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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第12章  来たるその日への助奏~オブリガート~
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第197話  ~エクネイス防衛戦⑥ 思わぬ再会~



 目の前の人間二人に向けて配下を使役するシェラゴだが、近辺上空の人間が自分の存在を認識し、増援に来ないよう、少し離れた位置の魔物達にも指令を下し続けている。隠遁する自分を見つけだした実力者、それを葬ることが今の目的であり、2対多の状況を保って袋叩きにする戦法だ。


「開門、落雷魔法陣(サンダーストーム)


火龍乃舞(かだつのまい)


 だが、敵の数が多かろうが、マグニスとチータにとってはたいした問題ではない。それらが軒並み化け物揃いだったら話も変わってくるが、二人から見ればどいつも小兵同然。上空6つの亀裂から召喚した雷、それを撒き散らして魔物達を乱撃するチータと、接近してくるブレイザー2匹を、熱線と化した鞭で焼き切るマグニス。二人とも、広範囲攻撃は元から得意技だ。


 シェラゴにとって最も恐るべきは、靴裏の火球を全力回転させ、真っ向からこちらに向かってくる赤毛の人間だ。ナイフを片手に高速で迫り、首をかっ切りにくるマグニスを、シェラゴは素早く高所に飛翔して回避する。すぐに振り返ったマグニスが、すかさずこちらに火球を投げつけてくるのもわかっている。


泥塵噴(サンドスチーム)


 シェラゴが後方に突き出した掌から、水気を帯びた砂が噴水のように発射され、マグニスの放った大型の火球を呑み込む。水の魔力は火の魔力を打ち消し、火の魔力は土の魔力を支える性質を持つ。火術に対する土水合成術は、二重の意味で相性が良い。


汚泥散弾(マッドレディア)


 続けざまにシェラゴが放つ魔法もまた、水と土の合成魔法。空中で一瞬翼を畳み、ぎゅるりと高速で二回転したシェラゴから、人の頭ほどの泥の塊が無数に発射される。そのうち二つはチータとマグニスを真っ直ぐ狙うものであり、他の数個は対象から少しはずれ、狙撃弾だけ回避すれば安全、とさせないためのばらまき。


 魔力で凝固させられた泥というのは、質量も硬度も岩石とほぼ変わりなく、直撃すれば骨の一つぐらいもっていく威力である。回避ではなく敢えての封魔障壁(マジックシールド)を目の前に展開し、シェラゴの魔法の威力の程を確かめたチータは、魔力同士の衝突によってそれを認識する。


 水と土の合成魔法が相手ではマグニスも、炎の魔力の障壁を作るなどしての守備は難しい。鬱陶しいという想いを顔いっぱいに滲ませながら、非常に小回りの利く空中軌道でそれらを回避。さらにチータがマグニスのそばに身を移したのは、シェラゴが広角攻撃魔法を使えることを見受けてだ。散れば敵の狙いを拡散できるのが利点だが、敵が散ってもたかだか二人なら同時攻撃できるシェラゴ、その前では分散して戦う利点が少ない。


「おいコラ、俺に男を護衛してやる趣味はねーんだが」


「あっ、来ますよ」


 無数の魔物達からすれば、攻撃対象が一箇所に集まったのはいい傾向だ。だが、それはマグニスやチータ側からしてもそう。一斉襲撃でこっちに魔物が集まってくるなら、迎撃のでかい一撃で一斉掃伐できる好機でもある。だから敵の個々が強過ぎない、この状況は悪くない。


 大柄なワイバーンが、マグニスとチータ目がけて炎を吐き出してくる。目の前の光景が炎でいっぱいになり、それが覆いかぶさってくる光景は本来恐ろしい。だが、マグニスにとってはむしろ僥倖。


「ったく……火収集(ひづつおさめ)


「繋がる暁、断つ光……闇を切り裂き空を差せ……」


 大木を一瞬で呑み込むような炎でさえ、火術のエキスパートであるマグニスにとっては、防げるどころかその火を取り込み、我が力とさえ出来るものだ。かつての魔将軍エルドルの炎のように、行使者の強すぎる魔力支配が届いている炎ならまだしも、ワイバーンの炎ぐらいなら問題ない。それを知っているからこそ、チータは迫り来る炎さえ無視して、大魔法の前詠唱に取り掛かっている。


