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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第13章  戦に轟く交響曲~シンフォニア~
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第202話  ~開戦4日前 俺はみんなとは違うから~



 数日後に歴史的大戦を控える身としては、今からそわそわしてしまって仕方ない。二人で仲良く家の周りを掃き掃除したり、花壇に水をやったりするユースとアルミナだが、両者の会話は普段よりもずっと少ない。いくらか言葉を交換することはあるが、いつもどおりの話の弾みを見せられないのは、命を懸けた戦いの日が4日後に迫っていることによるものだろう。意識しない方が難しい。


 肝の太いクロムやマグニス、チータは家の中で3人で盤面遊びを繰り広げているようだが、二人が長く家の外で小仕事しているのにも理由がある。今日、昼下がりのこの時間帯、しばらく第14小隊を離れていた一人の友人が帰ってくるからだ。ユースとアルミナの二人が交わす時々の会話も、久しぶりに会うあいつはどんな顔して表れるだろうとか、そんな話が専らである。


 遠くからあれが近付いてくれば、すぐにわかるはず。ほら見えた。遠くから、大きな斧が一人でこっちに歩いてくるようなシルエット。あれは絶対にあいつに決まってる。


「あっ、見えた見えた」


「あはは、走ってきた。多分私達のこと見えたのね」


 道行く人々もついつい振り返ってしまうほど、街中ではあまりにも目立つその風貌。子供のような小さな体に、自分の体より大きな大斧を背負って走ってくる姿は、どうしたって人目を惹いてしまう。そんな周囲の目線にもお構いなしで、友人との再会を一刻も早くと駆け寄ってくる無邪気な姿には、迎える側も表情が綻んで仕方ない。


「ただいまー! 帰ってきたぞー!」


「おかえり、ガンマ。元気になったの?」


「超元気になった! 前よりもっと元気になった!」


 やたらと大きなその声には、道行く人々の中にも、思わずガンマを二度見してしまう人がいるほど。その場でぴょこぴょこ跳ねるガンマは、相変わらず年に似合わず見た目どおりだなと思わされると同時に、彼の快調をよく表した行動だ。背負った斧がちょっと揺れてて危ないのだが。


「みんなは? 兄貴は?」


「クロムさんとマグニスさんとチータなら家の中にいるよ。賭け盤棋でもやってるんじゃね」


「そろそろ飽きてディーラーカードでもやってそうな気がするけどねぇ」


 久しぶりに会う仲間達のことを尋ねるに際し、最も敬愛する兄貴分のクロムの現在を名指しで問うたり、言動ひとつ細やかに拾っても変わらない奴だと感じさせてくれるガンマ。無意識下でそれを実感するから、久しぶりの再会でも懐かしむより先に、ユースとアルミナも平静の語り口が溢れる。


「シリカさんとキャルは? 買い物?」


「あー、二人はちょっと遠出してるよ。明日の朝ぐらいには帰ってくるって言ってたけど」


「ふーん、そっか」


 遠出というのを素直に受け入れたあたり、ガンマには第14小隊が謹慎中であることはまだ誰からも伝えられていないのだろう。ユース達としても、今日のところはそれでいいと思っている。どうして謹慎という状況になったのかという話になれば、根幹に、ガンマを救うために動いたという話になってくる。自分のために第14小隊全員が謹慎処分になったと知れたら、ガンマだって気にするかもしれない。


 もっとも、4日目の開戦を迎える前には、ガンマにもちゃんと伝えるべきだとクロムから得た結論もある。自分を救うために謹慎処分をも厭わなかった家族が、もしも4日後の戦役で命を落とすことにでもなったりしたら、礼も言いそびれたままお別れになってしまうからだ。どうせいつかは何らかの形で露呈することなのだし、先の運命次第では絶大な悔いも生じさせる問題、だからシリカやキャルが帰ってきたら、その辺りの話もちゃんとするつもりである。無論、恩に着せる意図など微塵も無い。


