その向こうにいるであろう特別な存在を探している。もちろんそれは、聖騎士グラファスや他の法騎士達もそうである。


 体系立てて攻めてくる魔物達を全滅させるまで戦っていたら、こちらの多くの兵が最後まで戦い抜けなくなる。敵の本拠地ラエルカンはまだ遠い、こんなところで戦力を削られ過ぎてはいけないのだ。一刻も早く敵将を討ち、統率力という武器を失った魔物の集団を掃伐することが求められている。






 近き上騎士や高騎士による指令を頼りにして、目の届かない場所の状況を冷静に加味しながら、己の判断で自陣営の勢いを増長させるために動く。それが遊撃手と称される者に課せられた使命である。組織的な行動とは少しだけはずれ、指揮官にも目の至らない場所の流れを良くするために動く、傭兵などが遊撃手の一例だ。第14小隊という本来の形を崩したユースもまた、今はそれに近いはたらきを繰り返している。


 四十を回りかけた筋肉質の傭兵は、大きな青竜刀を片手に戦う歴戦の猛者だ。傭兵連中の間では、ケルガーというその名もそこそこに知れ渡らせる彼は、タンクトップとアーミーパンツに身を包む姿も相まって、一回り小さいクロムを思わせる姿だ。そんなケルガーに迫りかけていた、ドラゴンナイトの剣を打ち払ったのがユース。攻撃対象をユースに切り替えたドラゴンナイトは、敵の脳天目がけて勢いよく剣を振り下ろすが、頭上に構えた盾にドラゴンナイトの剣が当たった瞬間、身を引き体を引き下げることで衝撃を緩和、英雄の双腕(アルスヴィズ)の魔力もわずかに上乗せ。見るからにパワーファイター寄りでない人間のユースに、怪力のドラゴンナイトの剣が食い止められたことに、竜戦士の計算が狂う。


 ユースの頭上を背後から凪ぐケルガーの青竜刀が、ドラゴンナイトの剣を叩き飛ばしたのが直後に続く。武器を失った一瞬に意識を奪われたドラゴンナイトに対し、踏み出したユースの騎士剣の一閃が、ドラゴンナイトの喉元を裂く。眼球をぐるんと裏返しながらも、歯をくいしばって即座に絶命しない魔物の生命力は油断ならないが、ユースの横を駆けて魔物に距離を詰めたケルガーの青竜刀が、ドラゴンナイトの頭部を横から断裁。リザードマンの上位種である魔物陣営の騎士を、今日初めて会う騎士と傭兵のコンビネーションが討ち果たす姿は、見事の一言に尽きる。


「助かったぜ、兄ちゃん! 若ぇのにたいしたもんだ!」


「あなたには及びません……!」


 流石は練達の傭兵、同列する仲間も日替わりである傭兵は、初対面の仲間に合わせる柔軟性に秀でている。見知った仲間との競合力を高めてきた騎士や帝国兵では、代わりにここまでの順応力を養う機会が少なくなる。立ち位置が変われば育まれる力も変わってくる。


 頼もしい仲間がそばにいる時というのは、どれだけ心中奥底の不安を忘れてさせてくれるものだろう。本来精神力で迷いを封じるユースが、その労力を経ずして果敢さだけを形にし、攻撃性あらわに魔物の群れに切り込んでいく姿は、少し後ろのアルミナにとって胸躍る姿ですらある。迷いなく猛襲性を表に出した時のユースの手のつけられなさは、先日のエクネイス防衛戦で見たばかりだったのだから。


 インプ達の放つ火球を、減速もせずにかいくぐったユースが、二兵と交戦中のオーガの側面から差し迫り、気付かれるとほぼ同時にオーガの首元まで跳躍して得物で首を断つ。ユースの着地予定ポイントを狙撃しようとしていたインプに、横槍の銃弾を側頭部から叩き込むアルミナが、さらにユースを動きやすくする。自軍の密集地に自ら身を投じたユースに魔物達が目を奪われる中、その隙を突いて傭兵や騎士達も一気に歩を進める。何もかもが噛み合っている。


「ほらユース、今度はこっち! いけるいける!」


「ああ……!」


 ユースよりも一歩下がった位置に立つアルミナは、射手という立場というのも相まって、戦況の判断力ならばユースの一歩前を行っている。今のユースならどれだけのことが出来て、どこを駆ければ最大効率で彼の力を引き出せるかを読み取るアルミナが、半ば指示するかのようにユースを導いていく。迷わずその言葉に従う、ユースの彼女に対する信頼が、一秒たりともユースの時間を無駄にしない。


