表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第12章  来たるその日への助奏~オブリガート~
205/300

第193話  ~エクネイス防衛戦② こいつがいなきゃ始まらない~



 一匹のサイコウルフが放つ、真空の刃が、一人の騎士の足を傷つける。上騎士の階級を持つその人物は、構成人数13程度の小さな小隊ではあるが、その隊長を務める実力者だ。だが、何時間にも渡る戦いの末に疲弊した隙を突かれ、とうとう戦うための重要な軸をひとつ奪われる。


走雷陣(サンダードライブ)


 魔物達の群れの後方、全身を真っ黒なローブで包んだ魔物は、敵の指揮官が体勢を崩したことを見逃さない。袖から枯れ枝のような細い腕を伸ばす魔物、ダークメイジが詠唱した瞬間、掌から放たれる電撃が前方広範囲に発射され、時に地を跳ねる稲妻のようにして人間達に襲い掛かる。長く戦い抜いてきた上騎士を、ダークメイジの電撃が深く貫き、その衝撃で騎士は膝から崩れ落ちた。そこに空からコカトリスが急降下し、くちばしで騎士の脳天を隕石のように撃ち抜くのを見て、ダークメイジは小さく笑う。


「さあ行け、お前達。敵の足並みが崩れるぞ」


 隊長の絶命は、部下に授けられる指揮を無くすだけにとどまらず、士気の急落と混乱をもたらす。軸を失った未熟な戦士達の集合など、ダークメイジという指導者を持ち、統合体勢で猛進する魔物達にとって、数分前よりよほど簡単に踏み潰せる烏合の衆だ。だからダークメイジは、目の前の人間達の中心人物と見た人間を、隙が見えた途端にすかさず殺しにかかった。


 落命した上騎士に導かれていた12人の戦士達が、ダークメイジの指示するままに進む魔物達に、次々と叩き潰されていく。黒騎士ウルアグワの配下でありながら、百獣軍の魔物達を指揮する頭脳としてこの戦場に借り出されたダークメイジは、自らの功績にて人間の小隊一つを潰したことに、ローブの下で恍惚の表情を浮かべていた。






「アンディ、退がれ! 俺がやる!」


 エレム王国第19大隊隊長、法騎士タムサートが若き部下の後方から前に飛び出し、屈強な怪物めがけ騎士剣を振るう。アンディと呼ばれた騎士の前方からこちらに向かっていたワーウルフは、力も機敏さも人間を遥かに凌駕したものであり、それは突如現れたタムサートの迎撃の刃を、素早くしゃがんで回避したその動きからもうかがえる。


 タムサートの腹めがけて足を突き出し、棍棒の一突きのような蹴りを放つワーウルフに、タムサートは後方に跳躍して回避の動き。その直後、タムサートの動きと交錯するように彼の斜め後方から、ひとつの銃弾がワーウルフに襲い掛かる。攻撃直後、あるいは攻撃真っ只中のワーウルフはこれに回避の動きをとれず、脇腹をその銃弾に撃ち抜かれる。


 アウェイの後にすぐさま一歩踏み出し、ワーウルフに騎士剣を向かわせるタムサートの攻撃にも、ぐらつかず後方に跳躍して逃れただけでも、ワーウルフの動きは見事なものだ。だが、着地点めがけて矢を放つタムサートの部下の援護射撃が、地に足を着ける一瞬前のワーウルフを蜂の巣にする。二発の矢を爪先ではじきつつも、腕と大腿に矢を受けぐらついたワーウルフに横から迫るのは、第19大隊に属する高騎士による斧の一振りだ。


 その攻撃をかろうじて回避したワーウルフだが、即座に迫っていたタムサートの騎士剣の一撃によって、肩口からばっさりと腕の一本を切り落とされる。一気に自重のバランスを崩壊させたワーウルフの体が大振りに揺らいだ次の瞬間、高騎士の斧がワーウルフの胴体を切断する。剛腕の斧は魔物を断ち切った瞬間に、重い上半身を吹き飛ばすほどのパワーを体現する。


