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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第12章  来たるその日への助奏~オブリガート~
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第187話  ~勇者の芽生え① 今のユースに足りないもの~



 ここ数日間、ユースとルーネがお手合わせをするにあたって、いくつか今までと変わった点がある。一つはユースとルーネが手合わせする際、それを見守っていたエルアーティが、二人を見届けずに帰るようになったこと。もう一つは、夕頃から1時間であったその特訓が、2時間に延びたことだ。


 多忙なる賢者様がある日以来――ちょうどエルアーティに休日を貰ったあの日以降だろうか。1時間もユースのために割く時間を増やしてくれたことには、ユースも恐縮せずにはいられなかった。ただ、ルーネに言わせれば、一つの大きな山が片付いた後らしく、そのぶんに回していた時間をこちらに使っているだけなので、特に気にしなくていいとのこと。かつて旧ラエルカンにおいて、他国にまで届くほど名を馳せた戦乙女に、1日2時間の戦闘指導を受けられることは、ユースにとってあまりにも価値高い時間である。恐縮の想いはあれど、武器を構えれば無心で立ち向かうだけだ。


「守りが少し疎かになっています。実戦ならともかく、今は偏りを無くすことに努めて下さい」


「はい……!」


 腕と足、4本の短い武器でユースと互角に渡り合うルーネは、ユースと手合わせをするようになってからの数日間で、彼の中に見えた課題を克服するための戦いを為している。攻め気と、引き。その両方を丁度いいバランスでユースが発揮しなくては、ルーネの攻撃を捌きつつ反撃することの出来ない体捌き、攻め具合だ。これは、単に力を加減するよりも遥かに難しいことである。


 ルーネが右脚を引いた動きに釣られ、ユースが一歩踏み出して木剣を振るう。しかし、それは罠。逆の左脚を踏み出して、ユースの木剣をくぐって懐に踏み込むルーネの動きに、ユースは対応しきれない。剣を引いて身を退げようとしたその瞬間には、体当たり直前に背を向けたルーネの背中が、勢いよくユースの胴にぶつかる。軽いルーネの体でも質量は充分にあり、それに速度が乗った激突は、ユースの口から肺の中身を押し出してくる。だが、ルーネのパワーで肘や拳をユースに突き刺すより、遥かに致命的な一撃になり得ない。


 再起不能になどしない。激烈な苦痛だけを与えつつ、まだ戦えるユースの肉体をここに残す。倒れるならば、それは戦士として脆弱すぎるか、痛みに心を折られただけに過ぎない。導く相手を倒れさせず、時間いっぱい戦わせる道を選ぶルーネの指導は、ある意味で騎士団の上官達のしごきよりも残酷だ。


「剣を引こうとしたのは、攻めに転じる機会を残そうとした浮気心です」


「げほ、っ……! は、い……!」


 ユースから離れて身を向き直すルーネの一方、腹を押さえたいほどの苦しみを表情いっぱいに浮かべ、咳き込むユースが短く応じる。仮にこれが死合いであり、ルーネが殺意の拳や肘を自らの肉体に抉り込ませていれば、その時点でユースは動けなくなって殺されていたのだ。ルーネに攻撃に対する一瞬前の行動は、実戦ならば自分の命を失わせていた判断だったということ。活路を導くなら、反撃の機会を作ることではなく、体ごと跳躍するなりして、逃げの一手を打つべきだったという答え。


 幼い子供が武術の真似事をしているかのように、小さな体躯のルーネは構えている。戦の心得のない者が見ても、これがいかに隙のない戦乙女の姿であるかはわかるまい。対峙するユースにだけはしっかりとそれが正しく認識され、真正面からルーネと向き合うユースは、腹の奥に響いている苦しみも相まって攻め手を導き出せない。


 ユースが3秒攻めてこなければ、ルーネの方から攻勢に移ってくる。木剣4本ぶんほど離れた距離を一気に詰め、あっという間にユースの懐近くまで踏み込んでくるルーネに、反射的にユースも得物を振るって対応する。咄嗟だから単調な薙ぎ払いになり、それをルーネの拳で叩き上げられ、木剣を握る腕ごと上に持っていかれるのが始まり。ここからだ。


