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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第1章  若き勇者の序奏~イントロダクション~
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第13話  ~魔法使いの少年② 力強き石槍~



 大混戦だった。入江の奥の決して広くない空間で、7匹のランドタートルと8人の騎士が交錯する。そこから少し離れた場所でアルミナが広く視野を持って銃を構え、その後ろでは何を考えているかを読み取れない目をしたチータがたたずんでいる。


 近付いて首を伸ばし、噛みついてくるランドタートルの顔面を切りつけにかかるユースだが、剣が自身に向かって振り下ろされていることを見た瞬間、ランドタートルは瞬発的に首を引っ込め直後そのまま突進してくる。噛みつくために首を伸ばしたくせに、その動きより数倍速い速度で鼻先をユーターンさせるその動きは、明らかにユースの想定を超えていた。


 盾を前に構えたユースは、突進してくるランドタートルと接触した瞬間に後ろに跳び、腕にびりびりと響く痛みを実感しながら衝撃を逃がす。苔むした滑る足場にも足を取られることなく着地する姿は、少騎士とはいえ流石に戦闘を生業とする騎士の一人であることを思わせるには充分だ。


 ノーマー上騎士の部下の少騎士の一人が、背後からそのランドタートルの尻尾を切り落とす。痛みからくるうめき声を甲羅の奥から漏らすものの、首を出さないままランドタートルは振り返り、その少騎士に向かって襲いかかろうとした。


 直後、ランドタートルの引っ込めた頭の眼前を、アルミナの放った弾丸が横切った。自身への影響は何もなかったが、その事実に敏感に反応したランドタートルはアルミナの方を向き直る。危うく突進されるところだった、盾を持たない少騎士にとっては、命拾いした形だろう。


 ランドタートルの頭の穴めがけてアルミナが引き金を引くが、即座ランドタートルは姿勢を低くして弾丸を甲羅にぶつけて弾き飛ばす。しかしその直後、ランドタートルの後ろ足を、不意を突いたユースが勢いよく切り落とした。


 ランドタートルはぎろりとユースの方に向き直り、もう一度突進する。頭を引っ込めたまま、しかも後ろ足をひとつ失ったあとだというのに機敏な動きだ。


 一種の賭けに近い思いで、ランドタートルの引っ込めた首の穴に向かってユースは刺突を放つ。その剣は甲羅の奥に逃げ込んだランドタートルの眉間を貫き、血が上って冷静さを欠いた頭まで貫通し、致命傷となる。


 勢いづいたランドタートルの肉体が止まらなかったため、また盾を介してその突撃を受けるユース。先程と同じく後方に飛ぶが、ランドタートルに突き刺さった剣を離さなかったユースは、盾によって威力は緩和されたものの全身を貫く痛みに表情を歪めた。


 ユースにぶつかり勢いの落ちたランドタートルの肉体が止まり、突進を受けて後方に流れるユースの肉体によって、ずるりとランドタートルの頭に刺さった剣が抜ける。そこから血が溢れ、やがてユースの交戦していたランドタートルは力尽きて倒れた。


「まだ……!」


 体が痛むが、戦える。自分が苦戦したように、ランドタートルを相手に手を焼いている騎士団の仲間だっているのだ。次の敵を打ち倒すべく、ユースは剣を構えた。


 巨体を振り回し、ノーマーの部下の騎士2人を吹き飛ばした一匹のランドタートルがユースに向かって突き進んでくる。疲弊した肉体ながらも退路のないユースは、盾を構えた。


 その刹那、まさしく落雷のようにランドタートルの頭上から突き刺さる一本の剣。頭頂部から顎の下まで一瞬で貫かれたランドタートルは、間もなく動きを止めてずざりと倒れた。


