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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第9章  ひしめく悪意の行進曲~マーチ~
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第140話  ~一人で生きてるわけじゃない~



 ルザニアとお別れしたアルミナだったが、実は建物の角を曲がり、ルザニアの視界から去れたのち、ぐるっと回り込んで遠方から一人のルザニアを見守っていた。本人が望むなら一人にさせてあげたいという気持ちはあっても、真っ暗な夜道に女の子を一人置き去りになんて、アルミナのような世話焼きに許せるはずがない。ルザニアの視界から隠れた瞬間、小走りで彼女を視野に入れられる位置に移動したアルミナを追うユースも、こいつは絶対子煩悩なお母さんになるだろうなと確信したものだ。


 一人で夜空を見上げるルザニアを物陰からうかがっていたアルミナだったが、ルザニアが一人で目をこする姿を遠目に見た瞬間、飛び出して慰めに行きたい気持ちを抑えられなくなりかけていた。確かにユース目線からも胸の痛む光景だったが、一人にさせてあげると言った手前、声をかけるわけにもいかないだろう。アルミナの両肩に後ろから手をかけ、耐えろ耐えろと押さえつけていた。


 そんなアルミナ達の眼前、背後から近付いて、ルザニアに組み付いた何者かの姿。緊急事態発生につき、ユースも駆け出してルザニアを助けに行こうとした矢先、アルミナは弾丸レベルで超加速してルザニアの方に駆けていた。自分より速いアルミナを見るのは、ユースも初めてである。


 ジャッカルのように飛びかかり、ルザニアに後ろから組み付いた人影の側頭部に、隕石のような飛び蹴りをぶっ刺すアルミナ。地面にしゅたっと降り立って、ルザニアに大声で、大丈夫!? と問うアルミナの姿は、どこぞのよく出来た演劇のヒーローを見たような気分だったと、後にユースは語る。


 腰を抜かしてへたりこみ、かたかたと震える涙目のルザニアが返事さえくれなかったことに、蹴った悪漢にアルミナの怒りの矛先が向く。ぎろりと悪漢を見下ろして睨みつけるアルミナの横顔を見た瞬間、ユースはルザニアよりも悪漢の方が心配になったぐらいだ。今のアルミナなら()ってしまいかねない気がしたから。


 鬼女の形相でノビた悪漢の髪を掴んで、その浅ましいツラを見せろと顔を見たアルミナの表情が、一瞬で呆れ色に染まる。後ろからその所以を見たユースも、げんなりである。


 何ということはない。ただのマグニスだった。











「はい謝って。もう一回」


「マジですいませんでした」


「あ、あははは……もう気にしてませんよ……」


 酒場のテーブル、頬杖をついて流し目気味に睨みつけてくるアルミナの手前、男前台無しレベルで顔をボッコボコにされたマグニスの謝罪。ルザニアももう怒る気になれないぐらい、悲惨な姿である。


 シリカを先頭に、ここアーティサーブより東に赴き、そちらからエレム王国へ向けて、言い換えればラエルカンから逃れる人々を護送する任務を果たしてきた第14小隊は、ちょっと前に仕事を終えて帰ってきたらしい。宿に帰ったシリカは庭先で剣の素振りにいそしんでいるらしく、体が丈夫でないキャルは早寝、チータは瞑想、ガンマは大好きなクロムの兄貴と語らっているらしい。


 護送任務ひとつ取っても、魔物の軍勢が潜む地が身近に感じられてならない昨今、神経の遣いようが普段と違うため、シリカ主導の護送組もそれなりにお疲れのようだ。そんな世相もさっぱり無視で、日頃どおりだらけた仕事ぶりだったマグニスは夜遊び用の体力を残しており、アーティサーブの村の夜へ歩きだしていたという。いくら娯楽施設にはやや乏しい農村にだって、探せば可愛い女の子が働いている酒場の一つぐらいはあるものだ。宝探しにはマグニスも余念がない。


 そんな折、宿に近いところで一人たたずむルザニアを発見。一人で空を見上げて、物思いに耽っているのはマグニスにも察せられたし、数日前の彼女のことも聞いていたから、胸中もわからないではなかった。でも、夜道に女の子が一人でいるという状況には、遊び心の方が勝ったらしい。


