第192話 ~エクネイス防衛戦① 英傑は戦場に舞い戻る~
この日の魔物達の進撃は二陣に分かれていた。西のエレム、東のラエルカンと位置するその状況で、今の魔物達の総本山と言える亡国ラエルカンより、エレムに向かって進撃した黒騎士ウルアグワの軍勢。山を越え、ラエルカンからエレム方面への魔物達の侵攻を食い止める、城砦都市レナリックにて今現在も死闘が繰り広げられているだろう。
その襲撃にエレムとルオスの連合軍が対抗せざるを得ない中、エレム王国の南、コズニック山脈から突撃してきたのが、百獣皇アーヴェル率いる軍勢だ。エレム王国の立場としては、東からの黒騎士軍と南からの百獣軍に迫られる形となり、正念場を迎えた日であると言えるだろう。本国よりは遠い場所で行われる二つの合戦だが、間もなくしてラエルカンへの進軍を計画している組織にとって、ここでの敗北ひとつを許すだけでも、最終決戦にて甚大な戦力削減を強いられてしまう。落とせない戦いだ。
城砦都市レナリックは、まだ安定している。敵の本陣ラエルカンをすぐ近くに構え、エレムとルオスの精鋭を集結させた防衛力には、絶大なる信頼性がある。黒騎士ウルアグワの方も、この日の城砦都市レナリック侵攻で、都市ひとつ落とせるとは考えていないほどだ。だから、現地にて戦う者達にとっては決死の戦いであるものの、客観的に見て敗色の薄い戦いだと言えるだろう。獄獣ディルエラや魔将軍エルドルが出張れば話は難しくなるかもしれないが、あれらが本国の鎮座で本拠地を守る形に落ち着いているのは、レナリックにとって幸運なことでもあった。
問題は、エレム王国を南から攻め込む、百獣皇アーヴェルの軍勢である。黒騎士ウルアグワがエレムの東に防衛陣を縛り付けている同刻に、コズニック山脈に集わせた膨大な戦力を当時、百獣皇アーヴェルは侵攻に踏み出した。そしてその戦いは、エレム王国とコズニック山脈の間に位置する、エクネイス国の首都を舞台に構えている。
エクネイス本国に魔物達の軍勢が攻め込み、首都郊外にて開戦の狼煙が上がったのが昼過ぎのこと。雪崩れ込む百獣皇の多勢、そして何より親玉アーヴェルの貫通力、支配力は、間もなくして本国への魔物の侵攻を拒む、エクネイスの防衛陣を突破する。本来ならば、子供達が楽しみなおやつの時間を迎えるような時間帯、とうとう魔物達はエクネイスの首都に到達した。関所をぶち破り、人が住まう地に侵略を開始した魔物達の咆哮と、迎え撃つ人間の怒号が交響し、真昼まで平穏だったエクネイスが激戦区に至ったのが、夕頃前の話である。
エクネイスの国を守るために力を養ってきた、生え抜きの精鋭達も確かに強い。コズニック山脈に点在する鉱山を管轄してきたこの国の勇士達の中には、エレム王国騎士団で言うところの、聖騎士級に相当するほどの兵も擁している。決して軟弱な防衛軍ではない。だが、魔王マーディスの遺産が率いる侵略軍の勢いは、いかに一国の背水の陣とて容易に防ぎきれるものではないものだ。仮にエクネイスの国力だけであったなら、一矢報えども、敵の制圧力に本国を呑み込まれていただろう。
コズニック山脈から襲い来る魔物達を察知したエクネイスは、ただちに同盟国のエレム王国に援軍を要請し、迅速な救援が騎士団から出動した末に、今の構図がある。首都に乗り込んだ無数の魔物達に、祖国は渡さぬと覇気をあらわにするエクネイスの戦士達。そして、同盟の故郷を魔物達には譲らぬと奮迅するエレム王国の騎士達が、魔物達の魔手を打ち払う。エレムとエクネイスの連合軍、襲い掛かるは百獣皇アーヴェルを頭とする、魔王軍残党の一大軍勢である。
戦いはすでに佳境を迎えている。エクネイス城まで手を届かせかけた魔物達に対し、最後の一線だけは乗り越えさえない人類の意地が、平行状態天秤のような、危うくも譲らない均衡を保っていた。
人里の本丸であるエクネイス城の周辺は、人類の切り札が結集した場所だ。百獣皇アーヴェルがそんな危険地帯に我が身を晒すことは無く、ともすれば巨大爆弾のような魔物の最大戦力が、指揮官突撃の体で王城まで攻め込んでこないのは、人類にとって幸いなことである。