「1匹のランドタートルを相手に、随分と手間取っているな」


 ランドタートルを仕留めたシリカは、ユースを見てそう言い放つ。冷ややかな目ではないものの、苦戦しているユースに対して満足のいった表情でないのは明らかだ。


「……これからです!」


 ユースは剣を高く構え、シリカを追い抜いて他のランドタートルに斬りかかる。その背中を見送るシリカの目は、後方のチータに負けずとも劣らない、感情を表に出さない目の色だった。






「――開門。落雷魔法(ライトニング)


 騎士をはねのけ、単身となったランドタートルに目をつけると、その頭上にいかずち色の亀裂を生じさせ、そこから先ほどと同じように稲妻をランドタートルに向けて落とすチータ。水棲のランドタートルの濡れた体には、チータの扱う電撃魔法は非常に高い効果を持つようだ。


 稲光が光れば、それはどこかのランドタートルに決定打が入った合図でもある。電撃を受けて力の抜けたランドタートルの首を、こぞって騎士たちがとどめを刺しにくる。チータの魔法で一撃でランドタートルを仕留めることは出来ないものの、それが大きな決定打になっている。


 その倒れたランドタートルの斜め後方で、ユースが交戦している。ランドタートルの初撃は、いつもの如く噛みつく攻撃だ。これを斬りつけて応戦しようとすると首を引っ込められてしまう。ユースは先ほどノーマー上騎士がやって見せたのと同じように、横に跳んでその牙を回避する。突進してくるランドタートルの肩口が盾にかすり、震動が腕に伝わる。


 ノーマー上騎士のようにランドタートルの足を傷つけ気を引いても、あの首を落とせるほどの虚を突いた斬撃を放てる自信はない。彼と同じ戦い方は、最後まで貫けないのだ。ユースは自分に出来る戦い方を、この一瞬で導き出さなくてはならない。


「アルミナ!」


 声をあげると同時にユースはランドタートルの足を切りつけた。振り向きざまにユースを睨みつけるランドタートルに、かかって来いとばかりにユースは剣を構える。だがその一瞬に、アルミナに向けて左腕に装着した盾をちらつかせて合図を送る。


 真意が伝わったかどうかはわからない。合言葉があるわけでも無ければ、あらかじめ立ててあった作戦でもない。それでもユースはアルミナの手腕に託し、迫り来るランドタートルに身構える。


 実のところ、ユースが何を考えているかはアルミナにはわかっていなかった。ただ、声をかけてわざわざ自分を呼んだということは、自分に何かして欲しいということだ。同時にユースが盾をちらつかせたことの意味も全くわからなかったが、多分ユースはあの盾で何かするつもりなんだろう、ぐらいの認識は出来た。


 ユースに向かってその牙を伸ばすランドタートル。ギリギリまで引きつけたユースは、本当にギリギリのタイミングで、その盾でランドタートルの牙先を食い止めた。


 この一瞬だ。射手であるアルミナにとっては見逃してはならない、明らかにランドタートルに生じた隙。ユースの盾に食らいつき、欠ける歯に戸惑い視界を失ったあの瞬間。迷わずアルミナは引き金を引き、盲点を駆ける銃弾がランドタートルの側頭部を撃ち抜いた。


 ぐらつくランドタートルの首元に、即座に剣を振り下ろしてとどめを刺すユース。気の抜けない状況ではあるものの、周囲近くに敵がいないことを確かめると、ユースはアルミナの方を向いて、グッジョブとばかりにうなずいた。アルミナもにししっと笑って、胸を張って返す。


 つまりさっきの合図は、隙を作るからなんとかランドタートルを撃ち抜いてくれというだけの話だったのだ。ちゃんと作戦を立てて戦うには意図を疎通するタイミングもなかったし、粗いコンビネーションだったが、結果的にはほぼ最速でランドタートルを仕留められる形になった。






 シリカが1匹、ユースとアルミナが2匹を仕留め、チータの魔法で致命傷を負ったランドタートルが1匹。シリカ率いる第14小隊のメンバーが7匹のランドタートルのうち過半数を撃破するという活躍には、ノーマー上騎士や彼の率いる騎士達も、意地を見せねばと奮起して然るべきだろう。他の3匹のランドタートルは彼らが討伐し、村を守ってきた駐在騎士としての面目を見事に守り通す。


