第123話 ~アルム廃坑② 異形のネクロマンサー~
アルム廃坑金鉱区、第4採掘場に辿り着いた騎士団は、僅かな戸惑いを抱いていた。広く広大なこのフィールド下において、魔物の影らしきものが全く見えなかったからだ。なだらかな坂が階段のように岩壁にいくつも作られ、横穴の数々が散見するこの場所は、魔物達が人間を迎え撃つには絶好の広さを持つはずだ。上部ないし自分と同じ高さにある横穴の数々から、魔物が飛び出してくるのではないかと警戒しながらも、騎士団の足は速やかに走り出す。
採掘場の真ん中に辿り着いたシリカが振り返り、声を張って指令を下そうと息を吸った時のことだ。喉まで出かかったその声は、視界の端に移った不穏な影により、シリカの声を封じ込める。
「チータ!」
「開門、火球魔法」
一言叫んで伝えるだけで、チータはシリカの目線の先に向けて魔法を放つ。察しの良い部下が選んだ魔法は、薄暗い洞窟内によく目立つ火球を放ち、その向かう先に何かがあることを、周囲の騎士達にもわかりやすく伝える狙いを兼ねている。
火球を向けられたその何かは、空中でその直撃を受けて燃え盛る。炎の中に包まれた頭蓋骨のような存在は、大きな獅子か虎の頭の中身を髣髴とさせる形状だ。空中に漂うそれは、火を纏ったままにして、地上のチータに向かって飛来するが、銃弾を放ったアルミナによって撃ち抜かれ、炎によって炭化した頭蓋骨らしき何かは砕け散ってしまう。
ひとまずの謎の脅威が去ったと思える中、次なる敵の存在が目に映るのはすぐのことだ。見上げれば、岩壁の横穴からわらわらと現れる、浮遊する骸骨の頭の数々。形状はまるでばらばらで、狼の頭蓋骨と思しきものもあれば、熊の頭蓋骨らしきものも、鳥の頭蓋骨らしきものもある。岩壁から露出する蛍懐石の光が頼りの薄暗い採掘場内においても、白骨のそれらはよく目立ち、異質な光景がかえって際立つ様相だ。
「おっかねえなぁ。この世の光景とは思えねえ」
軽口を叩くマグニスだが、その目は日々の余裕めいた顔をすでに消している。なぜなら、今しがたアルミナが粉砕した、虎か獅子の頭蓋骨に見えた骨の破片が、地面からふわりと浮き上がり、空中の一点に集まり始めているからだ。
「ね、ねえ、ちょっと……まさかとは思うけど……」
「……そのまさかだろ」
アルミナが震える声を放つ横、口を引き絞ってユースが言葉を放つ。一点に集まった骸骨の残骸は、破片の数々が綺麗に元の形を形成し、やがてそのひび割れた外観も亀裂を塞ぎ、完全に元通りの形となってしまう。破壊したばかりの魔物が目の前で完全回復する光景は、この採掘場に辿り着いた騎士達の心に戦慄を落とし込む。
それと同じことが他の頭蓋骨にも出来るのだとしたら、50にも勝る頭蓋が宙に浮くこの採掘場は、いったいどう切り抜けるべき戦場なのだろう。ひとまず迎え撃つ構えを武器に示す中、シリカも思索を巡らせて次の指令を作ろうとする。周囲の騎士達が抱く不安も、自身の胸中に照らし合わせてよくわかる。
「……チータ。不死の魔物というのは存在するのか」
「……いいえ。奴らを操る屍兵使いが、どこか近くにいるんだと思います」
屍兵には二種類あり、自身の魔力で自らの傷を塞げる高位の魔物と、そうでない魔物がいる。見たところ目の前の頭蓋骨の数々は、自分自身で傷を塞げるほどの魔力を作れる存在ではないと感じたチータは、そう返答した。魔力の波に敏感な魔導士であるチータは、今の修復された頭蓋骨が、自身の魔力でそれを為したわけでないことも、見えていたからだ。
ならばあの頭蓋骨が修復されたのは、他の術者の魔力によるものだ。そうした事象を魔力で実現する存在は屍兵使いと形容され、チータの言葉は目の前に浮かぶ無数の頭蓋骨を、魔力で以って操る何者かがいることを示唆している。
「その術者というのは、どこにいるのか探せないのか」
「今、やっています。恐らくは……」
"魔導線"という言葉で形容されるものだが、あれらの骸骨達と術者を繋ぐ、魔力のラインをチータは辿ろうと努めていた。数多の骸骨が浮くこの空間内で、がんじがらめに交錯した魔導線の源を辿るのはひと苦労だが、敵の数々がまだ大きな動きを見せない現状、チータは意識を研ぎ澄まして魔導線の端を探ろうとする。そばにシリカやユースがいるから、こうして集中できるという側面もあるのだが。