「まー正味な話だが、女の子がこんな時間に一人で出歩くのは危ねえぞ。俺だからよかったものの」


「黙って下さいマグニスさん」


「いやいや、そういう意味も込めてだな……」


「黙って下さい」


「イタズラなのには違いねえけど……」


「黙りなさい」


 実際、世間知らずのルザニアにとってはいい教訓になったのだろうが、そのためにやったんだというマグニスの詭弁は、きっちりはね返しておくアルミナ。女の子に後ろから抱きつくセクハラ行為をついでに楽しんでいたくせに、その盗人たけだけしい言い草は容認しない。救出直後のルザニアは、数秒前の悲しみの意味とは別で、恐怖の涙を流していたのだから、後輩を泣かされたアルミナの怒りはまだ収まっていない。


 そっちが激怒しているから、ルザニアもまあまあ、という心地でマグニスを許せているので、ある意味では当人同士で話は丸く収まっているのだが。意図されたものではないが、調和は取れている。


「なあ、とりあえず飲み物頼まないか? 何も注文せずに座ってるってのもさ」


「……まあ、そうね。私ライチサワーでも頂くわ」


 酒を飲むらしい。基本的に付き合い以外で酒なんかに手をつけないはずのアルミナが、進んで飲酒の道に踏み込むということは、これは相当腹の虫が治まっていない。ユースも酒には不得意な身ながら、付き合い酒を交わす覚悟を決め、度の弱い発泡酒を注文する腹積もりを組む。


「ええと、ルザニア……は、何飲む?」


「わ、私ですか? それじゃ、グレープフルーツサワーでも……」


 ルザニアが酒の口を持っているかどうかは知らないが、付き合いで酒を共にする姿勢がしっかりと実践されているのは、ユースと同じく縦社会に暮らす騎士の育ちゆえだろう。恐らくはそうした過去の経験から、自分の限界点も押さえてあるはずだ。


 マグニスがウイスキーを頼み、ひととおり飲み物が揃ったところで、全員お疲れ様のご挨拶と共にジョッキやグラスを軽く打ち鳴らす。乾杯の言葉を使える今現在ではないので控えめだが、何はともあれ酒場を舞台に、3人の第14小隊メンバーと1人のゲストの親睦会の始まりだ。


 ここに足を運んだきっかけは本当にしょうもないものだったが、きっかけなんて何でもいいのだ。人柄合うかどうかを確かめるには、同じ席でゆったり語らう場があればいい。酒場というのは、まさしくそんな目的にはうってつけなのである。












「この間キャルが、花屋の前でなんか迷ってたな。あいつ、誰かに花でも贈る気か?」


「少し前にシリカさんにスズランの髪飾りを貰ったから、そのお礼じゃないですか?」


「ちっ、つまらん。キャルにも男が出来たのかと期待したんだが」


「……やめて下さい。あの子に彼氏なんか出来たら、私どうしたらいいのかわかんなくなります」


 場が暖まってくれば、アルミナとマグニスの意気投合ぶりはなかなかのものだ。二人とも口が達者なだけあって、二人で話しだすとともかく会話が途切れない。元々ユースもルザニアも、さしてお喋りな方ではなく聞き手側に回ることが多いので、アルミナとマグニスが話を弾ませる姿を眺めているだけで、口は少なくとも充分に楽しんでいる。


「キャルに彼氏が出来ちゃ困るのかよ。なんかアルミナらしくない意見だな」


「ふんだ、ユースにはわからないもん。ずーっと妹のように可愛がってたあの子に彼氏が出来て、一人にされちゃうお姉ちゃんの気持ちなんて」


 いや、まだ出来てない。仮定を妙に現実視してアルミナが勝手に憂鬱な顔を浮かべている。酔っている。というか、それは姉が妹に持つような感情ではなく、父が娘に抱くような感傷ではないのか。


「お前にとってキャルっていったい何なんだよ。愛が重すぎるだろ」


「妹みたいってずっと言ってるけど、私にしてみれば尊敬の対象ですらありますもん。単純に可愛いと思ってる部分もありますけど、あの子と友達でいられること自体が嬉しいんです」


