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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第9章  ひしめく悪意の行進曲~マーチ~
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第139話  ~哨戒任務の始まり~



「なんかこうしてると、休日とあんまり変わらないわね」


「シリカさんに聞かれたら怒られるぞ」


「いや、仕事中なのはわかってるけどさ」


 エレム王都よりも東、アーティサーブの村にて二人並んで歩く二人の騎士団員は、のどかな村の風景を眺めながら何気ない会話を重ねている。二人とも、今の世界を取り巻く緊急事態はわかっているし、決して休日気分などで今を歩いているわけではないのだが、さすがに今日はまだ肩肘を張らなくてもいい日だと言えるだろう。


 草原の真ん中に作られたこの村は、夏真っ盛りの晴れたこんな日、生い茂る背丈の高い草の数々も太陽に映え、緑溢れる光景が実に眩しく見える。村一番の中央市場でさえ、さして石畳で舗装せず、芝の上に露天商と店が並ぶ光景は、比較的他の町村では見られない、この村の特色だ。そんな中央市場を何か買う目的でもなく、初めて来るこの村をふらっと歩くだけを楽しむユースとアルミナは、平穏なこの村の光景に、遠方ではおおごとだという世界の現実も、少し忘れそうになってしまう。


「ほら、ルザニアちゃんもそんなに離れてないで。置いてくよ?」


「あ、はい……」


 そんな二人の後ろを、ちょっと距離をおいて追うように歩く少女。ユースやアルミナよりは年下で、騎士団の若き女傑の卵と呼ばれた女騎士ルザニアは、振り返ったアルミナに呼ばれて顔を上げ、少しだけ足を速めて距離を縮めてきた。だけどここまで、馴染みきれないのか、やや二人からわざわざ隔たりを作ってついて来る姿が目立っている。


「まずは服、見ようよ。仕事が終わって王都に帰ったら、お洒落する時間も作りたいもんね」


 うきうきと数分後を楽しみな笑顔を屈託無く見せて、近付いてきたルザニアの手を優しく引くアルミナ。可憐な顔にどこか陰の抜け切らないルザニアが、力なく微笑みを返したが、アルミナの表情は崩れない。アルミナなりに、ルザニアを元気付けようとしているのは、ユースからすれば一目瞭然だ。


「……ルザニアさんは可愛いから、お洒落すれば似合うと思うよ」


 だからユースも、普段では出ないような言葉を作ってでも、口にせずにはいられない。ユースの方を向いて、はにかむような笑顔を返してくれたルザニアの仕草は可愛らしいし、ちょっとユースもどきりとさせられたものだ。マグニスがルザニアを一目見た時、一発で上玉認定していたとおり、お世辞めいた自分の言葉が的を射ていたと改めて思うぐらい、確かにルザニアは可愛らしい。


「ふーん、ユースってば、ルザニアちゃんみたいな子がタイプなんだ?」


「た、タイプっていうか……そういうのとは……」


「お近付きになりたいなら、年下の女の子をさん付けで呼んでちゃ進展しないわよ? あんたはもっと、気さくな語り口を慣らした方がいいと思うな。ルザニアちゃんもそう思うでしょ?」


 言ってやれ言ってやれ、と、ユースに指先を向けてつんつんと突く動きを見せるアルミナ。困った笑顔を浮かべるルザニアの手前、ユースもどんな顔を返せばいいのやら悩ましい。


「え、ええと……私のことは、ルザニアって呼んで下さって……結構です、よ?」


「あ、うん……それじゃあ、次に呼ぶ時は……」


「似合ってるわ、あんた達。もういっそ結婚しちゃえば?」


 うざいぐらいウブ過ぎる二人に、かえって呆れたアルミナが急に投げやりに。結婚という単語にユースが慌て、何言ってるんだよお前と言い返したが、アルミナはガン無視でルザニアの手を引いて、すたすた歩いていく。


「ルザニアちゃん、茶髪が綺麗だし髪飾りとかつけてみようよ。きっと似合うよ」


「え、あ……はい……」


 頭をくすぐってそう言ってくる、自分より背の高いアルミナの優しい笑顔は、ルザニアにもよくわかったものだ。初めてプロンやキャルを紹介して貰ったあの時から、その二人がアルミナのことをすごく慕っていたのは、こういう人だからなんだなって。