百獣皇アーヴェルの立ち位置は常に後衛であり、遠隔攻撃によって配下の魔物達の道を切り拓き、自身は安全な所から、駒が敵陣を制圧する様を見届けるスタンスだ。アーヴェルの魔法攻撃範囲は凄まじく広く、指揮官としての指令も的確で、その立ち位置が最も適正だと言えるだろう。生存欲が強く、果敢という言葉がともかく似合わないその性格とも、非常に合致していて噛み合っている。
究極的後衛のアーヴェルが、エクネイス首都の南西の領空を舞う時点で、それだけ首都中心に迫る魔物の前衛は踏み込んでいるということだ。人類からすればこれ以上は退がれない、魔物達からすればあとひと押し、という状況になってから、長くこの膠着状態は保たれている。
「ちっくしょー!! なんで某がオメーのなんか相手しなきゃならんのニャ!!」
百獣皇アーヴェルがこれ以上前進できないことが、その大きな一因である。機敏に空を舞う百獣皇アーヴェル、そして何もない空中で見えぬ壁を蹴るかのようにして自在に空を駆け、走る騎士が、離れず魔物の大将格に追い迫る。急降下、旋回、急上昇、風に乗る我が身と翼を駆使して振り切ろうとするアーヴェルだが、迫る勇者との距離は一向に広がらない。
舌打ち混じりに鈴のついた杖の先から、真空の刃を発射する魔法を放つアーヴェル。しかし勇騎士の振るう騎士剣は、それらを残らず打ち払う。若き魔導士の防御魔法など容易に貫通する、基本魔法に見えて凶刃の本質を持つアーヴェルの攻撃を、いとも簡単にいなすだけでも、この人間が只者でないことは証明されているようなものだ。
急接近した騎士が瞬迅の騎士剣を振るうも、眼前に白銀の壁を召喚する魔法でアーヴェルは危機を回避する。岩石よりも堅く、ミスリルのハンマーにも耐え得るその魔法の壁を、勇騎士の剣が勢いよく叩き割ったのが直後のことだが、結果としてアーヴェルは逸れた騎士剣から我が身を逃している。
「鮮血空間……!」
刹那その後、勇騎士に対して両手を向けたアーヴェルの眼前、巨大な球体状の、真空波が渦巻く空間が発生する。空気中の細やかな塵をも、風切り音とともにバラバラにするその風は、対象を空間内に捕らえれば、即時に細切れにしてしまう恐怖の刃。その危険性を知る勇騎士は、既に一瞬早く空を蹴り、効果範囲外にまで大きくその身を逃がしている。
「くそったれ……! あれさえいなけりゃ相当自由に動けるんだがニャ……!」
相手との距離が生じたことを幸いにアーヴェルは滑空し、さらに距離を取って逃れようとする。ラエルカンより出撃したウルアグワの軍勢が、人類の駒の多くを縛り、こちらは手薄になる見込みであり、事実その狙いは上手くいっていたはずだった。一方で人間も馬鹿じゃない、こちらの期待をある程度は裏切り、想定以上の存在がこちらに配属されていることも、アーヴェルも想定していたことである。
だが、いくらなんでもこんな奴と出くわすなんて。勇騎士ベルセリウスなんて、ラエルカンからエレムを守る最前線にいるのが普通ではないのか。人間どもが、こちらの動きを多岐に渡って想定し、予想を超えた布陣を敷いてくることは数年来よくあったことだが、よくもまあラエルカンからの魔物の侵略を防ぐ最大の壁から、この最強の勇者をはずす勇断を見せてきたものだ。恐れ入る余裕もないほど、アーヴェルにとって最悪の敵である。
「逃がしはしないぞ、アーヴェル!」
「しつけえええええっ!! いい加減ヘバれクソ勇者があっ!!」
後方から迫るベルセリウスに、怒鳴って激烈な風の魔法を見舞うアーヴェル。巨象も倒せるような圧倒的な風力を前に、騎士剣を振るうベルセリウスが、自らを押し返そうとした風をばっさりと断つ。勢いを殺しもせずに差し迫るベルセリウスの剣を、冷や汗散らしながら急上昇したアーヴェルは、あわやのところで攻撃を回避した。
「第27区画は破られました……! 部隊もほぼ全滅……!」