 からかうような声を投げたマグニスに、真顔まっすぐで堂々と言い返すアルミナ。ここまで迷いの無い眼差しを返されては、どうやってもこれ以上いじった切り込みが出来ない。


「キャルってさ、第14小隊に入った時から、射手としての腕前はほぼ出来上がってたのよ。あの子より半年ぐらいかな、先に第14小隊に入った先輩の私なんかじゃ、全然比べ物にならないぐらい上手くってさ」


 ルザニアの方を向き直り、昔話を始めるアルミナ。酒の勢いもあるのだろうが、ルザニアもアルミナを通じてキャルとの接点が最近あるので、アルミナとキャルの昔話となれば、興味深い目を返して黙って聞き入る形に入る。


「私からすれば、後輩で年下の子にいきなり追い抜かれた形なわけじゃない。なんだか無性に悔しくて、はじめはなんだかキャルに上手く接することが出来なかったのよ。今となって思うと、本当心ない接し方してたと思うわ」


「いや、俺より全然マシだったけど……」


「アルミナはユースとは違って、元々口が立つからな。ただ、ちょっと普通どおりのお前とは違うかな、とは、俺も旦那もあの頃よく言ってたよ」


 隊に新入りしたばかりの年下の女の子ということで、自然体からくる性分で、アルミナはキャルの面倒もよく見ていた。ただ、どうしても心の奥に、この子には負けたくないという想いが引っ掛かって、自分目線では固い付き合い方になっていた、と、アルミナは回想する。実はこれを聞くのはユースも初めてのことで、出会った頃からキャルと仲良く接していたようにしか見えないアルミナを見てきただけに、これは少し意外な話である。


「なんとかキャルに追いつきたくって、でも上手くいかなくってさ。どうしようどうしようって行き詰ってた時の頃だったんだけど、キャルの方から私に話しかけてくれたのよ」


 動く標的から狙いを逸らさない構え方、走りながら武器をぶらさず遠隔攻撃を成功させるための手つき。挙げればきりがないくらい、キャルは射手としてのノウハウをアルミナに教えてくれた。当時からすでにわかっていたことだが、キャルは自分から誰かに話しかけることは不得意な、引っ込み思案の典型例だ。そんなキャルがアルミナに自ら話しかけ、勇気を振り絞って年上の相手に射手の心得を説いてくれたのは、アルミナにとって大きな出来事だった。


「キャルに教えられてから、明らかにお前腕を上げたよな。一ヶ月でかなり変わり映えてたし」


「実感ありましたよ。苦手だった動きながらの狙撃もだいぶやりやすくなりましたし、あの頃をきっかけに、前よりは自信持てるようになれたんです」


 以前よりも自信が持てるようになるというのは、言葉以上に本人にとっては心が晴れるものだ。ユースだって、長らく落ちこぼれだと自認していた過去をやや一新し、少なからず周囲にも認めて貰えるようになり、胸を張って前に進める今は、かつての日々よりもずっと光が見える。閉塞したあの頃は、今になれば悪い思い出でもないが、当時はつらくて苦しかった記憶が強く残っている。


「アルミナさんにとっては、キャルちゃんが道を拓いてくれた人だったんですね」


「単純にそういう面もあるけどね。でもやっぱり何より、あんなに引っ込み思案だったあの子が、自分から声をかけてでも、そうしてくれたのが嬉しくてさ」


 ライチサワーをくいっと飲み干して、遠い目で昔のことを瞳の裏に描くアルミナ。そろそろ話が長くなってきたと見たのか、一度話を整えて畳む準備のようなものだ。酒が入っていても、アルミナにとってこの辺りの口捌きは、習慣のように実践できることである。


「私の方が年上で背も高いけど、私からすればキャルの方がずっとしっかりしてる。料理も上手いし、気は利くし――ユースもキャルのそういう所は知ってるでしょ?」


「そうだな」


 自主鍛錬で汗だくの自分に水を持ってきてくれたり、いつでも周囲に目を配って気を遣う彼女の性分は、幾度となく目にしてきたものだ。細かいところにもよく気付くし、主張もさほどせず黙って周りのために動く姿には、これこそを献身的というんだろうなとユースも感じてきた。周囲への気遣いが緻密なのはアルミナもよく似たタイプだが、そんな彼女だからこそ、微妙に異なるスタンスながら周囲への奉仕を怠らないキャルのことは、敬えてならないのかもしれない。