 ユースの脇腹めがけて、短い足を最大限伸ばした回し蹴りを放つルーネに、姿勢を上ずりながらもバックステップで回避するユース。望まず振り上げた形になった木剣を素早く手元に引き戻し、ユースに背を向けた瞬間のルーネに突き出す。木剣がルーネの肩甲骨に突き刺さるその直前、かがみ込んで回避する賢者の動きは、まるで背中に目がついているかのよう。


 両手で地面に手をついて、足を振り上げたルーネの攻撃は、自分の頭上をかすめて伸ばされたユースの木剣を叩き上げる。それによってユースの体勢がまた崩れ、蹴った反動で足を引いたルーネは地に足が着くよりも早く、地面と接した掌で肉体を回転済みだ。地面に足が接したその瞬間に地を蹴ったルーネの肉体は、がら空きのユースの胸元へと一直線。


 同じ轍は踏まない。回避の一手しかない。最速のバックステップ、それもやや斜め後方に跳ぶユースの回避行動は、じっとしていればユースの胸元に直撃していたルーネの体を見事に回避した。だが、ユースの眼前を横切る瞬間のルーネは、素早く手を伸ばしてユースの二の腕を掴んでくる。


 前方に勢い良く飛来する自身の運動エネルギーを、ユースという止まり木を掴み引いて強引に静止運動へと書き換えるルーネ。そしてユースの体も、掴まれた瞬間ルーネの勢いに吸い寄せられてバランスが崩れる。前のめり気味に引き寄せられたユースの胸元に、ルーネはぴたりと足の裏を接させた。隣接したその瞬間、終わったと思ったユースの直感は間違っていない。


 勢い良くユースの胸を蹴り出した賢者により、手を離したルーネの肉体は宙へ、ユースの肉体は後方地面へと胸から蹴り放たれた形で吹き飛ばされる。体を支える足が一気に空振り、背中から引力以上の力で地面に吸い込まれたユース。肩の後ろから地面に叩きつけられ、二の腕ふたつで受け身を取ってもなお、脊髄まで響く衝撃が上半身を支配する。首を引いたことにより、頭まで持っていかれて後頭部を地面に打つ結果は回避したものの、それでもダメージはかなりある。


「窮地を逸したと思うのが早すぎます。それは完成された守備に遠く及ばないものです」


「っ……!」


 やや遠方に身を翻して降り立ち、武人としての構えを再び作り、そう説き伏せてくるルーネ。激痛に苛まれる全身に鞭打って、なんとか今の最速で立ち上がるユース。木剣を構えても、普段よりも拳ひとつぶんぐらい武器を構える高さが足りていない。だが、長年培ってきた自らの型が崩れかけていることにはユースも敏感で、すぐに両腕に力を込め、自分最善の形を取り返す。戦闘訓練においてのシリカは、武器を構え直す時間なんてくれない上官であり、彼女に長年育てられてきた結果、今のこうしたユースがある。


 再びルーネが攻め込もうとしたその一瞬前、今度はユースが地を蹴ってルーネに飛びかかる。これがユースの武器であり、己を滅ぼす(きず)なのだ。こうしたユースを肯定した上で、それを最善の形で活かせるようにするために、ルーネは繊細な体捌きを以ってこれを迎え撃つ。


「攻め気に偏り、それは果敢ではなく捨て鉢です……!」


 ユースの木剣を薙ぐ第一撃が、素直な攻撃だろうと次の攻め手のための布石でも関係ない。距離が詰まりかけたその瞬間、地を蹴り銃弾のように駆け出したルーネは、ユースの攻撃軌道から我が身を逃し、ユースのすぐ真横を矢のように通過する。置き去りにした裏拳の一撃が、ユースのあばらに鋭い衝撃を与えつつだ。