 冷たくあしらわれて溜め息混じりのユースだったが、年下の子を案じて口と笑顔を回転させるアルミナの後ろを追ううちに、まあいいかという心地になるのみだ。そういう奴だって、知ってるから。











 エレム王都からラエルカンの都までを、太い直線で結ぶとする。その線上、エレムのひとつ西にあるのが、まずレットアムの村。ユース達も仕事で訪れたこともある、のどかな村だ。ここに来るまでで通過した場所だが、ルオスからの逃亡者を追い詰める仕事をチータと一緒にしたのが懐かしかった。


 次に西に見えてくるひとつが、このアーティサーブの村。ラエルカンの壊滅を受け、哨戒任務の通過点としてここを訪れた第14小隊だが、日を跨ぐにつれてさらに徐々に、西へと進んでいく手筈である。


 ラエルカンの都が占拠され、魔王マーディスの遺産達の、あるいは魔物達の拠点とされてしまった今、そちらから各方角に対する魔物達の進軍は、現在常に警戒されていることである。アルム廃坑進軍に携わった、ユース含む騎士団員が哨戒任務に回ったのは、昨日の国葬を見届けてからのことだが、そうでない騎士団員の多くは、とうにエレムとラエルカン間の各地に出張し、魔物達の進軍を見張り、場合によっては徹底抗戦する布陣を敷いている。ラエルカンの北部は魔導帝国ルオスの兵達が、エレムと同じようにカバーしているだろう。


 ラエルカンの都近辺に点在する町村の人々も、かの都の壊滅を受けて、都から離れる方向に、長年住み慣れた地を捨てて逃れる者が多い。ただ、緊急で全財産を握って逃亡する人々を狙う野盗はやはり、治められた村や町の外に絶えない。そうした人々を護送するのも騎士団の務めであり、ユースとアルミナが今こうして息抜きしている一方、現在はシリカ達がさらに東に赴いて、ラエルカンから西へと逃れる人々を手繰り寄せる仕事に従事している。魔物達の襲撃は東からのものが最想定だが、別の方角から来ることもあり得るため、ユースやアルミナが第14小隊の中では留守番役である。ちなみに戦線復帰したクロムが今は宿でゆっくりしており、実質この村における今の第14小隊のリーダーは、クロムが担ってくれる形だ。


 普段と違うのが、元第44小隊所属の騎士、ルザニアがこの輪に加わっていること。アルム廃坑進撃任務の中で、第44小隊はルザニアを除いて全滅してしまい、一人になってしまったルザニアは、彼女が法騎士シリカを敬った末に騎士団入りした過去も踏まえ、現在はこうして第14小隊と共に哨戒任務にあてがわれたのだ。


 二十歳にも至らない少女にとって、床を共にしてきた同僚を一度にすべて失ったショックというのは、誰にだって想像がつく一方で計り知れないものだ。その同僚の魂を見送る国葬にすら姿を現さなかったルザニアの姿勢からもわかることだが、彼女の心の傷は未だ全く癒えていない。第44小隊に仕事を与えていた上司の聖騎士――第14小隊でいえばナトーム聖騎士のような立ち位置にあたる上層騎士も、独り残されたルザニアはもう、立ち直れずに退役を言ってきてもおかしくないと考えたものである。


 その一方で、騎士団としてもルザニアという人材は失いたくなかった。見習い騎士を卒業すると同時、少騎士を飛び級して騎士階級を獲得したルザニアは、騎士団の未来を担う若い希望の芽であると認識されている。出来ることならば彼女が立ち直ることを願ったルザニアの上司は、たった一人生き残った第44小隊の少女を、第14小隊に付き添わせる形で仕事を与え、再起のきっかけ作りを見込んだ。その上司から聖騎士ナトームを経由して、その旨を聞かされたシリカも、ルザニアを受け入れることには望むところであった。


 戦いの中で家族同然の同僚をすべて失ったばかりのルザニアを、交戦の可能性ありしという場に連れていくことは、ちょっと今のうちには早すぎる。幸いなのか、アルミナはすでにルザニアとの繋がりが強いようだし、ルザニアを残して哨戒任務の足を伸ばすシリカ達と離れての留守番役をルザニアに任せる一方、アルミナを残したのもそういう采配だ。上層部の詳しい事情を聞くまでもなく、後輩ルザニアが国葬に現れなかった時点で彼女を案じていたアルミナのことだから、良い方向に転ぼうが転ぶまいが、必ず何らかのアクションを起こしてくれるだろうという、シリカの信頼あってのことだ。