恐らくは、の続きを示すかのように、チータがある一方に目を向ける。それは、この第4採掘場に踏み込んだ騎士団が今しがた来た道だった。チータの眼差しが表すのは、ぽっかりと岩壁に大きく開いたその先に、骸骨の数々を操る何者かがいることの示唆。
そして、その先にいる何者かの魔力を直接的に感じ取った瞬間、にわかにチータの全身の鳥肌が立つ。目線の先から感じる何者かの魔力は、かつてゼーレの街で一度見た、大魔導士アルケミスとさえ並ぶのではと思えるほどあまりに濃厚であり、加えてどす黒さをイメージせずにはいられなかった。
「あそこだ! 気をつけ……」
チータ本来の性分からは出ないような大声が、彼の口から溢れる。だが、その警告より言って早く、闇の先から飛来する矢のように飛来する何かが、一人の騎士の首を後ろから貫いた。
何が起こったかわからぬままに、目をぐるんと翻して膝をつく騎士。真っ白な一本の骨らしき何かが、同僚の喉を後ろから貫いた光景に、その犠牲者と親しかった騎士も、目の前の惨状に凍りつく。その騎士の血で真っ赤に染まった矢の如き白骨は、痙攣する騎士の肉体とは別の動きで、カタカタと震えている。
「あれが屍兵使いか……!」
「そのようですが……しかし……」
闇の先から現れた魔物。マグニスの言葉を半分肯定し、半分曖昧な言葉で濁すチータ。チータが戸惑うのは、一般に知られる屍兵使いの姿と、その魔物の姿があまりに不一致だったからだ。黒騎士ウルアグワの配下の魔物、リッチと呼ばれる魔物の数々こそが、最も屍兵使いとして名を馳せたものである、魔導士のローブを身に纏う白骨顔の呪術師の姿こそ、戦人一般に知られる屍兵使いの姿。
この屍兵使いは違う。頭蓋骨の首元から長い背骨、それも竜の背骨かとも思えるような、太くごつごつした脊髄を長く引きずり、その周囲をむかで足のように多数の肋骨が囲い込む。そしてその背骨から生える、腕とも脚とも呼べそうな太い骨が多数の関節を持ち、その先端には巨大な鎌のような形をした、研ぎ澄まされた白骨が鈍く光っている。
今までに人類が目にしてきた魔物ではない。誰もその名を知らない新種の魔物だ。仮にそれに肉を付けた時、元が何であったかもわからない、いびつな形をした化け物との遭遇に、誰もが息を呑む。
「こいつは、さっきの……!?」
先ほど第3発掘場で粉々にした頭蓋骨と同じものを、その頭部に据える怪物。がしゃがしゃと鎌のような骨を鳴らしながら、獅子よりもさらにふた回り大きな巨体を前進させるその怪物は、剣を構えるシリカを見据えて、眼球なき両目の穴を妖しく光らせる。
次の瞬間、その開いた口から発射される業火。それは鉄砲水のように勢いよく放たれ、騎士団の集まる第4採掘場の一角を、広く焼き払う。その渦中にあったシリカやユース、ガンマはすんでの所でそれを回避するが、今の位置から炎の範囲外まで逃れるために、相当な移動を強いられた形だ。
周囲の騎士達は数人が焼かれ、数人は炎を回避した。しかし逃れた所に猛進した、巨大な骸骨の怪物は、鎌のような前足らしきものを凄まじいスピードで振るい、騎士に反応さえさせぬままに、その首を刎ね飛ばした。
急激に風向きが怪しくなった戦況に対し、一瞬判断力を失った若い騎士を次なる手が襲う。熊の頭部とも思えるような低空の頭蓋骨が、下顎と上顎が完全に分離した状態から、二方向よりその騎士の頭に襲い掛かる。上下分かれたはずの骸骨が、互いを引き寄せ合うかのように騎士の頭を挟み込み、勢い任せにその牙を騎士の頭蓋に突き立てたのだ。脳まで届く深い致命傷にその騎士が崩れ落ちる横、背後から突然飛来した肋骨により、胸を貫かれた騎士も、何が起こったかわからぬうちに膝をつく。
闘志を目に宿したシリカが、勢いよくその怪物に立ち向かう。部下を無慈悲に殺戮された怒りを宿す法騎士は、怪物の振るう骨の鎌をかいくぐり、跳躍してその頭部に差し迫る。シリカの騎士剣の先に纏った、万物を切り裂く魔力は、すでに彼女の憤りとともに熱い光を放っている。