「俺が前見た時にはかなり痛々しい姿だったんだけどな。戦えるのか?」


「うん! ルーネ先生からも、ラエルカン戦役に参加していいって許可貰えたよ!」


 ガンマの性格上、戦えるのに自分だけ安全なところでぬくぬくと過ごしていることなんてしたくないだろうし、ルーネにもそれを強く訴えかけたであろうことが容易に想像できる。病み上がりの彼を戦列に並ばせることなんて、ルーネが快く許可したとは思えないが、それを阻止する方向からではなく、運命の日に間に合うように状況を整えてくれたこともまた、彼女なりにガンマを尊重したはたらきと言える。


「調子はいいんだ。ほら」


 不意に目を閉じたガンマが、念じるかのように息を吸った瞬間には、ユースもアルミナもぎょっとせずにはいられなかった。浅黄色の綺麗なガンマの髪が、老人のような白髪へと、つむじからじんわりと色を変えていき始めたからだ。戦場で何度か見た、あるいは聞いたガンマの変異が、この街中で突然訪れたことに、思わずアルミナも駆け寄ってガンマの両肩を掴む。


「――って感じ。前よりも、だいぶ体の使い方がわかるようになったんだ」


 アルミナの目の前で目を開き、にひっと笑ったガンマの髪の色は、徐々に元の浅黄色へと戻っていく。いきなりこんな場所で、なんてことをするんだと周囲を見渡すアルミナだが、彼女の懸念したとおり、今のガンマの変異を目にした衆人もいるようだ。彼ら彼女らの目線の多くは、今のは見間違いだろうかと我が目を疑うかのようなものばかり。


「あ……もしかして俺がこういう奴だって知れたら、アルミナ達に迷惑だったかな……?」


「それは違う! 違うけど、その……」


 ガンマの問いかけに対する答えは明確すぎて、アルミナもそこだけは声を張った。すぐに冷静な口調で、真意のほどを言葉にしようとするアルミナだが、簡単に言葉が作れなくて口ごもる。心配そうな眼差しを自分に向けてくれるアルミナ、それは正面からのものだが、別の角度からのユースの目線も同じもの。ガンマはふうと息をつき、不安そうな顔を一新すると、元気な笑顔とはまた違う、優しくも力強い笑みを一番近いアルミナに返す。


「俺はこうなんだもん。そうでよかったって、俺も思ってるしさ」


 元から嘘をつくことなんて得意じゃない友人だ。ただの人ならぬ身に生まれた自分自身を、憂いもせず受け入れた彼の胸中なんて想像も出来ないけれど、ガンマは確かにそう言った。それが真意の言葉であるとわかるからこそ、ユースもアルミナもガンマの胸の内が、今日初めてわからなくなった気さえした。











「こらこら、何をびくついてるの。転ぶわよ?」


「あぅ……す、すみません……」


 日暮れも近付き、木漏れ日も薄くなってきた大森林アルボルは、視界も悪くてキャルの足取りもおどおどして落ち着かない。一度ここへ勇敢にも足を踏み入れたくせにと、呆れたような顔でキャルの手を引くエルアーティの姿には、後ろから見守るシリカも苦笑が漏れる。


「し、シリカさん……」


「あ、あぁ、ごめんごめん」


 思わず小さく笑う声が漏れたシリカに、振り返ったキャルも、見ないで下さいという目で訴える。見た目はどうしたって、自分の10歳近く年下の幼子にしか見えないエルアーティ、それに手を引かれる自分の姿というのは、キャルも恥ずかしくて仕方ないのだろう。赤らめた頬は、羞恥の想いに満ちていると一目でわかるものだ。