「まだだ! 最後まで諦めるな!」
勇騎士ベルセリウスが百獣皇アーヴェルを抑えていることは、人類にとってはたとえようもなく大きなアドバンテージである。だが、百獣軍の怪物はアーヴェルだけではない。小さな竜の魔物ブレイザーや、大鷲のような魔物コカトリスの飛来はまるで当たり前、さらにはワータイガーや、熊の姿をした魔物グリズリーの群れが、人類を押し破る無数の弾丸として大地を駆けていく。巨大な竜、ワイバーンのような怪物が5匹以上空を舞っているのも、それ単体で人里一角の完全滅亡を予感させる、恐ろしい光景だ。
「散り散りになるな、集って戦え! 囲まれるぞ!」
「敵術士の焦土魔法は我々が抑制する! 集団突撃で押し返せ!」
敵将がかの百獣皇だと知れた時点で、そもそも誰もが最悪の結末を一度は想定するものである。まして目の前にあるは、今まで平穏に暮らしていた人里の要が、炎に包まれ魔物達に踏み荒らされる光景。怒りより、この世の終わりこそ先に連想する光景であり、精神的に傷を負う者は非常に多い。
「迫撃隊、重装部隊、前に出ろ! ここが踏ん張りどころだ!」
「左方向、一斉放射! 上空からも目を切るな!」
不安に惑い、足取りを乱すことは、戦士になりたての者達にはありがちなことである。屈しないエクネイスの勇士達がそうでない最大の根拠は、彼らもまた数年間、国を守るための力とともに、訪れた危機に真っ向から立ち向かう精神力を養ってきたからだ。誰も折れない、引き下がらない。当たり前のように戦場で披露される、戦士達の強き意志の抵抗力こそ、絶大なる勢力を誇る魔物達に劣らぬための、最大の武器である。
それは強固ながら、脆く、戦況によって大きく左右されるものだ。士気にひびを入れる魔物の強襲が、エクネイスの中央区を制圧しようと押し寄せる。人類の防衛線を破り、城へと一直線に駆ける魔物も数多い。前列が討ち漏らした魔物達にとどめを刺す役割は、最終防衛線に委ねられる。その人里本陣には、今のところ大駒が迫っていないから、まだここまで持ち堪えることができた。
「第13部隊がやられたか……! ちくしょうめが!」
「俺達が落ちればすべてが終わりだぞ! 死力を尽くせ!」
本丸であるエクネイスに空から迫る魔物達に、銃弾と矢が、魔法が次々飛来する。強固な城の守りに対し、撃ち落とされる魔物が殆どだ。だが、徐々に押される地上部隊の圧迫に伴い、とうとう地上の防衛線をくぐり、城門に向かって突撃する怪物が現れる。
一人のエクネイス兵が気付いたその瞬間、その人物は頭から食われた。獅子のような巨体に狼の三つ首を持つ化け物、ケルベロスは噛み砕いた人間の頭をひとつの口で加えたまま、エクネイス城へと一直線だ。真っ向から立ち向かおうとした兵に向け、絶命したその人間を投げつけてぶつけると、その隣に立つもう一人の兵の喉元を食い千切る。獰猛なケルベロスの存在に周囲が目を奪われる中、前衛を破って攻め込んでくる、無数の後続が城に迫り来る。
ケルベロスを先頭に、後続のワータイガーやグリズリー、その上位種アウルベアーが前進してくる地上。高速で飛来するコカトリスやヴァルチャー、ワイバーンの点在する上空。後衛の緊張感が極限まで増し、いよいよ忌避すべき最悪さえをも兵が意識したその瞬間のことだ。ケルベロスの横から迫る一人の騎士が、一閃の光のように、街角から飛び出して剣を構えている。それに気付いたケルベロスも大口を開け、左の頭でその騎士を迎える噛み付きに移行する。
細身の騎士の頭が、ケルベロスに頭を噛み砕かれるかと思われたその瞬間、ケルベロスの眼前から騎士の姿が消える。牙に頭を貫かれる一瞬前、跳躍した騎士は振り上げた騎士剣で、ケルベロスの顔面を顎から縦一直線に両断した。惑うケルベロスに、上空から落下する騎士は、魔物の真ん中の頭に向かって落下、そのまま脳天深くに騎士剣を振り下ろし、串刺しにして見せる。