 膝をつくユースが、それでも後方に過ぎ去りしルーネを睨むように振り返ると、既に遠方よりユーターンしてきたルーネの猛襲する姿が見える。振り返り様、まさしく苦し紛れに木剣での反撃を試みたところで、ルーネは木剣を手刀で上から叩き落とし、ユースから武器を奪ってしまう。


 無防備なユースの頬を、ルーネの右の手の甲がひっぱたいたのが直後のことだ。顔を叩かれる屈辱を頭が理解するより早く、ルーネの左の掌がひたりとユースの胸に当てられる。そして、力を一瞬で込めたルーネのパワーが、ゼロ距離から押し出す力でユースの上半身を突き飛ばした。激突による衝撃は一切なし、だが馬の足で蹴飛ばしたかのような重すぎる力により、体を破壊されないままにしてユースは後方に吹き飛ばされる。背中から地面に叩きつけられ、体を痛めるのも今日何度目だろう。


 仰向けに倒れてなお、地面を掴んで上体を起こそうとするユースの前、落とした木剣がルーネから投げられて地面に転がる。乾いた音とともに再び与えられたその武器を、悔しい瞳を携えて握り締めたユースは、一瞬でも早く立ち上がろうとしている。それでも数秒かかっての臨戦体勢の出来上がりだが、立ち上がるだけでもまだまだ得られるものへの道は閉ざされていない。


「参りますよ」


「は、い゛……っ!」


 無駄な声を放つことを拒絶する、痛めつけられた肺を揺さぶってでも、ユースはルーネに応じる声を絞り出す。一歩踏み出し、二歩目から突然の加速を得るルーネの侵攻に、ユースは武器が交錯する前から歯をくいしばって、無心の武器を握る拳に力を込めた。











 元々ユースと面識のあったルーネは、エルアーティに促される形でユースと初めてお手合わせすることになった時、楽しみ半分という心持ちだった。今はほぼ隠居した身とはいえ、かつてラエルカンで武術を極めた戦乙女、頭角を現しつつある若者とのお手合わせは楽しみなことだ。耳の広いルーネだから、エレム王国騎士団においても、ユースの名が広まりつつあることは知っていたから。


 破竹の勢いで名を馳せてきているユースの前評判を裏切らず、実際ユースは強かった。地道な下積みの末に、今ようやくその力が開花したという定評には、ある程度納得できる。一番そばでユースを見守るシリカやクロムも、ユースのことは開花"した"と形容しているし、それが一般の見解だろう。だが、それは彼の努力を知る身内が、ユースが報われつつあることへの喜びから、控えめにしつつ讃える言葉に過ぎない。ルーネに言わせれば、ユースはまだ開花していない。まだ、ここからとんでもない飛躍の予感を感じるからこそ、ここ数日間時間を作ってでも、ユースに戦の心得を教え説いている。




 ユースの育ちは中衛畑。戦陣を前衛、中衛、後衛と分けるならば、前衛は敵軍に切り込む役目、後衛は前を駆ける尖兵を援護射撃、あるいは魔法などで支援する役目、そして中衛は前衛のサポートと後衛の防衛を任せられるのが殆どだ。最も危険なのが前衛、最も忙しくて仕事の多いのが中衛、最も隊全体の味方に好況を感じさせるはたらきを求められるのが後衛、というのが軍事的な認識である。


 ただ、若者達にとって中衛のそうした仕事はあまり愛されない。だって誰でも戦果を上げたいし、そういう言い方抜きにしても、やはり前衛で並居る敵を打ち倒す勇敢な騎士を目指す者が多い。たとえば騎士見習い時代に、未来の自分の勇姿を夢見た者だって、殆どは近衛騎士ドミトリーや聖騎士グラファス、聖騎士クロードのように前衛で次々と敵を打ち倒す、華々しい自分を夢見た者が多いだろう。正式な騎士に格上げとなってから、多くの騎士は未熟ゆえいきなり危険な前衛に置かれることはないが、中衛にて前のサポートをする形で経験を積む。そのまま時を経て、やがて前衛に起用されて手腕を証明していくことが、多くに目指される出世街道というものだ。