「前にここへ来た時も、あなたそんな感じだったの?」


「い、いや、あの……あの時はみんなも、周りにいましたし……」


「今日は私がいるじゃない。私って頼りない?」


「そ、そういうわけじゃ……」


 暗い密林は、歩く者の不安を無条件に駆り立てるものである。以前ここを訪れた時のキャルは、誰よりも信頼している第14小隊の面々に囲われていたことや、ガンマを救うために来たという決意もあって、しゃんと胸を張った歩き方をしていたが、今日はそうではない。シリカとエルアーティという頼もしい二人がそばにいるからって、根が気弱な彼女にとって、薄暗い森は無条件で身が強張るのだ。


「はぁ、残念。やっぱり見た目がこんなだと、舐められて当然よね」


「ち、違います違います! ごめんなさい、そうじゃ……」


「あの、エルアーティ様。あんまりいじめてあげないで下さい」


 まるでキャルに対して失望したように、すたすた前に歩いていくエルアーティに、キャルはすがるように駆け寄って、でも引き止めることも出来ずに泣きそうな声で呼びかけている。意地悪心でからかうのはこの際許容するにせよ、本当にキャルが泣きそうな気がするので、シリカもエルアーティの横に並んで諌める役目に回る。苦い笑顔を見せて、刺のない態度でだ。


「ふふふ、ごめんなさい。私、いい子に見えれば見えるほどからかってあげたくなるのよ」


 そろそろ涙目になってきそうなキャルに振り返り、さっきまでのは冗談よとばかりに、ふんわり笑ってキャルの頭を撫でるエルアーティ。エルアーティは背が低いが、キャルも背丈は小さいので、背伸びしなくてもキャルの頭に手が届いている。元々エルアーティはキャルのことが嫌いではないようだし、色々相性は良さそうな関係だ。


「おたおたせずに、強いあなたでいなさいな。あなたの力もまた、家族達にとっては欠かせないものなのよ。いつまでも敬愛する人の背中に隠れているあなたではなく、変わっていかねばね」


「……はい」


 キャルが一度アルボルで、自分への自信の無さから悲劇の引き金を引きかけてしまったことも、エルアーティは聞いている。指摘は的を射たものであり、己を信じることがもっと必要であるべきだと自戒するキャルの胸にそれは響き、気持ちの込められた返答をキャルは短く返した。


 まあ、エルアーティとしてはそんなに強く推す意味で言ったことでもない。言わなくたってそんな事わかっていて、かつ前に進んでいける気概を持つ子であることはわかっているし、わざわざ説教の時間を設ける必要性を感じてはいない。キャルに背を向けて再び歩きだしたエルアーティは、こっそりと小さな魔力を練り上げ、そばの草陰にその魔力を潜ませる。


 エルアーティについて歩くキャルが、当の草むらに近付いた瞬間に、魔力を小破裂させる。結果としてその魔力は、がさりと大きな音を草むらに立て、すぐ足元で大きな音がしたことに、キャルは小さな悲鳴をあげて後ずさる。静かな密林の中、いきなりそんな音がしたら、誰だってびっくりする。


 ひっ、というキャルの声を聞いたエルアーティの背中は、くすくす笑っているように笑っている。誰がどう見たってあの人の悪戯で、キャルをからかっていることが見え見えだ。哀しそうな目でシリカを見上げるキャルに、あの人はああいう人だから……と、シリカも苦笑するしかなかった。




 やがて木々を掻き分けた末に辿り着いたのは小さな泉。シリカにとってはここを訪れるのは3度目であり、過去2回ここを訪れた時と、今日の目的は同じだ。泉の前にて小さな木彫り人形、大森林の精霊を呼ぶために必要なオブジェクトを取り出したエルアーティは、溜めもなく短い詠唱。いつかジャービルやシリカが唱えた詠唱とは異なり、本当に短いものだ。それはエルアーティが大精霊に、そんな短い言葉のやり取りで認識して貰えるほど、ここと縁の深い人物である裏打ちでもある。


 3人の目の前、泉の上に集まった木の葉の数々が、人型を包み込んだような形を作る。それがぱっとはじけて散れば、宙に浮く大精霊様のお出ましだ。何度見ても相変わらず扇情的なお姿、かつ美しいボディラインには、女性であるシリカやキャルも目を惹き付けられるものだ。