 日が進むに連れて、魔窟と化したラエルカンの都へと近付いていく第14小隊。そのうちどこかで、ルザニアとはここまでだと短い共同戦線を切ることになるだろう。今の彼女を魔物の軍勢に抗戦する第一陣に置くことは、心の傷を顧みれば明らかに得策ではない。それまでに、出来るだけのことをするように努めるのが、第14小隊に預けられた副業である。











「これとかどうかな。ほら、つけてみて」


 どこの店でも、髪飾りのデザインとしてポピュラーなのは花を模したものだ。花の髪飾りを並べた露天商の前で品定めするアルミナが、商人に許可を貰って、売り物のひとつをルザニアに試着するよう勧めている。生真面目な騎士暮らしが長く、ここしばらくはお洒落にもストイックだったルザニアは、着飾る自分をお披露目することになることが少し気恥ずかしいのか、はにかんで受け取るも、なかなか手元がおぼつかなくて手間がかかってしまう。不慣れな手つきと、数秒後に着飾った自分を見せることに照れくさそうなルザニアの表情を見て、にまにまするアルミナの眼差しが可笑しい。そんな目やめて下さいよ、とルザニアが苦笑するのも、傷ついたはずの彼女の心に笑顔をもたらす、アルミナの不思議な魅力の賜物だ。


「どうなんでしょ?」


「なんか、新しいルザニアちゃんだね」


 紫色のぽわっとした形のアリウムの髪飾りは、頭につけてみるとなんだか玩具のようだ。まさかこれが本気でお洒落になるとはアルミナもルザニアも思っておらず、アルミナもくすくす笑っている。同じ髪飾りを二つ手にとって、自分の頭の横にくくりつけたアルミナを見て、ルザニアはもう一段階苦笑いを抑えられなくなった。


「こんなふうにするの、どうかな?」


「なんかもう、悪ふざけの次元ですね」


 丸っこい紫色のお団子を頭に二つくっつけたようなアルミナの着飾りに、ルザニアは笑いながら自分の髪につけたアリウムの髪飾りをはずす。わかってはいたけど、やっぱりこれはない。これは身につける人のキャラクターに依存する着飾りである。でも、本当に良いものを探すまでの中で、こんなおふざけがいくつかあっても楽しいもの。


 アリウムの花言葉を知るアルミナにとっては、これは密かにルザニアに向けたメッセージを込めて贈りたい品だった。だが、やはり似合う似合わないを度外視して押し付けるのは違うことだ。諦めて次の髪飾りを探すアルミナの姿勢は、己の我よりもルザニアを案じる気持ちが強いことを如実に表している。


「じゃあ、やっぱりこれかなぁ。こっちもいいけど」


 二つの髪飾りを手に取るアルミナ。一つは鮮やかな青いヤグルマギクを模した、大きめの髪飾り。もう一つは、桃色が可愛らしい小さな梅の花が3つ繋がった髪飾りだ。どちらにも、勿論意味がある。


 ルザニアも、自分の目で自分に合う髪飾りを探しているが、己の感性で自分に合う髪飾りを探すというのは、神経を使うものである。露天商の商人から手鏡を受け取って、自分の顔と髪飾りを交互に見比べることが多いルザニアだが、途中で少し枝毛でも見つかったのか髪をいじる仕草が時々目立つ。ほとんど蚊帳の外のユースだが、騎士としてすごくしっかりしたルザニアもやっぱり女の子なんだなと、後ろから見ていて感じるものだ。うちの隊長はそういう側面を全然見せてくれないから、しっかりした女騎士様はみんなああいうものなんだという、偏っていると自覚していた自分の視点をユースは改めて見直す。