「敵の統制が乱れるぞ! この機を逃すな!」


「第19大隊、進め! この先で戦う、第26中隊のもとへ合流する!」


 高騎士が、法騎士タムサートが後続の兵を奮起させ、親分格のワーウルフを失った魔物の群れに立ち向かっていく。最強の味方であり、心強かった佐官級の存在を失った魔物達は、抗いこそするものの統制を失っており、安定した連携を形にする騎士団の敵ではない。


 エクネイス中央区から東へ向けて駆ける、エレム王国騎士団第19大隊は、押し寄せる魔物達を撃退するのみに留まらず、友軍の援護に向けてさらに前進する。一戦乗り越えたその駆け跡には、いわば人類が取り戻した領地が広がっているようなものだ。











 戦争の勝利条件として最もシンプルなのは、敵を全滅させることである。だが、人類側の陣営が狙うのはそれではない。何故なら敵を残らず討伐しようと思えば、それだけ交戦数も跳ね上がるし、そのぶん戦死者が発生する可能性も高まる。近いうちにラエルカン進軍という大掛かりな仕事も控えていることもあって、情を抜きにした軍事的観点で言っても、ここで多数の死者を促す戦い方は避けねばならない。


 こんな電撃作戦で奇襲を仕掛けてきたアーヴェルのことだから、失ったところで自軍に大きな痛手となるような兵など、持ってきていないに決まっている。ゆえに今の人類にとって、敵を討伐できた数など大した問題ではなく、敵の余力がいかに残ろうが、魔物達の撤退を一刻でも早く促すことが大切なのだ。それが、今後の戦いを見据えた正しい戦い方であると今は言えるだろう。


 そのためには敵将であるアーヴェルに、これ以上の侵攻を無理押ししても無駄であると判断させ、撤退させるように思わせねばならない。早い話が敵軍の戦力を削ぎ、継戦能力を失わせることが目的に繋がると言えよう。単純に敵の数を減らすことも目的には合致するが、単にそればかりを繰り返すだけでは戦いが長引き、疲弊した末に命を落とす者を増やすだけだ。


「チータ! "ボス"は見つかったか!?」


「まだです……先ほどは間違いなくこの辺りから気配が……」


 エクネイスの西の空を舞う二人の遊撃手は、片や大声で、片や魔法で相方に声を届け、意志を疎通する。宙を蹴る魔法、空中歩行(エアステップ)で建物より高い場所を走るチータと、靴裏の火球を回転させて滑空するマグニスは、地上で暴れる魔物達を指揮している魔物を探している。


 人間側も、魔物側も、合戦場においては無数の兵をいくつかの部隊に細分化し、統制と連携を取ることで個体以上の力を引き出そうとするものだ。そうすれば自ずと、一つの集合には指揮官格にあたる存在が発生し、それを落とすことは周囲の敵兵にまで波及をもたらす存在となる。マグニスが"ボス"と形容するのはそれのことであり、これを討ち果たせば魔物達の統制を崩せる相手を今、捜し求めている。一匹のヴァルチャーがマグニスに突進し、握るナイフでマグニスがその首を落とすなど、空中戦も同時に行いながらだ。


 空は人類陣営の魔導士達と、飛行能力を持つ魔物達の群生地だ。魔法を打ち合うエクネイスの魔導士や、空での白兵戦を仕掛ける鳥や竜の魔物が交錯し、建物もないはずの広い空が混雑状態である。空の魔導士に地上の友軍を援護射撃させまいと、魔物達も攻撃的であり、一瞬も気が抜けないのは空も同じである。


「かーっ、メンドクセぇ!! 火龍乃舞(かだつのまい)!」


 群がるブレイザーとコカトリスに、発狂したような叫び声とともにマグニスが腰の鞭を握って振るった。そして長い鞭はマグニスの魔力により、骨をも溶かすほどの高熱を帯び、その鞭で薙ぎ払われた魔物達を打つのではなく、焼き切るように切断する。一振りで、自らに群がった空の魔物を三匹仕留めたその鞭は、多数の敵に直面し、かつ近くに巻き込む味方がいない時のマグニスの切り札だ。もとより敵との接触面積を小さくするための、細くシャープな鞭ではあるが、勢いと熱だけで魔物の肉体を切断する危険な鞭捌きには、初めて見るチータも驚きである。