「あらあら、エルアーティじゃない。お久しぶり、会いたかったわ」


「ご無沙汰ね、バーダント」


 エルアーティの顔を自分の胸にうずめて、ぎゅーっと抱きしめるバーダントの姿は、幼い見た目のエルアーティよりも遥かに無邪気である。マグニスがここにいたら、多分エルアーティと代わってくれと切に訴えかけそうな絵図である。


「それと、あなた達ね。その節は……ああちょっと、頭下げるとかそういうのいいから」


 シリカとキャルを視界に入れたバーダントは、大精霊様に頭を下げようとした二人に慌てて近付き、その行為を制止する。以前アルボルにて、人類と精霊の誓いを破る形で迷惑をかけてしまった二人には、今でも気に病んでいるとわかる行動だ。


「ごめんなさいね、あの時は。改めてここに謝罪させて頂くわ」


「いえ、まあ……」


「私達は気にしていませんので……」


 大精霊バーダントは、肩書き抜きにしても不思議な威厳を感じさせる気質を纏っている。それに深々と頭を下げられ、シリカもキャルもかえって腰が引けそうだ。実際のところ、何も失わなかった結果にはシリカも今さら気を留めていないし、キャルは自分の問題でもあったから余計に気にしていない。


 放っておいたら話が進まないので、エルアーティはぺしんとバーダントのお尻を叩いて自分の方を向かせる。この怖いもの知らずの肝っ玉と行動には、シリカも改めてびっくりだ。


「あなたこの子達に、いくらかご迷惑を被らせたのよね。その(みそぎ)になるであろう解決案を、今日は持ってきたんだけど」


「ええ、お待ちしていたわ」


 そう、長らく寝かされていた話題ではあったが、元はそういう話で進んでいたのだ。形は複雑ながら、精霊バーダントの統制の届かなさを引き金に、キャルという一人の命が危ぶまれたことは、バーダントにとって無視できない過ちだ。それが当人達に、どのようにすれば償うことが出来るのかと、賢者と名高いエルアーティに相談しようという話で、当時の話は纏まっていた。


「今の人類が最も求めているのは、力。そのため、あなたには――」


 構想した自らの青写真を、エルアーティがバーダントに語る。ふむふむと耳を傾けていたバーダントだったが、エルアーティが話し終えたと見えると、最後に大きく一度うなずいた。


「ええ、それを求められているならば快く引き受けましょう」


「……そんな事が可能なのですか?」


「お安い御用よ♪」


 あっさりとエルアーティの要求を快諾したバーダントに、思わずシリカが横から問いかけてしまった。バーダントはそれに対しても二つ返事でうなずき、簡単なことであると表明する。


「決まりね。あとは誰にその恩恵を授けるかだけど」


「私は木属性の魔力しか扱えないわよ。あなた達の中に、木術を扱える人はいる?」


 あなた達の中に、とは、第14小隊の中に、という意味合いだ。なお、いない。チータならその気になって修練を積めば、木術も身につけられると思われるが、現時点ではその才覚が養われきっていない。


「木術の扱いに秀でる子はいないようだから、そこの法騎士シリカが最適よ。あなたの魔法、勇断の太刀(ドレッドノート)は属性らしきものを得てないでしょ?」


「え……いえ、まあ、そうですが……」


「じゃあ活かせるわ。無色の魔力に木術の色を上塗り、かつその絶大さを背負うのは噛み合うでしょうよ」


 結論はすぐに出た。バーダントはシリカのそばに近付くと、高い位置からながら顔を下げ、シリカと目線の高さを同じくする。両手を膝に置いてシリカの顔を覗きこむような姿勢は、胸の谷間を変な形で強調するので、シリカも一瞬そっちに目がいってしまった。大きいんだもの。