 道を指し示す意味も兼ねてアルミナの放った弾丸は、ユースを迎え撃とうとしていたガーゴイルの膝元へと直進する。その一撃は回避したものの、ベストな体勢を奪われた瞬間に迫ったユースに対し、最善の迎撃が出来るほどガーゴイルも完成された兵ではない。脇腹のそばをすり抜けたユースに爪先を届かせられず、すれ違いざまの斬撃で片腕を落とされたのが一瞬だ。


 継戦能力を失った魔物を、射手や魔導士、傭兵が討ち果たしてくれると信じるユースは、ガーゴイル後方の魔物達の波へと直進する。リザードマンの数々の向こう側に見えるミノタウロスも怖くない。ケルガーをはじめとする傭兵達が自らの横に並んで駆け、アルミナがすぐ後ろにいてくれることだって振り返らなくてもわかること。頼もしさを武器に陣列から加速して飛び出したユースが、一体のリザードマンと剣を一度打ち鳴らした直後、魔物の反応速度を超えた第二撃でリザードマンの首を刎ね飛ばす。それを皮切りに傭兵達も、すべてが一対一とは限らないものの、リザードマンを次々に討伐していく。多対多の縮図にて、敵兵が一人も減らぬままリザードマンの壁が全滅したことに、ミノタウロスも鼻息を荒げて前進してくる。半ばやむを得ない行動。


「あ……っ!」


 そのミノタウロスの体がぶれた瞬間、アルミナは見た。もしかしたら誰かも気付いているかもしれない。ここは絶対に落とせない、落としてはいけないと確信したアルミナは走りだす。ユースに迫り来るミノタウロスが、結果として自分との距離も縮めていることを厭わずだ。迅速さが今は求められている。


 ミノタウロスの巨大な斧の一振りをしゃがんでかわすユースだが、前蹴りの一撃を後方に跳んでかわす。これ以上は進ませぬと意志強い、ミノタウロスの行動は何を意味しているのか。無鉄砲な前進でミノタウロスのやや近くまで迫ったアルミナは、射手本来の射程圏内より遥か近くから、ミノタウロスの頭を狙撃する。大斧の先を振るって銃弾をはじくミノタウロスだが、すぐに迫ってきたユースに対して反応は遅れてしまう。


 斧の尻を振りかぶったミノタウロスのカウンターは、射程距離も長くユースの接近を一瞬許さない。だが別角度からミノタウロスに迫るケルガーの青竜刀が、ミノタウロスの左の(すね)を一太刀にて切断する。自ずとその巨体は崩れざるを得ず、見受けたアルミナの瞬時の追撃が、残ったミノタウロスの右軸足を撃ち抜いた。倒れかけたミノタウロスの頭部へと飛来するユースが、雄牛頭の怪物の脳天を斜めに叩き割る。


 絶命確実のミノタウロスの傾いた体、その肩を蹴って地上に舞い降りるユースにも見えただろう。巨大な魔物の陰の向こうに隠れていた、金色の鱗を持つ竜が鎧を着たような、明らかに見栄えの異なる存在。リザードマンやドラゴンナイトの上位種にして、竜戦士属の最上位種にあたるその魔物が、ドラグナーと呼ばれるものであるのも知っている。その目で見るのは初めてだが、初見にてその魔物が持つ存在感は群を抜いており、ある方向を見据えて指示を出すかのように口を小さく開いた横顔からは、まるで歴戦の法騎士が持つ厳格さに近いものさえ感じた。


 そして向こうもこちらには気付いているはずだ。目を合わせずして殺気は真っ直ぐこちらに向いている。今あれがこちらに顔を向けていないのは距離があるからで、同時に向こうが指揮官としてのはたらきをしているから。ミノタウロスを討伐した末、ドラグナーへの道が拓かれた光景を前に、ユースからドラグナーへ向けて広がる道が、二人の間合いそのものとして横たわっている。


 周囲が押し寄せる魔物達との交戦に明け暮れる中、一瞬ユースに意識を傾ける魔物がいなくなった、短いこの時間は天啓だろうか。邪魔者無しの現実を目の前に、迷いを打ち払ったユースが駆け出したのが直後。瞬間、我が身に迫る騎士にドラグナーが向き直り、その手に握る騎士剣を構えた瞬間、魔物の放つ凄まじい闘気がユースの胸を貫く。決意を固める一瞬の間がなかったら、それだけで怯まされて減速していてもおかしくなかった。


 敵将に迫るユースに向けて、ファーストアタックを仕掛けたのはドラグナーの方だ。騎士より手足も背丈も勝るドラグナーの、剣の切っ先がユースの瞳をちょうどかすめるような一撃は、間合い最長にしてユースの射程外から刃を届かせる精密な一撃。素早く頭を潜らせて回避したユースに対し、素早く剣を引いたドラグナーが、ユースの剣の一振りをはじき返す。ユースの速度が相当にも関わらず、剣を振る、引く、構えて防ぐのドラグナーの行動が間に合ったのは、間合いを最大限に生かした結果に他ならない。