「第14小隊の色んな人に支えられて、言っちゃえばユースにだってそうで、そうやって私ってここまで来れたから、みんなのことが大好き。でも、誰が一番好きかって言われたら、私やっぱりキャルって答えちゃう。あの子がいてくれたから、今の私があるんだって強く感じるからさ」


 キャルの話をする時、アルミナがとびきり楽しそうに口を弾ませるのがいつものことだ。それを通り越して、真剣な眼差しでしみじみとこんな話をアルミナがするのは、これまでにたった一度として例のなかったことである。アルミナと話をしてきた回数の少ないルザニアだが、これがいかに特別な彼女の側面を見る機会となっているかは、まったく気付けない。ユースとマグニス感じている新鮮さは、長年の付き合いだからこそいっそう際立って感じるものに過ぎない。


「外からの見た目に反して、本質的にはアルミナが妹みたいなもんだよなぁ。事あるごとに、キャルにあれこれフォローして貰ってるし」


「う、うるさいですよ、マグニスさん。そりゃあ私、がさつなとこもあるけど……」


 キリカ小説の一件とか、ダニームからの帰り船でキャルに悶絶させられたりとか、お姉ちゃんぶってる割には、キャルにイニシアチブを奪われたり、肝心どころのフォローをして貰ったりすることの多いアルミナ。日頃はキャルの手を引いてアルミナが前を歩いているが、実際のところはその後ろでアルミナを案じるキャルの優しさが彼女を支えていることを、客観視するマグニスはよく知っている。というかそれは、アルミナでさえも自覚のあることだ。


「だったらキャルに彼氏できても、そっとしておいてやれよ。お姉ちゃんの婚期、楽しみだろ?」


「んっ、あ……それは……うーん……」


「どーしてもイヤか。お前本気でレズ疑惑かけたくなる時がけっこうあるんだが」


「そうじゃないです! 上手く言えないけど、あの子が独り立ちしちゃったら置いていかれる気がして、寂しい気持ちになるんです! ただそれだけです!」


「その割にはお前、彼氏も作らないでキャルのこと毎日愛でてるしなぁ。人の色恋沙汰には首突っ込む割にはよ」


 アルミナのキャル本気愛説は、マグニスがアルミナをからかうにあたっての常套手段だ。邪推するなら山ほど武器になる要素はあるため、いくらでもいじってやれる。海での休暇の際にもあった光景だが、恥らうキャルの姿を見て、鼻息をふんすふんす荒げる女の子がどこにいるんだという話。


「もー、ホント怒りますよ! 尊敬する人への気持ちを、そんな誤解で捉えられるのって心外です!」


「信憑性に欠ける欠ける。ルザニアも聞くか? こいつがどんだけキャルに対してラブラブか」


「そんなにべったりなんですか? 確かに前に会った時も、手をつないで帰ってましたけど……」


「ほらな、俺ら以外の前でもそういう面露呈してんじゃねえか」


「だーからそれ違うんですって! 初めて会った頃のキャルって今以上に人見知りで、私がそうやって手を引くこと多かったでしょ! その名残!」


 むきになって大声で反論するアルミナ。まあ、嘘がないことはかえって透けるが、必死すぎるので実にいじくり甲斐のあるものだ。


「それじゃあ昔、大風邪ひいたキャルのベッドに潜り込んだのはなんだったんだよ」


「違うっ! その言い方思いっきり誤解を……あっ、ルザニアちゃん引いてるじゃないですかあっ!」


 ルザニアがちょっと顔色をおかしくしたのを見て、慌てふためきながらアルミナはマグニスを睨みつける。本質を知っているユースとしては、フォロー入れてやりたいのだが、アルミナが自分で説明したいだろうから黙っておく。