「お見事ですね、法騎士シリカ様」


 今の結果を見てノーマーがそう言ったが、周知の事実であるシリカの強さに対する称賛ではない。遠回しにだが、立派な部下をお育てになられていますね、という意味を込めた発言だ。今のこの状況を考えれば、彼の言いたい本質はそこだろう。


「まあ、そこそこは」


 一見噛み合わないように見えるシリカの返答も、ノーマーの真意に照らし合わせれば意味が通る。傍から聞いていたユースとアルミナには疑問符のつくやりとりではあったが、それでいいのだ。


 上官という人種には、表立って部下を褒めることを敢えて避ける者がいる。本人の前ではなかなか褒めない、というやつだ。シリカもそういう部分があるし、それは知らずともノーマーはその可能性を加味して遠まわしに意図を伝えていた。そしてこの返答を聞いて、ノーマー上騎士にもシリカがどういうスタンスなのかがよく伝わった。


 シリカもノーマーも、小隊の隊長だ。部下の少騎士や傭兵にはわからない悩みも多いだけに、この間だけでわかり得る上官同士の対話というものがあるということだ。


「さて……いよいよ真打ち登場といったところでしょうか」


「そうですね」


 入江の奥から聞こえてくる、一際大きな足音。汗を拭いながら身構えるノーマー上騎士と、その隣で冷ややかな表情で敵の出現を待つシリカ。構えてはいないが、敵が見えたら即座に飛び出す覚悟は出来ているだろう。


 やがてシリカ達の目の前に現れた巨大な魔物。一度その姿を見ているはずのノーマーの部下も表情を固くし、ユースとアルミナにとってはそれこそ衝撃的な存在だった。


 ランドタートルは先程見た、雄牛ほどの大きさの亀の魔物。ヒュージタートルはその倍ほどの大きさだと前知識はあった。それでも、この巨大な亀の化け物には度肝を抜かれた。高さも幅も体長も雄牛の倍の大きさというのは、これほどまでに威圧感を感じさせてくれるものか。


 ユースやアルミナ、ノーマーの部下達には手に余るであろう強敵。シリカとノーマーが前に出て、部下達には後ろに下がっているよう背中で語りかけた。


 興奮に染まったヒュージタートルの目がシリカ達を見定めると、直後その後ろ脚が地面を蹴って、勢いよくシリカめがけて猛進してくる。ヒュージタートルよりも更に速く大きな肉体の突撃は、もはや猛獣の突進と形容していいほどまでの迫力だ。


「開門。落雷魔法(ライトニング)


 チータが唱えると、ヒュージタートルの頭上に開いた空間の亀裂から、魔物の頭めがけて稲妻が突き刺さる。巨体とタフネスに恵まれたヒュージタートルも、目を見開いてその痛みに苦しみ、入江に響き渡る大声で吠えたける。


 それで少し速度が落ちたものの、突進までは止まらない。帯電した肉体を震わせながら、ヒュージタートルは赤く燃えた目をたぎらせ、シリカに食らいつこうとした。


 シリカがひとまず横っ跳びでその牙をかわすと、ヒュージタートルは体をひねり、シリカ目がけてその太い尻尾を叩きつけようとしてきた。顔面を打ち抜く高さを横薙ぐその尻尾を冷静にしゃがんでかわすと同時に、シリカは振り上げた剣でその尻尾を切り落とす。


 ヒュージタートルの視界に一瞬ユースやアルミナが入ったものの、尻尾を切られた痛みと怒りからヒュージタートルの標的がシリカに絞られる。先程雷撃を受けたて頭への警戒を強めたのか、ヒュージタートルは首を引っ込めた上でシリカに向かって突進してきた。