 まあ、シリカがユースの前で女としての顔を、進んで見せることなんかあるわけないのだが。


「ルザニアちゃん、どう?」


「うーん……やっぱり自分で探すのは難しいですね……」


 髪いじりに時間をかけすぎているせいもあるのだろうが、髪飾り選びは捗っていないようだ。お飾りを選ぶことをここ最近やってこなかっただけに自信もなく、出来ることなら誰かにコーディネイトして欲しいと思っている本心が、計らずして口から漏れている。意図的なものではなかったが、そうした言葉を受け取って、アルミナが取る行動は決まっている。


「私こういうの見つけたんだけど、どうかな」


 青くて大きなヤグルマギクの髪飾りと、控えめな花3輪の梅の髪飾りを、ルザニアの前に差し出し、選んでみてと示唆するアルミナ。元から他人のお洒落に口出しするのは大好きである。


 騎士という職業病なのか、白の薄手の上にホットパンツという服装のルザニアは、動きやすさを重視した服装のせいもあって、本人の華ある顔立ちに反して全体が殺風景だ。第44小隊の先輩に進められた過去から、せめて女の子らしく袖の先にふわつきのある着こなしぐらいはしているが、言葉は悪いがやっぱり地味な部類に入る。勿体ないよ、とアルミナがルザニアに突っ込んだのは、仲良くなってすぐのことだった。出会った瞬間から思っていたことだ。


 ルザニアだって自覚していることだが、それでもルザニアが握ったのはヤグルマギクの髪飾りだ。大きくて、主張の強い色の髪飾りを敢えて選んだのは、彩りの少ない自分を顧みて、ちょっと思い切ったものを選んでみた挑戦なのだろう。


「いいねいいね、つけてみて」


 王都の大きな店よりも品揃えの少ない、小さな村の露天商だけあって品揃えは少ないが、この地で長年こうした商売を営んできた初老の店主の腕前は確かなもので、大きな青い菊の花を模した上にして、髪飾りの作りは極めて精巧だ。本物の花のように手触りは柔らかく、それでも花びら一枚一枚の繋がりはしっかりしており、手にしたルザニアもそれが崩れないか心配したものの、まったくばらける予感がしない実感が手に伝わってくる。


 本人にとってはチャレンジ混じりの着飾りだ。やや緊張気味に、頭の上から少し横にずれた所に髪飾りをとりつけるルザニア。大きな髪飾りなので、髪型次第では頭の後ろにつけたって使えるものであるが、ショートカットのルザニアには後ろにつけるよりその方が似合うだろう。


「……どう、ですか?」


「うん、いい! ホントの意味での新しいルザニアちゃんだよ!」


 髪飾りひとつつけただけで、印象は随分変わるものだ。褒められて頬を赤くするルザニアの横顔による相乗効果もあるのだろうが、ユースもただの女騎士だと思っていたルザニアが、一瞬で可憐な女の子に変わって見えてしまい、ちょっと見とれてしまったぐらいだ。


「ほら、ユースにも見せてあげて。正面から」


 ルザニアの両肩を持って、ぐいぐいっと彼女をユースと向き合わせるアルミナ。ユースと顔を合わせる形になったルザニアは、照れくささからかしどろもどろしているが、女の子に対する免疫が極端に低いユースの動揺はその比ではない。凝視してもすけべ心だと思われそうで怖いし、でも可愛いから目が離しきれず、顔を見ずに花の髪飾りにばかり目を送ってしまう。要するに逃げ。


「え、ええと……」


「あ、うん……似合ってると思う、すごく……」


「ちょっとー、本気でそう思ってるのは私にはわかるから、せめてもうちょっと声張りなさいよ。下手なおべっかに聞こえるじゃない」


 自信のない子は、自分に褒め言葉を向けられても、後ろ向きにお世辞だと受け取ってしまうことがある。キャルなどにもそういう部分がよくあって、今のルザニアも似たようなものだとわかるアルミナは、敏感にユースの態度に切り込んでくる。反射レベルでその辺りに対する気配りは早い。


「え、えと……そっちの髪飾りもつけてみたらどうかな……そっちも似合うかもしれないし……」


「そ、そうですか? それじゃあ……」


 とりあえず会話をつなごうとするユースの努力だけ買って、アルミナはルザニアに梅の髪飾りを手渡す。緊張の抜け切らないルザニアが、ヤグルマギクの髪飾りをはずさずに梅の髪飾りもつけようとしたので、それでいいのルザニアちゃんと突っ込むアルミナ。あっ、と遅れてその失態に気付いたルザニアが、顔を真っ赤にしてヤグルマギクの髪飾りをはずすのがその直後のこと。慌てているのか手つきが早く、そんな乱暴にはずすと髪が痛むよ、とアルミナまで慌ててルザニアの手を握りにいく。テンパると余計に空回って周りを心配させるタイプであるところも、ルザニアはユースによく似ている。最近はそうでもないが、ひと昔前のユースは今のルザニアとよく似通うものだ。