勇断の太刀の発動とともに、怪物の頭部を上から真っ二つに切断するシリカ。そのほとばしる魔力はそれだけに留まらず、怪物の背骨の一部さえもばっくりと切り裂き、二つに割れて地面に転がる怪物の頭蓋骨が、乾いた音と共に地面に転がった。
「っ、シリカさん!」
討伐完了を予感させる感覚のさなかにあって、なおもシリカの全身を包んだ激烈な悪寒。その予感が牙を剥いて現実となるかの如く、怪物の鎌は着地したシリカになおも襲い掛かった。頭部を失ってなお法騎士を狙い刈る怪物の動きには、ユースも思わず声をあげずにいられない。
「開門、封魔障壁!」
頭上斜め上から振り下ろされる鎌を、危うく後方に跳ぶことで回避したシリカ。そんな彼女に向け、二つに割れたはずの怪物の頭蓋骨、その二つの目穴から突然放たれた炎の砲撃に、シリカも背筋を凍らせたものだ。一瞬早くそれを察知したチータが、シリカの眼前に炎を呑み込む空間の亀裂を作ったから事なきを得たが、今の火炎の砲撃はシリカの予想を超えていたものだった。
シリカが身を逃がした直後、表情をしかめたチータが魔法障壁を解除する。魔法の亀裂で呑み込んだ炎の魔力はあまりにも膨大で、自身の魔力で抑えることが苦しかった表れだ。その亀裂を消した瞬間、怪物の放った炎の魔力は勢いよく、上天に向けて爆散する。暴発のベクトルをチータがコントロールしていなかったら、ここら一面火の海だっただろう。
シリカ達の目の前、二つに割れた怪物の頭部は宙に浮き、元の場所と同じ高さまで至ると、勢いよく手を鳴らすかのようにぶつかり合い、切断面が瞬時に復元される。あっという間に無傷の状態まで戻った怪物は、戦慄する騎士を余裕の表情で見下ろす魔物の習性も見せず、開いた口の奥に赤い光を宿す。また炎を放つ前触れだと察するのに、時間はかからない。
「っ、撤退だ! 交戦を回避し、速やかに離れろ!」
討伐手段不明の怪物、それも凄まじい攻撃手段を持つこの存在を前に、シリカが下せる判断はそれしか無かった。その声を聞き受けた騎士達が脚を駆けさせようとした瞬間、再び怪物の口から大地一帯を焼き払う業火が吐き出される。
自らその発射先に立ちはだかったマグニスが掌を前に出し、魔物が放つ炎を受け止めた。周囲の騎士も度肝を抜かれる光景だったが、火術に秀でるマグニスが魔物の炎を押さえつけ、やがてその掌を拳に変えるように握った動きとともに、怪物の炎が火の粉に変わって飛び散る。
「見世物じゃねえぞボケどもが! きっちり周囲に目を配れ!」
怪物が操ると思われる、宙に浮かぶ人間動物の頭蓋骨は今も獲物を見定めている。一体が地面すれすれを滑空し、騎士の一人のふくらはぎに噛みつけば、その騎士は思わず体勢を崩して転びそうになる。それに飛来する虎の頭蓋骨が大口を開けて迫るが、キャルが魔力の凝縮させて作った矢がその骸骨に直撃し、大男が棍棒で殴ったような衝撃がその骸骨を破壊した。
しかし、次々に襲い掛かる狼の、鳥の、獅子の頭蓋骨が、その牙を体制の崩れた騎士に突き立てる。今しがたその騎士を窮地から救ったキャルの一手も空しく、くちばしの骨を喉元に突き立てた鳥の頭蓋骨の一撃は、間違いなく致命傷だ。過酷な現実が騎士達を包み込む光景に、撤退の足を、逃亡の脚を早めて駆ける。
蜘蛛の子を散らしたように怪物から騎士達が離れていく中、恐ろしき現実はさらに加速する。怪物の周辺に突然浮かぶ、人魂を思わせるような蒼い炎。それは怪物の手によって、あるいはそれの操る頭蓋骨によって命を奪われた騎士に勢いよく飛来すると、直撃した瞬間に火柱を上げる。人の肉が焼ける激臭に第4採掘場が包まれる中、その蒼い炎の中から、焼かれた騎士の骨がばらばらになって宙に浮かぶのだ。
チータの直感が示すとおり、怪物と魔導線を繋いだ騎士達の骨は、怪物の手駒として動き出す。先ほどまで騎士団の仲間であったその骨は、歯を持つ頭蓋骨として、鋭く人間を貫く肋骨として、その速度で人間にぶつかれば重々しい威力を持つであろう骨盤として、怪物の操る魔物として生まれ変わるのだ。