 これまで何度か交戦したドラゴンナイトよりも、さらなる怪力を誇るドラグナーの一撃は、ユースの剣を打ち返して体勢まで崩しにかかってくる。何百回とルーネと手合わせし、体勢を崩しにかかるいなし方を受け続けたユースだったから、体を振り回されてもすぐに軸を取り戻せる。ユースがよろめこうものなら、その首をひと貫きにしていたであろうドラグナーの剣も、体をひねってユースは回避する。身の脇に位置したドラグナーの剣、その側面を盾で殴り上げ、今度はこちらがドラグナーの体勢を崩す番だ。


 握る剣をはじき上げられたことで、腕も高く上げざるを得ないドラグナーだが、すぐに迫ってくるユースに対し、剣を握らぬ左手を武器にして対応する。竜戦士属の最高位、ドラグナーの鋭い爪は刃物と変わらず、それを扱う腕力も凄まじい。斜めの下からドラグナーの肉体を捉えていたであろうユースの斬撃は、瞬時に一歩下がったドラグナーの爪先によってはじかれる。


 武器を持つ相手に、空の手で剣をはじかれる未来なんか予測できたものではない。全身が鋼の武器に近く、腕が双方剣に相当するルーネならまだしも、風体が違うのに同じ発想で戦えるだろうか。予想外の展開に体を逸らされたユースは、ほぼ山勘で盾を頭上に構えるしかない。英雄の双腕(アルスヴィズ)の魔力を強く纏うために意識も傾くため、思惑がはずれていれば致命的。合理的な動きが本能にまで刻まれているドラグナーだったから、振り上げさせられた剣をユースの頭上より降らせてきたのであり、一瞬の死の危機はユースの盾によってなんとか免れる。


 それでもドラグナーの剣撃の重さは、緩衝の魔力を以ってしてもユースの表情を歪めさせる。咄嗟で強い守備力を纏えなかった事実は、腕がみしつくような衝撃を伝えてくる。習慣に近い動作で盾を振るい、衝撃を逃がしていたからよかったが、本当に腕一本折られていたかもしれない。それによってドラグナーの剣が自らより離れ、敵の体勢が崩れる寸前までいったところ、その喉元を貫かんユースの剣が放たれる。仕掛けて即座に返ってくるユースの反撃には、ドラグナーも気が抜けない。先ほどと同じように逆の手でユースの剣をはじき上げ、さらなるカウンターをその手で下すべく、真っ赤な瞳を光らせる。


 明らかな難敵とユースをはっきり認識し、意識がそこへ傾いた瞬間、それは起こった。全身を竜の鱗に包んだドラグナーの体の中で、防衛皮革を持たない眼球へと真っ直ぐ飛ぶ、一つの弾丸。混戦模様の戦場で、弾道を駆けさせる間隙を見逃さなかったアルミナの銃弾には、ユースに意識を集めかけていたドラグナーも反応が遅れる。それでも素早く身を沈め、頭上を弾丸がかすめるような回避を見せた、ドラグナーの反応速度は見事なものだったと言えよう。


 敵目前にして、横槍に意識を奪われることがどれほど危険なことか。明確な隙をあらわにしたドラグナーを、今のユースが見過ごすはずがない。立姿勢より身を沈めたドラグナーより、更に体を沈み込ませ、一気にドラグナーとの距離をゼロに近くするユース。竜鱗に全身を包んだドラグナーに刃を通すには、ただの斬撃では不充分な可能性だってある。ドラゴンナイトの全身の強固さを知るユースが決定打に選んだ一撃とは、鱗に覆われていないドラグナーの顎を、ほぼ真下から剣で突き上げる一閃だ。


 ここ一番の最高速を、実戦の極地で実現させたユースの一撃は、ドラグナーの頭を顎元から深々と貫く。脳天まで刃を届かされたドラグナーが動きを硬直させた瞬間、ユースは柄を握る手首をひねりながら、勢いよく騎士剣を引き抜く。


 致命傷間違いなし、それはあくまで人間の価値観。油断も隙もないアルミナの銃弾が、直後にドラグナーの喉を貫いたにも関わらず、揺れたその体は倒れていない。それどころか、ぎらりとした眼差しをユースに下してくる殺気には、絶対的優位に立ったはずのユースも鳥肌が立つ。ほぼ苦し紛れに近かったものの、ユースの右腕を掴みに来たドラグナーの左手の動きには、ぞっとする想いとともに身をひねったユースが盾で返しに行く。竜の爪なんかに腕をえぐられたら、もうその腕で剣なんか扱えなくなってしまう。盾にぶつかったドラグナーの手による衝撃からも、そのパワーを実感するから尚更だ。