「おいコラ、見せもんじゃねえぞ!!」


「わかってますよ。開門、岩石弾丸(ストーンバレット)


 マグニスが怒鳴ったのは、自分なんかよりも敵に目を配れという意味だ。元よりこの場で先輩の見事な実力に目を奪われ、視野を狭めるチータではなく、自らに向かって高所から急降下するコカトリスを、岩石の弾丸で迎撃して撃墜する。どの角度から敵が襲ってきてもおかしくなく、一瞬の油断が命取りになる。それが空中戦だ。


 飄々とした態度で冷静さを絵に描いたようなチータの表情だが、意識下では地上も空中も広く見渡し、エクネイス西の魔物達を統率する存在を探し求めている。編隊を組むようにして空中を飛行し、空の人間による魔法の狙いを拡散させつつ、状況に応じて的確な攻撃役が突っ込んでくることからも、統率者がどこかにいるのはほぼ間違いないのだ。魔物達は単体同士で連携を取れる存在だが、地で言えばそれはヴァルチャーとコカトリスや、ブレイザーとワイバーンのように同種の魔物ぐらいのもの。別種族の魔物同士が、綺麗な連携を成立させているのは、指揮を務める者がいるとみて間違いない。


 視野が届く範囲内であれば、幾千幾万もの魔物さえも同時に細かく指揮できるアーヴェルも、今は勇騎士ベルセリウスとの交戦で忙しいはず。そんな状況に備えてアーヴェルが用意していたであろう、指揮を務められる魔物はどこにいるのか。周囲の空で魔物と交戦する魔導士の一部も、したたかにそれを見定めようと目を凝らしていたりするのだが、それらしい影は未だに見つかっていない。


「地上か、空中か……いずれにしても、広い探査能力を持つ存在だとは思いますが……」


「んがーっ! ちくしょう! 敵が多すぎるわあっ!」


 新魔法、魔導線(アストローク)を展開して、どこかから魔物達に指揮を下している存在の気配を捜し求めるチータだが、それに集中させるには彼を襲う脅威を排斥せねばならない。チータを見定めた魔物をいち早く察知し、敵がチータに迫るより早くにそれらを撃ち落とすマグニスは、仕事の多さにいらいらしている。さっさと敵の佐官を葬って魔物の統制力を失わせ、友軍任せで勝てる形を作ったらサボろうと決めていたのに、中々先は遠そうだ。


「すいませんね、マグニスさん」


「きーっ!! ウダウダ抜かしてねえでボス探せえっ!!」


 男前台無しの裏返った声とともに、やけくそ気味に火球を撒き散らし、魔物達を焼き払っていくマグニス。後輩のサポートで忙しさを強いられるという、先輩の受難に苛まれた彼は随分と荒っぽい戦い方を見せているが、チータとしては頼もしかった。なんだかんだで、近くを舞っていた敵の数が一気に減り、狭かった空中の視界も明朗になってきたからだ。


 やっぱり仕事は出来る人だ。惜しむらくは、働きたがらないその性格だが。











 第26中隊のはたらきは安定している。元より個々の能力が秀でた人材の揃えられ方だし、日々その部下を指導する、法騎士カリウスや側近の高騎士も優秀だ。90名超の中隊構成人員も、前衛と中衛、後衛をバランスよく揃え、単純な兵力以上の戦力となる、団結力のケミストリーも上手く形になっている。


 エクネイス北東部から進撃し、東部と呼べる区画まで魔物達の陣を南に向けて押し返し、この中隊の勢いはとどまることを知らないように見える。だが、魔物達も危機感を覚え始めてきたのか、首都内のどこかにいる、首都東部の魔物達の統制を司る魔物も兵を動かしているようだ。すなわち、第26中隊という脅威に対し、兵を集わせ一気に叩き潰す編成が徐々に出来上がっている。