「あなた、シリカという名ね。よろしく」


「……よろしくお願いします」


 にっこり微笑んで手を差し出してくるバーダントと握手を交わし、話はまとまった。エルアーティの提案が事実となるなら、それはシリカにとって、あるいは人類にとってさえ大きな支えとなる。それがいかに大きな結果を結ぶかはシリカ次第であるため、シリカも今から緊張が顔に出ていたが、向かい合う大精霊の頼もしい笑顔のおかげか、少しは肩の力も入りきらずに済んだ気がした。


「それと、あなた。確かキャルといったわね?」


 シリカとの握手を手放したバーダントは、ふわりとキャルの前に移動する。長身のバーダントは地に足を着け、しゃがみ込むような姿勢を取り、背丈の低いキャルを見上げる形だ。急に大精霊様に話しかけられる形になったキャルは、驚きと畏れ多さを一度に顔に表して言葉を失っている。


「あなたにもお詫びをしようと思って、ひとつ考えてあるの。実は――」


 バーダントは事情の説明も兼ねて、いくらか長い話をキャルに口伝えた。大精霊は人との付き合いもそこそこあったため、事情の知らぬ相手にゼロからものを説明するのも上手な口を持っている。わかりやすい説明に、キャルも内容をすんなり頭に入れ、それが非常にありがたい話であるということを理解する。


「どうかしら? "あの子"、たっての希望なんだけど」


「……わかりました」


 バーダントを介して伝えられた、森の命のひとつの意向を受け取り、同時にそれに感謝する想いを抱きながら、キャルは大精霊の申し出を受け入れる。話の中で、いつか機会があれば、という触れ込みもあったが、その機会はすぐに訪れることがわかっている。4日後にはラエルカン奪還作戦という大きな仕事が待っているだけに、その時がその日になるだろう。


「ふふ、この子を連れてきてよかった」


「エルアーティ、あなた狙ってたわね?」


 嬉しそうに笑みを浮かべるエルアーティだが、今日は先日の一件にて最大の被害者であるキャルを連れて来ることで、大精霊バーダントの"誠意"を授かるを期待していたのだろう。元々バーダントとの親交があるエルアーティだから、人々との付き合いを重んじる精霊の価値観だって知っている。狙い通りにバーダントから、キャルに対するお詫びを取り付けられたことに満足げなエルアーティには、バーダントもしたたかな友人に対する笑いを抑えられない。


「でもね、エルアーティ。私もう一つ考えてあるの」


 バーダントは再びシリカの方を向き直ると、先ほどと同じようにしてシリカの顔を覗き込む。身長差のあるキャル、だいたい背丈が同じであるシリカ、相手によってコンタクトの取り方は異なってくるようだ。


「あなたのお友達に、アルミナって子がいたわよね?」


「…………? はい、いましたが……」


「あの子に、今から言うことを伝えてくれないかしら。こればかりは、あの子に尋ねてみないと同意が取れないでしょうからね」


 そうしてバーダントは、シリカにもキャルに話した内容と似た話を始める。明確に違うのは、この意向を言い出した者の名が、キャルにした話とは違っていることぐらい。そしてその者は、アルミナにこそ力を貸したいと言っている。


「――わかりました。お伝えしておきます」


「なんだったら、あの子もあなた達の郷に連れて行って話をしてくれてもいいわよ」


「可能なのですか?」


「ええ」


 ここの話は、アルミナを前にして話してみないと結論が出ないだろう。ここまでだ。ただ、この話が成立するならば、それは恐らくアルミナにとって、第14小隊にとって大きな助けとなるはずだ。感情論でアルミナが受け入れないとなれば仕方ないが、彼女の性格を知っているシリカは、きっとそうはならぬと見込みも立てられている。