火蛇砲(かだのおおづつ)


 マグニスに向かって飛来していたワイバーンは、吐いた炎が目の前でマグニスの掌に吸い込まれるように集まっていったのを見ても、急には止まれない。直後、自身の魔力にワイバーンの火力を上乗せした炎を発射するマグニスは、自分よりも大きなワイバーンを一瞬で炎に包んだ。前に構えたマグニスの両掌から発射される炎の砲撃は、象も丸呑みに出来るのではないかという特大砲撃だ。ワイバーン後方のヴァルチャーも、数匹巻き込んでいる。


 そしてマグニスの後ろでチータが発動させる魔法は、空中4点に魔力の収束点を作り上げる。その収束点4つの位置を線で結べば、チータの位置を重心とする正四面体が出来上がる、そんな位置取りだ。マグニスとチータの側面に身を移し、魔法で狙撃しようとしていたシェラゴも、謎の魔力に警戒を強めて攻撃を取りやめる。


雷陣包角(グロームサークル)……!」 


 チータが魔法の名を唱えた瞬間、4つの魔力の収束点は、各々他の点へ稲妻の一線を放ち、雷撃による正四面体の辺が6本生まれる。ここからだ。魔力の収束点は詠唱と同時に、チータを中心にして空中を回転移動する。速度はばらばら、軌道もいびつ、各点を繋ぐ雷撃の辺も、それに振り回される。


 つまり魔力の収束点同士を繋ぐ稲妻の線は、点の移動に伴いめちゃくちゃな軌道を描くのだ。その雷線に触れた魔物を感電させ、焼き、周囲の魔物を一斉に同時攻撃するこの魔法。点がチータから離れた場所に散れば散るほど、その攻撃範囲も広くなる。自らを射程範囲内に含もうとする魔力収束点の動きに、シェラゴも慌てて距離を取る。


「おいチータ、お前開門はどうした?」


「っ……別にあれは、必須ではないので……」


 開門を伴う普段の様相とは違うチータの魔法に、マグニスも思わず問うたものだ。魔力収束点同士が放ち合う雷撃の威力を6本ぶん維持、さらにはその軌道を緻密に操るチータに余裕はなかったが、かろうじてという声で先輩に答える。答えた頃には空の魔物、十数に及ぶ敵が、チータの魔法によって雷撃に翼を痛めつけられた結果が残っている。高圧電流の直撃を受け、気絶して墜落したヴァルチャーやブレイザーも少なくない。


「ちっ……! 駒不足じゃな……!」


 あっさり戦況を見限ったシェラゴは、南の空に向けて翼をはためかせた。撤退だ。使役する魔物達はこいつら二人の相手には物足りないし、のちにラエルカン戦役を控える立場で、今を無理してリスクを負いたくないのだ。


 シェラゴの素早い逃走を見受け、はあっと息を大きく吐いたチータが雷陣包角(グロームサークル)の魔力を遮断する。ほぼ偶然的にチータの魔法から逃れていた一体のブレイザーが、高空からチータへと飛来していたが、マグニスの振るうナイフがその首を的確に刎ねて討伐する。


「追っても無駄だろうな。んならあとは、ザコ掃除っつーことでいいかね」


「そうしましょうか……」


 編み出したばかりの大魔法は使い慣れておらず、チータもちょっと疲れ顔。それでもシェラゴという、魔物達の敵将を撤退させられたことは、戦場のアドバンテージを大きく確保する結果になったはず。ましてこちらには、まだまだ体力充分の頼もしい先輩がいるのだから、ちょっとぐらい疲れていたって、むしろ成果を出した勲章代わりに前を向けるというものだ。


「頼りにさせて貰いますよ、マグニスさん」


「ったく、最後の最後までお前は人任せだな」


 そう、仲間を頼れるようになったのだ。第14小隊に入る前の傭兵生活では、自分で功を勝ち取ることが生きていくための最短距離だった。もっと前、サルファード家にいた頃は、師のティルマと共に魔法の練習をしている時だけが、自分の存在価値を感じられる時間だった。助け、助けられる信頼できる仲間や先輩がいる今、かつての自分を一新し、魔力を大きく消費する大魔法も惜しまず使える自分がある。そばに立つ人を信頼していなければ、保身のためにもそんなことは出来ないはずなのに。