 気が付けば、騎士アイゼンをはじめとする第26中隊の一部は、多数の魔物達に囲まれた状態になっている。最も頼れる法騎士カリウスも、アイゼンとは少し離れた場所で、屈強な魔物達に包囲されて身動きが取れない。法騎士タムサート率いる第19大隊がこちらに向かっているのも、そうして魔物の動きが首都東部に偏り始めていることを見受けてだ。


「あはは、どうしよう! 死ぬほどヤバいんだけど!」


「こういう窮地を乗り越えてこそ、真の戦士って奴じゃないのかな……!」


「ああんもう、その無理のあるプラス思考がユースそっくり!」


 厳しい表情で強がりながらも、飛びかかるジャッカルを切り捨てるアイゼン。彼の後ろで背を合わせ、向かい来るヴァルチャーを二匹撃ち落とし、強引な元気を口にするアルミナ。たった二人で戦っているわけではなく、周囲にも第26中隊の仲間達はいるが、それよりも敵の数が遥かに多く、疲れの汗より冷や汗の方が止まらない。ピンチという言葉がここまで似合うのは、アルム廃坑で、アズネオンの召喚した魔物の亡霊に包囲された時以来である。


「ごめんバルト、そっちには行けない……! 何とかしてくれ!」


「わかってます……!」


 ヘルハウンドの吐き出す火球を回避し、背後から飛びかかってくるキングコブラを大振りの太刀筋で撃退する騎士がいる。かつてユースが第26中隊に短期移籍した時、彼をよく慕っていた少騎士は、騎士昇格試験を通って騎士階級に上がったばかり。騎士バルトと称号を変えたその名に恥じず、彼もまた立派な戦力としてこの戦場に加わっている。恰幅のいい体ながら、敵の動きに対して柔軟な回避と攻撃への移行を為す見事さは、隊長カリウスの良き指導と、あの日巡り会ったユースに教えて貰えたことを彼なりに洗練した末の賜物だ。


 そんなバルトも、今はそばに立つ自分よりひとつ年下の少騎士を守りながら戦える立場になった。それを今の状況を表す言葉に置き換えると、そういった未熟な騎士や傭兵が集まった状況だと言うことだ。この中で一番早くに騎士階級を得たアイゼンが、ごく少数の自分より未熟な後輩を指揮して戦うという状況は、非常にまずい。第26中隊は才覚溢れる者がスカウトされて構成される部隊だが、それにしたって魔物達の強襲を実戦で撃退するには心もとないのが現実である。カリウスや上騎士高騎士のもとに強い方の魔物が集まっているからなんとかなっているものの、きつい魔物が現れたらそれだけで崩壊しかねない。


「兄ちゃん、指揮頼むぜ! 俺達だってまだこんな所で死にたくねえよ!」


「っ、後援射手はバルトを中心に戦え! こっちは俺達だけで引き受ける!」


 この場に混じった、第26中隊に傭兵として参入した、二十代後半の長槍を握った男とともに、アイゼンは魔物達の群生地に切り込んでいく。目の届く範囲内で、白兵戦で最も長けているのは、自分とこの男という状況なのだ。南から駆けてくるのが見えた3匹のワータイガーなど、他の仲間達に任せられるものではない。


 巨腕を振りかぶってアイゼンの頭を殴り飛ばそうとしたワータイガーの攻撃を、アイゼンはかがんで回避する。その頭部の残影の果てから飛来するアルミナの弾丸は、ワータイガーの喉を的確に撃ち抜いてみせている。アイゼンの騎士剣が直後にワータイガーの大腿を切断するが、とどめを刺さずに次なるワータイガーに駆けていく。動けなくなった魔物なんかに構っている暇なんてない。


 素拳でアイゼンを打ち抜こうとしたワータイガーの攻撃を、僅か前進軌道を逸らすとともに一気に加速、置き去りにする騎士剣の一閃でワータイガーの脇腹を切りつけるアイゼンの後方で、先ほど大腿を切り落とされたワータイガーの脳天を、アルミナの銃弾が粉砕している。切りつけたばかりのワータイガーの後方に一気に身を逃すアイゼンだが、怒れるワータイガーが瞬時に身を翻し、襲い掛かってくるのが危機感を煽る。