 恥ずかしくってしゅんとなってしまったルザニアが、アルミナから梅の髪飾りを改めて身につける。頭の横より少し上に髪飾りを結びつけたルザニアを見受け、アルミナは先程と同じようにルザニアの肩を握ってユースに向き直させる。放っておいたらこの子は、なかなか積極性を見せないタイプだ。


「……どう、ですか?」


 シャツのすそを握り、真っ赤な頬と上目遣いで問うてくるルザニアの姿は、髪飾りに注目するどころの騒ぎではない。自信なさげで、悪い返事が返ってきたらどうしよう、という心中が如実に現れたその顔色は、元の素材の良さも手伝ってユースの心臓をぶち抜いてきた。余裕のないルザニアにはユースの反応が何を意味するのかわかっていないが、目に見えて硬直したユースを見て、アルミナは内心くひひと笑っていた。どうだ可愛いだろ、と、大好きな後輩が誰かに見惚れられることが自分のことのように嬉しいのだ。


「可愛い、と思う……」


 似合ってるかどうか聞いたルザニアに対する返答がそれで、ルザニアは思わず顔を上げて驚いた。まずいことを言ったかと無駄な不安を覚えるユースに対し、可愛いだなんて言われたことに、ぼっと頭から煙を出したルザニアは、思わず今の顔を隠すためにアルミナの方を向いてうつむいてしまう。


「よかったじゃん、ルザニアちゃん。ニブチンのユースでも可愛いだなんて言葉使ってくれるんだから、それすっごく似合ってるんだって」


 ルザニアに見えない角度で、ナイスとばかりにユースにばちんとウインクするアルミナだが、そのアクションはユースに微塵も伝わっていない。今でも恥らうようなルザニアに目が奪われっぱなしだ。付き合いの長いキャルも、もとが可愛い上で似たようなリアクションを見せることが多いが、今やもう家族の一員で妹のように思えるキャルと、出会って間もないルザニアが同じリアクションを見せても、明らかに見え方が違う。


「それじゃ、こっちにしようか。"似合ってる"よりも"可愛い"が飛び出すぐらいだし」


 もじもじするルザニアの頭から優しく髪飾りをはずすと、露天商の店主にそれを差し出し、支払いを済ませようとするアルミナ。後輩への奢り癖がついているのか、本人すら無自覚で当たり前のように自分の財布からお金を出そうとするが、そんなの後輩のルザニアからすれば、いやいや待って下さいと引き止める場面。おかげで目が覚めるルザニア。


「あはは、ごめんごめん。自分で払う?」


「も、勿論です勿論です……流石にそこまでして貰えないですよ……」


 ルザニアが恐縮してしまいそうなので、ちょっと申し訳なさそうに顔色をうかがうアルミナ。そうしたアルミナの凡ミスのおかげで、こいつ相変わらずだなと思えたユースも、ようやく現実に立ち返ってこられたようなものである。


 髪飾りを買い取ったルザニアに、つけてあげるねと言って、アルミナは改めて髪飾りをルザニアの頭に結う。元の場所に落ち着いた髪飾りは、のどかな農村の風にふわふわと揺られる。ショートカットでたなびきにくいルザニアの髪だが、風が吹くたび揺れるシルエットのおかげで、いいアクセントがついたものだと言えるだろう。


「……どうですか? ユーステットさん……」


 さっきも聞いたのに、もう一度小さな声で問うてくるルザニア。可愛い、と言ってもらえたさっきが余程嬉しかったのか、出来ることならもう一度聞きたいのかもしれない。


「え、あ……か、可愛いと、思う……すごく……」


 だとしたら、ユースも無自覚ながら応えられたものだろう。その言葉を受け取った途端、顔を伏せてくしゃっと笑うルザニアの顔色を見て、アルミナはユースに敢闘賞の一つでもあげたいぐらいだった。