 第14小隊においてのユースというのは、前衛固定のシリカの僅か後ろで魔物との交戦、中衛に並ぶチータに迫る敵の撃退、後衛固定のアルミナやキャルの防衛というのが主な役目。マグニスやチータと違って、広範囲に影響を及ぼす魔法を扱えるわけでもないユースにとって、前衛のサポートから後衛の守備まで担うその役目というのは、ともかく忙しい。前衛と中衛を幅広くこなすクロムが最大の保険となる第14小隊において、ユースの活躍は中衛としてもその陰に隠れがちであるが、その役目を粗も小さく果たし続けてきた手腕は確かなものである。実際のところシリカやクロムも、ユースがいかに第14小隊において欠かせぬ存在であるかは、ここ最近強く認識している昨今である。特にマグニスなんかは、ユースとチータが優秀だからサボれると日頃から公言しているぐらいだ。


 若くして前衛に向かうための通過点とせず、中衛そのものに求められる責務をほぼ専門的に果たすというユースのはたらきは、同じ年頃の騎士達の中では"らしくない"ものである。シリカだって、最近はユースを前衛近くで動けるように陣を作っているし、そっちに来るなら良しとしているのに、ことごとく隊全体の安定を求めて、前に後ろに戦場を奔走するユースは、自分の判断でそうしている。それはルーネが先日確かめたとおり、彼が目指した騎士としての理想像が、長年中衛にて仲間達を支える役目を背負い続けたベルセリウスであることに由来するのだろう。


 功績よりも近しき仲間達の安定、その年でこの役回りこそ自分の理想と思える発想もそうだが、この若さで中衛という忙しい役回りを不足なく果たせるというのが、ユースの最大の個性なのだ。単に、前に立ってよしの実力を持つだけの中衛若獅子ならそこまで少なくない。それに加えて、後方や横に視野を配り、中衛としてのはたらきを為せる二十歳の騎士が珍しいのだ。それこそ、もう少し年を重ねて、経験豊富になってからそういうはたらきを為すのが普通である。そういう上騎士、高騎士は多い。


 ほぼ最前線で戦いつつも、後方の空気が不穏だと思えば、いつの間にかアルミナやキャルのそばまで素早く立ち返っている。一人でそんなに気負わずに、先輩のクロムやマグニスに後ろを任せて、自分は前で功績を狙ってもいいように布陣は構成されているのに、ユースは理想的な中衛像を実践しようとする。だからその手腕に対して、活躍が分散するため、小隊内では評価されても外に名前が知れ渡ってこなかった。


 時々状況により、ほぼ前衛走りっぱなしのユースが実現した時に限り、ちゃんと腕は養われているからしっかり功が取れて、実力が広く知れ渡るのだ。今年がまさにそうなり始めた形であり、それはシリカがユースを今までよりも前衛寄りに置くようにしてきたから。また、短期隊長就任期間の時なども、シリカもクロムもいなかったからユースが前に出るしかなく、わかりやすい戦果が"妥当に"ユースへ集まった。ここ最近で証明されたことの本質というのは、単に日陰者のユースが実は力を養えていたという事実ではなく、中衛をこなしつつも最前線を張れるほどの手腕を持っていたということなのである。最近騎士団内で株を上げているユースだが、そこまでわかっている者は少ない。はっきり言って、今でもまだ過小評価されている。




 実はここ最近においては、ユースは前衛に立つことにも前向きになってきた。なぜなら幼少の頃に目指した騎士像は、確かに中衛の一番星であるベルセリウスだが、今のユースが最も敬愛する人物はシリカに変わっているからだ。ベルセリウスとは違い、シリカは前衛の一等星。その気になれば中衛の仕事も果たせるが、その役目はクロムやマグニスに任せ、一気に敵陣に穴を開ける役目を背負うのが第14小隊の隊長だ。功績を追うという意味より、そんなシリカの背中を追う意味で、最近のユースは前衛でシリカの横に立つ自分のことを夢見るようになってきた。