 自分の力は信じる人たちのために使うことが出来るのだ。開門による魔法の起動条件が、魔法を使っている時にしか自分の存在価値を見出せないチータの精神に基づくのであれば、もうそんな若き日の病から解き放たれてもいい頃だ。出会った頃には生意気そうな後輩だと思っていたチータが、迷いなく仲間を信じていることを行動に表した姿には、仕事嫌いのマグニスもどこか上機嫌で、魔物達に向けて火を纏う鞭を振るうのだった。











 敵の大口から放たれる怪光線は、まさに光の速さかと思えるほどの速度で砲台を飛び立ち、瞬時にしてその方向先の建物を爆破する。それを回避する速度の法騎士は、光を上回る速さで駆けているとしか周囲の戦士達には思えない。敵は化け物だが、かくも強い人間がいることもまた、人類には予想を遥かに超えて頼もしいの一言である。


 迫るシリカの剣の一振りを、マンティコアは跳躍して回避。シリカの頭上を飛び越えざまに、長い尻尾の先端の毒針で、法騎士の喉元を狙いながらだ。振り上げた騎士剣でそれをはじき上げるシリカが振り向けば、地上に降り立つと同時にこちらに首を向け、既に口を開いたマンティコアがいる。発射の一瞬前。


 その動向さえ見逃さなければ、超速度で放たれる怪光線も、シリカにとっては回避に足る砲撃だ。シリカめがけて発射されるマンティコアの破壊光線をサイドステップで回避、進行方向はマンティコアのいる方向寄り。光線を放ったマンティコアが口を閉じようとした頃には、すでにシリカが目と鼻の先まで迫りかけている。


 躍動する尻尾は、シリカの横の死角から、頚動脈を串刺しにしようとする軌道を描いている。前進しながらなお、騎士剣で尻尾の毒針を叩き返したシリカに対し、大口を上げて頭から噛み潰そうとしてくるマンティコア。真横からの攻撃を剣で打ち払ったのとほぼ同時、正面から来る絶妙な時間差攻撃は、単純ながら並の戦士にさばけるものではない。


 マンティコアの頭上を飛び越えるようにして跳躍したシリカだが、怪物の背中の上を通過するに際し、背中の翼を大きく立てて身をよじるマンティコアの動きが、巨大な平手の翼でシリカを撃墜するかのように迫り来る。視界外の対象にも対応するマンティコアに対し、シリカは空中で身をひねり、翼の壁を足裏で受ける形を取る。激突の瞬間に真っ向のベクトルとは僅か逃がした方向に蹴りだすと、勢いよくそばの建物の壁へと向かって飛んでいく。


 建物の壁を蹴って空中で身を翻すシリカに対し、既に大口開けて向き直ったマンティコアの破壊光線が発射される。シリカも読み切っている。既に剣先に集めた魔力とともに、怪光線を真っ二つにする剣閃を振るったシリカが、空中でマンティコアの怪光線を両断し、空へ二筋に逃がしていく。


 地上に降り立つシリカに駆け迫るマンティコアの動きは、正面からそれを迎えるシリカから見てどれほど恐ろしい光景だろう。誰も今のシリカと立場を代わりたいとは思わない。そんな彼女が自分から前へと踏み出し、マンティコアに真っ向から立ち向かうのだから、傍から見てその勇猛さは真似できる気がしない。


 シリカとの接触より数歩前、自分の頭上を越えて上から迫らせる尻尾で、シリカの頭を打ち抜こうとするマンティコア。打ち払うには隙が生じるその攻撃に、シリカは斜め前方に加速することでそれを回避する。ここで噛み付いてくるマンティコアなら、鼻先から顔面を真っ二つに出来ていたのだが、頭を高くしてシリカを前足で蹴飛ばそうとする攻撃に、シリカも横っ跳びの回避を強いられる。