 マグニスがよく言っていたことだが、可愛い子は探せばいくらでもいる、出会いを求めればすっげえ楽しい明日が待ってるもんだぜ、という言葉をユースは思い出す。遊び人特有の観点だと思っていたが、可憐なルザニアの姿を見て胸が締め付けられるような今を顧みれば、ほんの少し見方も変わってくる。


 ルザニアは可愛らしい。魅力的な人物だ。それも、少し前に家族に等しい同僚を一度に失ってしまい、今の彼女の胸中はユースにとって想像もつかないことだ。第26中隊の同僚を失った親友のアイゼンが国葬で涙を堪えられていなかった姿を見るたび、自分がいかに幸運であったかはわかるんだから。その先日の国葬で、顔を出すこともできなかったルザニアが、陰のある顔を隠して今笑っている。それを強さと言えるかどうかはわからないが、立って歩けるだけでもルザニアは凄いとユースは思う。


 守ってあげたいと思ってしまうのは、ユースの性根が沸き立たせる感情だ。マグニスが教えたかったこととは全く違うベクトルで思考が進むユースだが、これが彼なのだから仕方ない。











 買い物を終え、日が沈むまで3人は村を散策した。哨戒任務の真っ只中であり、初めて来る村を観光気分で見回るのは少々気にかかるが、明確な目的あってのことなので、シリカもきっと何も言わない。


 村の豊穣を願う女神像を眺めて。王都では見られない田園風景を見て、ルザニアの故郷もこんな田舎村だったという話から、ユースも自分の故郷も田舎だったよと話を紡いで。その際アルミナの故郷の話にもなったが、アルミナも二人と同じく、すっごく田舎村だったよ、とだけ笑って話を流していた。故郷は魔物達に滅ぼされ、肉親を失った過去が否応なしに蘇るはずなのに、当たり前のように暗い過去を想像もさせない朗らかな顔を作るアルミナには、事情を知るユースも流石だと感じる。どこだったんですか、と故郷の名を聞かれても、田舎過ぎて話しにくいよ恥ずかしいから、と、後輩に嘘をつくこともなく綺麗にはぐらかす態度が、場の空気を大事にする姿勢を徹底的に表している。


 日が沈む前に定食屋に足を踏み入れ、夕食を食べながら楽しく語らって。ついつい話が弾んでしまい、店を出る頃には星が見えていた。シリカさんが帰ってきてるかもしれないし、そろそろ帰ろうかというアルミナの言葉に倣い、3人はクロムが腰を落ち着かせているであろう宿に向かっていく。


 帰り道も、アルミナは話をつなげることをやめなかった。どこからこんなに話の種を持ってくるんだろうかとユースも感心するレベルだが、ルザニアを笑わせて、からかって、時に頭を撫でるアルミナの姿には、やっぱりこいつはどこまでもお姉ちゃん気質なんだなと思ってしまう。


「……あの」


 話がちょっと途切れたところで、ふと、ルザニアが口を自分から開く。ん? と普通の返答を返すアルミナだが、ルザニアの表情は少し重くって。


「……ちょっとだけ、一人になっていいですか」


 暗い村でそうすることは得策ではないが、宿もすぐそばだ。ルザニアの複雑な心中には自由を与えるのも必要なことだと察するアルミナは、優しく微笑んで小さくうなずく。


「いいけど、遅くなっちゃダメだよ? あんまり遅いと心配するからさ」


「はい。ありがとうございます」


 頭を下げるルザニアを置いて、ユースと共に宿へと歩いていくアルミナ。見晴らしのいい夜の農村の真ん中に残ったルザニアは、ふうと息をついて星空を見上げていた。


 広い一様の光景を目の前に広げると、目の前からノイズがなくなって、自分の胸中にある想いがよく浮き彫りになる。悩んだ時、行き詰まったとき、夜空や海を眺めることが多かったルザニアは、自分の胸の中にある言葉を形にしようと捜す時、今のように空を眺める習慣がついている。頭を下げてでも二人を人払いしたのだって、そばに人がいると気を取られてしまうからだ。