「――開門」


 その遙か後方でチータが呟く。今度はシリカとヒュージタートルの中間地点、かつ地面に近い場所の空間に亀裂が入る。その亀裂からは稲妻を放つ示唆である光も漏れず、先ほどヒュージタートルの頭に雷撃を落とした魔法とは明らかに異質のものだ。


 四足歩行のヒュージタートルが、その亀裂の真上を通った瞬間のことだ。亀裂に気がついていたシリカがそれを認識すると同時に、


岩石魔法(ロックグレイブ)


 突然、その亀裂から太い岩石の槍が突出し、ヒュージタートルの柔らかい腹を下から突き上げた。その岩石の槍は相当な勢いでヒュージタートルを突き上げたらしく、一瞬であったがヒュージタートルの巨体が浮いて、走る足が意図せず空回り、ヒュージタートルはその場でつまずき倒れる。


「チータか、やってくれるな」


 頭を引っ込めたままのヒュージタートルだったが、甲羅の中で何が起こったのか計りきれず困惑しているのはシリカにも想像がついた。瞬時に間を詰め、シリカは甲羅の奥に隠れたヒュージタートルの頭を、入口から騎士剣を刺突し貫いた。


 ヒュージタートルがその一撃に体を震わせるより先に、甲羅を蹴って距離を取り、同時に騎士剣を引き抜くシリカ。不意にヒュージタートルが頭を出したことで確認できたが、シリカの刺突はヒュージタートルの眉間を貫いていたようだ。間違いなく致命傷である。


 うごめくヒュージタートルを見て、跳躍したシリカはその騎士剣で以ってヒュージタートルの首を根元から切り落とす。絶命が確定したヒュージタートルを見降ろし、シリカはふうと息をついた。


「……いやはや、これは驚いた」


 気負って臨んだのに、気がつけばシリカとヒュージタートルの間だけで決着してしまった結果には、ノーマー上騎士も思わず苦笑いだ。頭の中にいくつか、ヒュージタートルを仕留めるための段取りも描いてあったのだが、それらがひとつも日の目を見ずに終わるのは寂しくもあっただろう。


 そして、そのシリカを魔法で支えていた傭兵の存在は、この場で最も注目を集めた。チータの隣でその詠唱の数々を聞いていたユースは特に、実に自由自在なタイミングで魔法を放っていたチータの力量を実感せずにはいられなかった。そして、その力がシリカにとって戦況を有利に運べるよう大きな意味を持つ行動であったことも。




 一瞬頭をよぎった、魔法によるサポートがなくてもシリカ隊長なら――という考えを、ユースは頭を振って消し飛ばす。そんなことはどうでもいいのだ。チータの魔法がシリカの助けになり、予定未満の力でシリカがヒュージタートルを討てたのは事実なのだから。


 同時に頭をよぎる、少し前に確かにあった事実。自らに襲いかかるランドタートルを、駆け付けたシリカが討伐する形で自分を救ってくれたこと。あの時、1匹目のランドタートルを仕留めた後で、軋む体であのランドタートルに抗えたかどうかわからない。シリカがいなければ、今自分がこうして立っていられるかどうかも怪しいものだったのだ。


 シリカの力になれる日を夢見ているのは昔からだ。だから、足を引っ張るなんてことは絶対にしたくない。現実はどうか。まだ、その次元から脱却できずにいる自分を再認識するたび、焦燥感から来る嫌な汗が掌ににじんでくる。




「――ユース?」


「っ……!?」


 上の空だったユースを、シリカが見下ろすように声をかけた。胸に渦巻く想いに意識を奪われていたユースはシリカの接近にも気付かず、今ようやく上官の顔を見上げる形になった。