 冷静さを取り落としてはいけない。ワータイガーが、腕と脚を振るってアイゼンを叩き潰そうとしてくる攻撃を、どれもアイゼンは紙一重で回避し続ける。同時に横から自分を狙い撃つ、サイコウルフの真空の刃の危険性にも視野を広げ、ワータイガーの蹴りを回避して退がった直後、もう2歩ぶん後ろに跳ぶ。目の前を右から真空の刃が横切って、左の果ての建物の壁に傷をつけたのがその後のことだ。危うかった場面である。


 アイゼンを攻め立てていたワータイガーの後頭部にアルミナの弾丸が食らいついたのが直後に続き、ぐらついたワータイガーに一気に駆け寄ったアイゼンがその首を刎ね飛ばす。アイゼンの位置から見て右側、先ほど自分を狙い撃ったサイコウルフを睨みつけようとしたアイゼンだが、それよりも目の前で起こった光景には、ぞっとして目が離せなくなった。


「後ろ!! 危な……」


「わかって、るっ……!」


 建物の影からワータイガー達を狙撃していたアルミナが、後方から駆けてくるジャッカルに見つかったのだ。背後から首筋に噛み付こうとしたジャッカルの動きを、しっかり認識していたアルミナは横っ飛びに回避する。地面を転がるアルミナは立ち上がる直前、しっかりとジャッカルを見据えて引き金を引いている。切り返してアルミナに再び飛びかかろうとしていたジャッカルの眉間を、的確に撃ち抜いて危機を回避したアルミナだが、立ち上がった瞬間に空から襲いかかる存在に銃を構える暇がない。


 空からアルミナへ急降下するヴァルチャーのくちばしを、立ち上がったばかりのアルミナが前に転がり込む形でなんとか凌いだ。だが、それに続いてアルミナに襲い掛かる大鷲のコカトリスの爪は、体勢が崩れたばかりのアルミナを狙い済ましている。立ち上がった瞬間に気配の方向を振り返ったアルミナの視界には、もう既に近くまで接近したコカトリスの姿がある。


 片目をぎゅっとつぶって、助かりますようにと希望を託してアルミナは後方に跳んだ。そのまま尻もちをついて体勢を下げきって、アルミナの上半身を狙うコカトリスから逃れるためだ。それでも不充分だったらそれで終わり、アルミナにとっては命を懸けた最後の一手である。


 そのアルミナの視界横から飛び込んだ何者かが、その手に握る騎士剣によって、大柄なコカトリスの首を一刀両断にしてみせた。獲物に向かって真っ直ぐ飛来する鳥を、横から割り入って的確にその首を刎ねる剣捌きには、直後お尻を石畳にぶつけて表情を歪めたアルミナも、痛みより先に驚嘆が先立つほどだ。


「ルザニアちゃん……!?」


「アルミナさん、約束だけは絶対に守って貰いますよ……!」


 かつて属した隊を失っても、戦うことをやめない限り、騎士は必ず戦場に導かれる。アルム廃坑の戦役にて同僚の殆どを失い、哨戒任務でアルミナ達と運命を一度共にした彼女は、ここエクネイスの防衛戦にも自ら志願して乗り込んでいた。戦士として復帰するか否かも迷い続けた末、再出発の初陣をこの地に選んだ彼女が、あなたのためにも死なないよと約束してくれた、先輩の窮地に辿り着いたのだ。


 どこかにいる魔物達を率いるボスも、アルミナの存在に目をつけているのか、次々とアルミナへと魔物が襲い掛かってくる。すでにこの数分間で10近い魔物を仕留めていれば当たり前だ。だが、彼女に襲い掛かるジャッカルやヘルハウンド、キングコブラを襲う最大の誤算は、アルミナのそばに立つ衛兵の実力だ。