 その際にマンティコアの前脚を断つべく剣を振ろうとしたシリカだが、背後から来る長い尻尾の殺気に敏感に反応、振り返りざまにそれを上方に打ち払う。その瞬間、自分の後ろに位置したマンティコアが、背後から大口の噛みつきを仕掛けてきたことに、シリカは高く跳んでかわす。背中に目がついているとしか思えなかったのは、周囲の兵士達だけでなくマンティコアもそうだ。


 シリカはやや後方に跳ぶ軌道を描き、マンティコアの頭上を飛び越えて空中で一回転すると、顔を右向きにしてシリカに食いつこうとしていたマンティコアの頭の左に落ちていく。すぐさまシリカの方向に目を向けたマンティコアは、首を狙ったシリカの剣の振り下ろしを、離れる方向に地を蹴って機敏にかわす。跳んで地上から脚が離れているうちに、体ごとシリカに向き直る身のこなしは流石。しかしすぐに駆け出してマンティコアに迫るシリカは、距離を作りきれなかった魔物に強い危機感を抱かせる。


 口を開いたマンティコアが放つのは、本来必要な魔力の収束を省略し、迫る人間への最速魔導弾による迎撃。威力は先ほどまでの怪光線に及ばない、だが人間の肉体を焼き払うには充分な破壊力、マンティコアの放つ光の塊が、至近距離からシリカ目がけて飛来する。周囲から見て、それが起こったことも認識しがたいほどの、超短距離間の駆け引きだ。


 振り上げた騎士剣にてそれを真っ二つに割ったシリカは、一撃の直後にて隙が確かにある。そして光弾を切断されることも織り込み済みのマンティコアによる、前脚による踏み砕きがシリカに差し迫る。敵がいかなる回避を為しても、構えた尻尾はすぐにでも追撃を放てる構え。狩人マンティコアの包囲網は完成されている。


 身をよじって足先を回避、マンティコアの顔面目がけて跳躍したシリカに対し、自らの頭上から尻尾の毒針を槍のように突き出し、騎士の胸元目がけて突き放つ。空中で自在に動けぬ人間を相手に、勝負はあったと思えた瞬間。だが、跳躍してマンティコアに迫る空中、我が身を回したシリカが、一瞬敵に背を向けた瞬間の違和感は、やがてそれが死の予感であったとマンティコアに知らしめる。


 回転するままに騎士剣を振るったシリカの剣は、寸分の互いもなくマンティコアの尻尾の先を打ち払った。万物を切り裂くための魔力を纏っていないからこそ、毒針を切断せず、打ち払う結果になる。その結果が確定した瞬間に、一気に魔力を集めるのだ。詠唱を、口にするほどの時間もない一瞬で。


 尻尾をはじかれるというやや想定外の反撃にも、咄嗟に大口を開いたマンティコアの対応は秀逸だ。だがその大口が、我が身に迫る人間を噛み潰すよりも一瞬早く、尻尾をはじいた剣を瞬時に下げ、マンティコアの顔面を真下からかっさばく軌道を描いた法騎士が速い。尻尾をはじいたのと追撃の一撃は、横、縦の十文字を描く連続攻撃、それがマンティコアの目の前で、一瞬の光のように軌道を描いたその時、既にこの勝負はついている。


 万物を切り裂く最強の剣を生じさせる魔法、勇断の太刀(ドレッドノート)を体現したシリカの剣は、大きな顎の下から頭頂部まで、マンティコアの顔面を通過した。マンティコアの鼻先を蹴り、身を翻しながら後方に飛び退くシリカの後方、先ほどシリカが真っ二つにした光弾が民家に直撃し、小爆発を起こす。その爆風を、背後両サイドから背中に受けるシリカが着地したと同時、獅子の頭を深く縦真っ二つにされたマンティコアが、傷口から膨大な血を噴き出させる。


 天を仰いで、前後不覚と混乱を表すかのように、片方の前脚で宙をひっかくマンティコア。勢いのある返り血から逃れるため、シリカがもう一歩後方に飛び退いた頃、ぐらりとマンティコアの体が前に倒れた。残酷なほどに切り裂かれたマンティコアの頭は、顔面から地面に崩れたと同時に余計にひしゃげて、もはや原型をとどめていないだろう。痙攣する全身を見なくても、もはやこの怪物の死が確定したのは誰の目にも明らかだった。