 シリカはその反応を見て、ほんの少し厳しい上官としての表情をあらわにする。


「何か考え事があるなら、それは仕方ない。しかし周りの声も聞こえないほどまで、任務中に考え事に耽るのは感心できないな」


「……すいません」


 連鎖する失態に、ユースは心中胸が焼けそうだった。その気持ちに最も近い形で共感できるアルミナが、その背中を見て気の毒極まりないといった表情を浮かべていた。


「ランドタートル達との交戦により、負傷者も数名出た。ヒュージタートルの討伐も済んだし、今日のところは撤退しよう。ノーマー上騎士との決定だ」


「はい」


 気持ちを切り替えて、ユースははっきりした声で上官の指示にうなずく。それを見てシリカも、うむと頷いて歩き出す。今の自分に出来る最善の行動ではあったとユースは実感できただろう。


 だけど。


 シリカの後を追う足取りは、とてもじゃないが軽いものには出来なかった。そうそう簡単に追いつける背中でないことはわかっている。わかっていたって、焦る。


 少騎士として、シリカの部下として、彼女が恥をかかないよう平静を装う表情を顔に貼り付け、強がりとも言える無表情でシリカの後を追っていくユース。それを見て自分自身にも色々思う所があるのか、上を仰ぎながら歩くアルミナとは対照的に、チータは何事にも興味なさげに、足音もたてずユースの後ろをついて歩くのだった。











 ヒュージタートル討伐の知らせは、漁村民にとっては実に喜ばしい出来事だった。ランドタートルの数々も、時々漁区内に現れては漁村民を怖れさせていたようだし、それらの討伐も済んだおかげで、当分はこの村にも安全が確保できたと言えるだろう。


 村で待機していた20人の騎士たちが、シリカ達と入れ替わる形で入江に向かって動く。ランドタートルやヒュージタートルの亡骸を回収するためだ。魔物の亡骸は、その皮や甲羅、牙などを活用すれば色々なものを作れるし、腕ききの料理人の手にかかれば食材に変わる魔物もいたりする。ここだけの話、ランドタートルの肉はなかなかの珍味らしく、交易品としても活躍できるほどには文化的にも価値のあるものだそうだ。もちろん、討伐困難なため市場に出回る頻度は低いが。


 今度はシリカ達が村で待機する形で、村の安全を守る。やがてしばらくすると、20人の騎士隊が入江と村を2往復して、ランドタートルの亡骸を概ね回収してきた。さすがに全部を運びきるのは難だったようで、回収してきたランドタートルの亡骸は4つだ。ヒュージタートルの亡骸は勿論、その中にはなかった。あれは人の手で運ぶには大き過ぎる。


 ちょうどそれぐらいで日が落ち始めたので、シリカ達は腰を上げた。そのまま帰る心積もりだったのが、ノーマー上騎士はこのまま帰るのでは勿体ないと一言添えて、一件の小さな料亭を紹介してくれた。


 未開の地を開拓するような任務――先日シリカ達がコブレ廃坑に潜入した時などもそうだが、騎士は任務次第では、保存食ばかりの生活を強いられることも少なくない。こうして駐在騎士として人里で働ける身分というのは、食文化に退屈しないという意味では実に恵まれている面がある。滞在する地での美味い飯の在り処に詳しくなる騎士がけっこう多いのだが、それは肥えた舌を気取っているわけではなく、おのずと食に対して貪欲となってしまった騎士の、哀しい性なのである。


 実際、ノーマーの紹介してくれた料亭の料理は本当に美味しかった。漁村で採れる海産物をふんだんに入れたスープは、出汁が利いてて深みのある味わいだったし、醤油を塗ってこんがり網の上で焼いたシーフードの数々は、その新鮮さも相まって絶品の味わいだったと言っていい。この料亭で一番幸せそうな顔を終始絶やさなかったのは、言うまでもアルミナだ。


「ああ、シリカ様、お会計はこちらが。紹介したのは私ですし」


「いいえ、そんな。こんなに美味しいものを紹介して頂いたんですし、せめてお金ぐらいは自分で支払わなくては」


 料亭を紹介した立場として、シリカ達のぶんも会計を済まそうと計らうノーマーだったが、シリカは応じなかった。年下ながら上司のシリカ、年上だが階級は下のノーマー。こういう時がそこそこめんどくさいものなのだが、話が長引きそうなら上官に合わせておくが吉。