 ただ、第14小隊は前衛を張れる人材に事欠いていない。シリカは勿論、ガンマもいるし、攻め手をもう一枚加えたいならばクロムという最大の切り札もいる。だから結局、ユースはシリカのような敬愛する立派な騎士様に憧れる心を持ちながら、戦場でもそこまでそれに取り組んでこなかった。攻撃力にまったく不足しない第14小隊において、仲間を支えるために自分がやれることは、中衛にて全体を広く見定め、前と後ろと横が安心して戦える環境を作ること。ベルセリウスの生き様に見惚れたユースが、そういった発想に辿り着くのも自然なことで、その立ち位置が自分の天職なんだろうとユースも思ってきた。


 だが、そんなユースが本気で前衛としての攻撃力を形にして、攻防ともに惜しみなくその力を発揮できる戦士になってしまえばどうなるか。


 創騎祭で、ユース以外の全員から一本を取り続けた騎士ルザニアというのは、超攻撃型のシリカを昔から目指してきただけあって、かなりの攻撃型である。それを押されもせず返り討ちにしたという時点で、それだけの決定力を持っていることは証明されている。短期隊長就任期間中、シリカもクロムもいない中、前列に立つしかなかったユースというのは、怪物ケルベロスを討伐するという前衛のはたらきもしっかり成功させている。


 今のユースにとって、一番の尊敬の対象であり、追いつきたいと思っている相手はシリカなのだ。だからいよいよ戦列の前に立たざるを得なくなれば、中衛の心得も心の隅に置き、シリカと並んで積極的に前に踏み出す。その経験によって培ってきた攻撃性は、間違いなく養われ続けてきた。ただ、元が中衛寄りの頭の作りをしているから、いよいよとならない限りは前に出ることが少ない。前衛でシリカと並んで敵軍を割っていくだけの力がありながら、一歩後ろに立つことがどうしても多くなる。


 前衛寄りの中衛ではなく、中衛ど真ん中に求められる能力は、攻撃力よりもやや守備力だ。最高の中衛を目指したユースだから、見習い騎士時代から盾を使った戦い方を学んできたし、おかげで安定性の高い戦い方を身につけてこられた。創騎祭でもユースから一本取れた騎士がいなかったこと、騎士昇格試験で上騎士相手にも敗北しなかったこと、強き魔物スフィンクス相手に単身勝利したことからも、それはほぼ証明されている。こちらの能力はとうの昔に、二十歳の騎士に求められる能力を振り切ってずっと上にある。それでいて、今は法騎士シリカの背中を追う意志から、前で魔物達を薙ぎ倒せるだけの手腕も確かに育まれている。


 冷静に事実だけを見据えれば、法騎士シリカを密かに追い求めた3年半の末、本人も無意識のうちに彼女の隣で戦えるだけの前衛素養を得た騎士。同時に中衛の究極形、遠きベルセリウスを5年間追い続けてきた心根の甲斐あり、中堅として求められる判断力や機動力、守備力も洗練されている騎士。良い育ち方をしている。だが、その能力が活かされる場面は立ち位置ごとに散らばるから、戦場では表面化しないのだ。シリカを追った末の攻撃性は前衛で活きるが、ベルセリウスを夢見た末の総合力は中衛で活きる。両方が際立つ機会が少ないのは当たり前で、だから能力に反して、身内以外から評価が集まらない。結局総じてユースを評じる言葉は、器用貧乏とか中途半端とかそういったものに集約されてしまいがちなのだ。


 ユースと直接手を合わせた者にしかわからない、攻防ともに高く鍛え上げられたユースの本質。ユースに敗れた騎士達には、漠然と自分より強いという印象にしかならないだろう。ルーネは違う。ユースよりも遥かなる高みから、彼のバランスよく育った本質を実感している。この両方が同時に戦場で、特に今まで本気で取り掛かってこなかった攻撃性さえもが、今よりもっと形になるならば、ここから一気に化けるということを確信している。今まで前のめりで、捨て身だ無謀だと言われつつ結局ユースが生き残ってきたのも、ユースが本質的には守備力寄りの育ち方をしてきたからだ。そちらはもう現時点で既に及第点以上だし、放っておいてもまだまだ勝手に洗練されていくだろう。