 周囲の誰一人として、この快挙に歓声を上げることは出来なかった。想像を超えた圧巻の実力者とは、時として友軍の心さえわし掴みにする。マンティコアの絶命に騎士剣を降ろすこともせず、後方で立ちすくむ友軍を振り向いた法騎士の動きさえ、ギャラリーには次の行動から目が離せないものだ。


「終わっていない! 祖国を守るための戦いはここからです!」


 シリカよりも年上の兵士達、魔導士達の目を覚ます声。彼女の声を今初めて聞く者が殆どだろう。澄んだ高らかな女傑の声は、マンティコアを前にして心を折られていた戦士達の心を、再び立ち上がらせるどころか、脅威の排斥という結果を併せて再び燃え上がらせる。


 祖国を侵略する魔物達を、誰が退けねばならないのか。エクネイスの兵に自ら志願し、無力な市民に代わって祖国を守るための使命を再び胸に刻んだ戦士達は、シリカの声に応じるように、雄叫びをあげて走りだす。南東から迫る怪物達の集団は、彼らが迎え撃って討伐するべき存在であり、その結果は必ず首都中央区を守る友軍の大きな助けになる。そのためにここまで来ているのではないか。


 彼らを追い抜くほどの速度で魔物に迫り、襲いかかるワータイガーの攻撃を回避すると同時、すれ違いざまにその胴を真っ二つにしていくシリカ。誰にも負けない最強の援軍だ。たった一人の参戦による救いが、無数の同志の心を蘇らせる様は、まさしく勇者のそれと言っていい。


 苦難続きのエクネイス南東軍に、ようやく夜明けが見え始めた。やっと周囲が意識し始めた勝利への道筋を、わざわざ思い描いて共有するでもなく、無心で魔物達に立ち向かうシリカの背中が、人類の圧倒をやがて形にしていくのだ。











「潮時かニャ……!」


 シェラゴの撤退、マンティコアの陥落、すべてアーヴェルの広いアンテナには引っ掛かっている。地上に降りたベルセリウスも、南から進撃していた魔物達を掃伐完了しており、首都西部の魔物達も、シェラゴの指揮がなければ全滅も時間の問題だ。大局が決していたのは既にもう随分前からであったが、いよいよこれ以上暴れても、人間を削り減らす結果を期待できなくなってきた。自分が戦場に参加すればいくらでもやりようはあるが、目の前にいるのがこいつでは。


「お開きかしら?」


「そうしたいのは山々だけどニャ……!」


 エルアーティの放つ無数の火球を、杖の一振りで全て消し飛ばすアーヴェル。あらゆる魔法を打ち消す雲散霧消(ディシュペイション)の魔法を得意とするアーヴェルには、エルアーティも終始感心模様である。返す刃で巨大な真空波を投げつけてくるアーヴェルだが、エルアーティは詠唱もなく目の前に魔力の壁を作り上げ、その攻撃をはじき返す。墓石をも真っ二つにする凶悪な風の刃、それだけの魔力を孕むアーヴェルの攻撃に、涼しい顔で対処できるのはこの賢者ぐらいのものだろう。


「てめーを好きにさせるわけにもいかんのよニャ……!」


 大気の流れを操るアーヴェルの魔力は、空を駆ける箒に腰掛けたエルアーティをぐらつかせる。乱気流の中、終始エルアーティはナイトキャップを片手で押さえているが、片手塞いででも戦うのは、彼女が手をかざすなどの象徴的行動を起こさずとも、魔法を自在に行使できる裏付けだ。予備動作も詠唱もなしで攻撃も防御も叶えるから、敵対する側としては行動が読みにくい。


 一方で、魔力を抱いて駆け巡るアーヴェルの風は、エルアーティも放つ魔法それぞれに、相応の魔力を注いで安定させないと、すぐに魔法の軌道を曲げられる。敵の魔法に対して影響力を持つ、そんな風を当たり前のように起こすアーヴェルは、それだけで魔法使いにとっては厄介だ。エルアーティとて、これほど終始集中力を途絶えさせるわけにはいかない相手との戦いは、これまでの人生でもそう多くなかったことである。