ケルベロスの真ん中の頭に突き刺さった剣を、勇猛なる女騎士が振り上げれば、巨大な開き傷とともにケルベロスの真ん中の頭が死ぬ。頭を蹴って離れた場所に着地した人間に、怒り狂ったケルベロスが猛突進するが、残った最後の頭が真っ向から騎士を噛み砕こうとした瞬間、沈み込むと同時に地を蹴った騎士は敵の歯牙と交錯、そして駆け抜け様にケルベロスの喉元を、その騎士剣で断ち斬っていく。
あっという間に、全身の中枢である三つの頭を絶命させられたケルベロスは、はずれた最後の噛み付きの勢いで前のめりに倒れ、おびただしい血を流して痙攣する。致命傷ながら未だ絶命に至らぬのは生命力の強さゆえだが、誰もそれにすぐにとどめの射撃や魔法を放てないのは、凶悪なるケルベロスを短時間にして葬った騎士の動きに目を奪われていたからだ。そしてそれは、ケルベロスの後ろから続いていた魔物達の時間も一瞬止めるほど、意味の大き過ぎる光景である。
両陣営がはっと目を覚ましたかのように、撃退と進軍に踏み入ろうとしたその瞬間には、エレム王国に名高き法騎士は既に駆けていた。魔物の群れに真正面から切り込み、ワータイガーの剛腕をくぐって胴体を切断し、サイコウルフの風の刃を横っ飛びで避けた先でグリズリーを断頭し、空から真っ直ぐに脳天をくちばしで貫かんとするコカトリスを、交錯した瞬間には翼をまるまる一つ切り落としている。
「おお、あれが……!」
「全軍突撃!! エレム王国騎士団の勇士の背に続け!!」
稀代の女傑の名ばかりが一人歩きし、当人の意志とは裏腹に法騎士の重責を背負った、当代騎士団の一等星。約ひと月ぶりの戦場を駆けるその女騎士は、なまった体どころかさらに洗練された動きにて、一声も発さぬままに数々の魔物達を切り伏せていく。言葉はいらない。その勇姿こそが何よりも、後続の友軍に勝利を予感させ、士気をもたらす活性剤。
たった一人の英傑の存在をきっかけに、戦局が大きく変わることなど珍しいことではない。それを為し、人類を導く存在にこそ、やがて勇者の名が授けられるのだ。今の彼女は、閉塞しかけたエクネイスの友軍にとって、希望をもたらす勇者たる存在そのものだった。
空から地上の人間を焼く炎を吐くワイバーンが、たった一人の人間を仕留めきれずにいる。エクネイス城の西、議事堂前広場の中心に立つ男めがけて業火を吐いたものの、対象は素早く回避し、地面にぶつかり周囲一帯に広がる炎でも、彼の動きに追いつくことが出来ない。
長く太い槍を握ったその男は、近場にあった握り拳ほどの石を拾い上げると、上空のワイバーン目がけて投げつけた。男の剛腕から放たれるその石つぶては、人に当たれば頭を割る小砲弾のようなもので、爪でそれをはじいたワイバーンの怒りを駆り立てる。挑発に乗って生意気な人間を追うように飛行するワイバーンを、男は城から離れる方向に招き寄せる。
「悪いが上空の敵は苦手なんでな」
専門職に任せる。ワイバーンの飛空高度とやや同じ高さの屋上を持つ建物、そのてっぺんで魔力を集める魔導士3名の方向におびき寄せられたワイバーンに、真正面から突然巨大な炎の砲撃が襲い掛かる。それはエクネイスの魔導士三人の魔力を集結させて放つ大魔法であり、頑強な竜の鱗をも焦がし、内の肉まで焼き払う激熱だ。
直撃すればワイバーンとて撃墜できるだけの魔法、ゆえにこそ魔物もその本能で敏感にそれを感じ取る。滑空軌道を逸らし、片翼を炎に焼かれながらも、ワイバーンは低空を舞う。視界の端に、自らの翼を焼いた憎き人間どもを映しながらだ。
そして直後、今しがたまで地上にて自分の炎から逃げ回っていたはずの人間が、地を蹴って弾丸のような勢いで飛来してくる光景が、ワイバーンの眼に映る。長い槍を振るった豪傑は、爪を振るって応戦するワイバーンの足先をその武器で弾き飛ばし、距離が詰まったその瞬間に身を翻したと思えば、竜の首元に空中の回し蹴りを叩き込む。
屈強な竜の皮膚をも突き抜け、体内の骨まで粉砕する人間離れした破壊力に、ワイバーンが一気に体勢を崩して地面に落ちていく。空での動きが自在でない豪傑も、追撃できずに地面に落ちていくが、もう振り返らなくても決着がついているのはわかっている。流石に相手も屈強な魔物、不安定で軸も無く放った蹴り一つでとどめになるとは思っていない。