「その理屈だと、美味しくなかったらお金払わなかったかもしれないってことでいいんですかね」


 ノーマー上騎士の気遣いをいさめたシリカに、ユースがぽつっと口を挟む。案の定、何を言ってるんだお前はと言われ、頭を小突かれた。ノーマーがそれを見て笑い、シリカも声を抑えて笑っている。冗談であることが上手く通じたようで、ユースはひとまず満足。


 夕食を終えた頃には日も沈み、月が顔を出しそうな時間帯だった。馬にまたがり帰路に着くシリカ達をノーマー率いる小隊が見送って、アイマンの村での任務活動は終了したのだった。










「はい、御苦労様」


 ヒュージタートル討伐の件をシリカが報告書にまとめて提出したところ、ざっと目を通したらさっさとその報告書を机の中に片付けるダイアン法騎士。シリカの口から直接聞きたいことが山ほどあるらしく、新人のチータのこと、ユースやアルミナの活躍についてひととおり尋ね、仕舞いにはどんな美味しいもの食べてきたか教えてよ、とまで聞いてくる始末。


 いかにヒュージタートル討伐の事実そのものに、興味が無いかが見て取れる。実際、ヒュージタートルの討伐に関わった傭兵チータへの報酬の相場を相談したところ、


「知らないよ」


 の、一言。ランドタートルはともかく、ヒュージタートルを討伐できたとなれば、それなりの実績だし、報酬の額には悩むところだというのに。


 要するにダイアンにとって、ヒュージタートルのことなんてどうでもいいのだ。どうせシリカが一人で何とかするだろうな、ぐらいの気持ちでシリカを差し向けているし、期待以上にチータがその討伐に力添えしたとは言っても、それはそれでシリカから見たチータがどうだったかの方が余程聞きたいことなのだ。


 そんなこんなで、ナトーム聖騎士とは別の方向からのしつこさで、質問攻めしてくるダイアン。3人の部下のことや、駐在しているノーマー上騎士の小隊は元気だったかなど、そういう質問をしてくるうちはまだよかったのだが、最後の方は殆ど世間話レベルの内容が続くばかりで、もっとこう、どこかに腰を落ち着けて話したい内容ばかりだった。建前上は任務報告に来てるので、ここで談笑してしまうというのは、ちょっとシリカの性格的にはやりづらいところ。


「あの、もうそろそろ……さすがに帰宅が遅れ過ぎては部下に示しもつきませんし……」


「ああ、そうだね。それじゃあまた、遊びに来てよ」


「そうしたいのは山々ですが、最近は暇が取れなくて……」


 そうだよね、と一言返して、ダイアンは笑顔で手を振る。シリカはドアノブに手をかけて扉を開くが、やっと帰れるはずの足がふと止まる。


 振り返ったシリカは、意識してかせずか真剣な表情で、


「時間が取れたら、また遊びに来ます。その時には、気兼ねなくお話して頂けると嬉しいです」


 そう言った。ダイアンはにっこりと笑顔を返し、部屋を去るシリカを見送る。そしてシリカが視界から消えたのを確かめると、彼女の前で見せていた屈託ない笑顔の仮面を下ろし、寂しげな目で天井を見上げた。


「……そういうことこそ、笑顔で言うものじゃないのかな」


 シリカが自分に対してどういう想いを抱いているのかは知っている。知っているからこそ、ダイアン法騎士も複雑な想いに駆られる。時がやがて解決してくれると思っていた問題だったが、そうでなかった事実に、ダイアンもシリカに対してどう接するべきかは悩んでいる。


 難しいものだな、と独り言をつぶやくダイアンは、机の中からさきほどシリカに受け取った報告書を取り出し、暇つぶしのために読み始めるのだった。仕事のため、ではなく。

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