 あとは敵を攻め落とす決定力。素養のない者を短期間で飛躍的に伸ばすことは、ルーネにだって不可能だ。だが、シリカという憧れのずっと後ろを駆けてきたユースは、本人にも無意識のうちに、彼女のそれを受け継ぎつつある。ルーネがここ数日でユースから引き出そうとしているのはまさにそれであり、同時にそればかりにユースが傾倒し、培った防衛力を失わないための指導を兼ねる。それが長らく、調和の取れた能力を密かに育んできたユースを開花させる第一歩になると、今のルーネは正しく見抜いている。


 やがて近く、魔王マーディスの遺産と人類の全面戦争が訪れる日、彼も同じ戦場に立つだろう。それを見据えたルーネの両手は、自らに代わり人々の(さきわ)いを掴む勇者の手を引いている。











「今日は、ここまでにしましょうか」


 ふぅと額の汗を拭ってひと息つくルーネの目の前で、ユースが地面にどさりと腰から崩れ落ちる。シリカよりも強い賢者様との猛特訓、それを2時間ともなれば、流石に第14小隊の隊長様にしごかれた体力を持つユースだって、限界がある。いっそ横たわって全身の力を抜いてしまいたいぐらいでも、今の師の手前そこまで無様を晒さなかっただけで充分である。


「養われたあなたの力が、今のままでは100%発揮されていません。攻防の調和、それを形にするだけで、今までのあなたとはかけ離れた力が表面化するはずです。力の使い方を身につけることが、今のユース君の課題です」


 事実の中でも、最も前向きな言葉をルーネは選んでいる。いきなり高い次元を目指そうとしたって、素地の無い者が急にその境地に辿り着けるはずがない。どんな名師に巡り会えたとしたって、昨日まで一度も剣を握ったことの無い者が、1年そこらかけたって、シリカやクロムのような英傑になれるはずがない。


 力の使い方を正しく覚えれば、今よりずっと強い自分に辿り着けると言われた方が、よほど未来に向けて希望が持てる。言い換えればそれは、それだけの素養が自分にあると言って貰えているのと同じだから。木剣を手放した掌を、握って開いてして見つめるユースは、汗ばんだまめだらけの自分の手を見て、自分を信じる心を取り戻す。


 不意に視界の外から割り込んできた二つの小さな手が、ユースの目下の手を握る。火照ったユースの体よりも温かくて、柔らかいルーネの両手がユースの手を包み、顔を上げれば正面に賢者の顔。いつ見ても、目の前の相手を心遣う優しさに溢れた瞳を携えた人だ。


「今のあなたは双葉です。大輪の開花をあなたが目指すのであれば、私は協力を惜しみませんよ」


 未だ大成は程遠いと言われることをどう捉えるか。未熟と評価される自分に腐るならそこまでだ。伸び代があると形容されることに自らの可能性を信じられる志なくして、真の大成は宿らない。そして高き目標を掲げるユースにとって、まだまだ先のある自分を示唆されることは、希望を感じる最大の根拠になる。


 はい、と息切れた声とともに応えたユースの手を引き、ルーネは騎士を立ち上がらせる。目指す未来に向けての一歩に、いつまでも腰を降ろしてなどいられないのだ。双葉を照らす太陽としての責任感を抱くルーネと、今を必死に前進したいユースの意志は、両者の心を確実に通じさせている。師弟としては一ヶ月にも満たない間柄の二人だが、双方の意志が織り成す未来へ向けたシナジーは、形になっている。長い歳月の中で積み重ねられてきたユースの底力が、一気に表面化する日が近付いている。


 良き師に巡り会えるということは、何にも勝って幸運なことだと言える。だが、そんな好機を最大の形で活かすだけのものをそれまでに重ねていなければ、どんな僥倖も最大の形では活かせない。天は自らを助くものを助く、という言葉の本質はそこにある。

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