意識朦朧としかけたワイバーンに突き刺さるとどめの一撃は、その眼球を寸分違いなく撃ち抜く矢。これで完全にワイバーンは飛行能力を失い、高所から地面に頭から真っ逆さまに落ちる形で、大地との衝突で致命傷を追う。それでもまだ生きているかもしれないが、じきにその辺りの戦士がとどめを刺してくれるだろう。ワイバーンを蹴り抜いた豪傑は、着地とほぼ同時に後方から聞こえる、竜の巨体が石畳を砕いた音に決着を聞き、ちらりと矢を放った射手を見る。
今この戦場内において、最年少の傭兵であろうと思われる少女は、馬に乗ってエクネイス首都内を縦横無尽に駆けている。地に足をつけた上でなら、ただの一度として的はずれの矢を放ったことのない彼女だが、よもや流鏑馬までこなす手腕であったとは、身内の豪傑も流石に感心である。隊長であり親友の法騎士様と、あの子が一緒に練習していたとは知っているが、あの若さで、実戦にも耐え得る馬上射手であるとは、さすが狩猟民族アマゾネス族の末裔だということだろうか。
「若い奴らにゃ負けてられねえなぁ」
人里の防衛戦に奮起するのは当たり前だ。それ以上に、年の離れた後輩の活躍ぶりを見て、彼女らに恥じぬ戦いぶりを示さねばと、男としての意地がうなる。優秀な後輩達だとは元々わかっていたけれど、こうしてこちらの士気まで自然と昂ぶらせてくれるその実力には、彼も頼もしさを感じずにいられない。
男の横から飛びかかる一匹のヘルハウンド。だが、素早いその魔物が獲物をその牙で捉えたかと思ったその瞬間には、居合いのような速度で槍の石突を振り上げた豪傑が、ヘルハウンドの顎を叩き上げている。その一撃だけで首の骨を折られ、高く舞い上げられたヘルハウンドが地面に転がったのが、その直後のことだ。
そう、同盟国の危機に駆けつける援軍に、先日からの謹慎云々など些細なことでしかない。体面を気にして戦力を注がず、友軍の敗北の可能性を高めるような薄情を、エレム王国騎士団は決して肯定しない組織である。日頃8人の小隊を構成する形式をはずし、状況に合わせて各周囲の仲間達を支える遊撃手としての参戦だが、近頃名を上げてき始めた、謹慎中であったとある騎士団員6人は、エクネイス各地でその猛威を振るっていた。
エクネイス東部にて魔物達の進軍を食い止める、エレム王国騎士団第26中隊。隊長である法騎士カリウスの実力は凄まじく、迫る無数の魔物達を最前線で次々薙ぎ倒す。二本の騎士剣を自在に操り、3匹同時に襲い掛かってきたジャッカルを、一瞬にしてすべて返り討ちにした瞬間の出来事は、近くでその光景を見た戦士も、何が起こったか視認しきれず、説明する言葉も作れない。
「アイゼン、来るぞ! ケンタウルスだ!」
「ああ、わかってる!!」
同僚の射手、後衛の声を聞き受けた一人の騎士は、真正面から駆け迫る、馬の下半身を持つ騎士のような魔物に真っ向から立ち向かう。騎士階級に昇格してから1年余りにして、すでに上騎士への昇格を視野に入れられた、騎士団の若き有望株だ。
凄まじい速度で接近し、横殴りに得物の槍で首元を薙ごうとするケンタウルスの一撃を、身を沈めて回避する。直後に地を蹴ったアイゼンは、ケンタウルスの胸元に向かって一直線、その首めがけて剣を振りかぶる。しかし盾を持つケンタウルスはその一撃を防ぎ、致命傷は敵に与えられない。
一見無謀なその攻撃に踏み込めたのは、とてつもなく信頼できる射手が後方にいるからだ。ケンタウルスが盾を構え、視界の一角を一瞬失ったその瞬間、アイゼン後方の地面近くにまで身を沈めた銃士が、地表すぐ上を滑るような銃弾を放つ。それはケンタウルスの盲点を真っ直ぐに駆け、馬の下半身、脚の一本の膝関節へと的確に着弾する。