「る、ルザニアちゃん、違うからね? 熱にうなされてたキャルの体を拭いてあげただけだからね?」


「……ベッドに潜り込んだっていうのは?」


「あの人が誇張してるだけ! 掛け布団めくってベッドの上に乗っただけだから!」


「いやー、俺こっそり見てたんだけど、アルミナすんげえキャルに肌近づけてたぞ」


「だから誤解招く言い方やめて下さいってば! そうしようとしてそうしたんじゃありませんって!」


「そこが争点なんだよな。好機と見て、せっかくだから触れ合いたかったとかじゃねえの」


「風邪引いてしんどそうな子に欲情するわけあるかあっ!」


「それって捉えようによっちゃ、風邪ひいてない日頃はよく欲情してる裏返しにも聞こえるが?」


「もー、意味わかんない! どこをどうしたらそうなるんですかっ!!」


 徹底的百合疑惑VS抗戦体勢。月に一度ぐらい、マグニスはこのネタでアルミナをからかうのだが、それが今日に持ってこられたのは、ルザニアというギャラリーありという状況に乗ってのことでもあるのだろう。


 ぷんすか反論するアルミナと、悪い笑いとともに弄り文句を投げ続けるマグニス。眺めるだけのユースとルザニアだったが、初めて見るアルミナの一面や、それを種にして話を広げるマグニスのおかげで、退屈せずに楽しい酒の席を嗜めていた。











「大丈夫ですか? アルミナさん……」


「ご、ごめん……ルザニアちゃん……」


 マグニスへの抗戦で気が入りすぎたのか、見るからに飲みすぎで頭を垂れて歩くアルミナ。ルザニアが手を引いてくれているが、いつもはキャルの手を引く立場だというのにこれは格好悪い。アルミナにとってすれば、絶対にキャルには見せたくない姿だ。


 ユースとマグニスは、ちょっと離れて後ろから二人を追っている。4人一緒に歩くより、アルミナとルザニアを一緒にしてやった方が、多分アルミナもやりやすいだろうなというマグニスの判断だ。飲みすぎで周りに迷惑をかけてしまう形になってしまうのは、アルミナにとっても明日の朝には汚点になるだろうし、近くそれを見届けてやる追い討ちはしなくていい、という観点である。


「……ルザニアちゃんこそ、私のお姉ちゃんみたいだよ。日頃からしっかりしてるしさ」


 コンプレックスに近い想いだが、日頃キャルの世話焼き姉であると形容されているアルミナこそ、自分の至らぬ多面は自覚しており、周囲に先輩として接する反面、もっとしっかりしなきゃと考えることは多いのだ。実際アルミナの後輩も、家の家計を助けるために傭兵稼業に乗り込んだプロンや、立派な強い騎士様として戦うルザニアなど、アルミナから見れば立派な女の子達が多いから、尚更である。


 年下がしっかりしてると年上は、こんな自分で大丈夫なのかと、ふと不安になったりするものだ。ルザニアも似たような経験があるから、今のアルミナの弱気めいた言葉には、自分を持ち上げるわけではないが共感できた気がした。


「私は嬉しかったですよ。アルミナさん、今日はずっと私を気遣ってそばにいてくれましたよね」


 ルザニアからすれば見えていたことだ。思えば伴い、失われた同僚の顔も頭に浮かんでしまうが、今は目の前のアルミナに対する感謝が大きくて、ただ穏やかな顔を彼女に向けられる。


「……ルザニアちゃん」


 手を握ってくれているルザニアの手を優しくほどき、ルザニアの隣に並んで歩く形をとるアルミナ。少しふらつくのか頭を振って気を整えているが、ルザニアが心配の眼差しを向けるより早く、アルミナの方が口を開く。


「つらいこともいっぱいあるけど、頑張ってね。ちゃんと前を向いて歩き続ければ、必ず光は見えてくるから」


 目の前で両親を失った絶望を乗り越え、今を獲得したアルミナにとっては確信を以って言えることだ。そんな彼女の過去を知らないルザニアにだって、重く放ったアルミナの言葉にはずっしりとした実感が感じられ、表面的な綺麗事を語っている口には聞こえなかった。遠くで聞き耳を立てているマグニスも、微笑ましげに小さくうなずいてやったほどである。