 エルアーティはアーヴェルを縛り、アーヴェルはエルアーティを縛る。互いに、地上の友軍にとって最悪の敵をこの場に留めることが、最大にして究極の目的だ。エルアーティとの交戦なんて死んだってゴメンだというアーヴェルも、戦場で為すべき自らの責務を放棄しないほどには、やはり魔物達を束ねる大将に相応しい。口を開けば文句ばかりの気難しい百獣皇だが、なんだかんだで魔王軍に底知れぬほどの貢献を重ねてきたからこそ、かつて魔王マーディスを討伐するための人類の道のりは、長引く一方だったのだ。


「たいした器ね。やっぱり私、あなたのことが大好きだわ」


(それがし)はテメーのことが世界一嫌いだニャ!」


 アーヴェルの背後に一線の亀裂が入り、そこから噴き出す嵐のような炎の風。エルアーティの背後に点在する、無数の魔力収束点から強く噴出される熱蒸気の数々。空を真っ赤に染めるアーヴェルの魔法と、自分周囲に迫る炎だけを器用に吹き飛ばすエルアーティの魔法の激突は、ふと空を見上げた人類の魔導士の目に、誰も割って入ることなど出来ない聖戦を刻み付ける。世界有数の魔導士がぶつかり合う戦いは、まるで世界の終わりにしか見られないほどの、異常な空模様を容易に体現する。


 翼をはためかせるアーヴェルと、髪をたなびかせて空を滑るエルアーティは、どんどん加速して戦いを激化させていく。互いから一切目を離さない最強の魔導士両名の世界は、もはやどちらかが自ら勝負を降りるまで、その空域を支配し続けることだろう。











「……何?」


 首都の外へ向けて走るこの怪物は、ラエルカン中央区に残してきた攻城軍を顧みもしていない。概ね戦いは終わっているのだ。人間の多くは殺せたし、攻め落とせない城に突っ込む無謀を、ラエルカン大戦争を目の前にしてわざわざやりたくない。雑魚の配下など知ったことではないと、ワーグリフォンはこの激戦区から撤退する脚だ。


 人類の強豪達は、主に首都中央区に集った傾向が確かであり、戦いが長引いた今となってはそれがなお顕著。城から離れれば離れるだけ、脆弱な人間が集う傾向にある現状、帰り際に首の土産を一つでも増やしてやろうと、ワーグリフォンは画策していた。そうして都市東部に向けて駆け抜ける中、足元に横たわる魔物の亡骸が、ワーグリフォンの脚を止めたのだ。


 ほんの少し前までこの首都東部から、スプリガンの地震魔法が暴れている気配はあったはず。つまりこの、魔物の佐官格が倒されたのはほんの少し前のことだ。ワーグリフォンは騎士団がエクネイスに駆けつける前からこの戦場に踏み込んでおり、騎士団の加勢前、加勢後、それからしばらくの流れをしっかり見てきた。今さらこの時間帯、戦場全体の勢力図を鑑みて、首都東部のここにスプリガンを討伐できるほどの人間が駆けつける構図は、想像しにくい。ここ1時間ほどの、中央区への一斉の突撃を以って、人類の有力な駒を城周辺におびき寄せ、城から離れた手薄な人間どもを葬る作戦を、このスプリガンはしくじったということになる。


 ワーグリフォンの鋭い聴覚は、スプリガンを討伐して南下していった人間達の声を、その耳で受け取っている。若い声だ。仇討ちの意識は特にないが、スプリガンを討伐して勢いづいている人間どもの声は、ワーグリフォンにとって癪に障った。逃亡を果たす前に、生意気な人間どもを葬り去ってくれんと、ワーグリフォンは音と気配のする方角へと駆けていく。


 ワーグリフォンの脚力を以ってすれば、獲物への追いつくのはすぐのことだ。エクネイスの首都を駆け続けた結果、概ね程度には土地に明るくなり、素早い足取りで駆けていく怪物。そして角を曲がり、時計塔前の広場にて、ひとまず周囲の魔物達を掃伐したばかりと見える人間どもを補足。どいつもこいつも弱そうで、数だけはいるから、今日最後の運動にはうってつけの玩具だと思えた。