目に見えてバランスを崩したケンタウルスの胴体、馬と人体の接合部近くにアイゼンが鋭い騎士剣の一撃を食い込ませた。鎧で覆われたすぐその下は深い傷を得て、ケンタウルスは横に倒れそうになる。しかし倒れるその寸前、憎き人間に一矢報いるべく、人間離れした筋力より繰り出される鉄拳を、最短距離でアイゼンの頭に振り下ろそうとする。
まるでそれを読んでいたかのように、アイゼンの後方で身を立ち上がらせた彼女は引き金を引き、ケンタウルスの手首をこれまた的確に撃ち抜くのだ。その痛みと衝撃にケンタウルスが錯乱状態に陥りかけたその頃には、ケンタウルスの脇を駆けるアイゼンが、その胴体をばっさりと切り裂いていた。
単身ケンタウルスを討伐するだけの腕には元より恵まれた騎士アイゼンだが、ここまで一方的に、それも短時間でこの強敵を打ち倒せるほどのものではない。中隊の仲間達には悪いが、アイゼンも今この中隊に力を貸してくれる、銃を握った彼女のことは、今までのどの後衛よりも頼もしいと思わずいられなかった。親友のユースはこんなパートナーとずっと一緒にいたのかと思うと、あいつ人の縁には本当に恵まれていたんだなと感じてしまう。
「ほらほら、行くわよ! 怖がらないで前について行かなきゃ、大好きな先輩を助けることだって出来ないんだから!」
初めて同列する第26中隊の仲間達にも声をかけ、自分よりも年下だと思った相手には自信満々の顔で不安を掃除してあげて、導いて。うちの隊長よりも大きな声を張り上げて、後続の年下を率いて前衛のすぐ後ろを固めてくれる彼女には、アイゼンも振り返らずに前進する勇気を駆り立てられる。
というか、前衛である自分の横まで出張ってきている。真正面遠くに立つワータイガーに、駆けながら牽制の銃弾を放つ彼女の行動を受け、一瞬戸惑うワータイガーにアイゼンも詰め寄るしかない。巨腕を振るって迎撃しようとするワータイガーの攻撃をかわし、その首を刎ねるに至るもすぐのことだが、その功績をきっかけを作ったのもまた彼女である。前衛をリードする後衛射手など初めて見る。
「ユースの親友さんなんですってね! 流石あいつが凄い奴だって言うだけのことあるじゃん!」
「君のこともユースからよく聞いてるよ……!」
アイゼンの背中近くに立ったアルミナは、後方上空から飛来していたコカトリスを振り返り様に狙撃する。獲物の隙を完全に突いたと思っていたコカトリスは、予想外の反撃に回避することも叶わず、眉間を打ち抜かれて地面へと真っ逆さまだ。
「帰ったら聞かせてね! あいつが私のこと、どんなふうになじってたか!」
どんな関係なんだと、アイゼンも戦場真っ只中で苦笑が漏れたほどだ。隊長カリウスからやや離れ、敵の集まる激戦区において、二十歳の彼も緊張感でいっぱいだった。前衛にすら並んで戦況を好転させ、初対面の仲間達に高い士気をもたらすアルミナが、活力をもたらす相手は、アイゼン当人も例外ではない。風の噂にだけ聞いていた、法騎士シリカや騎士ユースの後ろで、八面六臂の活躍を見せる後衛の真髄を、この日アイゼンはその肌で実感した。
一人の人間に出来ることは限られている。どんなに強い戦士でも、たった一人だけで戦局を塗り替えるのは難しく、それはよほどの次元にまで達しないと出来ないこと。だが、一人の人間が確かな前進を作り出し、それが仲間達に勇気と希望を分け与え、その連鎖が総軍に轟く大いなる勢いとなることは往々にしてあること。それは誰にでも出来る、小さなことなのだ。その小さな勇者の集合体が、人類の力の結晶となり、屈強な魔物達の集団を突き崩す津波となる。
力を合わせることの意味、そしてそのために、一人一人が小さな結果を生み出すことが、人類すべての安寧を勝ち取るための花であると、かの小隊は知っている。たった8人で構成されたあの小隊は、そうした一人一人の力を常に合わせ、隣り合う仲間と身を寄り添う形で支え合い、これまでの日々を勝ち抜いてきたのである。普段と恋女房が変わっても、やるべきことは何も変わっていない。
彼女達は帰ってきた。騎士団を支える、騎士団の柱の一つ一つとして。