「さて、これは大きいわよ。苦闘は間違いなしの大戦役、大きな助力が得られたことは頼もしいんじゃない?」


「そうですね」


 人類陣営への追い風を実感するエルアーティの笑みに対し、シリカも同じ想いでうなずいて返す。決戦4日前にして得られた、大精霊と他2名による大いなる力添え。アルミナと当該の者に対してのことは確定事項ではないが、そちらも上手く話が運ぶなら、先述のとおり三本の矢が人類陣営に加わる。それも、一本で幾つの悪を挫けるかわからぬほどの矢が三本だ。


 改めて大精霊に一礼して協力体制を感謝するシリカと、シリカの手を両手で握り、頑張りましょうねと微笑むバーダント。不安多き歴史的一戦の前にして、この前進はあまりにも心強かった。











「ふわー! やっぱ強いなー、ユースは!!」


「いや、ガンマも……元から知ってるけどさ……」


 訓練場の床にへたり込むように座り、ガンマは気分よく汗をかいた表情で笑っている。対するユースもガンマと同じで、汗だくで息を切らしている始末。長期戦の戦役にも耐え得る体を作ってきた第14小隊の面々は、若い方が如実に傾向の強いことだが、体力ではそんじょそこらの戦士には劣らない。そのユースが汗びっしょりで息を切らす相手ということは、疲れさせたガンマが相当の力量を持つということだ。勿論、逆のことも同時に言える。


 帰ってきたガンマは、早速体を動かしたいと言って、ユースを相手に"鬼ごっこ"を提案した。と言っても子供達が普通に遊ぶ鬼ごっことは異なり、特殊なルールで行われるガンマ相手限定の組手に近いものだ。ルールは単純で、ガンマがその手でユースの体に触れればガンマの勝ち、ガンマが音をあげるまでそれを許さなければユースの勝ち、そういう勝負である。ユースは木剣と盾を使って、ガンマの仕掛ける接触を退け、ガンマはそれをかいくぐってユースにタッチすればいいというルールだ。


 自らの中に流れる魔物の血を、かつてと違って自在に扱えるようになったらしいガンマは、その血を活性化させてこれに臨んだ。木剣の一撃なんかくらったって、痛いけど怪我しない体をそれで作れるからだ。一方で、ガンマのパワーで武器を持ち、ユースと真剣勝負なんてしようものなら、その攻撃をくらったらユースが大怪我してしまう。だからユースは、強靭な肉体を持つガンマに木剣と盾で応戦、ガンマは触れれば勝ちという勝負が、両者危険も少なく成立させられるのだ。


 白髪に染まった髪のさらに先、白金の髪を携えた、"変異"後のガンマの身体能力には、ユースも正直度肝を抜かれたし、傍観していたアルミナも驚愕の一言だった。そうした状態に至らずとも、元々人間離れした身体能力を持つガンマだが、血を発動させて変異した後には、速度もそれ以上だ。ガンマの振るった腕が、我が身すれすれをかすめた時に起こした風からも、パワーも普段の数倍ありそうだと実感できたほどである。


 結局ガンマがユースに触れることは叶わず、この勝負はユースの勝利。負けたー、と、血を鎮めて元の姿に戻ったガンマだが、彼が病み上がりでなく本調子を取り戻したら、同じ結果に出来るだろうか。この言葉をガンマに向けて放つことはユースも絶対にしないが、まるで名の知れた強き魔物と戦っているかのような危機感があったほどだ。少し前にルーネを相手に長らく修練を積んでいたユースだが、その時の経験が無ければ今と同じ勝敗には出来なかっただろう。


「ユースをそれだけ疲れさせられるなら、多分俺、今度の戦いでも役に立てると思う。今度こそ、みんなに迷惑かけないように、勝利を掴んでみせたいんだ」


 ユースよりも早く息を整えると、一度床に背中をつけて、ぴょこんと跳ね起き立ち上がるガンマ。ユースも地力ゆえ大概復調の早い方だが、それを上回って肺を回復させるガンマの体力は、やはり常人、むしろ戦慣れした騎士をも上回るものだということだ。