 にやりと笑ったワーグリフォンの表情も確認できないほど遠くの位置だが、一人の戦士がふと振り返り、こっちを指差しているのがわかる。恐怖に染まったその顔が、死の苦痛に歪む様を想像し、ワーグリフォンは走りだす。槍を握ったその手にも、めきめきと殺意とモチベーションが沸いてくる。


 獅子の下半身に翼を生やし、獅子の頭の位置から代わりに屈強な人間の胴体が生え、鷹のくちばしを持つ異形の怪物が、長い槍を振るってこちらに来る光景。若い人間達にとっては、それだけで恐ろしい光景だ。恐れからか蜘蛛の子のように散った人間どもの動きが可笑しくて、槍を振るったワーグリフォンは、魔力にて冷たい突風を巻き起こし、若き人間どもを一気に吹き飛ばしてしまう。


 調子に乗っていたであろう人間を痛い目に遭わせたところでひと満足、そうしていよいよ、連中を槍の錆にしてやろうと笑うワーグリフォンの前に、一人の騎士が逃げずに踏み堪えていた。数人いた人間どもは、みなワーグリフォンの起こした突風で吹き飛ばされ、ある者は地面に、ある者は建物の壁に叩きつけられて散開している。そんな中、たった一人吹き飛ばされずに留まって、強い眼差しと剣の切っ先を向けてくる人間を見て、ワーグリフォンも感心だ。こいつがスプリガンを討伐したというのなら、それも納得だとワーグリフォンには思えた。


 だが。


「……貴様」


 時計塔前の広場、たった一人この場で立つ騎士と正面向き合い、脚を止めたワーグリフォン。その目が徐々に赤く染まり、怒気を孕んだ魔物の目に相応しい色になっていく。対峙する騎士も、初めて見るワーグリフォンという怪物に、強い敵愾心を抱く一方、心のどこかでこいつに会うのは、初めてではない気がしてならない。


「くっ、くくく……そうか、そうか……! 運命の女神とやらも、たまには粋なことをするものだ!」


 ワーグリフォンの声を聞いた瞬間、それと向き合う騎士は確信した。くちばしの奥から溢れる、どすの利いた一方で発音のしっかりしたその声は、テネメールの村から逃れようとした自分達を追いかけ、戦いを仕掛けてきたスフィンクスのそれと全く同じではないか。


「お前、まさか……!」


「傷は消えたが疼くんだ……貴様を殺せば、この疼きも晴れるだろうな……!」


 "渦巻く血潮"に順ずる、魔物と魔物の血を掛け合わせ、合成生物を生み出す力を持つアーヴェル。かつてテネメールの村のはずれで、人間に敗れた屈辱から、件のスフィンクスはさらなる力を得るため、その恩恵を授かれるようアーヴェルに求めた。その結果、翼と鳥獣の機敏さを手に入れたこの怪物は、ワーグリフォンと名を変えた魔物と化し、今ここエクネイスを攻め込む将として在る。


 あの屈辱を経て、さらなる力を得た自分の前、人間どもの中でも最も憎らしい相手への復讐の機会が、こんなに早く訪れたのだ。悪辣なワーグリフォンが、運命の女神に感謝するのも当然である。敵対した騎士の目の前、槍を大きく振るって威嚇するワーグリフォンは、魔力ではなく、単純な武器のスイングだけでユースに強い風を届けてくる。


 騎士は構える。スフィンクスの強さは知っている。頼もしいアルミナの姿も今はそばに無く、アイゼンやルザニアが遠方で倒れている中、立ち向かえるのも自分だけ。ここでやれねばいつやるのか、答えは最短で導き出せている。


「さあ、人間よ! 我が復讐心の糧となり、その命を散らせ!」


 猛然と獲物へと襲い掛かるワーグリフォン。強い眼差しと共にユースが無心で駆けだしたその瞬間、若き騎士と魔物の強豪の一戦が幕を開いた。

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