四方八方から自らに襲い掛かる骨の数々を、ぞっとしながらも盾と剣で打ち払うユース。襲い掛かってくる、さっきまで騎士の手だった骨を、嫌な気分で斧を振るって粉砕するガンマ。自ら目がけて無数の骨の鎌を振るってくる怪物を、苦い表情で回避するマグニス。
怪物の首がアルミナやキャルのいる方向を向いた瞬間、その顎骨を地面から石槍を召喚する魔法、岩石魔法で阻害するチータ。衝撃で上を向かされた怪物の頭部は、上方に向かって勢いよく火を吐き出し、薄暗かった発掘場内を惨劇の明かりで強く照らす。空を舞う無数の頭蓋骨が、先ほどよりも明確に視認できた光景は、先んじてマグニスが言っていたとおり、この世のものとは思えない地獄絵図だ。
逃れようとした先で、怪物の操る骨によって騎士達が傷つけられる中、シリカは若き騎士達に襲いかかる骨の数々をその剣で打ち払う。なんとかシリカのそばまで移動したアルミナとキャルが、二人同時に怪物の頭部を、銃弾と矢で狙い打つが、頭をのけ反らせるだけで被害を感じさせない怪物は、頭を下げて炎を吐いてくるのだ。炎から逃れるために各々の反射神経を発揮したキャルとアルミナは、逆方向に逃れたシリカと再び離れ離れになる。しかも、その間に火柱を挟んでだ。
幸運にも横穴から第4採掘場から逃れた騎士もあり、逃げ切れずに命を失った兵もいる。部下達の命を守るべく最後までここに残ったシリカと同じく、彼女に従ずる6人の仲間も残っている。だが、炎を吐き散らす怪物の暴れぶりは凄まじく、炎の壁に阻まれて第14小隊も散り散りだ。ちらちらと炎の向こう側に見える仲間に近付こうにも、宙を飛び交う骨の猛襲に阻まれて、誰も思い通りの足運びを出来ない。上空に身を逃し、仲間達の位置を一様に確認したいチータも、それらのせいで望むとおりの動きを遂行できずにいた。
「アルミナ! キャル! こっちに来い!」
「え!? で、でも、シリカさん達は……」
「いいから来い! 死に別れてえのか!」
二人の射手近くにある、第4採掘場から出る穴の前に立つマグニスが声を張る。シリカ達の位置も炎に阻まれてはっきりしない今、白兵戦の出来ぬ二人をまずはこの場から逃がすためだ。幸いにもこの穴のそばには骸骨も少ないし、ここに逃げ込めばひとまず魔物からは離れられる。
意を決したアルミナが、おろおろとするキャルの手を引いてマグニスに従う。燃え盛る第4採掘場から二人の射手が一度逃れたことを見送るマグニスだが、二人の動きを見定めた骸骨がふよふよとこちらに向かってくることを見るや否や、憎々しげな目を宿して跳躍し、それらを地面に向けて叩き落とす。
「開門、浸意の水術……!」
それによって多数の骨に目をつけられたマグニスが、魔物達の注意を引く中、チータもまた自らの立ち位置に追われていた。一度大量の水を召喚し、周囲の炎を鎮めさせようとするも、火の手は収まりきる気配を見せない。火柱が低くなり、多少視界が良くなったところで、彼のそばにいたガンマがチータを見つけて駆け寄ってくる。
「隊長は……!?」
「あっちに……! でも、近づけない……!」
尋ねるチータに応じるガンマも、焦燥感を隠せない声。火柱の上から巨体上部を見せる怪物が、水を呼び出した人間の方にぐるりと首を向け、口から炎を吐き出してくる。咄嗟にチータを脇に抱え込み、炎を回避したガンマの動きは、再び仲間と離れることがないように努める合理的なものだ。
「チータとガンマはそこか……! 道を作ってやる……!」
マグニスがその掌に魔力を集め、その凝縮体をチータ達のいる方向に投げつけた。魔力の凝縮体は炎の壁を貫くと同時、その炎を吸い寄せるかのように炎を纏い、やがて巨大な火球となる。最終的に人を飲み込めるほどの巨大な火球となったそれは、チータ達の目の前に迫った瞬間に進行方向を上に逸らし、ガンマ後方の岩壁にぶつかって大爆発を起こす。
「ここだ! ガンマ、チータ!」