「……時間はかかるかもしれないけど、何とかしてみせます。きっとそれを、第44小隊のみんなも願ってくれてるって、私も思いたいですから」


 目尻の下がった元気のない笑顔。それでも空元気を貼り付けてそう言ってくれたルザニアの姿に、アルミナも小さくうなずいた。酒に頭をやられてふらつく頭でも、定まった眼差しをルザニアにまっすぐ向けて、相手の決意を受け止めてくれるアルミナの姿は、彼女自身が謙遜するよりは遥かに人生経験に富んだ年上の貫禄を持っている。1年早く生まれただけだと言っても、決して温室育ちではなかったアルミナの持つ風格は、年下の女の子にとってはやはり立派な姉姿そのものだ。


 ふっと前を向いて、ほうと息をつくアルミナ。しばらくの沈黙の後、アルミナが言い放つのは、この局面ではあまりにも突拍子のない言葉。


「……ルザニアちゃん。私のことは好き? 嫌い?」


 やっぱり酔っ払っているのだろうか。さっきさんざん百合疑惑をかけられた直後にこんなことを真っ向から聞かれて、否応なしにルザニアも妙に身構える。だけど前を向いて歩くアルミナの横顔におふざけの色が見えないので、ルザニアも心からの返事を返すことを選ぶ。彼女も少量ながら入った酒に助けられ、本音の蓋はいつもより開きやすい。


「……好きな先輩ですよ。そばにいてくれて、嬉しかったです」


 変な意味はなく、真っ向から返した言葉だ。先の流れからだと、誰かに聞かれたら誤解されそうな言い回しだったが、それでも素直な想いを言葉にしてしまうのは、短い間にアルミナのそういうたち(・・)が伝染ってしまったのかもしれない。


 くすっと笑うアルミナの態度は、真剣に返したルザニアにとって、あれっと感じる態度である。歩きながらルザニアの方を向き、彼女の頭を撫でてくるアルミナの表情は、朗らかで優しい笑みに満ちていた。


「じゃあ、私は絶対に死なない。ルザニアちゃんを悲しませることは、絶対にしないからね」


 戦場における戦士の命は、価値薄きものであると捉えられがちだ。たったひとつの駒が落とされても、大局的な盤面が変わるでもなし、一兵の命の価値は戦場において極めて儚いものである。


 だけど、一人の人間が死んだ時には、その人物のそばにいた多くの人々が悲しむのだ。国葬で涙を流す同僚の姿を見てアルミナがいつも思うのは、大切な人を死なせたくないという想いの増幅と、自分自身を愛してくれた人たちのためにも、命を粗末にしてはいけないという教訓。第14小隊の仲間達は、孤児院の人たちは、近しき人が死した時に胸を痛める人たちばかりだとアルミナはわかっている。もしも傲慢だと言われたって、いつも自分を支えてくれたそんな人たちに報いるために自分がすべきことは、しゃにむに戦果を出すことではなく、生きて帰ることが前提にあるものだと、アルミナは信じてやまない。


 ルザニアが自分のことを、いなくなれば悲しい知己と捉えてくれるなら、アルミナにとってルザニアもまた守るべき対象だ。自身の死によって、これ以上彼女の胸を傷つけたくはない。


「約束する。私、ずっとルザニアちゃんのいい友達でいて、死んであなたを悲しませるようなことはしない」


 良き友人の長生きとはいかに幸福なことであるか。失って、それを逆説的に経験したばかりのルザニアにとって、アルミナの言葉はもしかしたら、今聞けて一番嬉しかった言葉だったのかもしれない。


「……絶対、その約束守って下さいよ」


 最後の一文字が裏返りかけたルザニアの脳裏に、失われた仲間達との思い出が蘇ったことは想像に難くない。顔を伏せたルザニアの隣、うんとはっきりうなずいたアルミナの姿は、後ろから見守っている二人の目にもよく見えた。




「死なせちゃいけねえ奴だって、よくわかるだろ?」


「……そうですね」


 第14小隊の先陣にて、後衛のアルミナ達を守る役目を担う立場のユース。長らく中衛でアルミナ達を守る務めを果たしてきたマグニスの、実感のこもった一言を聞いて、ユースも日頃からある決意をなおいっそう固めるのだった。


 戦う日々は、やがてすぐに訪れるのだ。大切な人を守るために戦うことと、その人物を取り巻く人々の心を守ることはほぼ同義。戦人が背負う、数多くの人々の安寧なる心の重さは、目に見えるよりも遥かに大きくて重い。こうして実感することは稀なほどにである。

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