 創騎祭でユース以外の騎士すべてから早い一本を取り続けたルザニア、その太刀筋は遠き尊敬の人、法騎士シリカを彷彿させるものだった。襲い掛かるジャッカルの喉元を剣先で裂いて、自らの横に逃がす方向に投げ捨てたかと思えば、返す刃でキングコブラの体を切断している。ヘルハウンドが自らの喉元に噛み付こうと飛来する行動をしゃがんでかわした直後には、もう一匹のヘルハウンドが真横から飛びかかる様に、眉間を突き刺す形で騎士剣によるとどめを放っている。


 ルザニアの上を飛び越えた形のヘルハウンドは、着地の瞬間にアルミナに側頭部を撃ち抜かれて体を横倒しに絶命している。頼れる人がそばにいれば、その人物に背中を合わせて立つのがくせになっているアルミナは、迷わずルザニアと背中を合わせて銃を構えた。アイゼンも頼もしかったけれど、親しみも手伝って、今のルザニアに勝る騎士(ナイト)はいない。


「おいおい、やべえぞお前ら!」


「来るぞ! 気を引き締めろ!」


 安堵しかけたアルミナの想いを遮ったのは、相対していたワータイガーをようやく葬った傭兵の叫び声。そしてその声に危機感を存分に示唆した、アイゼンによる指令である。


 アルミナも、ルザニアも、表情が一瞬で強張る光景だった。南から前進してくるのは、人間の骨だけが動き出したような存在であり、さらには6本の腕にそれぞれ剣を持つ化け物。長身の人間よりも頭二つぶんほど高い背丈でも威圧的なのに、その異形がさらに恐ろしさを強調するこの魔物は、黒騎士ウルアグワが率いる屍兵の一角を担う魔物、ソードダンサーだ。百獣皇アーヴェルが同胞から狩り出した配下は、ケンタウルスやダークメイジのみではなかった。


 6本の剣を振り回すこの怪物と交戦経験のある者など、若き戦士の集いしこの輪の中には一人もいない。迎え撃つ立場のアイゼン、その脇を固める傭兵、ルザニアもアルミナも、死地に望む覚悟で武器を構える。死闘必至の初見の難敵であろうが、ここを乗り越えなければ待つのは死でしかない。


 猛進してくるソードダンサーにアイゼンが先手を打つべく駆けようとしたまさにその時のことだ。アルミナとルザニアを後方から追い越し、アイゼンの横をも瞬迅の風のように駆け抜けた一人の騎士が、ソードダンサーへと一気に差し迫る。最前列であったアイゼンに狙いを定めていたソードダンサーは、攻撃対象をその騎士へと切り替えて、剣のうち2本を勢いよく振り下ろした。


 アルミナは見た。何年もそばで戦ってきた、同い年の騎士が、一振りの騎士剣によってソードダンサーの二重攻撃を打ち払った姿を。3本目の剣を低空の突きで放ち、騎士の頭を貫こうとした一撃も、彼はしゃがんで回避すると同時、頭上に振った剣によってソードダンサーの手首を粉砕する。挟み込むように彼の体を左右から襲う、4本目5本目の剣を、騎士は前進と同時に跳躍して回避して見せる。


 空中の騎士を最後の剣で横から串刺しにしようとしたソードダンサーの一撃を、空中で盾を構えた騎士がはじき返す。そのままソードダンサーの右胸骨近くまで迫った彼は、振り下ろした騎士剣によってソードダンサーの腕を、二本一気に砕き落として見せた。さらには胸骨を蹴飛ばし、自らは後方に跳躍して一度距離を取る。


 着地の瞬間の騎士を狙い済ましたソードダンサーの攻撃でさえ、彼は騎士剣ではじき落として通さない。石畳に激突した剣を片足で踏んだ直後、その剣を握るソードダンサーの手首を砕いたかと思えば、追撃の刃を盾で思いっきりかち上げて、ソードダンサーの体勢まで崩している。直後踏み込んだ騎士による、剣のフルスイングは、ソードダンサーの骨盤を横殴りに粉砕し、その肉体を上と下とで完全に切り離して見せた。