腕を大きく一度引き回し、こっちに来いと仕草を示すマグニスの姿が、彼の放つ魔力が炎を掃除した道の先に見える。先輩の姿を目の前遠くに見据えたガンマは、迷いを打ち消して駆け出していた。途中自分達に襲い掛かる骨の数々も、ガンマの腕から離れたチータが、岩石召壁の魔法で岩石の壁を作り、はじき返す。
マグニスが親指で示す様に従い、チータとガンマも、アルミナとキャルが逃げ込んだ先に消えていく。4人の若い後輩をこの場から逃したマグニスだが、その表情は先ほど以上に苦々しい。
「あとはシリカとユースなんだが……!」
炎の向こう、怪物が何かに対して鎌を振り回し続ける光景は、マグニスにとって悪い予感しかしないものだ。自分の位置とは真逆の場所、そこで怪物が命を奪おうと鎌を振り下ろす相手が誰かなど、その二人のうち片方だとしか思えない。並の騎士が、あの怪物相手にしばらく粘れるとも思えないからだ。
怪物の振り下ろす鎌をはじき、回避し、攻め手も見つけられず後退するしかないシリカ。採掘場に響いていたマグニスの声で、部下数名がこの場から逃れることが出来たであろうことは察せたものの、自身は未だ怪物に動きを縛られ、合流することが出来ない。対極の位置に立つマグニスが、シリカに向かって駆けようとした瞬間、背後の気配にその首を180度回した怪物が、マグニス目がけて炎を吐く。
先ほどまでと同じく掌で炎を受け止めるマグニスだが、炎の勢いに押さえられて前進を阻まれる。その間にも怪物本体の鎌はシリカに向けて攻撃を続けており、足を止めたマグニスの前後上空からも、配下の頭蓋骨達が襲い掛かる。後方に跳躍して逃れることしか出来ないマグニスの目の前、その掌に押さえられていた怪物の炎が爆散し、火の手を上げて視界を真っ赤に染めていく。
「っ……私は自分でなんとかする! それより、みんなは!?」
「ユースが見つからねえ! あいつだけ……」
声を張ってぎりぎりの疎通を交わすシリカ目がけて、怪物の鎌が振り下ろされる。迎え撃つべく剣を構えるシリカだが、その視界の横から割り込んで、怪物の鎌を根元から断つ騎士が一人。
怪物の骨の鎌がシリカの横に落ちるとほぼ同時、少し離れて着地すると怪物を見据える騎士がいる。たった一人で怪物に応戦していたシリカに対する救援であると同時に、彼女にとって安全な場所に逃れて欲しかった者の一人が、危険の一等地である自分のそばに残っていることは、周囲の炎と同じくシリカの胸を焼く。
「ユース……っ!」
怪物の鎌がユースに向かって振りかぶられる様に、間に割って入ったシリカが鎌を上空に跳ね上げる。同時に、マグニスを退けた怪物はシリカ達の方を向き直り、再び口の奥に炎の魔力を集める。
「シリカ! ユースは見つかったのか!?」
「っ、ユースはここだ! こちらは任せて、お前は……」
言い終わらぬうちに怪物の口から吐き出される炎が、いよいよシリカとユースの周囲から逃げ場を無くす。広範囲の火炎放射の直撃を回避した二人だったが、逃れた方向が息を合わせたように同じ方向だったのは、再び離別しなかったという意味で幸いだったかもしれない。
「後で合流する……! みんなを頼む!」
最大の幸運は、すぐそばにこの採掘場から出る別の穴もあったことだ。言い残してその横穴に向かうシリカの動きに、迷いなく追従するユースの動きは、部下を案じるシリカにとって最も望ましいもの。望まぬ展開に歯噛みするマグニスだが、自分自身も今なお襲い掛かってくる骨の数々に、応戦するので精一杯だ。マグニス以外の標的を失った頭蓋骨達は、今や総がかりでマグニス目がけて飛来しつつある。
「くそったれが……! その約束、破るんじゃねえぞ……!」
再会の宣言をシリカから受け取ったマグニスは、後退してアルミナ達の逃れた横穴に消えていく。怪物がシリカ達を追う方向に向けて突き進んでいく後ろ姿を、見逃すことしかできないマグニスは、戦友に対する信頼で歯がゆさを上書きし、採掘場から離れていくのだった。
第4採掘場に散らばったままの、騎士達の亡骸。それらも、再び怪物が放った蒼い炎が焼き尽くし、焦げ残った骨が魔物の手駒に加わっていく。アルム廃坑金鉱区に放たれた怪物は、その勢力をさらに拡大し、孤立した二人の騎士に差し迫ろうとしていた。