 左腕の盾でドラグナーの左手を防いだユースは、間近で敵に半身を向けた窮地。そこに得物を振り下ろそうとするドラグナーの闘志は凄まじいものの、剣を握るその手が振り上げられた瞬間に、剣の(つば)へ銃弾を正確に打ち当てたアルミナが、ドラグナーの手から武器をはじき飛ばす。積み重なる不測の事態にも歯ぎしりしながら、剣による一撃を爪先の振り下ろしに瞬時シフトしたドラグナーの柔軟性が、ユースを頭上から襲う。執念の一撃とも言える最後の一撃に対し、弧を描く剣の軌道で対抗するユースが、ドラグナーの右腕を思いっきり叩き飛ばした。


 竜の鱗に包まれたその肉体はやはり頑強で、やはりユースの剣でドラグナーの腕を切断することは出来なかった。だが、言うなれば鉄棍でその腕を打ちのめされる形にも近いドラグナーは、腕ごと持っていかれて体勢を一気に崩していく。脳天を貫かれたドラグナーがバランスを保てるはずがなく、振り下ろしていた腕を体の外に流される勢いに任せ、そのまま地面へと乱暴に崩れ落ちていく。


 片膝を地面に叩き付け、そのままうつ伏せに地面に倒れたドラグナーは、それでも地面を掴もうとして立ち上がろうとしている。恐るべき生命力だ。正直勝利すら実感できない想いのユースは、竜の鱗に背面のすべてを覆わせたドラグナーに対し、次の一手が導けない。シリカが過去に、ワータイガーに対してやって見せたように、倒れた相手の首を刎ねてとどめを刺すような思い付きができなかった。ドラグナーの鉄塊のような腕を剣で叩いた結果、痺れが拳まで伝わっているのもその要因だ。


 閃きを得られないユースの脇を駆け抜けた一人の傭兵、ケルガーが大きな青竜刀をドラグナーの延髄に叩きつけたことが、この魔物への決定打となる。首の後ろはドラグナーにとっても急所。特に厚く鱗でガードされた首を切断することは、力自慢のケルガーにも不可能なことだったが、延髄に走る凄まじい衝撃は結果としてドラグナーの意識を吹き飛ばす。顎の下から流れ出る多量の出血が、やがて失神したままのドラグナーを永眠に繋げていくだろう。


「騎士様が敵将を討ち取った! いけるぞ!」


 見るからに敵将たるドラグナーの撃破は、それを見届けた戦士や魔導士の士気を一気に高め上げる。ケルガーの高らかな叫びは友軍に優勢を伝え、その言葉と手の痺れから勝利を実感したユースも、すぐに遊撃手としてのはたらきに漕ぎ出していく。痺れの残る手に左手を添えて剣を両手持ち、指揮官を失って戸惑うリザードマンに接近し、また一体の魔物を葬る光景が続いていく。


 快勝を共有するベストパートナーが駆け寄り、ぽんとユースの背中を叩いてすぐ、別角度に銃弾を放つ。その銃声に紛れそうになった、流石ね、の一言は、賞賛の言葉を受け取って誇るより、彼女がそばにいるという安心感でユースを支えてくれる。


「ありがとう、助かった……!」


「あの勝利はあんたのものよ!」


 ドラグナーに決定打を下したユース、明確に彼の危機を救ったアルミナ。自分一人で勝ち得たと考えない二人が交わした短い会話は、仲間の心強さと、やってのけたという誇らしさを同時に共有し、統制を失った魔物の群れを薙ぎ払う勢いを増していく。


 指揮官を討伐された魔物達の動きは目に見えて乱れ、敵将の討伐を伝え聞いた人類陣営の士気向上も波及していく一方。聖騎士や法騎士が敵の大駒を削ぎ落としていく中、軸を失った魔物達の抵抗もほぼ悪あがきだ。一時は押し返されそうな局面もあった、ラエルカン奪還軍北西連隊第一陣は、後続第二陣の援軍を受ける必要もなく、魔物達の先鋒軍勢を呑み込んでいく。


 犠牲も限りなく少なく、ここの魔物の完全掃伐が為されるのも時間の問題だ。やがて緒戦を快勝で飾る北西部第一陣だが、混戦の中、その勝利に繋がる金星を上げた若き騎士の名は、今はまだ広く知られていない。


 知れ渡っても、どうせすぐに忘れられていくことだ。彼に潜在した大いなる力が為す快挙とは、この程度にとどまらなかったのだから。

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