 ルザニアも、傭兵も、アイゼンさえもが、魅入って何も出来ないほどの見事な戦いぶりだった。そんな中でただ一人駆け出していたアルミナは、地面に落ちてバラバラになったソードダンサーの骨の数々の中で、唯一ひくひく動いている肩甲骨を蹴飛ばした。建物の壁まで吹き飛ばされて地面に転がった、ソードダンサーの"本核"を、アルミナの銃弾が撃ち抜いたのが直後のことだ。


「遅かったじゃない……!」


「……これでも急いで来たんだよっ」


 肩を並べる二人の姿を見て、ルザニアは役者が揃ったと無意識下で思わずにいられなかった。大好きな先輩を助けられたことは嬉しかったが、自分はやはり先輩にとってのベストパートナーではないことを知っている。どうしてそんな事を考えるかと言うと、アルミナにとっての最高の恋女房が誰であるかが、以前の哨戒任務の時に目に見えてわかっていたからだ。


 ルザニアが、魔物の群生地に置かれたアルミナの元に辿り着けたのは偶然ではない。彼女は、遊撃手として馬に乗り、戦場を広く駆け回るキャルに巡り会えた時、行くべき場所を告げられた。広域のカバーを任せられた自らに代わり、アルミナを助けて欲しいと言われてここまでやってきたのだ。そして今、ここに駆けつけソードダンサーを討ち倒した彼もまた、同じ導き主の声をルザニアに遅れて聞き、この極地に辿り着いたのである。


「アイゼン! どっちに行けばいい!?」


「……南に進む! 後援部隊も俺達に続け!」


 親友との再会を喜ぶことも脇にどけ、今この場の指揮を担うアイゼンが、張りのある声で仲間達を導いていく。先頭に踊り出たアイゼンと、それに続く第26中隊の急造小隊が、戦火に包まれたエクネイスの都を駆け抜ける。


 二十歳より年上の者が、アイゼンのそばの傭兵を除けば一人もいない、若者ばかりの部隊である。それが不思議と迷い無く突き進んでいけるのは、快活な声で仲間を鼓舞するアルミナ、迷いを吹き飛ばしてくれる指揮をもたらすアイゼン、そして何より、ソードダンサーを素早く討伐した勇者の卵の心強さ。かつて第44小隊という、頼もしい人達がそばにいたあの頃とよく似た想いを、ここにきてルザニアも抱かずにはいられなかった。


 一番前を走るアイゼンだが、誰がこの急造小隊の主役であるかを正しく理解している。これでも長く騎士としての修練を積んできたアイゼンだから、さっきのユースを見た時にはすぐにわかってしまったものだ。肩を並べて競い合ってきた親友は、今日この日においては自分より、ずっと前にいる勇士になってしまっていることを。だが、個人的な心持ちは今重要なことではない。みんなで生きて帰るため、今は力を合わせて敵を殲滅することが大切なのだ。自分を置いてずっと前に行ってしまった親友に追いつく努力を再開するのは、生き延びた後でいい話。


 ほぼ初めて共闘したアイゼンとさえ、しっかりとリズムを合わせて的確な支援を為してきたアルミナだ。彼女が日々呼吸を合わせることに慣れ続けた、強きパートナーと並び立って力を合わせた時、どれほどの力を生み出してくれるのだろうか。それを想うだけで、この先の未だ見知らぬ苦難にも、恐れず立ち向かえる勇気がアイゼンにも沸いてくる。


「いつもどおりで行くわよ! あんたと私が一緒にいれば、怖いものなんてないんだから!」


「頼りにしてるからな……!」


 アルミナはユースを求め、ユースはアルミナを求めている。未熟を自覚する二人だからこそ、そばにいる戦友が何よりも心強い。丸々ひと月ほど離れて過ごしていた二人だったが、再会の地をこの戦場に選ばれたユースとアルミナは、誰よりも息の合うパートナーと肩を並べることで、日々以上の士気を勝ち得ている。


 二人の前を走るアイゼン、後ろを走るルザニアやバルトならびに、第26中隊の戦士達。彼ら彼女らにとっての今の二人こそ、揺るがぬ士気を支える大黒柱そのものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