 アルム廃坑のあの日から数日経った今になっても、正直あの日のショックを払拭できていない自覚はある。王都に帰った日は、着替えもせず、誰も帰ってこない第44小隊の共同部屋に足を踏み入れた瞬間、胸が張り裂けそうになって膝から崩れ落ちそうになったものだ。現実を受け入れたくなくて、自室に帰って震えて泣いたことだって覚えている。朝、目が覚めてもおはようを言う相手が誰もいなくって、第44小隊の隊長イッシュ上騎士の代わりに、あの人の上官である聖騎士様が、部屋の外で待っていてくれた。


 国葬は明日だと告げられても、言われたことが頭に入らなかった。一人ぼっちで王都をふらりと巡り歩き、適当にどこかで一人の昼食を済ませ、夕頃に帰ったことだけ覚えている。他には何をしていたか覚えていない。思えばあの時の自分は、国葬の準備で忙しい騎士館、同僚の死で暗く落ち込んだ騎士館の中にいることが嫌で、ただ外に出たかっただけだったんだと思う。それを目にしてしまうと、いなくなった友人や先輩、後輩の死を否応なしに受け入れるしかなくなってしまう気がして。国葬に参列する勇気が踏み出せなかった自分を思い返しても、やっぱりそんな気がしてならない。


 今でもこの哨戒任務から王都に帰れば、みんなが待っていてくれているんじゃないかと思ってしまう。思いたくて仕方ない。それが現実とはかけ離れていることなのはわかっているのに、受け入れきっていないのが自分の心だけだというのも知っている。昨日も、一昨日も、自室の窓から空を眺めて、結論はとうに出ているはずなのに。


 自分に対する配慮も顧みれば、考えれば考えるだけ現実はつきつけられるものだ。優しい先輩達が、自分を気遣ってくれていることに気付けないほど、ルザニアも鈍感ではない。それはやはり、先日起こった悲痛な現実が、やはり嘘ではないことを間接的に伝えてくる。空を見上げて現実を噛み締めることはつらさしか胸に抱けないが、いつかは受け入れて前に進んでいかなくてはならない。そばにイッシュ隊長がいれば、きっとそう言ってくれている。法騎士シリカ様だって同じ事を言うだろうし、自分と同じ境遇の誰かがそばにいれば、ルザニアもそう言っているつもりだ。


「……みんな」


 殆ど出ていないような小さな声に併せて、僅かに唇が動く。隙間を開いた口が、閉じていた心の壁を壊したかのように、ルザニアの胸中に強い痛みを同時に抱かせる。もう、みんないないのだ。わかっている。わかっていた。


 昨日も泣いた、一昨日も泣いた、アルム廃坑の戦いの中でさえ泣いた。時が経っても涙は枯れない。顔を落として、右目をぐしっとこすったルザニアは、次々と溢れてくる涙をとどめることが出来なかった。



 周りを見る心の余裕なんてなかった。後ろから人が近付いていることにだって、ほぼゼロ距離にまでそれが近付いていても、まったく気が付かなかった。



 突然のことだ。ルザニアの背後から勢いよく回された手が、ルザニアの口を強引に押さえつける。同時に力強い腕が首元に巻き付き、瞬時に口を塞がれて身動きが取れないルザニアの形が出来上がる。


「おとなしくしろ。騒ぐなよ」


 どすの利いた低い声で、ルザニアを背後から捕えた男が耳元で囁く。足掻くルザニアの力ではその腕はびくともせず、助けを求めるべく周囲に目を泳がせるルザニア。だが、夜の農村には人っ子一人いない。もうそんな時間帯だ。


 女の子が夜に一人で出歩くことは危険なことだと、何度も第44小隊の先輩達にも教えられたはずなのに。いくら平和でのどかな農村でも、無法者がいない保証なんてないという当たり前が、心傷ついた時には見落としてしまう。それが、致命的な失敗だったと気付いた時には、もう遅いのだ。


「動くな」


 口を塞がれたまま悲鳴をあげようとしたルザニアの首元に、ひたりと冷たい何かが当たる。自らの命を手中に握る白刃を予感させるその感触に、全身の血が凍ったルザニアはぴくりとも動けなくなる。


 ほんの少し前に分かれたユースとアルミナ。二人はもう、そばにいない。助けを求めて目線を空に向けるルザニアの想いを裏切るかのごとく、巻き付いた腕がぐっとルザニアを引っ張った。

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