「俺、こういう体でよかったって思ってるよ。命の懸かった戦いで、みんなのために戦える力をこうして形に出来るんだ。それってすっごく、嬉しいことじゃんか」


 二人の戦いが終わり、近づいてきたアルミナの方を向き直ると、ガンマは快活な笑みと共にそう言う。アルミナに顔を向けてそう言うということは、家の前で自分を案じてくれたアルミナに対する、話の続きをしているのだろう。


 生まれたその時から既に、ガンマは普通の人間とは違うのだ。人によっては、彼のことを奇異の目で見る者は多いだろうし、そうした人間の方が多数派だ。第14小隊の身内達のように、彼のことを正しく知るほどまで、近付いてくれる者の方が遥かに少数派である。敢えて、自分はこれでよかったんだと明言する時点で、ガンマだってそういう現実を理解している証拠だ。


「別に俺、この体のことで誰かにどう思われたって気にしないよ。ユースやアルミナ――第14小隊のみんなだったら……俺のこと、はじいたりなんてしないよね?」


 一瞬間が空いたのは、そこで望む答えと違うものが返ってきたら怖いと一瞬考えてしまったことの表れなのだろう。ガンマの立場にはなれないし、彼の気持ちを知ったふうになって答えることなんて、二人にだって出来ないことだ。だけど返す言葉なんて、二人にとっては最初っから決まっている。


「当たり前っ」


 ちょっと自分よりも背の低いガンマの頭を、くしゃくしゃ撫でて笑うアルミナ。水臭いことを言うなと、ガンマの二の腕を拳で小突くユースの表情も柔らかい。そんな二人に、無いはずの霧が晴れたような笑顔を返すガンマの表情は、本当に幸せそうで。何年も苦楽を共にしてきた親友の嬉しそうな顔は、受け取る側の心さえも温かく満たしてくれるものだ。


「よーっし、ユース! もっかいやるぞー! 今度は負けないかんな!」


「うわぁ、マジか。俺そろそろ夕食の準備しなきゃいけないのに」


「仕込みだけなら私がやっておいてあげるけど?」


「あー、それじゃ仕込み、だけ、やっておいてくれると超助かる」


 どういう意味よ、とユースに詰め寄るアルミナと、自分でもわかってるだろと不満げに後ずさるユース。台所の神様キャルや、第14小隊の長女たるシリカ不在の第14小隊、今夜の食を預かるのはユースだ。クロムやマグニスは先輩だし、チータと一緒に何か作ろうという話は纏まっている。アルミナが全っ然料理できないのは、第14小隊においては常識だし。


 一度小隊を離れたあの前と、仲間達は何も変わっていない。暮らしも、言動も、性格も、人ならぬ自分を見る目までも。自分がただの人間でないと完全に露呈した今、忘れ難かった元の暮らしに、今までのように戻れるのか、不安になった夜だってあったのだ。信頼するルーネ先生が、大丈夫ですよと元気付けてくれたって、大き過ぎる不安に駆られて枕を握り締めたこともある。友達との幸せな日々が、自分の中でどれだけ大きなものであったのかは、その時に嫌というほど自覚できたこと。


 自分はただの人間じゃない。屈強なる魔物の攻撃をその身に受けても、命を失わずに戦い続けるだけの体がある。頑強なる魔物を粉砕し、仲間達の道を拓いていけるだけの力がある。便利じゃないか。それでたとえ他者からの好奇の目線を浴びようと、大切な友達の力になれることと引き換えにだったら、そんなの安いものである。そういった結論に至るのが容易なほど、仲良くいがみあう目の前の友人二人は、彼にとって掛け替えのないものだ。


 アルミナに絡まれ、逃れようとするユースが自分との鬼ごっこを再開できるようになるまでは、もうちょっとかかるだろう。その待ち時間の間、ガンマが密かに胸に抱いたのは、親友二人ならびに7人の家族を守るためなら、たとえこの身が崩れても構わないという絶対的な覚悟。それはその口からは語られぬまま、近き日の決戦で花開く、力強き決意である。

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